<判決紹介>
■平成24年9月27日判決言渡、大阪地方裁判所
■原告: 武田薬品株式会社
■被告: 沢井製薬株式会社 等
■特許: 特許3148973、特許3973280
■請求項1 (本件特許A):
(1)ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,(2)アカルボース,ボグリボースおよびミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬。
■請求項1 (本件特許B):
ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,ビグアナイド剤とを組み合わせてなる,糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬。
■コメント: 「組み合わせてなる」「医薬」の技術的範囲に、単なる併用投与(使用)は含まれないという判断がされた事例。 非侵害。 ☆☆
第4 当裁判所の判断 被告ら各製品は,本件各特許発明における「物の生産に用いる物」には当たらないから,被告らの行為について本件各特許権に対する法101条2号の間接侵害が成立することはない。同様の理由により,被告らの行為について本件各特許権に対する直接侵害が成立することもない。 また,本件各特許発明は,いずれも特許無効審判により無効とされるべきものである。 以下,詳述する。 1 争点1-1(被告ら各製品は,「特許が物の発明についてされている場合において,その物の生産に用いる物」に当たるか)について 以下のとおり,被告ら各製品は,「特許が物の発明についてされている場合において,その物の生産に用いる物」には当たらない。 (1) 「物の生産」の意義等 ア 「物の発明」と「方法の発明」の区別 法文上,「物の発明」,「方法の発明」及び「物を生産する方法の発明」は明確に区別されており,特許権の効力の及ぶ範囲についても明確に異なるものとされている。 そして,当該発明がいずれの発明に該当するかは,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて判定すべきものである(最高裁平成11年7月16日第二小法廷判決・民集53巻6号957頁参照)。 イ 法2条3項1号及び101条2号における「物の生産」の意義 (ア) 法1条によれば,「(法)は,発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もつて産業の発達に寄与することを目的とする」旨規定されている。 特許権者は,業として特許発明の実施をする権利を専用する(法68条)ところ,その権利範囲を不相当に拡大した場合には,産業活動に萎縮的効果を及ぼすなど競争を過度に制限し,かえって産業の発達に寄与するという法の目的を阻害することにもなりかねないから,そのような事態を招くことがないようにしなければならない。 また,特許権の侵害に対しては,差止め及び損害賠償等の民事上の責任を追及されるばかりか,刑事上の責任を追及されるおそれもある(法196条,201条)。 したがって,特許権侵害が成立する範囲の外延を不明確なものとするような解釈は避ける必要がある。 (イ) 「物の生産」の通常の語義等も併せ考慮すれば,「物の生産」とは,特許範囲に属する技術的範囲に属する物を新たに作り出す行為を意味し,具体的には,「発明の構成要件を充足しない物」を素材として「発明の構成要件のすべてを充足する物」を新たに作り出す行為をいうものと解すべきである。 一方,「物の生産」というために,加工,修理,組立て等の行為態様に 限定はないものの,供給を受けた物を素材として,これに何らかの手を加えることが必要であり,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は「物の生産」に含まれないものと解される。 (ウ) 法101条は,特許権の効力の不当な拡張とならない範囲で,その実効性を確保するという観点から,それが生産,譲渡されるなどする場合には当該特許発明の侵害行為(実施行為)を誘発する蓋然性が極めて高い物の生産,譲渡等に限定して,特許権侵害の成立範囲を拡張する趣旨の規定であると解される。 加えて,法101条の間接侵害についても刑罰の対象とされていること(法196条の2,201条)なども考慮すると,間接侵害の成否を判断するに当たっても,前記(ア)と同様に,特許権の効力を過度に拡張したり,適法な経済活動に萎縮的効果を及ぼしたりすることがないように,その成立範囲の外延を不明確にするような解釈は避ける必要がある。 法101条2号は,「物の生産」に用いる物の生産等について間接侵害の成立を認めるものであるが,ここでいう「物の生産」が法2条3項の規定する発明の「実施」としての「物の生産」をいうことは,明らかなものというべきである。 そうすると,法101条2号の「物の生産」についても,前記(イ)と同様に,「発明の構成要件を充足しない物」を素材として「発明の構成要件のすべてを充足する物」を新たに作り出す行為をいうものであり,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は含まれないものと解される。このことは,法101条2号において「物の生産に用いる物」と規定され,「その物の生産又は使用に用いる物」とは規定されていないことからも,明らかであるといわなければならない。 (2) 本件へのあてはめ ア 本件各特許は「特許が物の発明についてされている場合」に当たること 前提事実のとおり,本件各特許発明の【特許請求の範囲】は,いずれも「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と,本件併用医薬品とを「組み合わせてなる糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬。」というものである。 したがって,本件各特許発明は,当該医薬品に関する発明,すなわち「物の発明」であると認めることができ,このこと自体は当事者間でも争いがない。 なお,「組み合せる。」とは,一般に,「2つ以上のものを取り合わせてひとまとまりにする。」ことをいい,「なる」とは,「無かったものが新たに形ができて現れる。」「別の物・状態にかわる。」ことをいうものと解される。 したがって,「組み合わせてなる」「医薬」とは,一般に,「2つ以上の有効成分を取り合わせて,ひとまとまりにすることにより新しく作られた医薬品」をいうものと解釈することができる。 イ 本件各特許発明における「物の生産」 (ア) はじめに 前記(1)イのとおり,法101条2号の「物の生産」は,「発明の構成要件を充足しない物」を素材として「発明の構成要件のすべてを充足する物」を新たに作り出す行為をいう。すなわち,加工,修理,組立て等の行為態様に限定はないものの,供給を受けた物を素材として,これに何らかの手を加えることが必要であって,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は含まれない。 被告ら各製品が,それ自体として完成された医薬品であり,これに何らかの手が加えられることは全く予定されておらず,他の医薬品と併用されるか否かはともかく,糖尿病又は糖尿病性合併症の予防・治療用医薬としての用途に従って,そのまま使用(処方,服用)されるものであることについては,当事者間で争いがない。 したがって,被告ら各製品を用いて,「物の生産」がされることはない。 換言すれば,被告ら各製品は,単に「使用」(処方,服用)されるものにすぎず,「物の生産に用いられるもの」には当たらない。 (イ) 医師による,医薬品の併用処方が「物の生産」となるか否か 原告は,本件各特許について,「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品とを併用すること(併用療法)に関する特許を受けたものであり,医師が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品の併用療法について処方する行為は,本件各特許発明における「物の生産」に当たる旨主張する。 前記(1)アのとおり,「物の発明」,「方法の発明」及び「物を生産する方法の発明」は,明確に区別されるものであり,特許権の効力の及ぶ範囲も明確に異なるものであり,「物の発明」と「方法の発明」又は「物を生産する方法の発明」を同視することはできない。 前記アのとおり,「組み合わせてなる」「医薬」とは,「2つ以上の有効成分を取り合わせてひとまとまりにすることにより,新しく作られた医薬品」をいうものと解されるところ,併用されることにより医薬品として,ひとまとまりの「物」が新しく作出されるなどとはいえない。 複数の医薬を単に併用(使用)することを内容(技術的範囲)とする発明は,「物の発明」ではなく,「方法の発明」そのものであるといわざるを得ないところ,上記原告の主張は,前記アのとおり,「物の発明」である本件各特許発明について,複数の医薬を単に併用(使用)することを内容(技術的範囲)とする「方法の発明」であると主張するものにほかならず,採用することができない。 また,法29条1項柱書は,「産業上利用することができる発明をした者は,次に掲げる発明を除き,その発明について特許を受けることができる。」と規定しているところ,医療行為に関する発明は,「産業上利用することができる発明」には当たらない。医師が薬剤を選択し,処方する行為も医療行為(医師法22条)であるから,これ自体を特許の対象とすることはできないものと解される。 法69条3項は,「二以上の医薬(人の病気の診断,治療,処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明又は二以上の医薬を混合して医薬を製造する方法の発明に係る特許権の効力は,医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬には,及ばない。」旨規定するが,これも同様の趣旨に基づく規定であると解される。 このように,本件各特許発明が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品とを併用すること(併用療法)を技術的範囲とするものであれば,医療行為の内容それ自体を特許の対象とするものというほかなく,法29条1項柱書及び69条3項により,本来,特許を受けることができないものを技術的範囲とするものということになる。 したがって,医師が「ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩」と本件併用医薬品の併用療法について処方する行為が,本件各特許発明における「物の生産」に当たるとはいえない。 (ウ) 薬剤師による,医薬品のとりまとめが「物の生産」となるか否か 原告は,薬剤師が,被告ら各製品と本件併用医薬品とを併せとりまとめる行為が本件各特許発明における「物の生産」に当たるとも主張する。 しかしながら,薬剤師は,医師の処方箋に従って,患者に対し,完成された個別の医薬品である被告ら各製品,本件併用医薬品等を単に交付するにすぎないのであって,その際,複数の医薬品を「併せとりまとめる」行為(一つの袋に入れるなどする行為)があったとしても,この行 62 為をもって,医薬品を「組み合わせ(た)」ということは困難であるというほかない。 すなわち,前記アのとおり,「組み合わせてなる」「医薬」とは,「2つ以上の有効成分を取り合わせて,ひとまとまりにすることにより新しく作られた医薬品」をいうものと解されるところ,上記薬剤師の行為により医薬品としてひとまとまりの「物」が新たに作出されるとはいえない。 そもそも,前記(1)イのとおり,法101条2号の「物の生産」とは,供給を受けた物を素材として,これに何らかの手を加えることが必要であるところ,薬剤師は,被告ら各製品及び本件併用医薬品について,何らの手を加えることもない。 これらのことからすれば,上記薬剤師の行為が,本件各特許発明における「物の生産」に当たるとはいえない。 (エ) 患者による,医薬品の併用服用が「物の生産」となるか否か 原告は,患者が,被告ら各製品と本件併用剤を服用することにより,その体内で本件各特許発明における「物」すなわち「組み合わせてなる」「医薬」の生産がされる旨主張する。 しかしながら,前記アのとおり,「組み合わせてなる」「医薬」とは,「2つ以上の有効成分を取り合わせて,ひとまとまりにすることにより新しく作られた医薬品」をいうものと解されるところ,患者が被告ら各製品と本件併用医薬品を服用するというだけで,その体内において,具体的,有形的な存在として,ひとまとまりの医薬品が新しく産生されているとはいえない。 そもそも,前記(1)イのとおり,法101条2号の「物の生産」には,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は含まれないところ,患者が被告ら各製品と本件併用医薬品とを服用する行為は,素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為である。 これらのことからすれば,上記患者の行為が,本件各特許発明における「物の生産」に当たるとはいえない。 ウ 本件各明細書の【発明の詳細な説明】の記載について なお,本件各明細書(両事件甲2,4)の【発明の詳細な説明】には,いずれも,以下の記載がある。 「本発明の,インスリン感受性増強剤とα–グルコシダーゼ阻害剤,アルドース還元酵素阻害剤,ビグアナイド剤,スタチン系化合物,スクアレン合成阻害剤,フィブラート系化合物,LDL 異化促進剤およびアンジオテンシン変換酵素阻害剤の少なくとも一種とを組み合わせてなる医薬;および一般式(II)で示される化合物またはその薬理学的に許容しうる塩とインスリン分泌促進剤および/またはインスリン製剤とを組み合わせ(て)なる医薬は,これらの有効成分を別々にあるいは同時に,生理学的に許容されうる担体,賦形剤,結合剤,希釈剤などと混合し,医薬組成物として経口または非経口的に投与することができる。このとき有効成分を別々に製剤化した場合,別々に製剤化したものを使用時に希釈剤などを用いて混合して投与することができるが,別々に製剤化したものを,別々に,同時に,または時間差をおいて同一対象に投与してもよい。」(段落【0035】) この記載によれば,本件各特許の対象である「組み合わせてなる」「医薬」の生産には,① 各有効成分を別々に又は同時に,生理学的に許容されうる担体,賦形剤,結合剤などと混合し,医薬組成物とすること(医薬組成物類型),② 各有効成分を別々に製剤化した場合において,別々に製剤化したものを使用時に希釈剤などを用いて混合すること(混合類型)だけでなく,③ 各有効成分を別々に製剤化した場合において,別々に製剤化したものを同一対象に投与するために併せまとめること(併せとりまとめ類型)も含まれるものとも解され,原告はこれを根拠に,③の類型も本件各特許発明の技術的範囲に含まれると主張する。 しかしながら,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した【特許請求の範囲】の記載に基づいて定めなければならず(特許法70条1項),願書に添付した明細書の記載及び図面,とりわけ【発明の詳細な説明】の記載を斟酌することにより,【特許請求の範囲】に記載されていないものについて特許発明の技術的範囲に含めるような拡大解釈をすることは許されない。 前記イで検討したところによれば,本件各特許発明における【特許請求の範囲】に記載された技術的範囲に上記①及び②は含まれるものの,上記③は含まれないと考える。 したがって,上記③についても,本件各特許発明の技術的範囲に含まれるとする原告の主張は採用することができない。 エ 顕著な効果について 原告は,本件各特許発明について,複数の医薬を併用することにより顕著な効果を奏することを見出した点に特徴があり,このような発明についても保護を図る必要が極めて高いなどと主張する。 しかしながら,仮に,そうした保護の必要性があることを前提としたとしても,そのことから複数の医薬を併用することについて「組み合わせてなる」「医薬」に関する発明の技術的範囲に含まれるものであるという解釈とは結びつかないのであって,上記原告の主張は失当である。 (3) 小括 以上によれば,被告ら各製品を用いて本件各特許発明における「物の生産」がされることはないから,被告ら各製品は,本件各特許発明における「物の生産に用いられるもの」には当たらない。 …。 6 結論 以上によれば,その余の点について検討するまでもなく,本件請求には全部理由がない。よって,主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所 第26民事部 裁判長裁判官山田陽三 裁判官西田昌吾 裁判官松川充康は差し支えのため,署名押印することができない。裁判長裁判官山田陽三 |
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