この書籍の改訂9版が昨年8月に発売されました。2年に1回改訂しているそうです(第1版は2004年発売)。
改めて読んでみると、実務に直結する情報が満載で、判決も多数(めちゃめちゃ多い)引用してて、すごい本でした。
まだ読んでない方にはお勧めです。
この書籍内で引用されていた判決のほんの一部ですが、11個について、要点と判決抜粋を以下にまとめました。ご参考まで。(書籍の抜粋ではないです。このブログで最近紹介した事例は含めていません。)
事例1:新規性
【判決】
平成17年(行ケ)第10818号 審決取消請求事件(タキソール事件、ブリストル v. 日本ケミカルリサーチ、知財高裁)
【要点】
効果を確認したことが記載されていない臨床試験の記載で新規性が否定された。
【請求項1】
固形癌,白血病または卵巣癌に罹患し,かつ過敏症反応を軽減または最小化するために予備投薬されており,タキソールによる治療に伴う血液学的毒性を呈する恐れのある患者を治療するためのタキソールを含有する薬剤であって,約135mg/m2~約275mg/m2のタキソールが約3時間に渡り投与されるように,非経口投与用に包装された薬剤。
【判決抜粋】
(2)原告は,甲1ないし4において,タキソールを制癌剤として175mg/m及び135mg/m2の用量で3時間にわたり非経口的に投与することの有効性及び安全性は未だ試験中であって,確立されていないから,甲1ないし4には,本件特許発明1を実施し得る程度に発明が記載されていないし,また,医師が反復実施して現実の患者への有効かつ安全な投与という技術効果を挙げることができる程度にまで具体的,客観的なものとしては構成されていないから,発明として未完成であると主張する。
しかしながら,「頒布された刊行物に記載された発明」(特許法29条1項3号)においては,特許を受けようとする発明が新規なものであるか否かを検討するために,当該発明に対応する構成を有するかどうかのみが問題とされるべきであるところ,その投与プロトコールの有効性及び安全性は,甲1ないし4に記載された臨床試験においても当然に期待されているものであり,その期待どおりの効果が得られることを確認する試験として進行中のものであって,確立した態様としては記載されていないとしても,それだけでは,本件発明1の構成要件を充足する態様が甲1ないし4に記載されていると認定することの妨げにはならないというべきであるから,甲1ないし4は,引用文献としての適格性を欠くものではない。
なお,原告は,甲19(A作成の鑑定書),甲20(B作成の鑑定書)及び甲21(C作成の鑑定書)を提出するところ,甲19には,「甲第1号証~甲第4号証の文献に記載のプロトコールに従って,タキソールを制癌剤として175mg/m2及び135mg/m2の用量で3時間にわたり非経口的に投与する場合,それら甲第1号証~甲第4号証には,そのような投与がいかなる結果を与えるか,具体的データは全く示されておらず,果して安全且つ有効に投与できるかどうか不明である。したがって,そのような用法・用量による投与が安全且つ有効に行えるかどうか予測できない。すなわち,甲第1号証~甲第4号証には,欧州およびカナダにおいて,タキソールを135mg/m2及び175mg/m2の用量で3時間注入または24時間注入にて卵巣癌患者に対して臨床試験が行われつつあることが示されているが,それらの文献には具体的にいかなる効果であったか全くデータは示されていない。・・・」と記載され,甲20には,「結論として,甲第1号証~甲第4号証を基にタキソールの175mg/m2および135mg/m2の3時間投与スケジュールを臨床腫瘍医が癌臨床の現場で安全,かつ有効に行い得るという予測はできないし,容易にすべきではない。換言すれば,甲第1号証~甲第4号証をもってタキソールの175mg/m2および135mg/m2の3時間投与スケジュールを公知の事実とするには大いに問題がある。」と記載され,甲21には,「甲第1号証~甲第4号証の文献には,タキソールを制癌剤として175mg/m2および135mg/m2の用量で3時間に亘り非経口的に投与する場合,患者にどのような結果を与えるかについての具体的データは全く示されておらず,婦人科腫瘍医が実地臨床の場で,このような用法・用量によるタキソールの投与が安全・有効に行えると予測することは不可能である。」,「結論として,甲第1号証~甲第4号証の時点(1991年11月から1992年5月)ではタキソール175mg/m2および135mg/m2の3時間非経口投与は未だ臨床試験途上,あるいは開始直後の域を出ないもので,これらの甲第1号証~甲第4号証の文献をもとに実地癌臨床の場でタキソールという毒性の強い制癌剤を安全・有効に使い得るという予測は不可能であり,この時点では,臨床医として一般患者への投与は行うべきではない。」と記載されている。しかし,甲1ないし4に記載されたプロトコール自体は明確であるから,タキソールをどのように投与するかは明確であり,むしろ,甲1ないし4に記載された臨床試験がⅡ相試験まで進んでいることをも併せ考えると,技術的にみて,タキソールが投与不可能な薬剤であるということはできない。上記甲19ないし21は,あくまでも医療行為として,医師が実地臨床の場でタキソールを直ちに処方することができるものではないというにとどまるのであって,これをもって,本件発明1の構成要件を充足する態様が甲1ないし4に記載されていないということはできない。
【判決全文】
判決PDF
平成17年(行ケ)第10818号 審決取消請求事件(タキソール事件、ブリストル v. 日本ケミカルリサーチ、知財高裁)
【要点】
効果を確認したことが記載されていない臨床試験の記載で新規性が否定された。
【請求項1】
固形癌,白血病または卵巣癌に罹患し,かつ過敏症反応を軽減または最小化するために予備投薬されており,タキソールによる治療に伴う血液学的毒性を呈する恐れのある患者を治療するためのタキソールを含有する薬剤であって,約135mg/m2~約275mg/m2のタキソールが約3時間に渡り投与されるように,非経口投与用に包装された薬剤。
【判決抜粋】
(2)原告は,甲1ないし4において,タキソールを制癌剤として175mg/m及び135mg/m2の用量で3時間にわたり非経口的に投与することの有効性及び安全性は未だ試験中であって,確立されていないから,甲1ないし4には,本件特許発明1を実施し得る程度に発明が記載されていないし,また,医師が反復実施して現実の患者への有効かつ安全な投与という技術効果を挙げることができる程度にまで具体的,客観的なものとしては構成されていないから,発明として未完成であると主張する。
しかしながら,「頒布された刊行物に記載された発明」(特許法29条1項3号)においては,特許を受けようとする発明が新規なものであるか否かを検討するために,当該発明に対応する構成を有するかどうかのみが問題とされるべきであるところ,その投与プロトコールの有効性及び安全性は,甲1ないし4に記載された臨床試験においても当然に期待されているものであり,その期待どおりの効果が得られることを確認する試験として進行中のものであって,確立した態様としては記載されていないとしても,それだけでは,本件発明1の構成要件を充足する態様が甲1ないし4に記載されていると認定することの妨げにはならないというべきであるから,甲1ないし4は,引用文献としての適格性を欠くものではない。
なお,原告は,甲19(A作成の鑑定書),甲20(B作成の鑑定書)及び甲21(C作成の鑑定書)を提出するところ,甲19には,「甲第1号証~甲第4号証の文献に記載のプロトコールに従って,タキソールを制癌剤として175mg/m2及び135mg/m2の用量で3時間にわたり非経口的に投与する場合,それら甲第1号証~甲第4号証には,そのような投与がいかなる結果を与えるか,具体的データは全く示されておらず,果して安全且つ有効に投与できるかどうか不明である。したがって,そのような用法・用量による投与が安全且つ有効に行えるかどうか予測できない。すなわち,甲第1号証~甲第4号証には,欧州およびカナダにおいて,タキソールを135mg/m2及び175mg/m2の用量で3時間注入または24時間注入にて卵巣癌患者に対して臨床試験が行われつつあることが示されているが,それらの文献には具体的にいかなる効果であったか全くデータは示されていない。・・・」と記載され,甲20には,「結論として,甲第1号証~甲第4号証を基にタキソールの175mg/m2および135mg/m2の3時間投与スケジュールを臨床腫瘍医が癌臨床の現場で安全,かつ有効に行い得るという予測はできないし,容易にすべきではない。換言すれば,甲第1号証~甲第4号証をもってタキソールの175mg/m2および135mg/m2の3時間投与スケジュールを公知の事実とするには大いに問題がある。」と記載され,甲21には,「甲第1号証~甲第4号証の文献には,タキソールを制癌剤として175mg/m2および135mg/m2の用量で3時間に亘り非経口的に投与する場合,患者にどのような結果を与えるかについての具体的データは全く示されておらず,婦人科腫瘍医が実地臨床の場で,このような用法・用量によるタキソールの投与が安全・有効に行えると予測することは不可能である。」,「結論として,甲第1号証~甲第4号証の時点(1991年11月から1992年5月)ではタキソール175mg/m2および135mg/m2の3時間非経口投与は未だ臨床試験途上,あるいは開始直後の域を出ないもので,これらの甲第1号証~甲第4号証の文献をもとに実地癌臨床の場でタキソールという毒性の強い制癌剤を安全・有効に使い得るという予測は不可能であり,この時点では,臨床医として一般患者への投与は行うべきではない。」と記載されている。しかし,甲1ないし4に記載されたプロトコール自体は明確であるから,タキソールをどのように投与するかは明確であり,むしろ,甲1ないし4に記載された臨床試験がⅡ相試験まで進んでいることをも併せ考えると,技術的にみて,タキソールが投与不可能な薬剤であるということはできない。上記甲19ないし21は,あくまでも医療行為として,医師が実地臨床の場でタキソールを直ちに処方することができるものではないというにとどまるのであって,これをもって,本件発明1の構成要件を充足する態様が甲1ないし4に記載されていないということはできない。
【判決全文】
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事例2:新規性
【判決】
平成22年(行ケ)第10256号 審決取消請求事件(スーパーオキサイドアニオン分解剤事件、アイノベックス v. アプト、知財高裁)
【要点】
メカニズムが記載されていない甲1によって、メカニズム剤クレームの新規性が否定された。
【請求項1】
A ポリビニルピロリドン,ポリビニルアルコール,ポリアクリル酸,シクロデ キストリン,アミノペクチン,又はメチルセルロースの存在下で
B 金属塩還元反応法により調整され,
C 顕微鏡下で観察した場合に粒径が6nm以下の白金の微粉末からなる
D スーパーオキサイドアニオン分解剤。
【判決抜粋】
(3)本件特許発明の構成AないしC記載の白金の微粉末は,甲1の白金微粉末を含んでいるから,公知の物質であるといえる(この点,当事者間に争いはない。なお,本件特許発明記載の白金の微粉末は,甲1を示すまでもなく,物質として公知である。)。
そして,本件補正明細書の記載によれば,①スーパーオキサイドアニオン等の活性酸素種が関与する疾病として,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎,アルツハイマー,網膜色素変性症等が存在すること,②構成AないしCに該当する白金微粉末には,スーパーオキサイドアニオンを分解できる属性を有することが確認されたことが記載されている。また,特許請求の範囲の記載によれば,本件特許発明は,構成AないしCに該当する白金微粉末を,「医薬品」「健康食品」又は「化粧品」の用途に使用するための「物の発明」として特許請求されたのではなく,「スーパーオキサイドアニオン分解剤」の用途に使用するための「物の発明」として特許請求されている。
他方,甲1には,構成AないしCに該当する白金微粉末は,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎などの予防又は治療に有効であると期待されていること,そのような効果を期待して,水溶液として,体内に投与する方法が示されていることが記載され,同記載によれば,そのような使用方法は,公知であることが認められる。そうすると,甲1には,白金微粉末がスーパーオキサイドアニオンを分解する作用が明示的形式的に記載されていないものの,従来技術(甲1)の下においても,白金微粉末を上記のような方法で用いれば,スーパーオキサイドアニオンが分解されることは明らかであり,白金微粉末によりスーパーオキサイドアニオンが分解されるという属性に基づく方法が利用されたものと合理的に理解される(甲24参照)。
以上によれば,本件特許発明における白金微粉末を「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途に用いるという技術は,甲1において記載,開示されていた,白金微粉末を用いた方法(用途)と実質的に何ら相違はなく,新規な方法(用途)とはいえないのであって,せいぜい,白金微粉末に備わった上記の性質を,構成Dとして付加したにすぎないといえる。すなわち,構成Dは,白金微粉末の使用方法として,従来技術において行われていた方法(用途)とは相違する新規の高度な創作的な方法(用途)の提示とはいえない。
【判決全文】
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平成22年(行ケ)第10256号 審決取消請求事件(スーパーオキサイドアニオン分解剤事件、アイノベックス v. アプト、知財高裁)
【要点】
メカニズムが記載されていない甲1によって、メカニズム剤クレームの新規性が否定された。
【請求項1】
A ポリビニルピロリドン,ポリビニルアルコール,ポリアクリル酸,シクロデ キストリン,アミノペクチン,又はメチルセルロースの存在下で
B 金属塩還元反応法により調整され,
C 顕微鏡下で観察した場合に粒径が6nm以下の白金の微粉末からなる
D スーパーオキサイドアニオン分解剤。
【判決抜粋】
(3)本件特許発明の構成AないしC記載の白金の微粉末は,甲1の白金微粉末を含んでいるから,公知の物質であるといえる(この点,当事者間に争いはない。なお,本件特許発明記載の白金の微粉末は,甲1を示すまでもなく,物質として公知である。)。
そして,本件補正明細書の記載によれば,①スーパーオキサイドアニオン等の活性酸素種が関与する疾病として,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎,アルツハイマー,網膜色素変性症等が存在すること,②構成AないしCに該当する白金微粉末には,スーパーオキサイドアニオンを分解できる属性を有することが確認されたことが記載されている。また,特許請求の範囲の記載によれば,本件特許発明は,構成AないしCに該当する白金微粉末を,「医薬品」「健康食品」又は「化粧品」の用途に使用するための「物の発明」として特許請求されたのではなく,「スーパーオキサイドアニオン分解剤」の用途に使用するための「物の発明」として特許請求されている。
他方,甲1には,構成AないしCに該当する白金微粉末は,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎などの予防又は治療に有効であると期待されていること,そのような効果を期待して,水溶液として,体内に投与する方法が示されていることが記載され,同記載によれば,そのような使用方法は,公知であることが認められる。そうすると,甲1には,白金微粉末がスーパーオキサイドアニオンを分解する作用が明示的形式的に記載されていないものの,従来技術(甲1)の下においても,白金微粉末を上記のような方法で用いれば,スーパーオキサイドアニオンが分解されることは明らかであり,白金微粉末によりスーパーオキサイドアニオンが分解されるという属性に基づく方法が利用されたものと合理的に理解される(甲24参照)。
以上によれば,本件特許発明における白金微粉末を「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途に用いるという技術は,甲1において記載,開示されていた,白金微粉末を用いた方法(用途)と実質的に何ら相違はなく,新規な方法(用途)とはいえないのであって,せいぜい,白金微粉末に備わった上記の性質を,構成Dとして付加したにすぎないといえる。すなわち,構成Dは,白金微粉末の使用方法として,従来技術において行われていた方法(用途)とは相違する新規の高度な創作的な方法(用途)の提示とはいえない。
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事例3:引用発明の認定
【判決】
平成25年(行ケ)第10248号 審決取消請求事件(排気ガス浄化システム事件、日産自動車 v. 特許庁長官、知財高裁)
【要点】
引用発明に作用効果を奏する必須の構成がある場合、それを除いて引用発明を認定してはいけない。
【請求項1】
排気ガスの空気過剰率(λ)が1を超えるときに窒素酸化物を吸収し,λが1以下のときに窒素酸化物を脱離するNOxトラップ材と,浄化触媒と,排気ガス中の酸素濃度を制御するO2制御手段と,を備える内燃機関の排気ガス浄化システムであって,
排気ガスのλが1を超えるとき,NOxを上記NOxトラップ材に吸収させ,
排気ガスのλが1以下のとき,上記NOxトラップ材からNOxを脱離させ,上記O2制御手段で浄化触媒入口における排気ガス中の酸素濃度を0.8~1.5vol%に制御することによりHCの部分酸化反応を誘発し,この部分酸化を利用してNOxを還元させる,ことを特徴とする排気ガス浄化システム。
【判決抜粋】
(2)引用発明の認定について
ア 審決は,引用例1に記載された引用発明として,「排気ガスの酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気ではNOxを吸収し,理論空燃比近傍又は空気過剰率λ≦1でのリッチ燃焼運転時にはNOxを放出するNOx吸収材と,Pt,Rh等の貴金属と,排気ガスの酸素濃度を変化させる排気制御手段8と,を備える車両用のリーンバーンエンジンや直噴ガソリンエンジンのようなエンジン4の排気ガス浄化装置であって,排気ガスの酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気ではNOxを上記NOx吸収材に吸収させ,理論空燃比近傍又は空気過剰率λ≦1でのリッチ燃焼運転時にはNOx吸収材からNOxを放出させ,排気制御手段8でNOx吸収材と貴金属を含む排気ガス浄化用触媒1の入口側の排気ガスの酸素濃度は2.0%以下に制御され,HCが部分酸化されて活性化されNOxの還元反応が進みやすくなり,結果的にHC及びNOx浄化率が高まる,排気ガス浄化装置。」と認定している。この中で,審決は,HC及びNOx浄化率が高まるとの作用効果を奏する機序として,「HCが部分酸化されて活性化」されることを認定している。
イ しかし,甲1発明は,前記(1)イに認定したとおりであるから,甲1発明における,排気ガスの酸素濃度が低下したとき(リッチ燃焼運転時)に,「HCが部分酸化されて活性化され,NOxの還元反応が進みやすくなり,結果的に,HC及びNOx浄化率が高まる」という作用効果は,NOx吸収材と貴金属とを含む排気ガス浄化用触媒に追加した「Ce-Zr-Pr複酸化物」によって奏したものであって,排気ガスの酸素濃度を前記段落【0058】のように「2.0%以下,あるいは0.5%以下」となるように制御することによって奏したものではない。すなわち,「Ce-Zr-Pr複酸化物」は,前記作用効果を奏するための必須の構成要件であるというべきであり,排気ガスの酸素濃度を「2.0%以下,あるいは0.5%以下」となるように制御した点は,単に,実施例の一つとして,リーン燃焼運転時に「例えば4~5%から20%」,リッチ燃焼運転時に「2.0%以下,あるいは0.5%以下」との数値範囲に制御したにとどまり,前記作用効果を奏するために施した手段とは認められない。
したがって,引用発明において,「HCが部分酸化されて活性化」されるのは,NOx吸収材と貴金属とを含む排気ガス浄化用触媒において,「Ce-Zr-Pr複酸化物」を含むように構成したことによるものであるから,引用例1に,「排気ガス浄化用触媒1の入口側の排気ガスの酸素濃度は2.0%以下に制御」(段落【0058】)することにより,HCの部分酸化をもたらすことを内容とする発明が,開示されていると認めることはできない。
そうすると,審決は,引用発明の認定において,「酸素濃度は2.0%以下に制御され,HCが部分酸化されて活性化されNOxの還元反応が進みやすくなり,結果的にHC及びNOx浄化率が高まる,排気ガス浄化装置」と認定しながら,そのような作用効果を奏する必須の構成である「Ce-Zr-Pr複酸化物」を排気ガス浄化用触媒に含ませることなく,欠落させた点において,その認定は誤りであるといわざるを得ない。
【判決全文】
判決PDF
平成25年(行ケ)第10248号 審決取消請求事件(排気ガス浄化システム事件、日産自動車 v. 特許庁長官、知財高裁)
【要点】
引用発明に作用効果を奏する必須の構成がある場合、それを除いて引用発明を認定してはいけない。
【請求項1】
排気ガスの空気過剰率(λ)が1を超えるときに窒素酸化物を吸収し,λが1以下のときに窒素酸化物を脱離するNOxトラップ材と,浄化触媒と,排気ガス中の酸素濃度を制御するO2制御手段と,を備える内燃機関の排気ガス浄化システムであって,
排気ガスのλが1を超えるとき,NOxを上記NOxトラップ材に吸収させ,
排気ガスのλが1以下のとき,上記NOxトラップ材からNOxを脱離させ,上記O2制御手段で浄化触媒入口における排気ガス中の酸素濃度を0.8~1.5vol%に制御することによりHCの部分酸化反応を誘発し,この部分酸化を利用してNOxを還元させる,ことを特徴とする排気ガス浄化システム。
【判決抜粋】
(2)引用発明の認定について
ア 審決は,引用例1に記載された引用発明として,「排気ガスの酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気ではNOxを吸収し,理論空燃比近傍又は空気過剰率λ≦1でのリッチ燃焼運転時にはNOxを放出するNOx吸収材と,Pt,Rh等の貴金属と,排気ガスの酸素濃度を変化させる排気制御手段8と,を備える車両用のリーンバーンエンジンや直噴ガソリンエンジンのようなエンジン4の排気ガス浄化装置であって,排気ガスの酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気ではNOxを上記NOx吸収材に吸収させ,理論空燃比近傍又は空気過剰率λ≦1でのリッチ燃焼運転時にはNOx吸収材からNOxを放出させ,排気制御手段8でNOx吸収材と貴金属を含む排気ガス浄化用触媒1の入口側の排気ガスの酸素濃度は2.0%以下に制御され,HCが部分酸化されて活性化されNOxの還元反応が進みやすくなり,結果的にHC及びNOx浄化率が高まる,排気ガス浄化装置。」と認定している。この中で,審決は,HC及びNOx浄化率が高まるとの作用効果を奏する機序として,「HCが部分酸化されて活性化」されることを認定している。
イ しかし,甲1発明は,前記(1)イに認定したとおりであるから,甲1発明における,排気ガスの酸素濃度が低下したとき(リッチ燃焼運転時)に,「HCが部分酸化されて活性化され,NOxの還元反応が進みやすくなり,結果的に,HC及びNOx浄化率が高まる」という作用効果は,NOx吸収材と貴金属とを含む排気ガス浄化用触媒に追加した「Ce-Zr-Pr複酸化物」によって奏したものであって,排気ガスの酸素濃度を前記段落【0058】のように「2.0%以下,あるいは0.5%以下」となるように制御することによって奏したものではない。すなわち,「Ce-Zr-Pr複酸化物」は,前記作用効果を奏するための必須の構成要件であるというべきであり,排気ガスの酸素濃度を「2.0%以下,あるいは0.5%以下」となるように制御した点は,単に,実施例の一つとして,リーン燃焼運転時に「例えば4~5%から20%」,リッチ燃焼運転時に「2.0%以下,あるいは0.5%以下」との数値範囲に制御したにとどまり,前記作用効果を奏するために施した手段とは認められない。
したがって,引用発明において,「HCが部分酸化されて活性化」されるのは,NOx吸収材と貴金属とを含む排気ガス浄化用触媒において,「Ce-Zr-Pr複酸化物」を含むように構成したことによるものであるから,引用例1に,「排気ガス浄化用触媒1の入口側の排気ガスの酸素濃度は2.0%以下に制御」(段落【0058】)することにより,HCの部分酸化をもたらすことを内容とする発明が,開示されていると認めることはできない。
そうすると,審決は,引用発明の認定において,「酸素濃度は2.0%以下に制御され,HCが部分酸化されて活性化されNOxの還元反応が進みやすくなり,結果的にHC及びNOx浄化率が高まる,排気ガス浄化装置」と認定しながら,そのような作用効果を奏する必須の構成である「Ce-Zr-Pr複酸化物」を排気ガス浄化用触媒に含ませることなく,欠落させた点において,その認定は誤りであるといわざるを得ない。
【判決全文】
判決PDF
事例4:引用発明の認定
【判決】
平成26年(行ケ)第10182号 審決取消請求事件(うつ症状改善医薬組成物事件、サントリーホールディングス v. 特許庁長官、知財高裁)
【要点】
引例に記載のうつ病(一行記載)の治療は引用発明としての認定されず、治療に効果があることが確認された精神分裂病(実施例)の治療が引用発明として認定された。
【請求項1】
構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリドを含んで成る,うつ症状の改善のための医薬組成物。
【判決抜粋】
(イ)一方,引用例1には,薬学的配合物を適用できる症状又は疾患として「任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患,特に精神分裂病,うつ病,双極性障害およびアルツハイマー病およびその他の痴呆症ならびにパーキンソン病を含む脳の変性障害」を含む広範囲のものが記載されている(【請求項12】,【0013】)。
しかし,実施例は,精神分裂病患者に関するもののみであって,うつ病及び双極性障害の患者に関するものについては全く記載がない。そして,実施例において改善効果が確認された精神分裂病と,うつ病や双極性障害は,精神医学的疾患という点では共通しているものの,一般には,それらの疾患は,疾患の原因や治療法がそれぞれ異なる別の疾患と認識されているのであって,精神分裂病の治療に効果があることが確認された医薬組成物が,直ちにうつ病や双極性障害の治療に用いることができるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠はない。まして,精神分裂病の治療に効果があることが確認された医薬組成物が,アルツハイマー病及びその他の痴呆症やパーキンソン病を含む神経学的あるいはその他の中枢又は末梢神経系疾患の治療にも用いることができるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠もない。
また,引用例1の【0036】には,「文献の再検討により,ここに記載された現象が,精神分裂病について真実だけでなく,EPAが治療的に有用であるいくつかの障害についても言えることが示唆される。」との記載があるものの,EPAが治療的に有用であるいくつかの障害に,うつ病や双極性障害,アルツハイマー病及びその他の痴呆症やパーキンソン病を含む神経学的あるいはその他の中枢又は末梢神経系疾患・障害が含まれるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠はない。
したがって,引用例1の記載に接した当業者は,エチル-EPAとAAを摂取すると精神分裂病の症状が改善したとの実施例の結果に基づいて,EPAとAAの併用を,うつ病や双極性障害を含む「任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患」の治療にも用いることができることを,合理的に予測することはできない。
ウそうすると,引用例1に記載された発明における治療可能な疾患又は症状を,本件審決のように,「任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患,特に精神分裂病,うつ病,双極性障害」と広く認定することは相当ではなく,その適用は精神分裂病の治療に限られるというべきである。
したがって,引用例1に記載された発明は,「精神分裂病の治療のための,エイコサペンタエン酸(EPA)又は任意の適切な誘導体を,アラキドン酸(AA)又は任意の適切な誘導体と組み合せることにより調製された薬学的配合物。」(以下「引用発明1’」という。)と認定すべきである。
【判決全文】
判決PDF
平成26年(行ケ)第10182号 審決取消請求事件(うつ症状改善医薬組成物事件、サントリーホールディングス v. 特許庁長官、知財高裁)
【要点】
引例に記載のうつ病(一行記載)の治療は引用発明としての認定されず、治療に効果があることが確認された精神分裂病(実施例)の治療が引用発明として認定された。
【請求項1】
構成脂肪酸の一部又は全部がアラキドン酸であるトリグリセリドを含んで成る,うつ症状の改善のための医薬組成物。
【判決抜粋】
(イ)一方,引用例1には,薬学的配合物を適用できる症状又は疾患として「任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患,特に精神分裂病,うつ病,双極性障害およびアルツハイマー病およびその他の痴呆症ならびにパーキンソン病を含む脳の変性障害」を含む広範囲のものが記載されている(【請求項12】,【0013】)。
しかし,実施例は,精神分裂病患者に関するもののみであって,うつ病及び双極性障害の患者に関するものについては全く記載がない。そして,実施例において改善効果が確認された精神分裂病と,うつ病や双極性障害は,精神医学的疾患という点では共通しているものの,一般には,それらの疾患は,疾患の原因や治療法がそれぞれ異なる別の疾患と認識されているのであって,精神分裂病の治療に効果があることが確認された医薬組成物が,直ちにうつ病や双極性障害の治療に用いることができるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠はない。まして,精神分裂病の治療に効果があることが確認された医薬組成物が,アルツハイマー病及びその他の痴呆症やパーキンソン病を含む神経学的あるいはその他の中枢又は末梢神経系疾患の治療にも用いることができるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠もない。
また,引用例1の【0036】には,「文献の再検討により,ここに記載された現象が,精神分裂病について真実だけでなく,EPAが治療的に有用であるいくつかの障害についても言えることが示唆される。」との記載があるものの,EPAが治療的に有用であるいくつかの障害に,うつ病や双極性障害,アルツハイマー病及びその他の痴呆症やパーキンソン病を含む神経学的あるいはその他の中枢又は末梢神経系疾患・障害が含まれるとの技術常識が存在することを認めるに足りる証拠はない。
したがって,引用例1の記載に接した当業者は,エチル-EPAとAAを摂取すると精神分裂病の症状が改善したとの実施例の結果に基づいて,EPAとAAの併用を,うつ病や双極性障害を含む「任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患」の治療にも用いることができることを,合理的に予測することはできない。
ウそうすると,引用例1に記載された発明における治療可能な疾患又は症状を,本件審決のように,「任意の精神医学的,神経学的あるいはその他の中枢または末梢神経系疾患,特に精神分裂病,うつ病,双極性障害」と広く認定することは相当ではなく,その適用は精神分裂病の治療に限られるというべきである。
したがって,引用例1に記載された発明は,「精神分裂病の治療のための,エイコサペンタエン酸(EPA)又は任意の適切な誘導体を,アラキドン酸(AA)又は任意の適切な誘導体と組み合せることにより調製された薬学的配合物。」(以下「引用発明1’」という。)と認定すべきである。
【判決全文】
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事例5:進歩性
【判決】
平成16年(行ケ)第273号 審決取消請求事件(乳幼児用おしゃぶり事件、X1 v. X2、東京高裁)
【要点】
引例の組み合わせについて、下位概念だと相違するように見えても上位概念だと共通する分野として把握可能な場合がある。
【請求項1】
体内又は口内に摂取可能な成分が,他の成分に包含された状態で乳首部の構成材料中又は乳首部表面に分散して含有されていることを特徴とする乳幼児用おしゃぶり。
【判決抜粋】
(4)審決は,「引用発明1における,体内又は口内に摂取可能な成分が,乳首部の外面を形成する弾性壁13に形成された空所14に挿入されている点に替え,上記引用発明2の含有を分散なる態様として本願補正発明のような発明特定事項とすることは,当業者が容易になし得る」とした上で,「本願補正発明は,上記引用例1及び2に記載された発明及び上記周知の技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものである」と判断した。
これに対し,原告らは,①引用発明1と引用発明2とを対比すると,発明の課題及び構成が異なる,②引用発明1と甲3ないし5発明とは,技術分野,課題,形状・形態が大きく異なる,③引用発明2と甲3ないし5発明とは,技術分野,課題が異なるなどとして,引用発明1,2,甲3ないし5発明を組み合わせるのは容易ではなく,仮に,引用発明1に,引用発明2及び甲3ないし5発明を適用すると引用発明1本来の課題を解決することが不可能となると主張する。
しかしながら,引用発明1のおしゃぶりと引用発明2の口呼吸防止具は,いずれも体内又は口内に摂取可能な成分を含有するものを口内に入れて使用する点で共通し,その技術分野は近接しているといえる上,引用発明1の明細書には明示的な記載はないものの,おしゃぶりはその性質上当然に鼻呼吸を促進する機能を有するのであるから,両発明は機能も共通にするということができる。したがって,引用発明2を引用発明1に適用することに阻害要因はないというべきである。
また,前記のとおり,甲3ないし5発明は,おしゃぶりと同様,体内又は口内に摂取可能な成分を含有するものを口内に入れて使用するものであるから,甲3ないし5から認定できる周知技術を引用発明1及び2に適用することについても何ら支障はないというべきである。
さらに,原告らは,引用発明1に,引用発明2及び甲3ないし5発明を適用すると,引用発明1の本来の課題を解決することが不可能になるなどと主張するが,引用発明1に引用発明2等を適用したものが引用発明1の本来の課題解決が可能かどうかは,本願補正発明の進歩性の判断に影響を及ぼすものではなく,原告らの主張は失当である。
【判決全文】
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平成16年(行ケ)第273号 審決取消請求事件(乳幼児用おしゃぶり事件、X1 v. X2、東京高裁)
【要点】
引例の組み合わせについて、下位概念だと相違するように見えても上位概念だと共通する分野として把握可能な場合がある。
【請求項1】
体内又は口内に摂取可能な成分が,他の成分に包含された状態で乳首部の構成材料中又は乳首部表面に分散して含有されていることを特徴とする乳幼児用おしゃぶり。
【判決抜粋】
(4)審決は,「引用発明1における,体内又は口内に摂取可能な成分が,乳首部の外面を形成する弾性壁13に形成された空所14に挿入されている点に替え,上記引用発明2の含有を分散なる態様として本願補正発明のような発明特定事項とすることは,当業者が容易になし得る」とした上で,「本願補正発明は,上記引用例1及び2に記載された発明及び上記周知の技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものである」と判断した。
これに対し,原告らは,①引用発明1と引用発明2とを対比すると,発明の課題及び構成が異なる,②引用発明1と甲3ないし5発明とは,技術分野,課題,形状・形態が大きく異なる,③引用発明2と甲3ないし5発明とは,技術分野,課題が異なるなどとして,引用発明1,2,甲3ないし5発明を組み合わせるのは容易ではなく,仮に,引用発明1に,引用発明2及び甲3ないし5発明を適用すると引用発明1本来の課題を解決することが不可能となると主張する。
しかしながら,引用発明1のおしゃぶりと引用発明2の口呼吸防止具は,いずれも体内又は口内に摂取可能な成分を含有するものを口内に入れて使用する点で共通し,その技術分野は近接しているといえる上,引用発明1の明細書には明示的な記載はないものの,おしゃぶりはその性質上当然に鼻呼吸を促進する機能を有するのであるから,両発明は機能も共通にするということができる。したがって,引用発明2を引用発明1に適用することに阻害要因はないというべきである。
また,前記のとおり,甲3ないし5発明は,おしゃぶりと同様,体内又は口内に摂取可能な成分を含有するものを口内に入れて使用するものであるから,甲3ないし5から認定できる周知技術を引用発明1及び2に適用することについても何ら支障はないというべきである。
さらに,原告らは,引用発明1に,引用発明2及び甲3ないし5発明を適用すると,引用発明1の本来の課題を解決することが不可能になるなどと主張するが,引用発明1に引用発明2等を適用したものが引用発明1の本来の課題解決が可能かどうかは,本願補正発明の進歩性の判断に影響を及ぼすものではなく,原告らの主張は失当である。
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事例6:進歩性
【判決】
平成24年(行ケ)第10005号 審決取消請求事件(パップ剤事件、帝國製薬 v. 特許庁長官、知財高裁)
【要点】
ビタミンCとグルコサミンが同じ機能(美白剤)として知られているというだけで、ビタミンCをグルコサミンに変更することが容易とはいえない。
【請求項1】
少なくとも水溶性高分子化合物2~30重量部,水20~80重量部,架橋剤0. 01~5重量部,およびpH調整剤0.5~10重量部を必須成分とする架橋型含 水ゲルに,有効成分としてグルコサミンを配合するとともに,
前記架橋型含水ゲルのpHを5以下とし,
前記水溶性高分子化合物がポリアクリル酸および/またはその塩類とそれ以外に 他の高分子化合物を併用するものであり,かつ,ポリアクリル酸および/またはそ の塩類と他の水溶性高分子化合物との配合比が,ポリアクリル酸および/またはそ の塩類を1としたときに0.1~3である,
ことを特徴とするグルコサミン含有パップ剤。
【判決抜粋】
(2)上記の認定によれば,引用発明Aは,有効成分としてビタミンC又はその誘導体を用いる場合に特有の問題点を解決するために,そのような目的に適する架橋剤を限定したものであって,特定の有効成分と架橋剤の組み合わせに特徴があるパップ剤である。そして,引用例B(特開平11-246339号公報,甲2)に,グルコサミンとビタミンC(L-アスコルビン酸)はともに代表的な美白剤として従来から知られていることが開示されているとしても,グルコサミンは,ビタミンCと化学構造等の理化学的性質が類似するわけではないから,パップ剤中での金属架橋剤との相互作用が同様であるとは考えられない。
したがって,ともに美白剤として知られているというだけで,当業者にとって,引用発明Aの有効成分であるビタミンC又は誘導体をグルコサミンに変更することが容易に想到し得るとはいえず,取消事由2は理由がある。
【判決全文】
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平成24年(行ケ)第10005号 審決取消請求事件(パップ剤事件、帝國製薬 v. 特許庁長官、知財高裁)
【要点】
ビタミンCとグルコサミンが同じ機能(美白剤)として知られているというだけで、ビタミンCをグルコサミンに変更することが容易とはいえない。
【請求項1】
少なくとも水溶性高分子化合物2~30重量部,水20~80重量部,架橋剤0. 01~5重量部,およびpH調整剤0.5~10重量部を必須成分とする架橋型含 水ゲルに,有効成分としてグルコサミンを配合するとともに,
前記架橋型含水ゲルのpHを5以下とし,
前記水溶性高分子化合物がポリアクリル酸および/またはその塩類とそれ以外に 他の高分子化合物を併用するものであり,かつ,ポリアクリル酸および/またはそ の塩類と他の水溶性高分子化合物との配合比が,ポリアクリル酸および/またはそ の塩類を1としたときに0.1~3である,
ことを特徴とするグルコサミン含有パップ剤。
【判決抜粋】
(2)上記の認定によれば,引用発明Aは,有効成分としてビタミンC又はその誘導体を用いる場合に特有の問題点を解決するために,そのような目的に適する架橋剤を限定したものであって,特定の有効成分と架橋剤の組み合わせに特徴があるパップ剤である。そして,引用例B(特開平11-246339号公報,甲2)に,グルコサミンとビタミンC(L-アスコルビン酸)はともに代表的な美白剤として従来から知られていることが開示されているとしても,グルコサミンは,ビタミンCと化学構造等の理化学的性質が類似するわけではないから,パップ剤中での金属架橋剤との相互作用が同様であるとは考えられない。
したがって,ともに美白剤として知られているというだけで,当業者にとって,引用発明Aの有効成分であるビタミンC又は誘導体をグルコサミンに変更することが容易に想到し得るとはいえず,取消事由2は理由がある。
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事例7:進歩性
【判決】
平成25年(行ケ)第10209号 審決取消請求事件(血管内皮の収縮・拡張機能改善剤事件、カルピス v. 特許庁長官、知財高裁)
【要点】
ACE阻害剤の治療効果を確認した文献が複数あり、確認できなかった文献が複数ある場合、特定のACE阻害活性を有する化合物(IPP及びVPP)(但し、ACE活性はかなり低い)を治療剤とすることは容易ではない。
【請求項1】
Ile Pro Pro及び/又はVal Pro Proを有効成分として含有し,血管内皮の収縮・拡張機能改善及び血管内膜の肥厚抑制の少なくとも一方の作用を有する剤。
【判決抜粋】
ウ(ア)以上のとおり,本願優先日当時に公刊されていた文献には,ACE阻害剤につき,血管内皮の収縮・拡張機能改善作用,血管内膜の肥厚抑制作用を有すること,又は,これらの作用を有する可能性があることを肯定する内容のものが複数存在する反面,そのような作用は確認されなかったという実験結果を報告するものも複数存在し,当業者に対する影響力,すなわち,当業者の認識形成に寄与する程度においていずれが優勢であったともいい難い。特に,・・・したがって,これらの文献からは,ACE阻害剤の種類によって血管に及ぼす作用に差がある原因についても,本願優先日当時においては定説が存在しなかったことが認められる。
加えて,上記の状況に鑑みれば,本願優先日当時,血管内皮の収縮・拡張機能改善作用,血管内膜の肥厚抑制作用の機序やACE阻害活性との関係は解明されておらず,確立された見解はなかったものと推認できる。
(イ)以上によれば,本願優先日当時においては,ACE阻害剤が血管内皮の収縮・拡張機能改善作用,血管内膜の肥厚抑制作用を示した実例はあるものの,ACE阻害剤であれば原則として上記作用のうち少なくともいずれか一方を有するとまではいえず,個々のACE阻害剤が実際にこれらの作用を有するか否かは,各別の実験によって確認しなければ分からないというのが,当業者の一般的な認識であったものと認められる。
・・・
ウ 前述した本願優先日当時の当業者の一般的な認識に鑑みれば,当業者が,ACE阻害活性の有無に焦点を絞り,引用発明においてIPP及びVPPがACE阻害活性を示したことのみをもって,引用例2から引用例5に記載されたACE阻害剤との間には,前述したとおりACE阻害活性の強度及び構造上の差異など種々の相違があることを捨象し,IPP及びVPPも上記ACE阻害剤と同様に,血管内皮の機能改善作用,血管内膜の肥厚抑制作用を示すことを期待して,IPP及び/又はVPPを用いることを容易に想到したとは考え難い。
また,仮に,当業者において,引用例2から引用例5に接し,前記一般的な認識によれば必ずしも奏功するとは限らないとはいえ,ACE阻害活性を備えた物質が上記作用を示すか否か試行することを想起したとしても,前述したとおり,IPP及びVPPは,性質,構造において上記ACE阻害剤と大きく異なり,特にIPP及びVPPのACE阻害活性は上記ACE阻害剤よりもかなり低いものといえるから,試行の対象としてIPP及び/又はVPPを選択することは,容易に想到するものではないというべきである。
以上によれば,引用発明と引用例2から引用例5とを組み合わせて補正発明を想到することは容易とはいえず,本件審決が,「相当程度の確立した知見」を前提として,引用発明と引用例2から引用例5とを組み合わせ,これらを併せ見た当業者であれば,引用発明においてACE阻害活性を有することが確認されたIPP及び/又はVPPを,血管内皮の収縮・拡張機能改善及び血管内膜の肥厚抑制の少なくとも一方の作用を有する剤として用いることに,格別の創意を要したものとはいえないと判断した点は誤りである。
【判決全文】
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平成25年(行ケ)第10209号 審決取消請求事件(血管内皮の収縮・拡張機能改善剤事件、カルピス v. 特許庁長官、知財高裁)
【要点】
ACE阻害剤の治療効果を確認した文献が複数あり、確認できなかった文献が複数ある場合、特定のACE阻害活性を有する化合物(IPP及びVPP)(但し、ACE活性はかなり低い)を治療剤とすることは容易ではない。
【請求項1】
Ile Pro Pro及び/又はVal Pro Proを有効成分として含有し,血管内皮の収縮・拡張機能改善及び血管内膜の肥厚抑制の少なくとも一方の作用を有する剤。
【判決抜粋】
ウ(ア)以上のとおり,本願優先日当時に公刊されていた文献には,ACE阻害剤につき,血管内皮の収縮・拡張機能改善作用,血管内膜の肥厚抑制作用を有すること,又は,これらの作用を有する可能性があることを肯定する内容のものが複数存在する反面,そのような作用は確認されなかったという実験結果を報告するものも複数存在し,当業者に対する影響力,すなわち,当業者の認識形成に寄与する程度においていずれが優勢であったともいい難い。特に,・・・したがって,これらの文献からは,ACE阻害剤の種類によって血管に及ぼす作用に差がある原因についても,本願優先日当時においては定説が存在しなかったことが認められる。
加えて,上記の状況に鑑みれば,本願優先日当時,血管内皮の収縮・拡張機能改善作用,血管内膜の肥厚抑制作用の機序やACE阻害活性との関係は解明されておらず,確立された見解はなかったものと推認できる。
(イ)以上によれば,本願優先日当時においては,ACE阻害剤が血管内皮の収縮・拡張機能改善作用,血管内膜の肥厚抑制作用を示した実例はあるものの,ACE阻害剤であれば原則として上記作用のうち少なくともいずれか一方を有するとまではいえず,個々のACE阻害剤が実際にこれらの作用を有するか否かは,各別の実験によって確認しなければ分からないというのが,当業者の一般的な認識であったものと認められる。
・・・
ウ 前述した本願優先日当時の当業者の一般的な認識に鑑みれば,当業者が,ACE阻害活性の有無に焦点を絞り,引用発明においてIPP及びVPPがACE阻害活性を示したことのみをもって,引用例2から引用例5に記載されたACE阻害剤との間には,前述したとおりACE阻害活性の強度及び構造上の差異など種々の相違があることを捨象し,IPP及びVPPも上記ACE阻害剤と同様に,血管内皮の機能改善作用,血管内膜の肥厚抑制作用を示すことを期待して,IPP及び/又はVPPを用いることを容易に想到したとは考え難い。
また,仮に,当業者において,引用例2から引用例5に接し,前記一般的な認識によれば必ずしも奏功するとは限らないとはいえ,ACE阻害活性を備えた物質が上記作用を示すか否か試行することを想起したとしても,前述したとおり,IPP及びVPPは,性質,構造において上記ACE阻害剤と大きく異なり,特にIPP及びVPPのACE阻害活性は上記ACE阻害剤よりもかなり低いものといえるから,試行の対象としてIPP及び/又はVPPを選択することは,容易に想到するものではないというべきである。
以上によれば,引用発明と引用例2から引用例5とを組み合わせて補正発明を想到することは容易とはいえず,本件審決が,「相当程度の確立した知見」を前提として,引用発明と引用例2から引用例5とを組み合わせ,これらを併せ見た当業者であれば,引用発明においてACE阻害活性を有することが確認されたIPP及び/又はVPPを,血管内皮の収縮・拡張機能改善及び血管内膜の肥厚抑制の少なくとも一方の作用を有する剤として用いることに,格別の創意を要したものとはいえないと判断した点は誤りである。
【判決全文】
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事例8:進歩性
【判決】
(A)平成22年(行ケ)第10273号 審決取消請求事件(包装用アルミニウム箔事件、日本製箔v. 特許庁長官、知財高裁)
【要点】
公知技術が膨大にある場合、組み合わせて進歩性を否定するには、動機付けが必要。
【請求項1】
1. 少なくとも下記手段及び装置を具えた外観検査装置を用いて,アルミニウム箔製包装体を製造する際に用いるアルミニウム箔であって,該アルミニウム箔は,その本体表面に,文字や図柄などの表示が印刷されてなり,該表示は,樹脂ワニスに顔料を添加してなる印刷インキを用いて印刷することによって形成されたものであり,該顔料は,顔料本体表面が合成樹脂膜によって被覆されていることを特徴とする赤外線透過性に優れた表示を印刷してなる包装用アルミニウム箔。
【判決抜粋】
そもそも,「塗料」又は「インク」に関する公知技術は,世上数限りなく存在するのであり,その中から特定の技術思想を発明として選択し,他の発明と組み合わせて進歩性を否定するには,その組合せについての示唆ないし動機付けが明らかとされなければならないところ,審決では,当業者が,引用発明1に対してどのような技術的観点から被覆顔料を使用する引用発明2の構成が適用できるのか,その動機付けが示されていない(当該技術が,当業者にとっての慣用技術等にすぎないような場合は,必ずしも動機付け等が示されることは要しないが,引用発明2の構成を慣用技術と認めることはできないし,被告もその主張をしていない。)。
(4)この点について,被告は,引用例2の段落【0006】の記載を根拠に,色相,着色力及び分散性に優れているのが好ましいことは,インキや塗料の顔料について一般的にいえることであり,引用発明1のインクについてもあてはまることであるから,引用発明1のインクとして引用発明2の油性塗料を適用してみようという程度のことは,当業者が容易に考えつくことであると主張する。
確かに,インクや塗料において,色相,着色力及び分散性に優れているのが一般的に好ましいと解されるところ,それに応じて,色相,着色力,分散性などのいずれかに優れていることをその特性として開示するインクや塗料も,多数存在すると認められるのであり,その中から,上記の一般論のみを根拠として引用発明2を選択することは,当業者が容易に想到できるものではない。
したがって,被告の上記主張は,採用することができない。
【判決全文】
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公知技術が膨大にある場合、組み合わせて進歩性を否定するには、動機付けが必要。
【請求項2】
排気口にガス導管を介して吸引空気源を接続した流動ホッパーと,該流動ホッパーの出入口と縦方向に連通した縦向き管と,この縦向き管に横方向に連通され材料供給源からの材料が供給される横向き管とからなる供給管と,該供給管に接続された一時貯留ホッパーとからなり,
前記流動ホッパーの出入口は,前記供給管のみと連通してあり,
前記供給管の横向き管における最下面の延長線の近傍位置または該延長線より上方位置に,前記吸引輸送源を停止する前に混合された混合済み材料の充填レベルを,前記吸引輸送源を停止している場合に検出するためのレベル計を設けてなることを特徴とする粉粒体の混合及び微粉除去装置。
【判決抜粋】
オ(ア)これに対し原告は,甲3発明と甲2装置発明の技術分野の同一性,技術内容の密接性,甲3発明と甲2装置発明が後者は前者を従来技術とするものであり,両者の目的も機能も同じであるから,甲3発明のレベル計の位置を甲2装置発明のレベル計の位置に置換することに困難性がないと主張する。
しかし,たとえ技術分野や技術内容に同一性や密接な関連性や目的・機能の類似性があったとしても,そこで組み合せることが可能な技術は無数にあり得るのであって,それらの組合せのすべてが容易想到といえるものでないことはいうまでもない。その意味で,上記のような一定の関連性等がある技術の組合せが当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)において容易想到というためには,これらを結び付ける事情,例えば共通の課題の存在やこれに基づく動機付けが必要なのであって,本件においてこれが存しないことは前記エのとおりである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
【判決全文】
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(A)平成22年(行ケ)第10273号 審決取消請求事件(包装用アルミニウム箔事件、日本製箔v. 特許庁長官、知財高裁)
【要点】
公知技術が膨大にある場合、組み合わせて進歩性を否定するには、動機付けが必要。
【請求項1】
1. 少なくとも下記手段及び装置を具えた外観検査装置を用いて,アルミニウム箔製包装体を製造する際に用いるアルミニウム箔であって,該アルミニウム箔は,その本体表面に,文字や図柄などの表示が印刷されてなり,該表示は,樹脂ワニスに顔料を添加してなる印刷インキを用いて印刷することによって形成されたものであり,該顔料は,顔料本体表面が合成樹脂膜によって被覆されていることを特徴とする赤外線透過性に優れた表示を印刷してなる包装用アルミニウム箔。
【判決抜粋】
そもそも,「塗料」又は「インク」に関する公知技術は,世上数限りなく存在するのであり,その中から特定の技術思想を発明として選択し,他の発明と組み合わせて進歩性を否定するには,その組合せについての示唆ないし動機付けが明らかとされなければならないところ,審決では,当業者が,引用発明1に対してどのような技術的観点から被覆顔料を使用する引用発明2の構成が適用できるのか,その動機付けが示されていない(当該技術が,当業者にとっての慣用技術等にすぎないような場合は,必ずしも動機付け等が示されることは要しないが,引用発明2の構成を慣用技術と認めることはできないし,被告もその主張をしていない。)。
(4)この点について,被告は,引用例2の段落【0006】の記載を根拠に,色相,着色力及び分散性に優れているのが好ましいことは,インキや塗料の顔料について一般的にいえることであり,引用発明1のインクについてもあてはまることであるから,引用発明1のインクとして引用発明2の油性塗料を適用してみようという程度のことは,当業者が容易に考えつくことであると主張する。
確かに,インクや塗料において,色相,着色力及び分散性に優れているのが一般的に好ましいと解されるところ,それに応じて,色相,着色力,分散性などのいずれかに優れていることをその特性として開示するインクや塗料も,多数存在すると認められるのであり,その中から,上記の一般論のみを根拠として引用発明2を選択することは,当業者が容易に想到できるものではない。
したがって,被告の上記主張は,採用することができない。
【判決全文】
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【判決】
(B)平成21年(行ケ)第10142号 審決取消請求事件(粉粒体の混合装置事件、カワタv. 松井製作所、知財高裁)
公知技術が膨大にある場合、組み合わせて進歩性を否定するには、動機付けが必要。
【請求項2】
排気口にガス導管を介して吸引空気源を接続した流動ホッパーと,該流動ホッパーの出入口と縦方向に連通した縦向き管と,この縦向き管に横方向に連通され材料供給源からの材料が供給される横向き管とからなる供給管と,該供給管に接続された一時貯留ホッパーとからなり,
前記流動ホッパーの出入口は,前記供給管のみと連通してあり,
前記供給管の横向き管における最下面の延長線の近傍位置または該延長線より上方位置に,前記吸引輸送源を停止する前に混合された混合済み材料の充填レベルを,前記吸引輸送源を停止している場合に検出するためのレベル計を設けてなることを特徴とする粉粒体の混合及び微粉除去装置。
【判決抜粋】
オ(ア)これに対し原告は,甲3発明と甲2装置発明の技術分野の同一性,技術内容の密接性,甲3発明と甲2装置発明が後者は前者を従来技術とするものであり,両者の目的も機能も同じであるから,甲3発明のレベル計の位置を甲2装置発明のレベル計の位置に置換することに困難性がないと主張する。
しかし,たとえ技術分野や技術内容に同一性や密接な関連性や目的・機能の類似性があったとしても,そこで組み合せることが可能な技術は無数にあり得るのであって,それらの組合せのすべてが容易想到といえるものでないことはいうまでもない。その意味で,上記のような一定の関連性等がある技術の組合せが当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)において容易想到というためには,これらを結び付ける事情,例えば共通の課題の存在やこれに基づく動機付けが必要なのであって,本件においてこれが存しないことは前記エのとおりである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
【判決全文】
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事例9:実施可能要件
【判決】
平成13年(行ケ)第209号 審決取消請求事件(電子写真複写機用クリーニングブレード事件、東洋ゴム工業 v. バンドー化学、東京高裁)
【要点】
明細書に記載の方法ではクレームの数値限定の有効数字を得られないため実施可能要件を満たさない。
【請求項1】
重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比(Mw/Mn)が,GPC法の測定によって2以下である分子量分布を有するポリオールとポリイソシアネートとを反応させてなるウレタンゴムからなることを特徴とする電子写真複写機用クリーニングブレード。
【判決抜粋】
当初明細書のこれらの記載によると,同明細書は,本件訂正前発明が,分子量分布を示す比(Mw/Mn)が2以下のポリオールを採用することにより,機械的物性,温度安定性及び物性の耐経時変化等に優れ,そして,安定したクリーニング性能が得られるという効果を奏することを述べた上で,比(Mw/Mn)が1.4~2.0であるポリオールを採用した本件訂正前発明と,2.1~2.6であるポリオールを用いたクリーニングブレードにつき,引裂き強さ,永久伸びの経時変化及びクリーニング性能の比較を行い,上記効果を,具体的な視点から裏付けようとしていることが認められる。
この比(Mw/Mn)の数値に注目すると,小数点以下第一位までを有効数字としていること,及び,数値2.0のFT5を本件訂正前発明の具体例とし,数値2.1のFT11を比較例とし,これら小数点以下第一位が「1」違うものを対比して,上記効果を裏付けようとしていることから,当初明細書は,比(Mw/Mn)の具体的数値として,小数点以下第一位までを有意なものとしていると認められる。
(2)「高分子工学講座4 化学繊維の紡糸とフィルム成形(I)」(株式会社地人書館発行,昭和43年2月10日発行,甲第4号証。以下「甲4文献」という。)には,以下の記載がある。
・・・
(3)甲4文献のこれらの記載によれば,同文献が発行された昭和43年当時,同じ高分子物質についての比(Mw/Mn)であっても,GPC法によって求められたものと各種分別法や超遠心法等から求められたものとの間に差異があるものと,すなわち,同じ高分子物質であっても,GPC法を用いた場合と他の測定法を用いた場合とで,比(Mw/Mn)は異なるものと,さらに,同じGPC法による場合であっても,使用するカラムの種類・本数が異なると,やはり比(Mw/Mn)が異なるものと,一般的に考えられていた,と認めることができる。なお,上記甲第4号証の実験結果の記載は,基本的に特定の高分子物質に関するものではあるものの,それに限るものとして提示されたものではなく,むしろ一般的な現象の一例を提供するものとして提示されているものである(甲第4号証)。
以上のとおりであるから,分子量分布を示す比(Mw/Mn)の算出において,その求め方を特定しなければ,比(Mw/Mn)の数値を,小数点以下第一位までを有効桁数として得ることはできないとの知見が,甲4文献の出版当時,すなわち本件出願前に,一般的なものとして存在していたものと認められる。そして,この状況が,本件出願時までに失われたことをうかがわせる資料は,本件全証拠を検討しても見いだすことができない。
・・・
(4)当初明細書において,前述のとおり,訂正前発明に係る比(Mw/Mn)は,その数値として小数点以下第一位までを有意なものとしており,その求め方として,「本発明においては,上記のようなポリオールは,その分子量分布が2以下であることが必要であり,好ましくは1.4~1.8の範囲である。このポリオールの分子量分布は,例えば,GPC法による分子量測定から算出することができる。」(甲第2号証・2頁4欄7~12行)として,GPC法が具体的な求め方の例の一つとして記載されている。しかし,当初明細書には,これ以外に,具体的な求め方に関する記載はなく,GPC法を更に具体化して説明した記載もない(甲第2号証)。
(3)で認定した技術常識に照らすと,結局,当初明細書には,比(Mw/Mn)の値が2以下(小数点以下第一位までを有意なものとする)であるポリオールをどのように求めたらよいのか,記載されていないことになり,本件発明の原材料としてどのようなポリオールを用いればよいのか,当業者は理解できない。したがって,当初明細書には,当業者が容易に本件訂正前発明を実施することができる程度に,発明の構成が記載されている,と認めることはできない。
【判決全文】
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平成13年(行ケ)第209号 審決取消請求事件(電子写真複写機用クリーニングブレード事件、東洋ゴム工業 v. バンドー化学、東京高裁)
【要点】
明細書に記載の方法ではクレームの数値限定の有効数字を得られないため実施可能要件を満たさない。
【請求項1】
重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比(Mw/Mn)が,GPC法の測定によって2以下である分子量分布を有するポリオールとポリイソシアネートとを反応させてなるウレタンゴムからなることを特徴とする電子写真複写機用クリーニングブレード。
【判決抜粋】
当初明細書のこれらの記載によると,同明細書は,本件訂正前発明が,分子量分布を示す比(Mw/Mn)が2以下のポリオールを採用することにより,機械的物性,温度安定性及び物性の耐経時変化等に優れ,そして,安定したクリーニング性能が得られるという効果を奏することを述べた上で,比(Mw/Mn)が1.4~2.0であるポリオールを採用した本件訂正前発明と,2.1~2.6であるポリオールを用いたクリーニングブレードにつき,引裂き強さ,永久伸びの経時変化及びクリーニング性能の比較を行い,上記効果を,具体的な視点から裏付けようとしていることが認められる。
この比(Mw/Mn)の数値に注目すると,小数点以下第一位までを有効数字としていること,及び,数値2.0のFT5を本件訂正前発明の具体例とし,数値2.1のFT11を比較例とし,これら小数点以下第一位が「1」違うものを対比して,上記効果を裏付けようとしていることから,当初明細書は,比(Mw/Mn)の具体的数値として,小数点以下第一位までを有意なものとしていると認められる。
(2)「高分子工学講座4 化学繊維の紡糸とフィルム成形(I)」(株式会社地人書館発行,昭和43年2月10日発行,甲第4号証。以下「甲4文献」という。)には,以下の記載がある。
・・・
(3)甲4文献のこれらの記載によれば,同文献が発行された昭和43年当時,同じ高分子物質についての比(Mw/Mn)であっても,GPC法によって求められたものと各種分別法や超遠心法等から求められたものとの間に差異があるものと,すなわち,同じ高分子物質であっても,GPC法を用いた場合と他の測定法を用いた場合とで,比(Mw/Mn)は異なるものと,さらに,同じGPC法による場合であっても,使用するカラムの種類・本数が異なると,やはり比(Mw/Mn)が異なるものと,一般的に考えられていた,と認めることができる。なお,上記甲第4号証の実験結果の記載は,基本的に特定の高分子物質に関するものではあるものの,それに限るものとして提示されたものではなく,むしろ一般的な現象の一例を提供するものとして提示されているものである(甲第4号証)。
以上のとおりであるから,分子量分布を示す比(Mw/Mn)の算出において,その求め方を特定しなければ,比(Mw/Mn)の数値を,小数点以下第一位までを有効桁数として得ることはできないとの知見が,甲4文献の出版当時,すなわち本件出願前に,一般的なものとして存在していたものと認められる。そして,この状況が,本件出願時までに失われたことをうかがわせる資料は,本件全証拠を検討しても見いだすことができない。
・・・
(4)当初明細書において,前述のとおり,訂正前発明に係る比(Mw/Mn)は,その数値として小数点以下第一位までを有意なものとしており,その求め方として,「本発明においては,上記のようなポリオールは,その分子量分布が2以下であることが必要であり,好ましくは1.4~1.8の範囲である。このポリオールの分子量分布は,例えば,GPC法による分子量測定から算出することができる。」(甲第2号証・2頁4欄7~12行)として,GPC法が具体的な求め方の例の一つとして記載されている。しかし,当初明細書には,これ以外に,具体的な求め方に関する記載はなく,GPC法を更に具体化して説明した記載もない(甲第2号証)。
(3)で認定した技術常識に照らすと,結局,当初明細書には,比(Mw/Mn)の値が2以下(小数点以下第一位までを有意なものとする)であるポリオールをどのように求めたらよいのか,記載されていないことになり,本件発明の原材料としてどのようなポリオールを用いればよいのか,当業者は理解できない。したがって,当初明細書には,当業者が容易に本件訂正前発明を実施することができる程度に,発明の構成が記載されている,と認めることはできない。
【判決全文】
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事例10:構成要件充足性
【判決】
平成18年(ネ)第10075号 特許権侵害差止請求控訴事件(ルイス酸抑制剤事件、バクスター v. アボット、セントラル硝子、知財高裁)
【要点】
ルイス酸抑制効果があっても、当業者の認識を踏まえた因果関係が認められなければ「ルイス酸抑制剤」に該当しない。
【請求項1】
一定量のセボフルランの貯蔵方法であって、該方法は、内部空間を規定する容器であって、かつ該容器により規定される該内部空間に隣接する内壁を有する容器を供する工程、一定量のセボフルランを供する工程、該容器の該内壁を空軌道を有するルイス酸の当該空軌道に電子を供与するルイス酸抑制剤で被覆する工程、及び該一定量のセボフルランを該容器によって規定される該内部空間内に配置する工程を含んでなることを特徴とする方法。
【判決抜粋】
したがって,本件特許発明にいう「ルイス酸抑制剤」とは,上記性質を有する物質であって,容器由来ルイス酸を中和し,もって,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解を防止するとの作用効果をもたらすものであると認められる。このように,本件特許発明においては,ルイス酸抑制剤により容器由来ルイス酸を中和することを手段として,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止との作用効果を実現するものであるから,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止が容器由来ルイス酸の中和と関係なく実現される場合には,ルイス酸抑制剤が,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解を防止するとの作用効果をもたらすとはいえず,そのような場合におけるルイス酸抑制剤は,本件特許発明にいう「ルイス酸抑制剤」に該当しないものと解するのが相当である。換言すれば,本件特許発明にいう「ルイス酸抑制剤」に該当するためには,当該ルイス酸抑制剤による容器由来ルイス酸の中和と容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止との間に,当業者の認識を踏まえた因果関係が認められることを要すると解すべきである。
そして,本件特許発明の上記目的及び上記アの本件明細書の各記載によれば,本件特許発明は,ルイス酸抑制剤による容器内壁の被覆後,容器内壁とセボフルランとが接触することを当然の前提にしているものと解される。したがって,容器由来ルイス酸とセボフルランとが接触するものと認められない場合,例えば,物理的な要因により,セボフルランの通常の貯蔵条件下及び貯蔵期間内における容器内壁とセボフルランとの接触が完全に又は著しく妨げられる場合(そのような接触があるとの立証がない場合)には,容器由来ルイス酸とセボフルランとの接触があるものとは認め難く,それ故,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止とルイス酸抑制剤による容器由来ルイス酸の中和との間に,当業者の認識を踏まえた因果関係があると認めることはできないものと解するのが相当である。
・・・
以上からすると,容器内壁にEPR被膜を有する容器の場合,セボフルランの通常の貯蔵条件下及び貯蔵期間内において,容器内壁とセボフルランとの接触があるものと認めることはできない。
(3)上記(1)及び(2)によれば,構成dにおいては,EPRにルイス酸抑制剤としての作用効果があると仮定してみても,ルイス酸抑制剤による容器由来ルイス酸の中和と容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止との間に,当業者の認識を踏まえた因果関係があると認めることはできないから,構成dの「エポキシフェノリックレジンのラッカー」が構成要件Dの「ルイス酸抑制剤」に該当するということはできない。
【判決全文】
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平成18年(ネ)第10075号 特許権侵害差止請求控訴事件(ルイス酸抑制剤事件、バクスター v. アボット、セントラル硝子、知財高裁)
【要点】
ルイス酸抑制効果があっても、当業者の認識を踏まえた因果関係が認められなければ「ルイス酸抑制剤」に該当しない。
【請求項1】
一定量のセボフルランの貯蔵方法であって、該方法は、内部空間を規定する容器であって、かつ該容器により規定される該内部空間に隣接する内壁を有する容器を供する工程、一定量のセボフルランを供する工程、該容器の該内壁を空軌道を有するルイス酸の当該空軌道に電子を供与するルイス酸抑制剤で被覆する工程、及び該一定量のセボフルランを該容器によって規定される該内部空間内に配置する工程を含んでなることを特徴とする方法。
【判決抜粋】
したがって,本件特許発明にいう「ルイス酸抑制剤」とは,上記性質を有する物質であって,容器由来ルイス酸を中和し,もって,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解を防止するとの作用効果をもたらすものであると認められる。このように,本件特許発明においては,ルイス酸抑制剤により容器由来ルイス酸を中和することを手段として,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止との作用効果を実現するものであるから,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止が容器由来ルイス酸の中和と関係なく実現される場合には,ルイス酸抑制剤が,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解を防止するとの作用効果をもたらすとはいえず,そのような場合におけるルイス酸抑制剤は,本件特許発明にいう「ルイス酸抑制剤」に該当しないものと解するのが相当である。換言すれば,本件特許発明にいう「ルイス酸抑制剤」に該当するためには,当該ルイス酸抑制剤による容器由来ルイス酸の中和と容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止との間に,当業者の認識を踏まえた因果関係が認められることを要すると解すべきである。
そして,本件特許発明の上記目的及び上記アの本件明細書の各記載によれば,本件特許発明は,ルイス酸抑制剤による容器内壁の被覆後,容器内壁とセボフルランとが接触することを当然の前提にしているものと解される。したがって,容器由来ルイス酸とセボフルランとが接触するものと認められない場合,例えば,物理的な要因により,セボフルランの通常の貯蔵条件下及び貯蔵期間内における容器内壁とセボフルランとの接触が完全に又は著しく妨げられる場合(そのような接触があるとの立証がない場合)には,容器由来ルイス酸とセボフルランとの接触があるものとは認め難く,それ故,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止とルイス酸抑制剤による容器由来ルイス酸の中和との間に,当業者の認識を踏まえた因果関係があると認めることはできないものと解するのが相当である。
・・・
以上からすると,容器内壁にEPR被膜を有する容器の場合,セボフルランの通常の貯蔵条件下及び貯蔵期間内において,容器内壁とセボフルランとの接触があるものと認めることはできない。
(3)上記(1)及び(2)によれば,構成dにおいては,EPRにルイス酸抑制剤としての作用効果があると仮定してみても,ルイス酸抑制剤による容器由来ルイス酸の中和と容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止との間に,当業者の認識を踏まえた因果関係があると認めることはできないから,構成dの「エポキシフェノリックレジンのラッカー」が構成要件Dの「ルイス酸抑制剤」に該当するということはできない。
【判決全文】
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事例11:構成要件充足性
【判決】
平成27年(ネ)第10016号 特許権侵害差止等請求控訴事件(ティシュペーパー事件、大王製紙 v. 日本製紙クレシア、知財高裁)
【要点】
静摩擦係数の測定方法について、技術常識を参酌し、異なる測定方法が複数あり得る場合には、いずれの方法を採用した場合であっても構成要件の数値範囲内にあるときでなければ、構成要件を充足するとはいえない。
【請求項1】
u 表面に薬液が塗布された2プライのティシュペーパーであって,
v1 薬液は2プライの片面にのみ塗布され,
v2 薬剤含有量が両面で2.0~5.5g/m2であり,
w2 プライを構成するシートの1層あたりの坪量が10~25g/m2 であり,
x2 プライの紙厚が100~140μmであり,
y 下記(A)~(D)の手順により測定される静摩擦係数が0.50~0.65である,
(A)ティシュペーパーを1プライにはがし,2プライ時にティシュペーパーの外面にあった面が外側となるようしてアクリル板に張り付ける。
(B)前記ティシュペーパーとは別のティシュペーパーを2プライのまま100gの分銅に巻きつけ,前記アクリル板上のティシュペーパー上に乗せる。
(C)前記アクリル板を傾け,おもりが滑り落ちる角度を測定する。
(D)前記角度の測定を,ティシュペーパーのMD方向同士,ティシュペーパーのCD方向同士で行うこととし,各4回ずつの計8回測定して平均角度を算出して,そのタンジェント値を静摩擦係数とする。
z ことを特徴とするティシュペーパー。
【判決抜粋】
(ウ)前記(イ)のとおり,本件第2明細書には,静摩擦係数をJIS規格に準じた方法で測定する旨明記されているのであるから,構成要件yが規定する静摩擦係数の測定方法に関し,特許請求の範囲及び本件第2明細書のいずれにも記載されていない事項については,原則としてJIS規格に準じて測定すべきである。
JIS規格には,紙の摩擦係数試験方法として水平方法と傾斜方法がある旨記載されているところ(乙1),前記及びは,その内容自体から傾斜方法を採用していることが明らかである。よって,構成要件yが規定する静摩擦係数の測定方法に関し,特許請求の範囲及び本件第2明細書のいずれにも記載されていない事項については,基本的に傾斜方法に係るJIS規格に準じて測定するのが相当である。
(エ)他方,特許請求の範囲,本件第2明細書及びJIS規格のいずれにも記載されていない事項は,構成要件yの静摩擦係数の測定方法において規定されていないというべきであり,そのような事項については,技術常識を参酌し,異なる測定方法が複数あり得る場合には,いずれの方法を採用した場合であっても構成要件yの数値範囲内にあるときでなければ,構成要件yを充足するとはいえない。なぜなら,当業者において,構成要件yの静摩擦係数の測定方法において規定されている事項については,同規定に従い,上記測定方法において規定されていない事項については,あり得る複数の測定方法から適宜に1つを選択して静摩擦係数を測定した結果,構成要件yの数値範囲外であったにもかかわらず,上記複数の測定方法のうち別のものを選択して測定すれば,構成要件yの数値範囲内にある静摩擦係数を得られたとして,構成要件yの充足性を認め,特許権侵害を肯定することは,第三者に不測の利益を負担させることになるからである。しかも,このような事態は,特許権者において,静摩擦係数の測定値に影響を及ぼす測定条件を特許請求の範囲又は明細書において明らかにしなかったことから生じたものということができる。
そうすると,上記の不測の不利益を第三者に負担させることは相当ではないから,構成要件yの静摩擦係数の測定方法に規定されている事項につき,同規定に従って測定している限り,上記測定方法に規定されていない事項についてあり得る複数の測定方法のうちいずれの方法を採用した場合であっても,静摩擦係数が構成要件yの数値範囲内にあるときでなければ,構成要件yを充足するということはできない。
・・・
(イ)控訴人は,乙第53,64,99,102から104及び121号証の実験においては,目視によっておもりの滑り始めを確認するに当たり,おもりがいったん滑り始め,そのまま停止することなく,傾斜板下まで滑り落ちる際の滑り始め時を確認対象としているが,そのときの傾斜角は,構成要件yが規定する「おもりが滑り落ちる角度」ではない旨主張する。
しかし,前記⑴エのとおり,構成要件yの静摩擦係数の測定方法において,「おもりが滑り落ちる角度」は,「おもりが滑り始めたときの角度」を意味するが,どのようなおもりの動きをもって「おもりが滑り始めた」とするかについては,規定されていない。そして,おもりがいったん滑り始め,そのまま停止することなく,傾斜板下まで滑り落ちる際の滑り始めをもって「おもりが滑り始めた」と解することも,同文言の語義の解釈として不合理とまではいい難い。したがって,上記実験において確認対象とした傾斜角は,構成要件yが規定する「おもりが滑り落ちる角度」に該当する。
・・・
(サ)小括以上によれば,被控訴人が挙げるこれらの実験において,構成要件yの静摩擦係数の測定方法に規定されている事項につき,同規定に従って被告製品の静摩擦係数を測定した結果,構成要件yの数値範囲外の測定値が得られたことは,明らかである。
・・・
ウ 小括
以上によれば,被告製品は,構成要件yを充足しないというべきである。
【判決全文】
判決PDF
平成27年(ネ)第10016号 特許権侵害差止等請求控訴事件(ティシュペーパー事件、大王製紙 v. 日本製紙クレシア、知財高裁)
【要点】
静摩擦係数の測定方法について、技術常識を参酌し、異なる測定方法が複数あり得る場合には、いずれの方法を採用した場合であっても構成要件の数値範囲内にあるときでなければ、構成要件を充足するとはいえない。
【請求項1】
u 表面に薬液が塗布された2プライのティシュペーパーであって,
v1 薬液は2プライの片面にのみ塗布され,
v2 薬剤含有量が両面で2.0~5.5g/m2であり,
w2 プライを構成するシートの1層あたりの坪量が10~25g/m2 であり,
x2 プライの紙厚が100~140μmであり,
y 下記(A)~(D)の手順により測定される静摩擦係数が0.50~0.65である,
(A)ティシュペーパーを1プライにはがし,2プライ時にティシュペーパーの外面にあった面が外側となるようしてアクリル板に張り付ける。
(B)前記ティシュペーパーとは別のティシュペーパーを2プライのまま100gの分銅に巻きつけ,前記アクリル板上のティシュペーパー上に乗せる。
(C)前記アクリル板を傾け,おもりが滑り落ちる角度を測定する。
(D)前記角度の測定を,ティシュペーパーのMD方向同士,ティシュペーパーのCD方向同士で行うこととし,各4回ずつの計8回測定して平均角度を算出して,そのタンジェント値を静摩擦係数とする。
z ことを特徴とするティシュペーパー。
【判決抜粋】
(ウ)前記(イ)のとおり,本件第2明細書には,静摩擦係数をJIS規格に準じた方法で測定する旨明記されているのであるから,構成要件yが規定する静摩擦係数の測定方法に関し,特許請求の範囲及び本件第2明細書のいずれにも記載されていない事項については,原則としてJIS規格に準じて測定すべきである。
JIS規格には,紙の摩擦係数試験方法として水平方法と傾斜方法がある旨記載されているところ(乙1),前記及びは,その内容自体から傾斜方法を採用していることが明らかである。よって,構成要件yが規定する静摩擦係数の測定方法に関し,特許請求の範囲及び本件第2明細書のいずれにも記載されていない事項については,基本的に傾斜方法に係るJIS規格に準じて測定するのが相当である。
(エ)他方,特許請求の範囲,本件第2明細書及びJIS規格のいずれにも記載されていない事項は,構成要件yの静摩擦係数の測定方法において規定されていないというべきであり,そのような事項については,技術常識を参酌し,異なる測定方法が複数あり得る場合には,いずれの方法を採用した場合であっても構成要件yの数値範囲内にあるときでなければ,構成要件yを充足するとはいえない。なぜなら,当業者において,構成要件yの静摩擦係数の測定方法において規定されている事項については,同規定に従い,上記測定方法において規定されていない事項については,あり得る複数の測定方法から適宜に1つを選択して静摩擦係数を測定した結果,構成要件yの数値範囲外であったにもかかわらず,上記複数の測定方法のうち別のものを選択して測定すれば,構成要件yの数値範囲内にある静摩擦係数を得られたとして,構成要件yの充足性を認め,特許権侵害を肯定することは,第三者に不測の利益を負担させることになるからである。しかも,このような事態は,特許権者において,静摩擦係数の測定値に影響を及ぼす測定条件を特許請求の範囲又は明細書において明らかにしなかったことから生じたものということができる。
そうすると,上記の不測の不利益を第三者に負担させることは相当ではないから,構成要件yの静摩擦係数の測定方法に規定されている事項につき,同規定に従って測定している限り,上記測定方法に規定されていない事項についてあり得る複数の測定方法のうちいずれの方法を採用した場合であっても,静摩擦係数が構成要件yの数値範囲内にあるときでなければ,構成要件yを充足するということはできない。
・・・
(イ)控訴人は,乙第53,64,99,102から104及び121号証の実験においては,目視によっておもりの滑り始めを確認するに当たり,おもりがいったん滑り始め,そのまま停止することなく,傾斜板下まで滑り落ちる際の滑り始め時を確認対象としているが,そのときの傾斜角は,構成要件yが規定する「おもりが滑り落ちる角度」ではない旨主張する。
しかし,前記⑴エのとおり,構成要件yの静摩擦係数の測定方法において,「おもりが滑り落ちる角度」は,「おもりが滑り始めたときの角度」を意味するが,どのようなおもりの動きをもって「おもりが滑り始めた」とするかについては,規定されていない。そして,おもりがいったん滑り始め,そのまま停止することなく,傾斜板下まで滑り落ちる際の滑り始めをもって「おもりが滑り始めた」と解することも,同文言の語義の解釈として不合理とまではいい難い。したがって,上記実験において確認対象とした傾斜角は,構成要件yが規定する「おもりが滑り落ちる角度」に該当する。
・・・
(サ)小括以上によれば,被控訴人が挙げるこれらの実験において,構成要件yの静摩擦係数の測定方法に規定されている事項につき,同規定に従って被告製品の静摩擦係数を測定した結果,構成要件yの数値範囲外の測定値が得られたことは,明らかである。
・・・
ウ 小括
以上によれば,被告製品は,構成要件yを充足しないというべきである。
【判決全文】
判決PDF
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