<知財高裁/抗PIVKA-II抗体特許の審取訴訟> 請求項の「特異的に認識して結合する」の文言を、明細書の記載に基づいてより具体的に解釈した事例(ロシュ対アボット)

 判決紹介 

・令和4年(行ケ)第10082号 審決取消請求事件
・令和6年1月16日判決言渡
・知的財産高等裁判所第1部 本多知成 遠山敦士 天野研司
・原告:ロシュ ダイアグノスティックス ゲーエムベーハー
・被告:アボット・ラボラトリーズ
・被告:アボットジャパン合同会社
・特許5981914
・発明の名称:PIVKA-IIに関する抗体およびその使用
 コメント 
判決を紹介します。
アボット(被告)はPIVKA-II (プロトロンビン誘導ビタミンKアンタゴニストII)に結合する抗体に関する特許5981914の特許権者です。
PIVKA-IIは肝細胞がん(HCC)の診断に用いられるバイオマーカーです。アボットとロシュはPIVKA-IIの測定に使用するための、抗PIVKA-II抗体を含むキットをそれぞれ販売しています。
本件は、ロシュ ダイアグノスティックス(原告)が無効審判の不成立審決の取消しを求めた事案です。
本件の経緯は以下の通りです。
○令和元年10月29日:ロシュ(原告)が本件特許の請求項3等の無効審判を請求
○令和4年4月14日:特許庁が請求項の訂正を認めた上で不成立審決
○令和4年8月10日:ロシュ(原告)が審決取消訴訟を提起
争点は、新規性、進歩性、拡大先願、明確性、サポート要件、実施可能要件です。
本件特許の訂正後の請求項3は以下のとおりです。(下線は訂正箇所)
【請求項3】
プロトロンビン誘導ビタミンKアンタゴニストII(PIVKA-II)のアミノ酸1-13に結合する抗原結合性部分を含み、PIVKA-IIを特異的に認識して結合する、単離された結合性タンパク質(但し、受託番号FERMBP-11259で特定されるハイブリドーマにより産生されるモノクローナル抗体を除く)
新規性の引例である甲4にはPIVKA-IIに結合する抗体(H-11)が記載されていました。
審決及び裁判所が認定した、本件発明3と甲4-1発明との一致点・相違点は以下の通りです。
(イ) 本件審決が認定した、本件訂正発明3と甲4-1発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。
〔一致点〕
「単離された結合性タンパク質(但し、受託番号FERM BP-11259で特定されるハイブリドーマにより産生されるモノクローナル抗体を除く)。」
〔相違点〕
単離された結合性タンパク質が、本件訂正発明3では、「プロトロンビン誘導ビタミンKアンタゴニストII(PIVKA-II)のアミノ酸1-13に結合する抗原結合性部分を含み、PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」ものであるのに対して、甲4-1発明では、そのような特定がない点。
甲4の抗体(H-11)が請求項3に記載の性質を有するかどうかを検討する当たって、請求項3の「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」の解釈が問題になりました。
判決文によると、審決は以下のように判断しました。
そして、本件審決は、本件明細書等に開示された抗体の一つである第2の抗体、すなわち訂正後の請求項3に係る結合性タンパク質は、PIVKA-IIのアミノ酸1-13の脱炭酸されたアミノ酸残基と強力に反応し、反応後(結合後)は、脱炭酸されていない通常のアミノ酸1-13、すなわち、プロトロンビンのアミノ酸1-13により、置換されない特性を有すると認定した。
また、本件審決は、PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位のGluが、プロトロンビンの6位及び7位のGlaとは異なる特異的な構造部位であるといえ、訂正後の請求項3に係る「結合性タンパク質」は、当該特異的な構造部位により「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」ものであると理解できると判断した。
ちょっとわかり難いのですが、
『「特異的に認識して結合する」は「PIVKA-IIに強力に反応し、プロトロンビンに強力に反応しないこと」を意味する』
と解釈したと考えればわかりやすいかと思います。
「PIVKA-II」はアミノ酸配列の6、7位にGluを有し、「プロトロンビン」はアミノ酸配列の6、7位にGlaを有しており、この違いに基づいて抗体の認識に違いが生じます。
ロシュは以下のように主張しました。
本件審決は、PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位の脱カルボキシル化されたグルタミン酸残基(Glu)が、プロトロンビンの6位及び7位のグルタミン酸残基(Gla)とは異なる特異的な構造部位であるといえ、訂正後の請求項3に係る「結合性タンパク質」は、当該特異的な構造部位により「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」ものであると理解できると指摘しており、「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」の意味は、「PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位のGluが、プロトロンビンの6位又は7位のGlaとは異なる特異的な構造部位である」ことを前提にした解釈をしている。
しかし、本件訂正発明3は、PIVKA-IIの「アミノ酸1-13に結合する抗原結合性部分を含み、PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」と規定しているだけであり、アミノ酸1-13は6位及び/又は7位がGluであるPIVKA-IIに限定されていることはなく、結合又は特異性について6位及び/又は7位がGluでなければならないと規定していることもない。
裁判所は以下のように判断しました。
以上によれば、本件審決において、「その抗体の一つ(第2の抗体、すなわち訂正後の請求項3に係る結合性タンパク質)は、PIVKA-IIのアミノ酸1-13の脱炭酸されたアミノ酸残基と強力に反応し、反応後(結合後)は、脱炭酸されていない通常のアミノ酸1-13、すなわち、プロトロンビンのアミノ酸1-13により、置換されない特性を有し、」「PIVKA-IIを特異的に認識し、結合することができるものであることが理解できる。」とした認定(審決書84頁)に誤りはなく、本件訂正発明3の「単離された結合性タンパク質」における「プロトロンビン誘導ビタミンKアンタゴニストII(PIVKA-II)のアミノ酸1-13に結合する抗原結合性部分を含み、PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」という発明特定事項は、「PIVKA-IIのアミノ酸1-13」の範囲内にエピトープが存在し、PIVKA-IIの脱炭酸されたアミノ酸残基(Glu)と強力に反応することによって、抗原であるPIVKA-IIを「プロトロンビン」と識別して結合することであると認められる。
裁判所は、明細書の記載(特に段落【0028】、【0029】)を考慮して、審決に誤りがないと判断しました。
新規性に関しては、以下のように、甲4の抗体(H-11)がプロトロンビンも認識、結合すると判断した上で、原告の主張を否定しました。
これらの記載内容からすれば、甲4-1発明の抗体H-11は、抗原決定基のグルタミン酸残基がカルボキシル化されたプロトロンビンであっても、脱カルボキシル化されたPIVKA-IIであっても、認識し、結合すると認められるから、本件訂正発明3の「プロトロンビン誘導ビタミンKアンタゴニストII(PIVKA-II)のアミノ酸1-13に結合する抗原結合性部分を含み、PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」ものに相当するとはいえない。
進歩性、明確性、サポート要件、実施可能要件の判断においても、上記の解釈の影響を受けた上で、原告の主張は否定されました。拡大先願も少し面白い論点がありましたが説明は省略します。
ということで、原告の請求は棄却されました。
仮に裁判所が「特異的に認識して結合する」について原告の解釈を採用したとしても、「識別して結合」を反映するような訂正で逃げられるような気もしますので、ロシュがどのように考えていたのか気になるところではあります。(ロシュがそれでよいのであれば、本件はロシュの勝ちですが。)
判決抜粋を以下に記載します。
判決
第2 事案の概要
本件は、特許権者である原告が、特許を無効とした審決の取消しを求める事案である。争点は、進歩性に関する認定判断の誤りの有無である。
1 特許庁における手続の経緯等
・・・
2 特許請求の範囲の記載
・・・
3 本件無効審判で主張された無効理由
・・・
4 本件審決の理由等
・・・
(イ) 本件審決が認定した、本件訂正発明3と甲4-1発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。
〔一致点〕
「単離された結合性タンパク質(但し、受託番号FERM BP-11259で特定されるハイブリドーマにより産生されるモノクローナル抗体を除く)。」
〔相違点〕
単離された結合性タンパク質が、本件訂正発明3では、「プロトロンビン誘導ビタミンKアンタゴニストII(PIVKA-II)のアミノ酸1-13に結合する抗原結合性部分を含み、PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」ものであるのに対して、甲4-1発明では、そのような特定がない点。
・・・
第3 当事者の主張
・・・
第4 当裁判所の判断
1 本件各訂正発明の技術的意義等
・・・
2 本件優先日及び本件出願日当時の技術常識
・・・
3 本件訂正発明3の「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」の意義について
原告は、各取消事由に関する主張において、本件訂正発明3の「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」の意義に関する本件審決の解釈に誤りがあり、この誤りが各取消事由に係る本件審決の判断の誤りにつながっているという趣旨の主張をしている。そこで、まず、本件訂正発明3の「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」の意義について検討する。
⑴ 本件訂正発明3は、「プロトロンビン誘導ビタミンKアンタゴニストII(PIVKA-II)のアミノ酸1-13に結合する抗原結合性部分を含み、PIVKA-IIを特異的に認識して結合する、単離された結合性タンパク質(但し、受託番号FERM BP-11259で特定されるハイブリドーマにより産生されるモノクローナル抗体を除く)。」である。
そして、本件審決は、本件明細書等に開示された抗体の一つである第2の抗体、すなわち訂正後の請求項3に係る結合性タンパク質は、PIVKA-IIのアミノ酸1-13の脱炭酸されたアミノ酸残基と強力に反応し、反応後(結合後)は、脱炭酸されていない通常のアミノ酸1-13、すなわち、プロトロンビンのアミノ酸1-13により、置換されない特性を有すると認定した。
また、本件審決は、PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位のGluが、プロトロンビンの6位及び7位のGlaとは異なる特異的な構造部位であるといえ、訂正後の請求項3に係る「結合性タンパク質」は、当該特異的な構造部位により「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」ものであると理解できると判断した。
⑵ 本件各訂正発明に係る特許請求の範囲及び本件明細書等には、「PIVKA-II」の明確な定義又は限定は示されていない。
しかし、本件明細書等には、「PIVKA-IIタンパク質のGLAドメインは、10個のGLAアミノ酸を含む、アミノ酸1-46(またはプロトロンビン配列の44-88)からなる。PIVKAタンパク質は、脱炭酸されたGLAの位置及び数に関して変化する複数の形態において存在する。」(段落【0028】)と記載されている。
これは、甲3(前記2⑴)における「PIVKA-IIはビタミンK依存性血漿蛋白質の一つであるプロトロンビンの前駆物質であって、アミノ末端領域にある10個のグルタミン酸残基についてのγ-カルボキシル化の程度が不完全なもの」をいい、「10個のグルタミン酸残基中いくつがγ-カルボキシル化を受けるかにより数種類のPIVKA-IIが混在した状態で存在している」という記載(甲3の【発明の詳細な説明】【0002】)と整合し、本件出願日当時及び本件優先日当時の技術常識であったといえる。
そうすると、本件訂正発明3における「PIVKA-II」は、10個のグルタミン酸残基中のγ-カルボキシル化の程度の違いによる複数の形態のもの(全て又は一部が脱炭酸されたグルタミン酸残基であるもの)を包含するといえる。
そして、本件訂正発明3で特定される「PIVKA-IIのアミノ酸1-13」の配列に着目した場合、脱炭酸され得るグルタミン酸残基は、6位及び7位にのみ存在するから、原告が主張するように(前記第2の1〔原告の主張〕⑴)、6位及び7位の構造の違い(カルボキシル基の有無)により、タイプ(i)(6位及び7位がGlu)、タイプ(ii)及びタイプ(iii)(6位又は7位の一方がGluで、他方がGla)並びにタイプ(iv)(6位及び7位がGla)が存在し得ることになる(カルボキシル基を有する場合が「Gla」、有しない場合が「Glu」である。)。
⑶ 抗体の「抗原結合性部分」とは、抗原に特異的に結合する能力を保持する抗体の一つ又は複数のフラグメントを意味し、抗体の抗原結合性の機能は、全長の抗体の一つ又は複数のフラグメントによって行われ得る(本件明細書等段落【0037】)。
他方、抗体によって結合される抗原の領域は、エピトープ(抗原決定基、抗原性決定基)と呼ばれ、抗原分子上の抗原抗体反応の特異性及び免疫原性を決定している構造であり、抗原分子上で分子量400ないし1000程度の大きさの構造(6~10個のアミノ酸残基より成るペプチド部分、5~8個の単糖より成る多糖体部分がこれを形成していると考えられている。)を有する(本件明細書等段落【0046】、甲15、甲16(前記2⑶))。
つまり、抗体は、そのフラグメントである抗原結合性部分において、抗原の特定のペプチド部分等の構造(抗原性決定基又はエピトープ)と結合する。 そうすると、本件訂正発明3においては、「PIVKA-IIのアミノ酸1-13に結合する抗原結合性部分」とは、抗原であるPIVKA-IIにおいて、「PIVKA-IIのアミノ酸1-13」の範囲内にエピトープが存在し、当該エピトープに結合する「抗原結合性部分」であることを意味するものと認められる。
⑷ 本件明細書等の段落【0029】には、「抗体はこのように、PIVKA-IIを特異的に認識し結合することができる。」という記載が存在する。
上記段落【0029】は、本件明細書等の段落【0028】から始まる「発明を実施するための形態」のうちの「A.序文および定義」の項目に含まれるものである。
段落【0028】は、「PIVKA-IIのアミノ酸1-13に結合する抗原結合性部分」を有する新たな抗体である「第2の抗PIVKA抗体」について述べており、この「第2の抗PIVKA抗体」は、PIVKAの脱炭酸されたアミノ酸残基と強力に反応することができ、カルボキシル化された(通常の)アミノ酸残基と中程度に反応することができるものであり、これをPIVKA-IIに対するイムノアッセイに用いることにより、従来、利用可能なPIVKA-IIに対するイムノアッセイでは不可能であったPIVKA-IIの「アミノ酸17-23のGLAの外側(脱炭酸されたGLAを含む。)」の検出を可能にし、アッセイにおいて、「第1の抗PIVKA抗体」と共に用いることにより、「高レベルの特異性」でPIVKA13-27及びPIVKA1-27の両方を検出することが可能となるとされている。つまり、アミノ酸1-13のカルボキシル化されたアミノ酸残基(プロトロンビン)よりも、アミノ酸1-13の脱炭酸されたアミノ酸残基(PIVKA-II)と強力に反応する特性を有する「第2の抗PIVKA抗体」を用いることにより、従来、利用可能なPIVKA-IIに対するイムノアッセイでは不可能であったPIVKA-IIの「アミノ酸17-23のGLAの外側(脱炭酸されたGLAを含む。)の検出が可能になるものといえる。このような段落【0028】の内容からすると、同段落の「高レベルの特異性」は、PIVKA-IIの脱炭酸されたアミノ酸残基(Glu)と強力に反応することによって、PIVKA-IIをプロトロンビンと十分に識別することを意味すると解される。
そして、これを受けて、本件明細書等の段落【0029】は、新たな「抗体」ないし「結合性タンパク質」が、「したがって37±4nMまたはそれ未満の・・・PIVKA-IIペプチドに対するK d で、PIVKA-IIの1つまたは複数のエピトープに結合する結合性タンパク質」であること、特に、「約1×10 -9 Mまたはそれを超える、好ましくは約1×10 -10 Mまたはそれを超える、PIVKA-IIのアミノ酸領域1-13に対する解離定数(Kd )を有する」ことを記載した上で、「抗体はこのように、PIVKA-IIを特異的に認識し結合することができる。」と記載している。
以上によれば、本件明細書等の段落【0029】の「抗体はこのように、PIVKA-IIを特異的に認識し結合することができる」の「このように」とは、「抗体」ないし「結合性タンパク質」が、アミノ酸1-13のカルボキシル化されたアミノ酸残基(プロトロンビン)よりも、アミノ酸1-13の脱炭酸されたアミノ酸残基(PIVKA-II)と強力に反応する特性を有することにより、従来、利用可能なPIVKA-IIに対するイムノアッセイでは不可能であったPIVKA-IIの「アミノ酸17-23のGLAの外側(脱炭酸されたGLAを含む。)」の検出を可能にし、「高レベルの特異性」で、すなわち抗体(結合性タンパク質)のPIVKA-IIとプロトロンビンとの反応性の違いに基づいて、プロトロンビンと十分に識別してPIVKA13-27及びPIVKA1-27の両方を検出することを指すものと認められる。そして、このように、抗体のPIVKA-IIとプロトロンビンとの反応性の違いに基づいて、PIVKA-IIをプロトロンビンと識別して結合することが「PIVKA-IIを特異的に認識し結合する」ことを意味するものと解される。
段落【0029】は、これに引き続いて、抗体がPIVKA-IIに結合した後は、プロトロンビンによって置換されないこと、「本開示の6H6抗体」がPIVKA-IIよりもプロトロンビンに対して低い親和性を有することが記載されており、いずれも、抗体が、プロトロンビンよりもPIVKA-IIと強力に反応することを説明したものといえるから、それ以前の記載内容と整合する。
以上によれば、本件審決において、「その抗体の一つ(第2の抗体、すなわち訂正後の請求項3に係る結合性タンパク質)は、PIVKA-IIのアミノ酸1-13の脱炭酸されたアミノ酸残基と強力に反応し、反応後(結合後)は、脱炭酸されていない通常のアミノ酸1-13、すなわち、プロトロンビンのアミノ酸1-13により、置換されない特性を有し、」「PIVKA-IIを特異的に認識し、結合することができるものであることが理解できる。」とした認定(審決書84頁)に誤りはなく、本件訂正発明3の「単離された結合性タンパク質」における「プロトロンビン誘導ビタミンKアンタゴニストII(PIVKA-II)のアミノ酸1-13に結合する抗原結合性部分を含み、PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」という発明特定事項は、「PIVKA-IIのアミノ酸1-13」の範囲内にエピトープが存在し、PIVKA-IIの脱炭酸されたアミノ酸残基(Glu)と強力に反応することによって、抗原であるPIVKA-IIを「プロトロンビン」と識別して結合することであると認められる。
前記1⑶イのとおり、本件訂正発明は、肝細胞癌(HCC)又は肝癌を検出するのに有効に用いられ得るモノクローナル抗体を提供することを課題とするものであるが、PIVKA-IIは、HCC患者の場合に上昇することが知られているのであるから、本件訂正発明の結合性タンパク質(抗体)が、PIVKA-II及びプロトロンビンの反応性の差異を利用して、PIVKA-IIをプロトロンビンと識別して結合するものであるという上記解釈は、本件訂正発明の技術的意義とも合致する。
⑸ 前記⑵のとおり、「PIVKA-II」には、10個のグルタミン酸残基中のγ-カルボキシル化の程度の違いによる複数の形態のもの(全て又は一部が脱炭酸されたグルタミン酸残基であるもの)が包含されること、つまり、プロトロンビンのγ-カルボキシル化されたグルタミン酸残基(Gla)のうち、少なくとも一つが脱炭酸されてグルタミン酸残基(Glu)となったものがPIVKA-IIであることが、本件優先日及び本件出願日当時の技術常識であった。
また、本件訂正発明3で特定される「PIVKA-IIのアミノ酸1-13」の配列に着目した場合、脱炭酸され得るグルタミン酸残基は、6位及び7位にのみ存在する(前記⑵)。この点は当事者間に争いがなく、本件出願当時の技術常識であったと認められる。したがって、プロトロンビンとアミノ酸残基が異なり得る箇所が、「6位及び/又は7位のグルタミン酸残基」におけるカルボキシル基の有無のみであることも、本件出願当時の技術常識からみて自明である。
これらのことからすると、当業者は、「PIVKA-IIのアミノ酸1-13」における「脱炭酸されたアミノ酸残基と強力に反応することができ、カルボキシル化された(通常の)アミノ酸残基と中程度に反応することができる」(本件明細書等の段落【0028】)という性質を利用して、イムノアッセイにおいてPIVKA-IIを検出可能とするためには、6位及び7位がGlaであるプロトロンビンと、当該位置におけるアミノ酸残基が異なるPIVKA-IIとを識別できる抗体(結合性タンパク質)であればよいことも理解できる。
以上の本件明細書等の記載(アミノ酸残基による反応性の違い)及び本件出願当時の技術常識を踏まえれば、「PIVKA-IIにおけるアミノ酸1-13」と「プロトロンビンにおけるアミノ酸1-13」とは、「6位及び/又は7位のグルタミン酸残基」におけるカルボキシル基の有無(カルボキシル基を有する場合は「Gla」、有しない場合は「Glu」)によって、その配列の違いにより、構造の違いを生じ得るから、「PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位のGlu」が、「プロトロンビンにおける6位及び7位のGla」とは異なる特異的な構造部位であるといえる。
⑹ 前記⑷及び⑸によれば、本件明細書等の記載及び特許出願当時の技術常識を踏まえれば、当業者であれば、本件訂正発明3の「PIVKA-IIを特異的に認識して結合」するとは、本件訂正発明3の「結合性タンパク質」が、PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位のGluを含む構造と、プロトロンビンにおける6位及び7位のGlaを含む構造とを識別し、両者の構造の違い(すなわち、PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位のGluを含む特異的な構造部位の有無)に依存して、その両者に対する反応性が異なることを意味すると理解することができる。
⑺ この点に関して原告は、前記第3の1〔原告の主張〕⑴のとおり、本件明細書等の記載及び当業者の技術常識に基づけば、「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」とは、PIVKA-IIのアミノ酸1-13に存在するエピトープを認識してPIVKA-IIに結合することを意味するにほかならないと主張する。
確かに、本件明細書等の段落【0035】には、「本明細書で用いられる『結合』、『特異的結合』または『特異的に結合する』の語は、抗体、タンパク質またはペプチドの、第2の化学種との相互作用に関して、相互作用が化学種上の特定の構造(例えば、抗原性決定基もしくはエピトープ)の存在に依存すること」を意味するとある。
しかし、本件訂正発明3で用いられている語句は「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」であり、段落【0035】の「特異的に結合する」と全く同一ではない。そして、「特異的に認識して結合する」の語句は段落【0029】に存在するところ、本件明細書等の文脈も踏まえた同段落の上記語句の解釈は、前記⑷のとおりである。そして、本件明細書等の段落【0029】の「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」と、本件訂正発明3の「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」とを別異に解すべき根拠となる事情は認められないから、本件訂正発明3の「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」という発明特定事項は、前記⑷のとおり、「PIVKA-IIのアミノ酸1-13」の範囲内にエピトープが存在し、PIVKA-IIの脱炭酸されたアミノ酸残基(Glu)と強力に反応することによって、抗原であるPIVKA-IIを「プロトロンビン」と識別して結合することであると認めることができる。
これに加え、前記⑸の説示内容も併せれば、本件訂正発明3の「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」は前記⑹のとおり解するのが相当であり、単にPIVKA-IIのアミノ酸1-13に存在するエピトープを認識してPIVKA-IIに結合することを意味すると解することはできない。 したがって、原告の上記主張は採用することができない。
4 取消事由1(本件訂正発明3の甲4-1発明に対する新規性の有無に関する判断の誤り)について
⑴ 甲4の記載内容は、別紙4「文献の記載」1に記載のとおりである。
上記のとおりである甲4の記載内容によれば、甲4に記載された発明の一つとして、本件審決が認定した甲4-1発明(前記第2の4⑵ア(ア)a)があると認められる。この甲4-1発明が甲4に記載されていることについては、当事者間に争いがない。
甲4-1発明の内容に照らせば、本件訂正発明3と甲4-1発明との一致点及び相違点は、本件審決が認定した前記第2の4⑵ア(イ)のとおりであると認められる。したがって、本件訂正発明3と甲4-1発明との間には上記の相違点があり、後記5⑴のとおり、同相違点は実質的な相違点であるから、本件訂正発明3と甲4-1発明とが同一であるとは認められない。
⑵ 原告の前記第3の1〔原告の主張〕の主張について
ア 原告は、前記第3の1〔原告の主張〕⑴のとおり、本件明細書等の記載及び当業者の技術常識に基づいて解釈すれば、甲4-1発明の抗体H-11は「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」ものであるから、本件訂正発明3に係る結合性タンパク質は、甲4-1発明の抗体H-11と区別することはできず、本件訂正発明3は甲4-1発明と同一であって、新規性を有さないと主張する。
しかし、前記3のとおり、本件明細書等の記載及び本件優先日当時の技術常識を踏まえれば、本件訂正発明3の「単離された結合タンパク質」における「プロトロンビン誘導ビタミンKアンタゴニストII(PIVKA-II)のアミノ酸1-13に結合する抗原結合性部分を含み、PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」という発明特定事項は、抗原であるPIVKA-IIのうち、上記「PIVKA-IIのアミノ酸1-13」の範囲内にエピトープが存在し、PIVKA-IIの脱炭酸されたアミノ酸残基(Glu)と強力に反応することによって、抗原であるPIVKA-IIを「プロトロンビン」と識別して結合することであると認められる。 これに対し、甲4には、抗体H-11について、「数種類の他のビタミンK依存性タンパク質は、当該抗体(抗体H-11)への免疫抗原プロテインCの結合を阻害することが見出された。」との記載がある(別紙4「文献の記載」1⑵ア、⑶オ)。これはすなわち、抗体H-11が、数種類のビタミンK依存性タンパク質に結合する(この結合のため、抗体H-11が免疫抗原プロテインCと結合することが阻害される。)ことを意味しており、プロトロンビンも抗体H-11のプロテインCとの結合を阻害したことが記載されている(別紙4「文献の記載」1⑶オ)。さらに、甲4には、プロトロンビン上の抗原性部位が、Gla残基の熱による脱カルボキシル化の後にも反応性であり、この結果は、グルタミン酸残基のγ‐カルボキシル化が抗体認識に必要とされないことを示すことが記載されている(別紙4「文献の記載」1⑶カ)。
これらの記載内容からすれば、甲4-1発明の抗体H-11は、抗原決定基のグルタミン酸残基がカルボキシル化されたプロトロンビンであっても、脱カルボキシル化されたPIVKA-IIであっても、認識し、結合すると認められるから、本件訂正発明3の「プロトロンビン誘導ビタミンKアンタゴニストII(PIVKA-II)のアミノ酸1-13に結合する抗原結合性部分を含み、PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」ものに相当するとはいえない。
イ 原告は、前記第3の1〔原告の主張〕⑵のとおり、甲18を参酌すれば、抗体H-11は、血液中に含まれる程度の「通常の」カルシウムイオン濃度の条件下で、PIVKA-IIとプロトロンビンとの間で反応性が明確に異なっているから、「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」に該当すると主張する。
しかし、甲4は、抗体H-11について、「抗原決定基のグルタミン酸残基がカルボキシル化されたプロトロンビンであっても、脱カルボキシル化されたPIVKA-IIであっても、認識し、結合する」ことを開示するにとどまる。確かに、甲18は甲4の後に公開された文献であって、同文献の記載からは、カルシウムイオン濃度10mMの条件下でのH-11のPIVKA-II等への結合性という甲4では開示されていなかった新たな実験に基づくH-11に関する性質を開示するものであると認められるものの、カルシウムイオン存在等の条件によって、抗体H-11のプロトロンビン及びPIVKA-IIに対する反応性に変化があることは、甲4の開示から当業者が認識できるものではない。そうすると、甲18におけるカルシウムイオン濃度10mMの特殊な条件下での結果による反応性の違いという知見は、追加実験による新たな反応性の知見を提示するものであって、甲4の開示を超えた新たな性質の発見に基づく発明を認定するものといえるから、甲4の記載の再現実験により確認された属性ということはできない。
したがって、甲4を主引例とする新規性の判断において、甲18を参酌して甲4発明の内容を認定することは許されないと解すべきである。
甲4及び甲18によれば、各文献の著者の一部が同一であることが認められ、この事実からすると、甲4の記載の基となっている研究と、甲18の記載の基となっている研究が関連するものである可能性は否定できないが、仮に上記各研究が関連するものであったとしても前記結論は左右されない。
ウ 以上によれば、原告の上記各主張はいずれも採用することができない。
⑶ 取消事由1に関する結論
以上によれば、本件訂正発明3の甲4-1発明に対する新規性の有無に関する本件審決の判断に誤りはなく、取消事由1には理由がない。
5 取消事由2(本件各訂正発明の甲4-1発明、甲1-1発明又は甲4-2発明に対する進歩性の有無に関する判断の誤り)について
⑴ 本件訂正発明3の甲4-1発明に対する進歩性について ア 前記4⑴及び⑵アのとおり、甲4の記載によれば、甲4-1発明の抗体H-11は、抗原決定基のグルタミン酸残基がカルボキシル化されたプロトロンビンであっても、脱カルボキシル化されたPIVKA-IIであっても認識し、結合すると認められるから、「PIVKA-IIを特異的に認識して結合」するものとは認められない。
そして、甲4の記載内容は別紙4「文献の記載」1に記載のとおりであるところ、甲4には、前記3のとおりの意味における「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」ものが記載も示唆もされているとは認められないから、甲4-1発明の抗体H-11を、「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」ものとすることは、当業者が容易に想到できたものとはいえない。
イ 原告の前記第3の2〔原告の主張〕⑴の主張について
(ア) 原告は、抗体H-11はPIVKA-IIのアミノ酸1-13に結合するものであり、これはアミノ酸1-13の中に存在するエピトープ部分に特異的に結合することを意味するのであって、抗体H-11はPIVKA-IIにも特異的に認識して結合するものであるから、甲4-1発明は、本件訂正発明3と実質的に相違する点はなく、仮に相違点があるとしても、甲4-1発明に係る当業者であれば、抗体H-11をPIVKA-IIに対して特異的に認識して結合する抗体とすることは、容易に動機付けられると主張する。
しかし、前記3のとおり、本件明細書等の記載及び特許出願当時の技術常識を踏まえれば、本件訂正発明3の「単離された結合タンパク質」における「プロトロンビン誘導ビタミンKアンタゴニストII(PIVKA-II)のアミノ酸1-13に結合する抗原結合性部分を含み、PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」という発明特定は、抗原であるPIVKA-IIのうち、上記「PIVKA-IIのアミノ酸1-13」の範囲内にエピトープが存在し、PIVKA-IIの脱炭酸されたアミノ酸残基(Glu)と強力に反応することによって、抗原であるPIVKA-IIを「プロトロンビン」と識別して結合することを意味すると解される。そして、上記理解に基づけば、甲4-1発明が本件訂正発明3と実質的に相違する点がないとはいえず、抗体H-11をPIVKA-IIに対して特異的に認識して結合する抗体とすることについて当業者が容易に動機付けられるとも認められない。
(イ) 原告は、「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」を上記(ア)のとおり解するとしても、甲18を参酌することで、甲4-1発明に係る抗体H-11が、6位及び7位の残基の違いによる異なる反応性、すなわち所定の反応特異性を示すことが認められると主張する。
しかし、甲18の性質及び内容は、前記4⑵イのとおりであり、抗体H-11について甲4の開示を超え、新たな実験に基づく新たな性質を開示するものであるところ、甲18で開示された抗体H-11の新たな性質が本件優先日当時の技術常識であったとはいえない。また、甲4を主引例とする進歩性の判断において、抗体H-11について、甲4では開示されておらず甲18で開示された性質を、甲18を副引例として用いることで認定することは許されないというべきである。
(ウ) 原告は、本件訂正発明3の効果は、本件訂正発明3の一つの実施例である抗体6H6において、ヒト血清中のPIVKA-IIを検出できるという程度のものでしかなく、抗体として当然に予測されるものに過ぎないと主張する。
しかし、抗体6H6、さらには本件訂正発明3の「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」「単離された結合性タンパク質」が、PIVKA-IIを検出することができる性質を有することが、「抗体として当然に予測されるものに過ぎない」とは解されず、このような理由で、本件訂正発明3と甲4発明との相違点について当業者が容易想到であるとは認められない。
(エ) 以上によれば、原告の上記各主張はいずれも採用することができない。
・・・
6 取消事由3(本件各訂正発明と甲11発明との同一性(拡大先願との同一性)に関する判断の誤り)について
⑴ 甲11発明の認定について
ア 甲11の記載内容は、別紙4「文献の記載」3に記載のとおりである。 上記のとおりである甲11の記載内容によれば、甲11には本件審決が認定した甲11-1発明ないし甲11-7発明(前記第2の4⑵ウ(ア))が記載されていると認めることができる。
イ これに対し、原告は、前記第3の3〔原告の主張〕⑵のとおり、甲11には、二抗体サンドイッチ法によるPIVKA-IIの測定に使用される2種の抗体として、「モノクローナル抗体P-11」、「モノクローナル抗体P-16」のみが開示されているのではなく、モノクローナル抗体P-11、P-16をそれぞれ一例として含む、「PIVKA-IIに特異的な抗体」が開示されていると読むのが相当であるから、原審決の認定した甲11発明について、甲11-1発明は「甲11-1’発明」のとおり認定されるべきであり、甲11-2発明、甲11-3発明、甲11-5発明ないし甲11-7発明についても、本件審決の認定中「モノクローナル抗体P-16」とある箇所を「モノクローナル抗体P-16を一例とする、PIVKA-IIに特異的に結合するモノクローナル抗体」に訂正した内容として認定すべきであると主張する。
しかし、甲11及び甲12の記載をみても、P-11、P-16以外のモノクローナル抗体は得られておらず、これらの抗体が「一例」に過ぎないことや、これら以外の「一例として含む、PIVKA-IIに特異的な抗体」が開示されているとする根拠も見いだせない。
したがって、甲11-1発明を原告の主張する「甲11-1’発明」のとおり認定すべきと解することはできず、甲11-2発明、甲11-3発明、甲11-5発明ないし甲11-7発明についても、本件審決の認定中「モノクローナル抗体P-16」とある箇所を「モノクローナル抗体P-16を一例とする、PIVKA-IIに特異的に結合するモノクローナル抗体」に訂正した内容として認定すべきと解することはできない。甲11に記載された発明は、本件審決のとおり、甲11-1発明ないし甲11-7発明のとおり認定することができる。
⑵ 本件訂正発明3について
甲11-1発明は、「精製したPIVKA-IIをマウスに注射することによって生産されたモノクローナル抗体P-16。」である。
そして、甲11の記載によれば、甲11-1発明にある「モノクローナル抗体P-16」は、「受託番号FERM BP-11259で特定されるハイブリドーマにより産生されるモノクローナル抗体」であるところ(後記第4「文献の記載」3⑵カ、キ、ク)、当該抗体は本件訂正発明3から明示的に除かれている。
そして、前記⑴のとおり、甲11-1発明を原告の主張する「甲11-1’発明」(精製したPIVKA-IIをマウスに注射することによって生産される、モノクローナル抗体P-16を一例とする、PIVKA-IIに特異的に結合するモノクローナル抗体。)と認定することはできない。すなわち、甲11-1発明にモノクローナル抗体P-16以外の抗体が含まれているとは認められない。
以上によれば、甲11-1発明は本件訂正発明3と同一ではない。
・・・
7 取消事由4(明確性要件違反)について
⑴ 判断基準
特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、その技術的範囲に属するか否かの判断が困難となることにより第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断するのが相当である。
⑵ 本件訂正発明3の明確性について
本件訂正発明3は、「プロトロンビン誘導ビタミンKアンタゴニストII(PIVKA-II)のアミノ酸1-13に結合する抗原結合性部分を含み、PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」という性質で特定された事項を含む「結合性タンパク質」という物の発明である。
そして、前記3の説示のとおり、本件明細書等の記載及び特許出願当時の技術常識を踏まえれば、本件訂正発明3の「PIVKA-IIを特異的に認識して結合」するとは、本件訂正発明3の「結合性タンパク質」が、PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位のGluを含む構造と、プロトロンビンにおける6位及び7位のGlaを含む構造とを識別し、両者の構造の違い(すなわち、PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位のGluを含む特異的な構造部位の有無)に依存して、その両者に対する反応性が異なることを意味すると当業者は理解することができる。
したがって、本件訂正発明3について、特許請求の範囲の記載が、その技術的範囲に属するか否かの判断が困難となることにより第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとは認められない。
⑶ 本件訂正発明4、5、13、15ないし22、25ないし31、33ないし37、40、45ないし53、55、57ないし69、71及び72について
原告が明確性要件違反を主張する上記各訂正発明は、いずれもその特許請求の範囲の記載に「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」という語句が含まれるか、又はこの語句を用いた請求項を引用している。したがって、本件各訂正発明3が明確性を欠くと認められないのと同様、上記各訂正発明についても明確性を欠くとは認められない。
⑷ 原告の前記第3の4〔原告の主張〕における主張について
ア 原告は、前記第3の4〔原告の主張〕⑴のとおり、タイプ(iv)のPIVKA-IIは、本件訂正発明3に記載の「PIVKA-II」ではあっても、本件審決が認定するような「プロトロンビンのアミノ酸1-13により、置換されない特性を有する」とはいえず、「PIVKA-IIのアミノ酸1-13に結合」し、かつ「PIVKA-IIを特異的に認識して結合」するという、訂正後の請求項3が規定する「PIVKA-II」の意義は、PIVKA-IIのタイプの違いによって異なることになり、意義を一義的に理解することはできないと主張する。
しかし、前記⑵のとおり、当業者は、「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」との特定事項について、PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位のGluを含む構造と、プロトロンビンにおける6位及び7位のGlaを含む構造とを識別し、両者の構造の違い(すなわち、PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位のGluを含む特異的な構造部位の有無)に依存して、その両者に対する反応性が異なることを意味すると理解することができる。
そうすると、当業者は、プロトロンビンと配列が同一であるタイプ(iv)(6位及び7位がGla)のPIVKA-IIは、「PIVKA-II」自体には含まれるとしても、「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」と特定された場合の「PIVKA-II」には該当しないものとなることも理解することができると認められる。
したがって、本件訂正発明3が規定する「PIVKA-II」の意義がPIVKA-IIのタイプの違いによって異なるために明確性を欠くと解することはできない。
イ(ア) 原告は、前記第3の4〔原告の主張〕⑵のとおり、①PIVKA-IIのタイプ(ii)とタイプ(iii)がタイプ(i)と同様の結合特異性を示すとはいえないので、PIVKA-IIのタイプの違いによって意義が異なることになり、意義を一義的に理解することはできない、②仮に、本件審決が認定したように「置換されない特性」の点から結合特異性を判断するとしても、その基準や程度は本件訂正発明3にも本件明細書等にも明示の定義がなく全く不明であり、「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」という点において、タイプ(ii)とタイプ(iii)がタイプ(i)と同様の結合特異性を示すとは到底いえず、「置換されない特性」も同様であるとはいえないと主張する。
(イ) しかし、上記①については、前記3⑵のとおり、タイプ(ii)及びタイプ(iii)のPIVKA-IIが、「PIVKA-II」自体に含まれることは明らかである。
そして、「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」と特定された場合の「PIVKA-II」であることを考慮したとしても、タイプ(ii)又は(iii)のPIVKA-IIは、6位又は7位のいずれかにGluを含む構造を有するものであって、プロトロンビンの「6位及び7位のGla」を含む構造と異なることから、当該「PIVKA-II」に含まれることは当業者が明確に把握できる。
したがって、タイプ(ii)又は(iii)についてのPIVKA-IIに対する結合特異性を測定した実施例がなければ、「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する」と特定された場合の「PIVKA-II」の意味内容を当業者が理解できないとはいえず、本件訂正発明3の「結合性タンパク質」が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとすることはできない。
(ウ) 上記②については、前記3及び前記⑵の説示によれば、本件明細書等の段落【0028】及び【0029】の記載等から、本件訂正発明3の「PIVKA-IIのアミノ酸1-13に結合する抗原性結合部分」を含み、かつ「PIVKA-IIを特異的に認識して結合」するという「結合性タンパク質」は、前記⑵のとおりの意味であることが明確であり、「置換されない特性」の基準や程度によって、本件訂正発明3が規定されているわけではないから、「置換されない特性」の基準や程度が不明であるために本件訂正発明3が不明確であると解することはできない。
ウ したがって、原告の上記各主張は、いずれも採用することができない。
⑸ 取消事由4に関する結論
以上によれば、明確性要件違反に関する本件審決の判断に誤りはなく、取消事由4には理由がない。
8 取消事由5(サポート要件違反)について
⑴ 判断基準
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
⑵ 本件各訂正発明の課題
前記1⑶イのとおり、本件明細書等の記載によれば、本件各訂正発明は、肝細胞癌(HCC)又は肝癌を検出するのに有効に用いられ得るモノクローナル抗体を提供することを課題とするものであると認められる。
⑶ 本件訂正発明3について
ア 前記1⑶ウのとおり、本件各訂正発明は、これをPIVKA-IIに対するイムノアッセイに用いることにより、従来、利用可能なPIVKA-IIに対するイムノアッセイでは不可能であったPIVKA-IIの「アミノ酸17-23のGLAの外側(脱炭酸されたGLAを含む。)」の検出を可能にした新たな抗体として、「PIVKA-IIのアミノ酸1-13に結合する抗原結合性部分」を含む単離された結合性タンパク質(抗体)を提供するという技術的意義を有する。
また、「PIVKA-IIのアミノ酸1-13」における「脱炭酸されたアミノ酸残基と強力に反応することができ、カルボキシル化された(通常の)アミノ酸残基と中程度に反応することができる」(本件明細書等の段落【0028】)という性質を利用して、イムノアッセイにおいてPIVKA-IIを検出可能とするためには、6位及び7位がGlaであるプロトロンビンと、当該位置におけるアミノ酸残基が異なるPIVKA-IIとを識別できる抗体(結合性タンパク質)であればよいことを当業者は理解することができるところ、「PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位のGlu」が、「プロトロンビンにおける6位及び7位のGla」とは異なる特異的な構造部位である(前記3⑸)。
したがって、本件明細書等の発明の詳細な説明には、本件各訂正発明の課題を解決するために、PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位のGluを含む構造と、プロトロンビンにおける6位及び7位のGlaを含む構造とを識別し、両者の構造の違い(すなわち、PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位のGluを含む特異的な構造部位の有無)に依存して、その両者に対する反応性が異なるという特徴を有する「結合性タンパク質」を提供することが記載されていると認めることができる。
イ 本件明細書等の実施例2によれば、本件訂正発明3の「結合性タンパク質」の具体例である6H6モノクローナル抗体は、プロトロンビンペプチド(1-13)に比してPIVKA-IIのアミノ酸1-13ペプチドに高い親和性を有しており(段落【0172】~【0175】)、実施例3によれば、6H6モノクローナル抗体を試薬として用いた自動イムノアッセイについて、ヒト血清中のPIVKA-IIを検出するアッセイの能力を実証したことが記載されており(段落【0176】~【0181】)、HCC患者の場合に上昇することが知られているPIVKA-IIを実際に検出できたことが裏付けられている。
ウ 上記ア、イの各事情を総合すれば、PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位のGluを含む特異的な構造部位の有無に依存して、PIVKA-IIとプロトロンビンに対する反応性が異なるという本件訂正発明3の「結合性タンパク質」の特徴を有することにより、HCC患者の場合に上昇することが知られているPIVKA-IIを有効に検出でき、HCC又は肝癌を検出するのに有効に用いられ得るといえるから、本件訂正発明3の「結合性タンパク質」は前記⑵の課題を解決できるものと認められる。
したがって、本件明細書等の発明の詳細な説明の記載及び本件特許の出願時における技術常識に照らし、本件訂正発明3は、当業者が前記⑵の課題を十分に解決できると認識できる範囲のものであり、かつ、発明の詳細な説明に記載されたものといえる。
⑷ その余の本件各訂正発明について 本件審決は、訂正後の請求項4、5、13、15ないし22、25ないし31、33ないし37、40、45ないし53、55、57ないし69、71及び72について、いずれも、訂正後の請求項3を直接又は間接的に引用するか、訂正後の請求項3と同様の「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する、単離された結合性タンパク質」を発明特定事項とするものを含むものであるところ、訂正後の請求項3と同様に、サポート要件を満たす旨判断しているが(審決書86頁)、この判断は相当であるといえる。
⑸ 原告の前記第3の5〔原告の主張〕における主張について
原告は、本件訂正発明3は、HCC又は肝癌を検出することのできない結合性タンパク質を広く包含することになり、請求項の範囲全体にわたって「HCCまたは肝癌を検出するための、結合性タンパク質を提供する」という課題が解決できると認識することはできず、このような結合性タンパク質を含む本件訂正発明3はサポート要件に違反すると主張する。
しかし、前記⑶のとおり、本件明細書等の記載から、本件訂正発明3の「結合性タンパク質」について、PIVKA-IIのアミノ酸1-13の範囲内における「脱炭酸されたアミノ酸残基」に対する反応性(相互作用)と、「カルボキシル化された(通常の)アミノ酸残基」に対する反応性(相互作用)とが、PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位のGluを含む特異的な構造部位の有無に依存して異なることが裏付けられているといえる。
6H6モノクローナル抗体が、タイプ(i)(6位及び7位がGlu)とは異なる他のタイプのPIVKA-IIのペプチド(1-13)に対して結合特異性を示すか否かが明らかでなかったとしても、少なくとも、アミノ酸残基の脱炭酸の程度が最も大きいタイプ(i)のPIVKA-IIペプチドを、プロトロンビンと識別して結合するのであるから、HCC患者の場合に上昇することが知られているPIVKA-IIを検出でき、HCC又は肝癌を検出するのに有効に用いられ得るといえる。
さらに、①本件明細書等には、第2の抗体(本件訂正発明3の結合性タンパク質)が「PIVKA-IIのアミノ酸1-13」における「脱炭酸されたアミノ酸残基と強力に反応することができ、カルボキシル化された(通常の)アミノ酸残基と中程度に反応することができる」との記載があること(段落【0028】)、②実施例2において、6H6モノクローナル抗体について、6位及び7位の二つのアミノ酸残基のみが異なるPIVKA-IIペプチド(1-13)及びプロトロンビンとの関係で解離定数の値が大きく異なるという反応性(相互作用)の差異がある事実が明らかになっていること、並びに③PIVKA-IIにタイプ(i)ないし(iv)が存在するという技術常識があることを踏まえれば、当業者は、本件訂正発明3の「結合性タンパク質」が、「6位及び/又は7位のグルタミン酸残基(Glu)」の部分でPIVKA-IIとプロトロンビンとを識別することを理解し、「6位又は7位の一方のみがGlu」であるタイプ(ii)及びタイプ(iii)のPIVKA-IIペプチド(1-13)についても、「6位及び7位がGla」であるプロトロンビンペプチド(1-13)との配列の違いがあることから、反応性(相互作用)に違いがあると理解するものといえる。
したがって、6H6モノクローナル抗体が、タイプ(ii)又は(iii)のPIVKA-IIに対し結合特異性を有することが確認できていないために、HCC又は肝癌を検出するのに有効でなく、上記課題を解決できるものでないとは認められない。
以上によれば、本件訂正発明3がHCC又は肝癌を検出することのできない結合性タンパク質を広く包含するために前記⑵の課題を解決できると認識することはできないとの理由で、本件訂正発明3がサポート要件に違反するとは解されない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
⑹ 取消事由5に関する結論
以上によれば、サポート要件違反に関する本件審決の判断に誤りはなく、取消事由5には理由がない。
9 取消事由6(実施可能要件違反)について
⑴ 判断基準
特許法36条4項1号に規定する実施可能要件については、明細書の発明の詳細な説明が、当業者において、その記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、特許請求の範囲に記載された発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているかを検討すべきである。
⑵ 本件訂正発明3について
ア 本件訂正発明3は、「単離された結合性タンパク質」という物の発明である。
そして、前記3⑹のとおり、本件訂正発明3の「PIVKA-IIを特異的に認識して結合」するとは、本件訂正発明3の「結合性タンパク質」が、PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位のGluを含む構造と、プロトロンビンにおける6位及び7位のGlaを含む構造とを識別し、両者の構造の違い(すなわち、PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位のGluを含む特異的な構造部位の有無)に依存して、その両者に対する反応性が異なることを意味すると当業者は理解することができる。
本件明細書等の段落【0073】ないし【0080】には、モノクローナル抗体の調製方法として、抗体の技術分野において知られている技術を用いて調製され得ることが記載されており、特に、段落【0075】ないし【0080】に記載のハイブリドーマ技術を用いて抗体を調製する方法は、当該技術分野において日常的であり、よく知られている方法であることが記載されている。
そして、本件明細書等の実施例1(段落【0166】~【0171】)では、本件訂正発明3の「結合性タンパク質」に該当する「6H6モノクローナル抗体」を製造するにあたり、PIVKA-IIのアミノ酸1-17(6位及び7位がGlu)の配列を有するペプチドを免疫原として用いてマウスを免疫化し、PIVKA-IIに対して最高の反応性を示し、プロトロンビンに対して最小の反応性を示したマウスを選択し、また、PIVKA-IIに対して高い反応性を示すハイブリドーマを選択するなどして、ハイブリドーマ6H6のクローンを確立するという、モノクローナル抗体の製造方法が用いられている。
さらに、本件明細書等の実施例2(段落【0172】~【0175】)には、実施例1のハイブリドーマ6H6のクローンから生成される「6H6モノクローナル抗体」のPIVKA-IIペプチド(1-13)及びプロトロンビンペプチド(1-13)に対する親和性を比較し、PIVKA-IIペプチド(1-13)に対する解離定数(K d )の値が、プロトロンビンペプチド(1-13)に対する解離定数の値よりも大幅に低い(すなわち、高い親和性を有する)ものであったことが示されており、上記両ペプチドの配列の違いを踏まえると、本件訂正発明3の「結合性タンパク質」の、PIVKA-IIのアミノ酸1-13の範囲内における「脱炭酸されたアミノ酸残基」に対する反応性(相互作用)と、「カルボキシル化された(通常の)アミノ酸残基」に対する反応性(相互作用)とが、PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位のGluを含む特異的な構造部位の有無に依存して異なることが裏付けられているといえる(前記8⑶、⑸)。
以上を総合すると、発明の詳細な説明の記載事項によれば、PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位のGluを含む特異的な構造部位に高い反応性を示す抗体を得るために、対応するPIVKA-IIのアミノ酸1-17の配列を有するペプチドを免疫原として用いた一般的な製造方法により、本件訂正発明3の所定の「抗原結合性部分」を有する「結合性タンパク質」(抗体)を調製することは、当業者が過度の負担なくなし得ることといえる。
イ 本件明細書等の段落【0114】には、抗体を使用する方法として、本件明細書等に記載される抗体については、PIVKA-II、そのエピトープ又はその部分に結合する抗体の能力を考慮すると、従来の競合的又は非競合的イムノアッセイを用いて、生物学的試料(例えば、血清、血液、組織もしくは血漿など)中のPIVKA-IIの量を検出及び/又は定量するのに用いられ得ること、そして、当該検出が、生物学的試料が得られた患者に対するHCC又は肝癌の診断に用いられ得ることが記載されている。
このうち、試験試料中のPIVKA-II抗原を検出する方法としては、試験試料を「PIVKA-IIのアミノ酸13-27に結合する抗原結合性部分を有する第1の抗体」と、「PIVKA-IIのアミノ酸1-13に結合する抗原結合性部分」を有する「第2の抗体」に接触させ、第1の抗体/抗原/第2の抗体の複合体の形成を標識によって測定する方法が記載されており、その「第1の抗体」が「例えば、mAb 3C10、すなわち、ATCC受託番号PTA-9638を有するハイブリドーマ細胞系統によって生成されるモノクローナル抗体」であり、「第2の抗体」は、「例えば、6H6、すなわち、ATCC受託番号PTA-10541を有するハイブリドーマ細胞系統によって生成されるモノクローナル抗体」であること(段落【0116】)が開示されている。
また、前記8⑶のとおり、本件明細書等の実施例3(段落【0176】~【0181】)には、実施例2の特徴を有する6H6モノクローナル抗体を試薬として用いた自動化イムノアッセイについて、ヒト血清中のPIVKA-IIを検出するアッセイの能力を実証したことが記載されており、HCC患者の場合に上昇することが知られているPIVKA-IIを実際に検出できたことが裏付けられている。
以上の発明の詳細な説明の記載によれば、本件訂正発明3の「抗原結合性部分」を有する「結合性タンパク質(抗体)」が、PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位のGluを含む構造と、プロトロンビンにおける6位及び7位のGlaを含む構造とを識別し、両者の構造の違い(すなわち、PIVKA-IIにおける6位及び/又は7位のGluを含む特異的な構造部位の有無)に依存して、その両者に対する反応性が異なることを利用して、従来の競合的又は非競合的イムノアッセイにより、生物学的試料(例えば、血清、血液、組織もしくは血漿など)中のPIVKA-IIの量を検出及び/又は定量するのに使用することや、生物学的試料が得られた患者に対するHCC又は肝癌の診断に使用することは、当業者が過度の負担なくなし得ることといえる。
ウ 上記ア及びイによれば、明細書の発明の詳細な説明が、当業者において、その記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、本件訂正発明3を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。
⑶ その余の本件各訂正発明について
本件審決は、訂正後の請求項4、5、13、15ないし22、25ないし31、33ないし37、40、45ないし53、55、57ないし69、71及び72について、いずれも、訂正後の請求項3を直接又は間接的に引用するか、訂正後の請求項3と同様の「PIVKA-IIを特異的に認識して結合する、単離された結合性タンパク質」を発明特定事項とするものを含むものであるところ、訂正後の請求項3と同様に、実施可能要件を満たす旨判断しているが(審決書89頁)、この判断は相当であるといえる。
⑷ 原告の前記第3の6〔原告の主張〕における主張について
原告は、タイプ(ii)とタイプ(iii)のPIVKA-IIに対してすらプロトロンビンとは異なる結合特異性を示すか否かは不明であり、「特異性」の程度が不明なもの、あるいは特異性が低いものでも「特異的」であるとして包含するものであるから、調製した結合性タンパク質がHCC又は肝癌を検出するのに使用できるか否かは、逐一実験をしなければ明らかにならず、これは当業者に過度の試行錯誤を必要とするものであり、実施可能要件を充足しているとはいえないと主張する。
しかし、前記8⑸のとおり、本件訂正発明3の「結合性タンパク質」は、「6位又は7位の一方のみがGlu」であるタイプ(ii)及びタイプ(iii)のPIVKA-IIペプチド(1-13)についても、「6位及び7位がGla」であるプロトロンビンペプチド(1-13)と反応性(相互作用)に違いがあると考えられ、かつ、当業者がこれを理解することができるといえる。
そして、前記⑵アの説示内容からすれば、タイプ(ii)又は(iii)についても、そのアミノ酸1-13の配列部分において、6位又は7位のGluを含む構造を有するペプチドを免疫原として用いて、所定の「抗原結合性部分を有する」モノクローナル抗体を一般的な製造方法により製造し、プロトロンビンとの反応性がPIVKA-IIにおける6位又は7位のGluを含む特異的な構造部位の有無に依存して異なるという特徴を有する抗体を調製できるといえる。
そうすると、タイプ(ii)及びタイプ(iii)がPIVKA-IIに対する結合特異性を示すか否かが不明である、あるいは結合特異性が低いために、逐一実験をしなければ調製した結合性タンパク質がHCC又は肝癌を検出するのに使用できるか否かが不明であり、当業者が過度の試行錯誤を要するとはいえない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
⑸ 取消事由6に関する結論
以上によれば、実施可能要件違反に関する本件審決の判断に誤りはなく、取消事由6には理由がない。
10 結論
以上のとおりであり、原告が主張する取消事由はいずれも理由がないから、原告の請求は棄却されるべきである。
よって、主文のとおり判決する。
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