新規数値限定は新規事項か: 熱損失係数が1.0~2.5kcal/m2・h・℃の高断熱・高気密住宅、平成21年(行ケ)第10175号審決取消請求事件


平成22128日判決言渡
原告: エナーテック株式会社
被告: Y
特許: 特許3552217
請求項1: 熱損失係数が1.02.5kcal/m2h・℃の高断熱・高気密住宅における布基礎部を,断熱材によって外気温の影響を遮断し十分な気密を確保した上で,該布基礎部内の地表面上に防湿シート,断熱材,蓄熱層であるコンクリート層を積層し,蓄熱層には深夜電力を通電して該蓄熱層に蓄熱する発熱体が埋設された暖房装置を形成し,蓄熱層からの放熱によって住宅内を暖める蓄熱式床下暖房システムにおいて,布基礎部と土台と…蓄熱式床下暖房システム。
コメント: 出願当初明細書に記載されていない数値限定(熱損失係数が1.02.5kcal/m2h・℃)を請求項1に追加したが、新規事項の追加にはならないと判断された事例。
明細書には、「熱損失係数」も「
1.0~2.5kcal/m
2h・℃」も記載されていない。 無効審決取消。 ☆☆☆☆
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裁判所: 「補正が,特許法17条の2第3項所定の出願当初明細書等に記載した「事項の範囲内」であるか否かを判断するに際しても,補正により特許請求の範囲に付加された文言と出願当初明細書等の記載とを形式的に対比するのではなく,補正により付加された事項が,発明の課題解決に寄与する技術的な意義を有する事項に該当するか否かを吟味して,新たな技術的事項を導入したものと解されない場合であるかを判断すべきことになる。
…形式的には,数値を含む事項によって限定されてはいるものの,熱損失係数の計算精度は高いものとはいえないと指摘されていること等に照らすならば,同構成は,補正前と同様に,本件発明の解決課題及び解決機序に関係する技術的事項を含むとはいいがたく,むしろ,本件発明における課題解決の対象を漠然と提示したものと理解するのが合理的である。
…本件補正は,本件発明の解決課題及び解決手段に寄与する技術的事項には当たらない事項について,その範囲を明らかにするために補足した程度にすぎない場合というべきであるから,結局のところ,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入していない場合とみるべきであり,本件補正は不適法とはいえない。
() 仮に,「熱損失係数が1.0~2.5kcal/m2h・℃」が,本件発明に関する技術的意義を有するといえるとしても,本件補正は,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入した場合であるとはいえない。
…本件出願当初明細書には「熱損失係数が1.0~2.5kcal/m2h・℃」における数値が明示されているわけではないが,本件発明の課題解決の対象である「高断熱・高気密住宅」をある程度明りょうにしたにすぎないという意味を超えて,当該数値に本件発明の解決課題及び解決手段との関係で格別な意味を見いだせない本件においては,その付加された事項の内容は,本件出願当初明細書において既に開示されていると同視して差し支えないといえる。」
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平成22年1月28日判決言渡
平成21年(行ケ)第10175号審決取消請求事件
平成21年12月21日口頭弁論終結
判決
原告エナーテック株式会社
同訴訟代理人弁護士柿崎喜世樹
同訴訟代理人弁理士衡田直行
被告Y
同訴訟代理人弁理士中川邦雄
◆主文
1特許庁が無効2008-800233号事件について平成21年5月19日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
◆第1 請求
主文同旨
◆第2 事案の概要
▼1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「高断熱・高気密住宅における深夜電力利用蓄熱式床下暖房システム」とする特許第3552217号(平成14年5月2日出願,平成16年5月14日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
被告は,平成20年11月5日,本件特許の無効審判の請求(無効2008-800233号)をし,原告は,平成21年1月29日,訂正請求(甲26。
以下,「本件訂正」という。)をした。特許庁は,平成21年5月19日,「訂正を認める。特許第3552217号の請求項1及び2に係る発明につい
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ての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は同年6月1日,原告に送達された。
▼2 特許請求の範囲
(1)
本件の出願当初の明細書(甲25。以下,図面と併せて「本件出願当初明細書」という。)によれば,当初出願に係る特許請求の範囲(請求項1)
の記載は,以下のとおりである(請求項の数は2である。なお,請求項2の記載は省略する。)。
【請求項1】高断熱・高気密住宅において,建物部同様に布基礎にも断熱材を使用して外気温の影響を遮断して尚且つ床下空間の気密を保持し,地表面から,防湿シート,断熱材,発熱体が埋設された蓄熱層であるコンクリートもしくは砂・砂利が順に積層されてなる暖房装置を形成し,さらに該暖房装置と床面の間に所定間隔の床下空間を形成し,床面の所定位置には室内と床下空間とを貫通する通気孔を形成し,蓄熱された熱の放射時に床面の加温とともに加温された床面からの二次的輻射熱と,室内と床下空間を自然対流もしくは換気装置による強制対流によって家屋空間全体を24時間暖房することを特徴とする深夜電力利用を利用した蓄熱式床下暖房システム(以下,この発明を「本件補正前発明」という場合がある。)。
(2)
本件訂正後の明細書(甲24,26。以下「本件明細書」という。)によれば,本件訂正後の本件特許に係る特許請求の範囲(請求項1)は,以下のとおりである。
【請求項1】熱損失係数が1.0~2.5kcal/m2・h・℃の高断熱・高気密住宅における布基礎部を,断熱材によって外気温の影響を遮断し十分な気密を確保した上で,該布基礎部内の地表面上に防湿シート,断熱材,蓄熱層であるコンクリート層を積層し,蓄熱層には深夜電力を通電して該蓄熱層に蓄熱する発熱体が埋設された暖房装置を形成し,蓄熱層からの放熱によって住宅内を暖める蓄熱式床下暖房システムにおいて,布基礎部と土台と
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を気密パッキンを介して固定してより気密を高め,ステンレスパイプに鉄クロム線を入れ,ステンレスパイプと鉄クロム線の間を酸化マグネシウムで充填し,ステンレスパイプの外側をポリプロピレンチューブで被覆してなるヒータ部を,銅線を耐熱ビニールで被覆してなるリード線で複数本並列若しくは直列に接続してユニット化されたコンクリート埋設用シーズヒータユニットが,配筋時に配筋される金属棒上に戴架固定後,1回のコンクリート打設によりコンクリート層内に埋設され,該シーズヒータはユニット又は複数のユニットからなるブロックごとに温度センサーの検知により制御され,さらに床面の所定位置には室内と床下空間とを貫通する通気孔である開閉可能なスリットを形成し,蓄熱された熱の放射により床面を加温するとともに,加温された床面からの二次的輻射熱と,床下空間の加温された空気がスリットを介して室内へ自然対流する構成とすることで,居住空間を24時間低温暖房可能で暖房を行うことを特徴とする蓄熱式床下暖房システム。」(以下,この発明と本件補正前発明と併せて「本件発明」という場合がある。)
▼3 審決の内容
別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件特許に係る特許請求の範囲請求項1中の「熱損失係数が1.0~2.5kcal/m・h・℃の高断 2熱・高気密住宅」という事項を追加した平成15年12月12日付け手続補正書による補正(判決注:平成15年12月12日付け手続補正は,「高断熱・高気密住宅」との事項を「熱損失係数が1.0~2.5kcal/m・h・ 2℃の高断熱・高気密住宅」との事項に改めたものであるから,追加した事項は,「熱損失係数が1.0~2.5kcal/m・h・℃」のみである。審決が 2追加したとして認定した事項は,その限りで正確ではない。以下,正確な追加事項に係る補正を「本件補正」という。)は,願書の最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものとはいえないので,特許法17条の2第3項の規定に違反してなされたものであり,
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本件特許は,同法123条1項1号に該当し,無効とすべきである,とするものである。
◆第3 原告の主張本件補正は,願書の最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえないから,特許法17条の2第3項の規定に違反するとした審決の判断は,以下の理由から誤りであり,取り消されるべきである。
▼1 本件補正前発明にいう「高断熱・高気密住宅」とは,断熱性と気密性をあわ
せて高めることにより,省エネルギー性と快適性を高めた住宅の総称であると解すべきである。一般的には,平成11年に制定された次世代省エネルギー基準(以下「平成11年次世代省エネルギー基準」という。)における熱損失係数基準値を満たした住宅が,高断熱・高気密住宅と呼ばれている(甲37ないし39)。また,熱損失係数とは,断熱性能を表す値であって,この値が小さいほど,断熱性は高くなる。平成11年次世代省エネルギー基準における熱損失係数基準値を満たすためには,熱損失係数が約3.2kcal/㎡・h・℃以下であることを要する(甲21ないし23)。
すなわち,本件出願当初明細書に接した当業者であれば,「高断熱・高気密住宅」といわれる住宅の熱損失係数が,3.2kcal/㎡・h・℃以下であることは,当業者にとって自明であるといえる。

▼2 一般に,当業者が施工する高断熱住宅の熱損失係数は,1.0~2.5kcal/m ・h・℃である(甲37ないし43)。熱損失係数が1.0kca 2l/m ・h・℃以下であると,断熱性が高すぎるため,暖房効果はあるもの 2の,夏には熱が外に逃げないために,冷房負荷が大きいという問題を生じ(甲44),他方,熱損失係数が2.5kcal/m ・h・℃以上であると,熱 2の損失が大きくなり,断熱性が十分でないという問題が生じる。
以上のとおり,高断熱住宅の熱損失係数が1.0~2.5kcal/m ・ 2
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h・℃であることは,当業者にとって周知であり,自明な事項である。
▼3 審決は,「本願発明がどのような地域に対応するものであるか,特許請求の
範囲や,発明の詳細な説明においても記載はない」と認定している。しかし,審決の上記認定は,誤りである。すなわち,蓄熱式の床暖房や床下暖房システムを採用する住宅は,寒冷地で実施されているものである。そして本件出願当初明細書の発明の詳細な説明には,山形県酒田市における実験についての記載がある。したがって,本件出願当初明細書に接した当業者にとっては,本件発明が寒冷地に対応するものであり,熱損失係数が1.0~2.5kcal/㎡・h・℃の住宅を対象としていることは容易に理解できることであって,同事項は,記載されているのと同視し得るといえる。
以上のとおり,本件補正は,本件出願当初明細書に記載した事項の範囲内においてなされたものであり,特許法17条の2第3項の規定には違反せず,同法123条1項1号に該当しない。
◆第4 被告の反論原告主張の取消事由には理由がなく,審決に違法はない。
▼1 本件発明の「高断熱・高気密住宅」が平成11年次世代省エネルギー基準に
対応した住宅であること,平成11年次世代省エネルギー基準を満たすためには熱損失係数が約3.2kcal/㎡・h・℃以下であることを認めるに足りる証拠はないし,本件出願当初明細書に上記の事項についての記載も示唆もない。したがって,当業者にとって「高断熱・高気密住宅」が次世代省エネルギー基準に対応した住宅であり,その熱損失係数が約3.2kcal/㎡・h・℃以下であることが自明であるとはいえない。
▼2 原告は,本件発明の対象が寒冷地における住宅であると主張するが,本件特
許の特許請求の範囲では,寒冷地との特定はない。仮に本件出願当初明細書に山形県酒田市のデータが記載され,同市が次世代エネルギー基準において「寒冷地地域指定」であったとしても,本件発明の熱損失係数が1.0~2.5k
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cal/㎡・h・℃の住宅を対象としていることが自明であるとはいえない。
確かに,本件出願当初明細書(甲25)には,「高断熱・高気密住宅」との記載があるが,当業者であっても,その熱損失係数が前記の範囲の住宅であることは,本件出願当初明細書の記載から直ちに理解することはできない。熱損失係数は住宅ごとに異なるし,本件出願当初明細書には熱損失係数についての記載すらないからである。むしろ,原告は,審判答弁書(甲27)において,上記数値範囲が好適である旨の技術的意義を主張しており,このような新たな技術的意義を有する数値範囲を追加することは,新規事項の追加に当たる。
◆第5 当裁判所の判断
▼1 はじめに
当裁判所は,「高断熱・高気密住宅」との構成を「熱損失係数が1.0~2.5kcal/m・h・℃の高断熱・高気密住宅」との構成とした本件補正は, 2特許法17条の2第3項の規定に反するものではないと判断する。その理由は,以下のとおりである。
特許法17条の2第3項は,補正について,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(以下「出願当初明細書等」という場合がある。)に記載した事項の範囲内においてしなければならない旨を定める。同規定は,出願当初から発明の開示を十分ならしめるようにさせ,迅速な権利付与を担保し,発明の開示が不十分にしかされていない出願と出願当初から発明の開示が十分にされている出願との間の取扱いの公平性を確保するとともに,出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにするなどの趣旨から設けられたものである。
そして,発明とは,自然法則を利用した技術的思想であり,課題を解決するための技術的事項の組合せによって成り立つものであることからすれば,同条3項所定の出願当初明細書等に「記載した事項」とは,出願当初明細書等によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提になる。したがって,
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当該補正が,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入したものと解されない場合であれば,当該補正は,明細書,特許請求の範囲の記載又は図面に記載した事項の範囲内においてされたものというべきであって,同条3項に違反しないと解すべきである。
ところで,特許法36条5項は,特許請求の範囲には,「・・・特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない」と規定する。同規定は,特許請求の範囲には,「・・
特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載」すべきとされていた同項2号の規定を改正したものである(平成6年法律第116号)。従来,特許請求の範囲には,発明の構成に不可欠な事項以外の記載はおよそ許されなかったのに対して,同改正によって,発明を特定するのに必要な事項を補足したり,説明したりする事項を記載することも許容されることとされた。そこで,これに応じて,特許請求の範囲に係る補正においても,発明の構成に不可欠な技術的事項を付加する補正のみならず,それを補足したり,説明したりする文言を付加するだけの補正も想定されることになる。
したがって,補正が,特許法17条の2第3項所定の出願当初明細書等に記載した「事項の範囲内」であるか否かを判断するに際しても,補正により特許請求の範囲に付加された文言と出願当初明細書等の記載とを形式的に対比するのではなく,補正により付加された事項が,発明の課題解決に寄与する技術的な意義を有する事項に該当するか否かを吟味して,新たな技術的事項を導入したものと解されない場合であるかを判断すべきことになる。
上記の観点から,本件補正の適否を判断する。
▼2 本件補正の適否について
(1)
事実認定
ア 当初出願に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載
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当初出願に係る特許請求の範囲(請求項1)には,第2,2(1)のとおりの記載がある(適宜,記号を付した。)
A 高断熱・高気密住宅において,B 建物部同様に布基礎にも断熱材を使用して外気温の影響を遮断して尚且つ床下空間の気密を保持し,C 地表面から,防湿シート,断熱材,発熱体が埋設された蓄熱層であるコンクリートもしくは砂・砂利が順に積層されてなる暖房装置を形成し,D さらに該暖房装置と床面の間に所定間隔の床下空間を形成し,床面の所定位置には室内と床下空間とを貫通する通気孔を形成し,E 蓄熱された熱の放射時に床面の加温とともに加温された床面からの二次的輻射熱と,室内と床下空間を自然対流もしくは換気装置による強制対流によって家屋空間全体を24時間暖房することを特徴とするF 深夜電力利用を利用した蓄熱式床下暖房システム
イ 本件出願当初明細書の記載本件出願当初明細書(甲25)には,以下の記載がある。
(
) 「【0001】【発明が属する技術分野】本発明は,高断熱・高気密住宅における深夜電力を利用した床下暖房装置及び建物構造・床構造を含めた深夜電力利用の蓄熱式床暖房システムに関する。」
(
) 「【0002】【従来の技術】従来の蓄熱式の床暖房は,床材直下にコンクリート等の蓄熱層を形成し,該蓄熱体の表面若しくは内部に埋設された温水循環用の配管や電熱線の発熱により蓄熱層に熱が蓄熱され,その熱の放射により暖房を行っている。」
(
) 「【発明が解決しようとする課題】【0003】しかし温水式の場合はボイラー等の燃焼装置が必要であり,ボイラー設置後もメンテナンスをしなければならないので維持費がかかるとともに,酸欠やガス中毒になる危険や,騒音がするなどの問題があった。また,床下直下に暖房
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装置を設置した場合には施工に手間がかかり設置費が高くなってしまい,特に線状発熱体や温水用配管を蛇行状に設置した場合は床面の温度にむらがでてしまい,また床面の温度が高く,室内上部の温度が低くなるという現象が発生してしまうため,床面温度また室内温度を均一にするには発熱温度を高く設置しなければならないので,電気代等のランニングコストもかかってしまうという問題があった。」
(
) 「【0004】さらに,高床式家屋の床下空間を利用して蓄熱層を含めた暖房装置と床面の間に密閉された空間を設けたものもあるが,空気層があるために蓄熱層の温度上昇と床面の温度上昇に時間差が生じてしまい,この時間差を丁度いい時間差にするためには蓄熱層と床面の間の空間の距離を調整しなければならず,施工に手間がかかるとともに床下空間の有効利用ができていない。また,床下と室内の一体化がなく床下空間が密閉空間であるために,空間内に熱が篭ってしまい,床面の温度が高く上部が寒いというような温度差が生じる現象が発生したり,床面が高温になってしまい床面に歪みが生じてしまうという従来技術と同様の問題があった。」
(
) 「【0005】本発明は,上記のような従来の技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり,その課題とするところは,ヒーターをユニット化しているために施工が簡単でかつヒータのメンテナンスが必要なく,例え埋設したヒータにトラブルが生じたとしてもヒータをユニット化しているため,トラブルが生じたヒータの特定が可能で,床下空間を利用してトラブルヒータの上部に砂・砂利等で形成された蓄熱層内に同じ型式のヒータユニットを埋設することで補修が容易にできる。また深夜電力を使用しているのでイニシャルコスト・ランニングコストがともに安くて省エネを図ることのできる安全でクリーンなものであって,床面を均一に加温する低温輻射暖房だけでなく,暖められた床面からの
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二次的輻射熱と通気孔を介して床下空間と室内空間を一体化することにより家屋全体を自然又は強制による対流暖房により室内空間に温度差のない人にストレスを与えない快適な暖房を提供することのできる深夜電力利用蓄熱式床暖房システムを提供しようとするものである。」
(
) 「【0016】表2は本発明のヒータ利用による深夜電力の料金の目安を示したものでり,表3は山形県酒田市にて実際に本発明の蓄熱式床下暖房システムを使用した場合の電気料金を調べた結果を示したものである。以下の表より,本発明の蓄熱式床下暖房システムは比較的低いランニングコストで実施できることがわかる。」そして,表2では,熱損失係数1.2kcal/㎡・h・℃の住宅仕様において試算した,ヒータ利用による電気量料金(年額)の目安を示した表が示されている。
(
) 「【0018】【発明の効果】以上説明したように本発明の床暖房システムには,以下の効果がある。
a.電気式の為,燃焼をともなうシステムのように酸欠やガス中毒の心配がなく,安全かつ環境にもクリーンで,騒音もない。
b.安価な深夜電力を使用して夜間に蓄熱層に熱を蓄え,日中に蓄熱層の放射熱により床暖房を行うので,室内温度を24時間ほぼ一定に保つ全館暖房が可能となる。
c.床材に上下貫通した通気孔があるために床下と室内が一体化した空間となり,床面からの低温による輻射熱暖房だけでなく,室内の空気を自然ないし強制対流によって暖めるので,低温でかつ均一な効率の良い全館暖房が可能である。
d.熱源としてユニット式のシーズヒータを使用するので施工が容易で,しかも発熱体の寿命が長く,メンテナンスの必要がない。もし万一ヒータにトラブルが生じた場合でもメンテナンスが容易にできる。

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e.低温による効率的な暖房が可能であり全館の温度差がない為に,人にストレスを与えない快適な暖房が可能である。
f.温度コントロールと床材に上下貫通した通気孔を設けることにより,床面と家屋全体の空間の温度をコントロールすることが可能である。
g.床下空間が暖かいために,床下に埋設配管された水道管等の凍結を防止する。
h.床下空間が常に乾燥しているのでシロアリ防除の薬品を使用する必要がないので人への防蟻薬品による影響がなく健康的である。
i.床下空間をそのまま利用している為,暖房機器を部屋に設置する必要がなく,有効に部屋空間を利用できる。」
ウ 熱損失係数及び高断熱・高気密住宅に関する他の文献等の記載
(
) 熱損失係数とは,室内外の温度差が1℃の時,家全体から1時間に床面積1㎡当たりに逃げ出す熱量を指し,住まいの保温性能を表わす住宅の省エネルギーに関する指標である。そして,財団法人建築環境・省エネルギー機構による,平成11年次世代省エネルギー基準は,日本全国をⅠ地域からⅥ地域までの地域に区分して,それぞれの熱損失係数の基準値をⅠ地域(北海道)では,1.4kcal/㎡・h・℃Ⅱ地域(青森県外2県)では,1.6kcal/㎡・h・℃Ⅲ地域(宮城県外5県)では,2.1kcal/㎡・h・℃Ⅳ地域(茨城県外33県)では,2.3kcal/㎡・h・℃Ⅴ地域(宮崎県外1県)では,2.3kcal/㎡・h・℃Ⅵ(沖縄県)では,3.2kcal/㎡・h・℃のとおりとし,上記基準値を上回ったた場合,その基準を満たすものとされている(甲21ないし甲23)。
(
) 一方,具体的な住宅についての熱損失係数を算定する場合には,住
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宅,部屋の形状,損失熱量の大きいサッシの大きさや本数,天井の形状,仕上方法や断熱方法等によって誤差が生じ,計算精度は高いものとはいえないことも指摘されているとおり,熱損失係数は,必ずしも厳密な意味を持つものととしてではなく理解される場合がある(甲40)。
(
) 高断熱・高気密住宅とは,おおむね,平成11年次世代省エネルギー基準で定めた熱損失係数と対比して,それより良好な住宅を指すものと解して差し支えない(甲37ないし甲43)。
(2)
判断
ア 本件発明の内容本件出願当初明細書,特許請求の範囲及び図面によれば,本件発明の内容は,次のとおりと理解される。
すなわち,本件発明は,当初出願に係る特許請求の範囲(請求項1)AないしFの構成からなる蓄熱式床下暖房システムである。従来,床材直下にコンクリート等の蓄熱層を形成し,該蓄熱体に埋設等された温水循環用の配管や電熱線の発熱により蓄熱層に蓄熱され,その熱の放射により暖房を行っていたが,このようなシステムでは,施工に手間がかかる,床面に温度むらができるなどの問題があり,また,床下空間を利用して暖房装置と床面の間に密閉された空間を設けたものでは,空間の距離調整が難しく,空間内に熱がこもり床面のみが高温となるという問題があった。本件発明は,この問題を解決するために,高断熱・高気密住宅において,熱源をユニット化されたシーズヒータとすることで施工を容易にするとともにヒータの寿命が長く,施工後のメンテナンスが容易にし,また床下空間を利用して蓄熱層と床面の間に空間を設け,床面に床下空間と室内とを貫通する通気口を形成して床面による輻射熱による暖房と,床下空間で蓄熱層により暖められた空気が通気孔を介して家屋全体を対流する対流暖房の2方式の暖房方法を利用した深夜電力利用のシステムとするものである点に,そ
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の技術的な特徴がある。
イ 「高断熱・高気密住宅」及び「熱損失係数が1.0~2.5kcal/m2・h・℃の高断熱・高気密住宅」の本件発明における意義について
(
) 本件当初出願に係る特許請求の範囲(請求項1)においては,「高断熱・高気密住宅において」(構成A)と記載されていた。前記アの認定によれば,同構成は,本件発明の解決課題及び解決機序と関係する技術的事項とはいい難く,むしろ,本件発明における課題解決の対象を漠然と提示したものと理解するのが合理的である。そして,本件補正によって,「高断熱・高気密住宅」については「熱損失係数が1.0~2.5kcal/m・h・℃」との事項が付加され,「熱損失係数が1. 20~2.5kcal/m・h・℃の高断熱・高気密住宅」との構成と 2された。
ところで,「熱損失係数が1.0~2.5kcal/m・h・℃の 2高断熱・高気密住宅」との構成について,本件発明全体における意義を検討すると,形式的には,数値を含む事項によって限定されてはいるものの,熱損失係数の計算精度は高いものとはいえないと指摘されていること等に照らすならば,同構成は,補正前と同様に,本件発明の解決課題及び解決機序に関係する技術的事項を含むとはいいがたく,むしろ,本件発明における課題解決の対象を漠然と提示したものと理解するのが合理的である。
本件補正の適否についてみてみると,仮に本件補正を許したとしても,先に述べた特許法17条の2第3項の趣旨,すなわち,①出願当初から発明の開示を十分ならしめ,発明の開示が不十分にしかされていない出願と出願当初から発明の開示が十分にされている出願との間の取扱いの公平性の確保,②出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が被る不測の不利益の防止,という趣旨に反するということはで

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きない。
そうすると,本件補正は,本件発明の解決課題及び解決手段に寄与する技術的事項には当たらない事項についてその範囲を明らかにするために補足した程度にすぎない場合というべきであるから,結局のところ,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入していない場合とみるべきであり,本件補正は不適法とはいえない。
もっとも,原告は,無効審判手続及び本訴において,①本件発明が最も効果を奏するのは,熱損失係数1.0~2.5kcal/㎡・h・℃の高断熱高気密住宅においてであること,②熱損失係数が2.5kcal/㎡・h・℃以上になると,住宅内から損失してしまう熱量が大きすぎて,蓄熱層を高温にしなければ,その損失分を補充することはできなくなること,③熱損失係数が1.0kcal/㎡・h・℃以下になると,断熱性が高くなり,暖房効果はあるものの,冷房負荷が大きいという問題が生じるし,断熱性が高ければ,本件発明を用いる必要性がない等と述べている。しかし,前記のとおり「熱損失係数」が計算精度の高いものではないことに照らせば,原告がこのように述べたからといって,直ちに,「熱損失係数1.0~2.5kcal/㎡・h・℃」との値が,本件発明の課題解決の機序との関係において,客観的な技術的意義を有するものと解することはできない(甲44には,熱損失係数が1.0以下となると冷房負荷が大きくなる旨の記載があるが,上記のとおり熱損失係数の計算精度は高いものではないことに加え,上記記載も本願出願後のものであるから,本願出願時において,厳密な意味において熱損失係数が1.0を下回ると冷房負荷が大きいとの問題があるとの技術上の認識が存したとまでは認められない。)。
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) 仮に,「熱損失係数が1.0~2.5kcal/m2・h・℃」が,

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本件発明に関する技術的意義を有するといえるとしても,本件補正は,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入した場合であるとはいえない。
すなわち,前記のとおり,①本件出願当初明細書には,本件発明のヒータ利用による深夜電力の料金の目安を示した表(表2)が掲載され,ヒータ利用による電気量料金の試算は,熱損失係数1.2kcal/㎡・h・℃の住宅仕様を対象に行われていること,②本件出願当時,高断熱・高気密住宅とは,正確な定義が存在するわけではないが,おおむね,平成11年次世代省エネルギー基準で定めた熱損失係数と対比して,それより良好な住宅を指すものと解して差し支えないこと,③熱損失係数とは,室内外の温度差が1℃の時,家全体から1時間に床面積1㎡当たりに逃げ出す熱量を指し,住まいの保温性能を表わす住宅の省エネルギーに関する指標であること,④財団法人建築環境・省エネルギー機構から,平成11年次世代省エネルギー基準が示されているが,その基準値(下限)は,地域によって異なるが,1.4kcal/㎡・h・℃ないし2.3kcal/㎡・h・℃とされていること(ただし,沖縄県を除く。),⑤前記のとおり,熱損失係数の計算精度は高いものとはいえないことが認められる。
そうすると,仮に,本件補正によって付加された事項が技術的内容を含んでいると解したとしても,本件出願当初明細書には「熱損失係数が1.0~2.5kcal/m2・h・℃」における数値が明示されているわけではないが,本件発明の課題解決の対象である「高断熱・高気密住宅」をある程度明りょうにしたにすぎないという意味を超えて,当該数値に本件発明の解決課題及び解決手段との関係で格別な意味を見いだせない本件においては,その付加された事項の内容は,本件出願当初明
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細書において既に開示されていると同視して差し支えないといえる。したがって,本件補正は,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入した場合であるとはいえない。
◆第6 結論以上のとおり,本件補正が特許法17条の2第3項の規定に違反することを理由として本件発明に係る特許を無効とした審決は,その限りにおいて誤りがある。よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部 裁判長裁判官飯村敏明 裁判官中平健 裁判官上田洋幸
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