<判決紹介>
・平成29年(ワ)第16468号 特許権侵害差止請求事件
・平成31年1月17日判決言渡
・東京地方裁判所民事第46部 柴田義明 安岡美香子 大下良仁
・原告:アムジエン・インコーポレーテツド
・被告:サノフィ株式会社
・特許5705288、特許5906333
・発明の名称:プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質
少し前の判決ですが、抗PCSK9抗体特許の侵害訴訟の紹介です。
講演資料のネタ集めのために読み直したので、ついでにブログにも上げておきます。抗PCSK9抗体を有効成分とする抗体医薬として、原告アムジェンはレパーサ(エボロクマブ)を販売しており、被告サノフィはプラルエント(アリロクマブ)を販売しています。本訴訟は、原告アムジェンが、プラルエント(アリロクマブ)の生産、販売等が特許5705288、特許5906333の特許権を侵害する旨を主張して、生産等の差止め及び廃棄を求めた事案です。
2つの特許の請求項は以下の通り。●特許5623681(満了:2028/08/22)
【請求項1】(本件訂正発明1-1)
1A PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,
1B’ PCSK9との結合に関して,配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する,
1C 単離されたモノクローナル抗体。●特許5705288(満了:2028/08/22)
【請求項1】(本件訂正発明2-1)
2A PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,
2B’ PCSK9との結合に関して,配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する,
2C 単離されたモノクローナル抗体。争点は、技術的範囲、サポート要件、実施可能要件、進歩性です。
みどころは、競合特許のサポート要件、実施可能要件が認められるのか、というところです。
裁判所の判断は以下の通りです。 ●判決----------------------------------------------------------------------------------------
第3 当裁判所の判断
・・・
被告は,本件各明細書の記載から当業者が実施可能な範囲は,本件各明細書にアミノ酸配列が記載された具体的な抗体(本件発明1及び本件訂正発明1について別紙表Aの各抗体,本件発明2及び本件訂正発明2について別紙表Bの各抗体)又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限られると主張する。そして,本件各発明の技術的範囲に含まれる抗体又は医薬組成物は,上記抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体又はそれを含む医薬組成物に限定されるところ,被告モノクローナル抗体のアミノ酸配列は,上記各抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列とは全く異なるものであるから,被告モノクローナル抗体及び被告製品はいずれも本件各発明の技術的範囲に属しないと主張する。
本件各明細書には,21B12参照抗体や31H4参照抗体及びこれらの参照抗体と競合するPCSK9-LDLR結合中和抗体並びにその取得方法等について,以下の記載がある。
・・・(3) 前記(2)のとおり,本件各明細書には,本件参照抗体と競合する,PCSK9-LDLR結合中和抗体を同定,取得するための,免疫プログラムの手順及びスケジュールに従った免疫化マウスの作製方法,ハイブリドーマの作製方法,スクリーニング方法及びエピトープビニングアッセイの方法等が記載されている。そして,当該方法によれば,本件各明細書で具体的に開示された以外の本件参照抗体と競合する抗体も得ることができるといえる。
そうすると,本件各明細書の記載から当業者が実施可能な範囲が,本件各明細書記載の具体的な抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限られるとはいえない。したがって,本件各明細書の記載から当業者が実施可能な範囲が本権各明細書記載の具体的な抗体又は当該抗体に対して特定のアミノ酸の1もしくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限られることを前提として,本件各発明の技術的範囲が本件各明細書記載の具体的な抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限定されるとの被告の主張は採用することができない。また,被告は,①本件各明細書では,本件参照抗体と競合する抗体であれば,PCSK9とLDLRの結合を中和することができるという技術思想を読み取ることはできない,②本件各明細書の実施例に記載された3グループないし2グループの抗体のみによって,本件参照抗体と競合する膨大な数の抗体全てがPCSK9-LDLR結合中和抗体であるとはいえず,本件各明細書には,本件参照抗体と競合する膨大な数の抗体がPCSK9-LDLR結合中和抗体であることの根拠は全く示されていないと主張する。
しかしながら,前記のとおり,本件各明細書には,本件参照抗体がPCSK9-LDLR結合中和抗体であること,本件参照抗体がPCSK9に結合するエピトープと同じエピトープに結合する抗体,又は,本件参照抗体とPCSK9との結合を立体的に妨害するような上記エピトープに隣接するエピトープに結合する抗体である,本件参照抗体と競合する抗体は,本件参照抗体と類似した機能的特性を有すると予想されることが記載されている。そして,前記のとおりのスクリーニング等によって得られた本件各明細書の表2記載の30の抗体(21B12参照抗体と31H4参照抗体を除く。)のうち,24の抗体はPCSK9-LDLR結合中和抗体であり,かつ,本件参照抗体と競合する抗体であること,表37.1.のビン1(21B12参照抗体と競合し,31H4参照抗体と競合しない抗体)に属する19の抗体のうち16個,ビン2(21B12参照抗体とも,31H4参照抗体とも競合する抗体)に属する抗体のうち2個及びビン3(31H4参照抗体と競合し,21B12参照抗体と競合しない抗体)に属する10の抗体のうちの7個は,表2に記載された抗体であり,これら16個と2個と7個の抗体のうち,27B2抗体並びに21B12参照抗体及び31H4参照抗体を除く少なくとも20個はPCSK9-LDLR結合中和抗体であることが記載されている。そうすると,本件各明細書には,特定のスクリーニング等を経て得られた抗体のうち,本件参照抗体と競合する複数の抗体がPCSK9-LDLR結合中和抗体であることが示されているといえる。なお,この点に関係し,被告は,本件参照抗体と競合する膨大な数の抗体がPCSK9-LDLR結合中和抗体であることの根拠は全く示されていないと主張するが,本件各明細書に記載された抗体以外に,本件参照抗体と競合するがPCSK9-LDLR結合中和抗体ではない具体的な抗体が示されているものではなく,また,本件参照抗体と競合する抗体中,PCSK9-LDLR結合中和抗体でないものの割合が大きいことも明らかではない。
さらに,被告は,本件参照抗体と競合する抗体は,PCSK9-LDLR結合中和抗体であるとは限らないとも主張する。しかし,本件各発明は,PCSK9-LDLR結合中和抗体であることを構成要件とするものであるから(構成要件1A,2A),上記のような例外的な抗体は本件各発明の技術的範囲に含まれない。証拠(甲5,7の1,2,甲8~10)及び弁論の全趣旨によれば,本件各発明について,被告が主張する限定的な解釈を採らない限り,被告モノクローナル抗体は,本件発明1-1及び本件発明2-1の各構成要件を全て充足し,被告製品は,本件発明1-2及び本件発明2-2の各構成要件を全て充足すると認められるから,被告モノクローナル抗体は,本件発明1-1及び本件発明2-1の技術的範囲に属し,被告製品は,本件発明1-2及び本件発明2-2の技術的範囲に属すると認められる。なお,被告モノクローナル抗体は,本件訂正発明1-1及び本件訂正発明2-1の技術的範囲にも属し,被告製品は,本件訂正発明1-2及び本件訂正発明2-2の技術的範囲にも属すると認められる。3 争点(2)-ア(サポート要件違反)について
前記2のとおり,本件各明細書の記載から,当業者は,本件各明細書の記載のスクリーニング方法等を用いることによって,本件各明細書で開示された抗体以外にも,本件参照抗体と競合し,PCSK9とLDLRとの結合を中和する様々なPCSK9-LDLR結合中和抗体を得ることができると認識することができる。
また,本件各明細書の高コレステロール血症などの上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し,又は予防し,疾患のリスクを低減することができるので,治療的に有用であり得ることの記載(段落【0155】【0270】【0271】【0276】)から,当業者は,本件発明1-1,本件発明2-1の各抗体を医薬組成物として使用できることを認識することができる。したがって,本件発明1及び2は,いずれもサポート要件に違反するとはいえず,また,本件訂正発明1及び2がいずれもサポート要件に違反するとはいえない。4 争点(2) -イ(実施可能要件違反)について
前記2のとおり,本件各明細書の記載から,当業者は,本件各明細書の記載のスクリーニング方法等を用いることによって,本件各発明の抗体及び医薬組成物を作製し,使用することができるものと認められるから,本件各明細書は,15当業者が本件各発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえ,本件発明1及び2は,いずれも実施可能要件に違反するとはいえず,また,本件訂正発明1及び2がいずれも実施可能要件に違反するとはいえない。5 争点(2)-ウ(乙1文献記載の発明に基づく進歩性欠如)について
(1) 乙1文献には,以下の記載がある。
・・・本件発明1-1と乙1文献に記載された発明とを対比すると,①本件発明1-1はPCSK9-LDLR結合中和抗体であるのに対し,乙1文献に記載された発明はPCSK9-LDLR結合中和抗体であるかどうか明らかでない点(以下「相違点①-1」という。),②本件発明1-1は21B12参照抗体と競合する抗体であるのに対し,乙1文献に記載された発明は21B12参照抗体と競合するかどうか明らかでない点(以下「相違点②-1」という。),③本件発明1-1は単離されたモノクローナル抗体であるのに対し,乙1文献に記載された発明はモノクローナル抗体であるかどうか明らかではない点(以下「相違点③-1」という。)で相違するといえる。本件発明1-2,本件訂正発明1-1及び本件訂正発明1-2と乙1文献に記載された発明も,相違点①-1,②-1,③-1で相違する。
・・・相違点②-1について,本件発明1-1は,アミノ酸配列で特定されたPCSK9-LDLR結合中和抗体である21B12参照抗体について,それとPCSK9との結合において競合する抗体が21B12参照抗体と類似の機能的特性を示すと予想され,前記のとおり,一定の抗体に対するエピトープビニングをして,21B12参照抗体と競合することを要件(構成要件1B)としたものである。そして,乙1文献に記載された発明において,アミノ酸配列で特定された21B12参照抗体についての具体的な記載はないし,同抗体に着目する示唆もない。証拠(乙15ないし19)及び弁論の全趣旨によれば,本件優先日当時,動物免疫法又はファージディスプレイ法により,抗原に対して特異的に結合するモノクローナル抗体を作製する方法,その作製工程において,ヒト抗体を作製するための遺伝子導入マウスの使用,抗体のスクリーニングのために抗原をビオチン化により固相化する方法,ファージディスプレイライブラリを得る手段等は周知であったことが認められる。しかし,本件明細書1には,特定のプロトコールのスクリーニングを組み合わせて実施した結果として,21B12参照抗体が得られたことが記載されていて(段落【0312】~【0314】【0320】【0322】~【0336】【0377】~【0379】),それは上記周知技術とは異なるものであり,上記周知技術に基づいて,本件優先日当時,当業者が,アミノ酸配列が特定された21B12参照抗体を容易に得ることができたことを認めるには足りない。これらによれば,当業者は,具体的な21B12参照抗体を容易に得ることができたことも,21B12参照抗体に着目してそれと競合する抗体に着目したことも認められず,構成要件1Bに係る相違点である相違点②-1に容易に想到することができたとは認められない。
・・・(5) 上記に対し,被告は,本件各明細書によれば,本件参照抗体と競合するか否かを何ら指標とすることなく,PCSK9-LDLR結合中和抗体を複数作製したところ,そのような抗体の多くが本件参照抗体と競合するものであったこと,A教授が供述書(乙4)で指摘するとおり,PCSK9-LDLR結合中和抗体を取得した場合,その中には本件参照抗体と競合する抗体が多く含まれており,少なくとも所定の割合で含まれているから,当業者は,何らかのPCSK9-LDLR結合中和抗体をいくつか作製するだけで,本件参照抗体と競合する結合中和抗体を取得し得たこと,本件参照抗体と競合する抗体がPCSK9-LDLR結合中和抗体であることは限らないことから,21B12参照抗体又は31H4抗体と競合するとの発明特定事項は本件各発明に進歩性を付与するものではないことを主張する。
本件各明細書には,PCSK9-LDLR結合中和抗体を同定,取得するための,免疫プログラムの手順及びスケジュールに従った免疫化マウスの作製方法,ハイブリドーマの作製方法,スクリーニング方法及びエピトープビニングアッセイの方法等が記載された上で,その具体的な方法等に従って抗体を作製して,PCSK9-LDLR結合中和抗体を作製したことや,その抗体に,本件参照抗体と競合する抗体が多く見られたことが記載されている。しかし,その方法は本件各明細書に記載されているものであり,前記 の周知技術そのものではなく,本件優先日当時,当業者が,本件各明細書に記載されているのと同様の方法を用いて本件各明細書に記載されているPCSK9-LDLR結合中和抗体を作製することができたことを認めるに足りる証拠はない。また,前記のとおり,本件優先日当時,当業者が本件参照抗体を容易に作製することができたとも認められない。被告が指摘する本件各明細書の記載をもって,本件参照抗体と競合するとの発明特定事項が本件各発明に進歩性を付与するものではないと認めることはできない。
また,A教授の供述書(乙4)は,競合に関して実証的なデータが示されているものではないほか,前記のとおり,本件優先日当時,本件参照抗体を容易に作製することができたとは認められないことなど前記の事情に照らせば,同供述書に記載された事項によって,本件参照抗体と競合するとの発明特定事項は本件各発明に進歩性を付与するものではないとは認められない。
更に,本件参照抗体と競合する抗体中,PCSK9-LDLR結合中和抗体でないものの割合が大きいことも明らかではない。
したがって,被告の主張は採用することができない。(6)以上によれば,本件発明1及び2は,いずれも乙1文献及び周知技術に基づいて,容易に想到することができたとはいえず,進歩性を欠くとはいえない。なお,本件訂正発明1及び2も,いずれも乙1文献及び周知技術に基づいて容易に想到することができたとはいえず,進歩性を欠くとはいえない。7 結論
よって,原告の請求は主文第1項ないし第3項の限度で理由があるからこれらを認容し,原告のその余の請求は理由がないから棄却することとし,主文第1項ないし第3項について仮執行宣言を付すのは相当でないからこれを付さないこととし,民事訴訟法61条,64条ただし書を適用して訴訟費用は被告に全部負担させることとして,主文のとおり判決する。------------------------------------------------------------------------------------------というわけで、東京地裁の結論は侵害で、本件特許はサポート要件、実施可能要件を満たすと判断されました。
この2件の特許は、別途、無効審判と審取訴訟があります。いずれも特許は有効と判断されました。・特許5705288
2017.08.02:無効審判・審決(有効)
2018.12.27:知財高裁・判決(有効)→平成29年(行ケ)第10225号 審決取消請求事件・特許5906333
2017.08.02:無効審判・審決(有効)
2018.12.27:知財高裁・判決(有効)→平成29年(行ケ)第10226号 審決取消請求事件サポート要件に関して、上記侵害訴訟の判決はあっさりしていますが、「平成29年(行ケ)第10225号 審決取消請求事件」の方ではもう少し詳しく述べられています。
以下のとおり。 ----------------------------------------------------------------------------------------
第4 当裁判所の判断
・・・
3 取消事由2(サポート要件の判断の誤り)について
(1) サポート要件の適合性について
・・・
そして,本件明細書記載の表37.1には,本件明細書の記載に従って作製された免疫化マウスを使用してハイブリドーマを作製し,スクリーニングによってPCSK9に結合する抗体を産生する2441の安定なハイブリドーマが確立され(【0329】),そのうちの一部(合計39抗体)について,エピトープビニングをした結果,31H4抗体(参照抗体)と競合するが,21B12抗体と競合しないもの(ビン3)が10個含まれ,そのうち7個は,中和抗体であることを確認されたこと(【0138】,表2)が示されていることに照らすと,甲1に接した当業者は,上記2441の安定なハイブリドーマから得られる残りの抗体についても,同様のエピトープビニングアッセイを行えば,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得られるものと認識できるものと認められる。
さらに,当業者は,本件明細書記載の免疫プログラムの手順及びスケジュールに従った免疫化マウスの作製及び選択,選択された免疫化マウスを使用したハイブリドーマの作製,本件明細書記載のPCSK9とLDLRとの結合相互作用を強く遮断する抗体を同定するためのスクリーニング及びエピトープビニングアッセイ(前記ア(ウ)及び(エ))を最初から繰り返し行うことによって,本件明細書に記載された参照抗体と競合する中和抗体以外にも,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する様々な中和抗体を得られるものと認識できるものと認められる。以上によれば,本件訂正発明1(請求項1)は,サポート要件に適合するものと認められる。
また,前記ア(イ)のとおり,本件明細書には,高コレステロール血症などの上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し,又は予防し,疾患のリスクを低減することができるので,治療的に有用であり得ることの記載があることに照らすと,当業者は,本件明細書の記載から,本件訂正発明1の抗体を医薬組成物として使用できることを認識できるものと認められる。
したがって,本件訂正発明5(請求項5)は,サポート要件に適合するものと認められる。(2)原告の主張について
ア 原告は,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)は,抗体の構造を特定することなく,機能ないし特性(「結合中和」及び「参照抗体との競合」)のみによって定義された発明であるため,文言上ありとあらゆる構造の膨大な数ないし種類の抗体を含むものであるが,本件明細書に記載された具体的抗体はわずか2グループないし2種類の抗体しかなく,また,参照抗体と「競合する」抗体であれば,PCSK9とLDLRとが結合中和するとはいえず,参照抗体と「競合する」抗体であることは,「結合中和」の指標にはならないから,本件明細書に記載されていないありとあらゆる構造の抗体についてまでも,本件明細書の記載から,PCSK9とLDLRとの結合中和抗体の提供という本件訂正発明1の課題を解決できると認識し得るものではないとして,本件訂正発明1及び5はサポート要件に適合しない旨主張する。しかしながら,動物免疫法によるモノクローナル抗体の作製プロセスでは,動物の体内で特定の抗原に特異的に反応する抗体が産生され,その免疫化動物を使用して作製したハイブリドーマをスクリーニングし,特定の結合特性を有する抗体を同定する過程において,アミノ酸配列が特定されていくことは技術常識であるから,特定の結合特性を有する抗体を得るために,その抗体の構造(アミノ酸配列)をあらかじめ特定することが必須であるとは認められない。
そして,本件訂正発明1(請求項1)は,「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」,かつ,「PCSK9との結合に関して」,参照抗体(31H4抗体)と「競合する」ことを発明特定事項とするものであり,前記(1)イのとおり,当業者は,抗体のアミノ酸配列を参照しなくとも,本件明細書の記載から,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得られるものと認識できるものと認められる。
また,参照抗体と「競合する」抗体であれば,PCSK9とLDLRとの結合を中和するものといえないとしても,本件訂正発明1は「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」る抗体であることを発明特定事項とするものであるから,そのことは,上記認定を左右するものではない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。イ 原告は,本件訂正発明1のように,物(抗体)の具体的な構造が特許請求の範囲において特定されておらず,その物が機能的にのみ定義され,スクリーニング方法によって特定された物の発明である場合には,機能的な定義やスクリーニング方法の特定は,サポート要件を基礎付けることにはならないし,このような請求項の記載形式を認めることは,特許法の目的である産業の発達を阻害し,特許制度の趣旨に反する事態が生じる旨主張する。しかしながら,前記アのとおり,特定の結合特性を有する抗体を得るために,その抗体の構造(アミノ酸配列)をあらかじめ特定することが必須であるとはいえず,当業者は,抗体のアミノ酸配列を参照しなくとも,本件明細書の記載から,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得られるものと認識できるものと認められる。
また,本件訂正発明1の請求項の記載形式によって,原告が述べるような特許法の目的である産業の発達を阻害し,特許制度の趣旨に反する事態を招くということもできない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。(3)小括
以上によれば,本件訂正発明1及び5がサポート要件に適合するとした本件審決の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由2は理由がない。
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