・令和3年3月25日判決言渡
・知的財産高等裁判所第2部 森義之 眞鍋美穂子 熊谷大輔
・原告:沢井製薬株式会社
・被告:東レ株式会社
・特許3531170
・発明の名称:止痒剤
審決では、進歩性が争点となり、請求不成立となっていました。
本件特許の請求項1は以下のとおりです。
【請求項1】
下記一般式(I)
[式中,
・・・(省略)
を表し,R8は水素,炭素数1から5のアルキルまたは炭素数1から5のアルカノイルを表す。また,一般式(I)は(+)体,(-)体,(±)体を含む]で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤。
本件特許の満了日は5年延長で2022/11/21なのですが、延長登録無効審判で無効審決が出ていたりもします。審決取消訴訟の判決がでたら、ブログで紹介しようと思います。
下記一般式(I)
[式中,
・・・(省略)
を表し,R8は水素,炭素数1から5のアルキルまたは炭素数1から5のアルカノイルを表す。また,一般式(I)は(+)体,(-)体,(±)体を含む]で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤。
今回の判決の概要は以下の通りで、請求は棄却されました。
なお、相違点は2つ認定されていますが、相違点1は実質的な相違点ではないと審決で判断されていますので、相違点2についてのみ判断されています。
判決(進歩性)
3 本件審決の理由の要点
(1) 原告が主張する無効理由
ア 無効理由1
本件発明1は,甲1(特許第2525552号公報)に記載された発明並びに以下の甲2~9及び12から導かれる本件優先日当時の技術水準・周知技術に基づいて,本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件発明1についての特許は,特許法123条1項2号の規定に該当し,無効とすべきものである。
甲2:特開2014-105174号公報
甲3:再公表特許第2016/152965号
甲4:DEBRA E. GMEREK,A. COWAN「Role of Opioid Receptors in Bombesin-induced Grooming」 Annals of the New York Academy of Sciences Vol.525 p.291-300,1988年
甲 5 : D.L.DEHAVEN-HUDKINS 他 「Opioid Agonist Properties of Two Oxime Derivatives of Naltrexone, NPC831 and NPC836」Pharmacology Biochemistry and Behavior Vol.44 No.1 p.45-50,1993年 (甲54も同じ文献であり,以下,甲5と甲54を併せて「甲5」という。)
甲6:Alan Cowan, Debra E.Gmerek「In-vivo studies on kappa opioid receptors」Trends in Pharmacological Sciences Vol.7 No.2 p.69-72,1986年 (甲56も同じ文献であり,以下,甲6と甲56を併せて「甲6」という。)
甲7:A. Cowan他「Defining the antipruritic potential of kappa opioid agonists.」The FASEB JOURNAL Vol.9 No.3 A98,1995年
甲8:DEBRA E. GMEREK,ALAN COWAN「An animal model for preclinical screening of systemic antipruritic agents」Journal of Pharmacological Methods Vol.10 No.2 p.107-112,1983年 (甲43も同じ文献であり,以下,甲8と甲43を併せて「甲8」という。)
甲9:Yasushi Kuraishi他「Scratching behavior induced by pruritogenic but not algesiogenic agents in mice」European Journal of Pharmacology Vol.275 p.229-233,1995年 (甲42,乙5も,甲9と同じ文献であり,以下,甲9,42,乙5を併せて「甲9」という。)
甲12:DEBRA E. GMEREK,ALAN COWAN「Bombesin-a central mediator of pruritus?」British Journal of Dermatology Vol.109 p.239,1983年
・・・
第4 当裁判所の判断
1 本件発明について
・・・
イ 前記アからすると,本件審決が認定したとおり,甲1には,以下のような甲1発明が記載されているものと認められ,甲1発明と本件発明1との間には,以下のような一致点及び相違点があるものと認められる。
・・・
(相違点1)
本件発明1では,化合物Aがオピオイドκ受容体作動性であるとされているのに対し,甲1発明では,そのような特定がされていない点。
(相違点2)
本件発明1は,化合物Aを有効成分とする止痒剤であるのに対し,甲1発明は,化合物Aをそのような用途とするものではない点。
(2)相違点2についての判断(甲1の「鎮痛剤」と「鎮静剤」の用途からの動機付けについて)
・・・
(3)相違点2についての判断(ボンベシン誘発グルーミング・引っかき行動との関係での動機付けについて)
ア 本件優先日当時までの各文献の記載
・・・
(ウ)甲8
「全身投与できる信頼性の高い抗そう痒薬は現在のところ入手できない。これは,そのような化合物をスクリーニングするための動物モデルがほとんどないためと思われる。もともとカエルの皮膚から単離されたテトラデカペプチドであるボンベシンは,ラット脳室内(i.c.v.)投与すると用量相関的に過剰な引っ掻き行動を誘発する。マイクロコンピューターの助けを借りて,我々は標準的な最大量以下のボンベシン(0.10µg,i.c.v.)によって誘発された引っ掻き行動を観察した。このシステムは,1)薬物誘発性行動抑制を評価するための高感度で新規な方法,及び2)ボンベシンと潜在的な拮抗薬の間の相互作用を定量化する手段を提供する。したがって,ボンベシン誘発性グルーミングは,行動的に非鬱剤量のメトジラジン,トリメプラジン及びクロルプロマジンによって拮抗されるが,モルヒネ,ハロペリドール,ジフェンヒドラミン,ヒドロキシジン,メピラミン,シメチジン,又はシプロヘプタジンによっては拮抗されない。メトジラジン及びトリメプラジンは抗そう痒薬として臨床的に使用されている。したがって,このモデルは,新規の全身性抗そう痒薬,特にヒスタミン非依存性そう痒の治療に有効であり得るものを評価する手段を提供する。」(107頁「要約」)
「他の抗ヒスタミン薬(ジフェンヒドラミン,メピラミン,ヒドロキシジン,シプロヘプタジン,及びシメチジン)は,少なくとも行動的に抑制しない投与量においてボンベシン誘発引っ掻き行動に対して感知される効果はなかった。そう痒症のいくつかのタイプは臨床的に認識されており,ヒスタミン遊離とは関係ない。様々な抗ヒスタミン薬を用いた著者らの研究は,ヒスタミンがボンベシン誘発引っ掻き行動に必ずしも関係しないことを示している。これとの関連で,ボンベシンは,スプラーグドーリーラットから得られたマスト細胞からヒスタミンを遊離しないことが最近分かった(Sydbom,1982)。」(111頁8行~15行)
(エ)甲12
「ボンベシンは,もともとカエルの皮膚から単離されたテトラデカペプチドである(・・・)。ボンベシン様免疫反応は,ヒトの腸(・・・),肺(・・・)及び脳脊髄液(・・・)で確認されている。ボンベシンは肺のヒト細胞がんによっても大量に産生される(・・・)。興味深いことに,そう痒はしばしば肺がんと関連している(・・・)。
・・・
要約すると,我々は,そう痒,特に抗ヒスタミン薬及びナロキソンに耐性を示すそう痒の中枢媒介におけるボンベシンの潜在的役割に注意を呼びかける。」(239頁10行~27行)
・・・
(カ)甲4
「序論
もともと,カエルBombina bombinaの皮膚から単離されたテトラデカペプチドであるボンベシンは,他の種と同様にラットの中枢に注射されると用量相関的に過剰なグルーミングを誘発する。ラットの脳室内(i.c.v.)ボンベシンによって誘発されるグルーミングは,主に頭頸部に向けられた後肢引っ掻きからなるが,顔のグルーミング,ボディウォッシュ,ネイルリッキング及び噛みつき,前足の振戦,激しい震え並びにストレッチングも生じる。ボンベシン誘発グルーミング行動は,i.c.v.注射の数分以内に観察され,30~45分間継続する。」(291頁「INTRODUCTION」の1行~7行)
・・・
オピオイドがκ受容体を介してボンベシン誘発性の引っ掻き行動に作用することが確立されているので,引っ掻き行動におけるボンベシン及びオピオイドの役割について推測することができる。・・・モルヒネ依存性アカゲザルへi.c.v.で与えられたボンベシンは,薬物投与を受けていないサルにおけるモルヒネの低用量投与後に観察されるものと類似しているがより激しい引っかき行動を生じる(・・・)。低用量のモルヒネによる痒みは,ヒスタミンの放出によるものと考えられている。 しかしながら,ヒスタミンがこの作用の唯一の原因であるかどうかは明らかではない。対照的に,κオピオイドの急性投与は引っ掻き行動を誘発しない。しかしながら,κオピオイドの長期投与後の禁断又はナロキソン誘発禁断行動は,顕著な反応として引っ掻き行動を含む。この行動,及びその行動の発生におけるボンベシンの考えうる役割については,さらに研究する必要がある。同様に,さまざまな種類のそう痒におけるボンベシンの役割とκオピオイドとの関連性についてもさらに調査する必要がある。例えば,κ受容体選択性を有するオピオイドは,大量のボンベシン様免疫反応性を生じることが知られている肺の小細胞癌によって引き起こされる疼痛及びそう痒の軽減のために選択される薬物クラスになるかもしれない。」
(297頁「DISUCUSSION」の1行~298頁末行)
(ケ)甲7
「疼痛及び痒みは,おそらく独立した感覚様式であり,特定のラットモデルでは,同じクラスの薬物:κアゴニストによって減弱される。我々はここで,ラット足ホルマリンテスト(・・・)とボンベシン引っ掻きテスト(・・・)においてκアゴニストであるエナドリン(中枢作用)とICI 204448 (・・・)を比較した。ホルマリン誘発性(後期相)のフリンチングに対するエナドリン皮下投与のA50値は0.019(0.014-0.027)mg/kgだった。この臨床的に試験された鎮痛薬は,ボンベシンのi.c.v.内投与によって直ちに誘発された引っ掻き行動やグルーミングに対しても同等に優れていた(A50=0.012mg/kg)。ICIは皮下注射によってホルマリンに対してA50が6.9(3.5-12.9)mg/kgの活性を示した。対照的に,この末梢指向性化合物は抗そう痒効果を示さず,ボンベシンに対するA50値は30mg/kg超を示した。我々は,中枢作用性κアゴニストが,例えば,新世代の抗そう痒薬として皮膚薬理学において治療的有用性を有し得ると結論する。」(A98頁右中欄574番)
・・・
イ 検討
(ア)ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動に関する本件優先日当時の知見について
前記ア(ウ),(エ),(カ),(ケ)の各記載からすると,本件優先日当時までに,Cowanらは,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動と痒みの間には関連性があることを提唱していたものと認められる。
しかし,これらの証拠によっても,本件優先日当時,Cowanらが,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動と痒みには関連性があることを実験等により実証していたとは認められないし,また,その作用機序等も説明していない。さらに,甲4には,「この行動,及びその行動の発生におけるボンベシンの考え得る役割については,更に研究する必要がある。」と記載されており,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動と痒みには関連性があると断定まではされていない。
加えて,前記ア(ア)のとおり,昭和35年に発表された甲25では,そもそもラットのグルーミングの実施形態,目的,又は,これを支配する状況等は,ほとんど何も知られていないとされており,前記ア(キ)のとおり,平成4年に発表された甲27でも,ボンベシンにより誘発される行動が,痛み等の侵害刺激に基づく可能性があるとの指摘がされており,前記(2)ア(オ)のとおり,平成7年に発表された甲9においても,信頼性のある痒みの動物モデルは存在しない,マウスは起痒剤Compound48/80を皮下注射されても引っ掻き行動をせず,マウスがグルーミング中に耳及び体の引っ掻き行動するのが痒みに関連した行動とは考えられないなどとされており,Cowanら以外の研究者は,ボンベシンやそれ以外の原因により誘発されるグルーミング・引っ掻き行動が,痒み以外の要因によって生じているとの見解を有していたと認められる。
そして,前記(2)ア(オ)のとおり,甲9は,Compound48/80やサブスタンスPを起痒剤として取り扱っており,本件明細書の実施例12でも起痒剤としてボンベシンではなく,Compound48/80が使用されている一方,ボンベシンは,本件優先日当時,起痒剤として当業者に広く認識されて用いられていたものであるとは,本件における証拠上認められない。
以上からすると,本件優先日当時,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動と痒みの間に関連性があるということは,技術的な裏付けがない,Cowanらの提唱する一つの仮説にすぎないものであったと認められる。
(イ)オピオイドκ受容体作動性化合物とボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動との関係について
前記ア(イ)~(カ),(ケ),(コ)の記載を総合すると,本件優先日当時までに,ベンゾモルファン,エチルケタゾシン,チフルアドム,U-50488,エナドリンといったオピオイドκ受容体作動性化合物が,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を減弱すること,他方で,同じオピオイドκ受容体作動性化合物であっても,SKF10047,ナロルフィン,ICI204448といったものは,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を減弱しないこと,さらに,オピオイドμ受容体作動性化合物であるフェナゾシン,オピオイドκ受容体作動作用を有することについて報告がされていない化合物(乙6~11)であるメトジラジン,トリメプラジン,クロルプロマジン,ジアゼパムのようなものであっても,ボンベシン誘発グルーミング行動が減弱されることが,Cowanらによって明らかにされていたといえる。
また,前記ア(エ),(カ)の記載及び弁論の全趣旨を総合すると,上記のボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を減弱するオピオイドκ受容体作動性化合物の基本構造は,それぞれ異なっており,エチルケタゾシンはベンゾモルファン骨格,チフルアドムはベンゾジアゼピン骨格,U-50488及びエナドリンはアリールアセトアミド構造をそれぞれ有しており,甲1発明の化合物Aとはそれぞれ化学構造(骨格)を異にするものであった。そして,前記ア(ク)のとおり,化学構造の僅かな違いは,薬理学的特性に重大な影響を及ぼし得るものである。
以上からすると,本件優先日当時,オピオイドκ受容体作動性化合物が,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を抑制する可能性が,Cowanらによって提唱されていたものの,甲1の化合物Aがボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を減弱するかどうかについては,実験によって明らかにしてみないと分からない状態であったと認められる上,上記(ア)のとおり,ボンベシンが誘発するグルーミング・引っ掻き行動の作用機序が不明であったことも踏まえると,なお研究の余地が大いに残されている状況であったと認められる。
(ウ)上記(ア),(イ)を踏まえて判断するに,前記ア(イ)~(カ),(ケ)のとおり,本件優先日当時,Cowanらは,①ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動が,痒みによって引き起こされているものであるという前提に立った上で,②オピオイドκ受容体作動性化合物のうちのいくつかのものが,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を減弱することを明らかにしていた。
しかし,上記①の点については,上記(ア)のとおり,技術的裏付けの乏しい一つの仮説にすぎないものであった。
上記②の点についても,上記(イ)のとおり,本件優先日当時において研究の余地が大いに残されていた。
そうすると,本件優先日当時,当業者が,Cowanらの研究に基づいて,オピオイドκ受容体作動性化合物が止痒剤として使用できる可能性があることから,甲1発明の化合物Aを止痒剤として用いることを動機付られると認めることはできないというべきである。
(エ)小括
以上からすると,当業者が,甲1発明に甲2~9,12などから認定できる一連のボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動とオピオイドκ受容体作動性化合物に関する知見を適用し,本件発明1を想到することが容易であったということはできないというべきであり,取消事由1は理由がない。
ウ 原告の主張について
原告は,これまで認定判断してきたところに加え,①本件審決は,技術常識が存在しないことから直ちに動機付けを否定してしまっており,公知文献から認められる仮説や推論からの動機付けについて検討しておらず,裁判例に照らしても誤りである,②甲63によると,ダイノルフィンAと同じオピオイドκ作動作用を持つ化合物は,痒みや痛みを抑制することが容易に予測でき,甲1の化合物Aを使用して止痒剤としての効果を奏するかを確認してみようという動機付けも肯定できると主張する。
しかし,上記①について,仮説や推論であっても,それらが動機付けを基礎付けるものとなる場合があるといえるが,本件においては,Cowanらの研究に基づいて,甲1発明の化合物Aを止痒剤として用いることが動機付けられるとは認められないことは,前記イで認定判断したとおりであり,原告が指摘する各裁判例もこの判断を左右するものとはいえず,原告の上記①の主張は採用することができない。
上記②について,本件明細書には,前記1(1)イのとおり,甲63にダイノルフィンと共に挙げられているエンドルフィン,エンケファリン(前記ア(サ))が,痒みを惹起することが記載されている上,前記ア(サ)のとおり,甲63が,痒みと痛みの関係は明確ではなく,研究を更に行わなければならないと結論付けているところからすると,甲63の記載が,ダイノルフィン,エンドルフィン,エンケファリン等の内因性オピオイドが,止痒剤の用途を有することを示唆するものであるとは認められず,甲63の記載から,当業者が,甲1の化合物Aについて,止痒剤としての効果を奏するかを確認することを動機付けられるとは認められない。
そして,その他,原告が主張するところを考慮しても,前記イの認定判断は左右されないというべきである。
・・・
第5 結論
よって,原告の請求には理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(1) 原告が主張する無効理由
ア 無効理由1
本件発明1は,甲1(特許第2525552号公報)に記載された発明並びに以下の甲2~9及び12から導かれる本件優先日当時の技術水準・周知技術に基づいて,本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件発明1についての特許は,特許法123条1項2号の規定に該当し,無効とすべきものである。
甲2:特開2014-105174号公報
甲3:再公表特許第2016/152965号
甲4:DEBRA E. GMEREK,A. COWAN「Role of Opioid Receptors in Bombesin-induced Grooming」 Annals of the New York Academy of Sciences Vol.525 p.291-300,1988年
甲 5 : D.L.DEHAVEN-HUDKINS 他 「Opioid Agonist Properties of Two Oxime Derivatives of Naltrexone, NPC831 and NPC836」Pharmacology Biochemistry and Behavior Vol.44 No.1 p.45-50,1993年 (甲54も同じ文献であり,以下,甲5と甲54を併せて「甲5」という。)
甲6:Alan Cowan, Debra E.Gmerek「In-vivo studies on kappa opioid receptors」Trends in Pharmacological Sciences Vol.7 No.2 p.69-72,1986年 (甲56も同じ文献であり,以下,甲6と甲56を併せて「甲6」という。)
甲7:A. Cowan他「Defining the antipruritic potential of kappa opioid agonists.」The FASEB JOURNAL Vol.9 No.3 A98,1995年
甲8:DEBRA E. GMEREK,ALAN COWAN「An animal model for preclinical screening of systemic antipruritic agents」Journal of Pharmacological Methods Vol.10 No.2 p.107-112,1983年 (甲43も同じ文献であり,以下,甲8と甲43を併せて「甲8」という。)
甲9:Yasushi Kuraishi他「Scratching behavior induced by pruritogenic but not algesiogenic agents in mice」European Journal of Pharmacology Vol.275 p.229-233,1995年 (甲42,乙5も,甲9と同じ文献であり,以下,甲9,42,乙5を併せて「甲9」という。)
甲12:DEBRA E. GMEREK,ALAN COWAN「Bombesin-a central mediator of pruritus?」British Journal of Dermatology Vol.109 p.239,1983年
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第4 当裁判所の判断
1 本件発明について
・・・
イ 前記アからすると,本件審決が認定したとおり,甲1には,以下のような甲1発明が記載されているものと認められ,甲1発明と本件発明1との間には,以下のような一致点及び相違点があるものと認められる。
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(相違点1)
本件発明1では,化合物Aがオピオイドκ受容体作動性であるとされているのに対し,甲1発明では,そのような特定がされていない点。
(相違点2)
本件発明1は,化合物Aを有効成分とする止痒剤であるのに対し,甲1発明は,化合物Aをそのような用途とするものではない点。
(2)相違点2についての判断(甲1の「鎮痛剤」と「鎮静剤」の用途からの動機付けについて)
・・・
(3)相違点2についての判断(ボンベシン誘発グルーミング・引っかき行動との関係での動機付けについて)
ア 本件優先日当時までの各文献の記載
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(ウ)甲8
「全身投与できる信頼性の高い抗そう痒薬は現在のところ入手できない。これは,そのような化合物をスクリーニングするための動物モデルがほとんどないためと思われる。もともとカエルの皮膚から単離されたテトラデカペプチドであるボンベシンは,ラット脳室内(i.c.v.)投与すると用量相関的に過剰な引っ掻き行動を誘発する。マイクロコンピューターの助けを借りて,我々は標準的な最大量以下のボンベシン(0.10µg,i.c.v.)によって誘発された引っ掻き行動を観察した。このシステムは,1)薬物誘発性行動抑制を評価するための高感度で新規な方法,及び2)ボンベシンと潜在的な拮抗薬の間の相互作用を定量化する手段を提供する。したがって,ボンベシン誘発性グルーミングは,行動的に非鬱剤量のメトジラジン,トリメプラジン及びクロルプロマジンによって拮抗されるが,モルヒネ,ハロペリドール,ジフェンヒドラミン,ヒドロキシジン,メピラミン,シメチジン,又はシプロヘプタジンによっては拮抗されない。メトジラジン及びトリメプラジンは抗そう痒薬として臨床的に使用されている。したがって,このモデルは,新規の全身性抗そう痒薬,特にヒスタミン非依存性そう痒の治療に有効であり得るものを評価する手段を提供する。」(107頁「要約」)
「他の抗ヒスタミン薬(ジフェンヒドラミン,メピラミン,ヒドロキシジン,シプロヘプタジン,及びシメチジン)は,少なくとも行動的に抑制しない投与量においてボンベシン誘発引っ掻き行動に対して感知される効果はなかった。そう痒症のいくつかのタイプは臨床的に認識されており,ヒスタミン遊離とは関係ない。様々な抗ヒスタミン薬を用いた著者らの研究は,ヒスタミンがボンベシン誘発引っ掻き行動に必ずしも関係しないことを示している。これとの関連で,ボンベシンは,スプラーグドーリーラットから得られたマスト細胞からヒスタミンを遊離しないことが最近分かった(Sydbom,1982)。」(111頁8行~15行)
(エ)甲12
「ボンベシンは,もともとカエルの皮膚から単離されたテトラデカペプチドである(・・・)。ボンベシン様免疫反応は,ヒトの腸(・・・),肺(・・・)及び脳脊髄液(・・・)で確認されている。ボンベシンは肺のヒト細胞がんによっても大量に産生される(・・・)。興味深いことに,そう痒はしばしば肺がんと関連している(・・・)。
・・・
要約すると,我々は,そう痒,特に抗ヒスタミン薬及びナロキソンに耐性を示すそう痒の中枢媒介におけるボンベシンの潜在的役割に注意を呼びかける。」(239頁10行~27行)
・・・
(カ)甲4
「序論
もともと,カエルBombina bombinaの皮膚から単離されたテトラデカペプチドであるボンベシンは,他の種と同様にラットの中枢に注射されると用量相関的に過剰なグルーミングを誘発する。ラットの脳室内(i.c.v.)ボンベシンによって誘発されるグルーミングは,主に頭頸部に向けられた後肢引っ掻きからなるが,顔のグルーミング,ボディウォッシュ,ネイルリッキング及び噛みつき,前足の振戦,激しい震え並びにストレッチングも生じる。ボンベシン誘発グルーミング行動は,i.c.v.注射の数分以内に観察され,30~45分間継続する。」(291頁「INTRODUCTION」の1行~7行)
・・・
オピオイドがκ受容体を介してボンベシン誘発性の引っ掻き行動に作用することが確立されているので,引っ掻き行動におけるボンベシン及びオピオイドの役割について推測することができる。・・・モルヒネ依存性アカゲザルへi.c.v.で与えられたボンベシンは,薬物投与を受けていないサルにおけるモルヒネの低用量投与後に観察されるものと類似しているがより激しい引っかき行動を生じる(・・・)。低用量のモルヒネによる痒みは,ヒスタミンの放出によるものと考えられている。 しかしながら,ヒスタミンがこの作用の唯一の原因であるかどうかは明らかではない。対照的に,κオピオイドの急性投与は引っ掻き行動を誘発しない。しかしながら,κオピオイドの長期投与後の禁断又はナロキソン誘発禁断行動は,顕著な反応として引っ掻き行動を含む。この行動,及びその行動の発生におけるボンベシンの考えうる役割については,さらに研究する必要がある。同様に,さまざまな種類のそう痒におけるボンベシンの役割とκオピオイドとの関連性についてもさらに調査する必要がある。例えば,κ受容体選択性を有するオピオイドは,大量のボンベシン様免疫反応性を生じることが知られている肺の小細胞癌によって引き起こされる疼痛及びそう痒の軽減のために選択される薬物クラスになるかもしれない。」
(297頁「DISUCUSSION」の1行~298頁末行)
(ケ)甲7
「疼痛及び痒みは,おそらく独立した感覚様式であり,特定のラットモデルでは,同じクラスの薬物:κアゴニストによって減弱される。我々はここで,ラット足ホルマリンテスト(・・・)とボンベシン引っ掻きテスト(・・・)においてκアゴニストであるエナドリン(中枢作用)とICI 204448 (・・・)を比較した。ホルマリン誘発性(後期相)のフリンチングに対するエナドリン皮下投与のA50値は0.019(0.014-0.027)mg/kgだった。この臨床的に試験された鎮痛薬は,ボンベシンのi.c.v.内投与によって直ちに誘発された引っ掻き行動やグルーミングに対しても同等に優れていた(A50=0.012mg/kg)。ICIは皮下注射によってホルマリンに対してA50が6.9(3.5-12.9)mg/kgの活性を示した。対照的に,この末梢指向性化合物は抗そう痒効果を示さず,ボンベシンに対するA50値は30mg/kg超を示した。我々は,中枢作用性κアゴニストが,例えば,新世代の抗そう痒薬として皮膚薬理学において治療的有用性を有し得ると結論する。」(A98頁右中欄574番)
・・・
イ 検討
(ア)ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動に関する本件優先日当時の知見について
前記ア(ウ),(エ),(カ),(ケ)の各記載からすると,本件優先日当時までに,Cowanらは,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動と痒みの間には関連性があることを提唱していたものと認められる。
しかし,これらの証拠によっても,本件優先日当時,Cowanらが,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動と痒みには関連性があることを実験等により実証していたとは認められないし,また,その作用機序等も説明していない。さらに,甲4には,「この行動,及びその行動の発生におけるボンベシンの考え得る役割については,更に研究する必要がある。」と記載されており,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動と痒みには関連性があると断定まではされていない。
加えて,前記ア(ア)のとおり,昭和35年に発表された甲25では,そもそもラットのグルーミングの実施形態,目的,又は,これを支配する状況等は,ほとんど何も知られていないとされており,前記ア(キ)のとおり,平成4年に発表された甲27でも,ボンベシンにより誘発される行動が,痛み等の侵害刺激に基づく可能性があるとの指摘がされており,前記(2)ア(オ)のとおり,平成7年に発表された甲9においても,信頼性のある痒みの動物モデルは存在しない,マウスは起痒剤Compound48/80を皮下注射されても引っ掻き行動をせず,マウスがグルーミング中に耳及び体の引っ掻き行動するのが痒みに関連した行動とは考えられないなどとされており,Cowanら以外の研究者は,ボンベシンやそれ以外の原因により誘発されるグルーミング・引っ掻き行動が,痒み以外の要因によって生じているとの見解を有していたと認められる。
そして,前記(2)ア(オ)のとおり,甲9は,Compound48/80やサブスタンスPを起痒剤として取り扱っており,本件明細書の実施例12でも起痒剤としてボンベシンではなく,Compound48/80が使用されている一方,ボンベシンは,本件優先日当時,起痒剤として当業者に広く認識されて用いられていたものであるとは,本件における証拠上認められない。
以上からすると,本件優先日当時,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動と痒みの間に関連性があるということは,技術的な裏付けがない,Cowanらの提唱する一つの仮説にすぎないものであったと認められる。
(イ)オピオイドκ受容体作動性化合物とボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動との関係について
前記ア(イ)~(カ),(ケ),(コ)の記載を総合すると,本件優先日当時までに,ベンゾモルファン,エチルケタゾシン,チフルアドム,U-50488,エナドリンといったオピオイドκ受容体作動性化合物が,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を減弱すること,他方で,同じオピオイドκ受容体作動性化合物であっても,SKF10047,ナロルフィン,ICI204448といったものは,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を減弱しないこと,さらに,オピオイドμ受容体作動性化合物であるフェナゾシン,オピオイドκ受容体作動作用を有することについて報告がされていない化合物(乙6~11)であるメトジラジン,トリメプラジン,クロルプロマジン,ジアゼパムのようなものであっても,ボンベシン誘発グルーミング行動が減弱されることが,Cowanらによって明らかにされていたといえる。
また,前記ア(エ),(カ)の記載及び弁論の全趣旨を総合すると,上記のボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を減弱するオピオイドκ受容体作動性化合物の基本構造は,それぞれ異なっており,エチルケタゾシンはベンゾモルファン骨格,チフルアドムはベンゾジアゼピン骨格,U-50488及びエナドリンはアリールアセトアミド構造をそれぞれ有しており,甲1発明の化合物Aとはそれぞれ化学構造(骨格)を異にするものであった。そして,前記ア(ク)のとおり,化学構造の僅かな違いは,薬理学的特性に重大な影響を及ぼし得るものである。
以上からすると,本件優先日当時,オピオイドκ受容体作動性化合物が,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を抑制する可能性が,Cowanらによって提唱されていたものの,甲1の化合物Aがボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を減弱するかどうかについては,実験によって明らかにしてみないと分からない状態であったと認められる上,上記(ア)のとおり,ボンベシンが誘発するグルーミング・引っ掻き行動の作用機序が不明であったことも踏まえると,なお研究の余地が大いに残されている状況であったと認められる。
(ウ)上記(ア),(イ)を踏まえて判断するに,前記ア(イ)~(カ),(ケ)のとおり,本件優先日当時,Cowanらは,①ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動が,痒みによって引き起こされているものであるという前提に立った上で,②オピオイドκ受容体作動性化合物のうちのいくつかのものが,ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動を減弱することを明らかにしていた。
しかし,上記①の点については,上記(ア)のとおり,技術的裏付けの乏しい一つの仮説にすぎないものであった。
上記②の点についても,上記(イ)のとおり,本件優先日当時において研究の余地が大いに残されていた。
そうすると,本件優先日当時,当業者が,Cowanらの研究に基づいて,オピオイドκ受容体作動性化合物が止痒剤として使用できる可能性があることから,甲1発明の化合物Aを止痒剤として用いることを動機付られると認めることはできないというべきである。
(エ)小括
以上からすると,当業者が,甲1発明に甲2~9,12などから認定できる一連のボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動とオピオイドκ受容体作動性化合物に関する知見を適用し,本件発明1を想到することが容易であったということはできないというべきであり,取消事由1は理由がない。
ウ 原告の主張について
原告は,これまで認定判断してきたところに加え,①本件審決は,技術常識が存在しないことから直ちに動機付けを否定してしまっており,公知文献から認められる仮説や推論からの動機付けについて検討しておらず,裁判例に照らしても誤りである,②甲63によると,ダイノルフィンAと同じオピオイドκ作動作用を持つ化合物は,痒みや痛みを抑制することが容易に予測でき,甲1の化合物Aを使用して止痒剤としての効果を奏するかを確認してみようという動機付けも肯定できると主張する。
しかし,上記①について,仮説や推論であっても,それらが動機付けを基礎付けるものとなる場合があるといえるが,本件においては,Cowanらの研究に基づいて,甲1発明の化合物Aを止痒剤として用いることが動機付けられるとは認められないことは,前記イで認定判断したとおりであり,原告が指摘する各裁判例もこの判断を左右するものとはいえず,原告の上記①の主張は採用することができない。
上記②について,本件明細書には,前記1(1)イのとおり,甲63にダイノルフィンと共に挙げられているエンドルフィン,エンケファリン(前記ア(サ))が,痒みを惹起することが記載されている上,前記ア(サ)のとおり,甲63が,痒みと痛みの関係は明確ではなく,研究を更に行わなければならないと結論付けているところからすると,甲63の記載が,ダイノルフィン,エンドルフィン,エンケファリン等の内因性オピオイドが,止痒剤の用途を有することを示唆するものであるとは認められず,甲63の記載から,当業者が,甲1の化合物Aについて,止痒剤としての効果を奏するかを確認することを動機付けられるとは認められない。
そして,その他,原告が主張するところを考慮しても,前記イの認定判断は左右されないというべきである。
・・・
第5 結論
よって,原告の請求には理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
かなり厳密に判断されましたね。
Cowanらの文献又はボンベシンで誘発した文献以外で、オピオイドκ受容体作動性化合物が止痒効果を示すことが示唆された文献を見つけ出すことができていれば、また違った展開になっていたかもしれません。
審査段階で拒絶理由通知書をもらったときに、1つ(又は1つのグループ)の引用文献に基づいて動機付けの指摘をされた場合、いろいろ粗を探して、「技術的裏付けの乏しい一つの仮説にすぎないので、動機づけられない」っていう反論をしてみるのもありですね。
(判決文PDFはこちら)
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