(原審・東京地方裁判所令和2年(ワ)第13326号、同第13331号)
・令和4年12月13日判決言渡
・知的財産高等裁判所第3部 東海林保 中平健 都野道紀
・控訴人:中外製薬株式会社
・被控訴人:沢井製薬株式会社、日医工株式会社
・特許5969161
・発明の名称:エルデカルシトールを含有する前腕部骨折抑制剤
中外製薬(控訴人)は、エディロールカプセル(一般名:エルデカルシトール)を製造販売しています。効能・効果は骨粗鬆症です。
また中外製薬は、エルデカルシトールの用途特許である特許5969161の特許権者です。
本件は、中外製薬が、沢井製薬、日医工(被控訴人ら)が後発品を製造、販売する行為が上記特許権の侵害に当たると主張して、被控訴人らに対し、後発品の生産等の差止め及び廃棄を求めた事案です。
原審(東京地裁)は、本件特許の請求項1に関して、「当業者は、乙1発明の骨粗鬆症治療薬について、前腕部骨折予防効果があると理解すると認められる。」等の判断に基づいて、新規性がない(請求棄却)と判断していました。
下記ブログで紹介しています。
<東京地裁/エルデカルシトール用途特許の侵害訴訟> 乙1文献に前腕部骨折抑制の記載がないが、当業者が前腕部骨折予防効果があると理解するという理由から新規性がないと判断した事例
判決紹介
・令和2年(ワ)第13326号、第13331号 特許権侵害差止等請求事件
・令和4年5月27日判決言渡
・東京地方裁判所民事第46部 柴田義明 佐伯良子 仲田憲史
・原告:中外製薬株式会社
・被告:沢井製薬株式会社、...
本件特許の請求項1、2、4、訂正後の請求項4、5の発明は以下の通りです。
ア 本件発明1
1A エルデカルシトールを含んでなる
1B 非外傷性である前腕部骨折を抑制するための
1C 医薬組成物。
イ 本件発明2
2A 投与される対象が原発性骨粗鬆症患者である、
2B 請求項1に記載の組成物。
ウ 本件発明4
4A エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、
4B 請求項1~3のいずれか1項に記載の組成物。
エ 本件訂正発明4
4C エルデカルシトールを含んでなる
4D 非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、
4E 投与される対象がI型骨粗鬆症患者であり、
4F エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、
4G 上記組成物
オ 本件訂正発明5
5A エルデカルシトールを含んでなる
5B 非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、
5C 投与される対象が、非外傷性である前腕部骨折の抑制が必要とされる原発性骨粗鬆症患者であり、
5D エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、
5E 上記組成物
知財高裁は、本件発明1と乙1発明との一致点・相違点を下記の通りに認定しました。1A エルデカルシトールを含んでなる
1B 非外傷性である前腕部骨折を抑制するための
1C 医薬組成物。
イ 本件発明2
2A 投与される対象が原発性骨粗鬆症患者である、
2B 請求項1に記載の組成物。
ウ 本件発明4
4A エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、
4B 請求項1~3のいずれか1項に記載の組成物。
エ 本件訂正発明4
4C エルデカルシトールを含んでなる
4D 非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、
4E 投与される対象がI型骨粗鬆症患者であり、
4F エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、
4G 上記組成物
オ 本件訂正発明5
5A エルデカルシトールを含んでなる
5B 非外傷性である前腕部骨折を抑制するための医薬組成物であって、
5C 投与される対象が、非外傷性である前腕部骨折の抑制が必要とされる原発性骨粗鬆症患者であり、
5D エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、
5E 上記組成物
判決
前記1及び上記⑴によれば、本件発明と乙1発明との一致点及び相違点は、次のとおりであると認められる。
ア 本件発明1
(ア)一致点
「エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物。」
(イ)相違点1
「医薬組成物について、本件発明では、『非外傷性である前腕部骨折を抑制するため』のものであると特定されているのに対して、乙1発明では、『骨粗鬆症治療薬』であると特定されている点。」
ア 本件発明1
(ア)一致点
「エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物。」
(イ)相違点1
「医薬組成物について、本件発明では、『非外傷性である前腕部骨折を抑制するため』のものであると特定されているのに対して、乙1発明では、『骨粗鬆症治療薬』であると特定されている点。」
判決
(オ)以上によれば、エルデカルシトールの用途が「非外傷性である前腕部骨折を抑制するため」と特定されることにより、当業者が、エルデカルシトールについて未知の作用・効果が発現するとか、骨粗鬆症治療薬として投与されたエルデカルシトールによって処置される病態とは異なる病態を処置し得るなどと認識するものではないというべきである。
そうすると、本件発明については、公知の物であるエルデカルシトールの未知の属性を発見し、その属性により、エルデカルシトールが新たな用途への使用に適することを見出した用途発明であると認めることはできないから、相違点1に係る用途は乙1発明の「骨粗鬆症治療薬」の用途と区別されるものではない。
(カ)したがって、相違点1は実質的な相違点ではない。
そうすると、本件発明については、公知の物であるエルデカルシトールの未知の属性を発見し、その属性により、エルデカルシトールが新たな用途への使用に適することを見出した用途発明であると認めることはできないから、相違点1に係る用途は乙1発明の「骨粗鬆症治療薬」の用途と区別されるものではない。
(カ)したがって、相違点1は実質的な相違点ではない。
但し、その理由について、知財高裁の判決では詳細に説明されています。
裁判所の判断の抜粋を下に記載しています。
なお、今回の結果を避けるために出願時点で何ができたか考えてみると、「エルデカルシトールによる前腕部への効果が、他の部位への効果よりも顕著に優れている」という実験結果を(得られるのであれば)明細書に記載するというのはありかと思います。
ただ、乙1や乙12の存在を知っていないと、もしかしたらそこまで気が回らないかもしれないので、出願前の先行文献調査が大事ともいえそうです。
また、本件特許の無効審判(無効)の審決取消訴訟の判決もでており、こちらでも新規性無しと判断されています(令和3年(行ケ)第10066号 審決取消請求事件、判決言渡日は本判決と同じ)。
判決
第3 当裁判所の判断
当裁判所も、原審と同様に、控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。
1 本件発明について
⑴ 本件明細書の記載
本件明細書の記載は、原判決26頁9行目ないし41頁1行目のとおりであるから、これを引用する。
⑵ 本件発明の技術的意義
原判決41頁3行目から5行目までを次のとおりに改める。
本件特許の特許請求の範囲及び本件明細書の記載によれば、本件発明の技術的意義は、次のとおりであると認められる。
ア 本件発明は、エルデカルシトール(ED-71)を含んでなる、前腕部骨折を抑制するための医薬組成物、有効量のエルデカルシトールを投与することを含んでなる前腕部骨折の抑制方法及び当該医薬組成物の製造におけるエルデカルシトールの使用に関する発明である。(段落【0001】)
・・・
⑴ 乙1発明について
ア 乙1文献の記載
乙1文献は、「骨粗鬆症治療薬:ED-1」と題する論稿であり、次のとおりの記載がある(乙1)。
(ア)「はじめに
アルファカルシドール(1α(OH)D3)を初めとする活性型ビタミンD3は本邦で長く骨粗鬆症治療薬として用いられてきた。活性型ビタミンD3の主な作用は生理的なビタミンDと同じく腸管からのカルシウム・リン吸収の促進である。・・・これまでに、活性型ビタミンD3が脊椎および大腿骨頸部骨折を抑制するという報告が、わが国を中心に多数存在する。また、高齢者においてビタミンDおよびカルシウムの補充療法が大腿骨頸部その他の非椎体骨折を予防するとの成績が報告されている。・・・
活性型ビタミンD3作用の大部分はビタミンDの補充効果と考えられているが、それ以外の骨折抑制機序として、骨に対する直接的なアナボリック作用や、骨量に依存しない骨質・骨強度の改善効果が注目されている。ビタミンD作用は核内受容体superfamilyに属するビタミンD受容体(VDR:vitamin D receptor)を介して発現する。既に骨粗鬆症治療薬(ラロキシフェン)として応用されている選択的エストロゲン受容体修飾薬(SERM:selective estrogen receptor modulator)と同様、組織特異的な作用を有するVDRリガンドが、骨に対する好ましい作用を特に強力に発揮する可能性がある。本稿ではまず骨粗鬆症治療薬としての(活性型)ビタミンDに関するこれまでのエビデンスをまとめ、上述のような組織特異的作用が期待される新規ビタミンD誘導体ED-71について、最近の臨床試験成績を含めて概説する。」((679)69頁左欄1行~同頁右欄18行)
(イ)「1)ED-71のビタミンD誘導体としての特徴
・・・
(ウ)「2)ED-71の実験動物に対する効果
・・・
(エ)「3)ED-71の臨床検討成績
・・・
(オ)「図7
・・・
(カ)「おわりに
(活性型)ビタミンD3の骨粗鬆症治療薬としての位置づけを明らかにした上で、新しい誘導体であるED-71について概説した。現在、新規椎体骨折発生頻度を主要評価項目としてED-71とアルファカルシドールの効果を比較する、3年間の大規模な無作為二重盲検試験が進行中である。活性型ビタミンD3誘導体として開発されたED-71であるが、全く新しい機序を介して作用を発揮している可能性もあり、今後の基礎・臨床研究の進展がますます注目される。」((685)75頁左欄2行~12行)
イ 乙1発明の内容
上記アによれば、乙1発明の内容は、次のとおりであると認められる(化学構造は、別紙「乙1発明の化学構造」記載のとおりである。)。
「原発性骨粗鬆症患者を対象として0.75μg/日の用量で経口投与される、以下の化学構造を有するED-71(1α,25-dihydroxy-2β-(3-hydroxypropoxy)vitamin D3)を含んでなる、骨粗鬆症治療薬。」
⑵ 本件発明と乙1発明との一致点及び相違点
前記1及び上記⑴によれば、本件発明と乙1発明との一致点及び相違点は、次のとおりであると認められる。
ア 本件発明1
(ア)一致点
「エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物。」
(イ)相違点1
「医薬組成物について、本件発明では、『非外傷性である前腕部骨折を抑制するため』のものであると特定されているのに対して、乙1発明では、『骨粗鬆症治療薬』であると特定されている点。」
イ 本件発明2
(ア)一致点
「エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物であって、投与される対象が原発性骨粗鬆症患者である組成物。」
(イ)相違点1
上記ア(イ)と同じ。
ウ 本件発明4
(ア)一致点
「エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物であって、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。」
(イ)相違点1
上記ア(イ)と同じ。
⑶ 本件優先日当時の技術常識
ア 骨の構造に関する技術常識
証拠(乙4、5、8)及び弁論の全趣旨によれば、本件優先日当時、骨の構造に関し、次の事項が技術常識であったと認められる。
・・・
⑷ 本件発明の新規性の有無
ア 相違点1についての検討
(ア)前記⑵のとおり、本件発明と乙1発明との相違点は、「医薬組成物について、本件発明では、『非外傷性である前腕部骨折を抑制するため』のものであると特定されているのに対して、乙1発明では、『骨粗鬆症治療薬』であると特定されている点。」にある(相違点1)ところ、控訴人は、本件発明につき、前腕部骨折の抑制が特に求められる患者群において予測されていなかった顕著な効果を奏するものであり、エルデカルシトールの新たな属性を発見し、それに基づく新たな用途への使用に適することを見出した医薬用途発明であるから、相違点1に係る本件発明の用途(「非外傷性である前腕部骨折を抑制するための」)は乙1発明の「骨粗鬆症治療薬」の用途とは区別される旨主張する。
(イ)そこで検討するに、公知の物は、原則として、特許法29条1項各号により新規性を欠くこととなるが、当該物について未知の属性を発見し、その属性により、その物が新たな用途への使用に適することを見出した発明であるといえる場合には、当該発明は、当該用途の存在によって公知の物とは区別され、用途発明としての新規性が認められるものと解される。
そして、前記1⑵のとおり、本件発明の医薬組成物は、高齢者や骨粗鬆症患者等の骨がもろくなっている者が転倒等した際に、前腕部である橈骨又は尺骨に軽微な外力がかかって生じる骨折のリスク、すなわち前腕部における非外傷性骨折のリスクに着目して、その用途が「非外傷性である前腕部骨折を抑制するため」と特定されている(相違点1)ものである。
(ウ)しかしながら、前記⑶イの技術常識によれば、当業者は、乙1発明の「骨粗鬆症治療薬」につき、椎体、前腕部、大腿部及び上腕部を含む全身の骨について骨量の減少及び骨の微細構造の劣化による骨強度の低下が生じている患者に対し、各部位における骨折リスクを減少させるために投与される薬剤であると認識するものといえる。また、前記⑶ア、エ及びオの各技術常識によれば、当業者は、エルデカルシトールの効果は海綿骨及び皮質骨のいずれに対しても及ぶと期待するものであり、海綿骨及び皮質骨からなる前腕部の骨に対してもその効果が及ぶと認識するものといえる。さらに、前記⑶イ及びウの技術常識によれば、当業者は、骨粗鬆症においては身体のいずれの部位も外力によって骨折が生じるものであり、また、前腕部における骨折リスクは、骨強度が低下することによって増加する点において、骨粗鬆症において骨折しやすい他の部位における骨折リスクと共通するものであると認識するものといえる。
以上の事情を考慮すると、当業者は、骨粗鬆症患者における前腕部の骨の病態及びこれに起因する骨折リスクについて、他の部位の骨の病態及び骨折リスクと異なると認識するものではなく、また、乙1発明の「骨粗鬆症治療薬」としてのエルデカルシトールを投与する目的及びその効果についても、前腕部と他の部位とで異なると認識するものではないというべきである。
(エ)さらに、本件優先日前に公開された乙12の文献には、エルデカルシトールがアルファカルシドールよりも優位に椎体骨折の発生を抑制することが第Ⅲ相臨床試験において確認されたことが記載されていることに加え、前記⑶エ及びオの技術常識によれば、エルデカルシトールによる前腕部を含む全身の骨折リスクの減少作用は、経口投与されて体内に吸収されたエルデカルシトールが、骨に対して直接的又は間接的に何らかの作用を及ぼすことによって達成されるものであるといえるところ、本件明細書には、骨折リスクを減少させようとする部位が前腕部である場合と他の部位である場合とで、エルデカルシトールが及ぼす作用に相違があることを示す記載は存しない。そして、前記⑶ウ及びオの技術常識を考慮しても、本件明細書の記載から、エルデカルシトールの作用に関して上記の相違があると把握することはできない。
そうすると、当業者は、前腕部の骨折リスクを減少させるために投与する場合と骨粗鬆症患者に投与する場合とで、エルデカルシトールの作用が相違すると認識するものではないというべきである。
(オ)以上によれば、エルデカルシトールの用途が「非外傷性である前腕部骨折を抑制するため」と特定されることにより、当業者が、エルデカルシトールについて未知の作用・効果が発現するとか、骨粗鬆症治療薬として投与されたエルデカルシトールによって処置される病態とは異なる病態を処置し得るなどと認識するものではないというべきである。
そうすると、本件発明については、公知の物であるエルデカルシトールの未知の属性を発見し、その属性により、エルデカルシトールが新たな用途への使用に適することを見出した用途発明であると認めることはできないから、相違点1に係る用途は乙1発明の「骨粗鬆症治療薬」の用途と区別されるものではない。
(カ)したがって、相違点1は実質的な相違点ではない。
イ 控訴人の原審における主張(原判決「事実及び理由」の第2の4⑵及び⑶)及び当審における補充主張に対する判断
(ア)前記第2の3⑴〔控訴人の主張〕アの主張について
a 控訴人は、前腕部骨折は他の部位の骨折とは異なる特徴を有すること、乙1文献には前腕部骨折を抑制する骨粗鬆症治療薬が開示されているものではないことなどを理由に、本件発明の用途は乙1発明の用途と客観的に区別することができる旨主張する。
しかしながら、前記⑶ウの技術常識によれば、前腕部骨折は、身体的活動性が比較的高い前期高齢者等において好発する特徴があるといえるものの、上記アで検討したとおり、前腕部の骨と他の部位の骨とで病態が異なるものとはいえず、また、前腕部の骨折リスクを減少させるために投与する場合と骨粗鬆症患者に投与する場合とで、エルデカルシトールの作用が相違するともいえないことからすれば、前腕部骨折に上記の特徴があるからといって、本件発明の用途は乙1発明の用途と客観的に区別することができるものとはいえない。
また、前記⑴のとおり、乙1文献には、エルデカルシトールにつき、動物実験において、骨密度増加効果がアルファカルシドールよりも強力であるところ、骨密度の増加は骨強度の増加を伴っていると考えられること、第Ⅱ相臨床試験において、腰椎骨及び大腿骨の骨密度の増加が認められ、ビタミンD補充効果に依存せずに強力に骨密度を増加させたものと考えられること、新規椎体骨折発生頻度を主要評価項目としてアルファカルシドールの効果と比較する更なる臨床試験が進行中であることが記載されているところ、前記⑶ウないしオのとおり、エルデカルシトールがアルファカルシドールに比して有意に優れた骨強度改善効果等を有していることや、前腕部の骨折リスクは他の部位と同様に骨強度が低下することによって増加するものであることが技術常識であったこと、上記ア(エ)のとおり、本件優先日当時、エルデカルシトールがアルファカルシドールよりも優位に椎体骨折の発生を抑制することが第Ⅲ相臨床試験において確認されたことが記載されている文献(乙12)が存在したことを併せ考慮すれば、当業者は、乙1文献の記載に基づいて、エルデカルシトールが、他の部位と同様に前腕部についても、アルファカルシドールよりも優位にその骨折を抑制するものであることを、合理的に予測し得たものといえる。
b したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
(イ)同イの主張について
a 控訴人は、一般に患者群の特徴に応じて薬剤が選択されており、骨粗鬆症においても個々の患者の状態に応じて様々な薬剤が使い分けられているところ、本件発明は、前腕部骨折の抑制が特に求められる患者という限定された患者群に対して顕著な効果を奏するものとして、従来技術とは区別された新規性を有する旨主張する。
しかしながら、上記アで検討したとおり、前腕部の骨折リスクは、骨強度が低下することによって増加する点において、骨粗鬆症において骨折しやすい他の部位における骨折リスクと共通するものであるから、骨粗鬆症患者のうち、全身の骨折の抑制が必要とされる者と前腕部の骨折の抑制が特に必要とされる者とを客観的に区別することはできないというべきである。
b したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
(ウ)同ウの主張について
a 控訴人は、本件試験に係る結果において、エルデカルシトールが、既存薬剤であるアルファカルシドールと比較して、前腕部骨折の抑制が特に求められる患者に対し、顕著かつ予想外の効果を奏することが確認されている旨主張する。
そこで検討するに、本件明細書には、アルファカルシドールを比較薬とした無作為割付二重盲検群間比較試験である本件試験において、非外傷性の前腕部骨折の3年間の発生頻度が、アルファカルシドール投与群においては523例中17例(骨折確率3.63%)であり、エルデカルシトール投与群においては526例中5例(骨折確率1.07%)であったこと、これらの骨折発生頻度を層化ログランク検定及び層化コックス回帰により比較した結果、アルファカルシドール投与群の骨折確率を1とした際のエルデカルシトール投与群の骨折確率、すなわちハザード比は0.29であったこと、これにより、エルデカルシトール投与群における前腕部骨折危険率が71%減少したことが判明したこと、これらの試験結果の結論として、アルファカルシドール投与群に対するエルデカルシトール投与群の明らかな優越性が認められたことが記載されている。
しかしながら、上記アで検討したとおり、当業者は、乙1文献の記載に基づいて、エルデカルシトールが、他の部位と同様に前腕部についても、アルファカルシドールよりも優位にその骨折を抑制するものであることを、合理的に予測し得たものといえることからすれば、エルデカルシトール投与群における前腕部骨折危険率が減少することも予測し得たというべきである。また、ハザード比を用いた解析においては、対照群におけるイベントの発生率が小さい場合には、臨床上のわずかな差が大きな数値に置き換えられてしまうことがあることが知られているところ(乙20、22)、本件試験においては、対照群であるアルファカルシドール投与群における骨折確率が3.63%と小さかったことからすれば、ハザード比の値に基づいてエルデカルシトール投与群における前腕部骨折危険率が71%減少したと算定されたことについては、臨床上のわずかな差が大きな数値に置き換えられてしまった結果である可能性を否定することができない。
また、本件試験において、アルファカルシドール投与群における骨折確率とエルデカルシトール投与群における骨折確率との差(絶対リスク減少率)は、前腕部骨折については2.56%、椎体骨折については4.1%であり、椎体骨折の方が前腕部骨折よりも大きな値となる。
以上の事情を考慮すると、上記のハザード比の値のみに基づいて、エルデカルシトールの前腕部骨折の抑制効果が、アルファカルシドールに比して格別顕著であり、当業者の予測し得る範囲を超えるものであると直ちに評価することはできないというべきである。
b 以上によれば、このほかに控訴人が本件試験に関して縷々主張する点を考慮しても、本件試験において、エルデカルシトールが、既存薬剤であるアルファカルシドールと比較して、前腕部骨折の抑制が特に求められる患者に対し、顕著かつ予想外の効果を奏することが確認されたものということはできない。
c したがって、控訴人の上記各主張はいずれも採用することができない。
(エ)その他
このほか、控訴人は相違点1について縷々主張するが、いずれも前記の結論を左右するものではない。
⑸ 小括
以上によれば、本件発明は、いずれも乙1発明に対する新規性を欠くものであり、特許無効審判により無効とされるべきものであると認められる。
3 争点4(本件訂正4、5によって、本件発明4に係る新規性欠如、進歩性欠如の無効理由が解消されるか)について
・・・
⑵ 本件訂正発明4の新規性の有無
ア 相違点3についての検討
(ア)本件訂正発明4において、医薬組成物の投与対象者として特定されている「Ⅰ型骨粗鬆症患者」が、乙1発明の「原発性骨粗鬆症患者」と区別されるものであるか否かについて検討する。
・・・
以上のとおりの本件明細書の記載及び技術常識を踏まえると、当業者は、Ⅰ型骨粗鬆症患者について、特に前腕部の骨折リスクが高い患者群であると直ちに認識するものではないというべきである。
そうすると、相違点3に係る本件訂正発明4の投与対象者の特定は、骨折リスクが増加しており骨折を抑制する必要がある者であることを超える技術的意義を有するものではないというべきである。
・・・
(カ)以上によれば、当業者は、本件訂正発明4において特定されている「Ⅰ型骨粗鬆症患者」が、乙1発明の「原発性骨粗鬆症患者」と区別されると認識するものではないというべきである。
(キ)したがって、相違点3は実質的な相違点ではない。
・・・
4 まとめ
以上検討したところによれば、本件発明は、いずれも乙1発明に対する新規性を欠くものであり、特許無効審判により無効とされるべきものであると認められる。そして、本件訂正4及び5によっても、本件発明4に係る上記無効理由は解消されないから、訂正の再抗弁は認められない。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の請求はいずれも理由がない。
5 結論
以上によれば、控訴人の請求はいずれも棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当である。
よって、本件控訴は理由がないからいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。
当裁判所も、原審と同様に、控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。
1 本件発明について
⑴ 本件明細書の記載
本件明細書の記載は、原判決26頁9行目ないし41頁1行目のとおりであるから、これを引用する。
⑵ 本件発明の技術的意義
原判決41頁3行目から5行目までを次のとおりに改める。
本件特許の特許請求の範囲及び本件明細書の記載によれば、本件発明の技術的意義は、次のとおりであると認められる。
ア 本件発明は、エルデカルシトール(ED-71)を含んでなる、前腕部骨折を抑制するための医薬組成物、有効量のエルデカルシトールを投与することを含んでなる前腕部骨折の抑制方法及び当該医薬組成物の製造におけるエルデカルシトールの使用に関する発明である。(段落【0001】)
・・・
⑴ 乙1発明について
ア 乙1文献の記載
乙1文献は、「骨粗鬆症治療薬:ED-1」と題する論稿であり、次のとおりの記載がある(乙1)。
(ア)「はじめに
アルファカルシドール(1α(OH)D3)を初めとする活性型ビタミンD3は本邦で長く骨粗鬆症治療薬として用いられてきた。活性型ビタミンD3の主な作用は生理的なビタミンDと同じく腸管からのカルシウム・リン吸収の促進である。・・・これまでに、活性型ビタミンD3が脊椎および大腿骨頸部骨折を抑制するという報告が、わが国を中心に多数存在する。また、高齢者においてビタミンDおよびカルシウムの補充療法が大腿骨頸部その他の非椎体骨折を予防するとの成績が報告されている。・・・
活性型ビタミンD3作用の大部分はビタミンDの補充効果と考えられているが、それ以外の骨折抑制機序として、骨に対する直接的なアナボリック作用や、骨量に依存しない骨質・骨強度の改善効果が注目されている。ビタミンD作用は核内受容体superfamilyに属するビタミンD受容体(VDR:vitamin D receptor)を介して発現する。既に骨粗鬆症治療薬(ラロキシフェン)として応用されている選択的エストロゲン受容体修飾薬(SERM:selective estrogen receptor modulator)と同様、組織特異的な作用を有するVDRリガンドが、骨に対する好ましい作用を特に強力に発揮する可能性がある。本稿ではまず骨粗鬆症治療薬としての(活性型)ビタミンDに関するこれまでのエビデンスをまとめ、上述のような組織特異的作用が期待される新規ビタミンD誘導体ED-71について、最近の臨床試験成績を含めて概説する。」((679)69頁左欄1行~同頁右欄18行)
(イ)「1)ED-71のビタミンD誘導体としての特徴
・・・
(ウ)「2)ED-71の実験動物に対する効果
・・・
(エ)「3)ED-71の臨床検討成績
・・・
(オ)「図7
・・・
(カ)「おわりに
(活性型)ビタミンD3の骨粗鬆症治療薬としての位置づけを明らかにした上で、新しい誘導体であるED-71について概説した。現在、新規椎体骨折発生頻度を主要評価項目としてED-71とアルファカルシドールの効果を比較する、3年間の大規模な無作為二重盲検試験が進行中である。活性型ビタミンD3誘導体として開発されたED-71であるが、全く新しい機序を介して作用を発揮している可能性もあり、今後の基礎・臨床研究の進展がますます注目される。」((685)75頁左欄2行~12行)
イ 乙1発明の内容
上記アによれば、乙1発明の内容は、次のとおりであると認められる(化学構造は、別紙「乙1発明の化学構造」記載のとおりである。)。
「原発性骨粗鬆症患者を対象として0.75μg/日の用量で経口投与される、以下の化学構造を有するED-71(1α,25-dihydroxy-2β-(3-hydroxypropoxy)vitamin D3)を含んでなる、骨粗鬆症治療薬。」
⑵ 本件発明と乙1発明との一致点及び相違点
前記1及び上記⑴によれば、本件発明と乙1発明との一致点及び相違点は、次のとおりであると認められる。
ア 本件発明1
(ア)一致点
「エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物。」
(イ)相違点1
「医薬組成物について、本件発明では、『非外傷性である前腕部骨折を抑制するため』のものであると特定されているのに対して、乙1発明では、『骨粗鬆症治療薬』であると特定されている点。」
イ 本件発明2
(ア)一致点
「エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物であって、投与される対象が原発性骨粗鬆症患者である組成物。」
(イ)相違点1
上記ア(イ)と同じ。
ウ 本件発明4
(ア)一致点
「エルデカルシトールを含んでなる医薬組成物であって、エルデカルシトールが0.75μg/日の用量で経口投与される、上記組成物。」
(イ)相違点1
上記ア(イ)と同じ。
⑶ 本件優先日当時の技術常識
ア 骨の構造に関する技術常識
証拠(乙4、5、8)及び弁論の全趣旨によれば、本件優先日当時、骨の構造に関し、次の事項が技術常識であったと認められる。
・・・
⑷ 本件発明の新規性の有無
ア 相違点1についての検討
(ア)前記⑵のとおり、本件発明と乙1発明との相違点は、「医薬組成物について、本件発明では、『非外傷性である前腕部骨折を抑制するため』のものであると特定されているのに対して、乙1発明では、『骨粗鬆症治療薬』であると特定されている点。」にある(相違点1)ところ、控訴人は、本件発明につき、前腕部骨折の抑制が特に求められる患者群において予測されていなかった顕著な効果を奏するものであり、エルデカルシトールの新たな属性を発見し、それに基づく新たな用途への使用に適することを見出した医薬用途発明であるから、相違点1に係る本件発明の用途(「非外傷性である前腕部骨折を抑制するための」)は乙1発明の「骨粗鬆症治療薬」の用途とは区別される旨主張する。
(イ)そこで検討するに、公知の物は、原則として、特許法29条1項各号により新規性を欠くこととなるが、当該物について未知の属性を発見し、その属性により、その物が新たな用途への使用に適することを見出した発明であるといえる場合には、当該発明は、当該用途の存在によって公知の物とは区別され、用途発明としての新規性が認められるものと解される。
そして、前記1⑵のとおり、本件発明の医薬組成物は、高齢者や骨粗鬆症患者等の骨がもろくなっている者が転倒等した際に、前腕部である橈骨又は尺骨に軽微な外力がかかって生じる骨折のリスク、すなわち前腕部における非外傷性骨折のリスクに着目して、その用途が「非外傷性である前腕部骨折を抑制するため」と特定されている(相違点1)ものである。
(ウ)しかしながら、前記⑶イの技術常識によれば、当業者は、乙1発明の「骨粗鬆症治療薬」につき、椎体、前腕部、大腿部及び上腕部を含む全身の骨について骨量の減少及び骨の微細構造の劣化による骨強度の低下が生じている患者に対し、各部位における骨折リスクを減少させるために投与される薬剤であると認識するものといえる。また、前記⑶ア、エ及びオの各技術常識によれば、当業者は、エルデカルシトールの効果は海綿骨及び皮質骨のいずれに対しても及ぶと期待するものであり、海綿骨及び皮質骨からなる前腕部の骨に対してもその効果が及ぶと認識するものといえる。さらに、前記⑶イ及びウの技術常識によれば、当業者は、骨粗鬆症においては身体のいずれの部位も外力によって骨折が生じるものであり、また、前腕部における骨折リスクは、骨強度が低下することによって増加する点において、骨粗鬆症において骨折しやすい他の部位における骨折リスクと共通するものであると認識するものといえる。
以上の事情を考慮すると、当業者は、骨粗鬆症患者における前腕部の骨の病態及びこれに起因する骨折リスクについて、他の部位の骨の病態及び骨折リスクと異なると認識するものではなく、また、乙1発明の「骨粗鬆症治療薬」としてのエルデカルシトールを投与する目的及びその効果についても、前腕部と他の部位とで異なると認識するものではないというべきである。
(エ)さらに、本件優先日前に公開された乙12の文献には、エルデカルシトールがアルファカルシドールよりも優位に椎体骨折の発生を抑制することが第Ⅲ相臨床試験において確認されたことが記載されていることに加え、前記⑶エ及びオの技術常識によれば、エルデカルシトールによる前腕部を含む全身の骨折リスクの減少作用は、経口投与されて体内に吸収されたエルデカルシトールが、骨に対して直接的又は間接的に何らかの作用を及ぼすことによって達成されるものであるといえるところ、本件明細書には、骨折リスクを減少させようとする部位が前腕部である場合と他の部位である場合とで、エルデカルシトールが及ぼす作用に相違があることを示す記載は存しない。そして、前記⑶ウ及びオの技術常識を考慮しても、本件明細書の記載から、エルデカルシトールの作用に関して上記の相違があると把握することはできない。
そうすると、当業者は、前腕部の骨折リスクを減少させるために投与する場合と骨粗鬆症患者に投与する場合とで、エルデカルシトールの作用が相違すると認識するものではないというべきである。
(オ)以上によれば、エルデカルシトールの用途が「非外傷性である前腕部骨折を抑制するため」と特定されることにより、当業者が、エルデカルシトールについて未知の作用・効果が発現するとか、骨粗鬆症治療薬として投与されたエルデカルシトールによって処置される病態とは異なる病態を処置し得るなどと認識するものではないというべきである。
そうすると、本件発明については、公知の物であるエルデカルシトールの未知の属性を発見し、その属性により、エルデカルシトールが新たな用途への使用に適することを見出した用途発明であると認めることはできないから、相違点1に係る用途は乙1発明の「骨粗鬆症治療薬」の用途と区別されるものではない。
(カ)したがって、相違点1は実質的な相違点ではない。
イ 控訴人の原審における主張(原判決「事実及び理由」の第2の4⑵及び⑶)及び当審における補充主張に対する判断
(ア)前記第2の3⑴〔控訴人の主張〕アの主張について
a 控訴人は、前腕部骨折は他の部位の骨折とは異なる特徴を有すること、乙1文献には前腕部骨折を抑制する骨粗鬆症治療薬が開示されているものではないことなどを理由に、本件発明の用途は乙1発明の用途と客観的に区別することができる旨主張する。
しかしながら、前記⑶ウの技術常識によれば、前腕部骨折は、身体的活動性が比較的高い前期高齢者等において好発する特徴があるといえるものの、上記アで検討したとおり、前腕部の骨と他の部位の骨とで病態が異なるものとはいえず、また、前腕部の骨折リスクを減少させるために投与する場合と骨粗鬆症患者に投与する場合とで、エルデカルシトールの作用が相違するともいえないことからすれば、前腕部骨折に上記の特徴があるからといって、本件発明の用途は乙1発明の用途と客観的に区別することができるものとはいえない。
また、前記⑴のとおり、乙1文献には、エルデカルシトールにつき、動物実験において、骨密度増加効果がアルファカルシドールよりも強力であるところ、骨密度の増加は骨強度の増加を伴っていると考えられること、第Ⅱ相臨床試験において、腰椎骨及び大腿骨の骨密度の増加が認められ、ビタミンD補充効果に依存せずに強力に骨密度を増加させたものと考えられること、新規椎体骨折発生頻度を主要評価項目としてアルファカルシドールの効果と比較する更なる臨床試験が進行中であることが記載されているところ、前記⑶ウないしオのとおり、エルデカルシトールがアルファカルシドールに比して有意に優れた骨強度改善効果等を有していることや、前腕部の骨折リスクは他の部位と同様に骨強度が低下することによって増加するものであることが技術常識であったこと、上記ア(エ)のとおり、本件優先日当時、エルデカルシトールがアルファカルシドールよりも優位に椎体骨折の発生を抑制することが第Ⅲ相臨床試験において確認されたことが記載されている文献(乙12)が存在したことを併せ考慮すれば、当業者は、乙1文献の記載に基づいて、エルデカルシトールが、他の部位と同様に前腕部についても、アルファカルシドールよりも優位にその骨折を抑制するものであることを、合理的に予測し得たものといえる。
b したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
(イ)同イの主張について
a 控訴人は、一般に患者群の特徴に応じて薬剤が選択されており、骨粗鬆症においても個々の患者の状態に応じて様々な薬剤が使い分けられているところ、本件発明は、前腕部骨折の抑制が特に求められる患者という限定された患者群に対して顕著な効果を奏するものとして、従来技術とは区別された新規性を有する旨主張する。
しかしながら、上記アで検討したとおり、前腕部の骨折リスクは、骨強度が低下することによって増加する点において、骨粗鬆症において骨折しやすい他の部位における骨折リスクと共通するものであるから、骨粗鬆症患者のうち、全身の骨折の抑制が必要とされる者と前腕部の骨折の抑制が特に必要とされる者とを客観的に区別することはできないというべきである。
b したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
(ウ)同ウの主張について
a 控訴人は、本件試験に係る結果において、エルデカルシトールが、既存薬剤であるアルファカルシドールと比較して、前腕部骨折の抑制が特に求められる患者に対し、顕著かつ予想外の効果を奏することが確認されている旨主張する。
そこで検討するに、本件明細書には、アルファカルシドールを比較薬とした無作為割付二重盲検群間比較試験である本件試験において、非外傷性の前腕部骨折の3年間の発生頻度が、アルファカルシドール投与群においては523例中17例(骨折確率3.63%)であり、エルデカルシトール投与群においては526例中5例(骨折確率1.07%)であったこと、これらの骨折発生頻度を層化ログランク検定及び層化コックス回帰により比較した結果、アルファカルシドール投与群の骨折確率を1とした際のエルデカルシトール投与群の骨折確率、すなわちハザード比は0.29であったこと、これにより、エルデカルシトール投与群における前腕部骨折危険率が71%減少したことが判明したこと、これらの試験結果の結論として、アルファカルシドール投与群に対するエルデカルシトール投与群の明らかな優越性が認められたことが記載されている。
しかしながら、上記アで検討したとおり、当業者は、乙1文献の記載に基づいて、エルデカルシトールが、他の部位と同様に前腕部についても、アルファカルシドールよりも優位にその骨折を抑制するものであることを、合理的に予測し得たものといえることからすれば、エルデカルシトール投与群における前腕部骨折危険率が減少することも予測し得たというべきである。また、ハザード比を用いた解析においては、対照群におけるイベントの発生率が小さい場合には、臨床上のわずかな差が大きな数値に置き換えられてしまうことがあることが知られているところ(乙20、22)、本件試験においては、対照群であるアルファカルシドール投与群における骨折確率が3.63%と小さかったことからすれば、ハザード比の値に基づいてエルデカルシトール投与群における前腕部骨折危険率が71%減少したと算定されたことについては、臨床上のわずかな差が大きな数値に置き換えられてしまった結果である可能性を否定することができない。
また、本件試験において、アルファカルシドール投与群における骨折確率とエルデカルシトール投与群における骨折確率との差(絶対リスク減少率)は、前腕部骨折については2.56%、椎体骨折については4.1%であり、椎体骨折の方が前腕部骨折よりも大きな値となる。
以上の事情を考慮すると、上記のハザード比の値のみに基づいて、エルデカルシトールの前腕部骨折の抑制効果が、アルファカルシドールに比して格別顕著であり、当業者の予測し得る範囲を超えるものであると直ちに評価することはできないというべきである。
b 以上によれば、このほかに控訴人が本件試験に関して縷々主張する点を考慮しても、本件試験において、エルデカルシトールが、既存薬剤であるアルファカルシドールと比較して、前腕部骨折の抑制が特に求められる患者に対し、顕著かつ予想外の効果を奏することが確認されたものということはできない。
c したがって、控訴人の上記各主張はいずれも採用することができない。
(エ)その他
このほか、控訴人は相違点1について縷々主張するが、いずれも前記の結論を左右するものではない。
⑸ 小括
以上によれば、本件発明は、いずれも乙1発明に対する新規性を欠くものであり、特許無効審判により無効とされるべきものであると認められる。
3 争点4(本件訂正4、5によって、本件発明4に係る新規性欠如、進歩性欠如の無効理由が解消されるか)について
・・・
⑵ 本件訂正発明4の新規性の有無
ア 相違点3についての検討
(ア)本件訂正発明4において、医薬組成物の投与対象者として特定されている「Ⅰ型骨粗鬆症患者」が、乙1発明の「原発性骨粗鬆症患者」と区別されるものであるか否かについて検討する。
・・・
以上のとおりの本件明細書の記載及び技術常識を踏まえると、当業者は、Ⅰ型骨粗鬆症患者について、特に前腕部の骨折リスクが高い患者群であると直ちに認識するものではないというべきである。
そうすると、相違点3に係る本件訂正発明4の投与対象者の特定は、骨折リスクが増加しており骨折を抑制する必要がある者であることを超える技術的意義を有するものではないというべきである。
・・・
(カ)以上によれば、当業者は、本件訂正発明4において特定されている「Ⅰ型骨粗鬆症患者」が、乙1発明の「原発性骨粗鬆症患者」と区別されると認識するものではないというべきである。
(キ)したがって、相違点3は実質的な相違点ではない。
・・・
4 まとめ
以上検討したところによれば、本件発明は、いずれも乙1発明に対する新規性を欠くものであり、特許無効審判により無効とされるべきものであると認められる。そして、本件訂正4及び5によっても、本件発明4に係る上記無効理由は解消されないから、訂正の再抗弁は認められない。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の請求はいずれも理由がない。
5 結論
以上によれば、控訴人の請求はいずれも棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当である。
よって、本件控訴は理由がないからいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。
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