<判決紹介>
平成25年(ワ)第4040号 特許権侵害行為差止請求事件■コメント
新薬vsジェネリックの侵害訴訟。 製法特許ってだけでもハードル高めなのに、さらに均等侵害が認められたっていうレアな事例です。 クレームの出発物質はシス体で、被告製法はトランス体でしたが、均等(均等の5要件を満たす)と判断されました。 あと、進歩性や記載要件も争点になっていますが、被告の主張は認められませんでした。 ☆☆☆☆・中外製薬のニュースリリース
オキサロール®軟膏に関する特許権侵害訴訟における第一審勝訴のお知らせ■抜粋
・平成25年(ワ)第4040号 特許権侵害行為差止請求事件
・平成26年12月24日判決言渡、東京地方裁判所民事第29部
・原告: 中外製薬株式会社
・被告: DKSHジャパン株式会社、岩城製薬株式会社、高田製薬株式会社、株式会社ポーラファルマ
・特許: 特許3310301
・訂正請求項13:
A-1 下記構造を有する化合物の製造方法であって:
A-2’ (式中,nは1であり;
A-3’ R1およびR2はメチルであり;
A-4’ WおよびXは各々独立に水素またはメチルであり;
A-5’ YはOであり;
A-6’ そしてZは,式:
のステロイド環構造,または式:
のビタミンD構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護または未保護の置換基および/または1以上の保護基を所望により有していてもよく,Zの構造の環はいずれも1以上の不飽和結合を所望により有していてもよい)
B-1 (a)下記構造:
(式中,W,X,YおよびZは上記定義の通りである)
を有する化合物を
B-2 塩基の存在下で下記構造:
(式中,n,R1およびR2は上記定義の通りであり,そしてEは脱離基である)
を有する化合物と反応させて,
B-3 下記構造:
を有するエポキシド化合物を製造すること;
C (b)そのエポキシド化合物を還元剤で処理して化合物を製造すること;および
D (c)かくして製造された化合物を回収すること;
E を含む方法。・概要
第4 当裁判所の判断
1 争点1(均等の第1要件)について
(1) 被告方法が訂正発明の構成要件A’,B-2,Dを充足すること,また,被告方法における出発物質A及び中間体Cが,シス体のビタミンD構造の化合物ではなく,その幾何異性体であるトランス体のビタミンD構造の化合物であるという点で,被告方法が訂正発明の構成要件B-1,B-3,Cを文言上充足しないことは,いずれも争いがない。
特許請求の範囲に記載された構成中に,相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。 )と異なる部分が存する場合であっても,①同部分が特許発明の本質的部分ではなく(第1要件),②同部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって(第2要件),③上記のように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(第3要件),④対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから当該出願時に容易に推考できたものではなく(第4要件),かつ,⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(第5要件)は,対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属する(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁[ボールスプライン事件]参照)。
・・・。
そして,訂正明細書(甲15)には,訂正発明の解決すべき課題,訂正発明の目的,訂正発明の効果につき明確な記載はなく,「下記構造……を有する化合物の製造方法は新規であり……多様な生理学的活性を有することができるビタミンD誘導体の合成に有用である。」(訂正明細書25頁)と記載されているにすぎないが,訂正明細書の「発明の背景」の記載(訂正明細書15~16頁)や実施例の記載(訂正明細書49~57頁)を総合すると,訂正発明は,従来技術に比して,マキサカルシトールを含む訂正発明の目的物質を製造する工程を短縮できるという効果を奏するものと認められる(なお,・・・)。
ここで,訂正発明が工程を短縮できるという効果を奏するために採用した課題解決手段を基礎付ける重要な部分(訂正発明の本質的部分)は,ビタミンD構造又はステロイド環構造を有する目的物質を得るために,かかる構造を有する出発物質に対して,構成要件B-2の試薬(本件試薬を含む。)を塩基の存在下で反応させてエポキシド化合物を製造し(第1段階の反応),同エポキシド化合物を還元剤で処理する(エポキシ環を開環する)(第2段階の反応)という2段階の反応を利用することにより,所望の側鎖(マキサカルシトールの側鎖)を導入するところにあると認めるのが相当である。
(3) 被告らは,出発物質がビタミンD構造の場合,シス体を用いることと構成要件B-2の試薬(本件試薬を含む。)を用いることの組合せが訂正発明の特徴であり,出発物質がシス体であることも,訂正発明の本質的部分である旨主張する。
そこで,シス体とトランス体の意義についてみると,以下のとおりである。
ビタミンD類の基本的な骨格として,側鎖を除いた,
という構造を共に有している。
この基本骨格には上部の二環から繋がる3つの二重結合があり,これを通常「トリエン」と呼ぶ。この「トリエン」は,二重結合部分では結合を軸として回転することができない。そのため,ビタミンD類には,このトリエン構造に由来する幾何異性体が下図に示すように2つ存在する。
この左側のトリエンの並び方のものを「シス体」(5Z)といい,右側の並び方のものを「トランス体」(5E)という。
ビタミンD構造の出発物質がシス体であっても,トランス体であっても,第1段階の反応で,出発物質の22位のOH基に塩基の存在下で本件試薬と反応させてエポキシド化合物を合成する下図のような反応
に変わりはなく,第2段階の反応で,エポキシ環を開環してマキサカルシトールの側鎖を導入する下図のような反応
にも変わりはない。
被告方法は,ビタミンD構造の出発物質に本件試薬を使用し,第1段階の反応と第2段階の反応という2段階の反応を利用している点において,訂正発明と課題解決手段の重要部分を共通にするものであり,出発物質及び中間体がシス体であるかトランス体であるかは,課題解決手段において重要な意味を持つものではない。
(4) 以上によれば,目的物質がビタミンD構造の場合において,出発物質及び中間体がシス体であるかトランス体であるかは,訂正発明の本質的部分でないというべきである。
したがって,被告方法は,均等の第1要件を充足する。
2 争点2(均等の第2要件)について
・・・。
(3) 被告らは,出発物質がトランス体である被告方法では,トランス体の物質Dをシス体に転換する工程 III が不可欠であり,その分だけ,シス体から出発する訂正発明の場合より工程数が多く,また,その結果,収率が低下することが不可避であるので,被告方法は,製造工程の短縮という訂正発明の効果を奏しない,と主張する。
しかし,被告方法の工程 III においてトランス体をシス体に転換する工程を加味しても,最終的な工程数は従来方法よりも改善されていると認められるから,被告方法が訂正発明と同一の作用効果を奏しないとはいえない。
・・・。
(4) 以上によれば,被告方法は,訂正発明と同一の作用効果を奏する。
したがって,被告方法は,均等の第2要件を充足する。
3 争点3(均等の第3要件)について
(1) 所望のビタミンD誘導体を製造するに際し,トランス体の化合物を出発物質として,適宜側鎖を導入し,シス体のビタミンD誘導体を得る方法は,本件優先日当時,既に当業者の知るところであった(甲14,乙1,2)。 そうすると,訂正発明を知る当業者は,被告方法実施時点において,訂正発明におけるビタミンD構造の出発物質をシス体からトランス体に置き換え,最終的にトランス体の物質Dをシス体に転換するという被告方法を容易に想到することができたものと認められる。
・・・。
したがって,被告方法は,均等の第3要件を充足する。
4 争点4(均等の第4要件)について
・・・。
(6) 以上によれば,被告方法は,被告ら主張の公知技術から容易に推考できたものとはいえない。
したがって,被告方法は,均等の第4要件を充足する。
5 争点5(均等の第5要件)について
(1) 被告らは,訂正発明のうち,出発物質がビタミンD構造の場合は,出発物質がシス体に意識的に限定されたものとみるべきである旨主張する。
(2) 訂正明細書(甲15)の特許請求の範囲の請求項13において,構成要件AのビタミンD構造を図示した箇所や,他の請求項においてビタミンD構造を図示した箇所には,シス体のビタミンD構造が図示されている(訂正明細書1~12頁)。
また,訂正明細書の発明の詳細な説明には,ビタミンD構造,訂正発明の出発物質,中間体又は目的物質を説明した箇所で,シス体のビタミンD構造が図示されている(訂正明細書17~19,21,22,24,27,32,34~38,43,45~48頁)。
しかし,訂正明細書には,「シス体」,「トランス体」,「5E」,「5Z」といった,シス体とトランス体の区別を明示する用語は使用されておらず,トランス体を用いる先行技術との相違によって,本件特許が登録されるに至ったような事情も見当たらない。
そうすると,訂正発明において,出発物質及び中間体がビタミンD構造の場合に,シス体に意識的に限定したとか,トランス体を意識的に除外したとまでは認められない。
・・・。
(3) 被告らは,明細書に他の構成の候補が開示され,出願人においてその構成を記載することが容易にできたにもかかわらず,あえて特許請求の範囲に特定の構成のみを記載した場合には,当該他の構成に均等論を適用することは,均等論の第5要件を欠くこととなり,許されないと解するべきであるところ(知財高裁平成24年9月26日判決・判時2172号106頁[医療用可視画像の生成方法事件]),①・・・,②目的物質であるマキサカルシトールは,シス体として医薬品の製造承認を受け,構造式においてもシス体であることが明記されている(乙5),③訂正発明の中間体のエポキシアルキシ部分の水素原子は立体異性の配置をとるところ,構成要件B-3はそれを表示するために,化学結合を波線で「 H」と記載し,Hの付け根の立体構造がR体とS体の立体異性体の双方を含むことを明示している,④訂正明細書には,SO2により保護されたビタミンD構造の例として左右2つの図が図示されており(訂正明細書28頁),これは単結合で回転した同一の化合物であるが,にもかかわらず右の図を記載したのは,SO2を脱離した後に生成するトランス体を意識したものである,等の点を指摘して,本件特許の出願人であるコロンビア大学及び原告(以下「出願人ら」という。)において,出発物質をシス体に意識的に限定したものである旨主張する。
・・・。
次に,上記②の点についてみると,目的物質がシス体であるからといって,出発物質もシス体でなければならないわけではなく,出願人らが出発物質を意識的に限定した根拠となるものではない。トランス体の出発物質からシス体の目的物質を得る方法は公知であったが(乙1,2,乙3の2,乙4の2),訂正明細書にそのような他の構成の候補が開示されていたわけではないから,出願人らにおいて出発物質にトランス体を記載しなかったからといって,出発物質をシス体に意識的に限定したとまではいえない。
対象製品等に係る構成が,特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたというには,出願人又は特許権者が,出願手続等において,対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に含まれないことを自認し,あるいは補正や訂正により当該構成を特許請求の範囲から除外するなど,対象製品等に係る構成を明確に認識し,これを特許請求の範囲から除外したと外形的に評価し得る行動がとられていることを要すると解すべきであり,特許出願当時の公知技術等に照らし,対象製品等に係る構成を容易に想到し得たにもかかわらず,そのような構成を特許請求の範囲に含めなかったというだけでは,対象製品等に係る構成を特許請求の範囲から意識的に除外したということはできないというべきである(知財高裁平成17年 第10047号同18年9月25日判決[椅子式エアーマッサージ機事件]参照)。
上記③の点についてみると,R体-S体の立体異性(鏡像異性)とシス体–トランス体の立体異性(幾何異性)とは性質が異なるものであるから,訂正明細書においてR体とS体の区別を前提とする記載があるからといって,出発物質をシス体に意識的に限定した根拠となるものではない。
上記④の点についてみると,被告らの指摘する図がトランス体を意識した記載であると認めるに足りる証拠はなく,SO2の付加により保護されたビタミンD構造について2種類の図(トランス体とシス体ではなく,同一の構造を回転させた図)を記載したからといって,出発物質をシス体に意識的に限定した根拠となるものではない。
(4) 以上によれば,本件において,出発物質をトランス体とする被告方法が本件特許の出願手続等において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情はない。
したがって,被告方法は,均等の第5要件を充足する。
判決文はこちらから
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