<審決紹介>
・不服2014-017732
・特許5924752
・請求日:2014年9月5日
・審決日:2016年3月2日
・審判官:田村明照、中島庸子、▲高▼美葉子
・請求人:国立大学法人広島大学■コメント:
昨年審査の運用が変更されてから、プロダクト・バイ・プロセス・クレーム(PBPクレーム)には「不可能・非実際的事情」が求められるようになりました。
(「不可能・非実際的事情」とは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情をいいます。「不可能・非実際的事情」が無いと判断された場合は、クレームの発明が不明確と判断されます。)そして、ちょっと前になりますが、下記のクレームについて、「不可能・非実際的事情」の有無が判断されました。抗体特許ではよくあるクレーム形式ですので重要です。「【請求項2】
FERM BP-11110またはFERM BP-11111の受託番号のもと寄託されたハイブリドーマから生産される、抗体またはその抗原結合性断片。」審判官の判断は下記の通りで、「不可能・非実際的事情」が存在し、明確であると判断されました。まぁ…今更拒絶できないですよね。
この審決は、審査ハンドブックに参考審決として引用されています。「第3. 当審の判断
当審の拒絶理由のうち、[理由1]の(1)、(3)、(4)、[理由2]、[理由3][理由4]の理由は、平成28年1月5日付け手続補正書による補正によって解消したと認められる。
そこで、当審の拒絶理由のうち、[理由1]の(2)の理由について、以下検討する。
本願の請求項2には、「FERM BP-11110またはFERM BP-11111の受託番号のもと寄託されたハイブリドーマから生産される、抗体またはその抗原結合性断片。」と記載されており、「抗体」という物の発明について、「ハイブリドーマから生産される」という製造方法が記載されており、物の発明に係る請求項にその物の製造方法が記載されていると認められる。
しかし、最高裁判決(最判平成27年6月5日 平成24年(受)第1204号、同2658号)によれば、物の発明に係る請求項にその物の製造方法が記載されている場合において、当該請求項の記載が特許法第36条第6項第2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情(「不可能・非実際的事情」)が存在するときに限られると解するのが相当である、とされていることから、請求項2に係る発明が上記事情に該当するものであるかについて、以下検討する。
まず、請求項2に記載される「ハイブリドーマ」は、発明の詳細な説明の段落【0127】や段落【0153】に記載されているように、「汗抗原組成物を免疫することによって得られるリンパ球」と「ミエローマ細胞」を融合して得られた典型的な「ハイブリドーマ」であるから、特定の「ハイブリドーマ」から生産される「抗体」(モノクローナル抗体)は、唯一つであることが技術常識から当業者において明らかである(必要であれば、「遺伝子工学キーワードブック」羊土社、1996年4月25日発行、299頁『ハイブリドーマ』の項、「生化学事典(第2版)」東京化学同人、1990年11月22日発行、993頁『ハイブリドーマ』の項参照。)。
そして、請求項2に記載されるハイブリドーマは、「FERM BP-11110またはFERM BP-11111の受託番号のもと寄託され」ているから、「ハイブリドーマから生産される、抗体」は、該受託番号のハイブリドーマを寄託機関よりそれぞれ入手して抗体を生産すれば、請求項2の「抗体」を得ることができ、使用することができるのである。つまり、請求項2に「抗体」の化学構造(アミノ酸配列など)が記載されていなくても、「ハイブリドーマから生産される、抗体」と特定すれば、生産される「抗体」(モノクローナル抗体)は唯一つであり、その「抗体」を作り、使用できると認められる。この点については、審判請求人も平成28年1月5日付け意見書において「一つのハイブリドーマが生産する抗体は一つであり、ハイブリドーマを特定すれば、抗体も一義的に特定されます。」と述べている。
一方、「ハイブリドーマから生産される、抗体」について、さらにその化学構造を特定しようとする場合、「抗体」は低分子化合物ではなく三次元構造を有する高分子量のタンパク質であるから、審判請求人が平成28年1月5日付け意見書において主張するように、「抗体」の化学構造を決定するためには、時間、手間、さらには費用がかかると考えられる。
したがって、上述したような技術常識の下、実施可能要件(「物の発明」について「その物を作れる」こと及び「その物を使用できる」こと)を満たしていることが明らかな抗体について、その「抗体」の化学構造を決定するためだけにそのような時間、手間、費用をかけることは「非実際的」であるといえ、また、そのために出願時期が遅くなることは、先願主義の見地からも「非実際的」であるといえる。しかも、本願に係る発明が属するバイオテクノロジー分野は、技術が急速に進歩している国際規模でも競争の激しい分野であり、迅速に特許出願をすることがきわめて重要であることから、なおさら「非実際的」であるという事情が存在する。
そして、上記最高裁判決の補足意見では、「『およそ実際的でない』とは,出願時に当業者において,どちらかといえば技術的な観点というよりも,およそ特定する作業を行うことが採算的に実際的でない時間や費用が掛かり,そのような特定作業を要求することが,技術の急速な進展と国際規模での競争の激しい特許取得の場面においては余りにも酷であるとされる場合などを想定している。」とされており、上記事情は、この補足意見にいう「およそ実際的でない」事情に該当すると認められる。
そうすると、請求項2の記載は、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情(「不可能・非実際的事情」)が存在するとき、に該当すると認められ、したがって、請求項2は特許法第36条第6項第2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえる。
また、同様の理由から、請求項3及び請求項4も「発明が明確であること」という要件に適合するといえる。
したがって、本願の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号の要件に適合すると認められる。
第4. むすび
以上のとおりであるから、本願については、当審が通知した拒絶理由を検討してもその理由によって拒絶すべきものとすることはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。」
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