引例(ウェブページ)の「製品の特徴」の欄に「止血剤」の一行記載があったが、「止血剤」の用途は進歩性ありと判断された事例

<判決紹介>
・平成29年(行ケ)第10158 審決取消請求事件
・平成301030日判決言渡
・知的財産高等裁判所第1 高部眞規子 杉浦正樹 片瀬亮
・原告:スリー・ディー・マトリックス インク
・被告:マサチューセッツ インスティテュート オブ テクノロジー
・被告:バーシテック リミテッド
・特許5204646
・発明の名称:止血および他の生理学的活性を促進するための組成物および方法

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止血剤に関する特許の維持審決の審決取消訴訟をご紹介します。
これまでの経緯は以下の通りです。
2013/02/22:特許登録(マサチューセッツ・・・)
2016/07/13:無効審判請求(スリー・ディー・マトリックス インク)
2017/03/21:維持審決
2017/07/27:訴訟提起
2018/10/30:判決 ← いまココ
本件特許の請求項1は以下の通りです。
「【請求項1】 必要部位において,出血を抑制するための処方物であって,該処方物は,自己集合性ペプチドを含み,ここで,該自己集合性ペプチドが,アミノ酸配列RADARADARADARADA(配列番号1)に示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか,またはその混合物からなり,該自己集合性ペプチドのみが,該処方物における自己集合性ペプチドである,処方物。」
引例1に物(処方物)が記載されていて、引例3に「止血剤」が記載されている状況で、引例1の物を止血剤の用途に用いることに進歩性があるかが争点になっています(引例13はともに3DMジャパン社のウェブページで、「止血剤」はウェブページ上の一行記載です)。
ただ、ちょっと興味深い観点から検討されています。
裁判所は、本件発明1の処方物、引例13について、以下のように判断しました。
●判決-------------------------------------------------------------------------------------

4 当裁判所の判断
・・・

3  容易想到性
  動機付け
引用例1ないし3は,いずれも,3DMジャパン社が,本件製品について説明する一連のウェブページである。また,引用例1に開示された引用発明は,本件製品の成分に関するものであって,引用例2及び3により利用可能となった事項は,本件製品の概要,用途等に関するものであり,本件製品が止血剤として利用できることである。したがって,当業者には,引用例2及び3により利用可能となった事項を,引用例1に開示された引用発明に適用する動機付けがある
  引用例1と引用例2及び3との組合せ
(ア)  引用発明に引用例2及び3により利用可能となった事項を適用することにより,相違点に係る本件発明1の構成に至るかについて検討する。
(イ)  本件発明1の構成
  特許請求の範囲【請求項1】の記載によれば,本件発明1は,出血を抑制するための処方物であって,同処方物の成分として自己集合性ペプチドを含み,同自己集合性ペプチドがRADA16のみで構成される旨特定されている。
止血作用を有する成分として,RADA16のみで構成される自己集合性ペプチドしか特定されていないから,本件発明1に係る処方物は,RADA16のみを有効成分とする止血剤と解するのが自然である。
・・・
本件明細書では,本件発明1に係る処方物について,自己集合性ペプチドのみが出血を抑制するために機能する旨説明されている。
以上のとおり,特許請求の範囲の記載によれば,本件発明1に係る処方物は,RADA16のみを有効成分とする止血剤と解するのが自然であって,本件明細書においても,本件発明1に係る処方物について,自己集合性ペプチドのみが出血を抑制するために機能する旨説明されている。
よって,本件発明1に係る処方物は,RADA16のみが有効成分となって出血を抑制する処方物ということができる。
(ウ)  引用例1ないし3の記載
当業者には,引用例1に開示された引用発明である「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」に,引用例2及び3により利用可能となった事項を適用する動機付けがある。
そして,引用例3には,本件製品の特徴として「メディカル分野,化粧品分野■骨充填剤■再生医療における細胞培養用scaffold■美容形成(しわとり)注入剤止血剤■じょくそう用製剤■化粧品」と記載されている。
そうすると,当業者は,引用発明並びに引用例2及び3により利用可能となった事項に基づいて,「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」を,何らかの方法により用いれば止血作用が発揮されることを理解することができる
・・・
(オ)  周知技術の参酌
前記のとおり,当業者は,引用例1ないし3の記載に基づいて,「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」を,何らかの方法により用いれば止血作用が発揮されることを理解することができる。
そこで,優先日当時の周知技術を参酌することにより,当業者が,上記理解にとどまらず,更に,「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」において,RADA16のみが有効成分になって,止血作用を有することまで理解できるかについて検討する
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以上の通り、裁判所は、「引用例2及び3により利用可能となった事項を,引用例1に開示された引用発明に適用する動機付けがある」と判断し、引例3の物に関して、「何らかの方法により用いれば止血作用が発揮されることを理解することができる」ことは認めています。
しかし、ここまで引例3における止血用途の示唆を認めていながら、RADA16「のみが有効成分」になることが理解できないため、進歩性を否定するには足りないと判断しています。(請求項1には「のみが有効成分」の記載はありません。)
そして、この後はゲル生成と止血剤との関連性について、検討しています。
●判決-------------------------------------------------------------------------------------
b ゲル生成による止血剤に関する周知技術
引用例1には,RADA16が「ゲル化をもたらす成分」であることが開示されているところ,優先日当時,ゲル生成によって出血部位を塞ぐことによって機能する止血剤が多数存在したことが認められる(甲203208210213
しかし,以下のとおり,これらのゲル生成によって出血部位を塞ぐことによって機能する止血剤は,①複数の成分が組み合わさることにより出血部位を塞ぐゲルになるもの(下記c),②一つの成分が出血部位で血液成分との相互作用により出血部位を塞ぐゲルになるもの(下記d),③一つの成分が出血部位で共有結合することにより出血部位を塞ぐゲルになるもの(下記e)があるほか,当該成分のみで出血部位を塞ぐゲルになるか否か不明なもの(下記f)がある。
・・・
ゲル生成による止血剤に関する周知技術の参酌
a  前記cないしfによれば,優先日当時,①複数の成分を組み合わせることにより出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤(前記c),②出血部位における血液成分との相互作用により出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤(前記d),③出血部位における共有結合により出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤(前記e)が,それぞれ存在することが周知であったと認められる。
b  複数の成分を組み合わせることにより出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤の参酌
複数の成分を組み合わせることにより出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤が存在することを参酌しても,当業者は,
RADA16を,他の成分と組み合わせることなく,RADA16のみが有効成分になって止血作用を有することまで理解できるものではない。
c)出血部位における血液成分との相互作用により出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤の参酌
血液成分との相互作用により出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤においては,出血部位を塞ぐゲルの生成に当たり,血液成分との相互作用が不可欠なものである。そうすると,そのような止血剤が存在することを参酌しても,当業者は,血液成分との相互作用なしに,RADA16のみが有効成分となって出血を抑制できると理解できるものではない。

(d) 出血部位における共有結合により出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤の参酌

引用例1には,RADA16がゲルを生成する機序について「AAの疎水結合,RDのイオン結合」と記載されている。当業者は,RADA16が互いにイオン結合及び疎水結合するから,ゲル化すると理解するものである。
そして,イオン結合及び疎水結合によるゲルは物理的絡み合いによってゲル化する物理ゲルであり,共有結合によるゲルは化学反応によって架橋されることによってゲル化する化学ゲルであるところ,高分子ゲルの性質は,ゲルを構成する高分子網目の構造(物理ゲルか化学ゲルか)に大きく依存するものであるから(乙23915頁),当業者は,当然に,高分子ゲルの性質が共有結合とイオン結合及び疎水結合において大きく相違するとの技術常識を有している。
そうすると,共有結合により出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤が存在することを参酌しても,高分子ゲルの性質が共有結合とイオン結合及び疎水結合において大きく相違するとの技術常識を有する当業者は,イオン結合及び疎水結合によりゲル化するRADA16において,RADA16のみが有効成分になって止血作用を有することまで理解することはできない。
以上によれば,ゲル生成による止血剤に関する周知技術を参酌しても,当業者は,引用発明に係る止血剤について,「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」において,RADA16のみが有効成分になって,止血作用を有することまで理解できるものではない。
よって,当業者は,優先日当時における周知技術を参酌しても,引用発明並びに引用例2及び3により利用可能となった事項から,本件発明1を容易に発明をすることができないというべきである。
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以上の通り、裁判所は、「ゲル生成によって出血部位を塞ぐことによって機能する止血剤が多数存在したこと」は認めています。
しかし、引例1のゲルと、周知技術として挙げられたゲルとはメカニズムが違うという観点から、RADA16のみが有効成分になって止血作用を有するとは理解できないと判断しました。
多数存在したということは、ゲルという物自体の重要性も示唆していると思いますし、さらに、引例3の「止血剤」の記載を考慮すると、RADA16のみが有効成分になって止血剤とする動機付けがあると考えることも一応できそうですが、厳しいですね。
次に、原告の主張について、検討しています。
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(ア)  原告は,引用発明をそのまま止血に用いる試験さえすれば,本件製品に止血効果があることを確認できる旨主張するものと解される。
しかし,前記イ(ウ)bのとおり,当業者は,引用例1ないし3の記載に基づいても,RADA16が何らかの方法により止血作用を発揮するということを理解できるにとどまる。そのようなRADA16の使用方法として,そのまま出血部位に適用することは,たとえそれが単純なものであったとしても,創作能力の発現が必要というべきであって,容易に想到できるものではない
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気になるのは「創作能力の発現」でしょうか。特許実務では「通常の創作能力の発揮」は進歩性がないという表現がよく使われますが(審査基準にもそういう表現があります)、ここでは「創作能力の発現」に進歩性があるかのような記載になっています。
また裁判所は、ゲル化成分と止血作用の関連性に関する原告の主張について、以下のように判断しました。
●判決-------------------------------------------------------------------------------------
(ウ)  原告は,「ゲル化をもたらす成分を出血部位に適用し,同成分をゲル化させることにより出血を抑制すること」は,優先日当時の周知技術であると主張する。まず,ゲル化をもたらす成分を出血部位に適用し,その余の成分との組合せや血液成分との相互作用により,当該ゲル化をもたらす成分をゲル化させることにより出血を抑制する止血剤が存在することは,優先日当時の周知技術であったものである(前記イ(オ)cd)。しかし,RADA16のみが有効成分になって,止血作用を有することまで理解できるか否かについて判断するに当たり,当該周知技術から,他の成分との組合せや血液成分との相互作用を捨象して,上位概念化した周知技術を認定することはできない。
 
また,ゲル化をもたらす一つの成分を出血部位に適用し,他の成分と組み合わせたり,血液成分と相互作用をさせたりすることなく,当該一つの成分をゲル化させることにより出血を抑制する止血剤が存在するものの,それが出血部位を塞ぐゲルになるのは,当該成分が共有結合をするからである(前記イ(オ)e)。そして,高分子ゲルの性質が共有結合とイオン結合及び疎水結合において大きく相違することは技術常識であったから(前記イ(オ)g⒟),かかる止血剤の存在から,そのゲル化の生成過程を捨象して,「ゲル化をもたらす成分」をゲル化させることにより出血を抑制できると常にいえるものではない。
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最後に、顕著な効果について以下のように判断した後、容易に発明をすることができたものということはできないと判断しました。
●判決-------------------------------------------------------------------------------------
(オ)  顕著な効果
原告は,本件発明1には顕著な効果がない旨主張するものと解されるが,そもそも本件発明1の構成は容易に想到できるものではないから,同主張は失当である。また,本件発明1に係る処方物は,RADA16のみが有効成分となって出血を抑制するものであって,顕著な効果があることを否定する証拠もない。
(4) 
小括
以上のとおり,本件発明1は,引用発明並びに引用例2及び3により利用可能となった事項に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
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