併用投与の特許、添付文書を考慮しても非侵害/アクトス/平成23年(ワ)第19435号, 同第19436号各特許権侵害差止等請求事件


<判決紹介>
平成25228日判決言渡、東京地方裁判所
原告: 武田薬品株式会社
被告: 日新製薬株式会社
特許: 特許3148973、特許3973280
請求項1 (本件1特許):
(1)ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,(2)アカルボース,ボグリボースおよびミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬。
請求項1 (本件第2特許):
ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,ビグアナイド剤とを組み合わせてなる,糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬。
コメント: 医薬の併用投与(1+2剤)の特許において、被告製品(1+添付文書2剤の表記)が直接侵害、又は間接侵害に該当するかどうかが争われた事例。 裁判所の判断は非侵害。
裁判所は「本件各併用薬との併用投与を推奨するような記載や被告ら各製剤が本件各併用薬との組合せのためのものであるとの趣旨の記載はないから」と述べており、添付文書の記載内容の趣旨も考慮している。
なお、平成23()7576号等各特許権侵害差止等請求事件では、「組み合わせてなる」「医薬」の技術的範囲に、単なる併用投与(使用)は含まれないという判断がさている。 ☆☆☆☆

3 当裁判所の判断
1 争点1(被告らが被告ら各製剤を製造販売等することが本件各特許権を侵害するか否か)について
(1)
争点1-1(被告らが医療関係者や患者の行為を利用,支配して本件各発明を実施しているといえるか否か)について
被告らは,被告ら各製剤を製造販売しているが,さらに進んで,これと本件各併用薬とを組み合わせてなる医薬を生産等したことを認めるに足りる証拠はない。
原告は,被告らが,自由意思によらずに本件各発明を実施する医師,薬剤師,患者の行為を道具として利用し,これを支配することによって,本件各発明の実施を招来せしめているのであり,被告らは,被告ら各製剤を製造販売することにより,医師,薬剤師,患者をして本件各発明を実施していると規範的に評価することができると主張する。
しかしながら,医師がピオグリタゾン製剤や本件各併用薬などの薬剤をどのように使用するかについては,その裁量によって決するものであり,また,薬剤師がピオグリタゾン製剤や本件各併用薬などの薬剤をどのように調剤するかについては,医師の処方せんによらなければならないものであるし,さらに,患者が被告ら各製剤と本件各併用薬とを服用するのは,医師や薬剤師の指示や指導に従って行うに過ぎないから,これらをもって,被告らが医師,薬剤師,患者の行為を道具として利用したとか,これを支配したということはできない。
原告の上記主張は,到底採用することができない。
(2) 
争点1-2(被告らが医療関係者を教唆して本件各発明を実施しているといえるか否か)について
教唆をする者は,自らが発明を実施するわけではないし,前記(1)に判示したところに照らせば,被告らが,医師や薬剤師等の医療関係者を教唆したということもできない。
(3) 
したがって,被告らが被告ら各製剤を製造販売等することは,本件各特許権を侵害しない。
争点2(被告らが被告ら各製剤を製造販売等することが特許法1012号に掲げる行為に該当するか否か)について
(1)
特許法1012号における「発明による課題の解決に不可欠なもの」とは,特許請求の範囲に記載された発明の構成要素(発明特定事項)とは異なる概念で,発明の構成要素以外にも,物の生産に用いられる道具,原料なども含まれ得るが,発明の構成要素であっても,その発明が解決しようとする課題とは無関係に従来から必要とされていたものは,これに当たらない。
すなわち,それを用いることにより初めて「発明の解決しようとする課題」が解決されるようなもの,言い換えれば,従来技術の問題点を解決するための方法として,当該発明が新たに開示する,従来技術に見られない特徴的技術手段について,当該手段を特徴付けている特有の構成ないし成分を直接もたらすものが,これに該当すると解するのが相当である。そうであるから,特許請求の範囲に記載された部材,成分等であっても,課題解決のために当該発明が新たに開示する特徴的技術手段を直接形成するものに当たらないものは,「発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当しない。
(2)
証拠(甲5712)によれば,本件各明細書の発明の詳細な説明には,次の記載があることが認められる。
…。
(3)
以上の本件各明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,2型糖尿病に対しては,個々の患者のそのときの症状に最も適した薬剤を選択する必要があるが,個々の薬剤の単独使用においては,症状により十分な効果が得られなかったり,投与量の増大や長期化により副作用が発現する等の問題があり,臨床の場でその選択が困難であったこと,本件各発明は,これを解決するために,インスリン感受性増強剤であり副作用のほとんどないピオグリタゾンと消化酵素を阻害して澱粉や蔗糖の消化を遅延させる作用を有するαグルコシダーゼ阻害剤(アカルボース,ボグリボース,ミグリトール),嫌気性解糖促進作用等を有するビグアナイド剤(フェンホルミン,メトホルミン,ブホルミン),膵β細胞からのインスリン分泌を促進するSU剤であるグリメピリドのいずれかとを組み合わせ,これにより,薬物の長期投与においても副作用が少なく,かつ多くの2型糖尿病患者に効果的な糖尿病の予防や治療を可能にしたことが認められる。これによると,本件各発明が,個々の薬剤の単独使用における従来技術の問題点を解決するための方法として新たに開示したのは,ピオグリタゾンと本件各併用薬との特定の組合せであると認められる(ピオグリタゾンや本件各併用薬は,それ自体,本件各発明の国内優先権主張日より前から既に存在して2型糖尿病に用いられていたのであり,本件各発明がピオグリタゾンや本件各併用薬自体の構成や成分等を新たに開示したということができないのは当然である。)。
そうすると,ピオグリタゾン製剤である被告ら各製剤は,それ自体では,従来技術の問題点を解決するための方法として,本件各発明が新たに開示する,従来技術に見られない特徴的技術手段について,当該手段を特徴付けている特有の構成ないし成分を直接もたらすものに当たるということはできないから,本件各発明の課題の解決に不可欠なものであるとは認められない。
(4)
原告は,ピオグリタゾンが公知であったとしても,これが「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当することを否定すべき理由はないし,ピオグリタゾンは,これを用いることによって本件各発明の課題を解決することができる重要な成分であり,ピオグリタゾンがなければ本件各併用薬との組合せという従来技術には見られない特徴的技術手段をもたらすことはできず,これを他の有効成分に置き換えることもできないから,当該手段を特徴付けている特有の成分に当たると主張する。
しかしながら,本件各発明は,ピオグリタゾンと本件各併用薬という,いずれも既存の物質を組み合わせた新たな糖尿病予防・治療薬の発明であり,このような既存の部材の新たな組合せに係る発明において,当該発明に係る組合せではなく,単剤としてや,既存の組合せに用いる場合にまで,既存の部材が「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当すると解するとすれば,当該発明に係る特許権の及ぶ範囲を不当に拡張する結果をもたらすとの非難を免れない。このような組合せに係る特許製品の発明においては,既存の部材自体は,その発明が解決しようとする課題とは無関係に従来から必要とされていたものに過ぎず,既存の部材が当該発明のためのものとして製造販売等がされているなど,特段の事情がない限り,既存の部材は,「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当しないと解するのが相当である。

被告ら各製剤の添付文書には,前記前提事実のとおり,【効能・効果】,【用法・用量】欄に,食事療法と運動療法,又は,食事療法と運動療法に加え,本件各併用薬等を使用する治療で十分な効果が得られずインスリン抵抗性が推定される2型糖尿病に対して被告ら各製剤が効能,効果を有することやそれらの場合における被告ら各製剤の用量や投与回数及び時期等についての記載があるほか,薬剤の併用投与の場合の注意事項等についての記載はあるが,本件各併用薬との併用投与を推奨するような記載や被告ら各製剤が本件各併用薬との組合せのためのものであるとの趣旨の記載はないから,添付文書の記載内容をもって,被告ら各製剤が本件各発明のためのものとして製造販売等されているということはできず,その他,特段の事情があることを認めるに足りる証拠はない。
原告の上記主張は,採用することができない。
(5)
また,原告は,本件各発明により,ピオグリタゾンを他の糖尿病治療薬と組み合わせるまでは発揮されなかったところの従来技術(ピオグリタゾン単剤)に見られない物質属性を新たに見出したものであると主張する。
しかしながら,ピオグリタゾン自体は,本件各発明が解決しようとする課題とは無関係に従来から必要とされていたものであり,これが本件各発明のためのものとして製造販売等がされているなど,特段の事情があることは認められないから,被告ら各製剤は,「その発明による課題の解決に不可欠なもの」であるということはできない。
原告の上記主張も,これを採用することはできない。    
(6)
したがって,被告らが被告ら各製剤を製造販売等することは,特許法1012号に掲げる行為に該当しない。
以上によれば,原告の請求は,その余の点について検討するまでもなく,全て理由がない。
よって,原告の請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 髙野輝久 裁判官 三井大有 裁判官 志賀勝


添付文書には以下の記載がある。

【効能・効果】
2
型糖尿病
ただし,下記のいずれかの治療で十分な効果が得られずインスリン抵抗性が推定される場合に限る。
1.
①食事療法,運動療法のみ
②食事療法,運動療法に加えてスルホニルウレア剤を使用
③食事療法,運動療法に加えてαグルコシダーゼ阻害剤を使用
④食事療法,運動療法に加えてビグアナイド系薬剤を使用
2.
食事療法,運動療法に加えてインスリン製剤を使用
【用法・用量】
1.
食事療法,運動療法のみの場合及び食事療法,運動療法に加えてスルホニルウレア剤又はαグルコシダーゼ阻害剤若しくはビグアナイド系薬剤を使用する場合
通常,成人にはピオグリタゾンとして1530mg11回朝食前又は朝食後に経口投与する。なお,性別,年齢,症状により適宜増減するが,45mgを上限とする。
2.
食事療法,運動療法に加えてインスリン製剤を使用する場合
通常,成人にはピオグリタゾンとして15mg11回朝食前又は朝食後に経口投与する。なお,性別,年齢,症状により適宜増減するが,30mgを上限とする。



判決文

コメント