<知財高裁> 基礎出願に実施例がない場合に、優先権主張の効果が認められた事例(フマキラー対アース製薬)

 判決紹介 

・令和5年(行ケ)第10057号 審決取消請求事件
・令和6年3月26日判決言渡
・知的財産高等裁判所第1部 本多知成 遠山敦士 天野研司
・原告:フマキラー株式会社
・被告:アース製薬株式会社
・特許6539407
・発明の名称:噴射製品および噴射方法
 コメント 
久しぶりに、判決を紹介します。
アース製薬(被告)は害虫忌避成分(EBAAP、イカリジン)に関する特許4771937(本件特許)の特許権者です。
本件は、フマキラー(原告)が無効審判の不成立審決の取消しを求めた事案です。
本件の経緯は以下の通りです。
○2020年2月14日:フマキラー(原告)が本件特許の無効審判を請求
○2021年6月21日:特許庁が請求項の訂正を認めた上で不成立審決(一次審決)
○2021年7月30日:フマキラー(原告)が審決取消訴訟を提起
○2022年8月4日:知財高裁が審決を取り消す旨の判決(一次判決)
○2023年4月21日:特許庁が請求項の訂正を認めた上で不成立審決(本件審決)
○2023年5月26日:フマキラー(原告)が審決取消訴訟を提起(本件訴訟)
争点は、新規性の判断において、優先権出願1を基礎とする優先権主張の効果が認められるか、という点です。
本件特許の訂正後の請求項1は以下のとおりです。
【請求項1】
 害虫忌避成分を含む害虫忌避組成物が充填され、前記害虫忌避組成物を噴射する噴口が形成された噴射製品(ただし、噴射剤を含む場合を除く)であり、
 前記害虫忌避組成物は、20℃での蒸気圧が2.5kPa以下であり、かつ、噴射後の揮発を抑制するための揮発抑制成分(ただし揮発抑制成分がグリセリンである場合を除く)を、害虫忌避組成物中、10質量%以上含み、
 前記害虫忌避成分は、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン酸エチルエステル、1-メチルプロピル2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレートからなる群から選択される少なくとも1の成分であり、
 前記噴口から15cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r15と、前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r30との粒子径比(r30/r15)が、0.6以上となるよう調整され、
 前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r30が、50μm以上となるよう調整された、噴射製品。
黄色のアンダーライン部分は「イカリジン」です。イカリジンの実施例が、優先権出願1に記載されておらず、優先権出願2で追加されたため、原告は優先権が効かないという主旨の主張をしました。
(1) 原告の主張
ア 本件審決の誤り
本件審決は、害虫忌避成分として、「イカリジン」を選択した場合の本件訂正発明は、優先権出願1により発明の構成部分が明らかにされており、優先権出願1の明細書等全体に記載した事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものでないから、優先権出願1を基礎とする優先権主張の効果は認められると判断した。
しかしながら、本件訂正発明1の要旨となる技術的事項のうち少なくとも、害虫忌避成分を「イカリジン」とする部分に対応する実施例は、優先権出願1の明細書(甲11)には記載されておらず、優先権出願2の明細書(甲12)及び本件特許の出願当初の本件明細書(甲13)において初めて補充されたものである。
・・・
いずれの観点からも、本件訂正発明1の要旨となる技術的事項のうち害虫忌避成分を「イカリジン」とする部分に、優先権出願1を基礎とする優先権主張の効果は認められない。
前回のブログでは、優先権主張の効果が認められなかった判決(グリーンクロス対シャイアー)を紹介しましたが、今回の判決では、優先権主張の効果が認められました。
<知財高裁> 優先権を主張することはできないと判断された事例(グリーンクロス対シャイアー)
判決紹介 ・令和4年(行ケ)第10010号 審決取消請求事件 ・令和5年4月6日判決言渡 ・知的財産高等裁判所第2部 本多知成 中島朋宏 勝又来未子 ・原告:グリーン クロス コーポレイション ・被告:シャイアー ヒューマン ...

判決では、優先権主張の効果を認めるにあたって、基礎出願に記載されたメカニズムや技術的意義が考慮されています。基礎出願に実施例が間に合わない場合は、そのあたりの記載を充実させておくのは有益ですね。
判決抜粋を以下に記載します。
判決
第4 当裁判所の判断
1 本件明細書の記載事項について
(1) 本件明細書(甲14)には、次のとおりの記載がある(下記記載中に引用する表1及び2については別紙1を参照)。
・・・
2 取消事由1(公然実施発明2に基づく本件訂正発明1の新規性欠如に関する判断の誤り)について
原告は、本件訂正発明1の要旨となる技術的事項のうち害虫忌避成分を「イカリジン」とする部分に、優先権出願1を基礎とする優先権主張の効果は認められないと主張するため、以下検討する。
(1) 特許法41条1項の規定による優先権(国内優先権)の主張を伴う後の出願に係る発明のうち、その国内優先権の主張の基礎とされた先の出願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲若しくは実用新案登録請求の範囲又は図面(以下、これらを合わせて「当初明細書等」という。)に記載された発明については、新規性(29条1項)、進歩性(29条2項)等の実体審査に係る規定の適用に当たり、当該後の出願が当該先の出願の時にされたものとみなされる(特許法41条2項)。
そして、国内優先権主張の効果が認められるかどうかについては、後の出願の特許請求の範囲の文言が、先の出願の当初明細書等に記載されたものといえる場合であっても、後の出願の明細書の発明の詳細な説明に、先の出願の当初明細書等に記載されていなかった技術的事項を記載することにより、後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになる場合は、その超えた部分については優先権主張の効果は認められないと解するのが相当である。
(2) 優先権出願1の明細書等(甲11)の概要
ア 優先権出願1の明細書及び特許請求の範囲(以下、これらを併せて「優先権出願1の明細書等」という。)の記載事項(下記記載中に引用する表1については別紙2を参照)
・・・
イ 優先権出願2の明細書等の記載事項の概要
(ア) 前記アの記載事項によると、優先権出願2の明細書等には概略、前記(2)イ(ア)~(ウ)及び(オ)と同一の事項が記載されているほか、実施例として以下の記載があることが認められる。
・・・
(4) 本件訂正発明1(害虫忌避成分が「イカリジン」である場合を含む)の要旨となる技術的事項が、優先権出願1の明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えるものであるか
ア 上記(2)イで認定したとおり、優先権出願1の明細書等には、ディートに代わる害虫忌避成分として、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン酸エチルエステル(EBAAP)、p-メンタン-3,8-ジオール、1-メチルプロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレート(イカリジン)に共通して、「使用者の鼻や喉等の粘膜を刺激しやすい害虫忌避成分が配合されているにもかかわらず、粘膜への刺激が低減された噴射製品および噴射方法を提供する」という課題を有し、前記(2)イ(ウ)に認定した①~③の特徴を有すること、すなわち、所定量の揮発抑制成分を添加するなどして、50%平均粒子径r 30 と粒子径比(r 30 /r 15 )がそれぞれ所定の値以上(粒子径比(r 30 /r 15 )が0.6以上、50%平均粒子径r 30 が50μm以上)となるよう調整することにより、上記課題を解決することが記載されている。
また、前記1(2)ア~ウ及びオのとおり、本件訂正発明1に関する背景技術、課題、解決手段に加えて、発明の効果に関するメカニズムや各構成要件の技術的意義については、本件明細書の【0001】、【0002】、【0004】~【0007】、【0009】、【0012】~【0015】、【0023】及び【0024】等に記載されているが、ほぼ同一の記載が、前記(2)イ(ア)~(ウ)及び(オ)のとおり、優先権出願1の明細書の【0001】、【0002】、【0004】~【0008】、【0012】~【0015】、【0017】、【0018】、【0026】及び【0027】において記載されていたものといえる。
イ また、本件訂正発明1の発明特定事項は、いずれも優先権出願1の特許請求の範囲の請求項1又は2に記載されており、害虫忌避成分としてEBAAPと同様にイカリジンも明記されていたものといえる。
前記(2)イ(エ)及び(3)イ(イ)のとおり、優先権出願1の明細書等において、実施例として記載されているのは、害虫忌避成分としてEBAAPを含む噴射製品のみであり、害虫忌避成分としてイカリジンを含む噴射製品に係る実施例は、優先権出願2の明細書等(実施例5及び7)により追加されたものであるが、当該実施例は、本件訂正発明1の実施に係る具体例であるとともに、優先権出願1の特許請求の範囲の請求項1又は2に発明特定事項が記載されていた発明の実施に係る具体例を確認的に記載したものと理解できるから、優先権出願1の明細書等に記載された技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものとはいえない。
エ したがって、本件訂正発明1の要旨となる技術的事項は、イカリジンを含む部分も含めて優先権出願1の明細書等において記載された技術的事項の範囲を超えるものではないから、本件訂正発明1は、害虫忌避成分をイカリジンとする部分についても、優先権出願1に基づく国内優先権主張の効果が認められる。
(5) 原告の主張について
ア 害虫忌避成分をイカリジンとする部分は本件第1優先日時点で完成しているかについて(前記第3の1(1)イの主張について)
まず、国内優先権主張の効果が認められるかどうかは、前記2(1)の説示のとおり、後の出願の特許請求の範囲の文言が、先の出願の当初明細書等に記載されたものといえる場合であっても、後の出願の明細書の発明の詳細な説明に、先の出願の当初明細書等に記載されていなかった技術的事項を記載することにより、後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになる場合は、その超えた部分については優先権主張の効果は認められないと解するのが相当である。
この点、優先権出願1の明細書等において、実施例として記載されているのは、害虫忌避成分としてEBAAPを含む噴射製品のみであり、害虫忌避成分としてイカリジンを含む噴射製品に係る実施例自体は、優先権出願2の明細書等(実施例5及び7)により追加されたものであるものの、優先権出願1の特許請求の範囲の請求項1又は2に発明特定事項が記載されていた発明の実施に係る具体例を確認的に記載したものと理解できるから、優先権出願1の明細書等に記載された技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではないことは前記(4)の判断のとおりである。
そして、前記のとおり、優先権出願1の明細書等には、本件訂正発明1に関する背景技術、課題、解決手段に加えて、発明の効果に関するメカニズムや各構成要件の技術的意義が記載されており、これらはEBAAP、p-メンタン-3,8-ジオール及びイカリジンに共通して適用されることも把握できるものといえる。すなわち、優先権出願1の明細書等には、本件訂正発明1について、害虫忌避成分をイカリジンとする部分を含めて、その技術内容が、当該の技術分野における通常の知識を有する者(当業者)が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていると認められる。
これに対し、原告は、EBAAPとイカリジンとは物質として害虫忌避作用があるということのほかには類似性がないこと等により、イカリジンを害虫忌避成分とする場合にEBAAPと同様の結果となるかどうかは判断できず、優先権出願2の出願時にイカリジンに関する実施例を追加することで、初めて実験による技術上の裏付けがされ完成したものであることを主張する。
この点、本件訂正発明1では、害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30 が、成分の揮発によって小さくなることを抑制するために、蒸気圧が小さい揮発抑制成分(20℃での蒸気圧が2.5kPa以下)を配合しているところ(本件明細書の【0014】)、一般に、物質の揮発しやすさ(揮発性、揮発度ともいう。)は、その成分の蒸気圧によって決定されるものであり(甲64)、蒸気圧が小さいものは揮発しにくく、蒸気圧が大きいものは揮発しやすいものであるといえる。そこで、20℃におけるEBAAPやイカリジンの蒸気圧についてみると、EBAAPが0.00015kPa(=0.15Pa、甲27)、イカリジンが0.000034kPa(=3.4×10 -4 hPa、甲28)であるのに対し、揮発抑制成分の蒸気圧は、1,3-ブチレングリコールが0.008kPa(=0.08hPa、甲39)、プロピレングリコールが0.0107kPa(=0.08mmHg、甲40)、水が2.3366kPa(甲3の1・2)であり、溶剤の蒸気圧は、無水エタノールが5.8kPa(甲65)であって、EBAAPとイカリジンの蒸気圧は、揮発抑制成分の蒸気圧や溶剤の蒸気圧に比べて極めて小さいものといえる。これらのことからすると、EBAAPとイカリジンはほとんど揮発しないという点では変わりがないから、両者の蒸気圧の違いは、粒子径比(r 30 /r 15 )や50%平均粒子径r 30 に対して与える影響を無視できるものといえる。そうすると、当業者は、EBAAPとイカリジンの蒸気圧を考慮すると、害虫忌避成分としてEBAAPとイカリジンのいずれを使用しても、害虫忌避成分の揮発による粒子径や粒子径比(r 30 /r 15 )への影響は変わらないものと理解できる。
したがって、本件訂正発明1のうち害虫忌避成分をイカリジンとする部分は、少なくとも優先権出願2におけるイカリジンに関する実施例を追加することで、初めて実験による技術上の裏付けがなされ完成したものであるとする原告の主張は採用できない。
イ 「実施可能であるか」について(前記第3の1(1)ウの主張)
(ア) 前記(1)の「後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨とする技術的事項が、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項を超える」ものか否かという判断は、実施例が追加された後の出願の特許請求の範囲に記載された発明が先の出願の当初明細書等の記載事項との関係において実施可能であるかを判断するものと解される。
(イ) 優先権出願1の明細書等には、EBAAP、p-メンタン-3,8-ジオール又はイカリジンを含む害虫忌避成分について、噴射された粒子が使用者やその周囲の者の鼻や喉等の粘膜を刺激しやすく、その結果、使用者等は、粘膜に違和感を感じたり、咳き込んだりしやすいという問題があることから、使用者の鼻や喉等の粘膜を刺激しやすい害虫忌避成分が配合されているにもかかわらず、粘膜への刺激が低減された噴射製品及び噴射方法を提供することを課題とするものであり、この課題を解決するために、優先権出願1の明細書等に記載された発明は、前記害虫忌避成分を含むものについて、さらに、①噴射後の揮発を抑制するため、20℃での蒸気圧が2.5kPa以下となる揮発抑制成分を、害虫忌避組成物中10質量%以上含み、かつ、②前記噴口から15cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 15 と、前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30 との粒子径比(r 30 /r 15 )が、0.6以上となるよう調整され、③前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r 30 が、50μm以上となるよう調整されたという特徴を有するものであることが記載されている。そして、その効果を発揮するメカニズムとして、噴射された害虫忌避剤の中には、皮膚や髪等の適用箇所に付着せずに、適用距離(例えば噴口から15cmの距離)を超えて更に離れた位置(例えば噴口から30cm離れた位置)に到達し、浮遊するものがあり、そのような離れた位置では、粒子径が小さくなるため、粘膜刺激を起こしやすく、害虫忌避組成物中に揮発抑制成分を添加して、適用距離における粒子径だけでなく、それを超えた位置における粒子径にも注意を払い、当該粒子径が小さくなりすぎないよう、50%平均粒子径r 30 と粒子径比(r 30 /r 15 )がそれぞれ所定の値以上(粒子径比(r 30 /r 15 )が0.6以上、50%平均粒子径r 30 が50μm以上)となるよう調整したことが説明されている。
また、優先権出願1の明細書等の【0013】~【0031】に、本件訂正発明1に係る噴射製品の組成物の各成分の説明及びポンプの構造の説明が詳細に記載されており、【0017】及び【0018】には、揮発抑制成分を配合することで、噴射後の揮発が抑制され、適用箇所を超えた範囲(例えば、噴口から30cm)にまで噴射された場合であっても粒子径が小さくなりにくいことや揮発抑制成分の配合量が記載されており、また、【0027】には、粒子径比(r 30 /r 15 )を上記範囲に調整する方法は特に限定されず、例えば、害虫忌避組成物の処方(例えばそれぞれの成分の種類及び含有量、忌避抑制成分の有無、含有量等)、アクチュエータの形状、寸法(例えば噴口の大きさ、形状等)、又は単位時間当たりの噴射量(噴射速度)、噴射圧等の各種物性が調整されることにより調整できることも示されている。
さらに、優先権出願1の明細書等の【0051】の表1の実施例及び比較例を見ると、害虫忌避成分としてEBAAPを、揮発抑制成分として、1,3-ブチレングリコール、プロピレングリコール又は水の少なくとも1の成分を10質量%以上配合した害虫忌避組成物が充填された噴射製品が記載されており、実施例1及び2並びに比較例1~3から、揮発抑制成分の含有量が増えるほど揮発による50%平均粒子径r 30 の小型化が抑制され、粒子径比(r 30 /r 15 )が大きくなっていることが理解できる。そして、実施例1~4においては、揮発抑制成分の含有量が10質量%以上、粒子径比(r 30 /r 15 )が0.6以上、50%平均粒子径r 30 が50μm以上の害虫忌避組成物が実現されていることが理解できる。
以上のことからすると、当業者であれば、優先権出願1の明細書の実施例及び比較例において具体的な製造方法が示されているEBAAPを配合した害虫忌避組成物及び噴射製品と同様にして、イカリジンを配合し、粒子径比(r 30 /r 15 )が0.6以上、50%平均粒子径r 30 が50μm以上を満たす噴射製品を製造することができると解される。
この点、原告は、EBAAPとイカリジンの蒸気圧が異なることを主張しているが、前記アの各成分の20℃における蒸気圧によると、EBAAPやイカリジンの蒸気圧の違いは、粒子径比(r 30 /r 15 )や50%平均粒子径r 30 に対して与える影響を無視できるものといえるから、当業者であれば、害虫忌避成分としてEBAAPを含む害虫忌避組成物を充填した噴射製品の実施例と同様にして、過度の試行錯誤を要することなく、イカリジンを含む害虫忌避組成物を作成し、これを充填し、粒子径比(r 30 /r 15 )を0.6以上、50%平均粒子径r 30 を50μm以上に調整した噴射製品を製造することができるといえ、原告の上記主張は採用できない。
また、本件訂正発明1の噴射製品は、害虫忌避組成物を含む噴射製品、いわゆる虫よけスプレーであり、優先権出願1の明細書等の【0006】、【0025】等の記載を見ると、使用者が、一般的な虫よけスプレーと同様にして、噴口から害虫忌避組成物を適用箇所に向けて噴射をすることができること、噴口から噴射される害虫忌避組成物は、所定の粒子径、より具体的には、所定の粒子径比(r 30 /r 15 )及び50%平均粒子径r 30 に調整され、霧状に噴射されること、及び、所定の粒子径に調整されているため、粘膜を刺激しやすい害虫忌避成分が配合されている場合であっても、粘膜への刺激が低減されることが認められ、このことは、害虫忌避成分がEBAAPであっても、イカリジンであっても変わることはないものといえるから、本件訂正発明1のうち害虫忌避成分としてイカリジンを含む部分が、優先権出願1において、過度の試行錯誤を要することなく使用できるように記載されているということができる。
この点、原告は、「使用できる」というためには、特許発明に係る物について、例えば発明が目的とする作用効果等を奏する態様で用いることができるなど、技術上の意義のある態様で使用することができることを要すると主張する。
しかし、原告の上記主張は独自の見解であって採用できない。また、仮にこれを前提としても、優先権出願1の明細書等には、本件訂正発明1の効果を発揮するメカニズムについて、十分な記載があり、さらに、害虫忌避成分としてEBAAPとイカリジンのいずれを使用しても、害虫忌避成分の揮発による粒子径や粒子径比(r30 /r 15 )への影響は変わらないことを理解できるから、当業者は、EBAAPとイカリジンのいずれを使用しても、同様に「粘膜への刺激が低減された噴射製品及び噴射方法を提供することができる」という作用効果を奏する態様で用いることができ、技術上の意義のある態様で使用することができるものと理解することもできる。
したがって、当業者であれば、優先権出願1の明細書の実施例及び比較例において具体的な製造及び使用方法が示されているEBAAPを配合した害虫忌避組成物及び噴射製品と同様にして、過度の試行錯誤を要することなく、イカリジンを配合した害虫忌避組成物や噴射製品を製造し、粒子径比(r 30 /r 15 )を0.6以上、r30 を50μm以上とすることができ、かつ、当該噴射製品を使用することができるといえる。
よって、原告の上記主張は理由がない。
(ウ) 以上によると、本件訂正発明1のうち害虫忌避成分をイカリジンとする部分が、優先権出願1の明細書等の記載事項との関係において実施可能であるといえるから、「実施可能であるか」についての原告の主張(前記第3の1(1)ウの主張)は理由がない。
ウ サポート要件違反の主張について(前記第3の1(1)エの主張)
原告は、優先権出願1の明細書にサポート要件違反の発明があったことを前提として、本件訂正発明1が、優先権出願2の明細書等において実施例を補充することによってサポート要件違反を回避したものであると主張するが、優先権主張の効果とサポート要件とは異なる要件の問題であり、優先権出願の明細書等にサポート要件違反の発明があったかという観点を考慮すべきとはいえない。
したがって、優先権出願1の明細書にサポート要件違反の発明があったことを前提として、本件訂正発明1が、優先権出願2の明細書等において実施例を補充することによってサポート要件違反を回避したものという原告の主張は前提において失当である。
3 取消事由2(公然実施発明2に基づく本件訂正発明2の新規性欠如に関する判断の誤り)について
(1) 原告の主張
原告は、本件訂正発明2のうち、粒子径比(r 30 /r 15 )が0.85以上とする構成は、優先権出願2の明細書によって補充された実施例9及び10を根拠とし、本件審決の認定でも本件特許の出願時に補充された実施例6に基づくもので、本件訂正発明2は、優先権出願1に基づく特許法41条2項に基づく優先権主張の効果は認められないこと、優先権出願1の明細書の実施例を見ても、粒子径比(r 30 /r 15 )は、1.06、1.11、0.69、0.62のものしかなく、そのほか当該明細書において0.85以上という数値の根拠となるものは存在しないことを主張する。
(2) 検討
ア 本件訂正発明2は、粒子径比(r30/r15)を「0.85以上」とするものであり、本件訂正発明1の粒子径比(r30/r15)が「0.6以上」であるものを更に限定したものである。前記2のとおり、本件訂正発明1について優先権主張の効果が認められるのであるから、本件訂正発明2についても、「0.85以上」という数値範囲を設定したことにより、優先権出願1の明細書等に記載された技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。 したがって、本件訂正発明2の要旨となる技術的事項は、優先権出願1の明細書等において記載された技術的事項の範囲を超えるものではないから、本件訂正発明2は、優先権出願1に基づく国内優先権主張の効果が認められるといえる。 イ 原告は、優先権出願1の明細書において、境界値である「0.85」が記載されていない以上、「新たな技術的事項を導入する」ことに当たると主張する。 しかし、優先権出願1の明細書等において、粒子径比(r30/r15)が0.6以上のものが実施可能なように記載されている上、実施例として、粒子径比(r30/r15)「1.06」、「1.11」、「0.69」が具体的に示されているのであるから、粒子径比(r30/r15)が「0.85以上」のものも当然に実施可能であったものと認められ、「0.85以上」という数値範囲を設定したことにより、優先権出願1の明細書等に記載された技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入したとまではいえない。 そうすると、原告の主張は採用できず、前記アで述べたとおりであるから、本件審決が、本件訂正発明2について、「0.85以上という下限の限定は、0.6以上という範囲を減縮した範囲にすぎず、その数値自体が新たな技術的事項の導入になるとはいえない」とした判断に誤りはない。
(3) 小括
以上のとおりであるから、害虫忌避成分として「1-メチルプロピル 2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレート」(イカリジン)を選択した場合の本件訂正発明1及びこれに加えて、粒子径比(r30/r15)が0.85以上とする構成を有する本件訂正発明2の優先日が、本件第1優先日(平成28年3月31日)であるとした本件審決の判断に誤りはない。
そうすると、本件第1優先日より後であって、本件第2優先日(平成28年11月25日)前に公然実施されていたとする公然実施発明2は、本件第1優先日前に公然実施された発明とはいえないから、その余の点について判断するまでもなく、原告が主張する無効理由2は理由がない。
第5 結論
以上のとおり、原告が主張する取消事由1及び2はいずれも理由がない。
よって、原告の請求には理由がないから本件請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。
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