<判決紹介>
平成26年(行ケ)第10045号 審決取消請求事件■コメント
引例1(Phase 2)の投与時間を延長することに動機付けがないと判断された事例。 引例は強め。
本願は、ゾレドロン酸4mgの静脈投与時間が15分。
引例1は、ゾレドロン酸4mgの静脈投与時間が5分。
引例2は、ゾレドロン酸0.02/0.04mgの静脈投与時間が20分。
引例3には、ビスホスホネートはゆっくり点滴することで有害事象が回避されることが記載されている。
裁判所は、
(1)引例1はPhase 2、引例2はPhase 1であること、
(2)引例1、2を考慮すれば、ゾレドロン酸4mgの5分は安全性が確保できるものであると理解できること、
(3)引例3の記載は参照文献269を引用していることから、参照文献269の第一世代ビスホスホネートに関する記載であることは明らかであり、第三世代ビスホスホネートであるゾレドロン酸に直ちに当てはまるものではないこと、
などを考慮した上で、引例1の投与時間を延長することには動機付けがないとして、進歩性なしの拒絶審決を取り消した。 ☆☆☆■抜粋
・平成26年(行ケ)第10045号 審決取消請求事件
・平成26年12月24日判決言渡、知的財産高等裁判所第4部
・原告: ノバルティスアーゲー
・被告: 特許庁長官
・出願: 特願2001-585739
・請求項1:
2-(イミダゾル-1-イル)-1-ヒドロキシエタン-1,1-ジホスホン酸(ゾレドロン酸)又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含む処置剤であって,ビスホスホネート処置を必要とする患者に4mgのゾレドロン酸を15分間かけて静脈内投与することを特徴とする処置剤。
・概要
第2 事案の概要
3 本件審決の理由の要旨
本願発明と引用発明との対比
本件審決が認定した本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 一致点
2-(イミダゾル-1-イル)-1-ヒドロキシエタン-1,1-ジホスホン酸(ゾレドロン酸)又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含む処置剤であって,ビスホスホネート処置を必要とする患者に4mgのゾレドロン酸を分単位の一定時間をかけて静脈内投与することを特徴とする処置剤。
イ 相違点
分単位の一定時間が,引用発明では「5分間」であるのに対し,本願発明では「15分間」である点。
第4 当裁判所の判断
・・・。
(1)臨床試験について
ア 前記2(1)及び(2)によれば,引用例2は,腫瘍誘発性高カルシウム血症の患者及び溶骨性骨転移患者に対するゾレドロン酸の第Ⅰ相臨床試験の結果を報告する文献であり,引用例1は,これに引き続いて行われた,多発性骨髄腫の患者及び乳癌患者に対するゾレドロン酸の第Ⅱ相臨床試験の結果を報告する文献である。そして,証拠(甲29)によれば,これに引き続いて,乳癌又は多発性骨髄腫の溶骨性病巣を有する患者の骨格転移の治療におけるゾレドロン酸の第Ⅲ相臨床試験が行われ,その結果が,本願の出願後に発表されていることが認められる。
イ 平成4年6月29日付けの各都道府県衛生主管部局長あて厚生省薬務局新医薬品課長通知(薬新薬第43号)の「新医薬品の臨床評価に関する一般指針について」(甲22)によれば,次のことが認められる。 医療用医薬品である新医薬品の承認申請の目的で実施される臨床試験は,通常,第Ⅰ相,第Ⅱ相及び第Ⅲ相と順に進めて行くものである。 第Ⅰ相試験は,治験薬を初めてヒトに適用する試験で,原則として少数の健康男性志願者において,治験薬について臨床安全用量の範囲ないし最大安全量を推定することを目的とし,併せて吸収・排泄等の薬物動態学的検討を行い,第Ⅱ相試験に進み得るか否かの判断資料を得るための試験である。
第Ⅱ相試験は,適切な疾病状態にある限られた数の患者において,治験薬の有効性と安全性とを検討し,適応疾患や,用法・用量の妥当性など,第Ⅲ相試験に進むための情報を収集することを目的とする試験である。 第Ⅲ相試験は,比較臨床試験及び一般臨床試験により,更に多くの臨床試験成績を収集し,対象とする適応症に対する治験薬の有効性及び安全性を精密かつ客観的に明らかにし,治験薬の適応症に対する臨床上の有用性の評価と位置付けを行うことを目的とする試験である。 ただし,第Ⅰ相試験は,例えば一部の抗悪性腫瘍薬などのように,治験薬が健康人に対して明らかに毒性を発現する可能性がある場合や,薬理学的性質のために健康人に対しては使用禁忌である場合など,医薬の特性に合わせて,健康志願者ではなく,患者を対象として行われることもある(甲22)。本件のゾレドロン酸についても、前記2(2)のとおり,腫瘍誘発性高カルシウム血症の患者及び溶骨性骨転移患者を対象として,第Ⅰ相試験が行われている。
以上のような,臨床試験の段階的性格や第Ⅰ相試験,第Ⅱ相試験,第Ⅲ相試験の位置付けに鑑みると,第Ⅰ相試験,第Ⅱ相試験において,当該用法用量で安全性が確認された場合でも,次の第Ⅲ相試験において,更に多くの臨床試験成績を収集し,対象とする適応症に対する治験薬の有効性及び安全性を精密かつ客観的に明らかにし,治験薬の適応症に対する臨床上の有用性の評価と位置付けを行うことが予定されているから,その結果によっては,当該用法用量が安全とはいえなくなり,より安全な用法容量に変更する可能性が存在することは否定できないというべきである。
そして,医薬品の副作用の中でも腎毒性は代表的なものであり(乙3),注射形態のビスホスホネート製剤には腎機能悪化のリスクが知られており(乙4),本件においても,ゾレドロン酸の静脈投与について,第Ⅰ相試験(引用例2)において腎臓に対する安全性を確認した上で,第Ⅱ相試験(引用例1)を経て,さらには次の段階の臨床試験に進んでいるのであるから,腎臓に対する安全性を考慮して,用法用量を変更する可能性があることは,当業者として当然理解していたことと考えられる。
(2)引用例1及び引用例2の記載について
前記2(1)及び(2)のとおり,ゾレドロン酸は,強力な破骨細胞の機能抑制作用を有する第三世代のビスホスホネートであって,引用例2記載の第Ⅰ相臨床試験において,それまで臨床試験された他のビスホスホネートよりも即効性があり持続性の血清カルシウム低下効果を示し,正常カルシウム血漿の溶骨性骨転移患者合計58名に対する0.1mg,0.2mg,0.4mg,0.8mg,1.5mg,2mg,4mg又は8mgの5分間静脈点滴のいずれにおいても腎毒性の兆候は見られず,また,患者の30%に見られた唯一の副作用の体温上昇もゾレドロン酸との関連は定かではなく,短時間静脈点滴での安全性が示唆された。
それに続く引用例1記載の第Ⅱ相臨床試験でも,乳癌又は多発性骨髄腫患者合計280名に対する0.4mg,2.0mg又は4.0mgの5分間点滴のいずれにおいても,パミドロン酸90mgの2時間点滴と同程度の安全性を示し,4.0mgゾレドロン酸の5分間点滴は,90mgパミドロン酸と同程度の溶骨性骨合併症の予防効果を奏した。
以上の引用例1及び2に開示されたゾレドロン酸の第Ⅰ相及び第Ⅱ相臨床試験の結果によれば,ゾレドロン酸は,4mgという低用量で従来用いられていたパミドロン酸90mgに匹敵する薬効を奏し,5分間の短時間の静脈点滴で安全性が確保できるものであると理解できる。そうすると,このような臨床試験の結果からは,前記(1)記載の臨床試験の段階的正確を考慮し,第Ⅲ相試験で,当該用法用量による安全性について違った結果が生じて用法用量をより安全性の高いものに変更する可能性があることを考慮しても,第Ⅰ相及び第Ⅱ相臨床試験の段階では,安全性に疑問を呈するような結果は全く出ていないのであるから,患者の利便性や負担軽減の観点からも,引用例1及び2の記載からは,4mgのゾレドロン酸を5分間かけて点滴するとの引用発明の投与時間を更に延長する動機付けを見出すことは困難であるというべきである。
(3) 引用例3の記載について
ア 前記2(3)のとおり,引用例3には,参照文献269(甲24)を引用した上で,ビスホスホネートは血中で固相を形成し腎臓で保持されるために,短時間での点滴は腎不全を招くので,ビスホスホネートの全ての大量の静脈内投与には注意を払わなければいけないこと,及び多量の液体でゆっくりと点滴することにより有害な事象が回避されることが記載されている。 そして,参照文献269(甲24)には,前記2(4)のとおり,エオドロネート(EHDP)の投与及びクロドロネート(C2MDP)の投与により腎障害が現れたため,1日投与量が1gを越えない量でゆっくり投与し,腎機能をモニターすべきことが記載されているから,引用例3の上記記載は,エチドロネート及びクロドロネートを念頭に置いたものであることは明らかである。
・・・。
ウ 前記イの乙5~7の記載によれば,エチドロネート及びクロドロネートは,初期の臨床試験に用いられていた第一世代のビスホスホネートであり,至適投与方法が確立されていなかった初期の頃に,エチドロネートの短時間投与で腎障害による死亡例が報告されたことが発端となって,その後開発された種々のビスホスホネートに関しても緩徐な投与が推奨されることとなったものであるが,エチドロネートの100倍ないし1000倍の骨吸収抑制作用の薬効を有するパミドロン酸,インカドロン酸及びアレンドロン酸といった第二世代,第三世代のビスホスホネートは使用量が少量で足りることもあり,患者の利便性との兼ね合いで急速投与が検討され,パミドロン酸は1~1.5mg/分,インカドロン酸及びアレンドロン酸は10mg/30分の急速投与で安全性が確認されただけでなく,これら3つの製剤については逆に腎機能障害の改善効果の報告もあることが認められる。
このような本願優先日当時の第二世代及び第三世代のビスホスホネートの開発の経緯及び急速投与の実績からすれば,当業者としても,引用例3に記載された第一世代のビスホスホネートの急速投与による腎臓への有害事象に関する知見は,第三世代のビスホスホネートであるゾレドロン酸に直ちに当てはまるものではないと理解されるものと認められる。 そうすると,前記2(1)及び(2)のとおり,ゾレドロン酸はパミドロン酸よりも100ないし850倍も活性が高いビスホスホネートであって,インカドロン酸及びアレンドロン酸よりもさらに骨吸収抑制作用が高く少量投与で足りることも考慮すれば,患者の利便性や負担軽減の観点からも,引用例1及び2において安全性が確認されたゾレドロン酸4mgの5分間投与という投与時間を,更に延長する動機付けがあると認めることは困難である。
(4) 小括
以上のとおり,ゾレドロン酸の急速投与については,腎臓に対する安全性が課題の一つとされ,引用例2の第Ⅰ相臨床試験でも,その点の確認が行われ,第Ⅱ相試験(引用例1)を経た上で,さらにはそれに引き続く第Ⅲ相臨床試験において,腎臓に対する安全性の関係で異なる結果が生じることも可能性としては存在したが,引用例1及び2の第Ⅰ相臨床試験,第Ⅱ相臨床試験では,4mg5分間投与で腎臓に対する安全性に疑問を呈する結果は確認されていないこと,引用例3の記載も本願優先日当時,第三世代のビスホスホネートであるゾレドロン酸に直ちに当てはまるものではないと理解されることからすると,引用例1及び2において安全性が一応確認されたゾレドロン酸4mgの5分間投与という投与時間を更に延長し,これを15分間とする動機付けがあると認めることはできない。
したがって,本願発明は,引用発明に基づき,引用例2及び3を適用して容易に発明することができたとは認められないから,原告主張の取消事由1は理由がある。
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