明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
久しぶりに判決紹介を書いていきます。
・令和3年(ワ)第3816号 特許権侵害差止等請求事件
・令和4年2月24日判決言渡
・東京地方裁判所民事第46部 柴田義明 佐伯良子 仲田憲史
・原告:中外製薬株式会社
・被告:沢井製薬株式会社、日医工株式会社、日産化学株式会社
・特許3429432
・発明の名称:ビタミンD誘導体結晶およびその製造方法
中外製薬(原告)は、エディロールカプセル(一般名:エルデカルシトール)を製造販売しています。
また中外製薬は、エルデカルシトールの結晶特許である特許3429432の特許権者です。
本件は、中外製薬が、沢井製薬(被告)及び日医工(被告)がそれぞれ日産化学(被告)に製造を委託した医薬品(エディロールカプセルの後発品)の原料を日産化学が製造する過程で、特許3693258の技術的範囲に属する物を製造しているとして、製造及び使用の差止め、廃棄、損害賠償金の支払いを求めた事案です。
本件特許は延長登録がされており、延長後の満了日は2022年6月12日(5年延長)です。
本件特許の訂正後の請求項1は以下の通りです。
【請求項1】
式(Ⅰ)
【化1】
で表される化合物の結晶であって、結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶。
中外製薬は、日産化学が、B型結晶又はC型結晶を製造しており、その製造の中間物質として本件発明の結晶を製造していると主張しました。式(Ⅰ)
【化1】
で表される化合物の結晶であって、結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶。
裁判所は、直接裏付ける証拠がないこと、本件発明の結晶を経由せずにB型結晶を得る手法が想定できることを理由として挙げ、中外製薬の主張は認めるに足りないと判断しました。
裁判所の判断を以下に記載します。
判決
第3 当裁判所の判断
争点1(被告日産化学が本件原薬を製造する過程で、本件発明の技術的範囲に属する結晶を製造しているか)について
(1)ア 本件明細書には、以下の記載がある。(なお、二重下線部分が訂正部分であり、その後の括弧内に訂正前の内容を記載している)(甲12、14)
・・・
(2)ア 日産化学明細書には、以下の記載がある。
・・・
(3)被告沢井は、平成28年頃、被告日産化学から、エルデカルシトールの新しい結晶形を開発することができたとして、エルデカルシトールの原薬について営業活動を受け、新たな結晶形が開発されたのであれば、本件特許権に抵触することはないと判断し、被告日医工との共同開発により被告カプセルを開発した。(弁論の全趣旨)
(4)被告日産化学は、平成28年8月頃までに、日産化学明細書記載のエルデカルシトールの結晶であるB型結晶、C型結晶の発明を完成させた(甲1)。また、前記によれば、被告日産化学は、平成28年頃、本件発明に係る結晶以外の結晶の開発に成功したことを理由として挙げて、被告沢井にエルデカルシトールの販売を打診した。本件発明に係る結晶、B型結晶、C型結晶の3種の結晶の他に結晶形が知られていることをうかがわせる事情はない
これらに、被告日産化学が、本件発明に係る結晶を直接使用して本件原薬を製造していることをうかがわせる事情が全くないことも考慮すると、被告日産化学は、B型結晶又はC型結晶を製造し、これを用いて本件原薬を製造しているものと一応推認することが合理的である。なお、B型結晶及びC型結晶が、いずれも本件発明の技術的範囲に属さないことについては争いがない。
(5)原告は、日産化学明細書によれば、B型結晶及びC型結晶は、化学合成されたエルデカルシトールをもとに製造されているところ、日産化学明細書に参考合成例2として記載されているエルデカルシトールの製造方法(日産化学明細書【0037】)の方法。以下「参考合成例方法」という。)に基づいてエルデカルシトールを合成して得られた白色固体をXRPDで分析したところ、同固体の主要な成分が本件発明に係る結晶であったと主張し、このことを根拠に、被告日産化学は、B型結晶又はC型結晶を製造するに当たって、本件発明に係る結晶を中間物質として製造していると主張している。
しかし、被告日産化学が、B型結晶又はC型結晶を製造するに当たって、参考合成例方法によってエルデカルシトールを合成し、これを原料にB型結晶又はC型結晶を製造していることを直接裏付ける証拠はない。日産化学明細書の記載によれば、参考合成例方法を用いて合成されたエルデカルシトールを原料にしてB型結晶、C型結晶を製造することができることは認められるものの、参考合成例方法以外の方法で製造したエルデカルシトールでは、B型結晶、C型結晶を製造することができない又は著しくこれが困難であることをうかがわせる事情はない。
そもそも、日産化学明細書記載のB型結晶及びC型結晶の製造方法は、エルデカルシトール合成後、シリカゲルクロマトグラフィーで精製し、精製によって得られるエルデカルシトール溶液の溶媒である酢酸エチルを蒸発させて濃縮乾固して参考合成例原料を得(参考合成例方法。日産化学明細書【0037】)、参考合成例原料をアルコール溶媒(メタノール、エタノール等)、ニトリル溶媒(アセトニトリル)等またはこれらと水の混合液(以下、これらの溶媒を併せて「B型用溶媒」という。)に溶解した後、水を加えたり、冷却や濃縮等することによってB型結晶を析出させ(日産化学明細書【0013】~【0021】)、得られたB型結晶を加熱してC型結晶を得る(日産化学明細書【0023】)というものである。
このような日産化学明細書記載の方法を前提にしても、B型結晶の製造方法は、エルデカルシトールのB型用溶媒溶液を製造し、これに上記の操作を加えてB型結晶を析出させるというものなのであるから、エルデカルシトールのB型用溶媒溶液を得ることさえできれば、参考合成例原料を経由することなく、B型結晶を得ることができることは明らかである。
日産化学明細書にも、「化合物(1)(エルデカルシトール)のB型結晶の製造の原料としては、化合物(1)の非晶質(アモルファス)またはA型結晶もしくはその他の形態を用いることできる。」と記載されており(日産化学明細書【0026】)、従前、エルデカルシトールはアモルファスの形態しか知られていなかったとされている(本件明細書【0003】)ことからすると、エルデカルシトールのアモルファス形態を製造し(なお、再結晶が予定されているため、高純度が要求されるものでもない。)、これをB型用溶媒に溶かしてエルデカルシトールのB型用溶媒溶液を得ることに困難があるとは認められない。
以上のとおりであって、被告日産化学がB型結晶又はC型結晶を製造するに当たって参考合成例方法を採用していることを直接裏付ける証拠はない。かえって、本件明細書及び日産化学明細書の記載のみからですら、参考合成例原料を経由せずにB型結晶を得る手法が想定できる。そうすると、被告日産化学が、原告が主張する本件原薬の製造方法を否認するのみで、参考合成例原料の製造方法の開示を拒んでいるといった事情等を考慮しても、被告日産化学が本件原薬を製造する過程において、参考合成例原料を製造していると認めるに足りないというべきである。その他、被告日産化学が本件発明の技術的範囲に属する結晶を製造していることを認めるに足りる証拠はない。
第4 結論
よって、被告日産化学が本件発明の技術的範囲に属する結晶を製造しているとは認められないため、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求にはいずれも理由がないからいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。
争点1(被告日産化学が本件原薬を製造する過程で、本件発明の技術的範囲に属する結晶を製造しているか)について
(1)ア 本件明細書には、以下の記載がある。(なお、二重下線部分が訂正部分であり、その後の括弧内に訂正前の内容を記載している)(甲12、14)
・・・
(2)ア 日産化学明細書には、以下の記載がある。
・・・
(3)被告沢井は、平成28年頃、被告日産化学から、エルデカルシトールの新しい結晶形を開発することができたとして、エルデカルシトールの原薬について営業活動を受け、新たな結晶形が開発されたのであれば、本件特許権に抵触することはないと判断し、被告日医工との共同開発により被告カプセルを開発した。(弁論の全趣旨)
(4)被告日産化学は、平成28年8月頃までに、日産化学明細書記載のエルデカルシトールの結晶であるB型結晶、C型結晶の発明を完成させた(甲1)。また、前記によれば、被告日産化学は、平成28年頃、本件発明に係る結晶以外の結晶の開発に成功したことを理由として挙げて、被告沢井にエルデカルシトールの販売を打診した。本件発明に係る結晶、B型結晶、C型結晶の3種の結晶の他に結晶形が知られていることをうかがわせる事情はない
これらに、被告日産化学が、本件発明に係る結晶を直接使用して本件原薬を製造していることをうかがわせる事情が全くないことも考慮すると、被告日産化学は、B型結晶又はC型結晶を製造し、これを用いて本件原薬を製造しているものと一応推認することが合理的である。なお、B型結晶及びC型結晶が、いずれも本件発明の技術的範囲に属さないことについては争いがない。
(5)原告は、日産化学明細書によれば、B型結晶及びC型結晶は、化学合成されたエルデカルシトールをもとに製造されているところ、日産化学明細書に参考合成例2として記載されているエルデカルシトールの製造方法(日産化学明細書【0037】)の方法。以下「参考合成例方法」という。)に基づいてエルデカルシトールを合成して得られた白色固体をXRPDで分析したところ、同固体の主要な成分が本件発明に係る結晶であったと主張し、このことを根拠に、被告日産化学は、B型結晶又はC型結晶を製造するに当たって、本件発明に係る結晶を中間物質として製造していると主張している。
しかし、被告日産化学が、B型結晶又はC型結晶を製造するに当たって、参考合成例方法によってエルデカルシトールを合成し、これを原料にB型結晶又はC型結晶を製造していることを直接裏付ける証拠はない。日産化学明細書の記載によれば、参考合成例方法を用いて合成されたエルデカルシトールを原料にしてB型結晶、C型結晶を製造することができることは認められるものの、参考合成例方法以外の方法で製造したエルデカルシトールでは、B型結晶、C型結晶を製造することができない又は著しくこれが困難であることをうかがわせる事情はない。
そもそも、日産化学明細書記載のB型結晶及びC型結晶の製造方法は、エルデカルシトール合成後、シリカゲルクロマトグラフィーで精製し、精製によって得られるエルデカルシトール溶液の溶媒である酢酸エチルを蒸発させて濃縮乾固して参考合成例原料を得(参考合成例方法。日産化学明細書【0037】)、参考合成例原料をアルコール溶媒(メタノール、エタノール等)、ニトリル溶媒(アセトニトリル)等またはこれらと水の混合液(以下、これらの溶媒を併せて「B型用溶媒」という。)に溶解した後、水を加えたり、冷却や濃縮等することによってB型結晶を析出させ(日産化学明細書【0013】~【0021】)、得られたB型結晶を加熱してC型結晶を得る(日産化学明細書【0023】)というものである。
このような日産化学明細書記載の方法を前提にしても、B型結晶の製造方法は、エルデカルシトールのB型用溶媒溶液を製造し、これに上記の操作を加えてB型結晶を析出させるというものなのであるから、エルデカルシトールのB型用溶媒溶液を得ることさえできれば、参考合成例原料を経由することなく、B型結晶を得ることができることは明らかである。
日産化学明細書にも、「化合物(1)(エルデカルシトール)のB型結晶の製造の原料としては、化合物(1)の非晶質(アモルファス)またはA型結晶もしくはその他の形態を用いることできる。」と記載されており(日産化学明細書【0026】)、従前、エルデカルシトールはアモルファスの形態しか知られていなかったとされている(本件明細書【0003】)ことからすると、エルデカルシトールのアモルファス形態を製造し(なお、再結晶が予定されているため、高純度が要求されるものでもない。)、これをB型用溶媒に溶かしてエルデカルシトールのB型用溶媒溶液を得ることに困難があるとは認められない。
以上のとおりであって、被告日産化学がB型結晶又はC型結晶を製造するに当たって参考合成例方法を採用していることを直接裏付ける証拠はない。かえって、本件明細書及び日産化学明細書の記載のみからですら、参考合成例原料を経由せずにB型結晶を得る手法が想定できる。そうすると、被告日産化学が、原告が主張する本件原薬の製造方法を否認するのみで、参考合成例原料の製造方法の開示を拒んでいるといった事情等を考慮しても、被告日産化学が本件原薬を製造する過程において、参考合成例原料を製造していると認めるに足りないというべきである。その他、被告日産化学が本件発明の技術的範囲に属する結晶を製造していることを認めるに足りる証拠はない。
第4 結論
よって、被告日産化学が本件発明の技術的範囲に属する結晶を製造しているとは認められないため、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求にはいずれも理由がないからいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。
コメント