<知財高裁/IL-2改変体特許の審取訴訟> 内在していた効果で新規性が認められた事例

 判決紹介 

・令和元年(行ケ)第10076号 審決取消請求事件
・令和2年12月14日判決言渡
・知的財産高等裁判所第2部 森義之 眞鍋美穂子 熊谷大輔
・原告:エフ.ホフマンーラ ロシュ アクチェンゲゼルシャフト
・被告:アムジェン インコーポレイテッド
・特許5766124
・発明の名称:炎症性疾患および自己免疫疾患の処置の組成物および方法

 コメント 

IL-2改変体を含む炎症性疾患治療用の組成物に関する特許に対する無効審判(無効2017-800154)の審決取消訴訟のご紹介です。
審決では、新規性、進歩性、29条の2、実施可能要件、サポート要件に基づく無効理由が争点となり、請求不成立となっていました。
本件特許の請求項1は以下のとおりです。
【請求項1】
被験体において炎症性疾患,障害または状態を処置する方法において使用するための組成物であって,該組成物は,IL-2改変体を含み,該IL-2改変体は,
(a)配列番号1に少なくとも90%同一のアミノ酸の配列を含み,
(b)FOXP3陽性調節性T細胞においてSTAT5リン酸化を刺激し,
(c)配列番号1として記載されるポリペプチドと比較して,FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下しており,および
(d)(ⅰ)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した,IL-2Rβ親和性を有するか,(ⅱ)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い,IL-2Rα親和性を有し,かつ,配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した,IL-2Rβ親和性を有するか,(ⅲ)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した,IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性を有するか,または,(ⅳ)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い,IL-2Rα親和性を有し,かつ,配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した,IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性を有し,
該炎症性疾患,障害または状態は,自己免疫疾患,器官移植片拒絶,または,移植片対宿主病である,組成物。
今回ブログで取り上げるのは、新規性、進歩性の争点についてです。
原告は、請求項1の(c)は甲1のIL-2改変体(hIL-2-N88R)に内在していた効果であるため、実質的な相違点ではない、という主張をしました。
但し、その効果は出願日前には公知になっていませんでした。
判決の概要は以下の通りで、請求は棄却されました。
判決(新規性、進歩性)
4 本件審決の理由の要旨
・・・
(4)無効理由3(仮に優先権主張の利益を享受できるとした場合の甲1に基づく特許法29条の2違反)について
・・・
イ また,仮に,甲1が優先権を主張できるとしても,以下のとおり,無効理由3は理由がない。
(ア)本件発明1について
a 甲1発明(技術的思想)に基づく特許法29条の2違反
① 甲1発明について
甲1の国際出願日の明細書,特許請求の範囲及び図面(以下,「甲1明細書」という。)には,次の発明が記載されている。
「被験体において自己免疫疾患を治療する方法において使用するための組成物であって,該組成物は,IL-2改変体を含み,該IL-2改変体は,
(a)野生型IL-2のアミノ酸配列に対して,第20位,第88位及び第126位のアミノ酸のうち少なくとも1つが置換されており,
(b)CD4+CD25+FOXP3+およびCD4+CD25-Foxp3+などの制御性T細胞の形成を選択的に誘導し,
(c)野生型IL-2と比較して,CD8陽性の細胞傷害性T細胞の増殖に対してほとんど又は全く影響を及ぼさない,
自己免疫疾患を治療するための組成物。」(以下,「先願発明1」という。)
② 対比
本件発明1と先願発明1を対比すると,両者は,「医薬組成物であって,該組成物は,IL-2改変体を含み,該IL-2改変体は,(a)配列番号1に少なくとも90%同一のアミノ酸の配列を含むものである組成物。」である点で一致し,少なくとも以下の点で相違する。
<相違点1>
本件発明1は,IL-2改変体は,FOXP3陽性調節性T細胞においてSTAT5のリン酸化を刺激するものであるのに対し,先願発明1は,CD4+CD25+FOXP3+およびCD4+CD25-FOXP3+などの制御性T細胞の形成を選択的に誘導するものである点。
<相違点2>
本件発明1は,IL-2改変体は,配列番号1として記載されるポリペプチドと比較して,FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下しているものであるのに対し,先願発明1は,CD8陽性細胞傷害性T細胞の増殖に対してほとんど又は全く影響を及ぼさないものである点。
<相違点3> 本件発明1は,IL-2改変体におけるIL-2Rに対する親和性が(d)(ⅰ)~(ⅳ)として特定されているのに対し,先願発明1にはそのような特定はない点。
・・・
b 甲1発明の特定の改変体に基づく特許法29条の2違反
① 甲1発明の特定の改変体について
甲1明細書には,次の発明が記載されていると認められる。
「被験体において自己免疫疾患を治療する方法において使用するための組成物であって,該組成物はIL-2改変体を含み,
該IL-2改変体は,
hIL-2-N88Rであり,
CD4+CD25+FOXP3+及びCD4+CD25-FOXP3+などの制御性T細胞の形成を誘導し,
CD8陽性細胞傷害性T細胞の増殖に対してほとんど又は全く影響を及ぼさない,
組成物。」(以下,「先願発明2」という。)
② 対比 本件発明1と先願発明2は,「医薬組成物であって,該組成物は,IL-2改変体を含み,該IL-2改変体は,(a)配列番号1に少なくとも90%同一のアミノ酸の配列を含むものである組成物。」である点で一致し,少なくとも以下の点で相違する。
<相違点4>
本件発明1は,IL-2改変体は,FOXP3陽性調節性T細胞においてSTAT5のリン酸化を刺激するものであるのに対し,先願発明2は,CD4+CD25+FOXP3+およびCD4+CD25-FOXP3+などの制御性T細胞の形成を誘導するものである点。
<相違点5>
本件発明1は,IL-2改変体は,配列番号1として記載されるポリペプチドと比較して,FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下しているものであるのに対し,先願発明2は,CD8陽性細胞傷害性T細胞の増殖に対してほとんど又は全く影響を及ぼさないものである点。
<相違点6>
本件発明1は,IL-2改変体におけるIL-2Rに対する親和性が(d)(ⅰ)~(ⅳ)として特定されているのに対し,先願発明2にはそのような特定はない点。
・・・
第3 原告の主張する審決取消事由
・・・
4 取消事由4(無効理由1:優先権主張の利益を享受できないことを前提とする甲1に基づく新規性欠如)
・・・
(2)先願発明2に基づく新規性欠如
ア 本件審決は,本件発明1の本件発明特定事項(c)と先願発明2について,相違点4~6を認定し,①CD8陽性細胞においてFOXP3が低レベルで発現していることからすると,先願発明2における「CD8陽性細胞傷害性T細胞」が,本件発明1における「FOXP3陰性T細胞」に相当するとはいえないこと,②本件発明1は,「FOXP3陰性T細胞」に含まれるCD4+細胞とCD8 + 細胞の両方において,「STAT5のリン酸化を誘発する能力が低下」しているものであるが,甲1明細書には,CD4+細胞におけるSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下していることの記載がないことから,相違点5は実質的な相違点であるとした。
イ 上記①について
本件特許の請求項に記載された「FOXP3陰性T細胞」とは「FOXP3を発現していない細胞」という意味であり,「調節性T細胞以外の細胞」を意味する。甲 1の「CD8陽性細胞傷害性T細胞」は,細胞傷害性T細胞(細菌等を攻撃する免疫応答を担う細胞)であり,免疫を抑制する役割を担う調節性T細胞ではない。甲1では,「CD8陽性」と,細胞マーカーを用いた特定も重ねてされているが,甲6の図1及び甲7の図1Bの説明や,本件明細書の段落【0013】の【図2A】によると,FOXP3+CD8+T細胞は典型的に極めてまれであり,CD8+T細胞の大半はFOXP3陰性である。そして,CD8陽性T細胞に,低レベルのFOXP3陽性T細胞の発現があるとしても,含まれているFOXP3陽性T細胞は無視できるほどごくわずか(甲6では0.15%,甲7では0.22%)である。このわずかな割合のFOX3陽性T細胞は,甲1で示されたCD8陽性T細胞における増殖の低下の文脈において,実質的な同一性を失わせるものではない。したがって,先願発明2の「CD8陽性傷害性T細胞」は本件発明1の「FOXP3陰性T細胞」と実質的に同一と評価できる。
また,甲1に記載されている「CD8陽性細胞傷害性T細胞」とは,非傷害性T細胞である「CD8陽性調節性T細胞」(CD8陽性FOXP3陽性T細胞)を含まない概念であるから,「CD8陽性細胞傷害性T細胞」はFOXP3陰性T細胞のみからなる概念と考えることもできる。
以上によると,先願発明2の「CD8陽性細胞傷害性T細胞」は本件発明1の「FOXP3陰性細胞」といえる。
ウ 上記②について
甲34(Andreas Weishaupt他「The T cell-selective IL-2 mutant AIC284 mediates protection in a rat model of Multiple Sclerosis」Journal of Neuroimmunology 282,p63-72,2015 年)の図1C及び図2A(右端の血液における結果)では,野生型IL-2(Proleukin)よりもIL-2改変体「hIL-2-N88R」(AIC284)の方が,CD4陽性FOXP3陰性細胞(CD4+FOXP3 – 細胞)の増殖に対する活性が低下していることが示されており,この結果は,本件明細書の実施例の【図2C】の結果と同様である。このことは,IL-2改変体「hIL-2-N88R」が,本件明細書の実施例で用いられたIL-2改変体haD等と同様の活性を有することを示している。また,甲1のIL-2改変体「hIL-2-N88R」について,本件明細書の実施例3と同一の実験条件で実験を行ったところ,甲1発明に係るhIL-2-N88Rは,CD4+FOXP3陰性T細胞においても,本件発明と同様の効果を奏することが確認されている(甲39〔令和元年11月28日付け実験成績証明書〕)。
したがって,先願発明2は,CD8陽性細胞傷害性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力を低下させるのみならず,CD4陽性FOXP3陰性T細胞においてもSTAT5のリン酸化を誘発する能力を低下させるものである。 なお,甲34は本件特許出願後の文献であり,少なくとも本件基礎出願,本件特許出願時には,先願発明2のCD4+細胞での効果は確認されていなかったといえるが,CD4+細胞での効果は,あくまで先願発明2に内在していた効果にすぎないところ,それによって新たな用途が見出されたわけではないから,このようなCD4+細胞での効果を理由に,公知の用途発明である本件発明1に新規性を認めることはできない。被告は,甲34はラット細胞で活性を測定しており,甲1はヒト細胞で測定しているので,甲34の結果が甲1のヒト細胞でももたらされるか否か不明であると反論するが,そもそも本件発明は,特定の生物種に限定された発明ではないため,甲1の改変体がラット細胞で本件発明の活性を示すというだけで十分である。本件明細書も,生物種によって効果が異なるという説明はしていないから,甲34で確認された活性は,当然ながらヒト細胞でも奏されるものと考えられる。
このように,先願発明2(IL-2改変体「hIL-2-N88R」)は,CD4+ 細胞でもSTAT5のリン酸化誘発能力を低下させる効力があること,CD4+細胞でのこの効力は,先願発明2に新たな用途をもたらすものではないこと等からすると,前記②は実質的な相違点ではない。
・・・
5 取消事由5(無効理由2:優先権主張の利益を享受できないことを前提とする甲1に基づく進歩性欠如)
(1)仮に,本件審決のように,甲1におけるCD4+細胞での効力の記載の不存在等を理由に,本件発明1に新規性があると判断される場合であっても,甲1発明を,その記載されたとおりに実行すると,そのまま本件発明特定事項(d)(ⅰ)又は(d)(ⅲ)に係る態様を構成する。
ア 本件発明1は,特定のIL-2改変体を含む,自己免疫疾患,器官移植片拒絶,又は,移植片対宿主病を処置する方法において使用するための組成物,すなわち,自己免疫疾患,器官移植片拒絶,又は,移植片対宿主病の処置に関するIL-2改変体の用途発明である。
甲1の表記にもかかわらず,甲1のIL-2改変体(例えば,hIL-2-N88R)は,本件特許の請求項に記載のIL-2改変体(改変体(d)(ⅰ)又は(d)(ⅲ))に該当する。また,甲1は,甲1のIL-2改変体を炎症性疾患,障害又は状態を処置用途に用いる発明を開示している。
したがって,当業者が甲1の発明を実施しようとして,甲1のIL-2改変体を製造し,これを自己免疫疾患等のための組成物とすると,そのまま本件発明特定事項(d)(ⅰ)又は(d)(ⅲ)に係る態様を構成する。 当業者は,CD4+細胞での効力等の不記載にかかわらず,甲1発明から,過度の検討どころか一切の検討すら必要なく,本件発明に想到することができるのであって,本件発明は,甲1発明に対して進歩性を有さない。
イ 甲1のIL-2改変体(例えば,hIL-2-N88R)は,本件発明で特定されているIL-2改変体と同一であるため,同一の効果を奏する。甲1のIL-2改変体を含んだ甲1の組成物は,自己免疫疾患等の治療において,本件発明1の組成物と同一の効果を発揮する。
ウ CD4+細胞でのリン酸化誘発能力の低下の効果については,本件発明1に係る改変体のみでなく甲1の改変体についても,内在的に有している属性,特性であって,自己免疫疾患等の処置用途において甲1発明においても発揮されている副次的効果,作用機序を記述したものに過ぎない。 ある発明を実施すると当然に発揮される効果の中から,従前知られていなかった効果を発見したとしても,当該効果が,従前知られていた用途を実現する過程での副次的な作用機序・過程にすぎないのであれば,単に,新たな作用機序の発見に外ならず,当該発明の効果と比較して優れた効果や新たな用途を発見したということはできず,進歩性,非容易想到性の根拠となるものではない。
(2)本件発明1以外の発明についても,甲1と甲2~9とを組み合わせる等により容易に想到することができるから,進歩性は認められない。
(3)したがって,本件発明は,甲1発明に対して進歩性を有さない。
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第5 当裁判所の判断
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6 取消事由4(無効理由1:優先権の利益を享受できないことを前提とする甲1に基づく新規性欠如)について
(1)本件基礎出願に基づく優先権を主張できるかについて検討する。
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これらによると,本件基礎出願明細書には,FOXP3陽性調節性T細胞におけるAKTリン酸化を誘発する能力の低下等を発明特定事項とした,本件発明1とは異なる作用メカニズムに基づいた別の発明が記載されているのみであり,本件発明1の発明特定事項を満たすIL-2改変体の発明が,本件基礎出願明細書に記載されている又は記載されているに等しいものとは認められない。そして,このことは,本件優先日当時の技術常識を考慮したとしても左右されるものではない。
ウ 以上によると,本件基礎出願には,本件発明1が記載されている又は記載されているに等しいとはいえないので,本件発明1は,本件基礎出願に基づく優先権を主張することはできない。
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(2)本件特許出願は本件基礎出願に基づく優先権を主張することはできないから,甲1発明は,本件特許出願よりも前に公知になった発明ということができる。そこで,本件発明が甲1発明に対して新規性を有する発明といえるかどうかについて検討する。
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イ 本件発明1について
(ア)上記アによると,甲1発明(先願発明1及び2)は,前記第2,4(4)イ(ア)a①,b①のとおりと認められ,先願発明1と本件発明1の一致点及び相違点並びに先願発明2と本件発明1の一致点及び相違点は,それぞれ,前記第2,4(4)イ(ア)a②,b②のとおりと認められる。
(イ)先願発明2と本件発明1に係る相違点5について
a 本件明細書の段落【0013】には,【図2A】の説明として,FOXP3+CD8+T細胞は,典型的に,非常にまれであると記載されており,甲6の図1及びその説明や甲7の図1及びその説明も同旨のものである。また,甲15には,CD8 + T細胞において,FOXP3は低レベルで発現していることが記載されている。
b 本件明細書には,FOXP3-T細胞(T-eff)には,FOXP3-CD4+細胞とFOXP3-CD8+T細胞が含まれることが記載されている(段落【0003】)から,本件発明特定事項(b)の構成を満たすIL-2改変体というためには,野生型のIL-2と比べて,FOXP3陰性T細胞に含まれるCD4+細胞とCD8+細胞の両方において,「STAT5のリン酸化を誘発する能力が低下」していることが必要であると認められる。
前記1(4)のとおり,CD8とFOXP3は,異なる観点でT細胞を分類するマーカーであり,構造上も異なるものといえるから,CD8+T細胞の中でFOXP3+が出現することは典型的に非常にまれであるとしても,「CD8陽性の細胞傷害性T細胞」が,必ずしも「FOXP3陰性T細胞」に相当するとはいえない。
また,甲1には,FOXP3-CD4+細胞の増殖に関する記載は存在しないから,甲1の記載に接した当業者が,CD8陽性の細胞傷害性T細胞の結果に基づいて,先願発明2の「hIL-2-N88R」が,FOXP3-CD4+細胞の増殖についても,野生型のIL-2と比べて,「STAT5のリン酸化を誘発する能力が低下」していること,すなわち,「T細胞の増殖が低下していること」(甲4)を認識するとは認められない。
c これについて,原告は,CD8陽性T細胞に,低レベルのFOXP3陽性T細胞の発現があるとしても,含まれているFOXP3陽性T細胞は無視できるほどごくわずか(甲6では0.15%,甲7では0.22%)であるため,わずかな割合のFOX3陽性T細胞は,甲1で示されたCD8陽性T細胞における増殖の低下の文脈において,実質的な同一性を失わせるものではないと主張するが,上記bの判示に照らし,原告の主張を採用することはできない。
また,原告は,甲34及び39によると,「hIL-2-N88R」が,CD4陽性FOXP3陰性T細胞においても,STAT5のリン酸化を誘発する能力が低下していること(CD4陽性FOXP3陰性T細胞の増殖に対する活性が低下していること)を確認することができるため,CD4+細胞での効果は,先願発明2に内在していた効果にすぎず,それによって新たな用途が見いだされたわけではないから,このようなCD4+細胞での効果を理由に,公知の用途発明である本件発明1に新規性を認めることはできないと主張する。
しかし,甲34及び39の上記の記載は,本件特許の出願日より後に行われた実験によるものであり,本件特許の出願日より前に,先願発明2の「hIL-2-N88R」が,CD4陽性FOXP3陰性T細胞についても,STAT5のリン酸化を誘発する能力を低下させる作用を有することが知られていたことについての証拠はないから,本件発明1の新規性が失われることはない。なお,原告は,本件発明は用途発明であると主張するが,本件発明は新規な組成物の発明であるから,公知の組成物について用途のみを発明したものではない。
したがって,先願発明2の「CD8陽性傷害性T細胞」は,実質的に見ても,本件発明1の「FOXP3陰性T細胞」と同一であると評価することはできないから,相違点5は,実質的な相違点であると認められる。また,先願発明1と本件発明1の相違点2は,先願発明2と本件発明1の相違点5と同じであるから,相違点2も実質的な相違点であると認められる。
(ウ)以上によると,本件発明1は,甲1発明と同一のものとは認められない。
・・・
7 取消事由5(無効理由2:優先権の利益を享受できないことを前提とする甲1に基づく進歩性欠如)について
(1)本件発明1について
ア 前記6のとおり,本件発明1と先願発明2には,実質的な相違点として相違点5があり,CD4陽性FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下することは,本件特許の出願日の技術常識に照らしても導き出すことはできないから,本件発明1は,先願発明2に基づき当業者が容易に想到できたものとは認められない。また,本件発明1と先願発明1の相違点である相違点2は,相違点5と同一であるから,本件発明1は,先願発明1からも容易に発明をすることができたものということはできない。
原告は,甲1の「hIL-2-N88R」が,CD4陽性FOXP3陰性T細胞においても,STAT5のリン酸化を誘発する能力が低下していることは,甲1発明に内在していた効果にすぎず,それによって新たな用途が見いだされたわけではないから,このようなCD4+細胞での効果を理由に,本件発明1に進歩性を認めることはできないと主張するが,本件発明は,新規な組成物の発明であって,上記のとおりCD4陽性FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下することは,本件特許の出願日の技術常識に照らしても導き出すことはできない以上,甲1発明から容易に発明をすることができたとはいえない。
イ 原告は,先願発明1及び2をそのまま実施すると,本件発明1になると主張するが,相違点2及び5があるにもかかわらず,先願発明1及び2をそのまま実施すると,本件発明1になると認めることはできないから,原告の主張には理由がない。
ウ したがって,本件発明1は,当業者が容易に発明をすることができたと認めることはできない。
・・・
(4)したがって,原告の主張する取消事由5は理由がない。
8 以上によると,原告の請求には理由がない。よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

内在する(Inherentな)効果の記載だけが相違する場合、新規性が出ないというのが実務家の感覚としてあると思います。
審査基準には「例1:抗癌性を有する化合物X」に関して、「化合物Xが抗癌性を有することが知られていたか否かにかかわらず、審査官は、例1の記載が「化合物X」そのものを意味しているものと認定する。」との記載もありますし、こういう場合に審査段階で新規性欠如が通知された事例は探せばけっこう見つかると思われます。
しかし、本判決では、内在する効果の記載が相違点として認定され、新規性ありと判断されました。

本件に似た事例として、サン ファーマ v. ジェネンテック(平成31年3月19日)において、「IL-17産生を阻害するための」という用途表現を記載していた特許が維持された事例があります。
この事例も結局のところ新たに発見した作用機序を単に用途表現にしただけじゃないか、という点で賛否あると思いますが、少なくとも、用途表現であった点と、裁判所が「特にIL-17を標的として,その濃度の上昇が見られる患者に対して選択的に利用するものということができる。」や「IL-17濃度の上昇が見られる患者に対して選択的に利用されるものであることを一義的に理解することができる。」と述べているように患者で区別できると判断していた点で本件とは少し状況が異なります。
サン ファーマ v. ジェネンテックの特許の場合は、少なくとも、イ号製品(医薬品)の添付文書等に「IL-17産生を阻害」や「IL-17濃度の上昇が見られる患者に対して投与」と書かなければ、特許発明の技術的範囲に含まれないだろうという予測が立ちやすい状況ですが、本件の場合は、イ号製品の添付文書等に特徴(c)を書かなかったとしても、特徴(c)を内在的に有するという理由から、技術的範囲に含まれると解釈できる余地がありますので、注意が必要です。
今回のような判決も出ることがあるので、判決の結果を予想するのは難しいですね。
判決文PDFはこちら

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