<知財高裁/パロノセトロン特許の審取訴訟> 24ケ月の貯蔵安定性で特定した製剤特許のサポート要件が判断された事例

 判決紹介 

・令和元年(行ケ)第10136号 審決取消請求事件
・令和2年12月15日判決言渡
・知的財産高等裁判所第3部 鶴岡稔彦 上田卓哉 都野道紀
・原告:ヘルシン ヘルスケア ソシエテ アノニム
・原告補助参加人:大鵬薬品工業株式会社
・被告:ニプロ株式会社
・特許5551658
・発明の名称:パロノセトロン液状医薬製剤

 コメント 

アロキシ静注(一般名:パロノセトロン塩酸塩)の製剤特許に対する無効審判(無効2018-800028)の審決取消訴訟のご紹介です。
審決では、サポート要件違反、実施可能要件違反で無効と判断されていました。
本件特許の請求項1は以下のとおりです。
【請求項1】
 a)0.01~0.2mg/mlのパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩;及び
 b)薬学的に許容される担体
 を含む,嘔吐を抑制又は減少させるための,少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液であって,当該薬学的に許容される担体はマンニトールを含む,前記溶液。
請求項1の「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性」のサポート要件が争点となりました。
裁判所の判断は以下の通りです。裁判所はサポート要件を満たさないと判断し、審決は維持されました。
判決(サポート要件)
第6 当裁判所の判断
1 取消事由1(サポート要件充足性に関する判断の誤り)について
⑴ 本件明細書の記載
ア 本件各発明の課題に関する記載
背景技術及び発明の課題に関する本件明細書の【0001】~【0007】,【0012】~【0015】には,本件各発明の課題は,医薬安定性が向上し,長期間の保存を可能にするパロノセトロン製剤とその製剤を安定化する許容される濃度範囲を提供することである旨が記載されている。そして,これらの段落では「長期間」の具体的な長さに関する言及はないが,出願審査中の平成25年11月14日の手続補正(甲8)により各請求項に24ケ月要件が追加されたので,「長期間」は24ケ月以上を意味することになったといえる。
イ 24ケ月要件に関する記載
(ア)本件明細書の【0017】にはパロノセトロンを用いる効果的かつ多用途の製剤は,室温で24ケ月を超える期間,保存安定的であり,従って冷蔵することなく保存できる旨が記載されている。また,【0037】には,室温で長期間製品を保存できるパロノセトロン又はその塩を含む溶液をその中に含む容器を保存する方法で,24ケ月又はそれ以上,当該容器を保存できる旨が記載されている。
ただし,いずれの段落においても,当該製剤ないし容器を24ケ月以上保存できることをいかなる方法で確認したか等の具体的な記載はない。
(イ)本件明細書の【0032】~【0034】を総合すると,a)約0.01mg/ml~約5.0mg/mlのパロノセトロン又はその塩;及びb)担体を含む安定な溶液において,製剤のpH及び/又は賦形剤濃度を調整することによって,パロノセトロン製剤の安定性を向上させることができ,約4.0~約6.0のpH,約10~約100ミルモルのクエン酸緩衝液,約0.005~約1.0mg/mlのEDTAを混合すること,また,マンニトール及びキレート剤の添加がパロノセトロン製剤の安定性を向上させることができ,キレート剤は,約0.005~約1.0mg/ml,マンニトールは約10.0mg/ml~約80.0mg/mlで添加されることが記載されている。 しかし,いずれの段落においても,24ケ月要件に直接関係する記載はない。
(ウ)本件明細書のうち,発明の実施例1~3に関する【0039】~【0041】には,それぞれ,パロノセトロン塩酸塩を含む製剤が最も安定するpHの値の試験結果【0039】,パロノセトロン塩酸塩,クエン酸緩衝液及びEDTAの好適な濃度範囲に関する調査結果【0040】,並びに製剤の安定性のために含まれるマンニトールの最適レベルに関する調査結果【0041】についての記載がある。
また,発明の実施例4,5に関する【0042】~【0044】には,「薬物の静脈製剤又はその他の液剤に有用なパロノセトロンを含む代表的な医薬製剤」の成分比についての記載がある。そして,その成分比は,実施例4は本件発明2,実施例5は本件発明1が特定する範囲に含まれている。
しかし,実施例1~3に関しては,いかなる試験ないし調査を行ったのか,また,いかなる試験ないし調査結果をもって安定的であると評価したのかについては記載がなく,また,実施例4,5に関しては,そもそも裏付けとなる安定化試験を行ったことについての記載もない。まして,24ケ月要件に直接関係する記載は全くない。
(エ)本件明細書のうち,発明の実施例6,7に関する【0046】~【0051】には,デキサメタソンの非存在下及び存在下それぞれのパロノセトロンの安定性に関する試験結果が記載されている。
しかし,試験に供された試料の組成については,パロノセトロン塩酸塩の濃度がおおむね本件各発明の特定する範囲に含まれていることをうかがわせる記載はあるが,その他の成分(賦形剤,等張剤など)の有無及び濃度に関する記載や,pHの値に関する記載はない。また,安定性を評価した期間は,最も長い試料でも16日間であり(4℃で14日間保存後,23℃で48時間後に採取した試料),24ケ月には遠く及ばない。
⑵ 原出願時の技術常識
後掲各証拠によれば,原出願時において,以下のとおりの技術常識があったことを認定できる。
ア 医薬品の承認申請における安定性試験とは,医薬品の有効性及び安定性を維持するために必要な品質の安定性を評価し,医薬品の貯蔵方法及び有効期間の設定に必要な情報を得るために行う試験である。このうち,長期保存試験は,試験期間を3年以上(承認申請書に有効期間を設定している場合には当該期間以上)とし,加速試験は品質の安定性を短期間で推定するために実施し,試験期間は6カ月間以上としている。(甲3)
イ ある項目の長期データ及び加速データが経時的な変化及び変動をほとんど示さない場合には,長期データがカバーする期間を超えたリテスト期間又は有効期間の外挿を提示することができ,長期データがカバーする期間の2倍までのリテスト期間又は有効期間を提示できるが,長期データがカバーする期間を12ヵ月以上超えてはならない。(甲4,甲5(「安定性データの評価に関するガイドライン(案)」について,大薬協発第196号,平成14年6月7日))
ウ 薬剤の安定化のための合理的な条件を見出すための要因として温度,pH,溶解度,溶媒,添加物などがある。注射剤の変質はpHの影響を受ける場合が多く,最安定pHを保持するために緩衝液系の選択が重要である。(甲21(脇山尚樹「医薬品の安定性と有効期間」,Materials Life,Vol.3,No.2,104頁~109頁,1991年))
エ プレフォーミュレーション(予備処方設計,前処方化)は,医薬品開発における製剤研究の初期ステージに位置し,引き続いて実施される処方化研究(製剤設計)に必要な原薬の物理化学的,力学的,化学的及び生物薬剤学的特性を明らかにし,処方化研究に反映させる過程をいう。(甲59(「最新製剤学」,廣川書店,135頁3行~136頁2行,平成13年9月25日),甲60(「医薬品の開発 第16巻 プレフォーミュレーションと薬物物性試験」,廣川書店,1頁2~20行,平成2年1月15日発行),甲61(「製剤学テキスト」,廣川書店,122頁2行~123頁4行,平成4年5月15日))
⑶ 検討
上記⑴イ(イ)・(ウ)のとおり,本件明細書においては,パロノセトロン又はその塩を含む溶液は,pH及び/又は賦形剤濃度の調整並びにマンニトール及びキレート剤の適切な濃度での添加によって,安定性が向上することが記載され,実施例1~3において,製剤が最も安定するpHの値,クエン酸緩衝液及びEDTAの好適な濃度範囲,マンニトールの最適レベルが示され,実施例4,5に代表的な医薬製剤が示されているが,実施例4,5においては,実際に安定性試験が行われていないため,そこに記載された医薬製剤が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することが記載されているとはいえない。また,その他の箇所をみても,安定化に資する要素は挙げられてはいるものの,それらが24ケ月の貯蔵安定性を実現するものであることについての直接的な言及はないし,どのような要素があればどの程度の貯蔵安定性を実現することができるのかを推論する根拠となるような具体的な指摘もなく,結局,具体的な裏付けをもって,具体的な医薬製剤が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することが記載されているとはいえない。
なお,上記⑴イ(イ)のとおり,本件明細書の一連の実施例は,薬剤の安定化のための合理的な条件を見出すための要因を探求するものであって,特に,実施例1~3は,個々の要因を探求するプレフォーミュレーション(予備処方設計,前処方化)に該当し,実施例4,5の代表的な医薬製剤は処方化研究(製剤設計)に該当するといえるとしても,上記のとおり,本件明細書には,pH,賦形剤,マンニトール及びキレート剤の濃度を調整することで,安定性向上に関し,どのような作用・機序があるのか,どの程度の安定性の向上,安定性への貢献が見込めるのかが記載されていないため,実施例4,5の医薬製剤が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することが記載されているとはいえないし,その他の箇所をみても,合理的な説明をもって,具体的な医薬製剤が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することが記載されているとはいえない
そうすると,本件明細書には,24ケ月要件を備えたパロノセトロン製剤が記載されているとはいえないし,本件出願時の技術常識に照らしても,当業者が,本件各発明につき,医薬安定性が向上し,24ケ月以上の保存を可能にするパロノセトロン製剤とその製剤を安定化する許容される濃度範囲を提供するという本件各発明の課題(上記⑴ア)を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえない。
なお,実施例6,7の記載は,⑴イ(エ)のとおり,パロノセトロン塩酸塩以外の成分(賦形剤,等張剤など)の有無及び濃度についての記載や,pHの値についての記載を欠くため,本件各発明に該当する製剤に関する実施例であるとはいえないし,これによって安定性が確認されたのは,最長でも16日間にすぎないのであるから,上記⑵イの技術常識に照らしてみても,24ケ月要件を備えたパロノセトロン製剤を提供する等の本件各発明の課題(上記⑴ア)を解決し得ることの根拠にはなり得ない。
⑷ 原告の主張について
ア 上記第4の1⑴及び⑵の主張について
上記⑶のとおり,本件明細書には,pH,賦形剤,マンニトール及びキレート剤の濃度を調整することで,安定性向上に関し,どのような作用・機序があるのか,どの程度の安定性の向上,安定性への貢献が見込めるのかが記載されていないため,本件出願時の技術常識を踏まえても,実施例4,5の医薬製剤が24ケ月要件を備えたものであることが記載されているとはいえないし,その他の箇所をみても,具体的な医薬製剤が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することを,具体的な根拠に基づいて合理的に説明しているとはいえない。そして,24ケ月という期間に直接言及する【0017】【0037】の記載も,上記⑴イ(ア)のとおり,当該製剤ないし容器を24ケ月以上保存できることをいかなる方法で確認したか等についての具体的な言及を欠くから,これらの段落の記載をもって,24ケ月要件が本件明細書に実質的に記載されているということもできない。 したがって,原告の上記第4の1⑴及び⑵の主張は採用することができない。
イ 上記第4の1⑶の主張について
(ア)サポート要件適合性は,明細書に記載された事項と出願時の技術常識に基づいて認定されるべきであるから,上記⑶のとおり,本件明細書と技術常識によっては24ケ月要件を備えた製剤が記載されていると認識することができないにもかかわらず,本件出願後に実験データ(甲36,33)を提出して明細書の上記不備を補うことは許されないというべきである。
(イ)また,原告は,甲36,33は,本件明細書の段落【0017】【0037】を補うものにすぎないから,新たな実験結果ではないという趣旨の主張をするが,本件明細書には,【0017】【0037】に記載された24ケ月の貯蔵安定性につき,いかなる方法及び条件の下での試験によってその貯蔵安定性を確認したのかが一切記載されていないため,甲36,33の試験が本件明細書と同一の方法及び条件によるものか否かは不明であり,原告の主張は失当である。 この点につき,原告は,A)実験方法・条件が本件明細書記載のものと実質的に同じであること,B)得られた結果が本件明細書記載の内容と実質的に同じであること,C)実験の手法が原出願当時の技術常識の範囲内にあること,D)貯蔵安定性の測定の実験手法は極めて簡単であることを主張するが,上記のとおり,本件明細書には,24ケ月の貯蔵安定性につき,いかなる方法及び条件の下での試験によってその貯蔵安定性を確認したのかが一切記載されていない以上,甲36,33の実験方法・条件,得られた結果が明細書記載の内容と実質的に同じであるとはいえない。また,結果が同じであるからといって実験方法・条件が同一であるとは限らないし,貯蔵安定性を測定するための実験方法が一つに定まるというのであればともかく(そのような事情を認めるに足りる証拠はない。),そうではない以上,たとえ実験の手法が技術常識の範囲内のものであり,また,実験手法が簡単なものであったとしても,そのことによって,本件明細書に記載された実験の方法・条件と,甲36,33の実験の方法・条件が同一であることが保障されるものではない。
(ウ)したがって,原告の上記第4の1⑶の主張は採用することができない。
ウ 上記第4の1⑷の主張について
(ア)原告は,サポート要件適合性が認められるためには,当業者において,技術常識も踏まえて課題が解決できるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があれば足りると主張するが,上記⑴~⑶に説示したとおり,本件明細書が24ケ月要件に即した具体的な記載を一切欠く以上,これに接する当業者において,課題(24ケ月以上の保存安定性)が解決できるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があるとは認められない。
・・・
2 以上によれば,本件各発明はサポート要件を充足しない旨の本件審決の判断に誤りがないから,取消事由2(実施可能要件充足性に関する判断の誤り)について判断するまでもなく,本件各発明に関する特許を無効とした本件審決の結論に誤りはない。

明細書に「24ケ月の貯蔵安定性」の実施例がなく、24ヶ月を満たすための構成が明確に記載されてなく、さらには測定方法・条件も記載されていなかったということで、有効に維持するのは難しかったですね。

本件特許の審査記録を見ると、「24ケ月の貯蔵安定性」は新規性・進歩性の拒絶理由通知への応答時にクレームアップされた文言です。補正書・意見書を見た感じでは、「24ケ月の貯蔵安定性」はクレームアップせず、意見書のみで効果を主張してみるということも一応可能な事案だったようです(それで拒絶が解消したという保証はありませんが)。
バイオや医薬系の特許では特に、効果のクレームアップが拒絶解消に寄与することがあります。しかし、サポートとなる記載が少ない場合、安易に効果をクレームアップするのはリスクもあるので要注意ですね。
判決文PDFはこちら

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