数値限定が課題を解決できると認識できない範囲を含んでいるためサポート要件を満たさないと判断された事例

 <判決紹介>
・平成26年(行ケ)第10155号 審決取消請求事件
・平成281019日判決言渡
・知的財産高等裁判所第2部 清水節 片岡早苗 古庄研
・原告:キッコーマン株式会社
・被告:花王株式会社
・特許4340581

■コメント:
キッコーマン vs 花王。
特許4340581に対してキッコーマンが請求した特許無効審判を不成立とした審決の取消訴訟です。
本件特許の請求項1(訂正後)は下記の通り。  争点は進歩性とサポート要件。
「【請求項1
 食塩濃度79w/wカリウム濃度13.7w/w,窒素濃度1.92.2w/v%であり,かつ窒素/カリウムの重量比が0.441.62である減塩醤油。」
本件特許は以前も無効審判を請求されていました。  流れはこんな感じ。
 平22.12.10  無効審判2010-800228
 平23.7.5  維持審決
 平23.8.3  出訴(平成23年(行ケ)第10254号審決取消請求事件、原告:X
 平24.6.6  請求棄却
 平25.6.27  無効審判2013-800113
 平26.5.19  維持審決
 平26.6.26  出訴(平成26年(行ケ)第10155号審決取消請求事件)
 平28.10.19  請求認容 ← 今回!
前の10254事件はこっちで紹介しています。
https://biopatent.jp/215/
本願実施例には、表1(実施例127、比較例125)、2(実施例1219)、3(実施例2025)が記載されています。  食塩濃度を見ると、表19 w/w%のみ、表28.138.21 w/w%、表38.328.50w/w%となっています。  但し、表23は、調味料、酸味料が添加されているため、表1とは異なる条件で行われた結果です。
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裁判所は、少なくとも食塩が7w/w%である減塩醤油について、本件出願日当時の技術常識及び本件明細書の記載から、本件発明1の課題が解決できることを当業者は認識することはできず、サポート要件を満たしているとはいえないと判断しました。
  審決取消。
なお、被告は食塩濃度7.0w/w%の場合の試験結果報告書(甲10)を提出しています。


裁判所の判断は以下の通り。

「第5 当裁判所の判断
1
取消事由1(サポート要件の判断の誤り)について
(1)
本件発明1について
・・・
(エ) 小括
以上によれば,本件発明1のうち,少なくとも食塩が7w/w%である減塩醤油について,本件出願日当時の技術常識及び本件明細書の記載から,本件発明1の課題が解決できることを当業者は認識することはできず,サポート要件を満たしているとはいえない。
・・・
3) 審決について
ア 審決は,カリウム濃度が上限値の3.7w/w%にある本件発明1に係る減塩醤油(実施例79及び11)の塩味の指標は5で,通常の醤油よりも強い塩味であるから,当業者は,食塩濃度が7w/w%台の減塩醤油の場合には,カリウム濃度を本件発明1で特定される範囲の上限値近くにすることにより,減塩醤油の塩味を強く感じさせることができると理解すると判断した。
しかしながら,本件明細書では,調味料や酸味料を添加しない状態で食塩濃度を9w/w%から下げた場合の塩味を何ら確認しておらず,食塩濃度が7w/w%の場合の塩味がどの程度となるかに関する手がかりは全くないから,食塩濃度が7w/w%の場合にカリウム濃度を上限値近くにしたからといって,具体的な技術的裏付けをもって,塩味が3以上となり,減塩醤油の塩味を強く感じさせることを理解できるとは認められない。

イ 審決は,「カリウム濃度」が塩味を付け,「窒素濃度」が塩味を増強し,苦みを低減させるという原理が本件明細書から読み取ることができ,食塩濃度が9w/w%において観察された現象が,食塩濃度7w/w%で観察されないという合理的な理由はないと判断した。
しかしながら,上記原理だけから,食塩濃度を低下させた場合における具体的な塩味や苦みの程度を推測することはできないし,特定の味覚の強化,弱化が他の味覚に影響を与えずに独立して感得されるという技術的知見を示す証拠も見当たらない。本件発明の課題が解決されたというためには,本件明細書において設定した,塩味が3以上,苦みが3以下,総合評価が以上という評価を達成しなければならないが,本件発明のうち食塩濃度が7.0w/w%の場合に,上記の評価を達成でき課題が解決できることを,本件明細書の記載から認識することはできない。
4) 被告の主張について
ア 被告は,本件明細書の発明の詳細な説明に「本発明の減塩醤油類の食塩濃度は・・・79w/w%であることが好ましく」(【0009】)と記載され,具体的には,実施例において,数値範囲を満たす減塩醤油が,塩味が強く感じられ,味が良好であって苦みも低減されることが記載されているから,サポート要件違反はない旨主張する。
しかしながら,本件発明のうち,当該発明の課題を解決できることを具体的に示しているのは,上記(1)エのとおり,食塩濃度が9w/w%の場合のみである。食塩濃度が7w/w%まで低下した場合の塩味や苦みを推認するための技術的な根拠が,本件明細書に記載されておらず,また,どの程度になるかということについての技術常識もない以上,【0009】の「79w/w%であることが好ましく」という一般的な記載のみをもって,食塩濃度の全範囲において発明の課題を解決できることについての技術的な裏付けある記載があると認めることはできない。
したがって,被告の主張は,採用することができない。
イ 被告は,塩化カリウムが食塩の塩味を代替する成分であることは,本件優先日当時における当該技術分野の技術常識であり,本件明細書の表1において,窒素濃度が2w/v%付近である,比較例714,実施例341569,比較例23に照らすと,カリウムによる塩味の代替効果はカリウム濃度に依存するものと解され,また,本件明細書には,カリウム濃度が上限値の3.7w/w%にある本件発明に係る減塩醤油(実施例79及び11)の塩味の指標は5で,通常の醤油よりも強い塩味であることも記載されているから,本件発明において,食塩濃度が7w/w%台の減塩醤油の場合には,カリウム濃度を本件発明で特定される範囲の上限値近くにすることにより,減塩醤油の塩味を強く感じさせることができると理解するものと解される旨を主張する。
しかしながら,カリウム濃度を増加させれば塩味の強化が推測できるだけでは,本件発明の効果を奏することを明細書上記載したことにはならない。本件明細書には,調味料や酸味料を含まずに食塩濃度を9w/w%から減少させたときの塩味の評価については何ら示されていないし,食塩濃度が7w/w%の場合において,どの程度のカリウムを加えれば塩味の指標が3以上となり,かつ,苦みも3以下となるかということについて,予測する手がかりとなる記載も,また,それに関する技術常識もないから,上限値のカリウム濃度は,2w/w%分の塩分濃度の減少を補うに足りるか,その場合の苦みはどうなるか不明というほかない。
したがって,被告の主張は,採用することができない。
ウ 被告は,被告の行った試験結果報告書(甲10によれば,試験品F(食塩濃度7.0w/w%,カリウム濃度3.7w/w%,窒素濃度1.96w/v%,窒素/カリウムの重量比0.46)は,食塩濃度13.1w/w%の対照品と同じ塩味であり,塩味の指標は3,苦みの指標は3であるという結果が示されており,食塩濃度が下限値である7w/w%付近で,カリウム濃度が上限である3.7w/w%の減塩醤油は,本件発明の課題が解決されていることが示されている旨主張する。
しかしながら,本件明細書には,食塩濃度が7w/w%の場合において,どの程度のカリウムを加えれば塩味の指標が3以上となり,かつ,苦みも3以下となるかということについて,予測する手がかりとなる記載がなく,また,それに関する技術常識もないから,上記試験結果報告書記載の結果は,本件明細書の記載から当業者が当然に認識できた結果ということはできず,また,他の原料醤油を用いた場合においても同等の結果が生じるか否かについての確証もなく,上記試験結果報告書のみに基づいて,本件発明がサポート要件を満たすということはできない。
したがって,被告の主張は,採用することができない。
エ 被告は,実施例20ないし25等から本件発明1についての塩味等を推認でき,課題が解決できることを理解できる旨を主張する。すなわち,塩味評価24の範囲について,食塩濃度2.5%の変化が塩味評価2段階の変化に相当することを根拠として,実施例12の塩味は3.4,実施例2425の調味料・酸味料を添加していない場合の塩味は3.5と推定できること,及び,調味料・酸味料を添加していない場合の塩味が2.5又は2.6と推定できる実施例20ないし23はカリウム濃度を上限値近くまで増加すれば,塩味が3.4以上になることが合理的に推認できることから,これらの実施例は本件発明1のサポートとして明細書に記載されているといえる旨を主張する。
しかしながら,被告の主張は,食塩濃度と塩味評価(指標)との関係が正比例すること,塩味と苦みは相互に作用しないことを前提とするものであるところ,前記(1)ウ(ウ)のとおり,塩味の官能評価の指標は,食塩濃度に正比例するように設定されていないし,各味覚が互いに干渉しないという技術常識を示す証拠も見当たらないから,被告の上記主張は,その前提において誤りがあり,採用できない。
・・・
2
小括
以上によれば,取消事由2について判断するまでもなく,審決は違法なものとして取り消されるべきである。」
☆☆☆


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