トレリーフ(ゾニサミド)用途特許に対する無効審判、結果は特許維持

<審決紹介>
・無効2017-800120
・審決日:2018613
・合議体:審判長 特許庁審判官 村上騎見高、審判官 蔵野雅昭、審判官 淺野美奈
・請求人:テバ・ホールディングス 株式会社
・被請求人:大日本住友製薬 株式会社
・特許3364481
・発明の名称:神経変性疾患治療薬

コメント
ジェネリック vs 新薬の無効審判を紹介します。
先発品はトレリーフ(ゾニサミド)で、現時点で後発品はありません。
本件特許の請求項1は以下のとおりです。
「【請求項1
ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩を有効成分とする神経変性疾患治療薬。」
争点は進歩性で、審判官は特許を維持しました。
審決の抜粋は下記のとおりです。
前回のブログで紹介した抗体特許の審決(リンク)では、明細書に炎症疾患の薬理データがなくても先行文献から治療可能と認識できたとしてサポート要件を満たすと判断されていました。
一方でこの審決では、治療対象をパーキンソン病とすることは先行文献からは動機づけられないと判断されています。
特許を審判で無効にするのは難しいですね。
1にゾニサミドがパーキソニズムをもたらすことが記載されていた点は、審判官が動機づけを否定するために大きかったと思います。
審決取消訴訟が提起されましたので、今後知財高裁で審理されます。
●審決----------------------------------------------------------------------------------------

4. 当合議体の判断
1. 
請求人の主張の概要
 請求人は、無効理由1に関連して概略以下の主張17をしている。
 
<主張1

 甲第1号証には、ゾニサミドを有効成分とする抗てんかん薬に係る発明(甲1発明)が開示されている。
 また、本件発明1と甲1発明とは、ゾニサミドを有効成分とする医薬である点で一致しているが、本件発明1ではパーキンソン病などの神経変性疾患を治療対象とするのに対して、甲1発明ではてんかんを治療対象としている点で相違する。
 線条体においてドパミンの量を増加させるレボドパなどの薬物がパーキンソン病に対して有効性を発揮できること、及びパーキンソン病の治療薬として線条体におけるドパミンの量を増加させる薬物が臨床的に広く使用されていることは当業者に周知されている。
 そのような技術常識を有する当業者であれば、甲第1号証に教示されているゾニサミドが線条体においてドパミンの量を増加させる作用を有しているという事実を知れば、ゾニサミドが線条体内ドパミン量の減少により発症するパーキンソン病の治療薬として有効性を有することに期待を抱くはずである。
(審判請求書、3623行~4010行、415行~427行、4316行~4515行、請求人が提出した口頭審理陳述要領書926行~1120行、1627行、2120行~2315行、2726行~2914行)
・・・
<主張5> 
 甲第1号証ないし甲第3号証には、てんかん以外の疾患においてはゾニサミドの有効性を期待できないとする制限的な記載や、てんかん以外の疾患にゾミサミドを使用すべきではないとする注意的な記載などは見当たらないから、当業者であれば、パーキンソン病に対してゾニサミドを使用してみることに直ちに動機づけられることは明らかである。
 また、進歩性の判断においては、実際の研究者が何を考えたのかを議論する必要はない。
 また、薬物の投与中止により消失する薬剤性パーキンソニズムを引き起こす場合がごく稀にあるということだけでは、ゾニサミドをパーキンソン病治療薬として使用してみることの阻害要因になろうはずもない。
 また、ゾニサミドがドパミンに対して二相性作用を有するとしても、当業者であればパーキンソン病患者において薬効範囲の血漿中濃度を達成できる投与量及び用法を適宜選択し、薬効範囲を超える投与量を何ら困難性なく回避できる。
(審判請求書、4419行~4515行、請求人が提出した口頭審理陳述要領書頁2120行~2315行、251行~2725行、2918行~313行、3411行~3520行、3713行~396行、平成30316日付上申書621行~718行)
・・・
本件特許発明1についての当合議体の判断
1)甲第1号証に記載された発明との対比
 甲第1号証には、ゾニサミドが新規の抗てんかん薬であること、部分発作の治療の際に効果を発揮すると共に、全身性強直性間代性発作、全身性強直性発作、複雑/複合発作に対しても、様々な程度に効果を発揮すること、有効性と安全性の観点から見て、ゾニサミドは、部分発作患者の場合、カルバマゼピンと同等であることが証明されていること、小児の全身性発作患者を対象とした研究では、valproateVPA)と同等であることが証明されていること、ゾニサミド投与の際に、重篤な副作用が発現したり、強力な抗てんかん作用が発揮されたりすることは稀であるため、ゾニサミドは日本では主要な抗てんかん薬のひとつとみなされていることが記載されている(記載事項1-1)。
 また、「雄のwistarラット」(記載事項1-9)に、「ZNSを治療用量(20 mg/kg50 mg/kg)で投与した結果、線条体のDAおよびDOPAの細胞外濃度が上昇した」(記載事項1-2。なお、「ZNS」、「DA」は、それぞれ、ゾニサミド、ドパミンの略号である。)ことも記載されている。
 
 これらの記載事項から、甲第1号証には、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
 
「ゾニサミドを有効成分とする抗てんかん薬であって、
ゾニサミドの投与量が20 mg/kg50 mg/kgであり、雄のwistarラットの線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する作用を示す、
 抗てんかん薬。」
 本件特許発明1と甲1発明を対比すると、甲1発明の「ゾニサミド」は、本件特許発明1の「ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩」に相当する。また、甲1発明の「抗てんかん薬」も本件特許発明1の「神経変性疾患治療薬」も医薬であることに変わりはない。
 したがって、本件特許発明1と甲1発明の一致点、相違点は以下のとおりである。
 
<一致点>
「ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩を有効成分とする医薬。」
 
<相違点1
 医薬について、本件特許発明1では「神経変性疾患」を治療対象とするのに対して、甲1発明では「てんかん」を治療対象としている点。
 
2)相違点1について
 甲第1号証には、甲1発明の医薬の治療対象について、その有効成分であるゾニサミドが新規な抗てんかん薬であることとともに、抗てんかん薬としての有用性について、部分発作や全身性強直性間代性発作、全身性強直性発作、複雑/複合発作に対しても、様々な程度に効果を発揮することや、重篤な副作用が発現することが稀であることなどが記載されている(記載事項1-1)が、甲1発明の医薬の治療対象を「神経変性疾患」とすることについては、記載も示唆もない。
 
 甲1発明の医薬は、「線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する作用を示す」ものであるから、線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する剤であるともいえるが、甲第1号証には、線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する剤を投与することにより神経変性疾患を治療することについて記載や示唆はないし、線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する剤を投与することにより必ず神経変性疾患を治療することができるといえる技術常識もない。
 
 そればかりか、甲第1号証には、甲1発明の医薬の有効成分であるゾニサミドについて、「他のドパミン作動性副作用(例:パーキンソニズム、妄想的観念)」をもたらすこと、および、「パーキンソニズム」に関連する文献として文献39(記載事項1-11-11参照。脳と神経, 441992 61-63。)が挙げられており、当該文献39に対応する乙第6号証には、ゾニサミド(200mg/日)を服用開始後3ヶ月から振戦(当審注:甲第1号証の「他のドパミン作動性副作用(パーキンソニズム)」に対応する。以下、甲第1号証の表記(パーキンソニズム)に統一する。)が出現したことが記載されている(記載事項乙6-1)。
 この記載は、ゾニサミド200mg/日の投与によりパーキンソニズムがもたらされたことを示すものである。ここで、ゾニサミド200mgは、患者の体重を50kg程度として4mg/kg程度と見なせるところ、甲1発明は、ゾニサミド20 mg/kg50 mg/kgを投与するものであって、記載事項乙6-1にパーキンソニズムをもたらしたことが記載される投与量の5倍ないし12.5倍に達するものであり、ゾニサミド20 mg/kg50 mg/kgを投与するものであることに基づけば、パーキンソニズムをもたらす可能性が高いものであると認められる。
 
 そうすると、甲第1号証は、当業者が、甲1発明の抗てんかん薬において、治療対象を「神経変性疾患」や「パーキンソン病」とすることを動機づけられる記載や示唆を含むものであるとはいえず、当業者が、甲第1号証の記載に基づき、甲1発明の抗てんかん薬において、治療対象を「パーキンソン病」を含む「神経変性疾患」とすることを容易に想到し得たとは認められない。
 
 また、甲第468号証の記載は、パーキンソン病の治療薬の中にドパミンを補う作用を奏するものがあることを示すにとどまり、ドパミンを補う作用を奏する薬物であれば必ずパーキンソン病の治療薬になることを示すものではない。
 そうすると、甲第468号証の記載に接した当業者が、ドパミンを補う作用を奏する薬物であれば必ずパーキンソン病の治療薬になると理解するとはいえない。
 また、ドパミンを補う作用を奏する薬物であればパーキンソン病の治療薬になることが技術常識であったといえる根拠も見出せない。
 
 したがって、甲第1号証に加え、甲第468号証に記載されている事項及び技術常識を勘案しても、当業者が、甲1発明の抗てんかん薬において、治療対象を「パーキンソン病」を含む「神経変性疾患」とすることを容易になし得たとは認められない。
3)効果について
・・・
4)請求人の主張の検討
 主張1は、甲第1号証にゾニサミドが線条体においてドパミンの量を増加させる作用を有していることが記載されているので、当業者は、ゾニサミドが線条体内ドパミン量の減少により発症するパーキンソン病の治療薬として有効性を有することに期待を抱くはずである、というものである。
 しかしながら、上記「(2) 相違点1について」に説示したとおり、甲第1号証には、甲1発明の医薬を投与すると、パーキンソニズムが出現することも記載されているなど、甲第1号証の記載は、全体として、当業者が、甲1発明の抗てんかん薬において、治療対象を「パーキンソン病」とすることを動機づけられる記載や示唆を含むものであるとはいえないものである。
 
 また、主張2は、主張1の前提となる技術常識に関するものであり、主張35は、いずれも、主張1を補強するための主張であると解され、主張67も、顕著な効果の不存在を主張することにより主張1を補強するものであると解されるから、上述のとおり、主張1が採用できない以上、主張27も、採用することができない。
・・・
第5. 結語
 以上のとおり、請求人の主張及び立証方法によっては、本件特許発明1~6に係る特許を無効とすることはできない。
 審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人の負担とすべきものである。
 よって、結論のとおり審決する。

------------------------------------------------------------------------------------------

コメント