製品サンプルの一部が特許発明の構成要件を充足していても差止めが認められなかった事例


<判決紹介>
平成24()15621号 特許権侵害行為差止等請求事件

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合金特許の特許侵害訴訟。 被告製品サンプルの中には、本件特許発明の構成要件を充足しているものがあったが、種々の事情を総合考慮して差止めが認められなかった。
さらに、構成要件Cの「残部が
および不可避的不純物からなり」のクレーム解釈が以下のように判断された。
 構成要件Cは,本件発明に係る銅合金の組成につき,構成要件A及びBに続いて,「残部が銅および不可避的不純物からなり,」と規定するものであり,これは,「残部が銅および不可避的不純物のみからなり,」などと規定するのとは異なるから,構成要件Aが規定する「1.0~4.5質量%のNi」及び構成要件Bが規定する「0.25~1.5質量%のSi」のほか,銅及び不可避的不純物のみが本件発明に係る銅合金を構成すると,当然に限定して解釈すべきものではない
そして,証拠(甲2,29,39)によれば,本件特許請求の範囲の請求項3は,「Zn,Sn,Fe,Ti,Zr,Cr,Al,P,Mn,Agのうち1種類以上を総量で0.005~2.0質量%含有する請求項1および2に記載のCu-Ni-Si系合金。」というもので,ZnやSn等の物質の含有を予定した記載がされていること,本件明細書の発明の詳細な説明には,「(A)本発明は,上記知見に基づくものであり,1.0~4.5質量%のNiと0.25~1.5質量%のSiを含有し,残部が銅および不可避的不純物から実質的になり,…」(段落【0008】),「[その他の添加物]Zn,Sn,Fe,Ti,Zr,Cr,Al,P,Mn,Agは,Cu-Ni-Si系合金の強度及び耐熱性を改善する作用がある。…」(段落【0015】)などとSnやZn等の物質の含有を予定した記載がされているほか,実施例で用いられている合金は,0.5質量%のSn及び0.4質量%のZnを含有する合金Aと0.1質量%のMgを含有する合金Bであること(段落【0023】)が記載されていることが認められる。
そうすると,構成要件Cは,所定量のNiとSi,銅及び不可避的不純物以外に,SnやZn等の物質の含有を排除するものではないと解するのが相当である。
というわけで、合金分野の実務者にとって重要判決。 従属クレームや明細書の内容が考慮されているので、明細書作成の参考になりそう。
「からなる」が「のみからなる」と解釈されない場合があるという点は、医薬・バイオ・化学分野の実務者も要注意。 ☆☆☆
抜粋
・平成24()15621号 特許権侵害行為差止等請求事件
・平成27122日判決言渡、東京地方裁判所民事第47
・原告: JX日鉱日石金属株式会社
・被告: 三菱電機メテックス株式会社
・特許: 特許4408275
・請求項:
【請求項1
A  1.0
4.5質量%のNi
B  0.25
1.5質量%のSiを含有し,
C  
残部が銅および不可避的不純物からなり,
D  {111}
正極点図において,以下の(1)(2)の範囲のX線ランダム強度比の極大値が6.5以上10.0以下であることを特徴とする集合組織を有する
1)α=20±10°、β=90±10°
2)α=20±10°、β=270±10°
(但し、α:シュルツ法に規定する回折用ゴニオメータの回転軸に垂直な軸、β:前記回転軸に平行な軸)
E  
強度と曲げ加工性に優れたCu-Ni-Si系合金。
【請求項2
Mg
0.0050.3質量%含有する請求項1に記載のCu-Ni-Si系合金。
【請求項3
Zn
SnFeTiZrCrAlPMnAgのうち1種類以上を総量で0.0052.0質量%含有する請求項1および2に記載のCu-Ni-Si系合金。
・被告合金1:
1-a  2.2~3.2質量%のNiと
1-b  0.4~0.8質量%のSiを含有し,
1-c  残部が主として銅からなり,さらにSn,Zn,Ag,Bを含有し,
1-e  引張強さが750~850N/mm2,0.2%耐力が730STDN/mm2,90°曲げ試験結果が圧延方向及びこれと直角な方向において夫々1.0maxR/tであるCu-Ni-Si系合金。
・被告合金2:
2-a  2.2~3.2質量%のNiと
2-b  0.4~0.8質量%のSiを含有し,
2-c  残部が主として銅からなり,さらにZnを含有し,
2-e  引張強さが750~850N/mm2,0.2%耐力が730N/mm2,90°曲げ試験結果が圧延方向に直角な方向において1.5max(厚さ0.3mm以上では2.0max)R/tであるCu-Ni-Si系合金。
・概要
第2 事案の概要
本件は,Cu-Ni-Si系合金に関する特許権を有する原告が,被告に対し,被告の製造,販売する別紙被告製品目録記載1及び2の各製品(以下「被告各製品」といい,それぞれをその番号に従い「被告製品1」のようにいう。)が原告の特許権の特許発明の技術的範囲に属すると主張して,特許法(以下「法」という。)100条に基づき,上記製品の生産,使用,譲渡及び譲渡の申出の差止めを求める事案である。
・・・。
3 当裁判所の判断
1  
争点1(被告各製品の特定とその適法性)について
(1)
争点1(被告各製品の特定とその適法性)について被告各製品は,別紙被告製品目録記載1及び2のとおりであるが,これは,被告各製品を型式番号で特定し,更に構成要件Dを充足するものに限定するというものである。すなわち,原告による被告各製品の特定は,型式番号により特定される被告合金1及び2であるとしつつも,被告合金1及び2のうち構成要件Dを充足しないものがある場合を慮って,差止めの対象について,被告合金1及び2からX線ランダム強度比の極大値が6.5未満のものを除外する趣旨であると理解することができるのであり,被告も,このことを前提に認否反論をしてきたものである。
そうであるから,本件における審理の対象は,明確であって,適法に特定されているというべきである。
(2)
被告は,①原告の特定方法は,本件発明の構成要件Dの記載を引き写したもので,これによる特定は,審理及び差止めの対象を不明確にすること,②製品出荷毎にX線ランダム強度比の極大値を測定することは現実的に不可能であり,原告の特定方法により差止めが認められるとすると過剰な差止めになることなどから,原告による特定は不適法であると主張する。①については,明確であるし,②については,被告各製品の差止めが認められた場合における現実的な不都合性等を指摘するものであって,差止めの必要性の有無に関わるところであり,これについては,後に検討することとする。なお,原告による被告各製品の特定の趣旨を上記のとおりに理解する以上,本件発明の技術的範囲の属否は,被告合金1及び2について検討すべきことになる。そこで,以下,これを前提として判断をする。
2  
争点2(被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか否か)について
(1)
争点2-1(被告各製品が(1)構成要件Cを充足するか否か)について
ア 構成要件Cは,本件発明に係る銅合金の組成につき,構成要件A及びBに続いて,「残部が銅および不可避的不純物からなり,」と規定するものであり,これは,「残部が銅および不可避的不純物のみからなり,」などと規定するのとは異なるから,構成要件Aが規定する「1.04.5質量%のNi」及び構成要件Bが規定する「0.251.5質量%のSi」のほか,銅及び不可避的不純物のみが本件発明に係る銅合金を構成すると,当然に限定して解釈すべきものではない。そして,証拠(甲22939)によれば,本件特許請求の範囲の請求項3は,「Zn,Sn,Fe,TiZrCrAlPMnAgのうち1種類以上を総量で0.0052.0質量%含有する請求項1および2に記載のCu-Ni-Si系合金。」というもので,ZnSn等の物質の含有を予定した記載がされていること,本件明細書の発明の詳細な説明には,「(A)本発明は,上記知見に基づくものであり,1.04.5質量%のNi0.251.5質量%のSiを含有し,残部が銅および不可避的不純物から実質的になり,」(段落【0008】),「[その他の添加物]ZnSnFeTiZrCrAlPMnAgは,Cu-Ni-Si系合金の強度及び耐熱性を改善する作用がある。」(段落【0015】)などとSnZn等の物質の含有を予定した記載がされているほか,実施例で用いられている合金は,0.5質量%のSn及び0.4質量%のZnを含有する合金A0.1質量%のMgを含有する合金Bであること(段落【0023】)が記載されていることが認められる。
そうすると,構成要件Cは,所定量のNiSi,銅及び不可避的不純物以外に,SnZn等の物質の含有を排除するものではないと解するのが相当である。

イ 前記前提事実によれば,被告合金1は,「残部が主として銅からなり,さらにSnZnAgBを含有し,」(構成1-c)との構成を有し,被告合金2は,「残部が主として銅からなり,さらにZnを含有し,」(構成2-c)との構成を有する。そして,証拠(甲674344)によれば,被告合金1に含まれるAg及びBの量は,AgB0.1max質量%と微量であることが認められるところ,被告もこれらが不可避的不純物に当たることを争っていないことを考慮すれば,被告合金1の構成1-c及び被告合金2の構成2-cは,いずれも構成要件Cを充足するものと認められる。
・・・。
5  
争点5(差止めの必要性があるか否か)について
(1)
被告各合金について,X線ランダム強度比の極大値を測定した結果は,別紙「被告各合金のX線ランダム強度比の極大値一覧」のとおりであり,被告合金1について構成要件Dを充足するのは,番号3の甲4のサンプル(質別1/2HT)のみであり,これより後に製造された同じ質別1/2HTの番号4の合金は,構成要件Dを充足せず,質別EHTの番号5の合金や質別HTの番号6の合金も,構成要件Dを充足しない。また,被告合金2について構成要件Dを充足するのは,番号8の甲5のサンプル1のみであり,番号9の甲5のサンプル2やこれより後に製造された番号10ないし12の各合金は,構成要件Dを充足しない。なお,本件特許出願前に製造された被告合金1及び2(番号127)も,構成要件Dを充足しない。

原告は,同一の製造ロットから得られる限り,同一の製造工程を経て製造するものであり,そのX線ランダム強度比の極大値は,誰がどこを測定しても同一であると主張するが,このことを認めるに足りる的確な証拠はないから,同一ロットの製品であっても,測定部位によりX線ランダム強度比の極大値が変動する可能性があることは否定し難く,ましてや質別や製造ロットが異なれば,X線ランダム強度比の極大値が異なると考えられるのであって,上記の測定結果は,まさにそのことを示すものともいえる。
そして,被告は,本件特許出願の前後を通じ,構成要件Dを充足しない被告合金1及び2を製造しているのであり,X線ランダム強度比の極大値を6.5以上10.0以下の範囲に収めることを意図して被告合金1及び2を製造していることを認めるに足りる証拠はないから,被告が,今後,あえて構成要件Dを充足する被告合金1及び2を製造するとは認め難い。もっとも,このことは,偶然等の事情により構成要件Dを充足する被告合金1及び2が製造される可能性があることを否定するものではないが,上記のとおり,本件証拠において,構成要件Dを充足するものが甲4のサンプルと甲5のサンプル1に限られていることからすれば,そのような事態となる蓋然性が高いとは認め難いというべきである。
(2)
また,原告は,本件における差止めの対象を,被告合金1及び2のうち,X線ランダム強度比の極大値が6.5以上のものであると限定するが,同一の製造条件で同一組成のCu-Ni-Si系合金を製造した場合,当然に,X線ランダム強度比の極大値が同一になることまでをも認めるに足りる証拠はなく,かえって,前記のとおり,製造ロットや測定部位の違いによりこれが変動する可能性があることからすると,正確なX線ランダム強度比の極大値については,製造後の合金を測定して判断せざるを得ないことになるが,この場合,どの部位を測定すればよいか,また,ある部位において構成要件Dを充足するX線ランダム強度比の極大値が測定されたとしても,どこまでの部分が構成要件Dを充足することになるのかといった点について,原告は,その基準を何ら明らかにしていない。
そうすると,被告の製品において,たまたま構成要件Dを充足するX線ランダム強度比の極大値が測定されたとして,当該製品全体の製造,販売等を差し止めると,構成要件を充足しない部分まで差し止めてしまうことになるおそれがあるし,逆に,一定箇所において構成要件Dを充足しないX線ランダム強度比の極大値が測定されたとしても,他の部分が構成要件Dを充足しないとは言い切れないのであるから,結局のところ,被告としては,当該製品全体の製造,販売等を中止せざるを得ないことになる。そして,構成要件Dを充足する被告合金1及び2が製造される蓋然性が高いとはいえないにせよ,甲5のサンプル2のように,下限値付近の測定値が出た例もあること(なお,原告は,これが構成要件Dを充足しないことを自認している。)に照らすと,本件で,原告が特定した被告各製品について差止めを認めると,過剰な差止めとなるおそれを内包するものといわざるを得ない。
(3)
さらに,原告が特定した被告各製品を差し止めると,被告が製造した製品毎にX線ランダム強度比の極大値の測定をしなければならないことになるが,これは,被告に多大な負担を強いるものであり,こうした被告の負担は,本件発明の内容や本件における原告による被告各製品の特定方法等に起因するものというべきであるから,被告にこのような負担を負わせることは,衡平を欠くというべきである。
(4)
これらの事情を総合考慮すると,本件において,原告が特定した被告各製品の差止めを認めることはできないというべきである。


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