オキサリプラチン特許侵害訴訟。クレームの緩衝剤は添加したものに限られないし、先行文献の追試は正確に再現されていないから採用できないと判断された事例。


<判決紹介>
・平成27()12416号 特許権侵害差止請求事件
・平成2833日判決言渡、東京地方裁判所民事第46
・原告:デビオファーム・インターナショナル・エス・アー
・被告:日本化薬株式会社

■コメント
新薬 vs ジェネリックの侵害訴訟。
特許4430229の特許権を有する原告が、被告のオキサリプラチン製剤が特許権侵害に当たるとして、製造等の差し止め及び廃棄を求めた事案。
先発品はエルプラット点滴静注液50mg等(一般名: オキサリプラチン)。
後発品はオキサリプラチン点滴静注液50mg「NK」等。
(被告以外の会社も後発品を販売中。)
クレーム1は以下の通りであり、緩衝剤としてのシュウ酸の含有量に特徴がある。
「【請求項1
 
オキサリプラチン、有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物であって、製薬上許容可能な担体が水であり、緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり、
緩衝剤の量が、以下の:
 
a5×10-5M 1×10-2M
 
b5×10-5M 5×10-3M
 
c5×10-5M 2×10-3M
 
d1×10-4M 2×10-3M 、または
 
e1×10-4M 5×10-4M
の範囲のモル濃度である、組成物。」
訂正クレーム1は下記の通り。
「【請求項1
  
オキサリプラチン、有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物であって、製薬上許容可能な担体が水であり、緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり、
1)緩衝剤の量が、以下の:
  
a5×10-51×10-2
  
b5×10-55×10-3
  
c5×10-52×10-3
  
d1×10-42×10-3、または
  
e1×10-45×10-4M
の範囲のモル濃度である、
pHが3~4.5の範囲の組成物、あるいは

2)緩衝剤の量が、5×10-5M~1×10-4Mの範囲のモル濃度である、組成物。」


判決の前提事実によると、被告の行為等は以下の通り。
・被告は,平成261212日以降,被告製品の製造及び販売をしている。
・被告製品は,医薬品として製造販売の承認を受け販売されているオキサリプラチン製剤であるところ,通常の市場流通下において2年間安定であることが確認されている(甲56)。
・被告製品は,いずれもオキサリプラチン及び水を包含し,別紙被告製品目録記載1の製品につき5.4×10-55.5×10-5M,同2の製品につき5.5×10-5M,同3の製品につき5.4×10-5Mの範囲のモル濃度であるシュウ酸が検出されているが,これらのシュウ酸はいずれも添加されたものではない。また,被告製品のpHの値は,34.5の範囲にある。
大きな争点は2つ。構成要件充足性と新規性。
被告製品はシュウ酸を添加することなく製造されていたため、それでも、構成要件を充足すると言えるかどうかが争点となった。
原告は、
「オキサリプラチンを水に溶解した際に自然に解離して生成されるシュウ酸であっても,添加したシュウ酸であっても,不純物の生成を防止する等の効果は変わらないい(本件明細書の段落【0023】,【0064】の【表8】,【0065】の【表9】,【0074】の【表14】,【0076】の【表15】)。すなわち,オキサリプラチン水溶液については,ジアクオDACHプラチンに関する化学平衡のみならず,少なくともジアクオDACHプラチン二量体に関する化学平衡も存在しており,ジアクオDACHプラチンとともに解離して生成されるシュウ酸はジアクオDACHプラチン二量体の分解を抑制する効果を有し,ジアクオDACHプラチン二量体とともに解離して生成されるシュウ酸はジアクオDACHプラチンの分解を抑制する効果を有するから,解離したシュウ酸であっても添加したシュウ酸とその効果は変わらない。また,本件明細書には,緩衝剤が所定のモル濃度で存在するのが便利である旨の記載があり(同【0023】),オキサリプラチン水溶液中に存在する緩衝剤のモル濃度が重要であることが示されている。
・・・
これらのことからすれば,「緩衝剤」であるシュウ酸は,溶液中に存在すれば足り,自然に生成されたものであっても,添加したものであってもいずれでもよいと解される。そして,被告製品は,いずれも構成要件Gに規定されているモル濃度の範囲内にあるシュウ酸を含んでいるから,「(有効安定化量の)緩衝剤」を充足する。」
と主張した。
被告は、
「オキサリプラチンを水に溶解すると,以下の図のとおり,その一部がジアクオDACHプラチンとシュウ酸に解離して,化学平衡の状態となる。この解離したシュウ酸は,オキサリプラチンの分解によって生じる不純物であって,同じく不純物であるジアクオDACHプラチンの生成を防止する効果を有しない。・・・他方で,平衡状態のオキサリプラチン水溶液にシュウ酸を添加すると,化学平衡状態にあるシュウ酸濃度の上昇を減殺するために,オキサリプラチン生成側(下記図の左側)に平衡状態が移動し(化学平衡状態にある反応系において,その状態変数を変化させると,その変化を相殺する方向へ平衡が移動すること。ルシャトリエの法則),添加したシュウ酸の量に応じて不純物であるジアクオDACHプラチンの含有量が低下する(同【0041】)。そして,「緩衝剤」とはオキサリプラチン溶液を安定化し,ジアクオDACHプラチン等の不純物の生成を防止するものをいうから(同【0022】),不純物であるジアクオDACHプラチンの生成を防止しない上記の解離したシュウ酸は「緩衝剤」には当たらないというべきである。

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本件明細書の実施例において,個別に計量して添加したシュウ酸等の量のみを緩衝剤の量としていること(本件明細書の段落【0035】,【0042,0044,0047】等)からしても,「緩衝剤」であるシュウ酸とは添加したシュウ酸をいうと解される。
・・・そして、被告製品は,いずれもシュウ酸を添加していないから,「(有効安定化量の)緩衝剤」を充足しない。」

と主張した。
裁判所は、以下のように判断した。
11 争点(1)(緩衝剤の充足性)について
・・・そうすると,本件明細書の記載からは,本件発明が,従来既知のオキサリプラチン組成物(凍結乾燥粉末形態のものや乙1発明のように水溶液となっているもの)の欠点を克服し,改良することを目的とし,その解決手段としてシュウ酸等を緩衝剤として包含するという構成を採用したと認められるのであり,更にこの緩衝剤を添加したものに限定するという構成を採用したとみることはできない。
(3) 
以上によれば,構成要件Gに規定されたモル濃度の範囲内にある量のシュウ酸を含んでいれば構成要件BF及びGを充足すると解すべきところ,被告製品は前提事実(3)イのとおりこれを含有する。したがって,被告製品は本件発明の技術的範囲に属すると判断するのが相当である。
・・・そして,オキサリプラチンを水に溶解するとその一部がジアクオDACHプラチンとシュウ酸に解離して化学平衡の状態になり,不純物であるジアクオDACHプラチンの更なる生成が妨げられるというのであるから(乙8),水溶液中の解離したシュウ酸は「緩衝剤」に当たると解される。
・・・本件発明の特許請求の範囲及び本件明細書の記載によれば「緩衝剤」は添加したシュウ酸に限定されないとかいすべきことは前記(1)及び(2)のとおりである。本件明細書中の実施例に関する記載は,特許請求の範囲にいう「緩衝剤」の意義を解釈するに当たっての考慮要素の一つであるが(特許法702項),以上に説示したところに照らせば,本件において実施例の記載をもって「緩衝剤」の意義を被告主張のように解することは困難である。」
緩衝剤としてのシュウ酸が添加したものに限られないのであれば、それって従来品と変わらないんじゃないの? 新規性ないんじゃないの? という疑問が生じてくる。
被告は、先行文献に記載されているオキサリプラチン水溶液の再現を試み、そのシュウ酸濃度がクレーム1の範囲内であることを主張した。
これに対して、裁判所は以下のように判断した。
3 争点(2)ア(乙1発明又は乙6発明に基づく新規性欠如)について
前記1で説示したとおり,「緩衝剤」であるシュウ酸は添加したものに限定されないところ,被告は,そうであるとすれば,本件発明は乙1発明又は乙6発明と実質的に同一であるから新規性を欠くと主張するものである。
(1)
  乙1発明に基づく新規性欠如
・・・
ウ 本件発明と上記イの乙1発明を対比すると,緩衝剤の量につき,本件発明が構成要件Gに規定するモル濃度の範囲としているのに対し,乙1発明がこれを特定していない点で相違する。したがって,本件発明が乙1発明との関係で新規性を欠くとは認められない。
エ これに対し,被告は,①乙11公報の追試結果(乙514)によれば,乙1発明におけるシュウ酸のモル濃度は6.07×10-57.54×10-5Mの範囲に,②乙11公報の実施例におけるシュウ酸のモル濃度を試算すると,5.35×10-55.61×10-5Mの範囲にあり,いずれも構成要件Gが規定するモル濃度の範囲内であるから,上記ウの点は相違点とはならない旨主張する。
そこで判断するに,①については,乙1発明においてはその特許請求の範囲の記載からしてpHの値がオキサリプラチン水溶液の安定性,すなわち不純物(これにはシュウ酸も含まれる。)の量に影響する重要な要素の一つであると考えられるところ(前記ア()()()()),乙11公報の実施例におけるpHの値は5.295.65の範囲にあるのに対し(乙12公報の8頁の表),上記追試においては5.86.1(乙5)又は5.76.6(乙14の範囲にある。このことからすれば,被告のいう追試は,11公報を正確に再現したものとみることはできないから,これらが正確な追試であることを前提とする被告の上記主張①は採用することができない。
②については,被告は,乙11公報の実施例における「不純物」(乙12公報の8頁の表)の数値を基に,オキサリプラチンの分解により発生する不純物がシュウ酸及びジアクオDACHプラチン又はジアクオDACHプラチン二量体のみであると仮定して,シュウ酸のモル濃度を試算している。しかし,乙11公報には上記「不純物」について「クロマト」グラムのピークの分析は,不純物の含量と百分率の測定を可能にし,そのうち主要なものは蓚酸であると同定した。」(前記ア(カ)との説明があるのみで,その具体的な内容について言及がないから,上記「不純物」をシュウ酸とジアクオDACHプラチン又はジアクオDACHプラチン二量体のみとする仮定は正確でないというべきである。したがって,被告の上記主張②も採用することができない。
(2)
 乙6発明に基づく新規性欠如
・・・
イ 本件発明と上記の乙6発明を対比すると,緩衝剤の量につき,本件発明が構成要件Gに規定するモル濃度の範囲としているのに対し,乙6発明がこれを特定していない点で相違する。したがって,本件発明が乙6発明との関係で新規性を欠くとは認められない。
ウ これに対し,被告は,乙6文献の追試結果(乙7)によれば,乙6発明におけるシュウ酸のモル濃度は7.49×10-5Mであり,構成要件Gが規定するモル濃度の範囲内であるから,上記アの点は相違点とはならない旨主張する。
そこで判断するに,上記追試では,7.5mg/mlの濃度のオキサリプラチン水溶液を分析対象とし,その水溶液中のシュウ酸のモル濃度を測定している。しかし,乙6文献においては溶解度が7.9mg/mlのオキサリプラチンが開示されているのみであり(乙6文献の9163行),オキサリプラチン水溶液の濃度が開示されているわけではないから,上記の追試が乙6文献を正確に再現したものみることはできない。したがって,この点についても被告の主張を採用することができない。」
結論として、(1)被告製品は技術的範囲に含まれる、(2)無効理由があるとは認められない、と裁判所は判断した。
主文は以下の通り。
「主文
1 被告は,別紙被告製品目録記載1,2及び3のオキサリプラチン製剤の生産,譲渡又は譲渡の申出をしてはならない。
2 被告は,前項記載の各オキサリプラチン製剤を廃棄せよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。」


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