<判決紹介>
平成26年(行ケ)第10139号 審決取消請求事件(甲事件)
平成26年(行ケ)第10085号 審決取消請求事件(乙事件)
・平成27年4月13日判決言渡判決言渡、知的財産高等裁判所第3部
・甲事件原告: スキャンティボディーズ・ラボラトリー,インコーポレイテッド
・乙事件原告: DSファーマバイオメディカル株式会社
・被告: エフ.ホフマン–ラ ロシュ アーゲー
・特許: 特許4132677■コメント
1つの論文+周知技術に基づいて進歩性が否定された抗体特許の事例を紹介します。 無効審決維持。 引用された論文は明細書の背景技術に記載されていたもの。 審査段階では進歩性のOAなし。
主文、請求内容は下記の通り。
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主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,甲事件については甲事件原告の負担とし,乙事件については乙事件原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 請求(甲事件・乙事件共通)
特許庁が無効2012-800004号事件について平成26年2月25日にした審決中,「特許第4132677号の請求項1ないし26に係る発明についての特許を無効とする。」及び「審判費用は,被請求人の負担とする。」との部分を取り消す。
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本件特許の訂正請求項1は下記の通り。
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【請求項1】
ヒト完全型副甲状腺ホルモンをアッセイするためのキットであって,
a)Ser-Val-Ser-Glu-Ile-Gln-Leu-Met(配列番号4)からなるヒト完全型副甲状腺ホルモンの初期ペプチド配列に特異的な第1の抗体又は抗体断片であって,該初期ペプチド配列中のer-Val-Ser-Glu-Ile-Gln((1~6)PTH)と反応し,かつ(1~6)PTHのうちの少なくとも4つのアミノ酸を反応部位の一部とする,標識された第1の抗体又は抗体断片と,
b)前記ヒト完全型副甲状腺ホルモンのアミノ酸配列34から84(配列番号3)を認識する第2の抗体又は抗体断片と
を含み,阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片を検出することなく,生物学的サンプル中のヒト完全型副甲状腺ホルモン量を測定するキット。
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判決文と明細書をざっと読んだ感じでは、本件特許発明の趣旨をわかりやすくすると、以下のような感じになるのではないかと思います。
「完全長のPTHは、副甲状腺疾患の指標となる。通常、サンプル中には完全長のPTH以外に、非完全長のPTHが存在することが知られていた。公知のポリクローナル抗体を使うと、両方に反応してしまうため、完全長のPTHを特異的に検出できなかった。そこで、PTHの1~6位に結合する抗体を新たに作成し、使用したところ、完全長のPTHを特異的に検出できた(完全長のPTHに反応し、非完全長のPTHには反応しなかった)。」
甲8発明の内容と、一致点・相違点は以下の通り。
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・甲8発明
インタクトなヒト副甲状腺ホルモン(I-PTH)をアッセイするニコルス(NL),インクスター(IT)およびダイアグノスティックシステムラボラトリーズ(DSL)のアッセイキットであって,
a)125Iのシグナルで標識された抗アミノ末端シグナル抗体と
b)抗カルボキシ末端捕捉抗体
を含み,尿毒症患者試料中のインタクトなヒト副甲状腺ホルモン(I-PTH)濃度を測定するキット。
・一致点
ヒト副甲状腺ホルモンをアッセイするためのキットであって,
a)所定のN末端側配列に結合する標識された第1の抗体又は抗体断片と,
b)所定のカルボキシ末端側を認識する第2の抗体又は抗体断片と
を含み, 生物学的サンプル中のヒト副甲状腺ホルモン量を測定するキット。
・相違点
所定のN末端側配列に結合する第1の抗体等及びヒト副甲状腺ホルモンのアッセイするためのキットが,
訂正発明1では「a)Ser-Val-Ser-Glu-Ile-Gln-Leu-Met(配列番号4)からなるヒト完全型副甲状腺ホルモンの初期ペプチド配列に特異的な第1の抗体又は抗体断片であって,該初期ペプチド配列中のSer-Val-Ser-Glu-Ile-Gln((1~6)PTH)と反応し,かつ(1~6)PTHのうちの少なくとも4つのアミノ酸を反応部位の一部とする,標識された第1の抗体又は抗体断片」であり,当該第1の抗体等が「阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片を検出すること」がない,「ヒト完全型副甲状腺ホルモンのアッセイするためのキット」であるのに対して,
甲8発明は,「125Iのシグナルで標識された抗アミノ末端シグナル抗体」であり,阻害性の非(1~84)副甲状腺ホルモン断片を検出してしまい,厳密にはヒト完全型副甲状腺ホルモンをアッセイするためのキットとはいえない点。
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これだけをみると、かなり相違するように見えますが、甲8には、以下のように、N末端部位をターゲットとすることの重要性を示唆する内容が記載されていました。
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「我々はこれまでに,インタクト副甲状腺ホルモン(I-PTH)に対するニコルスアッセイが,非(1-84)分子型のPTHと反応することを証明した。この型は,カルボキシ末端断片として挙動するとともに,腎不全において蓄積し,測定される免疫反応性の40-60%に相当する。我々は,これがその他の市販用の2部位I-PTHアッセイに共通した事象であるかどうかを確かめることを望んだ。こうして我々は,3つの市販用キット[ニコルス(NL),インクスター(IT),及びダイアグノスティクシステムラボラトリーズ(DSL)]の能力,すなわち112名の腎不全患者においてI-PTHを測定する能力,及び10-100pmol/LのI-PTH濃度の尿毒症患者から得たプール血清のHPLCプロファイル上のhPTH(1-84)と非(1-84)PTHを検出する能力を比較した。非(1-84)PTHと関連している可能性がある断片である合成hPTH(7-84)の挙動についても,3つのアッセイにおいてhPTH(1-84)と比較された。112名の腎不全患者において3つのアッセイで測定されたI-PTH濃度は,高度に相関し(r2≧0.89,P<0.0001),NLで測定された値は,平均で,ITよりも23%高かった。DSLで測定した値は,ITよりも,40pmol/L未満および40pmol/Lより高い値に対して,それぞれ23%および56%高かった。3つのアッセイは,4つの異なるプロファイルにおいてhPTH(1-84)及び非(1-84)PTHに相当する2つのHPLCピークを検出した。この後者のピークは,NLの免疫反応性の36±8.4%,ITの24±5.5%,DSLの25±2.8%を示した(NLvsITorDSL:P<0.05)。これらの相違は,IT及びDSLのhPTH(7-84)に対する免疫反応性がhPTH(1-84)と比較して50%低いが,NLはそうではないことによることが確認された。これらの結果は,2部位I-PTHアッセイのほとんどは,非(1-84)PTH物質と交差反応することを示唆し,これは,骨病変の無い尿毒症患者において報告されている尿毒症のない被験者よりも2-2.5倍高いI-PTH濃度の半分について説明している。(805頁本文左欄1行~同頁本文右欄9行)」
「PTHの一番端のN末端部位に対する抗体が生成され得ないと考える明らかな理由は無いことから,「本当の」I-PTHアッセイの開発が相変わらず望ましいゴールである。(808頁本文右欄13行~16行)」
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うーん、なかなか厳しい内容が書かれています。特に最後の方。
原告は、明細書に「拮抗物質または阻害物質」という記載があることから拮抗物質と阻害物質は別の概念として記載されており、阻害性は「インバースアゴニスト」を意味しているのだから、審決の用語の解釈に誤りがあるという点を主張しました。
しかし、言い換えとして併記されていると判断され、主張は認められませんでした。
その他、甲8の課題認定の誤りや、本件特許発明の効果が予想外であることも主張しましたが、いずれも認められませんでした。
ただ、判決文を見る限りでは、PTHの1~6位に結合するモノクローナル抗体のデータは先行文献には出てきていないようです(請求項1にモノクローナルの文言はありませんが、実質的にモノクローナルとして解釈できるかと思います)。また、本件特許の実施例のように短いペプチド抗原で免疫して得られたモノクローナル抗体の場合、他の蛋白質にも反応してしまいそうな気もしますし、結構ぎりぎりのとろころで無効になったんじゃないかなという印象です。
・参考
判決文
エクルーシス試薬whole-PTHの添付文書
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