<知財高裁/セレコキシブ特許の審取訴訟> D90で特定した製剤特許の進歩性が判断された事例

 判決紹介 

・令和元年(行ケ)第10137号審決取消請求事件
・令和2年10月28日判決言渡
・知的財産高等裁判所第4部 大鷹一郎 本吉弘行 岡山忠広
・原告:日本ケミファ株式会社、ダイト株式会社
・被告:ジー.ディー.サール,リミテッド,ライアビリティ,カンパニー
・特許3563036
・発明の名称:セレコキシブ組成物

 コメント 

少し前の判決ですが、セレコックス錠(一般名:セレコキシブ)の製剤特許に対する無効審判(無効2018-800071)の審決取消訴訟のご紹介です。
審決では、進歩性欠如、サポート要件違反、実施可能要件違反の無効理由が争点となり、請求不成立となっていました。
本件特許の請求項1は以下のとおりです。
【請求項1】
一つ以上の薬剤的に許容な賦形剤と密に混合させた10mg乃至1000mgの量の微粒子セレコキシブを含み,一つ以上の個別な固体の経口運搬可能な投与量単位を含む製薬組成物であって,粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90が200μm未満である粒子サイズの分布を有する製薬組成物。
ちなみに、同特許の別の訴訟では、この記事に記載の通り、サポート要件を満たさないと判断されていました。
<知財高裁/セレコキシブ特許の審取訴訟> 数値範囲全体にわたり、セレコキシブの生物学的利用能が改善されると認識できないとして、サポート要件違反と判断された事例
<判決紹介>・平成30年(行ケ)第10110号 審決取消請求事件(第1事件)・同年(行ケ)第10112号 審決取消請求事件(第2事件)・同年(行ケ)第10155号 審決取消請求事件(第3事件)・令和元年11月14日判決言渡  ・知...

本件訴訟の争点は進歩性です。裁判所の判断は以下の通りで、審決は維持されました。
判決(進歩性)
第4 当裁判所の判断
・・・
(2)相違点1-2の容易想到性の判断の誤りについて
原告らは,①本件優先日当時,「経口吸収性(生物学的利用能)の改善,添加剤を含めた原料粉粒体間の混合の均一性の向上及び打錠時の成形性向上を図る」ことは,医薬品の製剤化における一般的な課題であり,「薬効成分の粒子サイズを小さくする」ことは,当該課題を解決するために汎用されている周知技術であったこと(甲5,6,8ないし10,15),②溶解速度を増大させるためには,単に粒子径を細かくして表面積を増加させるだけでは足らず,有効表面積(薬物が試験液に接触する表面積)を増加させる必要があり,疎水性物質では微粉化が進むと凝集により有効表面積が逆に小さくなり,溶解速度が小さくなることがあるが,界面活性剤があると,溶媒が薬物粉末の表面をよく濡らすようになり,凝集が抑制されて粒子径が小さくなるほど溶解速度が増大することは,本件優先日当時の技術常識であったこと(甲9,10),③甲1記載の試験で使用されているカプセル剤は,SC-58635(セレコキシブ)を有効成分とする医薬品開発を目的とする臨床薬理試験の治験製剤であるから,医薬品の製造に係る周知技術を適用する動機付けがあり,また,カプセル剤間の薬効成分含有量のばらつきが大きい場合には,一定の薬理効果が得られなくなるため,試験そのものの信頼性が損なわれるから,試験において適切にデータを取得するため,カプセル剤間の薬効成分含有量のばらつきを低減させる動機付けがあること,④粗大粒子は目的の効果を奏さず,特定の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が効果を奏する粉体の場合には,その粒度分布を,平均粒子径ではなく,「所望の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が粉末全体に占める割合」で特定することは,医薬品の原料粉末では一般的であり,また,セレコキシブの粒子サイズを最大長のD90で規定し,最大長「D90が200μm未満」とすることは,単なる設計事項であることからすると,当業者は,甲1発明のカプセル剤において,経口吸収性(生物学的利用能)の改善及び薬効成分の含量均一性の改善のために,「薬効成分の粒子サイズを小さくする」という周知技術を適用する動機付けがあり,セレコキシブの粒子サイズを最大長「D90が200μm未満」とすることは,単なる設計事項であるから,甲1発明のカプセル剤に含有するセレコキシブを「粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90が200μm未満である粒子サイズの分布を有する」微粒子セレコキシブ(相違点1-2に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到し得たものであり,これと異なる本件審決の判断は誤りである旨主張する。
アそこで検討するに,本件明細書には,「粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90が200μm未満である粒子サイズの分布を有する」との構成(相違点1-2に係る本件発明1の構成)に関し,「粒子サイズは,セレコキシブの臨床的効果に影響を与える重要なパラメータであると考えられる。よって,別の実施例では,発明の組成物は,粒子の最長の大きさで,粒子のD90が約200μm以下,好ましくは約100μm以下,より好ましくは75μm以下,さらに好ましくは約40μm以下,最も好ましくは約25μm以下であるように,セレコキシブの粒子分布を有する。通常,本発明の上記実施例によるセレコキシブの粒子サイズの減少により,セレコキシブの生物学的利用能が改良される。」(【0022】),「カプセル若しくは錠剤の形で経口投与されると,セレコキシブ粒子サイズの減少により,セレコキシブの生物学的利用能が改善されるを発見した。したがって,セレコキシブのD90粒子サイズは約200μm以下,好ましくは約100μm以下,より好ましくは約75μm以下,さらに好ましくは約40μm以下,最も好ましくは25μm以下である。例えば,例11に例示するように,出発材料のセレコキシブのD90粒子サイズを約60μmから約30μmに減少させると,組成物の生物学的利用能は非常に改善される。加えて又はあるいは,セレコキシブは約1μmから約10μmであり,好ましくは約5μmから約7μmの範囲の平均粒子サイズを有する。」(【0124】),「湿式顆粒化は,本発明の製薬組成物の好ましい調製方法である。湿式顆粒化過程にて,(必要ならば,一つ又はそれ以上のキャリア材料とともに)セレコキシブは先ず粉砕される若しくは所望の粒子サイズに微細化される。さまざなま粉砕器若しくは破砕器が利用することが可能であるが,セレコキシブのピンミリングのような衝撃粉砕により,他のタイプの粉砕と比較して,最終組成物に改善されたブレンド均一性がもたらせる。例えば,液体窒素を利用してセレコキシブを冷却することは,セレコキシブを不必要な温度へ加熱させることを回避するために,粉砕中に必要なことである。前記にて議論したように,上記粉砕工程中にD90粒子サイズを約200μm以下,好ましくは約100μm以下,より好ましくは約75μm以下,さらに好ましくは約40μm以下,最も好ましくは約25μm以下に小さくすることは,セレコキシブの生物学的利用能を増加させるためには重要である。」(【0135】)との記載がある。
これらの記載は,未調合のセレコキシブを粉砕し,「セレコキシブのD90粒子サイズ」を「約200μm以下」とした場合には,セレコキシブの生物学的利用能が改善されること,ピンミリングのような衝撃粉砕を用いることにより,他のタイプの粉砕と比較して,最終組成物に改善されたブレンド均一性がもたらせることを示したものといえる。
イ しかるところ,甲1には,甲1発明の「セレコキシブを300mg含む経口投与用カプセル」にいう「セレコキシブ」について,その調製方法を示した記載はなく,また,粉砕により微細化をしたセレコキシブを用いることや,その微細化条件を「セレコキシブのD90粒子サイズ」で規定することについての記載も示唆もない。
次に,原告らが挙げる甲9・・・
一方で,甲9及び10には,特定の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が効果を奏する粉体の場合には,その粒度分布を,平均粒子径ではなく,「所望の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が粉末全体に占める割合」で特定することは,医薬品の原料粉末では一般的であることについての記載や示唆はなく,ましてや,セレコキシブの微細化条件として「セレコキシブのD90粒子サイズ」で規定することや,「セレコキシブのD90粒子サイズ」を「約200μm以下」とした場合には,セレコキシブの生物学的利用能が改善されることについての記載も示唆もない。他に特定の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が効果を奏する粉体の場合には,その粒度分布を,平均粒子径ではなく,「所望の大きさよりも小さい粒子サイズの粒子が粉末全体に占める割合」で特定することは,医薬品の原料粉末では一般的であることを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,甲1に接した当業者において,甲1発明のセレコキシブを300mg含む経口投与用カプセルにおいて,経口吸収性(生物学的利用能)の改善及び薬効成分の含量均一性の改善のために,薬効成分のセレコキシブの粒子サイズを小さくすることに思い至ったとしても,セレコキシブの微細化条件として「粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90が200μm未満である粒子サイズの分布を有する」との構成(相違点1-2に係る本件発明1の構成)を採用することについての動機付けがあるものと認めることはできないから,甲1及び技術常識ないし周知技術に基づいて,当業者が上記構成を容易に想到することができたものと認めることはできない。
したがって,原告らの前記主張は,採用することはできない。
(3)小括
以上のとおり,本件審決における相違点1-2の容易想到性の判断に誤りはないから,相違点1-1の容易想到性について判断するまでもなく,本件発明1は,甲1発明及び技術常識ないし周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。
したがって,原告ら主張の取消事由1-1は理由がない。

「粒子サイズ」の規定方法自体が甲文献に記載されていなかったのは、大きいですね。
では従来使われていなかった測定方法・パラメーターで規定すれば有利になるのかというと、サポート要件や明確性をちゃんと満たせるのか、という懸念もあるので、要検討ですね。

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