<知財高裁/リリカ用途特許の侵害訴訟> 訂正によってもサポート要件を満たさないと判断した事例(ワーナー対小林化工)

 判決紹介 

・令和4年(ネ)第10009号 特許権侵害差止請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所令和2年(ワ)第19927号)
・令和4年7月7日判決言渡
・知的財産高等裁判所第1部 大鷹一郎 小川卓逸 遠山敦士
・控訴人:ワーナー-ランバート カンパニー リミテッド ライアビリティー カンパニー
・被控訴人:小林化工株式会社
・特許3693258
・発明の名称:イソブチルGABAまたはその誘導体を含有する鎮痛剤
 コメント 
ワーナー-ランバート(控訴人)は、特許3693258の特許権者です。特許3693258はプレガバリン(販売名:リリカカプセル25mg、75mg、150mg)(処分の対象となった物)の製造販売承認に基づいて特許権存続期間の延長登録がされています。延長後の存続期間満了日は2022年7月16日です。
専用実施権者であるファイザーがリリカカプセル、リリカOD錠を販売していましたが、現在はヴィアトリス製薬が販売しています(2021年9月に製造販売移管されました)。効能・効果は「神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛」です。
本件は、ワーナー-ランバートが、小林化工(被控訴人)によるリリカOD錠後発品(プレガバリンOD錠25mg「KN」等)の製造、販売等が本件特許権の侵害に当たる旨主張して、後発品の製造、販売等の差止め及び廃棄を求めた事案です。
本件特許の特許査定時の請求項1~4は以下のとおりです。
【請求項1】
式I

(式中、R1は炭素原子1~6個の直鎖状または分枝状アルキルであり、R2は水素またはメチルであり、R3は水素、メチルまたはカルボキシルである)の化合物またはその医薬的に許容される塩、ジアステレオマー、もしくはエナンチオマーを含有する痛みの処置における鎮痛剤
【請求項2】
化合物が、式IにおいてR3およびR2はいずれも水素であり、R1は-(CH2)0-2-iC4H9である化合物の(R)、(S)、または(R,S)異性体である請求項1記載の鎮痛剤。
【請求項3】
化合物が、(S)-3-(アミノメチル)-5-メチルヘキサン酸または3-アミノメチル-5-メチルヘキサン酸である請求項1記載の鎮痛剤。
【請求項4】
痛みが炎症性疼痛、神経障害による痛み、癌による痛み、術後疼痛、幻想肢痛、火傷痛、痛風の痛み、骨関節炎の痛み、三叉神経痛の痛み、急性ヘルペスおよびヘルペス後の痛み
、カウザルギーの痛み、特発性の痛み、または線維筋痛症である請求項1記載の鎮痛剤。
原審と、関連する判決を下記ブログで紹介しています(原審は上から2つ目)。
<リリカ特許の無効審判> 医薬用途の訂正及び実施可能要件・サポート要件が認められなかった審決例
審決紹介 ・審判番号:無効2017-800003 ・審判請求日:2017/01/16 ・審決日:2020/07/14 ・審判官:滝口尚良 穴吹智子 井上典之 ・請求人:沢井製薬 株式会社 ・参加人:日新製薬 株式会社等 ・...

<東京地裁/リリカ用途特許の侵害訴訟> 「痛みの処置における鎮痛剤」は実施可能要件・サポート要件を満たさないと判断され、訂正も認められなかった事例(ワーナー対小林化工)
判決紹介 ・令和2年(ワ)第19927号 特許権侵害差止請求事件 ・令和3年12月24日判決言渡 ・東京地方裁判所民事第29部 國分隆文 小川暁 佐々木亮 ・原告:ワーナー-ランバート カンパニー リミテッド ライアビリティー ...

<東京地裁/リリカ用途特許の侵害訴訟> 明細書に痛みの下位概念を列挙した箇所があっても、下位概念への訂正は新規事項の追加に当たると判断された事例(ワーナー対日新製薬+Meiji Seikaファルマ)
判決紹介 ・令和2年(ワ)第19918号 特許権侵害差止請求事件(第1事件) ・同年(ワ)第22291号 特許権侵害差止請求事件(第2事件) ・令和3年11月30日判決言渡 ・東京地方裁判所民事第47部 田中孝一 小口五大 鈴木...

<知財高裁/リリカ用途特許の審決取消訴訟> 「痛みの処置における鎮痛剤」の用途を具体的に特定する訂正は認められず、かつ実施可能要件・サポート要件を満たさないと判断された事例
お疲れさまです。 7平日連続で判決紹介の記事を投稿してきましたが、本日で連続投稿は終了します。 この機会にいくつかの判決を分析できてよかったです。 いろいろ判決を分析していると、常々グレーだと思っていたところが判断されたり、実務の...

原審では、請求項1、2の発明は実施可能要件及びサポート要件を満たさず、さらに、下記への訂正は新規事項の追加のため認められないと判断されていました。
(×)請求項1:痛覚過敏又は接触異痛の痛み
(×)請求項2:神経障害又は繊維筋痛症による、痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における
今回、知財高裁は、請求項1、2の発明はサポート要件を満たさず、さらに、訂正してもサポート要件をみたさないと判断しました。
(なお、被控訴人が異なる関連の判決が同時期に多数でています。被控訴人が共和薬品工業の「令和4年(ネ)第10017号 特許権侵害差止請求控訴事件(令和4年6月29日判決言渡、知的財産高等裁判所第2部)」などでは、東京地裁と同じく、訂正要件を満たさないと判断され、訂正後のサポート要件は判断されていないようです。)
裁判所の判断の抜粋を以下に記載します。
判決
第4 当裁判所の判断
・・・
2 争点1(請求項1及び2に係る本件特許の無効の抗弁の成否)について
本件の事案に鑑み、サポート要件違反(争点1-2)を無効理由とする無効の抗弁から、判断することとする。
被控訴人は、本件発明1及び2の特許請求の範囲(請求項1及び2)記載の「痛みの処置における鎮痛剤」にいう「痛み」には、本件明細書の「発明の概要」に記載された各痛み(前記1(2))が含まれるが、当業者において、本件出願当時の技術常識を踏まえても、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、本件発明1及び2の化合物が「炎症性疼痛」及び「術後疼痛」以外の上記各痛みの治療に有効であると認識することができないから、請求項1及び2の「痛み」に含まれるすべての「痛み」の処置をすることができる鎮痛剤を提供するという本件発明1及び2の課題を解決できると認識することができないとして、本件発明1及び2は、発明の詳細な説明に記載したものとはいえず、サポート要件に適合しない旨主張するので、以下において判断する。
(1)本件出願当時の技術常識について
ア 痛み及びその機序に関する文献の記載事項
・・・
d 前記b及びcのとおり、控訴人主張の②及び③は、本件出願当時の技術常識であったものとは認められない。
また、前記アないしエの記載から、慢性疼痛に含まれる神経障害性疼痛又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みは、炎症、組織の損傷又は神経損傷の後に、神経細胞の感作(末梢性感作、NMDA受容体作動性の中枢性感作)により生じ、その原因(端緒の原因)にかかわらず、機序が同一であること(控訴人主張の①)が、本件出願当時の技術常識であったものと認めることはできない。この点に関し、控訴人提出の専門家の意見書(甲67、68、124、125)中には、痛覚過敏及び接触異痛がその原因にかかわらず末梢や中枢の神経細胞の感作により生じることや、神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う痛覚過敏や接触異痛がいずれも神経細胞の感作により生じる旨の記載があるが、その記載内容は、技術文献の記載事項の一部を断片的に引用した上で、評価ないし結論を述べるというものにとどまるため、上記記載から、控訴人主張の①を認定することはできない。他にこれを認めるに足りる証拠はない。
さらに、控訴人は、甲26、162及び163を根拠として挙げて、本件出願当時、線維筋痛症についても、痛覚過敏や接触異痛は、神経細胞の感作(中枢性感作)によるものと理解されていた旨主張する。
しかし、前記アの記載中には、「線維筋痛症の病因は基本的に不明である。」(乙18)、「結合織炎fibrositisは線維性筋痛fibromyalgiaともいわれ普通にみられる疾患で、筋骨の疼痛とこわばりおよび易疲労性を特徴とし…結合織炎の病因は不明である。」(乙19)、「線維筋痛症候群(fibromyalgiasyndrome)ともいわれるもので、…病因は不明で、仕事環境、精神的要素も加わっていると考えられる。」(乙20)との記載があることに照らすと、線維筋痛症に伴う痛みが発生する原因は、本件出願当時、解明がされていたものとは認められないことに照らすと、甲26、162及び163から直ちに、控訴人の上記主張を認めることはできない。
(ウ)まとめ
以上によれば、本件出願当時の技術常識に関する控訴人の前記主張(①ないし④)は、いずれも採用することができない。
(2)争点1-2(サポート要件違反の有無)について
ア 本件発明1及び2の特許請求の範囲(請求項1及び2)には、本件発明1及び2の「痛みの処置における鎮痛剤」にいう「痛み」の用語について規定した記載はない。
次に、本件明細書には、本件発明1及び2の「痛み」の用語について定義した記載はないが、「痛み」に関し、「本発明は、以下の式Ⅰの化合物の、痛みの処置とくに慢性の疼痛性障害の処置における使用方法である。このような障害にはそれらに限定されるものではないが炎症性疼痛、術後疼痛、転移癌に伴う骨関節炎の痛み、三叉神経痛、急性疱疹性および治療後神経痛、糖尿病性神経障害、カウザルギー、上腕神経叢捻除、後頭部神経痛、反射交感神経ジストロフィー、線維筋痛症、痛風、幻想肢痛、火傷痛ならびに他の形態の神経痛、神経障害および特発性疼痛症候群が包含される。」(前記1(2))との記載がある。本件明細書の上記記載及び本件出願当時の痛みの分類等に関する技術常識(前記(1)オ(ア)a)によれば、本件発明1及び2の「痛み」の範囲には、「神経障害又は線維筋痛症による、痛覚過敏又は接触異痛の痛み」が含まれるものと解される。
そして、本件明細書の記載(前記1⑷)によれば、本件発明1及び2は、従来の市場にある鎮痛剤(例えば、麻薬性鎮痛剤やNSAID)では、痛みの処置特に慢性の疼痛性障害の処置に関し、不十分な効果又は副作用からの限界により、不完全な処置しか行われていなかったという問題があったことに鑑み、本件発明1及び2の「痛み」の範囲に含まれるすべての「痛み」に対して鎮痛効果を有する鎮痛剤を提供することを課題とするものと認められる。
イ 本件発明2の特許請求の範囲の請求項2(「化合物が、式IにおいてR3およびR2はいずれも水素であり、R1は-(CH2)0-2-iC4H9である化合物の(R),(S),または(R,S)異性体である請求項1記載の鎮痛剤」)の記載に照らすと、本件発明2の化合物は、本件発明1の化合物の範囲に含まれるものである。
本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明2の化合物を線維筋痛症や神経障害等の痛みの処置における鎮痛剤として使用することについての一般的な記載があるが(前記1⑵及び⑷)、一方で、本件発明2の化合物を神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として使用することについて明示の記載はない。
また、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明2の化合物に該当するCI-1008及び3-アミノメチル-5-メチル-ヘキサン酸を用いたラットホルマリン足蹠試験結果、CI-1008を用いたラットカラゲニン誘発機械的痛覚過敏及び熱痛覚過敏に対する試験結果、本件発明2の化合物に該当するS-(+)-3-イソブチルギャバを用いたラット術後疼痛モデルにおける熱痛覚過敏及び接触異痛に対する試験結果の記載がある(前記1⑶、⑹、⑺及び⑼)。
しかし、前記⑴オ(ア)dの認定事実に照らすと、上記試験結果は、いずれも神経障害又は線維筋痛症による痛みの処置に本件発明2の化合物を使用した試験に関するものといえないから、上記試験結果から、本件発明2の化合物が、「神経障害又は線維筋痛症による、痛覚過敏又は接触異痛の痛み」に対して鎮痛効果を有することを認識することはできない。
そうすると、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願当時の技術常識から、本件発明1の化合物の範囲に含まれる本件発明2の化合物が、本件発明1及び2の「痛み」の範囲に含まれるすべての「痛み」に対して鎮痛効果を有する鎮痛剤を提供するという本件発明1及び2の課題を解決できるものと認識することはできないから、本件発明1及び2は、いずれも本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものと認めることはできない。
したがって、本件発明1及び2は、サポート要件に適合しない。これに反する控訴人の主張は採用することができない。
(3)争点1-3-2(本件訂正による無効理由の解消の有無)について
控訴人主張の本件訂正は、請求項1について、「痛み」を「痛覚過敏又は接触異痛の痛み」と訂正し、請求項2について、「式Ⅰ」の構造式を追加し、「請求項1記載の」を「神経障害又は線維筋痛症による、痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における」と訂正することにより、「痛み」を「神経障害又は線維筋痛症による、痛覚過敏又は接触異痛の痛み」に特定し、請求項1を引用せずに、独立形式に改めるものである。
そうすると、本件訂正により、本件訂正後の請求項1は、請求項1記載の「痛み」を「痛覚過敏又は接触異痛の痛み」に特定し、本件訂正後の請求項2は、請求項1記載の「痛み」を特定した本件訂正後の請求項1の「痛覚過敏又は接触異痛の痛み」を更に「神経障害又は線維筋痛症による、痛覚過敏又は接触異痛の痛み」に特定するものといえる。
しかるところ、前記(2)認定のとおり、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願当時の技術常識から、本件発明1の化合物に含まれる本件発明2の化合物が、「神経障害又は線維筋痛症による、痛覚過敏又は接触異痛の痛み」に対して鎮痛効果を有することを認識することはできないから、本件訂正によっても、本件発明1及び2の「痛み」の範囲に含まれるすべての「痛み」に対して鎮痛効果を有する鎮痛剤を提供するという本件発明1及び2の課題を解決できるものと認識することはできない。
したがって、本件訂正によって、本件発明1及び2のサポート要件違反の無効理由が解消するものと認めることはできないから、本件訂正の再抗弁は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
(4)小括
以上によれば、本件発明1及び2に係る本件特許には、サポート要件違反の無効理由(特許法36条6項1号、123条1項4号)が存在し、特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから、控訴人は、被控訴人に対し、特許法104条の3第1項の規定により、本件発明1及び2に係る本件特許権を行使することができない。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の本件発明1及び2に係る本件特許権に基づく請求は、いずれも理由がない。
・・・
第5 結論
以上のとおり、控訴人の請求は、いずれも理由がないから、これらを棄却した原判決は、相当である。
よって、本件控訴は、理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
判決文PDFはこちら

コメント