貼付剤用支持体およびそれを用いた外用貼付剤: 平成23年(行ケ)第10143号審決取消請求事件


平成24年1月18日 知的財産高等裁判所
原告 帝國製薬株式会社
被告 特許庁長官
請求項1 剥離フィルム,薬物含有層,支持体からなる外用貼付剤において,支持体が,ポリエステル繊維を主体とし,それに低融点繊維を3~20%混紡した伸縮性を有する不織布であり,該不織布にエンボス加工により文字を刻印したことを特徴とする外用貼付剤。
コメント: ①引例に適用された周知例は、特異的な例なので、周知技術であると認定できない、と原告は主張したが認められなかった例。 拒絶審決維持。 ☆
審決: 引用例に周知例1、2を適用することで進歩性を否定。
原告: 「周知例1と2により開示されている技術的知見は,各発明が目的とする特異的な発明の効果を発揮するための支持体として,特異的な性質を有するポリエステル繊維の主体に低融点繊維を混紡させたものであって,これを一般的な外用貼付剤の支持体に関する周知技術であると認定することはできない。」
裁判所: 「周知例1及び2は,いずれも本願発明と同様の技術分野に属するものであるところ,その解決すべき課題については本願発明,周知例1及び2のいずれも異なるものではあるが,周知例1及び2により開示されている不織布の低融点繊維の混紡量に係る技術的知見については,外用貼付剤における一般的な知見ということができるものであって,周知例1及び2が解決すべき課題に特有の知見であるということはできない。」
②審決の一致点・相違点の認定に誤りがあっても、審決の結論(進歩性欠如)は覆らなかった例。
裁判所: 「本件審決には,原告主張相違点2の構成についても引用例に記載された発明の構成として認定した点に誤りがあるものの,当該構成については,当業者が容易に想到し得るものであるということができる。 したがって,本件審決の一致点及び相違点の認定についての誤りは,本件審決の結論に影響を及ぼすものということはできない。」
なお、前回のブログ記事では、審決の「引例発明の認定」に誤りがあるという原告の主張が認められた結果、審決の結論(進歩性欠如)が覆った例を紹介した。

平成24年1月18日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成23年(行ケ)第10143号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成23年12月22日
判決
原告帝國製薬株式会社
同訴訟代理人弁理士草間攻
被告特許庁長官
同指定代理人栗林敏彦
亀田貴志
黒瀬雅一
板谷玲子
◆主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
◆第1  請求
特許庁が不服2010-17422号事件について平成23年3月16日にした審決を取り消す。
◆第2  事案の概要
本 件は,原告が,下記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を下記2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成 り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案であ る。
▼1  特許庁における手続の経緯
(1) 
原告は,平成12年2月25日,発明の名称を「貼付剤用支持体およびそれを用いた外用貼付剤」とする特許を出願した(特願2000-48728。請求項の数5)。
原告は,平成22年5月7日付けで拒絶査定を受け,同年8月4日,これに対する不服の審判を請求した。
(2) 
特許庁は,これを不服2010-17422号事件として審理し,平成23年3月16日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その審決謄本は,同月30日,原告に送達された。
▼2  本願発明の要旨
本件審決が判断の対象とした特許請求の範囲の請求項1の記載は,以下のとおりである。以下,特許請求の範囲の請求項1に記載された発明を「本願発明」といい,本願発明に係る明細書(甲8,9)を,図面を含めて「本願明細書」という。
剥離フィルム,薬物含有層,支持体からなる外用貼付剤において,支持体が,ポリエステル繊維を主体とし,それに低融点繊維を3~20%混紡した伸縮性を有する不織布であり,該不織布にエンボス加工により文字を刻印したことを特徴とする外用貼付剤
▼3  本件審決の理由の要旨
(1) 
本件審決の理由は,要するに,本願発明は,下記アの引用例に記載された発明並びに下記イ及びウの周知例に記載された周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
  引用例:特開平7-126156号公報(甲1)
  周知例1:特開平3-161434号公報(甲6)
  周知例2:特開平9-143059号公報(甲7)

(2) 
なお,本件審決が認定した引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
  引用発明:被覆材,薬物含有粘着剤層,支持体からなる薬物含有粘着シートにおいて,支持体が不織布であり,該不織布にエンボス加工により文字を刻印した薬物含有粘着シート
  一致点:剥離フィルム,薬物含有層,支持体からなる外用貼付剤において,支持体が不織布であり,該不織布にエンボス加工により文字を刻印した外用貼付剤
  相 違点:本願発明の支持体は,ポリエステル繊維を主体とし,それに低融点繊維を3ないし20%混紡した伸縮性を有する不織布であるのに対し,引用発明の支持 体は,不織布であるが,ポリエステル繊維を主体とし,それに低融点繊維を3ないし20%混紡した伸縮性を有するものであると特定されていない点

▼4  取消事由
本願発明の進歩性に係る判断の誤り
(1) 
引用発明の認定の誤り
(2) 
一致点及び相違点の認定の誤り
(3) 
相違点に係る判断の誤り
◆第3  当事者の主張
〔原告の主張〕
(1) 
引用発明の認定の誤りについて
  図2に関する記載について
引用例の図2には,本件審決が指摘する「ウエスト弾性部材14とレッグ開口部6の周縁部との間に設けられ,おむつの縦方向へ離間して胴回り方向へ延びる胴回り弾性部材30a~30iが図示されている」との記載は存在しない。
本件審決は,実際には存在しない上記記載を前提として,引用発明について認定しているのであるから,本件審決の当該認定は誤りである。
な お,拒絶査定不服審判手続は,3人の審判官の合議体により審理されるから,上記記載は,審決の内容に影響を及ぼさない単なる誤記や文字変換ミスによる軽微 な誤記と解することはできない。仮に被告が指摘するとおり,単なる錯誤によるものにすぎないとしても,そのような誤記が存在する以上,本件審決は誠実な判 断に基づくものではないと解さざるを得ないものである。
  支持体に対する文字の刻印について
本 件審決は,引用例に記載された発明における支持体である不織布に文字が刻印されるものと認定しているが,同発明において文字が刻印されるのは,支持体では なく,被覆材の表面である。すなわち,引用例には,「この凹凸の形状は特に限定されるものではないが,具体的には,例えば,…図2及び図7に示すように, 会社名や取り扱い方法等,特定の文字の繰り返し模様の凹凸を被覆材の表面に刻印」すると記載されているから,引用例の図2においては,文字は被覆材(本願 発明における剥離フィルム)へ刻印されるものである。しかも,文字が刻印される被覆材は,「プラスチックシートや紙などの表面に剥離処理を施した被覆材」 であって,不織布ではない。引用例には,支持体に文字を刻印することは,事実事項として,一切記載されていないものというほかない。
な お,引用例においては,支持体である不織布側への凹凸の形成は,具体的には図1に図示されているが,当該凹凸の形成は支持体と被覆材の両面に対するもので しかなく,かつ,その凹凸は,「全面にわたる点状に形成」されるものであって,文字の刻印による凹凸とは異なるものである。
また,被告が指摘する特開平10-310108号公報(乙3)には,本願発明で使用する「ポリエステル繊維を主体とし,それに低融点繊維を3~20%混紡した伸縮性を有する不織布」の存在について,一切記載も示唆もされていない。
  小括
以上からすると,本件審決の引用発明の認定は,誤りである。
(2)  一致点及び相違点の認定の誤りについて
  一致点の認定の誤りについて
前記(1)イのとおり,引用例に記載された発明では,エンボス加工により文字が刻印されるのは被覆材であって,支持体である不織布ではないから,本件審決の一致点の認定は誤りであり,正しくは以下のとおりとなる。
剥離フィルム,薬物含有層,支持体からなる外用貼付剤において,支持体が不織布であり,該不織布にエンボス加工により凹凸を刻印した外用貼付剤
  相違点の認定の誤りについて
本件審決における一致点の認定が誤りである以上,相違点の認定もまた,同様に誤りであって,正しくは以下のとおりとなる。
(
本 願発明の支持体は,ポリエステル繊維を主体とし,それに低融点繊維を3ないし20%混紡した伸縮性を有する不織布であり,該支持体にエンボス加工により文 字を刻印したのに対し,引用例に記載された発明の支持体は,不織布であるが,ポリエステル繊維を主体とし,それに低融点繊維を3ないし20%混紡した伸縮 性を有するものであると特定されていない点(以下「原告主張相違点1」という。)
(
支持体である不織布に,エンボス加工により文字が刻印されていない点(以下「原告主張相違点2」という。)
  小括
以上からすると,本件審決の一致点及び相違点の認定は,誤りである。
(3)  相違点に係る判断の誤りについて
  原告主張相違点1について
(
一 般的な外用貼付剤を調製する場合の支持体について,種々の公知の材料を選択するという限りにおいては,当業者が適宜決定すべき単なる設計的事項であるが, 本願発明のように,支持体にエンボス加工によりシャープな刻印を施すことが可能となる支持体を選択することまで,単なる設計的事項ということはできない。
す なわち,貼付剤の支持体に,エンボス加工によりシャープな刻印を施すことが可能となる支持体を構築するべく,その材料を選択することについては,「当業者 の設計的事項」ということができるから,本願発明においても,「ポリエステル繊維を主体とし,それに低融点繊維を混紡した伸縮性を有する不織布」を選択す る限りにおいては,「当業者の設計的事項」にすぎない。
しかしながら,その材料の選択過程 の検討には,発明者の創意工夫が付加されているのであって,「ポリエステル繊維を主体とし,それに低融点繊維を3~20%混紡した伸縮性を有する不織布」 とすることによって,支持体にエンボス加工された文字により,貼付剤の有効成分,効能,効果等が包装袋の説明書きを確認しなくても容易に判別することがで き,誤用等を避けることが可能となること,不織布に直接文字を印刷したものではないため,基剤中の油性成分によってインクが溶解して文字が判読できなくな るとか,色落ちによって文字の判読が困難になったり,インクが付着して衣服が汚れたりすること等の問題が生じないとの効果が得られるという検討過程を無視 して,当業者の「単なる設計的事項」とすることはできない。
(
周知例1は,「皮膚の伸びに追随して小さな力で伸び,また,皮膚が伸びた後に戻った場合にもこれに追随して戻る,追随性にすぐれた貼付剤」に関する文献であり,周知例2は,「皮膚貼付剤の製造工程において,工程中にかかる外力によって変形したり,波打ったり,折れ曲がったりするという問題点を解決するための発明」に関する文献である。
すなわち,周 知例1及び2により開示されている技術的知見は,各発明が目的とする特異的な発明の効果を発揮するための支持体として,特異的な性質を有するポリエステル 繊維の主体に低融点繊維を混紡させたものであって,これを一般的な外用貼付剤の支持体に関する周知技術であると認定することはできない。
したがって,周知例1及び2に基づいて,「外用貼付剤の支持体において,ポリエステル繊維を主体とし,それに低融点繊維3~20%混紡した伸縮性を有する不織布とすること」についても周知技術であるということはできない。
し かも,周知例1及び2には,上記構成に係る不織布を採用することによって,当該不織布にエンボス加工により文字をシャープに刻印することができる点,さら にはエンボス加工が形崩れしにくいという特性のみならず,支持体にエンボス加工により文字を刻印しようとする思想すら,一切記載も示唆もされていない。
(
被 告は,合成皮革に関する発明(乙4),皮革調不織布に関する発明(乙5),壁紙に関する発明(乙6),内装材に関する発明(乙7)に係る各文献から,外用 貼付剤の支持体である不織布として,「エンボス加工により刻印される凹凸をシャープにし,かつ,その形状を保持させるために,不織布に低融点繊維を含ませ ておくこと」は技術常識であるなどと主張するが,これらは本願発明とは全く異なる技術分野に属する発明に関する文献であるから,被告の主張は失当である。
(
以上からすると,原告主張相違点1について,当業者が適宜決定すべき単なる設計的事項,若しくは周知の技術事項の単なる適用といえるとした本件審決の認定は誤りである。
  原告主張相違点2について
(
前記(2)イのとおり,本件審決は,原告主張相違点2を相違点として認定しない。
本 願発明は,使用する貼付剤の包装袋の説明書きを確認しなくても,有効成分,効能,効果等をだれでも簡単に判別可能な貼付剤を提供すること,当該貼付剤に使 用する支持体を提供することを目的とする発明であり,そのような目的については,周知例1及び2には一切記載も示唆もされていないものである。
(
本願発明は,前記()の目的を達成する格別顕著な効果を発揮するものである。
本願明細書には,当該効果を発揮するためには,「混紡量として3~20%,好ましくは5~10%である」との記載があるから,不織布の低融点繊維の混紡量に係る数値限定について具体的な記載を欠くとする被告主張は失当である。
(
したがって,本願発明の効果について,引用発明及び周知事項から当業者が予測できたものであって,格別顕著なものとはいえないとした本件審決の認定は誤りである。
  小括
以上からすると,本願発明は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができるものということはできない。
(4) 
本件審決は,以上のとおり,引用例に記載された発明の認定を誤り,本願発明の進歩性を否定したものであって,取消しを免れない。
〔被告の主張〕
(1) 
引用発明の認定の誤りについて
  図2に関する記載について
原告が指摘する引用例の図2に係る記載部分(そして,図2には…図示されている。)は,本件とは無関係な記載が錯誤により紛れ込んでしまったものにすぎない。
引 用例は,薬物含有粘着シート及びその包装構造に関する文献であり,図2は,図1の薬物含有粘着シートの斜視図であることからすると,当該誤記中における 「ウエスト弾性部材」「おむつ」等の用語が,引用発明の認定,引用発明と本願発明との対比判断及び審決の結論に全く用いられていないことは明らかである。
本件審決は,引用例の【請求項1】【請求項2】【0016】【0032】【0036】図2及び図7の各記載から,引用発明について認定しているのであるから,当該誤記は,本件審決の結論に影響を及ぼすものではない。
  支持体に対する文字の刻印について
(
引 用例の【0016】には,凹凸は,少なくとも支持体又は被覆材の一方に形成されればよいことが示されており,【0033】ないし【0035】では,刻印さ れたロールやプレス板などによって支持体及び被覆材の表面に押圧処理を施すことにより凹凸が形成されるから,支持体と被覆材とは,凹凸が形成される対象と して等価であるものとされている。
そして,【0036】には,凹凸の具体例として,会社名や取扱方法等の特定の文字や点状に形成したもの等が例示されているものである。
しかも,引用例には,これらの具体例が,支持体と被覆材のいずれか一方にしか適用できないとか,いずれか一方に特に適したものである等の記載や示唆はない。
文字を刻印することと点状や格子状等の形状に刻印することとは,単にロールやプレス板などに形成される刻印の形状が異なるだけで,技術的に異なるものでもない。
したがって,引用例の上記各記載からすると,引用例には,凹凸が支持体に形成されていることが少なくとも開示されており,その凹凸として文字を支持体に刻印することは,当業者において自明の事項として理解できるものである。
(
支持体が不織布である例は,【0032】に記載されており,エンボス加工,すなわち,所定形状に刻印されたロールで表面に押圧処理を施すことにより凹凸を形成することは,【0016】や【0034】に記載されている。
(
以上からすると,引用例には,「支持体が不織布であり,該不織布にエンボス加工により文字を刻印したこと」が記載されているか,若しくは自明の事項として示されているから,本件審決の引用発明の認定に誤りはない。
なお,「特定の文字の繰り返し模様の凹凸を,不織布である支持体にエンボス加工により形成すること」は,周知技術(乙3等)にすぎないものである。
  小括
以上からすると,本件審決の引用発明の認定に誤りはない。
(2) 
一致点及び相違点の認定の誤りについて
本件審決における引用発明の認定に誤りはないから,本願発明と引用発明との一致点及び相違点の認定も,同様に誤りはない。
(3) 
相違点に係る判断の誤りについて
  原告主張相違点1について
(
本 願発明において,エンボス加工により刻印される凹凸をシャープにし,かつ,その形状を保持させるために,不織布に低融点繊維を含ませておくことは,例え ば,特開平3-90683号公報(乙4),特開平4-108152号公報(乙5),特開平10-96197号公報(乙6),特開平11-217799号公 報(乙7)において開示されているとおり,技術常識である。
また,低融点繊維の割合が高いと,凹凸のシャープさ及び形状保持性が良好になる傾向があるが,不織布が硬くなる等の副次的効果が生じる傾向があることも,技術常識といえるものである。
(
外用貼付剤の支持体の材料は,種々のものが知られており,それら公知の材料のうち,どれを採用するかは,一般的に当業者が適宜決定すべき単なる設計的事項である。
ま た,エンボス加工により刻印される凹凸をシャープにし,かつ,その形状を保持させるために,不織布に低融点繊維を含ませておくことが技術常識であることか らすると,当業者は,不織布にエンボス加工を行う際,希望するシャープさや形状保持性と,副次的効果が及ぼす悪影響等を比較衡量して,低融点繊維の割合 や,エンボス加工の際の温度条件等を最適化するものである。
(
技 術の改良に当たって当該技術分野における周知の事項の適用を試みることは,当業者が通常期待される創作活動の範囲であることからすると,引用発明の支持体 について,ポリエステル繊維を主体とし,それに低融点繊維を3ないし20%混紡した伸縮性を有する不織布とする周知の技術的事項を適用することは,当業者 が容易に想到し得る程度のものである。
また,本願発明において,不織布の低融点繊維の混紡 量を「3~20%」とする数値限定については,低融点繊維を「3~20%」混紡した伸縮性を有する不織布が周知の技術的事項であること,本願明細書には当 該数値の前後で顕著な作用効果の差異があることについて何ら記載や示唆はされていないことからすると,当該数値限定に格別の技術的意義はないものというほ かない。
(
本件審決は, 「外用貼付剤の支持体をポリエステル繊維を主体とし,それに低融点繊維3~20%混紡した伸縮性を有する不織布とすることが周知である」ことを裏付けるた めに,周知例1及び2を例示したものである。エンボス加工で凹凸をシャープに刻印し,かつ,その形状を保持させるために,不織布の構成繊維として低融点繊 維を含ませておくことは技術常識にすぎないから,上記周知の技術的事項に記載された支持体が,エンボス加工によるシャープな刻印とその形状保持特性を有す ることは,当業者にとって自明な事項である。本件審決は,当該自明な事項に基づいて,引用発明の支持体に,周知の技術的事項を適用することは,当業者が容 易に想到し得る程度のものであると判断したものである。
  原告主張相違点2について
本願発明において,「支持体である不織布にエンボス加工により文字を刻印する」点は,引用発明に開示されているものである。
ま た,引用発明に,エンボス加工で凹凸をシャープに刻印し,かつ,その形状を保持させるために,不織布の構成繊維として低融点繊維を含ませておくという周知 の技術的事項を適用して本願発明とすることは,当業者であれば容易になし得たことであり,本願発明の奏する作用効果も,引用発明及び上記周知の技術的事項 から当業者が予測し得る範囲内のものであって,格別なものではない。
原告の主張は失当である。
  小括
以上からすると,本願発明は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができるものというべきである。
(4) 
本件審決の引用発明の認定,一致点及び相違点の認定並びに本願発明の進歩性に係る判断には,以上のとおり,何らの誤りはない。
◆第4  当裁判所の判断
▼1  本願発明について
本願明細書(甲8,9)の記載によると,本願発明の技術内容は以下のとおりである。
(1)  本願発明は,貼付剤の支持体となる不織布にエンボス加工により文字を刻印した外用貼付剤用支持体及び当該支持体を用いた外用貼付剤に関する発明である(【0001】)。
(2)  従 来から,皮膚に適用される貼付剤として,パップ剤,プラスター剤,軟膏貼付剤等が汎用されている。これらの貼付剤は,通常,アルミ箔などの密封包装袋に複 数のシートが封入されており,封入されている貼付剤自体には特に説明書き等はなく,当該貼付剤に関する成分,効能・効果,性状,作用等については,包装袋 に表示された説明書きを見る(読む)ことにより確認するものであるが,ほとんどが同一の積層構造の形態を有し,外形・色彩も互いに近似するため,一旦包装 袋から貼付剤を取り出した後は,いかなる有効成分を含有する貼付剤であるか,成分等を判別することが極めて困難である(【0002】【0003】)。
(3)  こ の課題を解決するためには,貼付剤の支持体である不織布に,直接文字をインク等で印刷し,識別する方法が考えられるが,不織布に印刷したインクが,基剤中 (薬物含有層)の油性成分によって滲み出て薬物含有層を汚染すること,基剤中の油性成分によってインクが溶解して文字が判読できなくなること,インクの色 落ちによって文字の判読が困難になること,印刷したインクが衣類等に付着して衣服が汚れること等の問題点もあった(【0004】)。
(4)  本 願発明は,使用する貼付剤の包装袋の説明書きを確認しなくても有効成分,効能・効果等をだれでも簡単に判別できる貼付剤を提供すること,さらには,当該貼 付剤に使用する支持体を提供することを目的とするものであって,剥離フィルム,薬物含有層,支持体からなる外用貼付剤において,支持体である不織布の薬物 含有層を積層する反対側の面にエンボス加工により文字を刻印したことを特徴とする外用貼付剤を提供するものである(【0005】【0006】)。
本 願発明において,外用貼付剤の支持体として使用される不織布の厚みは,エンボス加工により刻印された文字が明瞭に判読し得るに十分な厚みを有するものであ ればよく,0.1ないし3mm程度,好ましくは0.2ないし2mm程度であり,その目付量としては10ないし200g/m 2 ,好ましくは50ないし150g/m 2 のものを用いることができる(【0014】)。
(5)  本願発明は,貼付剤の支持体としての不織布に,有効成分等の文字をエンボス加工しているため,使用予定又は使用中の貼付剤の有効成分,効能・効果等が包装袋の説明書きを確認しなくても容易に判別でき,誤用等を避ける効果を有する。
また,不織布に直接文字を印刷したものではないので,基剤中の油性成分によってインクが溶解して文字が判読できなくなること,色落ちによって文字の判読が困難になること,インクが衣類に付着して衣服が汚れること等の問題も生じることはない(【0042】【0043】)。
▼2  引用例に記載された発明について
(1) 
引用例の記載
引用例(甲1)の記載を要約すると,以下のとおりとなる。
  引用例の特許請求の範囲は,以下のとおりである。
【請 求項1】支持体,薬物含有粘着剤層及びこの薬物含有粘着剤層の表面に積層された被覆材からなる薬物含有粘着シートにおいて,支持体における薬物含有粘着剤 層側と反対側面及び/又は被覆材の露出面に凹凸が形成されていることを特徴とする薬物含有粘着シート 【請求項2】支持体及び/又は被覆材の凹凸が押圧によって形成されている請求項1に記載の薬物含有粘着シート  
  引用例に記載された発明は,薬物含有粘着シート及びその包装構造に関する発明である。
近 年,薬物を生体内へ投与する手段として,薬物含有粘着シートを生体に貼付する経皮吸収方法が採用されている。このような薬物含有粘着シートは,ポリエステ ルやポリエチレンなどのプラスチック製の支持体の片面に,経皮吸収用薬物を含有させた粘着剤層を積層し,露出する粘着剤層面を被覆材にて被覆するものであ る。
もっとも,従来技術においては,薬物含有粘着シートの端面から粘着剤がはみ出して包材 の内面や支持体の背面に粘着し,使用時に取り出し難くなるという問題,粘着剤層中に可塑剤や粘着付与剤,液状成分などを含有する場合,これらの物質が粘着 剤層の端面から滲み出して支持体や被覆材の背面や包材の内面に付着(回り込み)し,包材の内面に薬物含有粘着シートが貼り付いてしまい,取り出し難くなる という問題,薬物含有粘着シートや支持体,被覆材などのシートの製造工程上,切断したシートを一時的に集積する必要がある場合,シート間の滑り性が悪いた めに作業性が大きく低下するという問題があった(【0002】~【0005】)。
引用例に 記載された発明は,上記技術的課題を解決するために,薬物含有粘着シートや支持体,更には被覆材などのシート間の滑り性が良く,かつ,包材内面への粘着 シートの貼り付きがなく,使用時に薬物含有粘着シートを容易に取り出せる上,歩留りの低下やコスト高とならない薬物含有粘着シート及びその包装構造を提供 することを目的として,支持体,薬物含有粘着剤層及びその表面に積層された被覆材からなる薬物含有粘着シートにおいて,支持体における薬物含有粘着剤層側 と反対側面及び,又は被覆材の露出面に凹凸が形成されている構成を採用するものである(【0009】【0011】【0012】)。
引 用例に記載された発明において,支持体及び,又は被覆材の凹凸が押圧によって形成される他の方法としては,エンボス加工が挙げられる。この場合,支持体及 び,又は被覆材に凹凸を形成する際,支持体及び,又は被覆材形成用のフィルムやシートに孔や傷ができるのを防ぐために,湾曲状の,すなわち角部のない凹凸 を形成するのが望ましい(【0016】)。
引用例の図1ないし図3において,引用例に記載 された発明の薬物含有粘着シートは,各種プラスチックシートや不織布,金属箔,若しくはこれらの複合シートなどからなる支持体と,経皮的に体内へ吸収する ことができる公知の経皮吸収用薬物を含有するアクリル系,ゴム系,シリコーン系,ビニルエーテル系などの重合体を主体とする粘着剤層と,プラスチックシー トや紙などの表面に剥離処理を施した被覆材との積層構造体から構成される。この場合,薬物含有粘着シートには,図3に示すように,支持体及び被覆材に外面 からの押圧によって,その内面には凹凸が形成されている。すなわち,表面が平滑な支持板上に,支持体あるいは被覆材を載置し,その外側から,所定形状に刻 印されたロールやプレス板などによって支持体及び被覆材の表面に押圧処理を施すことにより凹凸が形成される等の方法を採用することが可能である。また,上 記方法に代えて,支持体に粘着剤層及び被覆材を順次積層して薬物含有粘着シートを形成した後,両側から所定形状に刻印されたロールやプレス板などによって 支持体及び被覆材の表面に一挙に凹凸を形成してもよい。
当該凹凸の形状は特に限定されるも のではないが,具体的には,例えば,図1に示すように,全面にわたる点状に形成したり,あるいは図2及び図7に示すように,会社名や取扱方法等,特定の文 字の繰り返し模様の凹凸を被覆材の表面に刻印したり,あるいは図4に示すように格子状に形成したり,図5に示すように微粒面状に形成したり,図6に示すよ うに梨子地柄に形成したり,さらには,波線状に形成したり,これらの組合せの形状とすることができる(【0032】~【0036】)。
  以 上からすると,引用例に記載された発明は,薬物含有粘着シートや支持体,更には被覆材などのシート間の滑り性が良く,かつ,包材内面への粘着シートの貼り 付きがない等の効果を有する薬物含有粘着シート及びその包装構造を提供するため,支持体,薬物含有粘着剤層及びこの薬物含有粘着剤層の表面に積層された被 覆材からなる薬物含有粘着シートにおいて,支持体における薬物含有粘着剤層側と反対側面及び,又は被覆材の露出面に凹凸が形成されている構成を有するもの である。
そして,引用例に記載された発明における凹凸は,少なくとも支持体又は被覆材の一 方に形成されればよく,また,刻印されたロールやプレス板などによって支持体及び被覆材の表面に押圧処理を施すことにより形成されることもあるから,支持 体と被覆材とは,凹凸が形成される対象として等価であるものということができる。
(2)  本件審決の引用発明の認定の当否
  原告は,引用例には支持体である不織布に文字を刻印することは記載されておらず,自明の事項でもないから,本件審決の引用発明の認定には誤りがあると主張する。
確かに,引用例には,支持体である不織布に文字を刻印することは明確に記載されていない。また,当該事項が,自明の事項であるということも困難である。
  しかしながら,前記(1)ウによると,引用例に記載された発明において,支持体と被覆材とは,凹凸が形成される対象として等価であるものということができ,凹凸を形成する方法として,エンボス加工も掲げられていることは,前記(1)イのとおりである。
そ して,支持体の表面と被覆材の表面に形成する凹凸形状については,両者が異なる場合と同じ場合とを想定することが可能であるところ,一般的に,対をなす構 成または2つの密接に関連する構成において,一方に採用した構成を他方の構成に採用しようとすることは当業者が容易に着想することである。
そうすると,支持体の表面と被覆材の表面とに形成する凹凸形状を同様の形状とすること,すなわち,被覆材の表面に形成する凹凸形状と同様の形状を,支持体の表面に形成する凹凸形状に採用することは,当業者が容易に想到し得ることである。
  そ して,形成された凹凸として,引用例の【0035】【0036】及び図2には,前記のとおり,被覆剤の表面に会社名や取扱方法等の文字の繰り返し模様を刻 印することが開示されているものであって,当該記載は,支持体の表面に特定の文字の繰り返し模様の凹凸を刻印することについて明示的に開示しているものと いうことはできないとしても,当該構成を採用することについて,否定的な記載ということはできない。
そ うすると,引用例において,被覆材の表面に特定の文字の繰り返し模様の凹凸を刻印することは,支持体及び被覆材の表面に形成する凹凸形状の一例として示さ れたものであり,前記のとおり,被覆材の表面の凹凸形状と同様の形状を支持体の表面の凹凸形状として採用することは当業者であれば容易に想到し得ることで あることからすると,支持体の表面に形成する凹凸形状として,引用例に具体的な形状として例示されている特定の文字の繰り返し模様とすることもまた,当業 者が容易に想到し得ることといわなければならない。
  引用例に記載された発明における支持体は,不織布からなるものであり,「特定の文字の繰り返し模様の凹凸を,不織布である支持体にエンボス加工により形成すること」は周知技術にすぎない(乙3)。
したがって,不織布からなる支持体に文字形状の凹凸をエンボス加工により設けることは,技術的に困難であるということもできない。
  以上からすると,支持体である不織布に文字を刻印することは,引用例の記載事項に基づいて当業者が容易に想到することができたものであるから,引用例に記載された発明について,これを引用発明のとおりとした本件審決の認定それ自体に誤りがあるということはできない。
  な お,この点について,原告は,本件審決において,本件とは無関係な事項が記載されていることをもって,本件審決の引用発明の認定が誤りである旨主張すると ころ,確かに,当該記載は,原告が指摘するとおり,本件とは無関係な事項に係る記載であるものというほかなく,このような事項が3行にもわたって記載され たまま本件審決がされたことは,理解し難いところである。被告も,本件とは無関係な記載が錯誤によって紛れ込んだ誤記であるなどと主張して,これを自認し ている。
しかしながら,それが誤記であったとしても,当事者にとっては,審判合議体の審理 判断に疑義をはさませるのに十分であって,そのような誤記が抹消されないまま,審判合議体の最終判断として本件審決が告知されていることに,審理判断の杜 撰さを指摘されても止むを得ないのであって,本件とは無関係な記載が錯誤により紛れ込んでしまったなどという主張が許されるものではない。
もっ とも,本件においては,当該記載が本件審決の引用発明の認定それ自体に用いられなかったことは,本件審決の判断内容からしても明らかである。本件訴訟にお いて,本件審決を取り消した上で,改めて引用例に記載された発明の認定から審判をやり直すまでの必要はなく,原告の主張は,これを採用するには至らないと いうべきである。
▼3  本件審決の一致点及び相違点の認定の当否
原告は,本件審決の一致点及び相違点の認定は誤りであって,本願発明と引用発明との相違点として,本件審決が指摘した相違点(原告主張相違点1)のみならず,原告主張相違点2についても相違点として認定すべきであると主張する。
しかしながら,前記2(2)のとおり,本件審決には,原告主張相違点2の構成についても引用例に記載された発明の構成として認定した点に誤りがあるものの,当該構成については,当業者が容易に想到し得るものであるということができる。
したがって,本件審決の一致点及び相違点の認定についての誤りは,本件審決の結論に影響を及ぼすものということはできない。
▼4  相違点に係る判断の誤りについて
(1) 
本願発明について
本願発明については,前記1で認定したとおりである。
(2)  引用発明について
引用例に記載された発明が本件審決の認定する引用発明のとおりであることは,前記2で認定したとおりである。
(3)  周知技術について
  周知例1及び2について
(
周知例1(甲6)は,伸 縮性貼付剤の発明に係る文献であるところ,同文献には,加熱処理により三次元クリンプを発現するポリエステル繊維80%と,通常のポリエステル繊維 12%,融点150℃の低融点ポリエステル繊維5%,レーヨン繊維3%よりなる混紡ウェブを針密度50p/cm 2 でニードルパンチ加工を施した後,180℃で3分間熱処理として目付105g/m 2 の縦横2軸伸縮性の貼付剤用不織布支持体を得られることが開示されている。
(
周知例2(甲7)は,皮 膚貼付剤の発明に係る文献であるところ,同文献には,捲縮性維維及び少量の接着性繊維を含む繊維ウェブが絡合及び接着されており,薬剤塗布工程でずれ応力 を加えることにより接着点の少なくとも一部が解離されている基布からなることを特徴とする皮膚貼付剤や,捲縮性繊維が99ないし70%,接着性繊維が1な いし10%,その他の繊維が29%以下であることを特徴とする上記皮膚貼付剤が開示されている。
そ して,当該皮膚貼付剤において,接着性繊維としては,融点90ないし180℃のポリエステル系共重合体,ポリアミド系共重合体,ポリオレフィン系共重合体 などの樹脂,あるいはこれらの成分を含む複合繊維を用いることが好ましいところ,例えば,潜在捲縮性繊維として「ポリエステル/変性ポリエステル複合繊維 が使用される場合」には,融点130ないし180℃のポリエステル系共重合体を含む接着性繊維を,潜在捲縮性繊維として「ポリエステル/ポリオレフィン, 又はポリプロピレン/変性ポリプロピレンなどの複合繊維が使用される場合」には,融点90ないし130℃のポリオレフィン系共重合体を含む接着性繊維を用 いることが好ましいことが開示されている。
(
周 知例1及び2は,いずれも外用貼付剤の支持体が不織布からなるものであって,「加熱処理により三次元クリンプを発現するポリエステル繊維80%と,通常の ポリエステル繊維12%」「(潜在捲縮性繊維としてポリエステル,ポリオレフィンの複合繊維が使用される場合の)捲縮性繊維が99ないし70%」「融点 150℃の低融点ポリエステル繊維5%」「(融点90ないし130℃のポリオレフィン系共重合体を含む)接着性繊維が1ないし10%」は,それぞれ本願発 明におけるポリエステル繊維を主体とし,「低融点繊維3~20%混紡した伸縮性を有する」との構成に相当するものである。
また,「加熱処理により三次元クリンプを発現するポリエステル繊維」「(潜在捲縮性繊維としてポリエステル,ポリオレフィンの複合繊維が使用される場合の)捲縮性繊維」を不織布として用いること自体は,格別珍しいものとも認め難いから,周知例1及び2は,「外用貼付剤の支持体をポリエステル繊維を主体とし,それに低融点繊維3~20%混紡した伸縮性を有する不織布」について開示するものであって,当該技術事項は周知技術であるということができる。
  乙4ないし7について
特 開平3-90683号公報(乙4)は,合成皮革及びその製造方法の発明に係る文献,特開平4-108152号公報(乙5)は,皮革調不織布及びその製造法 の発明に係る文献,特開平10-96197号公報(乙6)は,壁紙の製造法の発明に係る文献,特開平11-217799号公報(乙7)は,内装材の発明に 係る文献であるところ,上記各文献には,エンボス加工により刻印される凹凸をシャープにし,かつ,その形状を保持させるために,不織布に低融点繊維を含有 させる技術的知見が開示されているものである。
低融点繊維の割合が高いと,凹凸のシャープさ及び形状保持性が良好になる傾向があるが,不織布が硬くなる等の副次的効果が生じる傾向があることも,同様に開示されているものである。
したがって,上記各技術的知見についてもまた,不織布に関する技術常識であるものということができる。
(4)  相違点について
  外用貼付剤である引用発明の支持体の材料,すなわち不織布は,種々の材料を選択することが可能であるところ,周知の材料のいずれを採用するかについては,一般的に,当業者が適宜決定し得る程度の設計的事項であるということができる。
前 記のとおり,引用例に記載された発明において,不織布からなる支持体に文字形状の凹凸を形成することは当業者が容易に想到し得るところ,文字形状の凹凸を 形成する場合には,貼付剤の利用者が当該凹凸によって形成された文字の意味内容を認識することが当然予定されるものである。本願発明も,支持体に文字を刻 印することにより,有効成分等の判別を可能とすることを目的とするものであるし,引用例において例示されている会社名や取扱方法に係る文字形状を読み取る ことができないならば,当該文字形状を形成する意味は乏しいものということができる。
そし て,外用貼付剤の不織布にエンボス加工を行う際,当業者は,希望するシャープさや形状保持性と副次的効果が及ぼす悪影響等を比較衡量して,低融点繊維の割 合やエンボス加工の際の温度条件等を最適化又は好適化するのであり,このような試みをすることは,当業者が通常期待される創作能力の範囲内である。
そ うすると,エンボス加工において文字形状の凹凸を形成する場合,当該文字形状のシャープさや形状保持性等を考慮して,不織布に低融点繊維を含ませたものを 採用することは当業者が容易に着想し得ることであって,その際,不織布が硬くなる等の副次的効果をも考慮して低融点繊維の割合やエンボス加工の際の温度条 件等を最適又は好適にしようとすることについても,当業者が通常期待される創作能力の範囲内であるということができる。
したがって,引用発明の支持体の構成において,「ポリエステル繊維を主体とし,それに低融点繊維を3~20%混紡した伸縮性を有する不織布」とする周知の技術的事項を適用することは,当業者が容易に想到し得たものということができる。
  こ の点について,原告は,支持体の材料の選択過程の検討には,発明者の創意工夫が付加されているのであって,「ポリエステル繊維を主体とし,それに低融点繊 維を3~20%混紡した伸縮性を有する不織布」を選択するに至った検討過程を無視して,当業者の「単なる設計的事項」とすることはできないと主張する。
し かしながら,前記のとおり,上記構成の不織布については,「低融点繊維を3~20%混紡した」という数値限定に係る部分を含めて周知の材料であったという ことができる以上,当該構成の材料を選択すること自体は,当業者が適宜に決定し得る程度の設計的事項であることは明らかである。
なお,不 織布の低融点繊維の混紡量を「3~20%」とする数値限定については,当該事項が周知の技術的事項であること,本願明細書には,当該数値の前後で顕著な作 用効果の差異があることについて,何ら記載や示唆はされていないことからすると,当該数値限定に格別の技術的意義があるということはできない。
ま た,原告は,周知例1及び2により開示されている技術的知見は,各発明が目的とする特異的な発明の効果を発揮するための支持体として,特異的な性質を有す るポリエステル繊維を主体とし,そこに低融点繊維を混紡させたものであって,これを一般的な外用貼付剤の支持体に関する周知技術であると認定することはで きない,乙4ないし7についても,本願発明とは全く異なる技術分野に属する発明に係る文献であるなどと主張する。
しかしながら,周 知例1及び2は,いずれも本願発明と同様の技術分野に属するものであるところ,その解決すべき課題については本願発明,周知例1及び2のいずれも異なるも のではあるが,周知例1及び2により開示されている不織布の低融点繊維の混紡量に係る技術的知見については,外用貼付剤における一般的な知見ということが できるものであって,周知例1及び2が解決すべき課題に特有の知見であるということはできない。乙4ないし7において開示されている技術的知見も,同様に,各発明の属する技術分野に特有の知見ではなく,不織布及び低融点繊維に係る一般的な知見であるということができる。
原告の主張はいずれも採用できない。
  引用発明において,支持体である不織布に文字を刻印することが当業者にとって容易に想到し得るものであることは,前記のとおりである。
(5)  小括
以上からすると,本願発明は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとした本件審決の判断に誤りはない。
▼5  結論  
以上の次第であるから,原告主張の取消事由は理由がなく,原告の請求は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官滝澤孝臣 裁判官井上泰人 裁判官荒井章光

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