<特許事例分析/脂質粒子組成物/富士フイルム> 分割出願をすることによって、請求項1の効果の限定を外した事例

新しい試みとして、最近、医薬分野で特許になった事例を分析するブログを書いてみようかなと思い、検索してみました。
登録日が2024年11月9日~2024年11月23日で、医薬系のある程度絞ったキーワードで検索したところ、82件ヒットしました。
ほとんどが外国の出願人で、日本の出願人は、1割程度でした。
特許権者名でソートしたときに一番上に来たのは下記の特許です。
【登録日】令和6年11月12日
【出願番号】特願2023-121194
【特許番号】特許7587644
【特許権者】富士フイルム株式会社
【発明の名称】脂質粒子組成物および医薬組成物
ということで、この特許を見てみました。
なお、ざっと見ただけで詳細検討はしておりませんので、細かいところで勘違い等あるかもしれませんが、ご了承ください。
上記の特許は下記の特許7343643(特願2022-51129)の分割出願でしたので、まずはこちらから見ていきます。(特願2022-51129も分割出願で親がありますが、そこまで見ていくとややこしいので、そこは省略します。)
【登録日】令和5年9月4
【出願番号】特願2022-51129
【特許番号】特許7343643
【特許権者】富士フイルム株式会社
【発明の名称】脂質粒子組成物および医薬組成物
特許7343643の審査前の請求項1は下記です。
請求項1の「脂質粒子組成物」は、リポソーム製剤の上位概念です。
特許7343643(親)の審査前
【請求項1】
パノビノスタットまたはその塩を含有する脂質粒子組成物であって、脂質粒子の平均粒子径が141nm~500nmであり、
パノビノスタット量として4mg/kgの脂質粒子組成物をマウスの尾静脈に単回投与した後から無限時間までの、下記式1で表される面積比が5以上である脂質粒子組成物。
式1: (骨髄中濃度-時間曲線下面積)/(消化管中濃度-時間曲線下面積)
拒絶理由通知書(2023/02/21)への応答時に出願人が提出した意見書の記載(下記参照)によると、上の黄色部分は「骨髄への高いターゲッティング能」を意図した限定のようですので、本ブログではこの限定を効果の限定ということにします。
特許7343643(親)の意見書(2023/03/14)
 本願発明の脂質粒子組成物の特徴の一つは、
式1:(骨髄中濃度-時間曲線下面積)/(消化管中濃度-時間曲線下面積)
で表される面積比が5以上であることにあります。
 上記の通り、引用文献1および2には、骨髄への高いターゲッティング能に関しては記載も示唆もないことから、引用文献1及び2に記載の発明において、「式1で表される面積比が5以上である」という構成を採用する動機付けはなく、本願発明は、引用文献1及び2に記載の発明から容易に想到できる発明ではありません。
拒絶理由通知書(2023/02/21)では、進歩性(理由1)、サポート要件(理由2)の拒絶理由が通知されました。
そこで、出願人は以下のように、成分組成を限定するように請求項1を補正し、意見書で拒絶理由が解消していることを主張しました。
特許7343643(親)の補正(2023/03/14)
【請求項1】
 パノビノスタットまたはその塩を含有する脂質粒子組成物であって、脂質粒子の平均粒子径が141nm~500nmであり、
 パノビノスタット量として4mg/kgの脂質粒子組成物をマウスの尾静脈に単回投与した後から無限時間までの、下記式1で表される面積比が5以上である脂質粒子組成物であって、
 脂質粒子がリン脂質およびコレステロール類を含み、
 リン脂質がホスファチジルコリン、水素添加大豆ホスファチジルコリン、スフィンゴミエリンおよびジヒドロスフィンゴミエリンからなる群から選択される少なくとも1つであり、
 コレステロール類の含有率が、脂質粒子を構成する脂質の合計量に対して30mol%~45mol%である、脂質粒子組成物
式1:(骨髄中濃度-時間曲線下面積)/(消化管中濃度-時間曲線下面積)
しかし、審査官は、進歩性がないと判断し、拒絶査定(2023/05/02)と、補正の却下の決定をしました。
そこで、出願人は再度上記と同じ補正を行い、審判請求書で、提出済みの意見書と同様の主張と、追加で以下の主張をしました。
特許7343643(親)の審判請求書(2023/07/26)
 補正却下の決定においてはさらに、
「また、出願人は意見書にて『上記補正により、補正後の本願発明の脂質粒子組成物は、骨髄への高いターゲッティング能を示すことが明確になり、引用文献1および2に対して進歩性を有するものです』と主張している。
 しかしながら、引用発明1において、引用文献2の記載に基づいて脂質粒子組成物を構成すれば、おのずから本願請求項1の性質を有する脂質粒子組成物が得られると推認され、本願発明の効果が格別顕著なものであると認めることができない。特に、本願の当初明細書等には、本願請求項1に記載された特定の粒径及び組成の範囲内とすることで、上記範囲外とした場合と比べて必ず格別顕著な効果を有することを示す、十分な対照実験結果が開示されておらず、本願発明の全ての範囲において進歩性を認めることができない。」
と認定されました。
 しかしながら、請求項1に記載の「パノビノスタットまたはその塩を含有する脂質粒子組成物」については、パノビノスタットまたはその塩を含有しない場合については、表1の比較例2として示されています。
 請求項1に記載の「脂質粒子の平均粒子径が141nm~500nmであり」については、表1の実施例12に平均粒子径が141nmである場合が記載され、実施例22に平均粒子径が331nmである場合が記載されていることことに基づいてサポートされ、さらに平均粒子径が請求項1で規定する範囲を満たさない場合の比較例4(平均粒子径が94nm)が記載されています。
 さらに、請求項1に記載の「コレステロール類の含有率が、脂質粒子を構成する脂質の合計量に対して30mol%~45mol%である」については、表1の実施例1から24によってサポートされ、さらにコレステロール類の含有率が請求項1で規定する範囲を満たさない場合の比較例3(コレステロール類の含有率が18.9mol%)が記載されています。
 本願明細書における上記の開示から見て、補正後の本願発明の全ての範囲において進歩性は認められるべきであると思料致します。
また同日(2023/07/26)に、分割出願(特願2023-121194、特許7587644)を行いました。
その結果、前置審査で特許査定(2023/08/29)がでました。
次に、出願人は分割出願(特願2023-121194、特許7587644)の審査を受けました。
審査前の請求項1は下記です。親出願の効果の限定が削除され、リン脂質の選択肢が減り、ポリエチレングリコール脂質(PEG脂質)の限定が追加されています。
なお、PEG脂質は脂質粒子の成分として一般的であることや、審査経過などを考えると、この限定によって進歩性が特別向上したということはないんじゃないかなと予想しています。
特許7587644(子)の審査前
【請求項1】
 パノビノスタットまたはその塩を含有する脂質粒子組成物であって、脂質粒子がリン脂質およびコレステロール類を含む脂質粒子組成物であって、
 脂質粒子の平均粒子径が141nm~500nmであり、
 リン脂質がスフィンゴミエリン又はジヒドロスフィンゴミエリンであり、
 コレステロール類の含有率が、脂質粒子を構成する脂質の合計量に対して30mol%~45mol%であり、
 ポリエチレングリコール脂質をさらに含む、脂質粒子組成物。
審査官は、従属請求項に対して明確性、同日出願の拒絶理由を通知(2024/08/06)しましたが、進歩性の拒絶理由は通知しませんでした。
出願人は、明確性、同日出願の拒絶理由を受けた従属請求項を削除する補正(2024/08/27)を行い、その後、特許査定(2024/11/05)が通知されました。
ということで、分割出願では、親出願とは少し異なる範囲の特許を取得することに成功しています。
親出願で、拒絶理由通知書への応答時に成分組成の限定をしたことによって、効果の限定が実質的に進歩性の役に立たなくなっていたため、分割出願で、軽微な限定を追加しつつ、効果の限定のない請求項1の権利化を狙いにいったのではないかと予想します。
何が進歩性に寄与したのか、この点を検討することで、分割出願で異なる範囲や、広い範囲の権利化を目指すことが可能になるということの参考事例になるかなと思います。

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