<判決紹介>
・平成29年(行ケ)第10165号 審決取消請求事件(以下「甲事件」という。)
・平成29年(行ケ)第10192号審決取消請求事件(以下「乙事件」という。)
・平成30年10月11日判決言渡
・知的財産高等裁判所第1部 高部眞規子 杉浦正樹 片瀬亮
・甲事件原告:ファイザー・ホールディングズ合同会社
・乙事件原告:セルトリオン・インコーポレイテッド
・被告:ジェネンテック,インコーポレイテッド
・特許5818545
・発明の名称:抗ErbB2抗体を用いた治療のためのドーセージ
ハーセプチンの用法用量特許の審決取消訴訟を紹介します。
前に無効審判で維持審決が出てて、その取消訴訟です。
無効審判の解説記事はこちらです。・(2017-08-17)用法用量特許の実施可能要件が明細書に記載のないコンピュータシミュレーションにより認められた審決例コンピュータシミュレーションで実施可能要件が認められるか、という点が面白い論点だったのですが、今回の判決では進歩性がないと判断されて、実施可能要件は判断されませんでした。進歩性の判断の中で、「本件明細書の表2及び図3に開示されたデータを解析することによって得られたパラメータは,仮にそのパラメータが正しくても,せいぜい,本件抗体を4/2/1投与計画で投与した場合におけるパラメータにすぎず,このパラメータをもって,本件抗体を8/6/3投与計画で投与した場合の薬物動態をシミュレーションすることは適切ではないというべきである(C准教授の意見書11~13頁(甲54))」と述べられており、そもそもコンピュータシミュレーションの結果が適切じゃないと判断されてしまっています。進歩性の判断では、請求項6が先に判断され、それに付随して請求項1等の判断がされています。請求項1と6は以下の通りです。「【請求項1】
(i)抗ErbB2抗体huMab4D5-8を含有し,8mg/kgの初期投与量と6mg/kg量の複数回のその後の投与量で前記抗体を各投与を互いに3週間の間隔をおいて静脈投与することにより,HER2の過剰発現によって特徴付けられる乳癌を治療するための医薬組成物が入っている容器,及び(ii)前記容器に付随するパッケージ挿入物を具備するパッケージ。【請求項6】
抗ErbB2抗体huMab4D5-8を含有し,8mg/kgの初期投与量と6mg/kg量の複数回のその後の投与量で前記抗体を各投与を互いに3週間の間隔をおいて静脈投与することにより,HER2の過剰発現によって特徴付けられる乳癌を治療するための医薬組成物。」本件特許の明細書に8/6/3投与の具体的な実験データがないので、特許を維持するのは難しかったと思います。裁判所の判断は以下の通りです。●判決-------------------------------------------------------------------------------------------
第4 当裁判所の判断
1 本件発明6について
・・・(4)本件発明6の進歩性
ア 構成について
(ア)当業者が,相違点2に係る本件発明6の構成,すなわち,引用発明2-1に係る4/2/1投与計画による本件抗体の投与を,本件発明6に係る8/6/3投与計画による本件抗体の投与とすることを,容易に想到することができたか否かについて検討する。(イ)前記のとおり,当業者は,本件優先日当時,乳がんの治療薬を含む一般的な医薬品において,投与量を多くすれば,投与間隔を長くできる可能性があり,医薬品の開発の際には,投与量と投与間隔を調整して,効能と副作用を観察すること,抗がん剤治療において,投与間隔を長くすることは,患者にとって通院の負担や投薬時の苦痛が減ることになり,費用効率,利便性の観点から望ましいということを技術常識として有していたものである。そして,引用例2には,本件抗体の薬物動態を観察するに当たり,本件抗体が週1回10~500mgの短持続期間の静脈注入が行われた旨記載されている。ここで,週1回10~500mgの投与は,患者の体重が60kgの場合は0.167~8.33mg/kg,70kgの場合は0.143~7.14mg/kgに相当する。そうすると,引用例2には,本件抗体を週1回8mg/kg程度までの投与量で投与できることは,示唆されているといえる。また,引用例2には,本件抗体の臨床試験において,本件抗体の毎週の投与と化学療法剤の3週間ごとの投与を組み合わせるという治療方法が記載されている。さらに,引用例2には,本件抗体の薬物動態として,本件抗体は投与量依存的な薬物動態を示し,投与量レベルを上昇させれば,半減期が長期化する旨記載されている。そうすると,上記のとおりの技術常識を有する当業者は,引用発明2-1のとおり本件抗体を4/2/1投与計画によって投与するだけではなく,本件抗体の投与量と投与間隔を,その効能と副作用を観察しながら調整しつつ,本件抗体の投与期間について,費用効率,利便性の観点から,併用される化学療法剤の投与期間に併せて3週間とすることや,本件抗体の投与量について,8mg/kg程度までの範囲内で適宜増大させることは容易に試みるというべきである。そして,当業者がこのように通常の創作能力を発揮すれば,本件抗体を8/6/3投与計画によって投与するに至るのは容易である。
(ウ)被告の主張について被告は,本件優先日前には,4/2/1投与計画のみが臨床的に用いられ,本件抗体の半減期も1週間程度と考えられていたから,8/6/3投与計画のように投与間隔について半減期を大きく超える3週間にすることなどは,技術の最適化とはいえないと主張する。しかし,引用例2には,本件抗体を週1回8mg/kg程度までの投与量で投与できることが示唆され,また,本件抗体の投与量レベルを上昇させれば,半減期が長期化する旨記載されている。さらに,丙323の1には,投与間隔が半減期に比べて長い場合を前提とした留意事項が記載されている。そして,前記のとおりの技術常識を有する当業者が通常の創作能力を発揮すれば,4/2/1投与計画による本件抗体の投与を,8/6/3投与計画による本件抗体の投与とすることは容易に想到し得るものである。なお,A博士の宣誓書(乙8)には,がん専門臨床医は未試験の投与レジメンを実験することは患者の生命をリスクにさらすことになるから,本件抗体を8/6/3投与計画で投与することを動機付けられないなどと記載されているが,臨床医が薬剤の新たな用法用量を臨床的に試みる動機付けがないことをもって,薬剤の新たな用法用量の開発を試みる動機付けを否定するものにはならない。(エ)よって,当業者は,引用例2の記載及び技術常識に基づき,相違点2に係る本件発明6の構成を容易に想到することができたというべきである。イ 効果について
・・・(エ)被告の主張について
a 被告は,本件明細書の表2及び図3に開示されているデータをシミュレーションすることにより,本件抗体を8/6/3投与計画で投与した場合の治療効果を確認することができると主張する。そこで検討するに,本件明細書の表2及び図3に開示されているデータは,いずれも本件抗体を4/2/1投与計画で投与した場合におけるトラフ血清濃度の推移を開示するものである。そして,B博士の宣誓供述書(甲32)は,本件抗体の薬物動態を解析ソフト「BerkeleyMadonnaTM」を用いて解析するものであるところ,同宣誓供述書には,本件明細書の表2及び図3に開示されたデータから,本件抗体の薬物動態に関するパラメータを得ることができ,このパラメータを8/6/3投与計画でシミュレーションすれば,「効果があるとして同定されている濃度を優に上回り,かつ臨床試験において患者の治療が成功した時に得られるものと同様のハーセプチン血漿中濃度(トラフ濃度は,4/2/1投与計画から得られるものより若干低いが,最小目標である10μg/mlをかなり上回る)が容易に維持され」た旨記載されている。しかし,引用例2に,本件抗体は投与量依存的な薬物動態を示し,投与量レベルを上昇させれば半減期が長期化する旨記載されていることからすれば,本件抗体を4/2/1投与計画で投与した場合と,8/6/3投与計画で投与した場合の薬物動態は異なるものと認められる。そうすると,本件明細書の表2及び図3に開示されたデータを解析することによって得られたパラメータは,仮にそのパラメータが正しくても,せいぜい,本件抗体を4/2/1投与計画で投与した場合におけるパラメータにすぎず,このパラメータをもって,本件抗体を8/6/3投与計画で投与した場合の薬物動態をシミュレーションすることは適切ではないというべきである(C准教授の意見書11~13頁(甲54))。したがって,本件明細書の表2及び図3に開示されているデータの解析に基づき,本件抗体を8/6/3投与計画で投与した場合におけるトラフ血清濃度は,4/2/1投与計画から得られるものより若干低いものにとどまるとするグラス博士の宣誓供述書の記載は直ちに採用できない。また,本件抗体は,投与量レベルを上昇させれば,半減期が長期化するものと認められるものの,どの程度半減期が長期化するかについては,本件明細書には記載がなく,本件優先日当時にも,それは判明していなかったものである。本件抗体を8/6/3投与計画で投与した場合におけるトラフ血清濃度が17μg/mlをどの程度上回るかについては不明であるというほかない。よって,本件明細書の表2及び図3に開示されているデータからは,本件抗体を8/6/3投与計画で投与した場合の治療効果が,4/2/1投与計画と同等の治療効果を有することを確認できないというべきである。
・・・3 結論以上のとおり,原告ら主張の取消事由3は理由があるから,原告らの請求を認容することとし,主文のとおり判決する。
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