<判決紹介>
・平成29年(行ケ)第10147号審決取消請求事件
・平成30年11月20日判決言渡
・知的財産高等裁判所第1部 高部眞規子 杉浦正樹 片瀬亮
・原告:帝人株式会社
・被告:日本ケミファ株式会社
・特許3547707
・発明の名称:2-(3-シアノ-4-イソブチルオキシフェニル)-4-メチル-5-チアゾールカルボン酸の結晶多形体およびその製造方法■コメント
ジェネリック vs 新薬の審決取消訴訟を紹介します。
本件特許は、フェブキソスタットの結晶特許(A晶~D晶、G晶)です。日本ケミファが請求した無効審判において、本件特許の請求項1、3、5、6、8、10、14(A晶、C晶、G晶)に対して、進歩性欠如で無効審決(2017年6月5日)が出ていました。
これに対して帝人が訴訟を提起していましたが、今回、裁判所は帝人の請求を棄却しました。
(なお、日本ケミファは請求項1、6への請求を取り下げたため、今回の訴訟は請求項3、5、6、8、10、14(C晶、G晶)が対象となっています。)本件特許の請求項3(C晶)は以下の通りです。「【請求項3】 反射角度2θで表して,ほぼ6.62°,10.82°,13.36°,15.52°,16.74°,17.40°,18.00°,18.70°,20.16°,20.62°,21.90°,23.50°,24.78°,25.18°,34.08°,36.72°,および38.04°に特徴的なピークを有するX線粉末回折パターンを示す,2-(3-シアノ-4-イソブチルオキシフェニル)-4-メチル-5-チアゾールカルボン酸の結晶多形体。」本件特許明細書に記載の安定性試験の結果は以下の通りです。「[実施例10]安定性試験
A晶、B晶、C晶、D晶、およびG晶の安定性試験を以下の条件で行った。
保存条件1:40℃/75%相対湿度、密栓状態、3ヶ月および6ヶ月保存
保存条件2:40℃/75%相対湿度、開栓状態、1ヶ月および3ヶ月保存
その結果、B晶およびD晶は、保存条件1の3ヶ月時点および保存条件2の1ヶ月時点でG晶への変化が粉末X線回折および赤外分光分析により確認できた。この転移後のG晶は、保存条件1の6ヶ月および保存条件2の3ヶ月時点ではG晶の晶形を保持していることが確認された。
一方、A晶、C晶、およびG晶は保存条件1の6ヶ月時点および保存条件2の3ヶ月時点では他の結晶多形体への転移は確認できなかった。
なお、試験全期間を通して、各結晶多形体の総不純物量は、試験開始前と比較して増減が認められなかった。」裁判所の判断は以下の通りです。●判決-------------------------------------------------------------------------------------
第2 事案の概要
・・・
3 本件審決の理由の要旨
・・・
ウ 本件発明3と引用発明2-1との一致点・相違点
(ア) 一致点
2-(3-シアノ-4-イソブチルオキシフェニル)-4-メチル-5-チアゾールカルボン酸の結晶である点。
(イ) 相違点
a 相違点9
本件発明3が,「反射角度2θ で表して,ほぼ6.62°,10.82°,13.36°,15.52°,16.74°,17.40°,18.00°,18.70°,20.16°,20.62°,21.90°,23.50°,24.78°,25.18°,34.08°,36.72°,および38.04°に特徴的なピークを有するX線粉末回折パターンを示す」としているのに対し,引用発明2-1では,X線粉末回折パターンについての特定がされていない点。
b 相違点10
本件発明3が,「結晶多形体」としているのに対し,引用発明2-1では,そのように特定されていない点。 第4 当裁判所の判断
・・・
⑷ 相違点9及び11について
ア 引用例2の実施例77には,本件化合物の再結晶を行う際の溶媒にエタノールを用いることが記載されているが(前記2⑴イ),詳細な再結晶条件は不明である。
イ しかし,前記(⑶イ(ア))のとおり,結晶多形は,同じ化学組成をもちながら結晶構造が異なり,別の結晶形を示す現象又はその現象を示すものをいい,多くの医薬品で結晶多形の存在が確認されているところ,結晶多形体は,固有の融点,溶解度をもち,再結晶条件を変化させることで結晶多形体の存在を確認することができる。
ここで,引用例1にはアセトンより再結晶させて得られる融点が201~202℃の本件化合物の結晶が,引用例2にはエタノールより再結晶させて得られる融点が238~239℃(分解)の本件化合物の結晶が,引用例3にはエタノール/水=9:1より再結晶させて得られる融点が207~209℃の本件化合物の結晶がそれぞれ記載されており(前記2⑴),これらによって,同じ化学組成であるにも関わらず,再結晶条件の違いにより,融点が顕著に異なる3つの結晶が得られている。
したがって,本件優先日当時の技術常識を有する当業者であれば,引用例1~3の記載から,本件化合物に結晶多形が存在することを認識し得たといえる。
ウ また,結晶多形が存在する医薬品においては,結晶多形体ごとに種々の物性の違いがあるため,バイオアベイラビリティ(生体内での有用性),結晶状態における安定性及び製剤特性などの種々の要因を考慮して,最適な結晶形を選択するという技術課題が存在している。特に,安定性や製剤化に優れる多形結晶体の再結晶による調製が各種行われてきた。その際,再結晶に用いる溶媒や冷却温度,冷却速度,撹拌の有無等といった再結晶条件を変えることで異なる結晶多形体が得られること,及びこれらの結晶多形体を同定,分離する各種の方法は周知であったところ,標準試料がない場合であっても,それぞれの結晶多形体が示す固有の特徴的なX線回折パターンを,測定した試料間で相互に比較することにより個々の結晶多形体の判定を行うことが可能であった(以上につき,前記⑶イ(ア))。
このため,結晶多形が存在する医薬品においては,本件優先日当時の当業者の技術常識として,上記技術課題を解決するべく,再結晶条件につき検討を加えることでバイオアベイラビリティ(生体内での有用性),結晶状態における安定性及び製剤特性等の種々の要因を考慮して最適と思われる結晶形を探求し,これを得ようとすることは,当業者が当然に行うことということができる。
そして,上記のとおり,本件化合物は,引用例1~3の記載により結晶多形の存在を認識し得る。
そうすると,引用発明1-1,2-1及び3の結晶について,当業者には,再結晶条件につき検討を加えることで,安定性や製剤化に優れる結晶多形体を得ることについての動機付けがあるということができる。
さらに,本件優先日当時,結晶多形の存在はX線回折法,赤外吸収スペクトル法等により知ることができたのであるから(前記⑶イ(ア)),他の結晶多形体と識別するために,X線回折法パターンのピーク又は赤外吸収スペクトルの特徴的吸収で特定することにより,得られた結晶多形体を特定することも,格別の創意工夫を要するものではなかったということができる。
エ 再結晶溶媒としてエタノールを用いた場合である甲7の2の実験–②と甲27の実験群-1を見ると,両者は,エタノールを再結晶溶媒として用い,室温で放冷した点では共通するが,エタノールの使用量及び撹拌の有無で相違しており,前者ではC晶が,後者ではA晶又はA晶+エタノール和物晶が生成したことが示されている。また,甲45のエタノールを溶媒とする実験は,本件化合物2g及び溶媒20ml(10倍容)を使用し,冷却条件(撹拌の有無)を変更したものであるが,いずれもエタノール和物晶が生成したことが示されている。
そして,結晶の析出については,飽和に近い熱溶液を放置し,室温に冷やして結晶を得る方法が一般的とされ,冷却とともに適宜撹拌を行うものであるから(前記⑶イ(イ)),上記甲7の2,27及び45の各実験は,いずれも本件優先日当時の技術常識に従って設定された範囲の再結晶条件で再結晶が行われたものといえる。したがって,本件化合物につき,溶媒としてエタノールを用い,本件優先日当時の技術常識に従って設定された再結晶条件で再結晶させた場合には,本件化合物とエタノールの使用量,撹拌の有無,冷却条件により異なる結晶多形体が生成されるものの,おおむね安定形であるC晶(甲7の2),準安定形であるA晶(甲27),エタノール和物晶(甲27,甲45)の3種にとどまり,多数の結晶多形体が得られることはないことが理解される。そうすると,安定形であるC晶を得るための再結晶条件の選定に格別の困難を伴うとは考えられない。
オ したがって,引用発明2-1の本件化合物のエタノールを溶媒とする再結晶において,本件優先日当時の技術常識に基づいて再結晶条件を選定し,安定性に優れる結晶多形体,例えばC晶を得ることは,当業者が容易になし得たものというべきである。
また,C晶を単離し,他の結晶多形体と識別するために,X線回折法パターンのピーク又は赤外吸収スペクトルの特徴的吸収で特定することについては,上記ウのとおり,本件優先日当時の技術常識であり,当業者にとって格別の創意工夫を要するものではない。
カ 以上より,相違点9及び11に係る本件発明3及び8の構成は,引用発明2-1に基づき容易に想到し得るものと認められる。
⑸ 相違点10及び12について
多形とは,同じ化学組成を持ちながら結晶構造が異なり,別の結晶形を示す現象又はその現象を示すものをいうから(前記⑶イ(ア)),結晶多形体は結晶である。他方,引用発明2-1も結晶である。したがって,相違点10及び12は実質的な相違点ではない。
⑹ 本件発明3及び8の効果について
固体医薬品の大部分は結晶であり,多くの医薬品で結晶多形の存在が見出されていること,結晶多形を有する医薬品においては,結晶多形体ごとに種々の物性の違いがあるため,バイオアベイラビリティ(生体内での有用性),結晶状態における安定性及び製剤特性などの種々の要因を考慮して,最適な結晶形が選択されていることは,本件優先日当時の技術常識である(前記⑶イ(ア))。換言すれば,本件化合物を医薬品として用いようとする以上,医薬の承認のために必要な安定性を有することを追求することは当然のことであり,特別な課題とはいえない。
また,本件優先日当時の技術常識を前提とした場合,本件各発明に係る結晶形により,従来の結晶よりも格段に優れた効果が示されたことをうかがわせる記載は,本件明細書には見当たらない。
したがって,本件発明3及び8について,当業者が予測し得ない顕著な効果を奏するものということはできない。
⑺ 原告の主張について
原告は,引用例1~3から,本件化合物に結晶多形が存在することを認識し得ないなどとし,本件発明3及び8につき,相違点9~12に係る構成は容易に想到し得ず,また,顕著な効果を奏する旨を主張する。
しかし,引用例1~3に記載される結晶は,純粋な固体有機物を得る分離精製法である再結晶により調製されたものであるから,相当量の不純物を含むものとは解されない。また,3つの結晶の融点が大きく異なっていること,各々の融点が1~2℃程度の狭い範囲のピークとなっていること,結晶多形体がそれぞれ異なる溶解性を備え,再結晶により分離されることに鑑みると,当業者には,本件化合物には結晶多形が存在する蓋然性が高く,引用例1~3で得られた結晶も単一の結晶形が得られている蓋然性が高いと理解されるものと解される。
その他原告がるる指摘する事情を考慮しても,本件優先日当時の当業者の技術常識(前記⑶イ)を踏まえると,この点に関する原告の主張は採用できない。
⑻ 小括
以上より,本件発明3及び8は,引用発明2-1及び引用例1,3,甲14及び15記載の各発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから,この点に関する本件審決の認定・判断に誤りはない。この点に関する原告の主張はいずれも採用できず,取消事由1-3は理由がない。
4 取消事由2(本件発明5及び10についての容易想到性判断の誤り)について
・・・
6 結論
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
---------------------------------------------------------------------------------------
判決文はこちら
コメント