訂正審判で誤訳の訂正を試みたが、特許請求の範囲の実質的変更に該当するとして認められなかった事例

 <判決紹介>
・平成27年(行ケ)第10216号 審決取消請求事件
・平成28829日判決言渡
・知的財産高等裁判所第2部 清水節、片岡早苗、古庄研
・原告:アレヴァ エンペー ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング
・被告:特許庁長官
・特許5584706

■コメント:
訂正審判請求に対する不成立審決の取消訴訟。
請求項1Phosphonsäure(ホスホン酸)を「燐酸」と誤訳したまま特許になってしまったため、訂正を試みたが認められなかった事例。 原文(WO2010/094692)はドイツ語。

訂正前の請求項は下記の通り。
「【請求項1
1の処理ステップで,部品材料の腐食によりこの部品上に生じた酸化物層を,除染用の有機酸を含んだ第1の水溶性の処理溶液で剥離し,
これに続く第2の処理ステップで,少なくとも部分的に酸化物層が取り除かれた表面を,この表面に付着している粒子を除去するための作用成分を含んだ第2の水溶性の処理溶液で,処理する原子力発電所の冷却系統の構成部品の表面の化学的な除染方法であって,
前記作用成分がスルホン酸,燐酸,カルボン酸及びこれらの酸の塩からなる群から選ばれる少なくとも1つのアニオン界面活性剤で形成されている除染方法において,前記第2の水溶性の処理溶液が,遅くとも前記第2の処理ステップの終了する前に,イオン交換器に導かれることを特徴とする除染方法。」
訂正後の請求項は下記の通り。
「【請求項1
1の処理ステップで,部品材料の腐食によりこの部品上に生じた酸化物層を,除染用の有機酸を含んだ第1水性の処理溶液で剥離し,
これに続く第2の処理ステップで,少なくとも部分的に酸化物層が取り除かれた表面を,この表面に付着している粒子を除去するための作用成分を含んだ第2水性の処理溶液で,処理する原子力発電所の冷却系統の構成部品の表面の化学的な除染方法であって,
前記作用成分がスルホン酸,ホスホン酸,カルボン酸及びこれらの酸の塩からなる群から選ばれる少なくとも1つのアニオン界面活性剤で形成されている除染方法において,前記第2水性の処理溶液が,遅くとも前記第2の処理ステップの終了する前に,イオン交換器に導かれることを特徴とする除染方法。」
訂正を認めなかった審決の理由の要点は下記の通り。

4 審決の理由の要点
 
本件訂正事項(燐酸→ホスホン酸)は,いずれも「燐酸」ないし「リン酸」の記載個所に対応する原文の記載個所には「Phosphonsäure」と記載されており,その日本語訳は「ホスホン酸」であるから,特許法12612号(以下,条文番号を示す際は,特に断らない限り,特許法を示すものとする。)に規定する「誤訳の訂正」を目的とするものであるが,特許請求の範囲の請求項1における構成の一つである「燐酸」を異なる物質である「ホスホン酸」に訂正することは,上記請求項1の発明特定事項を変更するものであり,特許請求の範囲を実質的に変更するものであって,1266項に規定する要件に違反するものである
 
したがって,本件訂正事項(燐酸→ホスホン酸)を含む特許請求の範囲の請求項の全てに対して訂正審判を請求する本件訂正は,1266項に規定する要件に違反するものであるから,本件訂正は認められない。」
そして、裁判所の判断は下記の通り。
「第5 当裁判所の判断
・・・
2)本件訂正前の明細書の記載について
・・・
イ 他方,本件訂正前の明細書には,化学式が記載されているところ,燐酸の化学式は「H3PO4」(リン原子Pと結合する酸素原子O4個)であり,ホスホン酸の化学式は「ROPOH2」(リン原子Pと結合する酸素原子O3個)である(甲16)。そして,本件訂正前の明細書において,燐酸を指すものとして記載された化学式は,6か所にわたり記載されているが(【0020】,【0023】,【0024】),これらはいずれも燐酸の化学式ではなく,ホスホン酸の化学式である
 
また,本件訂正前の明細書の段落【0018】には,「作用成分乃至これを形成するスルホン酸,燐酸及びカルボン酸からなる群から選ばれる界面活性剤が効果を発揮する最低温度」という記載に続けて,「作用成分としてオクタデシルホスホン酸を使用する場合」という記載がある。
3)本件公報に接した当業者の認識について
ア 前記(2)イのとおり,本件訂正前の明細書には,燐酸を示す化学式として,ホスホン酸の化学式が6か所にわたり記載されているというのであるから,「スルホン酸,燐酸及びカルボン酸からなる群」に含まれない「オクタデシルホスホン酸」が作用成分として記載されていることとも相まって,本件公報に接した当業者は,「燐酸」又は「リン酸」という記載か,ホスホン酸の化学式及び「オクタデシルホスホン酸」という記載のいずれかが誤っており,請求項1の「燐酸」という記載には「ホスホン酸」の誤訳である可能性があることを認識するものということができる
イ しかし,更に進んで,本件公報に接した当業者であれば,請求項1の「燐酸」という記載が「ホスホン酸」の誤訳であることに気付いて,請求項1の「燐酸」という記載を「ホスホン酸」の趣旨に理解することが当然であるといえるかを検討すると,前記(1)イのとおり,請求項1の「燐酸」という記載は,それ自体明瞭であり,技術的見地を踏まえても,「ホスホン酸」の誤訳であることを窺わせるような不自然な点は見当たらないし,前記(2)アのとおり,本件訂正前の明細書において,「燐酸」又は「リン酸」という記載は11か所にものぼる上,請求項1の第2の処理溶液の作用成分を形成するアニオン界面活性剤としてスルホン酸,カルボン酸と並んで「燐酸」を選択し,その最適な実施形態を確認するための4つの比較実験において,燐酸や燐酸基が使用されたことが一貫して記載されている
 
そうすると,化学式の記載が万国共通であり,その転記の誤りはあり得ても誤訳が生じる可能性はないことを考慮しても,本件公報に接した当業者であれば,請求項1の「燐酸」という記載が「ホスホン酸」の誤訳であることに気付いて,請求項1の「燐酸」という記載を「ホスホン酸」の趣旨に理解することが当然であるということはできない
 
以上によれば,本件訂正事項(燐酸→ホスホン酸)を訂正することは,本件公報に記載された特許請求の範囲の表示を信頼する当業者その他不特定多数の一般第三者の利益を害することになるものであって,実質上特許請求の範囲を変更するものであり,1266項により許されない。」
なお、米国ファミリーは「phosphonic acids(ホスホン酸)」で特許になっています(US8353990)。 ☆

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