<判決紹介>
・平成30年(行ケ)第10098号 審決取消請求事件
・平成31年3月25日判決言渡
・知的財産高等裁判所第1部 高部眞規子 杉浦正樹 片瀬亮
・原告:テバ・ホールディングス合同会社
・被告:大日本住友製薬株式会社
・特許3364481
・発明の名称:神経変性疾患治療薬■コメント
少し前の判決の紹介です。
最近ブログを更新できてなかったのですが、台風で時間ができたので判決紹介記事を書きました。
本日から3つ判決をアップしていきます。本件は、特許無効審判の維持審決の取消訴訟です。
後発品メーカー vs 新薬メーカーです。
先発品はトレリーフ(ゾニサミド)で、後発品は現時点でありません。
経緯は以下のとおりです。・平成10年12月21日:特許出願
・平成14年10月25日:特許登録
・平成29年8月30日:無効審判請求
・平成30年6月13日:維持審決
・平成30年7月20日:取消訴訟提起
・平成31年3月25日:判決 ← いまココ無効審判は過去のブログ記事で紹介しています。・トレリーフ(ゾニサミド)用途特許に対する無効審判、結果は特許維持
!https://biopatent.jp/365/
本件特許の請求項1は以下のとおりです。「【請求項1】
ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩を有効成分とする神経変性疾患治療薬。」本件発明と甲1の一致点・相違点は以下のとおりです。「ア 引用発明
ゾニサミドを有効成分とする抗てんかん薬であって,ゾニサミドの投与量が20mg/kg,50mg/kgであり,雄のwistarラットの線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する作用を示す,抗てんかん薬。
イ 本件発明1と引用発明との一致点及び相違点
(ア) 一致点
ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩を有効成分とする医薬。
(イ) 相違点
医薬について,本件発明1では「神経変性疾患」を治療対象とするのに対して,引用発明では「てんかん」を治療対象としている点。」裁判所の判断は以下のとおりです。ゾニサミドの治療対象をパーキンソン病等の神経変性疾患とすることの動機付けがないとして、進歩性ありと判断しました。●判決---------------------------------------------------------------------------------
第4 当裁判所の判断
・・・(2) 本件発明1と引用発明との対比
本件発明1と引用発明との一致点及び相違点が前記第2の3(2)イのとおりであることは,当事者間に争いがない。
なお,引用例には,ゾニサミドが抗てんかん薬であることが開示されており(前記(1)ア),本件発明1と引用発明との一致点及び相違点が上記のとおりであることによれば,本件発明1と対比すべき引用発明は,「ゾニサミドを有効成分とする抗てんかん薬」と認定するのが相当である。
(3)引用発明において,相違点に係る本件発明1の構成を採用する動機付けの有無
ア 引用例における示唆
前記(1)によれば,引用例は,抗てんかん薬であるゾニサミドについて,ドパミン作動系に対する作用機序を解明することを目的として((1)ア),健常動物を用いた実験を行い((1)イ),線条体におけるドパミン,ドパミン前駆体,ドパミン代謝物の挙動を測定することにより((1)ウ~オ),ゾニサミドによるドパミン合成促進を検討するとともに,ゾニサミドのMAO活性阻害作用によるドパミン分解阻害を検討し,ゾニサミドの用量と薬理作用,副作用との関係を考察するもの((1)カ),ということができる。
そうすると,引用例は,ゾニサミド20~50mg/kgを短期投与すると,線条体ドパミン量が増加すること,MAO-B活性の阻害によりドパミン分解が阻害されることを示唆するものではあるが((1)カ),その示唆は,あくまでも,健常動物を用いた実験に基づくものということができる。イ 甲3文献
(ア) 甲3文献に開示された事項
甲3文献は,抗てんかん薬であるカルバマゼピン及びゾニサミドの作用機序解明を目的として,両剤のmonoamine(MA)遊離,代謝,再取り込みに対する効果について,雄性Wistar系ラットを用いて検討したものである。(要約)そして,甲3文献には,治療用量(20及び50mg/kg/day)のゾニサミドの投与により線条体ドパミン濃度は有意に増加するが,過剰用量(100mg/kg/day)のゾニサミドの投与により線条体ドパミンが減少したことが実験結果とともに示されている。(図1-a,図6)
また,甲3文献には,ゾニサミドが,モノアミン酸化酵素(MAO-A)とモノアミン酸化酵素(MAO-B)の両方の酵素活性を阻害し,MAO-Aに比べるとMAO-Bの阻害は強いものの,MAO活性の阻害は軽度であることが実験結果とともに示されている。(349頁右欄2行~8行,図9)
そして,甲3文献には,実験結果から,ゾニサミドのMAO-Bに対するIC50が660μMであり,このMAO-B阻害作用により,細胞外DOPAC濃度の低下は説明し得るが,これが細胞外DA濃度増加の主要機序とは考え難く,過剰用量の投与によるMAの細胞外濃度減少にも直接的な関与は少ないなどと考察された上で,治療濃度のゾニサミドによるMA系機能増強作用が抗てんかん作用の一部を説明し得るものと考えられるなどと要約されている。(要約,考察(350頁右欄下から5行~351頁左欄3行))。(イ) 甲3文献における示唆
前記(ア)によれば,甲3文献は,ゾニサミド20又は50mg/kg/日を投与すると,線条体ドパミン量が増加すること,ゾニサミドのMAO-Bに対するIC50が660μMであることを示すものであるが,これらの実験結果は,あくまでも,健常動物を用いた実験に基づくものということができる。ウ 技術常識
(ア) 健常動物と疾患モデル動物の相違
甲29(亀井千晃ほか「新薬開発における動物実験の問題点」岡実動研報第4号14~17頁(昭和61年))には,薬理実験を行う際の問題点について「薬物は疾患時に用いるのに,動物実験を行う場合には正常動物を用いているというギャップがある。これらの欠点を補う為,最近では数多くの疾患モデル動物が作成され,薬物の評価判定に用いられている。」と記載されている(17頁)。甲30(「医薬品の開発」鹿取信ほか編「標準薬理学第5版」35~37頁(株式会社医学書院,平成9年発行))には,「医薬品は病気のヒトに用いられるのに,薬効管理,安全性試験は,主に正常な動物が用いられるという点が問題である。最近は…いろいろな方法でヒトの病気に近い状態を起こした疾患モデル動物が用いられている。」と記載されている(37頁)。そして,甲8(久野貞子「Parkinson病の治療,現状と新しい流れ」神経精神薬理Vol.14,No.12,773~781頁(星和書店,平成4年発行))には,「Parkinson病患者では大部分(80%以上)の黒質線条体ドーパミン神経は消失しているが…」と記載され(776頁),健常動物とパーキンソン病疾患モデル動物とでは,黒質線条体内のドパミン神経の量に大幅な相違があることが示されている。また,甲31(G.GERHARDTほか「Dopaminergic Neuroto xicity of 1-Methyl-4- Phenyl-1,2,3,6-Tetrahydropyridine(MPTP) in the Mouse: An in vivo Electrochemical Study」THE JOURNAL OF PHARMACOLOGY AND EXPERIMENTAL THERAPEUTICS Vol.235, No.1,259~265頁(昭和60年))には,健常マウスとパーキンソン病疾患モデルマウスとの間では,KCl(塩化カリウム)によるドパミン量の増加量に大きな相違があることが示されている(図5)。さらに,甲32(David S. Rothblatほか「Regional Differences in Striatal Dopamine Uptake and Release Associated with Recovery from MPTP-Induced Parkinsonism: An In Vivo Electrochemical Study」Journal of Neurochemistry Vol.72, No.2,724~733頁(平成11年))には,健常ネコでは,KClによるドパミン増加量は大きかったのに対し,パーキンソン病疾患モデルネコでは,増加がほとんど生じなかったことが示されている(表3)。加えて,甲7(Stacey A. Jones-Humbleほか「THE NOVEL ANTICONVULSANT LAMOTRIGINE PREVENTS DOPAMINE DEPLETION IN C57 BLACK MICE IN THE MPTP ANIMAL MODEL OF PARKINSON’S DISEASE」Life Sciences Vol.54,No.4,245~252頁(平成6年))では,パーキンソン病疾患モデル動物を用いた実験結果を基にして,ラモトリジンの臨床的有用性をパーキンソン病の治療にも広げられる可能性があることを示唆するとの結論を得るに至っている(245,251頁)。
一方で,健常動物における線条体ドパミン量の挙動が,パーキンソン病疾患モデル動物における線条体ドパミン量の挙動と相関することを示す証拠は見当たらない。そうすると,当業者は,本件優先日当時,健常動物で得られた線条体ドパミン量の挙動は,パーキンソン病疾患モデル動物における線条体ドパミン量の挙動を必ずしも示すものではないとの技術常識を有していたというべきである。(イ) 線条体ドパミン量の増加とパーキンソン病治療薬の関係
a パーキンソン病の病因
当業者は,本件優先日当時,パーキンソン病の病因の一つが線条体ドパミンの枯渇であるとの技術常識を有していたと認められる(甲4(水柿道直「パーキンソン病と薬剤」社団法人日本薬剤師会編「病気と薬剤改訂第4版」(株式会社薬事日報社,平成8年発行))の306頁,甲5(「特集・パーキンソン病の治療」医薬ジャーナルVol.31,No.12(医薬ジャーナル社,平成7年発行))の30頁,甲6(田中千賀子ほか編「NEW薬理学改訂第3版」(株式会社南江堂,平成9年発行))の289頁)。b 線条体ドパミン量を増加させる薬物(ハロペリドール)
ハロペリドールは,線条体ドパミン量を増加させる薬物と認められる(甲23(Bita Moghaddamほか「Acute Effects of Typical and Atypical Antipsychotic Drugs on the Release of Dopamine from Prefrontal Cortex, Nucleus Accumbens, and Striatum of the Rat: An In Vivo Microdialysis Study」Journal of Neurochemistry Vol.54,No.5,1755~1760頁(平成2年))の図1)。
しかし,ハロペリドールは,薬物性パーキンソニズムを引き起こし,パーキンソン病患者への使用は禁忌とされていたものである(乙3(「薬の副作用事典」(株式会社産業調査会事典出版センター,平成2年発行))の1184,1185頁)。そして,本件優先日当時,ハロペリドールとゾニサミドが異なる作用機序で線条体ドパミン量を増加させること,更に線条体ドパミン量を増加させる作業機序によってはパーキンソン病の治療効果に差異が生じることを当業者が認識していたことを示す具体的な証拠はない。
そうすると,当業者は,本件優先日当時,具体的な作用機序の差異を意識することなく,線条体ドパミン量を増加させる薬物には,パーキンソン病患者への使用が禁忌とされるものがあることを認識していたというべきである。c 線条体ドパミン量を増加させる抗てんかん薬(カルバマゼピン)
甲3文献には,抗てんかん薬であるカルバマゼピンには線条体ドパミン量の増加作用がある旨記載されている(図1-a,図6)。
しかし,本件優先日後の平成13年時点においても,パーキンソン病に対するゾニサミドの有効な作用が抗痙攣作用のメカニズムと関連しているのではないかと推告されている抗痙攣薬は他にない。」とされており(甲13(Miho Murataほか「Zonisamide has beneficial effects on Parkinson’s disease patients」Neuroscience Research 41(平成13年))の399頁),本件優先日当時,カルバマゼピンがパーキンソン病に対して治療効果を奏するか否かは不明であると理解されていたものと認められる。
そうすると,当業者は,本件優先日当時,線条体ドパミン量を増加させる抗てんかん薬とパーキンソン病治療薬の関係は不明であると認識していたというべきである。d ゾニサミドが有する線条体ドパミン量の増加作用
引用例及び甲3文献における前記示唆から,本件優先日当時,抗てんかん薬であるゾニサミドの投与が,健常動物以外であっても,線条体ドパミン量を僅かでも増加させる可能性があることまでは否定できない。また,当業者は,本件優先日当時,パーキンソン病の病因の一つが線条体ドパミンの枯渇であるとの技術常識を有していたものである。
しかし,当業者は,本件優先日当時,具体的な作用機序の差異を意識することなく,線条体ドパミン量を増加させる薬物には,パーキンソン病患者への使用が禁忌とされるものがあること,線条体ドパミン量を増加させる抗てんかん薬とパーキンソン病治療薬との関係は不明であること,を認識していたというべきである。
そうすると,当業者は,本件優先日当時,健常動物以外において線条体ドパミン量を増加させる可能性を否定できない抗てんかん薬であるゾニサミドであっても,線条体ドパミン量の増加作用の観点からは,パーキンソン病に対して治療効果を奏する可能性は低いとの技術常識を有していたというべきである。(ウ) MAO-B活性の阻害とパーキンソン病治療薬の関係
a パーキンソン病の病因
当業者は,本件優先日当時,パーキンソン病治療薬の薬理作用の一つとしてドパミンを分解するMAO-B活性を阻害するものが存在するとの技術常識を有していたと認められる(甲6の295頁,甲8の表1)。
b MAO-B活性を阻害する抗てんかん薬(ラモトリジン)
甲7には,抗てんかん薬であるラモトリジン(LTG)がMAO-B活性を阻害する作用がある旨記載されている(245・250頁)。さらに,甲7によれば,本件優先日当時,ラモトリジンのパーキンソン病疾患モデル動物に対する投与試験の結果を検討することで,ラモトリジンをパーキンソン病の治療薬として使用できる可能性が示唆されていたということができる(250・251頁)。
しかし,上記示唆は,「LTGで得られる保護がすべてMAO-Bに対する作用によるものとは考えられない。」,「新規抗てんかん薬であるLTGは,C57BLマウスにおけるMPTP誘発性ドパミン枯渇に対して保護作用をもつ。さらに,LTGがドパミンの取り込みやMAOを阻害するであろう濃度よりも低い濃度で脳内に存在するような用量でも,LTGには神経保護効果が認められる。」という検討の上で導かれたものである(甲7の250・251頁)。したがって,上記示唆は,ラモトリジンがMAO-B阻害作用を有することのみから,パーキンソン病の治療薬として使用できる可能性があると指摘するものではないというべきである。そうすると,当業者は,本件優先日当時,抗てんかん薬であって,MAO-B阻害作用を有するラモトリジンであっても,MAO-B阻害作用を有することから,直ちにパーキンソン病に対して治療効果を奏するものではないことを認識していたというべきである。c MAO-B活性を阻害するパーキンソン病治療薬(セレギリン)
本件優先日当時,セレギリン(商品名デプレニル)がパーキンソン病治療薬として知られており(甲8の表1),セレギリンがMAO-B活性を阻害することも知られていたものである(甲44(Richard E. Heikkilaほか「PREVENTION OF MPTP-INDUCED NEUROTOXICITY BY AGN-1133 AND AGN-1135, SELECTIVE INHIBITORS OF MONOAMINE OXIDASE-B」European Journal of Pharmacology 116,313~317頁(昭和60年))の表1)。
そして,セレギリンのMAO-Bに対するIC50値は11nMである(甲44の表1)。そうすると,当業者は,MAO-B阻害作用を有する薬物を投与するパーキンソン病治療においては,セレギリンと同程度,すなわち,IC50値が11nM以下にMAO-B活性を阻害する程度の薬理作用を有する薬物が必要であると認識していたものである。
しかし,ゾニサミドのMAO-Bに対するIC50値は660μMである(甲3の350頁)。また,引用例の「考察」の欄には,ゾニサミドの「MAO活性阻害は,DAの細胞外濃度と細胞内濃度の上昇にあたって,重要な機序ではないことが示された。」と記載されている。さらに,甲3文献には,ゾニサミドのMAO-B阻害作用について「細胞外DA濃度増加の主要機序とは考え難」くと記載されている(351頁)。
そうすると,当業者は,本件優先日当時,ゾニサミドのMAO-B阻害作用がセレルギンよりも顕著に弱く,また,それがパーキンソン病の治療に有用なドパミン量の増加に果たす程度も低いことを認識していたというべきである。
したがって,当業者は,ゾニサミドが,MAO-B阻害作用の観点から,他のパーキンソン病治療薬と同程度の薬理効果を奏する可能性が低いことを認識していたというべきである。d ゾニサミドが有するMAO-B阻害作用
引用例及び甲3文献における前記示唆から,本件優先日当時,抗てんかん薬であるゾニサミドの投与が,健常動物以外であっても,MAO-B阻害作用を僅かでも有する可能性があることまでは否定できない。また,当業者は,本件優先日当時,パーキンソン病の治療薬の薬理作用の一つとしてドパミンを分解するMAO-B活性を阻害するものが存在するとの技術常識を有していたものである。
しかし,当業者は,本件優先日当時,抗てんかん薬であって,MAO-B阻害作用を有するラモトリジンであっても,MAO-B阻害作用を有することから,直ちにパーキンソン病に対して治療効果を奏するものではないこと,当業者は,ゾニサミドが,MAO-B阻害作用の観点から,他のパーキンソン病治療薬と同程度の効果を奏する可能性が低いこと,を認識していたというべきである。
そうすると,当業者は,本件優先日当時,健常動物以外において,MAO-B阻害作用を有する可能性を否定できない抗てんかん薬であるゾニサミドであっても,MAO-B阻害作用の観点からは,パーキンソン病に対して治療効果を奏する可能性は低いとの技術常識を有していたというべきである。エ 引用発明において,相違点に係る本件発明1の構成を採用する動機付け
(ア) 引用例及び甲3文献は,いずれも,ゾニサミドが,健常動物において,線条体ドパミン量の増加作用を有すること,MAO-B阻害作用を有することを示唆するにとどまるものである。
そして,前記ウ(ア)のとおり,本件優先日当時の当業者は,健常動物で得られた線条体ドパミン量の挙動が,パーキンソン病疾患モデル動物における線条体ドパミン量の挙動を必ずしも示すものではないとの技術常識を有していたものである。
そうすると,当業者は,引用例及び甲3文献から上記示唆を受けても,そもそもパーキンソン病疾患を有する患者において,ゾニサミドが線条体ドパミン量を増加させたり,ゾニサミドがMAO-B活性を阻害したりするとは理解しないから,ゾニサミドがパーキンソン病の治療薬になる可能性を認識し得ないというべきである。(イ) また,引用例及び甲3文献における前記示唆から,健常動物以外であっても,ゾニサミドの投与が線条体ドパミン量の増加作用及びMAO-B阻害作用を僅かでも有する可能性があることまでは否定できない。
しかし,前記ウ(イ)及び(ウ)のとおり,本件優先日当時の当業者は,抗てんかん薬であるゾニサミドについて,線条体ドパミン量の増加作用の観点からも,MAO-B阻害作用の観点からも,パーキンソン病に対して治療効果を奏する可能性は低いとの技術常識を有していたというべきである。
そうすると,このような技術常識を有する当業者は,引用例及び甲3文献から,ゾニサミドがパーキンソン病の治療薬になると合理的に期待し得ないというべきである。(ウ) よって,当業者は,引用発明において,相違点に係る本件発明1の構成を採用することを動機付けられることはないというべきである。
オ 原告の主張について
(ア) 原告は,パーキンソン病の分野において,健常動物での試験結果が,患者や適切な疾患モデル動物での試験結果と異なるとしても,健常動物に対して薬物を投与して何らかの薬理作用が確認されたのであれば,その薬理作用から治療可能な疾患への治療薬としての評価を行おうとの動機付けが生じる旨主張する。
しかし,前記ウ(ア)のとおり,当業者は,本件優先日当時,健常動物で得られた線条体ドパミン量の挙動は,パーキンソン病疾患モデル動物における線条体ドパミン量の挙動を必ずしも示すものではないとの技術常識を有していたというべきである。
また,ゾニサミドの投与による線条体ドパミン量の挙動を健常動物に対する実験により確認した引用例1及び甲3文献は,抗てんかん薬であるゾニサミドの作用機序解明を目的とするものである。引用例1及び甲3文献は,ゾニサミドの薬理作用を解明することで,てんかん以外の疾患についても,ゾニサミドが治療薬として用いることができるか否かについて評価を行おうとするものではなく,これに関する示唆もない。
したがって,当業者は,引用例1及び甲3文献から,ゾニサミドの健常動物に対するドパミン増加作用やMAO-B阻害作用を理解したとしても,そのことのみでは,パーキンソン病に対するゾニサミドの評価を行おうとの動機付けは生じないというべきである。(イ) 原告は,線条体ドパミン量を増加させる薬物であれば,その程度を問わず,パーキンソン病の症状を改善できる,MAO-B阻害作用を有する薬物であれば,その程度を問わず,パーキンソン病の症状を改善できるという,技術常識B及びCが確立していた旨主張する。
しかし,パーキンソン病の治療において,線条体ドパミン量をどの程度増加させればその症状を改善できるか,また,MAO-B活性をどの程度阻害させればその症状を改善できるかについて,これを裏付けるような証拠はない。甲4,6及び8には,線条体ドパミン量の増加作用及びMAO-B阻害作用とパーキンソン病の治療との関係について,一般的な記載があるにとどまり,これらの記載から,当業者が,少しでもこれらの作用を有する薬物であれば,パーキンソン病に対する治療効果が奏せられると理解できるものではない。
そして,ゾニサミドが,既存のパーキンソン病治療薬であるレボドパと同程度の線条体ドパミン量の増加作用を有することを認めるに足りる証拠はなく,本件優先日当時,ゾニサミドが,既存のパーキンソン病治療薬であるセレルギンと比較してMAO-B阻害作用が顕著に劣ることは明らかであったものである。
したがって,原告主張に係る技術常識B及びCは認めることができず,また,当業者は,既存のパーキンソン病治療薬であるレボドパやセレルギンと同様の機序から,ゾニサミドがパーキンソン病の症状を改善できると考え,これをパーキンソン病治療薬として使用することを動機付けられるものとはいえない。(ウ) 原告は,甲13に基づき,当業者に及ばない村田博士であっても,引用例の記載から,ゾニサミドをパーキンソン病治療薬に提供することを動機付けられている旨主張する。
しかし,村田博士ら作成に係る報告書(甲13)は,ゾニサミドがパーキンソン病に対して有効な作用を示したことを前提に,引用例記載の実験結果を引用して,その作用機序を考察しているにすぎない。同報告書は,村田博士が,引用例の記載から,ゾニサミドをパーキンソン病治療薬に提供することを動機付けられたことを示すものではないことは明らかであり,原告の前記主張は失当というほかない。(エ) 原告は,本件明細書の実施例は,各種てんかん薬のMAO-B阻害作用の相違を考慮してしないから実験系に不備があり,同実施例の実験結果に基づいて,ゾニサミドがその他のてんかん薬と比較して顕著な効果を有するとはいえない旨主張する。
しかし,そもそも,ゾニサミドの治療対象をパーキンソン病等の神経変性疾患とすることを動機付けられないのであるから,ゾニサミドのパーキンソン病治療に対する効果について,その他のてんかん薬と比較して顕著なものを求める原告の主張は失当である。そして,MPTP投与によるドパミン枯渇マウスがパーキンソン病の疾患モデル動物として適当であることは当事者間に争いがないところ,本件明細書の試験例2には,かかるマウスに対し,ゾニサミドを投与すれば,溶媒を投与する場合と比較して,線条体のドパミン含有量の減少を抑制できたことが示されている。したがって,本件明細書には,ゾニサミドがパーキンソン病の治療薬としての用途を有することが示されているというべきである。
(オ) 原告は,被告は審判段階で技術常識Bや技術常識Cを否定していなかったから,これを争うことは許されないなどと主張し,また,被告がドパミン増加作用を有するハロペリドールがパーキンソン病の患者に対して禁忌であったことを主張することは,審理範囲を逸脱するなどと主張する。
しかし,被告は,審判段階で技術常識B及びCを認めていたものではない(甲58)。また,審決が判断した本件発明の進歩性について,引用発明から本件発明1に至る動機付けがないことを基礎付ける事実を新たに主張することは,審決取消訴訟の審理範囲を逸脱するものとはいえない。原告の上記主張は採用し得ない。カ 小括
以上によれば,引用発明において,相違点に係る本件発明1の構成を採用することの阻害要因について検討するまでもなく,本件発明1は,引用発明並びに甲3文献に記載された事項及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない,というべきである。
よって,取消事由1は理由がない。
------------------------------------------------------------------------------------------最後の方に「溶媒を投与する場合と比較して」と記載されていますが、この判決の流れを考えると、こっちの比較は溶媒でいいのでしょうか。
実施可能要件/サポート要件違反も検討の余地があるかもしれませんね。(試験例2のデータは検討していません。)
判決文はこちら
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