・令和6年9月26日判決言渡
・大阪地方裁判所第21民事部 武宮英子 阿波野右起 西尾太一
・原告:旭化成ファーマ株式会社
・被告:沢井製薬株式会社
・特許6025881
・発明の名称:高純度PTH含有凍結乾燥製剤およびその製造方
侵害訴訟のご紹介です。
旭化成ファーマ(原告)は、テリボン皮下注用56.5μg(一般名:テリパラチド酢酸塩)を製造販売しています。効能・効果は骨折の危険性の高い骨粗鬆症です。
また旭化成ファーマは、PTHペプチド製剤の製法特許である特許6025881の特許権者です(テリパラチドはPTHのN末端側のペプチド断片です)。
沢井製薬(被告)は、テリボンの後発医薬品であるテリパラチド皮下注用56.5μg「サワイ」を製造販売しています。
本件は、旭化成ファーマが、沢井製薬が後発医薬品を製造し、販売等することは本件特許権の侵害に当たると主張して、後発医薬品の製造、販売等の差止め及び廃棄、薬価基準収載申請の取下げ又は薬価基準収載品目削除願の提出、並びに損害賠償金等の支払いを求めた事案です。
本件特許の請求項1は以下の通りです。このうち、構成要件1Cの扱いが本判決で争点になっています。
【請求項1】
1A 無菌注射剤の製造施設内における、PTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法であって、
1B PTHペプチド含有溶液調製工程の開始から凍結乾燥手段への搬入工程終了の間の工程のうち、少なくとも搬入工程を含む1以上のグレードAの環境を有する工程において、
1C PTHペプチド含有溶液と同無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを特徴とする方法であって、
1D 同PTHペプチド含有凍結乾燥製剤とは、当該製剤中のPTHペプチド量と全PTH類縁物質量の和に対するいずれのPTH類縁物質の量も1.0%以下であり、
1E 及びPTHペプチド量と全PTH類縁物質量の和に対する全PTH類縁物質量が5.0%以下であることを少なくとも意味する、
1F PTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法。
✓技術的範囲について1A 無菌注射剤の製造施設内における、PTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法であって、
1B PTHペプチド含有溶液調製工程の開始から凍結乾燥手段への搬入工程終了の間の工程のうち、少なくとも搬入工程を含む1以上のグレードAの環境を有する工程において、
1C PTHペプチド含有溶液と同無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを特徴とする方法であって、
1D 同PTHペプチド含有凍結乾燥製剤とは、当該製剤中のPTHペプチド量と全PTH類縁物質量の和に対するいずれのPTH類縁物質の量も1.0%以下であり、
1E 及びPTHペプチド量と全PTH類縁物質量の和に対する全PTH類縁物質量が5.0%以下であることを少なくとも意味する、
1F PTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法。
後発医薬品の製造方法(被告方法)について、判決文から詳細はわかりませんでしたが、裁判所の判断の中で
「被告方法では、搬入工程を含む工程において、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触が抑制されるから、被告方法は構成要件1Cを充足する。」
と記載されています。
沢井製薬は、構成要件1Cが抽象的に記載されているのみのため、明細書に記載の具体的な構成(予め凍結乾燥庫内の空気を窒素に置換する)に限定解釈されるべきと主張しました。
しかし、大阪地裁は、以下のように、沢井製薬の主張は採用できないと判断しました。
しかし、構成要件1Cは、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを規定するのみで、その手段について特定の方法に限定するものではなく、本件発明の他の構成要件において、これを限定する記載はない。
また、本件明細書には、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制する手段は特に限定されないことが明記されており(【0124】、【0125】)、同手段の例示として、PTHペプチド含有溶液周辺の空気の流動性や流動量を抑制すること(【0125】)及びPTHペプチド含有溶液周辺を不活性化ガスで置換すること(【0125】、【0135】)が記載されている。
このような構成要件及び本件明細書の記載内容に照らすと、本件発明1において、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制する手段は限定されておらず、何らかの方法によりこれを実現すれば足りるものと解される。
したがって、被告の前記主張は採用することができない。
ウ 以上のとおり、被告方法では、搬入工程を含む工程において、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触が抑制されるから、被告方法は構成要件1Cを充足する。
なお、以上を踏まえて、被告方法の構成を本件発明の構成要件に即して特定すると、別紙3「被告方法の構成」の「裁判所の認定」欄記載のとおりとなる。ただし、同目録の1cにつき、被告方法は、予め凍結乾燥庫内の空気を窒素で置換する構成を備えていないことは原告も積極的に争っておらず、弁論の全趣旨から認められる。
(3) 以上から、被告方法は、本件発明の各技術的範囲に属する。
明細書に「抑制する手段」が特に限定されないことが明記され、例示もあったことが考慮された上で、被告方法は構成要件1Cを充足していると判断されました。また、本件明細書には、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制する手段は特に限定されないことが明記されており(【0124】、【0125】)、同手段の例示として、PTHペプチド含有溶液周辺の空気の流動性や流動量を抑制すること(【0125】)及びPTHペプチド含有溶液周辺を不活性化ガスで置換すること(【0125】、【0135】)が記載されている。
このような構成要件及び本件明細書の記載内容に照らすと、本件発明1において、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制する手段は限定されておらず、何らかの方法によりこれを実現すれば足りるものと解される。
したがって、被告の前記主張は採用することができない。
ウ 以上のとおり、被告方法では、搬入工程を含む工程において、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触が抑制されるから、被告方法は構成要件1Cを充足する。
なお、以上を踏まえて、被告方法の構成を本件発明の構成要件に即して特定すると、別紙3「被告方法の構成」の「裁判所の認定」欄記載のとおりとなる。ただし、同目録の1cにつき、被告方法は、予め凍結乾燥庫内の空気を窒素で置換する構成を備えていないことは原告も積極的に争っておらず、弁論の全趣旨から認められる。
(3) 以上から、被告方法は、本件発明の各技術的範囲に属する。
(なお、前回のブログで紹介した判決(ノーベルファーマ 対 沢井製薬、令和5年(ワ)第70178号 特許権侵害差止請求事件)でも充足性の判断で明細書が考慮されましたが、こちらでは非充足(非侵害)と判断されています。)
✓進歩性について
無効理由(明確性、サポート要件、進歩性)の有無も争われました。ここでは進歩性に関して記載します。
大阪地裁は、乙1(特表平10-508817号)発明の構成を以下のように認定しました。
無菌状態で薬液を充填した非密封薬剤容器を充填装置から凍結乾燥機まで自動的に移送する工程に関し、薬液がチャンバ内の周囲空気及びそこに含まれる粒子、微生物にさらされて薬剤の衛生度が悪影響を受けることを防止するため、
a) 窒素を移動可能なチャンバ内に導入する段階と、
b) このチャンバを充填装置内に挿入する段階と、
c) チャンバ内に薬剤容器を導入してからチャンバを閉じる段階と、
d) チャンバを凍結乾燥機まで移動させる段階
とからなり、段階 b)~d)において、窒素がチャンバ内の非密封薬剤容器を覆いながら絶えず均等に分布させるよう、一定の流量で窒素をチャンバ内に導入することを特徴とする方法
また大阪地裁は、本件発明1と乙1発明との相違点を以下のように認定しました。a) 窒素を移動可能なチャンバ内に導入する段階と、
b) このチャンバを充填装置内に挿入する段階と、
c) チャンバ内に薬剤容器を導入してからチャンバを閉じる段階と、
d) チャンバを凍結乾燥機まで移動させる段階
とからなり、段階 b)~d)において、窒素がチャンバ内の非密封薬剤容器を覆いながら絶えず均等に分布させるよう、一定の流量で窒素をチャンバ内に導入することを特徴とする方法
ア 相違点1-1
しかし、構成要件1Cは本件発明1は、当該製剤中のPTHペプチド量と全PTH類縁物質量の和に対するいずれのPTH類縁物質の量も1.0%以下であり、及びPTHペプチド量と全PTH類縁物質量の和に対する全PTH類縁物質量が5.0%以下の無菌注射剤であるPTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法であるのに対し、乙1発明は、無菌凍結乾燥製剤の製造方法であり、無菌凍結乾燥製剤が上記基準を満たす注射剤であるPTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法との限定がなされていない点
イ 相違点1-2
本件発明1では、搬入工程がグレードAの環境である旨定められているのに対し、乙1発明では、その旨明記されていない点
ウ 相違点1-3
本件発明1では、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを特徴とする方法である旨定められているのに対し、乙1発明は、無菌薬剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを特徴とする方法である旨の記載がない点
相違点1-3は、上記の構成要件1Cに対応する部分です。しかし、構成要件1Cは本件発明1は、当該製剤中のPTHペプチド量と全PTH類縁物質量の和に対するいずれのPTH類縁物質の量も1.0%以下であり、及びPTHペプチド量と全PTH類縁物質量の和に対する全PTH類縁物質量が5.0%以下の無菌注射剤であるPTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法であるのに対し、乙1発明は、無菌凍結乾燥製剤の製造方法であり、無菌凍結乾燥製剤が上記基準を満たす注射剤であるPTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法との限定がなされていない点
イ 相違点1-2
本件発明1では、搬入工程がグレードAの環境である旨定められているのに対し、乙1発明では、その旨明記されていない点
ウ 相違点1-3
本件発明1では、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを特徴とする方法である旨定められているのに対し、乙1発明は、無菌薬剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを特徴とする方法である旨の記載がない点
判決によると大阪地裁は、以下のように、乙1発明において『「滅菌不活性」保護ガス(窒素)が使用され、これには酸化抑制効果がある』ということは認めているようです。
確かに、乙1公報の特許請求の範囲のとおり、乙1発明では、「滅菌不活性」保護ガス(窒素)が使用され、これには酸化抑制効果があるが、これは薬剤を無菌状態で移送することを目的としていると解されるのであって、上記の発明の詳細な説明に鑑みれば、当業者が、周囲空気との接触による酸化の抑制を目的としていると認識するとは認め難い。被告が主張するような、窒素等の不活性ガスは滅菌されなければ「滅菌不活性保護ガス」にはならない、薬剤と周囲空気との接触を抑制し、不活性ガスを充填することによって薬剤の酸化防止を図ることができる、との技術常識が存在したとしても、乙1公報に、酸化抑制効果を意図した具体的な記載がなく、薬液と周囲空気との接触の抑制による酸化の抑制との技術思想が開示されているとは認められない。
沢井製薬は、請求項1の「オゾンとの接触を抑制することを特徴とする方法」は乙1発明の構成自体に内在している(そのため相違点にならない)ことを主張しました。しかし、以下のように、大阪地裁は乙1発明が「酸化を抑制することを目的とする発明であるとは認められない」ことを理由に、沢井製薬の主張は採用できないと判断しました。
(4) 容易想到性について
ア 事案に鑑み、相違点1-3から検討する。
被告は、相違点1-3に関する容易想到性につき、以下の点を指摘する。
(ア) 乙1発明は、薬液を凍結乾燥機へ搬入する工程において、薬液が空気環境(周囲空気)等にさらされて薬剤の衛生度が悪影響を受けることを防止し、空気環境(周囲空気)との接触により薬液が酸化されることを防止するため、窒素を非密封薬剤容器を覆うように絶えず均等に分布させるように一定の流量で導入する方法を採用し、空気環境(周囲空気)との接触を抑制した発明であるから、薬剤と無菌薬剤製造施設内空気に含まれるオゾンとの接触を抑制する作用がその構成自体に内在しており、本件発明1の「オゾンとの接触を抑制することを特徴とする方法」は、乙1発明の構成により当然に実現している。
(イ)本件特許の優先日前の技術常識、すなわち、①注射剤などの無菌製剤を製造するためのクリーンルーム等をオゾンにより燻蒸消毒し、オゾンの酸化力により殺菌する方法(乙13ないし15)、②クリーンルーム等の除染については、使用された化学剤(残留化学剤)が医薬品を劣化させるリスクが存在し、これを防止する必要があること(乙9の1、16ないし18)、③PTHペプチドは酸化されやすく(乙7~9)、④ペプチド配列に含まれるメチオニン及びトリプトファンがオゾンによって酸化されやすいアミノ酸残基であり、これらのアミノ酸残基を有するペプチドがオゾンにより酸化されやすい(乙10、11)から、乙1発明をPTHペプチド凍結乾燥製剤の製造に適用する当業者は、乙1発明の構成が、薬液のオゾンとの接触抑制のためにも作用すると当然に理解認識する。
(ウ)本件発明1の「薬液とオゾンとの接触の抑制」との構成は、乙1発明の薬液と周囲空気との接触の抑制」に必然的に内在しており、相違点1-3の「オゾンとの接触を抑制すること」との構成を乙1発明に適用することに動機付けは不要であるが、仮に何らかの積極的な動機付けが必要であるとしても、「薬液とオゾンとの接触の抑制」は、本件特許の優先日前の技術常識である。
イしかし、前記(2)のとおり、乙1発明は、薬液を無菌状態で移送することを目的とする発明であって、搬入工程(運搬及び搬入)において、薬液が周辺空気と接触することによる酸化を抑制することを目的とする発明であるとは認められないから、これを前提とする前記ア(ウ)の主張は採用できないし、同様に、薬剤と無菌薬剤製造施設内空気に含まれるオゾンとの接触を抑制する作用がその構成自体に内在するという同(ア)の主張も採用できない。
同(イ)の主張を検討するに、乙1公報にはオゾンによる薬液の酸化についての記載やその示唆はない。確かに、乙1公報には、非酸化性の移送あるいは保管の状態を必要とする液体状あるいは固体状の化学物質を充填した他のタイプの容器も本発明の方法によって処理できるとの記載があるものの、かかる記載は、当業者の理解を前提としても、乙1発明の無菌移送方法が、オゾンによる薬液の酸化の防止に使用できることを記載しているものとは認められない。
沢井製薬の主張部分をみると、「内在」に関する主張をしていますが、その前に「薬液が酸化されることを防止するため」とも主張しています。これに対して、大阪地裁は「酸化を抑制することを目的とする発明であるとは認められないから、これを前提とする前記ア(ウ)の主張は採用できないし、同様に・・・同(ア)の主張も採用できない」と述べています。ア 事案に鑑み、相違点1-3から検討する。
被告は、相違点1-3に関する容易想到性につき、以下の点を指摘する。
(ア) 乙1発明は、薬液を凍結乾燥機へ搬入する工程において、薬液が空気環境(周囲空気)等にさらされて薬剤の衛生度が悪影響を受けることを防止し、空気環境(周囲空気)との接触により薬液が酸化されることを防止するため、窒素を非密封薬剤容器を覆うように絶えず均等に分布させるように一定の流量で導入する方法を採用し、空気環境(周囲空気)との接触を抑制した発明であるから、薬剤と無菌薬剤製造施設内空気に含まれるオゾンとの接触を抑制する作用がその構成自体に内在しており、本件発明1の「オゾンとの接触を抑制することを特徴とする方法」は、乙1発明の構成により当然に実現している。
(イ)本件特許の優先日前の技術常識、すなわち、①注射剤などの無菌製剤を製造するためのクリーンルーム等をオゾンにより燻蒸消毒し、オゾンの酸化力により殺菌する方法(乙13ないし15)、②クリーンルーム等の除染については、使用された化学剤(残留化学剤)が医薬品を劣化させるリスクが存在し、これを防止する必要があること(乙9の1、16ないし18)、③PTHペプチドは酸化されやすく(乙7~9)、④ペプチド配列に含まれるメチオニン及びトリプトファンがオゾンによって酸化されやすいアミノ酸残基であり、これらのアミノ酸残基を有するペプチドがオゾンにより酸化されやすい(乙10、11)から、乙1発明をPTHペプチド凍結乾燥製剤の製造に適用する当業者は、乙1発明の構成が、薬液のオゾンとの接触抑制のためにも作用すると当然に理解認識する。
(ウ)本件発明1の「薬液とオゾンとの接触の抑制」との構成は、乙1発明の薬液と周囲空気との接触の抑制」に必然的に内在しており、相違点1-3の「オゾンとの接触を抑制すること」との構成を乙1発明に適用することに動機付けは不要であるが、仮に何らかの積極的な動機付けが必要であるとしても、「薬液とオゾンとの接触の抑制」は、本件特許の優先日前の技術常識である。
イしかし、前記(2)のとおり、乙1発明は、薬液を無菌状態で移送することを目的とする発明であって、搬入工程(運搬及び搬入)において、薬液が周辺空気と接触することによる酸化を抑制することを目的とする発明であるとは認められないから、これを前提とする前記ア(ウ)の主張は採用できないし、同様に、薬剤と無菌薬剤製造施設内空気に含まれるオゾンとの接触を抑制する作用がその構成自体に内在するという同(ア)の主張も採用できない。
同(イ)の主張を検討するに、乙1公報にはオゾンによる薬液の酸化についての記載やその示唆はない。確かに、乙1公報には、非酸化性の移送あるいは保管の状態を必要とする液体状あるいは固体状の化学物質を充填した他のタイプの容器も本発明の方法によって処理できるとの記載があるものの、かかる記載は、当業者の理解を前提としても、乙1発明の無菌移送方法が、オゾンによる薬液の酸化の防止に使用できることを記載しているものとは認められない。
「内在」は面白い論点だと思うのですが、前提のところを否定されてしまいました。もし「薬液が酸化されることを防止するため」という前提を置かなければ、もう少し「内在」にフォーカスした判断が得られたかもしれません。
上記の判断がされたことを考えると、沢井製薬としては、「被告方法は酸化を抑制することを目的としておらず、○○を目的としている」という理由から、被告方法が構成要件1Cを充足しないという主張をしてみるのも面白いように思います。(○○を上手く埋められるのであれば。)
むしろ、相違点が他にもあることを考えると「内在」の主張をがんばって進歩性で争うよりも、「目的」の観点から非充足の主張をがんばった方が非侵害になりやすかったりすることもあるかもしれません。
裁判所の判断の抜粋を以下に記載します。
判決
第4 当裁判所の判断
1 本件発明の技術的範囲への属否(争点1)
(1) 被告方法の構成について
被告方法の構成に関する当事者の主張は、別紙3「被告方法の構成」の「原告の主張」及び「被告の主張」欄記載のとおりであり、被告方法が、構成要件1A、1B及び1D~1Fの構成を有すること、また、本件発明13は、本件発明1の請求項を引用する発明であるところ、被告方法が構成要件13Aの構成を有することは、いずれも被告が争っておらず、弁論の全趣旨から認められる。そうすると、被告方法が構成要件1Cの構成を有する場合、被告方法は、本件発明の各技術的範囲に属することになる。
そこで、構成要件1Cの充足性について検討する(なお、以下に指摘する本件明細書の各段落及び図面の具体的記載は別紙2「特許公報」のとおりである。)。
(2) 構成要件1Cの充足性(PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触が抑制されているか)について
ア 弁論の全趣旨によれば、被告方法では、●(省略)●が認められる。
ここで、空気中のオゾン濃度は、0.001~0.1ppmであり(本件明細書の【0011】)、労働安全衛生上、オゾンの作業環境基準値(許容濃度)は0.1ppmであるから(乙15、弁論の全趣旨)、被告製品の製造施設内の空気には0.1ppm以下の濃度のオゾンが含まれていることが認められる。また、●(省略)●は弁論の全趣旨から認められる。そうすると、被告方法では、●(省略)●イ 被告は、構成要件1Cの「0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制すること」とは、本件発明の目的をそのまま抽象的に記載するのみで、クレーム上、具体的な構成は特定されておらず、このような広すぎる抽象的なクレームは、明細書に記載された具体的な構成に限定解釈されるべきであって、「予め凍結乾燥庫内の空気を窒素に置換することによって(これに副扉等の構成が付加されているものも含む。)、無菌ろ過済みPTHペプチド含有水溶液を充填した半開栓バイアルを凍結乾燥庫に搬入する工程において、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制する」方法と解釈されるべきである旨主張する。
しかし、構成要件1Cは、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを規定するのみで、その手段について特定の方法に限定するものではなく、本件発明の他の構成要件において、これを限定する記載はない。
また、本件明細書には、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制する手段は特に限定されないことが明記されており (【0124】、【0125】)、同手段の例示として、PTHペプチド含有溶液周辺の空気の流動性や流動量を抑制すること(【0125】)及びPTHペプチド含有溶液周辺を不活性化ガスで置換すること(【0125】、【0135】)が記載されている。
このような構成要件及び本件明細書の記載内容に照らすと、本件発明1において、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制する手段は限定されておらず、何らかの方法によりこれを実現すれば足りるものと解される。
したがって、被告の前記主張は採用することができない。
ウ 以上のとおり、被告方法では、搬入工程を含む工程において、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触が抑制されるから、被告方法は構成要件1Cを充足する。
なお、以上を踏まえて、被告方法の構成を本件発明の構成要件に即して特定すると、別紙3「被告方法の構成」の「裁判所の認定」欄記載のとおりとなる。ただし、同目録の1cにつき、被告方法は、予め凍結乾燥庫内の空気を窒素で置換する構成を備えていないことは原告も積極的に争っておらず、弁論の全趣旨から認められる。
(3) 以上から、被告方法は、本件発明の各技術的範囲に属する。
2 本件発明の明確性要件違反の有無(争点2-1)
(1) 被告は、構成要件1Cにおける、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれるオゾンとの接触を抑制することは、請求項の記載において、その具体的な構成が特定されていないところ、本件特許の優先日前には、窒素を使用して空気環境との接触を抑制することにより薬液の酸化を防止する方法について、様々な技術が存在することが知られていたから、空気環境との接触を抑制する方法のうち、如何なる方法であれば、本件発明に対する侵害が成立し、如何なる方法であれば侵害が成立しないのかが不明確となり、第三者に不測の不利益を及ぼすことになるとして、本件発明は明確性要件に適合しない旨を主張する。
当該発明が明確性要件を満たすか否かは、特許請求の範囲の記載のみならず、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から検討されるべきである。
本件明細書には、概要、以下の記載がある。
一般的に、医薬品製造は、いかなる製法の場合であっても、製造される医薬有効成分として100%の純度を得るのは困難なことが多い一方で、診断薬や治療薬が不純物を許容量以上に含んでいた場合、当該診断や治療に好ましくない影響を及ぼす可能性を否定することはできず、特にPTHペプチドを含有する製剤を骨粗鬆症の治療/予防のために投与する場合、その投与期間が長期に渉ることもあり得るから、PTHペプチドを含有する製剤は特に高純度であることが必要とされる(【0007】)という課題があった。そのような中、本件発明の発明者らは、典型的製造過程によりPTHペプチド含有凍結乾燥製剤を工業的に製造しようとすると、当該有効成分(PTHペプチド)の化学構造が変化した物質(PTH類縁物質)を含んだ製剤が製造されてしまうことを知見し、とりわけ製造スケールが大きくなると、生産数量の増加に伴って前記PTH類縁物質の生成量が実質的に許容できない程度までに増加することさえ危惧されるといった問題に直面して(【0008】)、特に搬入工程において、PTHペプチド含有溶液等が医薬品製造施設内の空気環境に含まれるオゾンに暴露されることを抑制することにより、前記PTH類縁物質の生成が顕著に防止低減されることを見出した(【0010】~【0012】、【0126】)。本件発明は、PTHペプチド含有溶液調製工程の開始から凍結乾燥手段への搬入工程終了の間のうち、少なくとも搬入工程(運搬及び搬入)を含む工程において、PTHペプチド含有溶液が医薬品製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することにより、高純度のPTH含有凍結乾燥製剤を提供することを目的とするものである(【0009】、【0070】、【0124】等)。
また、前記1(2)イのとおり、本件発明の構成要件は、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制する手段について特定の方法に限定するものではなく、本件明細書には、同手段については限定されない旨が明示されていることに加え、例示として、PTHペプチド含有溶液周辺の空気の流動性や流動量を抑制すること及びPTHペプチド含有溶液周辺を不活性化ガスで置換することが記載されている。
これを踏まえて検討するに、本件発明は、少なくとも搬入工程を含む1以上のグレードAの環境を有する工程で、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを解決手段として、PTH類縁物質の含量が低い高純度のPTHペプチド含有凍結乾燥製剤を得るという課題を解決するものであり、構成要件1Cについては、当業者は、その文言及び本件明細書の記載から、限定されない適宜の方法により、PTHペプチド含有溶液とオゾンとの上記の接触抑制がなされることを意味し、それにより本件発明の課題を解決できるものと容易に理解する。そして、この点は、仮に凍結乾燥庫への搬入工程において、窒素を使用して空気環境との接触抑制をすることにより薬液の酸化を防止する方法が本件特許の優先日前における公知技術であったとしても左右されない。
したがって、被告の前記主張は採用することができない。
(2) また、被告は、本件特許の特許請求の範囲の請求項8には、凍結乾燥手段内を窒素ガスで予め置換した後に窒素パージを継続して行わない構成(後記5(4)からすると、窒素パージを継続して行わない場合、薬液と周囲空気との接触抑制の構成が内在しているとはいえない。)が含まれているとして、本件発明の技術的範囲が明確に画されているとはいえない旨主張する。
しかし、本件特許の特許請求の範囲の請求項8は「凍結乾燥手段内を不活性ガスで置換することで凍結乾燥前PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれるオゾンとの接触を抑制することを特徴とする、請求項5に記載の方法。」というものであり、請求項5の従属項であるところ、同項は請求項4に、請求項4は請求項1ないし3に、請求項2及び3は請求項1に、それぞれ従属するから、請求項8記載の発明も、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを前提とするものといえる。
そうすると、薬液と周囲空気との接触抑制が行われない構成まで含むとは解されず、請求項8の記載の存在によっても、本件発明の技術的範囲が不明確であるとはいえない。
したがって、被告の主張は採用できない。
(3) 以上から、構成要件1Cの記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえず、本件発明に明確性要件違反があるとは認められない。
3 本件発明のサポート要件違反の有無(争点2-2)
(1) 被告は、本件発明は、構成要件1Cの構成によって、高純度のPTHペプチド含有凍結乾燥製剤を得ることができるとするものであるが、本件明細書に記載された試験結果からでは、当業者は、薬液とオゾンとの接触を抑制することによって、所期する高純度のPTHペプチド含有凍結乾燥製剤が得られたことを理解することができないとして、本件発明はサポート要件に適合しない旨を主張する。
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
前記2(1)のとおり、本件明細書によれば、本件発明は、PTHペプチド含有溶液調製工程のうち、少なくとも搬入工程(運搬及び搬入)を含む工程において、PTHペプチド含有溶液が医薬品製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することにより、高純度のPTH含有凍結乾燥製剤を提供することを目的とするものである。そして、本件明細書には、PTH類縁物質の生成が、PTHペプチド含有溶液等の医薬品製造施設内の空気環境への暴露を抑制することにより顕著に防止低減された事実から、それらのPTH類縁物質の生成が、医薬品製造施設内空気環境内に存在する酸化能を有する物質に起因すると推定されたこと(【0010】、【0011】)や、PTHペプチド含有溶液と流動空気との接触を抑制する手段は特に限定されず、その例示として、PTHペプチド含有溶液周辺の空気の流動性や流動量を抑制する手段及びPTHペプチド含有溶液周辺を不活性化ガスで置換する手段が記載されているほか、【実施例1】~【実施例5】には、凍結乾燥庫内の空気を予め窒素で置換する、凍結乾燥庫内に窒素をパージし続ける、副扉又は小扉からトレイを搬入する、小扉に整風カバーを設置するなどの手段により、凍結乾燥庫にPTHペプチド含有溶液を搬入すると、PTH類縁物質の含量が低いPTHペプチド含有凍結乾燥製剤が製造されることが記載されている。
さらに、オゾンは、大気中にも0.001~0.02ppm、場所や時間、季節によっては約0.02~0.1ppmの濃度で存在するところ(【0011】)、【試験例2】は、オゾンを発生させてオゾン濃度を約0.08ppmに増加させたオゾン雰囲気下に、約20時間PTHペプチド含有溶液を曝露して強制劣化させると、医薬品製造施設内の空気環境下においてPTHペプチド含有溶液を製造する際に誘発される類縁物質と同じ類縁物質が生成されたことを内容とするものである(【0159】、図3、図4)。
オゾンが酸素より酸化力が大きいことは技術常識であり(乙19)、増加させたオゾンと酸素を含むオゾン雰囲気下では、主にオゾンが酸化作用を担うものと推認されるから、【試験例2】で生じた類縁物質は、PTHペプチドがオゾンと接触することにより生成したものと認められ、【試験例2】で生じた類縁物質は、医薬品製造施設内の空気環境下においてPTHペプチド含有溶液を製造する際に誘発される類縁物質と同じであることを考慮すると、【試験例2】は、医薬品製造施設内の空気環境下で誘発される類縁物質の生成がオゾンに起因することを明らかにしたものといえる。
一方、本件発明は、構成要件1Cの構成によって、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを特定している。
したがって、当業者は、本件明細書の記載及び技術常識に照らし、本件発明が本件明細書に記載された発明であって、前記の本件明細書の各記載により、高純度のPTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法を提供するという本件発明の課題を解決できると認識することができるものと認められる。
(2) 被告は、【比較例1】と【試験例2】とで同一の類縁物質が生成したことが確認されたとしても、実施例と比較例で生じた類縁物質がオゾンにより生成されたものであることや、実施例について、薬液とオゾンとの接触を抑制することにより類縁物質の生成が抑制されたことは実証されていないから、薬液とオゾンとの接触を抑制することによって、所期する高純度のPTHペプチド含有凍結乾燥製剤が得られたとは理解できないとも主張する。
しかし、上記のとおり、本件明細書の【試験例2】は、医薬品製造施設内の空気環境下で誘発される類縁物質の生成がオゾンに起因することを明らかにしたものであり、被告主張の点を考慮してもなお、当業者は、本件発明が本件明細書に記載された発明であって、高純度のPTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法を提供するという本件発明の課題を解決できると認識し得るものといえる。
したがって、被告の主張は採用することができない。
(3) 以上から、本件発明にサポート要件違反があるとはいえない。
4 乙1発明に基づく本件発明1の進歩性欠如の有無(争点2-3)
(1) 乙1公報は、発明の名称を「無菌移送」とする公表特許公報であり、次の記載がある(乙1)。
ア 特許請求の範囲請求項1
薬剤(5)を無菌状態で充填した非密封薬剤容器(2)を充填装置(6)から次のユニット(4)まで無菌状態で自動的に移送する方法であって、
a) 滅菌不活性保護ガス(3)を移動可能なチャンバ(1)内に導入する段階、
b) このチャンバ(1)を充填装置(6)内に挿入する段階、
c) チャンバ(1)内に薬剤容器(2)を導入しそしてチャンバ(1)を閉じる段階、
そして
d) 薬剤容器(2)をチャンバ(1)から取り出す次のユニット(4)にチャンバ(1)を移動させる段階
とからなり、前記保護ガス(3)を段階 b)~d)において非密封薬剤容器(2)を覆うように絶えず均等に分布させることを特徴とする方法。
イ 発明の詳細な説明
(ア) 発明の背景
「薬剤配合物に関して、薬剤容器に無菌状態で充填した溶液あるいは物質を充填機から次のプロセス段階、例えば凍結乾燥段階まで移送する間、必要な衛生状態を維持することは常に重大な問題であった。このような移送中、衛生状態は、常に、充填、凍結乾燥プロセス中と同じでなければならない。また、当局は、あらゆる可能性を考えて、この技術分野で清潔レベルを高めるための必要条件をますます厳しくするであろう。」
(イ) 従来技術の説明
「薬剤を無菌状態で充填した非密封あるいは部分密封の容器を載せたトレイを充填機から凍結乾燥機まで手作業で移送することは公知である。この場合、容器内の薬剤は周囲空気およびそこに含まれる粒子、微生物にさらされ、薬剤の衛生度が悪影響を受ける。空気に敏感な薬剤であれば、このような取り扱いは難しい。」
「自動移送プロセスでは、大型の棚装置と保護ガスとして濾過で滅菌した空気を使用することも知られている。しかしながら、この用途に必要な機器はかなりのスペースを占有し、それに必要な時間も長くなり、薬剤にとって有害である。」
「しかしながら、移送プロセスを通じて最高の衛生度を維持することができ、比較的小さな占有スペースでよい、無菌状態で充填した薬剤容器の無菌移送方法がなお必要である。」
(ウ) 発明の概要
「本発明は、充填済みの薬剤容器の移送を、必要な衛生度を維持しながら無菌状態で実施するという改良の利点がある。さらに、移送方法のための全機器コストが静的方法よりも低く、オペレータの労働負荷が最小限となる。別の利点は、いくつかの引き続くユニット、例えば複数の凍結乾燥機を使用できるということである。」
(エ) 具体例の説明
「無菌状態で移送しようとしている非密封容器2内の薬剤5は任意の液体あるいは固体の薬剤であり得る。好ましい具体例において、薬剤は二酸化炭素に敏感なオメプラゾールの溶液である。」
「さらに、容器2およびその中味は必ず薬用でなければならないというわけではない。衛生的あるいは非酸化性の移送あるいは保管の状態を必要とする液体状あるいは固体状の化学物質を充填した他のタイプの容器も本発明の方法によって処理できる。」
(2) 乙1発明の構成について
ア 被告は、乙1公報の記載等から、乙1発明は、空気に敏感な薬液が周囲空気から影響を受けることを防止する発明であり、また、前記(1)イ(エ)の記載から、非酸化性の移送あるいは保管の状態を必要とする薬液について、薬液が酸化されることを防止すること、及び薬液が周囲空気と接触することを抑制する構成を有する旨を主張する。そのため、酸化防止効果も含め、乙1発明の構成は、
「無菌状態で薬液を充てんした非密封薬剤容器を充填装置から凍結乾燥機まで自動的に移送する工程に関し、薬液が周囲空気及びそこに含まれる粒子、微生物にさらされて薬剤の衛生度が悪影響を受けることを防止するため、及び薬液が周囲空気との接触により反応すること、酸化されやすい薬液については、薬液が周囲空気との接触により酸化することを防止するため、
a) 「滅菌不活性保護ガス」として、粒子フィルタによる濾過によって滅菌した
窒素を移動可能なチャンバ内に導入する段階と、
b) このチャンバを充填装置内に挿入する段階と、
c) チャンバ内に薬剤容器を導入してからチャンバを閉じる段階と、
d) チャンバを凍結乾燥機まで移動させる段階
とからなり、窒素を、段階 b)~d)において、非密封薬剤容器を覆うように絶えず均等に分布させるように一定の流量で導入することによって、薬液が周囲空気と接触することを抑制し、
凍結乾燥機まで移送した後、非密封薬剤容器をチャンバから凍結乾燥機に取り出す工程において、薬液と空気環境との接触抑制を維持する方法」
と認定されるべきである旨主張する。
しかし、乙1公報の特許請求の範囲請求項1は、薬剤(5)を無菌状態で充填した非密封薬剤容器(2)を無菌状態で自動的に移送する方法であることを特定し、その他の請求項も無菌状態で移送することを特定しているが、薬剤の酸化を抑制することに関する記載はない。
また、乙1公報の発明の詳細な説明には、概要、以下の記載がある。
薬剤を無菌状態で充填した非密封あるいは部分密封の容器を載せたトレイを充填機から凍結乾燥機まで手作業で移送することは公知であるところ、その際、容器内の薬剤は周囲空気及びそこに含まれる粒子、微生物にさらされ、薬剤の衛生度が悪影響を受ける。自動移送プロセスでは、従来、大型の棚装置と保護ガスとして濾過で滅菌した空気を使用していたが、この用途に必要な機器はかなりのスペースを占有し、それに必要な時間も長くなり、薬剤にとって有害であるという課題があった。本発明(乙1発明)は、薬剤を無菌状態で充填した非密封薬剤容器を充填装置から次のユニットまで無菌状態で自動的に移送するための方法及び装置に関する発明であり、チャンバ内において、滅菌不活性保護ガスを非密封薬剤容器を覆うように絶えず均等に分布させることにより、前記課題を解決し、充填済みの薬剤容器の移送を、必要な衛生度を維持しながら無菌状態で実施し、移送方法のための全機器コストが静的方法よりも低く、オペレータの労働負荷が最小限となる効果を奏するものである。
かかる記載に鑑みれば、乙1公報に記載された発明は、無菌移送に着目したものであり、薬剤の酸化抑制を目的としたものとは認められない。
確かに、乙1公報の特許請求の範囲のとおり、乙1発明では、滅菌「不活性」保護ガス(窒素)が使用され、これには酸化抑制効果があるが、これは薬剤を無菌状態で移送することを目的としていると解されるのであって、上記の発明の詳細な説明に鑑みれば、当業者が、周囲空気との接触による酸化の抑制を目的としていると認識するとは認め難い。被告が主張するような、窒素等の不活性ガスは滅菌されなければ「滅菌不活性保護ガス」にはならない、薬剤と周囲空気との接触を抑制し、不活性ガスを充填することによって薬剤の酸化防止を図ることができる、との技術常識が存在したとしても、乙1公報に、酸化抑制効果を意図した具体的な記載がなく、薬液と周囲空気との接触の抑制による酸化の抑制との技術思想が開示されているとは認められない。
そして、前記(1)イ(エ)のとおり、乙1公報記載の実施例は「二酸化炭素に敏感なオメプラゾール」に関するものであるところ、オメプラゾールが、酸化防止を要する薬剤ではなく、「無菌状態で移送しようとしている」非密封容器内の薬剤の例として挙げられていることも踏まえると、当業者が、このような実施例を周囲空気との接触による酸化の抑制を要する薬剤の例と解するとは認められない。同様に、前記(1)イ(エ)の「容器2およびその中味は必ず薬用でなければならないというわけではない。衛生的あるいは非酸化性の移送あるいは保管の状態を必要とする液体状あるいは固体状の化学物質を充填した他のタイプの容器も本発明の方法によって処理できる。」との記載は、薬用ではない衛生的あるいは非酸化性の移送等を要する化学物質を充填した他のタイプの容器も乙1発明の無菌移送方法により処理できることを示すものにすぎないと解すべきである。
このような乙1公報記載の特許請求の範囲、従来技術の課題、発明の目的や効果、実施例からしても、乙1公報記載の発明は、薬液を無菌状態で移送することに着目した発明であって、薬液が周辺空気と接触することによって酸化することを抑制することを示唆するような発明であるとは認められない。
イ 以上を踏まえると、乙1発明の構成は次のとおりであると認められる。
無菌状態で薬液を充填した非密封薬剤容器を充填装置から凍結乾燥機まで自動的に移送する工程に関し、薬液がチャンバ内の周囲空気及びそこに含まれる粒子、微生物にさらされて薬剤の衛生度が悪影響を受けることを防止するため、
a) 窒素を移動可能なチャンバ内に導入する段階と、
b) このチャンバを充填装置内に挿入する段階と、
c) チャンバ内に薬剤容器を導入してからチャンバを閉じる段階と、
d) チャンバを凍結乾燥機まで移動させる段階
とからなり、段階b)~d)において、窒素がチャンバ内の非密封薬剤容器を覆いながら絶えず均等に分布させるよう、一定の流量で窒素をチャンバ内に導入することを特徴とする方法
(3) 本件発明1と乙1発明の相違点について
本件発明1と乙1発明を比較すると次の相違点を認めることができる。
ア 相違点1-1
本件発明1は、当該製剤中のPTHペプチド量と全PTH類縁物質量の和に対するいずれのPTH類縁物質の量も1.0%以下であり、及びPTHペプチド量と全PTH類縁物質量の和に対する全PTH類縁物質量が5.0%以下の無菌注射剤であるPTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法であるのに対し、乙1発明は、無菌凍結乾燥製剤の製造方法であり、無菌凍結乾燥製剤が上記基準を満たす注射剤であるPTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法との限定がなされていない点
イ 相違点1-2
本件発明1では、搬入工程がグレードAの環境である旨定められているのに対し、乙1発明では、その旨明記されていない点
ウ 相違点1-3
本件発明1では、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを特徴とする方法である旨定められているのに対し、乙1発明は、無菌薬剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを特徴とする方法である旨の記載がない点
(4) 容易想到性について
ア 事案に鑑み、相違点1-3から検討する。
被告は、相違点1-3に関する容易想到性につき、以下の点を指摘する。
(ア) 乙1発明は、薬液を凍結乾燥機へ搬入する工程において、薬液が空気環境(周囲空気)等にさらされて薬剤の衛生度が悪影響を受けることを防止し、空気環境(周囲空気)との接触により薬液が酸化されることを防止するため、窒素を非密封薬剤容器を覆うように絶えず均等に分布させるように一定の流量で導入する方法を採用し、空気環境(周囲空気)との接触を抑制した発明であるから、薬剤と無菌薬剤製造施設内空気に含まれるオゾンとの接触を抑制する作用がその構成自体に内在しており、本件発明1の「オゾンとの接触を抑制することを特徴とする方法」は、乙1発明の構成により当然に実現している。
(イ)本件特許の優先日前の技術常識、すなわち、①注射剤などの無菌製剤を製造するためのクリーンルーム等をオゾンにより燻蒸消毒し、オゾンの酸化力により殺菌する方法(乙13ないし15)、②クリーンルーム等の除染については、使用された化学剤(残留化学剤)が医薬品を劣化させるリスクが存在し、これを防止する必要があること(乙9の1、16ないし18)、③PTHペプチドは酸化されやすく(乙7~9)、④ペプチド配列に含まれるメチオニン及びトリプトファンがオゾンによって酸化されやすいアミノ酸残基であり、これらのアミノ酸残基を有するペプチドがオゾンにより酸化されやすい(乙10、11)から、乙1発明をPTHペプチド凍結乾燥製剤の製造に適用する当業者は、乙1発明の構成が、薬液のオゾンとの接触抑制のためにも作用すると当然に理解認識する。
(ウ)本件発明1の「薬液とオゾンとの接触の抑制」との構成は、乙1発明の薬液と周囲空気との接触の抑制」に必然的に内在しており、相違点1-3の「オゾンとの接触を抑制すること」との構成を乙1発明に適用することに動機付けは不要であるが、仮に何らかの積極的な動機付けが必要であるとしても、「薬液とオゾンとの接触の抑制」は、本件特許の優先日前の技術常識である。
イしかし、前記(2)のとおり、乙1発明は、薬液を無菌状態で移送することを目的とする発明であって、搬入工程(運搬及び搬入)において、薬液が周辺空気と接触することによる酸化を抑制することを目的とする発明であるとは認められないから、これを前提とする前記ア(ウ)の主張は採用できないし、同様に、薬剤と無菌薬剤製造施設内空気に含まれるオゾンとの接触を抑制する作用がその構成自体に内在するという同(ア)の主張も採用できない。
同(イ)の主張を検討するに、乙1公報にはオゾンによる薬液の酸化についての記載やその示唆はない。確かに、乙1公報には、非酸化性の移送あるいは保管の状態を必要とする液体状あるいは固体状の化学物質を充填した他のタイプの容器も本発明の方法によって処理できるとの記載があるものの、かかる記載は、当業者の理解を前提としても、乙1発明の無菌移送方法が、オゾンによる薬液の酸化の防止に使用できることを記載しているものとは認められない。
また、本件特許の優先日前の技術常識を踏まえても、乙1発明をPTHペプチド凍結乾燥製剤の製造に適用する当業者は、乙1発明の構成が、薬液のオゾンとの接触抑制のためにも作用すると当然に理解認識するものとはいえない。すなわち、③PTHペプチドが酸化されやすいことが技術常識であったとしても(乙7ないし9)、これらの公報等はオゾンが酸化原因であることを特定するものではなく、④オゾンがメチオニンやトリプトファンを酸化することが技術常識であったとしても(乙10、11)、乙第10号証は、オゾン濃度が1ppmの環境下において、遊離のアミノ酸を対象とするものであり(乙第10号証で引用されている甲第8号証は、オゾン濃度が26000ppmの環境下において、PTHではないペプチドを対象としたものである。)、乙第11号証は、PTHペプチドとはアミノ酸配列及びペプチド鎖長を異にするラナテンシンペプチドを対象として、溶媒を空気蒸発させる態様によるものであることから、これらの文献は、PTHペプチドが、空気に含まれるオゾンにより酸化されることを特定するものではない。
そもそも、前記2(1)のとおり、本件発明は、PTHペプチドを含有する製剤は特に高純度であることが必要とされるという従来技術の課題に加え、本件発明の発明者らが、PTHペプチド含有凍結乾燥製剤を工業的に製造しようとするとPTH類縁物質を含んだ製剤が製造されることを知見したことによるものであるところ、乙1公報に工業的製造を前提とする前記課題に関する記載や示唆はなく、本件特許の優先日前において、前記知見が技術常識であったことを裏付ける資料もないから、乙1公報に接した当業者が、PTH含有凍結乾燥製剤の搬入工程においてPTH類縁物質が生成されるという課題を認識することにはならず、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することに関する動機付けがあるとはいえない。
したがって、当業者は、乙1発明及び技術常識から、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを理解し認識するとはいえず、被告の前記主張は採用することができない。
ウ 以上から、本件発明1は、乙1発明に技術常識を適用することにより、当業者が容易に想到し得たものではない。
(5) 本件発明1の顕著な効果について
本件発明1は、PTHペプチド含有溶液の凍結乾燥手段への搬入工程において、当該溶液と製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触抑制を行うことによって、得られる凍結乾燥製剤に含まれる類縁物質の生成量を低減させる効果を奏するものである。本件発明の効果は、具体的には、類縁物質の総量を対比すると、【実施例1】~【実施例5】では0.72%から1.51%程度であるが、比較例1は6.27%であり、比較例2は3.09%であった(本件明細書の【表7】)ところ、本件特許の優先日前において、当業者が、かかる効果を予測することができたことを認めるに足りる事情はない。
したがって、本件発明1の効果は、当業者が予測することができなかった顕著な効果であるものと認められる。
(6) 以上から、本件発明1は、当業者が、乙1発明に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。
5 乙2発明に基づく本件発明1の進歩性欠如の有無(争点2-4)
・・・
6 乙1発明に基づく本件発明13の進歩性欠如の有無(争点2-5)及び乙2発明に基づく本件発明13の進歩性欠如の有無(争点2-6)
・・・
7 差止め及び薬価基準収載申請の取下げ又は削除願の提出請求の必要性の有無(争点3)
・・・
8 原告の損害(争点4)について
・・・
第5 結論
以上の次第で、原告の請求は、特許法100条1項に基づき、被告製品を別紙3「被告方法の構成」の「裁判所の認定」欄記載の方法で製造、販売、又は販売の申出を行うことの差止めを求め、同法100条2項に基づき、被告製品の廃棄を求め、民法709条に基づき、損害賠償金30億6491万6243円及び内19億6875万円に対する令和5年8月4日付け訴えの変更申立書の送達日である同年8月28日から、内10億9616万6243円に対する不法行為の日の後の日である同年10月30日付け訴えの変更申立書の送達日である同年11月14日から各支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、民訴法64条、61条を適用し、主文のとおり判決する。
1 本件発明の技術的範囲への属否(争点1)
(1) 被告方法の構成について
被告方法の構成に関する当事者の主張は、別紙3「被告方法の構成」の「原告の主張」及び「被告の主張」欄記載のとおりであり、被告方法が、構成要件1A、1B及び1D~1Fの構成を有すること、また、本件発明13は、本件発明1の請求項を引用する発明であるところ、被告方法が構成要件13Aの構成を有することは、いずれも被告が争っておらず、弁論の全趣旨から認められる。そうすると、被告方法が構成要件1Cの構成を有する場合、被告方法は、本件発明の各技術的範囲に属することになる。
そこで、構成要件1Cの充足性について検討する(なお、以下に指摘する本件明細書の各段落及び図面の具体的記載は別紙2「特許公報」のとおりである。)。
(2) 構成要件1Cの充足性(PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触が抑制されているか)について
ア 弁論の全趣旨によれば、被告方法では、●(省略)●が認められる。
ここで、空気中のオゾン濃度は、0.001~0.1ppmであり(本件明細書の【0011】)、労働安全衛生上、オゾンの作業環境基準値(許容濃度)は0.1ppmであるから(乙15、弁論の全趣旨)、被告製品の製造施設内の空気には0.1ppm以下の濃度のオゾンが含まれていることが認められる。また、●(省略)●は弁論の全趣旨から認められる。そうすると、被告方法では、●(省略)●イ 被告は、構成要件1Cの「0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制すること」とは、本件発明の目的をそのまま抽象的に記載するのみで、クレーム上、具体的な構成は特定されておらず、このような広すぎる抽象的なクレームは、明細書に記載された具体的な構成に限定解釈されるべきであって、「予め凍結乾燥庫内の空気を窒素に置換することによって(これに副扉等の構成が付加されているものも含む。)、無菌ろ過済みPTHペプチド含有水溶液を充填した半開栓バイアルを凍結乾燥庫に搬入する工程において、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制する」方法と解釈されるべきである旨主張する。
しかし、構成要件1Cは、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを規定するのみで、その手段について特定の方法に限定するものではなく、本件発明の他の構成要件において、これを限定する記載はない。
また、本件明細書には、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制する手段は特に限定されないことが明記されており (【0124】、【0125】)、同手段の例示として、PTHペプチド含有溶液周辺の空気の流動性や流動量を抑制すること(【0125】)及びPTHペプチド含有溶液周辺を不活性化ガスで置換すること(【0125】、【0135】)が記載されている。
このような構成要件及び本件明細書の記載内容に照らすと、本件発明1において、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制する手段は限定されておらず、何らかの方法によりこれを実現すれば足りるものと解される。
したがって、被告の前記主張は採用することができない。
ウ 以上のとおり、被告方法では、搬入工程を含む工程において、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触が抑制されるから、被告方法は構成要件1Cを充足する。
なお、以上を踏まえて、被告方法の構成を本件発明の構成要件に即して特定すると、別紙3「被告方法の構成」の「裁判所の認定」欄記載のとおりとなる。ただし、同目録の1cにつき、被告方法は、予め凍結乾燥庫内の空気を窒素で置換する構成を備えていないことは原告も積極的に争っておらず、弁論の全趣旨から認められる。
(3) 以上から、被告方法は、本件発明の各技術的範囲に属する。
2 本件発明の明確性要件違反の有無(争点2-1)
(1) 被告は、構成要件1Cにおける、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれるオゾンとの接触を抑制することは、請求項の記載において、その具体的な構成が特定されていないところ、本件特許の優先日前には、窒素を使用して空気環境との接触を抑制することにより薬液の酸化を防止する方法について、様々な技術が存在することが知られていたから、空気環境との接触を抑制する方法のうち、如何なる方法であれば、本件発明に対する侵害が成立し、如何なる方法であれば侵害が成立しないのかが不明確となり、第三者に不測の不利益を及ぼすことになるとして、本件発明は明確性要件に適合しない旨を主張する。
当該発明が明確性要件を満たすか否かは、特許請求の範囲の記載のみならず、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から検討されるべきである。
本件明細書には、概要、以下の記載がある。
一般的に、医薬品製造は、いかなる製法の場合であっても、製造される医薬有効成分として100%の純度を得るのは困難なことが多い一方で、診断薬や治療薬が不純物を許容量以上に含んでいた場合、当該診断や治療に好ましくない影響を及ぼす可能性を否定することはできず、特にPTHペプチドを含有する製剤を骨粗鬆症の治療/予防のために投与する場合、その投与期間が長期に渉ることもあり得るから、PTHペプチドを含有する製剤は特に高純度であることが必要とされる(【0007】)という課題があった。そのような中、本件発明の発明者らは、典型的製造過程によりPTHペプチド含有凍結乾燥製剤を工業的に製造しようとすると、当該有効成分(PTHペプチド)の化学構造が変化した物質(PTH類縁物質)を含んだ製剤が製造されてしまうことを知見し、とりわけ製造スケールが大きくなると、生産数量の増加に伴って前記PTH類縁物質の生成量が実質的に許容できない程度までに増加することさえ危惧されるといった問題に直面して(【0008】)、特に搬入工程において、PTHペプチド含有溶液等が医薬品製造施設内の空気環境に含まれるオゾンに暴露されることを抑制することにより、前記PTH類縁物質の生成が顕著に防止低減されることを見出した(【0010】~【0012】、【0126】)。本件発明は、PTHペプチド含有溶液調製工程の開始から凍結乾燥手段への搬入工程終了の間のうち、少なくとも搬入工程(運搬及び搬入)を含む工程において、PTHペプチド含有溶液が医薬品製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することにより、高純度のPTH含有凍結乾燥製剤を提供することを目的とするものである(【0009】、【0070】、【0124】等)。
また、前記1(2)イのとおり、本件発明の構成要件は、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制する手段について特定の方法に限定するものではなく、本件明細書には、同手段については限定されない旨が明示されていることに加え、例示として、PTHペプチド含有溶液周辺の空気の流動性や流動量を抑制すること及びPTHペプチド含有溶液周辺を不活性化ガスで置換することが記載されている。
これを踏まえて検討するに、本件発明は、少なくとも搬入工程を含む1以上のグレードAの環境を有する工程で、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを解決手段として、PTH類縁物質の含量が低い高純度のPTHペプチド含有凍結乾燥製剤を得るという課題を解決するものであり、構成要件1Cについては、当業者は、その文言及び本件明細書の記載から、限定されない適宜の方法により、PTHペプチド含有溶液とオゾンとの上記の接触抑制がなされることを意味し、それにより本件発明の課題を解決できるものと容易に理解する。そして、この点は、仮に凍結乾燥庫への搬入工程において、窒素を使用して空気環境との接触抑制をすることにより薬液の酸化を防止する方法が本件特許の優先日前における公知技術であったとしても左右されない。
したがって、被告の前記主張は採用することができない。
(2) また、被告は、本件特許の特許請求の範囲の請求項8には、凍結乾燥手段内を窒素ガスで予め置換した後に窒素パージを継続して行わない構成(後記5(4)からすると、窒素パージを継続して行わない場合、薬液と周囲空気との接触抑制の構成が内在しているとはいえない。)が含まれているとして、本件発明の技術的範囲が明確に画されているとはいえない旨主張する。
しかし、本件特許の特許請求の範囲の請求項8は「凍結乾燥手段内を不活性ガスで置換することで凍結乾燥前PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれるオゾンとの接触を抑制することを特徴とする、請求項5に記載の方法。」というものであり、請求項5の従属項であるところ、同項は請求項4に、請求項4は請求項1ないし3に、請求項2及び3は請求項1に、それぞれ従属するから、請求項8記載の発明も、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを前提とするものといえる。
そうすると、薬液と周囲空気との接触抑制が行われない構成まで含むとは解されず、請求項8の記載の存在によっても、本件発明の技術的範囲が不明確であるとはいえない。
したがって、被告の主張は採用できない。
(3) 以上から、構成要件1Cの記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえず、本件発明に明確性要件違反があるとは認められない。
3 本件発明のサポート要件違反の有無(争点2-2)
(1) 被告は、本件発明は、構成要件1Cの構成によって、高純度のPTHペプチド含有凍結乾燥製剤を得ることができるとするものであるが、本件明細書に記載された試験結果からでは、当業者は、薬液とオゾンとの接触を抑制することによって、所期する高純度のPTHペプチド含有凍結乾燥製剤が得られたことを理解することができないとして、本件発明はサポート要件に適合しない旨を主張する。
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
前記2(1)のとおり、本件明細書によれば、本件発明は、PTHペプチド含有溶液調製工程のうち、少なくとも搬入工程(運搬及び搬入)を含む工程において、PTHペプチド含有溶液が医薬品製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することにより、高純度のPTH含有凍結乾燥製剤を提供することを目的とするものである。そして、本件明細書には、PTH類縁物質の生成が、PTHペプチド含有溶液等の医薬品製造施設内の空気環境への暴露を抑制することにより顕著に防止低減された事実から、それらのPTH類縁物質の生成が、医薬品製造施設内空気環境内に存在する酸化能を有する物質に起因すると推定されたこと(【0010】、【0011】)や、PTHペプチド含有溶液と流動空気との接触を抑制する手段は特に限定されず、その例示として、PTHペプチド含有溶液周辺の空気の流動性や流動量を抑制する手段及びPTHペプチド含有溶液周辺を不活性化ガスで置換する手段が記載されているほか、【実施例1】~【実施例5】には、凍結乾燥庫内の空気を予め窒素で置換する、凍結乾燥庫内に窒素をパージし続ける、副扉又は小扉からトレイを搬入する、小扉に整風カバーを設置するなどの手段により、凍結乾燥庫にPTHペプチド含有溶液を搬入すると、PTH類縁物質の含量が低いPTHペプチド含有凍結乾燥製剤が製造されることが記載されている。
さらに、オゾンは、大気中にも0.001~0.02ppm、場所や時間、季節によっては約0.02~0.1ppmの濃度で存在するところ(【0011】)、【試験例2】は、オゾンを発生させてオゾン濃度を約0.08ppmに増加させたオゾン雰囲気下に、約20時間PTHペプチド含有溶液を曝露して強制劣化させると、医薬品製造施設内の空気環境下においてPTHペプチド含有溶液を製造する際に誘発される類縁物質と同じ類縁物質が生成されたことを内容とするものである(【0159】、図3、図4)。
オゾンが酸素より酸化力が大きいことは技術常識であり(乙19)、増加させたオゾンと酸素を含むオゾン雰囲気下では、主にオゾンが酸化作用を担うものと推認されるから、【試験例2】で生じた類縁物質は、PTHペプチドがオゾンと接触することにより生成したものと認められ、【試験例2】で生じた類縁物質は、医薬品製造施設内の空気環境下においてPTHペプチド含有溶液を製造する際に誘発される類縁物質と同じであることを考慮すると、【試験例2】は、医薬品製造施設内の空気環境下で誘発される類縁物質の生成がオゾンに起因することを明らかにしたものといえる。
一方、本件発明は、構成要件1Cの構成によって、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを特定している。
したがって、当業者は、本件明細書の記載及び技術常識に照らし、本件発明が本件明細書に記載された発明であって、前記の本件明細書の各記載により、高純度のPTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法を提供するという本件発明の課題を解決できると認識することができるものと認められる。
(2) 被告は、【比較例1】と【試験例2】とで同一の類縁物質が生成したことが確認されたとしても、実施例と比較例で生じた類縁物質がオゾンにより生成されたものであることや、実施例について、薬液とオゾンとの接触を抑制することにより類縁物質の生成が抑制されたことは実証されていないから、薬液とオゾンとの接触を抑制することによって、所期する高純度のPTHペプチド含有凍結乾燥製剤が得られたとは理解できないとも主張する。
しかし、上記のとおり、本件明細書の【試験例2】は、医薬品製造施設内の空気環境下で誘発される類縁物質の生成がオゾンに起因することを明らかにしたものであり、被告主張の点を考慮してもなお、当業者は、本件発明が本件明細書に記載された発明であって、高純度のPTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法を提供するという本件発明の課題を解決できると認識し得るものといえる。
したがって、被告の主張は採用することができない。
(3) 以上から、本件発明にサポート要件違反があるとはいえない。
4 乙1発明に基づく本件発明1の進歩性欠如の有無(争点2-3)
(1) 乙1公報は、発明の名称を「無菌移送」とする公表特許公報であり、次の記載がある(乙1)。
ア 特許請求の範囲請求項1
薬剤(5)を無菌状態で充填した非密封薬剤容器(2)を充填装置(6)から次のユニット(4)まで無菌状態で自動的に移送する方法であって、
a) 滅菌不活性保護ガス(3)を移動可能なチャンバ(1)内に導入する段階、
b) このチャンバ(1)を充填装置(6)内に挿入する段階、
c) チャンバ(1)内に薬剤容器(2)を導入しそしてチャンバ(1)を閉じる段階、
そして
d) 薬剤容器(2)をチャンバ(1)から取り出す次のユニット(4)にチャンバ(1)を移動させる段階
とからなり、前記保護ガス(3)を段階 b)~d)において非密封薬剤容器(2)を覆うように絶えず均等に分布させることを特徴とする方法。
イ 発明の詳細な説明
(ア) 発明の背景
「薬剤配合物に関して、薬剤容器に無菌状態で充填した溶液あるいは物質を充填機から次のプロセス段階、例えば凍結乾燥段階まで移送する間、必要な衛生状態を維持することは常に重大な問題であった。このような移送中、衛生状態は、常に、充填、凍結乾燥プロセス中と同じでなければならない。また、当局は、あらゆる可能性を考えて、この技術分野で清潔レベルを高めるための必要条件をますます厳しくするであろう。」
(イ) 従来技術の説明
「薬剤を無菌状態で充填した非密封あるいは部分密封の容器を載せたトレイを充填機から凍結乾燥機まで手作業で移送することは公知である。この場合、容器内の薬剤は周囲空気およびそこに含まれる粒子、微生物にさらされ、薬剤の衛生度が悪影響を受ける。空気に敏感な薬剤であれば、このような取り扱いは難しい。」
「自動移送プロセスでは、大型の棚装置と保護ガスとして濾過で滅菌した空気を使用することも知られている。しかしながら、この用途に必要な機器はかなりのスペースを占有し、それに必要な時間も長くなり、薬剤にとって有害である。」
「しかしながら、移送プロセスを通じて最高の衛生度を維持することができ、比較的小さな占有スペースでよい、無菌状態で充填した薬剤容器の無菌移送方法がなお必要である。」
(ウ) 発明の概要
「本発明は、充填済みの薬剤容器の移送を、必要な衛生度を維持しながら無菌状態で実施するという改良の利点がある。さらに、移送方法のための全機器コストが静的方法よりも低く、オペレータの労働負荷が最小限となる。別の利点は、いくつかの引き続くユニット、例えば複数の凍結乾燥機を使用できるということである。」
(エ) 具体例の説明
「無菌状態で移送しようとしている非密封容器2内の薬剤5は任意の液体あるいは固体の薬剤であり得る。好ましい具体例において、薬剤は二酸化炭素に敏感なオメプラゾールの溶液である。」
「さらに、容器2およびその中味は必ず薬用でなければならないというわけではない。衛生的あるいは非酸化性の移送あるいは保管の状態を必要とする液体状あるいは固体状の化学物質を充填した他のタイプの容器も本発明の方法によって処理できる。」
(2) 乙1発明の構成について
ア 被告は、乙1公報の記載等から、乙1発明は、空気に敏感な薬液が周囲空気から影響を受けることを防止する発明であり、また、前記(1)イ(エ)の記載から、非酸化性の移送あるいは保管の状態を必要とする薬液について、薬液が酸化されることを防止すること、及び薬液が周囲空気と接触することを抑制する構成を有する旨を主張する。そのため、酸化防止効果も含め、乙1発明の構成は、
「無菌状態で薬液を充てんした非密封薬剤容器を充填装置から凍結乾燥機まで自動的に移送する工程に関し、薬液が周囲空気及びそこに含まれる粒子、微生物にさらされて薬剤の衛生度が悪影響を受けることを防止するため、及び薬液が周囲空気との接触により反応すること、酸化されやすい薬液については、薬液が周囲空気との接触により酸化することを防止するため、
a) 「滅菌不活性保護ガス」として、粒子フィルタによる濾過によって滅菌した
窒素を移動可能なチャンバ内に導入する段階と、
b) このチャンバを充填装置内に挿入する段階と、
c) チャンバ内に薬剤容器を導入してからチャンバを閉じる段階と、
d) チャンバを凍結乾燥機まで移動させる段階
とからなり、窒素を、段階 b)~d)において、非密封薬剤容器を覆うように絶えず均等に分布させるように一定の流量で導入することによって、薬液が周囲空気と接触することを抑制し、
凍結乾燥機まで移送した後、非密封薬剤容器をチャンバから凍結乾燥機に取り出す工程において、薬液と空気環境との接触抑制を維持する方法」
と認定されるべきである旨主張する。
しかし、乙1公報の特許請求の範囲請求項1は、薬剤(5)を無菌状態で充填した非密封薬剤容器(2)を無菌状態で自動的に移送する方法であることを特定し、その他の請求項も無菌状態で移送することを特定しているが、薬剤の酸化を抑制することに関する記載はない。
また、乙1公報の発明の詳細な説明には、概要、以下の記載がある。
薬剤を無菌状態で充填した非密封あるいは部分密封の容器を載せたトレイを充填機から凍結乾燥機まで手作業で移送することは公知であるところ、その際、容器内の薬剤は周囲空気及びそこに含まれる粒子、微生物にさらされ、薬剤の衛生度が悪影響を受ける。自動移送プロセスでは、従来、大型の棚装置と保護ガスとして濾過で滅菌した空気を使用していたが、この用途に必要な機器はかなりのスペースを占有し、それに必要な時間も長くなり、薬剤にとって有害であるという課題があった。本発明(乙1発明)は、薬剤を無菌状態で充填した非密封薬剤容器を充填装置から次のユニットまで無菌状態で自動的に移送するための方法及び装置に関する発明であり、チャンバ内において、滅菌不活性保護ガスを非密封薬剤容器を覆うように絶えず均等に分布させることにより、前記課題を解決し、充填済みの薬剤容器の移送を、必要な衛生度を維持しながら無菌状態で実施し、移送方法のための全機器コストが静的方法よりも低く、オペレータの労働負荷が最小限となる効果を奏するものである。
かかる記載に鑑みれば、乙1公報に記載された発明は、無菌移送に着目したものであり、薬剤の酸化抑制を目的としたものとは認められない。
確かに、乙1公報の特許請求の範囲のとおり、乙1発明では、滅菌「不活性」保護ガス(窒素)が使用され、これには酸化抑制効果があるが、これは薬剤を無菌状態で移送することを目的としていると解されるのであって、上記の発明の詳細な説明に鑑みれば、当業者が、周囲空気との接触による酸化の抑制を目的としていると認識するとは認め難い。被告が主張するような、窒素等の不活性ガスは滅菌されなければ「滅菌不活性保護ガス」にはならない、薬剤と周囲空気との接触を抑制し、不活性ガスを充填することによって薬剤の酸化防止を図ることができる、との技術常識が存在したとしても、乙1公報に、酸化抑制効果を意図した具体的な記載がなく、薬液と周囲空気との接触の抑制による酸化の抑制との技術思想が開示されているとは認められない。
そして、前記(1)イ(エ)のとおり、乙1公報記載の実施例は「二酸化炭素に敏感なオメプラゾール」に関するものであるところ、オメプラゾールが、酸化防止を要する薬剤ではなく、「無菌状態で移送しようとしている」非密封容器内の薬剤の例として挙げられていることも踏まえると、当業者が、このような実施例を周囲空気との接触による酸化の抑制を要する薬剤の例と解するとは認められない。同様に、前記(1)イ(エ)の「容器2およびその中味は必ず薬用でなければならないというわけではない。衛生的あるいは非酸化性の移送あるいは保管の状態を必要とする液体状あるいは固体状の化学物質を充填した他のタイプの容器も本発明の方法によって処理できる。」との記載は、薬用ではない衛生的あるいは非酸化性の移送等を要する化学物質を充填した他のタイプの容器も乙1発明の無菌移送方法により処理できることを示すものにすぎないと解すべきである。
このような乙1公報記載の特許請求の範囲、従来技術の課題、発明の目的や効果、実施例からしても、乙1公報記載の発明は、薬液を無菌状態で移送することに着目した発明であって、薬液が周辺空気と接触することによって酸化することを抑制することを示唆するような発明であるとは認められない。
イ 以上を踏まえると、乙1発明の構成は次のとおりであると認められる。
無菌状態で薬液を充填した非密封薬剤容器を充填装置から凍結乾燥機まで自動的に移送する工程に関し、薬液がチャンバ内の周囲空気及びそこに含まれる粒子、微生物にさらされて薬剤の衛生度が悪影響を受けることを防止するため、
a) 窒素を移動可能なチャンバ内に導入する段階と、
b) このチャンバを充填装置内に挿入する段階と、
c) チャンバ内に薬剤容器を導入してからチャンバを閉じる段階と、
d) チャンバを凍結乾燥機まで移動させる段階
とからなり、段階b)~d)において、窒素がチャンバ内の非密封薬剤容器を覆いながら絶えず均等に分布させるよう、一定の流量で窒素をチャンバ内に導入することを特徴とする方法
(3) 本件発明1と乙1発明の相違点について
本件発明1と乙1発明を比較すると次の相違点を認めることができる。
ア 相違点1-1
本件発明1は、当該製剤中のPTHペプチド量と全PTH類縁物質量の和に対するいずれのPTH類縁物質の量も1.0%以下であり、及びPTHペプチド量と全PTH類縁物質量の和に対する全PTH類縁物質量が5.0%以下の無菌注射剤であるPTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法であるのに対し、乙1発明は、無菌凍結乾燥製剤の製造方法であり、無菌凍結乾燥製剤が上記基準を満たす注射剤であるPTHペプチド含有凍結乾燥製剤の製造方法との限定がなされていない点
イ 相違点1-2
本件発明1では、搬入工程がグレードAの環境である旨定められているのに対し、乙1発明では、その旨明記されていない点
ウ 相違点1-3
本件発明1では、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを特徴とする方法である旨定められているのに対し、乙1発明は、無菌薬剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを特徴とする方法である旨の記載がない点
(4) 容易想到性について
ア 事案に鑑み、相違点1-3から検討する。
被告は、相違点1-3に関する容易想到性につき、以下の点を指摘する。
(ア) 乙1発明は、薬液を凍結乾燥機へ搬入する工程において、薬液が空気環境(周囲空気)等にさらされて薬剤の衛生度が悪影響を受けることを防止し、空気環境(周囲空気)との接触により薬液が酸化されることを防止するため、窒素を非密封薬剤容器を覆うように絶えず均等に分布させるように一定の流量で導入する方法を採用し、空気環境(周囲空気)との接触を抑制した発明であるから、薬剤と無菌薬剤製造施設内空気に含まれるオゾンとの接触を抑制する作用がその構成自体に内在しており、本件発明1の「オゾンとの接触を抑制することを特徴とする方法」は、乙1発明の構成により当然に実現している。
(イ)本件特許の優先日前の技術常識、すなわち、①注射剤などの無菌製剤を製造するためのクリーンルーム等をオゾンにより燻蒸消毒し、オゾンの酸化力により殺菌する方法(乙13ないし15)、②クリーンルーム等の除染については、使用された化学剤(残留化学剤)が医薬品を劣化させるリスクが存在し、これを防止する必要があること(乙9の1、16ないし18)、③PTHペプチドは酸化されやすく(乙7~9)、④ペプチド配列に含まれるメチオニン及びトリプトファンがオゾンによって酸化されやすいアミノ酸残基であり、これらのアミノ酸残基を有するペプチドがオゾンにより酸化されやすい(乙10、11)から、乙1発明をPTHペプチド凍結乾燥製剤の製造に適用する当業者は、乙1発明の構成が、薬液のオゾンとの接触抑制のためにも作用すると当然に理解認識する。
(ウ)本件発明1の「薬液とオゾンとの接触の抑制」との構成は、乙1発明の薬液と周囲空気との接触の抑制」に必然的に内在しており、相違点1-3の「オゾンとの接触を抑制すること」との構成を乙1発明に適用することに動機付けは不要であるが、仮に何らかの積極的な動機付けが必要であるとしても、「薬液とオゾンとの接触の抑制」は、本件特許の優先日前の技術常識である。
イしかし、前記(2)のとおり、乙1発明は、薬液を無菌状態で移送することを目的とする発明であって、搬入工程(運搬及び搬入)において、薬液が周辺空気と接触することによる酸化を抑制することを目的とする発明であるとは認められないから、これを前提とする前記ア(ウ)の主張は採用できないし、同様に、薬剤と無菌薬剤製造施設内空気に含まれるオゾンとの接触を抑制する作用がその構成自体に内在するという同(ア)の主張も採用できない。
同(イ)の主張を検討するに、乙1公報にはオゾンによる薬液の酸化についての記載やその示唆はない。確かに、乙1公報には、非酸化性の移送あるいは保管の状態を必要とする液体状あるいは固体状の化学物質を充填した他のタイプの容器も本発明の方法によって処理できるとの記載があるものの、かかる記載は、当業者の理解を前提としても、乙1発明の無菌移送方法が、オゾンによる薬液の酸化の防止に使用できることを記載しているものとは認められない。
また、本件特許の優先日前の技術常識を踏まえても、乙1発明をPTHペプチド凍結乾燥製剤の製造に適用する当業者は、乙1発明の構成が、薬液のオゾンとの接触抑制のためにも作用すると当然に理解認識するものとはいえない。すなわち、③PTHペプチドが酸化されやすいことが技術常識であったとしても(乙7ないし9)、これらの公報等はオゾンが酸化原因であることを特定するものではなく、④オゾンがメチオニンやトリプトファンを酸化することが技術常識であったとしても(乙10、11)、乙第10号証は、オゾン濃度が1ppmの環境下において、遊離のアミノ酸を対象とするものであり(乙第10号証で引用されている甲第8号証は、オゾン濃度が26000ppmの環境下において、PTHではないペプチドを対象としたものである。)、乙第11号証は、PTHペプチドとはアミノ酸配列及びペプチド鎖長を異にするラナテンシンペプチドを対象として、溶媒を空気蒸発させる態様によるものであることから、これらの文献は、PTHペプチドが、空気に含まれるオゾンにより酸化されることを特定するものではない。
そもそも、前記2(1)のとおり、本件発明は、PTHペプチドを含有する製剤は特に高純度であることが必要とされるという従来技術の課題に加え、本件発明の発明者らが、PTHペプチド含有凍結乾燥製剤を工業的に製造しようとするとPTH類縁物質を含んだ製剤が製造されることを知見したことによるものであるところ、乙1公報に工業的製造を前提とする前記課題に関する記載や示唆はなく、本件特許の優先日前において、前記知見が技術常識であったことを裏付ける資料もないから、乙1公報に接した当業者が、PTH含有凍結乾燥製剤の搬入工程においてPTH類縁物質が生成されるという課題を認識することにはならず、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することに関する動機付けがあるとはいえない。
したがって、当業者は、乙1発明及び技術常識から、PTHペプチド含有溶液と無菌注射剤製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触を抑制することを理解し認識するとはいえず、被告の前記主張は採用することができない。
ウ 以上から、本件発明1は、乙1発明に技術常識を適用することにより、当業者が容易に想到し得たものではない。
(5) 本件発明1の顕著な効果について
本件発明1は、PTHペプチド含有溶液の凍結乾燥手段への搬入工程において、当該溶液と製造施設内空気に含まれる0.1ppm以下のオゾンとの接触抑制を行うことによって、得られる凍結乾燥製剤に含まれる類縁物質の生成量を低減させる効果を奏するものである。本件発明の効果は、具体的には、類縁物質の総量を対比すると、【実施例1】~【実施例5】では0.72%から1.51%程度であるが、比較例1は6.27%であり、比較例2は3.09%であった(本件明細書の【表7】)ところ、本件特許の優先日前において、当業者が、かかる効果を予測することができたことを認めるに足りる事情はない。
したがって、本件発明1の効果は、当業者が予測することができなかった顕著な効果であるものと認められる。
(6) 以上から、本件発明1は、当業者が、乙1発明に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。
5 乙2発明に基づく本件発明1の進歩性欠如の有無(争点2-4)
・・・
6 乙1発明に基づく本件発明13の進歩性欠如の有無(争点2-5)及び乙2発明に基づく本件発明13の進歩性欠如の有無(争点2-6)
・・・
7 差止め及び薬価基準収載申請の取下げ又は削除願の提出請求の必要性の有無(争点3)
・・・
8 原告の損害(争点4)について
・・・
第5 結論
以上の次第で、原告の請求は、特許法100条1項に基づき、被告製品を別紙3「被告方法の構成」の「裁判所の認定」欄記載の方法で製造、販売、又は販売の申出を行うことの差止めを求め、同法100条2項に基づき、被告製品の廃棄を求め、民法709条に基づき、損害賠償金30億6491万6243円及び内19億6875万円に対する令和5年8月4日付け訴えの変更申立書の送達日である同年8月28日から、内10億9616万6243円に対する不法行為の日の後の日である同年10月30日付け訴えの変更申立書の送達日である同年11月14日から各支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、民訴法64条、61条を適用し、主文のとおり判決する。
(別紙はこちら)
コメント