■コメント: 「被験者数が1人と少ない」等の理由から引例は「技術的裏付けを欠いた単純な文言」だと主張したが認められなかった。 また、引例において「優先日当時、目的とする効果は実際には得られなかったとの認識が支配」していたと主張したが、本願明細書に従来技術として記載していた内容と矛盾しており、その点が指摘された。 ☆
■平成23年9月8日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成22年(行ケ)第10296号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成23年8月25日
判決
原告 フィット-イムンゲゼルシャフトミットベシュレンクテルハフツング
同訴訟代理人弁護士上谷清 永井紀昭 仁田陸郎 萩尾保繁 山口健司 薄葉健司 石神恒太郎 瀧村美和子 同弁理士古賀哲次 永坂友康 福本積 渡邉陽一 北谷賢次 同訴訟復代理人弁理士胡田尚則
被告 特許庁長官
同指定代理人上條のぶよ 内田淳子 須藤康洋 板谷玲子
◆主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
◆第1 請求 特許庁が不服2006-11063号事件について平成22年5月6日にした審決を取り消す。
◆第2 事案の概要 本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,特許請求の範囲(請求項1)
の記載を下記2とする原告の本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
▼1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,平成12年8月28日,発明の名称を「ペトロラタムを基にした鼻用軟膏」とする発明について,特許出願(特願2000-257825。パリ条約による優先権主張:平成12年(2000年)5月31日,ドイツ)をした(甲1)。
(2) 原告は,平成18年1月19日付けで手続補正書(以下,この補正を「本件補正」という。甲4)を提出した。
(3) 特許庁は,同年2月21日付で拒絶査定をした。
(4) 原告は,同年5月29日,これに対する不服の審判を請求し(不服2006-11063号事件),特許庁は,平成22年5月6日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その謄本は同月18日,原告に送達された。
▼2 本 願発明の要旨 本件審決が対象とした,本件補正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,以下のとおりである。以下,請求項1に記載された発明を「本願発明」という。また, 本件出願に係る本件補正後の明細書(特許請求の範囲につき甲4,その余につき甲1)を「本願明細書」という。
DIN51 562法による8mm 2 /秒(100℃)以上の粘度を有することを特徴とする飽和炭化水素の少なくとも1つの混合物及び任意な追加の少なくとも1つの処置用添加剤から成る,吸入アレルギー性反応の予防のための鼻用軟膏
▼3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,要するに,本願発明は,下記引用例に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
引用例:西ドイツ特許第4117887号明細書(平成3年(1991年)12月12日公開。甲2)
(2) なお,本件審決は,その判断の前提として,引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。),本願発明と引用発明との一致点及び相違点を,以下のとおり認定した。
ア 引用発明:室温においてゲル状の,基本的に飽和炭化水素からなる公知の混合物から成る吸入アレルギー性反応の予防のための鼻用軟膏
イ 一致点:飽和炭化水素の少なくとも1つの混合物から成る,吸入アレルギー性反応の予防のための鼻用軟膏
ウ 相違点1:飽和炭化水素の少なくとも1つの混合物が,本願発明は,DIN51 562法による8mm 2 /秒(100℃)以上の粘度を有するものであるのに対し,引用発明は,室温においてゲル状の公知のものであるとする点
エ 相違点2:本願発明は,任意な追加の少なくとも1つの処置用添加剤を含有するのに対し,引用発明は,処置用添加剤を含有しない点
▼4 取消事由 本願発明の容易想到性の判断の誤り
(1) 引用発明の認定の誤り(取消事由1)
(2) 相違点1に係る容易想到性の判断の誤り(取消事由2)
(3) 顕著な作用効果の看過(取消事由3)
◆第3 当事者の主張
▼1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 引用例の記載
ア 引用例には,実施例として,「花粉アレルギー(白樺の花粉)」には,黄色ワセリン(天然ワセリン,ドイツの商業製品)を使用した結果,アレルギー反応が生じなかったことの記載がある。しかし,被験者数が1人と少ない上,プラセボ対照試験が行われていないことから,上記記載は,引用例に記載された発明が実際にアレルギー性反応予防効果を有することの証拠とはなり得ない。
また,「犬の毛のアレルギー」には,柔らかいパラフィンにより,アレルギー性反応が抑制できたことの記載がある。しかし,単に被験者の主観的な感想が述べられているにすぎず,客観的にアレルギー性反応の予防効果が裏付けられているとはいえない。
さらに,「花粉アレルギー(植物花粉)」には,DIN51 562法による6mm 2 /秒(100℃)の粘度を有する白色ワセリンを使用した場合,12時間以上の効果が上がったことの記載がある。しかし,引用例の軟膏の使用とアレルギー性反応予防効果との関連性を客観的に明らかにしていない。
よって,引用例では「アレルギー性反応を予防する効果の発生」が技術的に裏付けられていない。
イ また,実施例2の試験は,白色ワセリンの粘度について言及しているが,粘度は複数の物性のうちの1つとして列記されているにすぎず,この試験は,軟膏の 特定の粘度がアレルギー性反応の予防効果に及ぼす影響を確認することを目的とするものでないことは明らかである。
ウ 引用例に接した優先日当時の当業者は,引用例に記載された,技術的裏付けを欠いた単純な文言のとおりに,アレルギー性反応を予防できる技術が開示されていたとの認識を抱くことはあり得ない。
(2) 優先日当時の当業者の技術常識
ア ドイツアレルギー学・臨床免疫学会は,ワセリンによってアレルギー性反応の予防を図ることは誤っていること,引用例の実施品であるSIMAROline
(甲29)の有効性の根拠はなく,むしろ身体に害を与える危険があることなどを指摘している(甲39)。
また,SIMAROlineの有効性の根拠はなく,むしろ身体に危害を及ぼすおそれがあること,引用例の記載に科学的な意味がないことなどが指摘されている(甲38)。
このように,SIMAROlineの有効性に根拠はなく,むしろ身体に危害を及ぼすことが当業界では強く懸念されていた(甲29)。
甲18も,当業者が,優先日当時,引用発明に相当するSIMAROlineは,アレルギー性鼻炎に対して実際に無効であり,患者に危険であると考えていたことを示すものにほかならない。
イ 以上のとおり,引用例の鼻用軟膏に対しては,優先日当時,医学やアレルギーの専門家などから,アレルギー性反応の予防効果はないなどの意見が多数表明されており,身体に危害を加えるおそれすらあることがたびたび指摘される状況にあった。これらの状況から,当業者の間では,優先日当時,引用例に開示される技術によって,その目的とする効果は実際には得られなかったとの認識が支配し,いわば技術常識となっていた。
(3) 小括 以上のとおり,優先日当時においては,引用例の記載をもって,アレルギー性反 応を予防できる技術の開示があったといえないことは明らかである。よって,本件審決の引用発明の認定は誤りである。
〔被告の主張〕
(1) 引用例の記載
ア 当業者であれば,引用例の記載から,「室温においてゲル状の,基本的に飽和炭化水素からなる公知の混合物」による吸入アレルギー性反応の予防効果を十分把握できることは明らかである。
イ 原 告は,引用例ではアレルギー性反応を予防する効果の発生が技術的に裏付けられていないと主張する。しかしながら,引用例の試験例1ないし3には,具体的な 試験結果が記載されており,塗布した範囲にバリアを形成するという作用機序によりアレルギー性反応を抑制する効果を理解することができる。
ウ さらに,本願明細書には,引用発明が種々の利点を有することを前提として本願発明のアレルギー性反応予防効果が説明されており,引用発明は,技術的に根拠のないものとして扱われていない。
また,引用例において,具体例として試験例1ないし3が記載されていることに比べて,本 願明細書には,本願発明の効果を裏付ける試験結果が具体的に記載されておらず,原告は,意見書においても,本願発明の鼻用軟膏は,ワセリンをベースとした 「機械的なバリア機能」に基づくものであるから,薬理学的データがなくても,本願発明における吸入アレルギー性反応の予防効果は本願明細書の記載から明確 である旨の主張をした。しかるに,本願発明と引用発明のアレルギー性反応の予防作用は,いずれも飽和炭化水素混合物の「バリア機能」に基づくもの である。具体的な試験結果が記載されていない本願明細書と異なり,引用例には試験例1ないし3により作用効果が具体的に記載されていることに照らしても, 引用発明の吸入アレルギー性反応の予防効果が技術的に裏付けられていないとする理由はない。
(2) 優先日当時の当業者の技術常識
ア SIMAROlineが引用例の実施品であるかは明らかでない。また,引 用例に開示された鼻用軟膏は,SIMAROlineのように粘度6mm 2 /秒
(100℃)のものに限られるものではなく,それよりも高粘度の性状を有する一般のワセリンも適用対象となり得るものである。
そうすると,引用例の公表後に,たとえSIMAROlineの有効性に疑義があったとしても,引用例に開示された技術的意義が否定されることにはならない。
イ 甲39,38,29及び18の記載についても,SIMAROlineに吸入アレルギー反応の予防効果がなく有害であることを具体的に裏付けるものではな い。また,これらに記載された内容から,優先日当時,引用例の鼻用軟膏の有効性が否定されていたことが当業者の技術常識であるということもできない。
▼2 取消事由2(相違点1に係る容易想到性の判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 動機付け及び粘度について
ア 本 願発明の特徴的部分 本願発明の本質的な特徴部分は,飽和炭化水素を含む公知の混合物のパラメータのうち「粘度」に着目し,「粘度」を「8mm 2 /秒(100℃)以上」とする構成を採用することによって,粘度の持つ「特定の物理的特性」を介して,真に,アレルギー性反応を予防し得る効果を奏したと ころにある(【0010】【0011】【0014】)。
す なわち,引用発明が,アレルギー性反応の予防に効果がなく,身体への危険性があることが当業界で常識化していた状況にもかかわらず,本願発明の発明者は, 飽和炭化水素を含む公知の混合物の粘度を調整することによって,その物理的特性を介して,真にアレルギー性反応の予防効果を生じさせてみようという独自の 技術思想を抱き,かかる技術思想の下,初めて,飽和炭化水素を含む公知の混合物の「粘度」を高粘度(8mm 2 /秒以上,特に好ましくは8.5~15mm 2 /秒)
に調整してみた結果,「特定の物理的特性」を介して,鼻の粘膜に浸透することなく,保護膜として同じ場所に残り,アレルゲン担体に対して機械的バリアを産生す る方法により,真にアレルギー性反応を予防することに成功したのである。
イ 動機付け 引用例の実施例1及び3には,「粘度」に関する記載は一切ない。ま た,実施例2についても,粘度を調整して,アレルギー性反応予防効果を確認する目的がないことは明らかで,粘度は「6mm 2 /秒(100℃)」であって,本願発明の8mm 2 /秒以上(100℃)の開示や示唆は一切ない。また,引用例全体をみても,本願発明の特徴的部分に到達するために試みをしたはずであるという示唆等は,一 切ない。よって,引用例の記載から本願発明に想到する動機付けはない。
ウ 汎 用されているワセリンの粘度範囲との関係 また,本願発明の特徴的部分は,飽和炭化水素を含む公知の混合物のパラメータのうち「粘度」に着目し,「粘度」を「8mm 2 /秒(100℃)以上」とする構成を採用することによって,粘度の持つ「特定の物理的特性」を介して,真に,アレルギー性反応を予防し得る効果をもたらそ うとするものである。かかる知見がない場合において,市販されるワセリンの中に,本願発明の規定する粘度に合致するものがたまたまあるということのみで は,引用例から本願発明に容易に想到できるとはいえない。飽和炭化水素化合物の粘度に着目した知見は,本願発明に特徴的な新規な点であり,引用例には,粘 度を調整することによってアレルギー性反応を予防する試みをしたはずであるという示唆等は一切ない。本件審決の判断は,現時点から振り返ったまさに後知恵 にすぎず,事後分析的な判断手法を採用しない限り,当業者が,引用例から出発して,本願発明の前記特徴点には到達し得ない。
(2) 阻 害要因について 前記1のとおり,優先日当時の当業者の技術常識は,ワセリンを代表とする飽和炭化水素を使って,アレルギー性反応を予防する技術に有効性は認められず,む しろ,身体に危険があるというものであった。当業者が,引用発明から出発し,本願発明の前記特徴点に到達するには,かかる優先日当時の当業者の技術常識が 阻害要因となっていたことは明らかである。
(3) 商 業的成功について 引用発明の実施品であるSIMAROlineは,専門家からその有効性などを厳しく批判されて,ドイツで販売中止に追い込まれたが,本願発明の実施品であ る株式会社フマキラー社製の「花粉鼻でブロック」シリーズは,著しい商業的成功を収めている(甲30)。
(4) 国際的ハーモナイゼーションについて 本願発明に対応する欧州出願は特許され,国際的ハーモナイゼーションの観点からも本願発明は特許されるべきである。
(5) 小括 以上のとおり,本件審決の相違点1に関する容易想到性の判断には明らかな誤りがある。
〔被告の主張〕
(1) 動機付け及び粘度について
ア 引 用発明の「室温においてゲル状,基本的に飽和炭化水素からなる公知の混合物」には,「薬学的・化粧品的に『ワセリン』と定義される炭化水素混合物」が用い られる。この「ワセリン」は,石油から得られるロウである「ペトロラタム」のうち,精製されて無色又は黄色になった炭化水素混合物の1種であって,医薬品 の軟膏基材として汎用されている(乙1,2)。医薬品製剤に用いられるワセリンの粘度は,DIN51 562(100℃)による8mm 2 /秒以上の範囲にあるから,引用発明の「室温においてゲル状の,基本的に飽和炭化水素からなる公知の混合物」として使用される上記の「薬学的・化粧品的に『ワセリン』と定義される炭化水素混合物」には8mm 2 /秒以上のものが包含されることは明らかである(甲41)。
引用例の記載全体からすれば,引用発明の目的・効果は,基本的に「室温でゼラチン状を保っている」飽和炭化水素物質の混合物によって達成されるものであり,そのような飽和炭化水素物質には,当該技術分野で汎用される「ワセリン」が包含- 10 – されるのであるから,引用発明の「飽和炭化水素からなる公知の混合物」を粘度で表現すれば,8mm 2 /秒以上の粘度を有する飽和炭化水素混合物ということになる。
そうすると,8mm 2 /秒以上の粘度を有するワセリンの使用について,たとえ引用例に直接的な記載がないとしても,引用例の記載に接した当業者からすれば,引用発明の「室温でゼラチン状を保っている飽和炭化水素物質の混合物」を具体的に使用した記載がある以上は,粘度が8mm 2 /秒以上のワセリンを使用することが示唆されていることになるのは明らかである。
イ 引用例には,引用発明の「室温でゼラチン状を保っている飽和炭化水素物質の混合物」として,8.0mm 2 /秒以上の粘度を有するワセリンの使用について示唆されている。
引 用発明は,「室温においてゲル状の,基本的に飽和炭化水素からなる公知の混合物」として「薬学的・化粧品的に『ワセリン』と定義される炭化水素混合物」を 選択し得るものである。引用例の従来技術の記載にもあるとおり,ワセリンは,軟膏等の医薬品製剤分野で汎用される添加物であって,「本願発明の規定する粘 度に合致するものがたまたまある」というような添加物ではない。むしろ,その粘度が「8mm 2 /秒(100℃)」以上であるのが一般的であることを示している。
(2) 阻 害要因について 原告の指摘する証拠は,SIMAROlineが吸入アレルギー反応予防効果がなく,有害であることを具体的に裏付けるものではなく,これらの記載に基づい て,ワセリンを代表とする飽和炭化水素を使ってアレルギー性反応を予防する技術に有効性は認められず身体に危険があることが,優先日当時の当業界の技術常 識であるとはいえないことは,前記1のとおりである。
(3) 商 業的成功について 商業的成功には,製品の技術的特徴だけでなく,価格設定,販売技術,宣伝,需要動向等の要因が密接に関連している。商業的成功を収めたからといって,進歩 性 の存在を肯定的に推認するための事実として直ちには参酌できない。そして,本願発明と引用発明との相違点に係る構成は,当業者が容易に想到し得るものであ る。
仮に株式会社フマキラー社製の「花粉鼻でブロック」シリーズが本願発明の実施品に該当し,たとえ商業的に成功したとしても,そのことが本願発明の特定事項の効果によるものであることは明らかではない。
(4) 国際的ハーモナイゼーションについて 特許付与の判断については,各国により法制度や要請される判断が異なることから,他国の審理結果によって本件審決の判断は左右されるものではない。
▼3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について
〔原告の主張〕
(1) 本 願発明がアレルギー性反応を予防する効果を有すること 引用発明は,アレルギー性反応を予防する効果はなく,身体に危険があるという研究報告が多数存在し,実際に,有効であることの実証もされていない。他方, 本願発明は,アレルギー性反応を予防する効果を有することが,本願明細書のみならず,多くの文献(甲6,10,15,27)によっても明らかにされてい る。
以上のとおり,本願発明には,アレルギー性反応を予防する効果があることは明らかである。
(2) 本願発明の作用効果の顕著性
ア 本願発明は,引用発明と異なって,飽和炭化水素化合物の粘度に着目し高粘度としたことによって,その「特定の物理的特性」を介して,引用発明とは異なる顕著なアレルギー性反応予防効果を生じさせたものである(【0014】【0017】【0018】)。
イ 引 用例に具体的に記載されているような6mm 2 /秒という低粘度のワセリンと比較して,100℃の温度で高粘度の本願発明に係るワセリンが37℃で低い限界剪断応力及び流動限界を示し,その結果良好な 広がり特性及び膜形成特性を発揮して「機械的なバリア」を産生するという結果は,当業者にとっても極めて驚く べきものであり,引用例の記載からは到底予測することができないものである。
ワ セリンの流動性については,粘度6.5mm 2 /秒と比較して,粘度8.5mm 2 /秒,粘度10mm 2 /秒は,良好な広がり性を有すること,広範囲の剪断応力でより薄い膜を形成することができること,より均一に分散することができることという,顕著な差異 がある(甲22)。
さらに,本願発明は,引用発明とは異なり,粘度に着目して高粘度とした結果,接着性及び膜形成特性が向上したといえることが明らかであり,しかも,安全性も高いものになった(甲10,27)。
ウ 以上のとおり,本願発明は,特に,剪断応力の数値において明白な差異がみられるように,引用例の実施例付近の粘度と比べた場合,顕著なアレルギー性反応予防効果を有するものである。
(3) 小括 本件審決には,本願発明の顕著な作用効果を看過して,進歩性がないと判断した違法がある。
〔被告の主張〕
(1) 本件審決の判断について 本願明細書に記載された本願発明による効果は,引用発明の鼻用軟膏による効果と同質のものであり,引用発明の効果に比して顕著とはいえない。
本 願発明と引用発明の鼻用軟膏による効果を対比すれば,本願明細書に記載された「鼻の粘膜に浸透することが不可能」,「保護膜として同じ場所に残り」,「ア レルゲン担体に対して,機械的なバリアを産生する」,「長い持続性,信頼性のある保護作用を達成する」,「非常に少量を導入することで十分である」という 本願発明の奏する効果について引用発明の効果と実質差異がないことは明らかである。
また,本願発明の「DIN51 562法による8mm 2 /秒(100℃)以上の粘度を有する」と特定した技術的理由についても,「8mm 2 /秒(100℃)
以上」の数値範囲の内外でアレルギー性反応の予防効果において顕著な差異がある ことは具体的な記載がない。
したがって,本願発明の作用効果についての本件審決の判断に誤りはない。
(2) 原告の主張について
ア 本願明細書の記載によって本願発明がアレルギー性予防効果を有するとしても,引用発明の効果と比べて格別顕著といえるものではない。この点は,原告指摘の証拠の記載をみても同様である。
イ 「剪断応力の数値において明白な差異がみられる」として,引用例の実施例付近の粘度と比べた場合,顕著なアレルギー性反応予防効果を有するという原告の主張は,本願明細書に記載のない「限界剪断応力」に基づくものであり,前提において失当である。
◆第4 当裁判所の判断
▼1 本願発明について 本願明細書によれば,従来,「DIN51 556法による凝固点:49~52℃」,「DIN51 562法による粘度:6mm 2 /秒(100℃)」,「DIN51 580 法による円錐貫入:150~170」,「炭化水素の平均の鎖の長さ:26±1C原子」,「炭化水素の炭素の数の範囲:15~60」という特性を有する飽和 炭化水素の混合物(すなわちペトロラタム)を鼻の内壁の鼻弁領域に塗布することにより,吸入アレルギー性反応の予防が可能となることが公知であった(【0008】)。
本願発明は,「DIN51 562 法による8mm 2 /秒(100℃)以上の粘度を有することを特徴とする飽和炭化水素の少なくとも1つの混合物」を塗布することにより,吸入アレルギー性反応の予防が可能と なることを見出したものであり,本願発明は,この吸入アレルギー性反応の予防のために使用する鼻用軟膏についての発明である(甲1,4)。
▼2 取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
(1) 引用例の記載 引用例の請求項1には,「吸入アレルギー反応,特に「花粉症」タイプのアトピー性鼻炎を予防するために,ほぼ飽和型の炭化水素から成る,それ自体周知の,室温ではゲル様の混合物を,殊に各鼻限(Limen nasi)の領域内で鼻前庭
(Vestibulum nasi)の上側部分の内壁に塗布するための,更なる成分無しの鼻軟膏の形態で使用する,混合物の使用」と記載されている。
したがって,引用例には,室温においてゲル状の,基本的に飽和炭化水素から成る公知の混合物から成る鼻用軟膏が,吸入アレルギー反応を予防するのに有用であることが記載されているものと認められる。
(2) 引用例の試験例について
ア 原告は,引用例記載の試験例1ないし3は客観的指標に基づくアレルギー性反応予防効果を示すものではないと主張する。
イ 引用例の試験例1には,「長年アレルギーを有する患者によって,花粉シーズン中,昼間2~4時間毎に,黄色ワセリンを…両鼻限の領域内で環状に塗った。
この措置は3月中旬から4月の終わりまで行った。このような予防的処置の場合,3年間の試験中,アレルギー反応(結膜炎,鼻炎,頭痛)が起こらなかった。」と記載されている。
引 用例の試験例2には,「…に基づく白色ワセリンを,…両「内鼻腔」の前に環状に塗布した。このような処置は,花粉飛散期間中,朝及び夕方に繰り返した。通 常の活動(実質的に座っている状態の行動)の場合,綿棒の先端にある量の炭化水素混合物で,鼻前庭の内壁への塗布後に12時間を上回る時間にわたる保護効 果を得るのに十分であった。」と記載されている。
さ らに,引用例の試験例3には,「軟パラフィン…を,曝露(犬の毛皮の手入れ,30分間)前に…鼻限の前に均一に塗った。さもなければ犬の世話は…呼吸フィ ルタを用いてのみ可能であったが,軟パラフィンの保護作用下で,付加的な保護手段を用いずに苦痛なく作業を行うことができる。」と記載されている。
ウ このように,上記試験例の記載から,引用例においては,室温においてゲル 状の飽和炭化水素の混合物を鼻内に塗布した場合に,アレルギー反応を予防できることが実際に確認されているということができる。そうすると,これらの試験例が客観的指標に基づく判定を行っていないとしても,引用例は,吸入アレルギー性反応を実際に予防し得る技術を開示するものということができ,原告の主張を採用することはできない。
(3) 技術常識について
ア 原告は,優先日当時の当業者の技術常識として,引用発明の実施品であるSIMAROlineの有効性に根拠はなかったと主張する。
しかしながら,まず,引用発明は,「室温においてゲル状の,基本的に飽和炭化水素からなる公知の混合物からなる吸入アレルギー性反応の予防のための鼻用軟膏」であるところ,SIMAROlineが,DIN51 562法による粘度が6mm 2 /s(100℃)という性状を有するとしても,引用発明の範囲に含まれる1つの態様にすぎず,その性質が引用発明全体の特性を意味するわけではない。
原告が指摘する甲39には,Kiesewetter 教授がコーディネーターとなっているワークショップが,SIMAROlineについてアレルギーに極めて有効であったと報告したことを記載した上で,「軟膏の塗布で,実際には鼻粘膜に到達できないことを証明している。寧ろ,軟膏又はクリームは,鼻前庭にほぼ全てが留まる。
こ のことは,SIMAROline(登録商標)のように,鼻への塗布について意味のある指示を欠いている場合にも当てはまる。」旨の記載がある。しかし,こ れは,塗布する場所や範囲によっては鼻粘膜に到達できないことを可能性として記載するにとどまり,SIMAROlineを適切に鼻粘膜に塗布した場合にア レルギー性反応予防効果があることを否定するものではない。このことは,本願明細書
(【0014】) においても,引用例に係る鼻用軟膏について,「信用のある予防を達成するために,鼻の内壁を,2つの鼻弁の領域において前記の鼻用軟膏で覆うことを確実に しなければならない」,「外鼻孔の領域における鼻前庭の下側の端にのみ適用するならば,吸入アレルギー性反応を妨げることは不可能である」,「正 確に使用する場合,…吸入したアレルゲンへの暴露の,部分的な回避を達成することができる」と記載されていることからも,明らかである。
また,甲38及び29には,引用例に関する試験例が科学的に意味がないと記載されているのみであって,その具体的な理由は記載されておらず,引用発明に係る鼻用軟膏が吸入アレルギー性反応を予防する効果を有しないとする根拠は具体的に示されていない。
なお,甲18は,本願優先日の時点において公知であったとはいえないから,その記載内容が優先日当時の当業界の技術常識を示す証拠にはなり得ない。
イ 原告は,優先日当時,SIMAROlineはむしろ身体に危害を及ぼすことが当業界で強く懸念されていたと主張する。
し かし,甲39には,ワセリンの副作用に関して,「ワセリンは,角膜形成作用を示す。粘膜に繰り返し使用することの影響や,その免疫学的,非免疫学的な防御 系に対する影響は未知である。さらに,パラフィンによって粘膜に肉芽腫が誘導される」と記載されているが,パラフィンの有害性を記載するもの の,SIMAROlineを鼻に塗布した場合の有害性をも裏付ける記載とはいえない。
ま た,甲38及び29には,「パラフィン含有点鼻薬は,吸入後異物肉芽腫やリポイド肺炎を生じさせることがあるため,数年前から市場から引き上げられてい る」,「『危険性がない』と言われているこの軟膏の毒性に関する研究は,同程度の製品がそれぞれリポイド肺炎や異物肉芽腫を生じさせたにもかかわらずなさ れていない」,「既に市場から引き揚げられているパラフィン油含点鼻薬と同様に,酵素で分解されないワセリンが吸入されることで,リポイド肺炎や異物肉芽 腫が生じることが予測される」など,異物肉芽腫やリポイド肺炎の発生の危険性について記載されているが,これは,「パラフィン含有点鼻薬」や「同程度の製 品」についての記載であって,SIMAROlineによる危険性を具体的に裏付ける記載とはいえない。
ウ 原告は,優先日当時,引用例の記載をもってアレルギー反応を予防できる技 術の開示があったとはいえないと主張する。
し かしながら,本願明細書には,「従来技術の詳細な記載のための,参考文献はドイツ特許第C 4117887号に記載されている。」と記載され,引用例が参考文献とされている。そして,本願明細書には,引用例について,「これは,吸入性アレルギー 性反応…の予防のための鼻用軟膏として,医薬/化粧品としてペトロラタムと定義される飽和炭化水素の使用に関し,そこで使用される前記ペトロラタムは以下 の様な特性を有する」として,①DIN51 556法による凝固点:49~52℃,②DIN51 562法による粘度:6mm 2 /秒(100℃),③DIN51 580 法による円錐貫入:150~170,④前記ペトロラタムにおける炭化水素の平均の鎖の長さ:26±1C原子,⑤前記炭化水素のCの数の範囲:15~60の 記載がある(【0008】)。また,「この従来技術の観点において,本発明の基である目的は,更に向上した鼻用軟膏の提供であり,これは更に向上したペト ロラタムに基づいた吸入アレルギー性反応への,信用のある予防効果のためである。」(【0009】),「ドイツ特許第C 4117887号に既に記載されている様に,本発明の本質的な利点は,全身性の活性成分に対して患者の代謝をさらす必要性無しにアレルギー性反応が起こらないことである。」(【0015】)との記載がある。
エ 以上のように,本願明細書では,従来技術として引用例を参考文献に取り上げ,本願発明の目的が,引用例に記載された鼻用軟膏からの更なる向上であると説明している。他方,本願明細書では,原告が主張するような,引用例記載の鼻用軟膏が有効でないとか,身体に危害を及ぼすおそれがあるなどの記載はされていないし,原告主張の文献をもっても,引用発明に係る鼻用軟膏の有害性が認められないことは,前記のとおりである。
す なわち,本願発明は,引用例に記載された発明に特記すべき問題点は存在しなかったことを前提に,引用例に記載されたものとは異なる,向上した特性を有する 飽和炭化水素の混合物を使用することにより,鼻用軟膏としての効果を確認しよう とするものであると理解することができる。
そうすると,少なくとも,本願発明に係る特許の出願人である原告自身,その優先日において,引用例の実施品が吸入アレルギー性反応に対して無効であるとか,身体に危害を及ぼすおそれがあると認識していたものとはいえない。そして,本願発明に係る特許の出願人は,本願発明の属する技術分野における当業者の代表ともいうべき者であるから,優先日当時の当業者において,引用発明に対応する製品が身体に危害を及ぼすおそれがあることが技術常識であったということはできない。
よって,原告の上記主張は採用することができない。
(4) 小括 以上によれば,本件審決の引用発明の認定に誤りはなく,取消事由1は,理由がない。
▼3 取消事由2(相違点1に係る容易想到性の判断の誤り)について
(1) 周知技術 医薬品添加物ハンドブック(甲41)によれば,ワセリンは,飽和炭化水素の混合物ということができる。また,ワセリンの特性として,98.9℃における粘度は「白色ワセリン:60-75S.U.S.*,黄色ワセリン:57-82S.U.S.*(* Saybolt Universal Seconds)」と記載されているところ(甲41),1S.U.S.=0.2158mm 2 /秒で換算すると,上記粘度は,白色ワセリンの場合,12.9~16.2mm 2 /秒であり,また,黄色ワセリンの場合,12.3~17.7mm 2 /秒となる。
このように,医薬品に使用されるワセリンの98.9℃における粘度は,例えば白色ワセリンの場合,13~16mm 2 /秒の範囲であり,DIN51 562法
(100℃)で測定した場合も,これと大きく異なるものとは考えられない。そうすると,優先日より前に,DIN51 562法で100℃で測定した場合に8mm 2 /秒以上の粘度を有する飽和炭化水素の混合物は,医薬品に配合するワセリンとして周知の物質であったということができる。
(2) 容易想到性
ア 本願発明と引用発明との相違点1は,飽和炭化水素の少なくとも1つの混合物が,本願発明は,DIN51 562法による8mm 2 /秒(100℃)以上の粘度を有するものであるのに対し,引用発明は,室温においてゲル状の公知のものであるとする点である。
イ 引 用例には,「ゲル様の稠度が室温においてもたらされる限り,本発明の目的は,実質的に飽和型の炭化水素から成る任意の混合物によって達成され得ることが 判っている。…種々のワセリンタイプと同様に,本発明による作用を示す。」と記載され,また,試験例1ないし3に,黄色ワセリン,白色ワセリン及び軟パラ フィンを用いた鼻用軟膏が吸入アレルギー反応を予防することが記載されている。よって,引用例には,室温においてゲル状であって,その他の物性は様々であ る基本的に飽和炭化水素からなる混合物から成る鼻用軟膏が吸入アレルギー反応を予防に有用であることについての示唆が記載されているものと認められる。
ウ そうすると,吸入アレルギー反応の予防に用いる鼻用軟膏の成分である室温においてゲル状の飽和炭化水素の混合物として,上記(1)のとおり優先日前に周知であったDIN51 562法で100℃で測定した場合に8mm 2 /秒以上の粘度を有するワセリンを使用することは,当業者であれば格別の創意を要する事項とはいえない。
(3) 原告の主張について
ア 動機付け及び粘度について 原告は,引用例には,飽和炭化水素の混合物の粘度を調整することによりアレルギー性反応を予防しようという示唆がないなどとして,引用例の記載から本願発明に想到する動機付けがなく,本件審決の判断は後知恵にすぎないと主張する。
引用例の請求項3には,「…ワセリンの凝固点が,49℃~52℃であり,…粘度が,6mm 2 /s(100℃)付近にあり,…コーン貫入が150~170付近にあり,そして…炭化水素の平均鎖長が26+/-1炭素原子であり,該炭化水素- 20 – の 炭素数範囲がC15からC50までであることを特徴とする…」と記載されており,粘度が飽和炭化水素の混合物を特定するための物性の1つであると理解でき る記載はあるものの,吸入アレルギー性反応の予防との関係においては,確かに,飽和炭化水素の混合物の粘度に着目するという直接の示唆は存在しない。
しかし,そもそも,本願明細書にも,飽和炭化水素の混合物の粘度について,8mm 2 /秒という数値が特別な技術的意義を有すると認められる記載はなく, ワセリンの各種物性(密度,凝固点,粘度,コーン貫入(粘度の一種。甲42),平均炭素数,炭化水素の炭素数分布)の中で,粘度に着目することの技術的意 義も記載されていないのであって,本願明細書において,粘度や,その8mm 2 /秒という数値についての技術的意義が開示されているということはできない。
しかも,後記4のとおり,本願発明は,粘度が数値範囲で特定されていない従来技術を超えるものではなく,本願発明が飽和炭化水素の混合物の粘度を調整することにより顕著な作用効果を有するということはできないものである。
こ のように,本願明細書に,粘度に着目することの技術的意義も,粘度を8mm 2 /秒という数値以上のものに特定することの技術的意義も記載されていないことに照らすと,引用例に飽和炭化水素の混合物の粘度を調整することによりアレル ギー性反応を予防しようという直接の示唆がないとしても,本願発明の発明特定事項を根拠に,本願発明が進歩性を有するということはできない。
よって,原告の上記主張は,採用することができない。
イ 阻害要因について 原告は,飽和炭化水素の混合物を用いてアレルギー性反応を予防する技術は身体に危険があるという技術常識が本願発明を想到することの阻害要因になると主張する。
しかし,前記2のとおり,飽和炭化水素の混合物を用いてアレルギー性反応を予防する技術は身体に危険があるということが,優先日当時の当業者の技術常識であったということはできないから,原告の主張は採用することができない。
ウ 商業的成功について 原告は,本願発明の実施品が著しい商業的成功を収めていると主張する。
しかし,商業的成功には,製品の技術的特徴だけでなく,価格設定,宣伝,需要動向等の要因が密接に関連するものであるところ,仮に原告が主張する製品が本願発明の実施品であるとしても,その商業的成功をもって,本願発明の進歩性を基礎付けるに足りない。
エ 国際的ハーモナイゼーションについて 原告は,本願発明の対応欧州特許出願が特許されたと主張する。
しかし,特許付与の判断は,各国により法制度や要請される事項が異なる以上,他国における結果が直ちに我が国での特許付与の判断を左右するものではないといわざるを得ない。
(4) 小括 以上のとおり,本件審決の相違点1に係る判断に誤りはなく,取消事由2は,理由がない。
▼4 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について
(1) 本願明細書に記載された作用効果
ア 原 告は,本願発明の飽和炭化水素の混合物は,引用発明のものよりも,100℃では高粘度であるにもかかわらず,実際の使用時に,広がりやすく,その結果,向 上した機械的バリアを形成するという効果を有するものであり,この効果は,本願明細書(【0014】)に記載されていると主張する。
イ 本 願明細書(【0014】)には,なるほど,「本発明に従う鼻用軟膏を,指又は塗布具に適用することができる。しかしながら,鼻における適用部位は吸入アレ ルギー性反応に対する,保護的な作用に重要である。信用のある予防を達成するために,鼻の内壁を,2つの鼻弁の領域において前記の鼻用軟膏で覆うことを確 実にしなければならない。本発明に従う鼻用軟膏を外鼻孔の領域における鼻前庭の下側の端にのみ適用するならば,吸入アレルギー性反応を妨げることは不可能 であ る。しかしながら,正確に使用する場合,本発明に従う鼻用軟膏の助力により,吸入したアレルゲンへの暴露の,部分的な回避を達成することができる。本発明 に従う鼻用軟膏は,その特定の物理的特性のために,鼻の粘膜に浸透することが不可能であり,そして吸入されないが保護膜として同じ場所に残り,呼吸流に よって拾われ,そして移されるアレルゲン担体に対して,機械的なバリアを産生する。この方法において,前記のアレルギー性反応を防ぐことは,非常に実質的 に可能である。」との記載がある。
ウ 他 方,引用例には,「本発明に従って使用される炭化水素混合物は,呼吸流と一緒に運搬されたアレルゲン担体(例えばダスト,花粉,胞子)に対する乗り越えら れないバリアを形成すると推測される。」と記載されている。また,引用例には,「本発明に基づく予防のための他の有効な炭化水素混合物と比較して,請求項 3に基づいて使用するためのワセリンは特に快適に使用することができる。これは鼻内部で極めて容易且つ均一に塗ることができ,滴が漏れる(鼻入口の湿り 感,保護作用は短時間にすぎない)傾向もなく,鼻内部の煩わしい異物感が生じることもない。」と記載されている。
こ のように,引用例には,飽和炭化水素の混合物が,鼻の内部でアレルゲンに対して機械的なバリアを形成することにより,吸入アレルギー性反応を予防する作用 機序を有することが既に開示されている。また,引用発明においても,鼻の内部に塗布した場合の広がり特性には問題がないと認識されていたものと認められ る。
エ そ うすると,本願明細書の上記イの記載は,結局,本願発明において使用する飽和炭化水素の混合物が吸入アレルギー性反応を予防する作用機序を説明するもので あるということはできても,当該記載が,本願発明において使用する飽和炭化水素の混合物を塗布した場合に,引用発明のものと比較して広がりやすいというこ とを述べたものとまでいうことはできない。また,上記記載が,本願発明において使用する飽和炭化水素の混合物によって鼻の粘膜上に形成される機械的なバリ アが,引用発明のものと比較して向上しているということを述べたということもできない。 よって,本願明細書に記載された作用効果を引用発明と比較した有利な効果ということはできない。
オ 以 上によれば,本願明細書の記載に接した当業者は,飽和炭化水素の混合物を主たる成分とする鼻用軟膏を塗布することにより,アレルゲンに対して機械的なバリ アを形成し,その結果,吸入アレルギー性反応が予防できるということについては認識することができるものの,本願明細書で開示されている事項はこの認識に とどまるといわざるを得ない。
(2) 原 告の主張について 原告は,100℃における粘度が8mm 2 /秒以上の飽和炭化水素の混合物を使用した場合に,塗布温度での広がり特性が向上し,より広がりやすくなるという効果を有すると主張するが,そのような効 果は,本願明細書の記載から認識することはできない。すなわち,原告が主張する100℃における粘度が8mm 2 /秒以上の飽和炭化水素の混合物の固有の効果は,本願明細書に記載されておらず,また,本願明細書の記載から当業者が推論できないものである。したがっ て,原告主張の効果を本願発明における顕著な作用効果として参酌することはできない。
ま た,原告は,本願発明がアレルギー性反応を予防する効果を有し,本願発明の顕著な作用効果は,甲6,10,15及び27でも明らかにされており,このよう な鼻への塗布温度における流動特性は,100℃における粘度の高さからはこれまでに予測できないものであったと主張する。
し かし,原告の提出するこれらの証拠は,本願発明において使用される粘度が8mm 2 /秒以上の飽和炭化水素の混合物の鼻用軟膏がアレルギー性反応を予防する効果を有することを説明するのみである。そして,前記したとおり,本願発明がその ような粘度によって格別の作用効果が認められるものではなく,他方,引用発明が吸入アレルギー性反応の予防のために有用である点は,上記2のとおりである から,これらの証拠から本願発明が進歩性を有するということもできない。
(3) 小括 以上のとおり,本件審決に顕著な作用効果を看過した違法はなく,取消事由3は理由がない。
▼5 結論 以上の次第であるから,原告主張の取消事由にはいずれも理由がなく,原告の請求は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 髙部眞規子 裁判官 齋藤巌
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