<東京地裁/エリブリン特許の確認訴訟> 訴えの利益を欠くとして却下された事例(ニプロ対エーザイ)

 判決紹介 

・令和3年(ワ)第13905号 特許権侵害差止請求権及び損害賠償請求権不存在確認請求事件
・令和4年8月30日判決言渡
・東京地方裁判所民事第46部 柴田義明 佐伯良子 仲田憲史
・原告:ニプロ株式会社
・被告:エーザイ株式会社、エーザイ・アール・アンド・ディー・マネジメント株式会社
・特許6466339、特許6678783
・発明の名称:乳がんの処置におけるエリブリンの使用
 コメント 
エーザイ(被告)は、「ハラヴェン静注1mg(一般名:エリブリンメシル酸塩)」を製造販売しています。効能・効果は「手術不能又は再発乳癌、悪性軟部腫瘍」です。
またエーザイRD(被告)は、エリブリンメシル酸塩の医薬用途に関する特許6466339、特許6678783の特許権者です。
本件において、ニプロ(原告)は、後発医薬品である「エリブリンメシル酸塩静注1mg「ニプロ」」について製造販売承認を受け販売するために、上記各特許権による「差止請求権の不存在確認、損害賠償請求権の不存在確認、技術的範囲に属しないことの確認」のための訴訟を提起しました。
これに対して、エーザイRDは本件訴えには「訴えの利益がない」と主張しました。
判決文に記載の事案の概要は以下の通りです。
判決
第2 事案の概要
本件は,原告が、原告は原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認の申請を行ったところ、
①主位的に、
ⓐ原告は、現在、原告医薬品の製造、譲渡、譲渡の申出をする可能性があり、本件各特許権の侵害又はそのおそれを理由とする被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権が発生し得、また、原告は、製造販売についての承認を受けた場合に原告医薬品の製造、譲渡、譲渡の申出が可能になるから、被告エーザイRDの原告に対する厚生労働大臣の承認を停止条件とする本件各特許権による差止請求権が発生し得ると主張して、被告エーザイRDとの間で、被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権(特許法100条1項)の不存在確認を求め(前記第1の1⑴ア)、
ⓑ被告らの原告に対する損害賠償請求権が発生し得ると主張して、被告らとの間で、被告らの原告に対する本件各特許権等の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権の不存在確認を求め(同イ)、
②予備的に、
ⓐ原告は、原告医薬品が「使用薬剤の薬価(薬価基準)」(平成20年厚生労働省告示第60号、以下「薬価基準」という。)に収載された場合に原告医薬品の製造、譲渡、譲渡の申出が可能になるから、同時点において、被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権が発生し得ると主張して、被告エーザイRDとの間で、原告医薬品が薬価基準に収載された時点における被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権の不存在確認を求め(前記第1の1⑵ア)、
ⓑ同時点において被告らの原告に対する損害賠償請求権が発生し得ると主張して、被告らとの間で、同時点における被告らの原告に対する本件各特許権等の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権の不存在確認を求め(同イ)、
③更に予備的に、
原告医薬品は、本件各発明の技術的範囲に属しないと主張して、被告らとの間で、原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないことの確認を求める(前記第1の1⑶)事案である。
被告らは、本案前の主張として、本件訴えには訴えの利益がないと主張した。
特許6466339、特許6678783の請求項1は以下の通りです。
特許6466339
【請求項1】
(ⅰ)HER2陰性乳がん、(ⅱ)エストロゲン受容体5(ER)陰性乳がんまたは(ⅲ)HER2陰性、ER陰性およびプロゲステロン受容体(PR)陰性(三種陰性)乳がんを有するとして選択された対象の乳がんの処置のためのエリブリンまたはその薬学的に許容される塩を含み、対象が受けたことのある再発性または転移性乳がんの以前の乳がん処置レジメンが2種までである、医薬組成物。
特許6678783
【請求項1】
(ⅰ)HER2陰性乳がんまたは(ⅱ)エストロゲン受容体(ER)陰性乳がんを有するとして選択された対象の乳がんの処置のためのエリブリンまたはその薬学的に許容される塩を含む、医薬組成物。
これらの特許に記載されている(ⅰ)、(ⅱ)、又は(ⅲ)の患者を特に治療対象とすることは、ハラヴェン静注1mgの添付文書やインタビューフォームの効能又は効果や用法及び用量の欄に記載されていないようです(特定使用成績調査の欄にHER2陰性患者の記載はあります)。
そうすると、これらの特許はハラヴェンも後発医薬品もカバーしない可能性があります。
しかし、以下のニプロの主張によると、二課長通知に基づく運用が後発医薬品の参入を妨げています。
判決
⑴ 争点①(被告エーザイRDに対する現在の差止請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。)について
(原告の主張)
原告が現在行っている原告医薬品の製造行為は、承認、薬価基準収載後の製造販売行為と一連一体のものであって、また、原告は近い将来において原告医薬品を製造販売する可能性があり、現在において、被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権、又は、承認を条件とする本件20各特許権による差止請求権が発生し得るから、被告エーザイRDに対する現在の本件各特許権による差止請求権の不存在確認請求には訴えの利益がある。
二課長通知に基づく運用は、法的に根拠を有するものではないものの行政庁における事実上の規範であって、実際にはこれ以外の取扱いは認められておらず、この運用によれば被告医薬品の後発医薬品である原告医薬品の製造販売は承認されることはない。しかし、この運用は特許権すなわち差止請求権や損害賠償請求権の存在を理由とするものであるから、原告は、本件各特許権の存在により原告医薬品について承認、薬価基準収載されない危険を被っていることになる。また、被告らは、原告医薬品が承認され製造販売された場合には権利行使をする旨の意思を明らかにしている。・・・
そこで、ニプロは、今回の確認訴訟で白黒つけようとしました。
しかし、裁判所は、本件各訴えはいずれも訴えの利益を欠くものであるとして、各訴えを却下しました。
裁判所の判断を以下に記載します。
判決
第3 当裁判所の判断
1 争点①(被告エーザイRDに対する現在の差止請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。)、及び、争点②(被告らに対する現在の損害賠償請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。)について
⑴確認の利益は、即時確定の利益がある場合、すなわち、判決をもって法律関係等の存否を確定することが、その法律関係等に関する法律上の紛争を解決し、現に、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在し、これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り許される(最高裁昭和27年(オ)第683号同30年12月26日第三小法廷判決・民集9巻14号2082頁、最判昭和47年11月9日民集26巻9号1513頁参照)。
⑵本件において、原告は、効能・効果を「手術不能又は再発乳癌」等とする「抗悪性腫瘍剤ハラヴェン静注1mg<エリブリンメシル酸塩製剤>」である被告医薬品の後発医薬品として、効能・効果を「手術不能又は再発乳癌」とする「エリブリンメシル酸塩静注1mg「ニプロ」」という販売名の原告医薬品(別紙物件目録)の製造販売についての承認の申請をし、現在、原告医薬品の製造販売を予定して、製造販売についての承認の申請及びGMP適合性検査の申請のための原告医薬品の製造を行っている(前記第2の1⑸ア、ウ)。もっとも、二課長通知等は、後発医薬品(既に製造販売についての承認を与えられている医薬品と有効成分、分量、用法、用量、効能、効果等が同一性を有すると認められる医薬品)の製造販売について、先発医薬品の有効成分に特許が存在する場合や先発医薬品の一部の効能・効果等に特許が存在する場合に、厚生労働大臣の承認はしない方針であるとし(前記第2の2⑷ウ)、また、後発医薬品の薬価基準への収載についても、特許係争のおそれがあると思われる品目の収載を希望する場合は、事前に特許権者である先発医薬品製造販売業者と調整を行い、将来も含めて医薬品の安定供給が可能と思われる品目についてのみ収載手続をとる方針であるとしている(同エ)。また、被告エーザイRDが特許権者である本件各特許が存在する。本件各特許権を有する。原告は、これらによれば、本件において、被告医薬品の後発医薬品である原告医薬品の製造販売について厚生労働大臣の承認がされることはないと主張する(前記第2の2⑴(原告の主張))。これらの状況と本件各証拠によっては、近い将来において、原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされ、更に原告医薬品の薬価基準への収載がされる蓋然性が高いことを認めるには足りない。原告が、医薬品医療機器等法等の定め等(同1⑴、⑷ア、イ、カ)を前提として医薬品等の製造、販売等を目的とする会社であり、上記法規等の定めに則った事業活動をすると推認されることなどを考慮すると、近い将来において、原告が、製造販売についての承認の申請及びGMP適合性検査の申請のための原告医薬品の製造を除き、原告医薬品を製造販売する蓋然性が高いとは認められない。
⑶被告らは、原告が現に行っている製造販売についての承認の申請及びGMP適合性検査の申請のための原告医薬品の製造については、本件各特許権に基づく主張をしておらず、今後、本件各特許権に基づく主張をする意思もないとし、現在、本件各特許権は侵害されていないから、被告らに損害は生じていないと主張する(前記第2の2⑴(被告エーザイRDの主張)、同⑵(被告らの主張))。
したがって、承認の申請等のための原告医薬品の製造に関して、被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権及び被告らの原告に対する本件各特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権が存在しないことについて、現に、当事者間に紛争が存在し、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているとは認めるに足りない。
⑷被告らは、原告が、現在、承認の申請等のための製造(前記⑶)を除き原告医薬品の製造販売をしておらず、そもそも製造販売に必要な厚生労働大臣の承認を受けていないことから、本件各特許権の侵害もそのおそれもないとして、現在、原告に対し本件各特許権に基づく主張をしていない(前記第2の2⑴(被告エーザイRDの主張)、同⑶(被告らの主張))。
被告らは、令和3年5月に、原告から原告医薬品の製造販売について本件各特許権を行使しないことの確認をするよう求める旨の通知を受け、原告に対し本件各特許権を行使する可能性がある旨の本件回答をした(前記第2の1⑸ア)。もっとも、原告と被告らの間にはそれ以前に何らのやり取りもなく、被告らにおいて、原告が原告医薬品の製造販売をした場合に本件各特許権に基づく権利行使をしないと直ちに確約することはできなかったことから、上記のような回答をしたものと認められ(乙3)、本件回答をもって、被告らが、現在の本件各特許権による差止請求権や不法行為による損害賠償請求権の不存在を争っているとは認められない。
また、原告は、現在において、原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認を条件とする本件各特許権による差止請求権等が発生し得るから、被告エーザイRDに対する現在の本件各特許権による差止請求権等の不存在確認請求には訴えの利益がある旨も主張する。しかし、原告医薬品の将来における製造販売について、被告エーザイRDの現在の本件各特許権による差止請求権は、本件各特許権の侵害又は侵害のおそれを理由として発生し得るものであり、被告らの本件各特許権の侵害を理由とする現在の不法行為による損害賠償請求権は、本件各特許権の侵害及び損害の発生等を理由として発生し得るものである。そして、上記に記載した本件における状況に照らせば、現在において、原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされれば上記差止請求権等の権利を取得し得るという地位を被告らが有していると認めるに足りず、上記差止請求権等は、原告が原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認を受けることを条件として発生しているものとは解されない。
これらのことを考慮すると、被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権及び被告らの原告に対する本件各特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権が存在しないことについて、現に、当事者間に紛争が存在し、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているとは認めるに足りない。
なお、仮に、二課長通知等によれば本件各特許が存在するために原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされることがないとしても、そのことによって、原告と被告らとの間に前記各請求権の存否に係る法律上の紛争が存在することになるものとは解されない。
⑸以上によれば、原告の被告エーザイRDに対する現在の本件各特許権による差止請求権の不存在確認請求及び被告らに対する本件各特許権の侵害を理由とする現在の損害賠償請求権の不存在確認請求について、現に、原告の法律的地位に危険又は不安が存在するとは認められず、これらの各訴えに、即時確定の利益があるとは認められない。
したがって、原告の被告エーザイRDに対する現在の本件各特許権による差止請求権の不存在確認の訴え及び被告らに対する本件各特許権の侵害を理由とする現在の損害賠償請求権の不存在確認の訴えは、確認の利益を欠くものというべきである。
3 争点③(被告エーザイRDに対する将来の差止請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。)及び争点④(被告らに対する将来の損害賠償請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。)について
将来の法律関係は、法律関係としては現存せずしたがってこれに関して法律上の争訟はあり得ないのであって、仮にある法律関係が将来成立するか否かについて現に法律上疑問があり将来争訟の起こり得る可能性があるような場合においても、このような争訟の発生は常に必ずしも確実ではなく、しかも争訟発生前あらかじめこれに備えて未発生の法律関係に関して抽象的に法律問題を解決するというがごとき意味で確認の訴えを認容すべきいわれはなく、むしろ現実に争訟の発生するのを待って現在の法律関係の存否につき確認の訴えを提起し得るものとすれば足りる(最高裁昭和30年(オ)第95号同31年10月4日第一小法廷判決・民集10巻10号1229頁参照)。
本件において、近い将来において、原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされ、原告医薬品の薬価基準への収載がされる蓋然性が高いとは認められず、ひいては、原告が原告医薬品を製造販売する蓋然性が高いとは認められない(前記2)。近い将来において、原告と被告らとの間に、被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権及び被告らの原告に対する本件各特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権が存在しないことについて法律上の紛争が発生することは何ら確実ではなく、現時点において、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているとは認めるに足りない。
したがって、原告の被告らに対する、将来において原告医薬品が薬価基準に収載された場合に、被告エーザイRDが原告に対し本件各特許権による差止請求権を有しないこと、被告らが原告に対し本件各特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権を有しないことの確認を求める訴えは、確認の利益を欠くものというべきである。
4 争点⑤(被告らに対する原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないことの確認請求に訴えの利益があるか。)について
原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないか否かの判断は事実上の判断であって、権利又は法律関係の確認を目的としないものであり、原告と被告らとの間に生じ得る法律上の紛争を解決するためには、本件各特許権による差止請求等訴訟、本件各特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求訴訟、不当利得返還訴訟、即時確定の利益がある場合にこれらに係る請求権の不存在確認の訴えを提起する必要があるのであり、かつ、それで足りる。原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないか否かを確定することは、原告と被告らとの間に生じ得る法律上の紛争の解決のために適切有効とはいい難く、原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないことの確認の訴えを認めることはできない。仮に、二課長通知等によれば本件各特許が存在するために原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされることがないとしても、そのことによって原告と被告らとの間に法律上の紛争が存在したり、原告と被告らとの間の法律上の紛争を解決するために上記の確認の訴えが適切有効になったりするものとは解されない。したがって、原告の被告らに対する原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないことの確認を求める訴えは、確認の利益を欠くものというべきである。
第4 結論
以上によれば、本件各訴えはいずれも訴えの利益を欠くものであるからこれらを却下すべきである。
よって、主文のとおり判決する。
なお、ニプロは特許6466339 特許6678783のぞれぞれについて、下記の判定を請求しており、いずれも特許庁は「イ号物件は本件特許発明の技術的範囲に属しない。」と判断しました。
●判定1(判定2022-600001、判定2022-600002)
2022/01/07:請求
2022/06/17:判定
<イ号物件> 有効成分をエリブリンメシル酸塩とし、効能・効果を「手術不能又は再発乳癌」とする、「ハラヴェン○R静注1mg」という名称の注射剤(1バイアル(2.0mL)中の分量が1.0mg)である、抗悪性腫瘍剤。
●判定2(判定2022-600020、判定2022-600021)
2022/07/06:請求
2022/10/07:判定
<イ号物件> 有効成分をエリブリンメシル酸塩とし、効能・効果を「手術不能又は再発乳癌」とする、「エリブリンメシル酸塩静注1mg「ニプロ」」という名称の注射剤(1バイアル(2.0mL)中の分量が1.0mg)である、抗悪性腫瘍剤。
また、エーザイRDは特許6466339について、下記の訂正審判を請求しています。審決はまだ出ていません。
●訂正審判(訂正2022-390164)
2022/10/07:請求
<訂正事項1> 特許請求の範囲の請求項19に「カペシタビンではなくエリブリンまたはその薬学的に許容される塩が選択される」と記載されているのを、「エリブリンまたはその薬学的に許容される塩が選択され、前記対象は、カペシタビンでの処置を受けたことがない」に訂正する。
判決文PDFはこちら

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