<知財高裁/ノウリアスト用途特許/協和キリン> 甲A1文献の「できる可能性がある」との記載は、試験の結果等に基づいてされた実証的な記載でないため、示唆でも可能性を予測させるものでもないと判断された事例

 判決紹介 

・令和3年(行ケ)第10157号 審決取消請求事件(第1事件)
・令和3年(行ケ)第10155号 審決取消請求事件(第2事件)
・令和5年1月12日判決言渡
・知的財産高等裁判所第2部 本多知成 浅井憲 中島朋宏
・第1事件原告:東和薬品株式会社
・第2事件原告:共和薬品工業株式会社
・第2事件原告:日医工株式会社
・第1事件被告・第2事件被告:協和キリン株式会社
・特許4376630
・発明の名称:運動障害治療剤
 コメント 
少し前の判決の紹介です。
協和キリン(第1事件被告・第2事件被告)は、ノウリアスト錠(一般名:イストラデフィリン)の用途特許である特許4376630の特許権者です。
東和薬品(第1事件原告)は、2020年3月31日に無効審判を請求し、その後、共和薬品工業、日医工(第2事件原告)は請求人として審判に参加しました。また、協和キリンは、2020年10月5日に本件特許について訂正請求をしました。
特許庁は、2021年10月27日に無効審判請求は成り立たないとの審決 をしました。
東和薬品は、2021年12月8日に本件審決の取消しを求めて第1事件の訴えを提起し、共和薬品工業、日医工も、同日に本件審決の取消しを求めて第2事件の訴えを提起しました。
本件特許の請求項1(訂正後)は以下の通りです。
【請求項1】
 (E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチンを含有する薬剤であって、
 前記薬剤は、パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象とし、
 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され、
 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対象に投与される、
ことを特徴とする薬剤。
争点は、新規性及び進歩性の判断の誤りの有無、並びに審判指揮の違法の有無です。
知財高裁は、本件発明と甲A1発明の一致点・相違点を以下のように判断しました。
<一致点>
(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチンを含有する薬剤であって、
前記薬剤は、パーキンソン病動物を対象とし、
前記薬剤は、L-ドーパと併用して前記対象に投与される、薬剤。

<相違点>
本件発明は、「ヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者」を対象とし、「前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され」、「前記L-ドーパ療法」において投与される「薬剤」であるのに対し、甲A1発明は、「MPTP処置コモンマーモセット」を対象とする「自発運動活性と運動障害を改善する薬剤」である点

ここで、甲A1の考察の最後には、以下の記載がありました、
結論として、アデノシンA2A受容体アンタゴニストは、単独療法としてのみならず、L-ドーパ及びドーパミンアゴニストとの組合せで、パーキンソン病の有用な治療剤となる可能性がある。特に、「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、ジスキネジアを長引かせることなしに「オン時間」を増加させることができる可能性がある。
このような記載がある場合、示唆又は動機付けがあるとして、進歩性を否定できるんじゃないか、と考えるのは実務的に普通の考え方と思います。
原告の東和薬品、共和薬品工業、日医工は、この甲A1の記載やその他の記載に基づいて、進歩性を否定すべく種々の主張を行いました。
しかしながら、知財高裁は以下のように判断しました。
(1) 甲A1に基づく進歩性欠如(本件相違点のうち、薬剤の用途(用法)に関し、本件発明は、「前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために」、「前記L-ドーパ療法」において投与されるのに対し、甲A1発明は、「自発運動活性と運動障害を改善する薬剤」である点(以下「本件相違点1」という。)に係る容易想到性)について
前記2(3)イにおいて説示したとおり、甲A1は、パーキンソン病のウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるための治療方法を見いだすために執筆された学術論文であるということはできないし、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との部分も、これを裏付ける試験結果等に基づいてされた実証的な記載であるということはできない。そうすると、甲A1に「KW-6002が「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、L-ドーパとの併用により「オン時間」を増加させること」が開示され、又は示唆されていると認めることはできない。
ウ 原告共和らは、甲A1(図4試験)はKW-6002がウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間を減少させる可能性を少なくとも予測させるものであると主張する。
しかしながら、前記2(3)イにおいて説示したとおり、甲A1は、パーキンソン病のウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるための治療方法を見いだすために執筆された学術論文であるとはいえないし、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との部分は、図4試験を含め、これを裏付ける試験の結果等に基づいてされた実証的な記載であるということはできないから、図4試験を含む甲A1について、KW-6002がウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間を減少させる可能性を予測させるものであるということはできない。
したがって、原告共和らの上記主張を採用することはできない。
ということで、知財高裁は、甲A1の考察の「・・・できる可能性がある」との記載は、試験の結果等に基づいてされた実証的な記載でないため、示唆でも可能性を予測させるものでもないと判断しました。
ここまで真っ向から否定されるとは、裁判所の判断を予測するのは難しいですね。
判決抜粋を以下に記載します。
判決
第7 当裁判所の判断
・・・
(2) 本件発明の概要
本件発明に係る特許請求の範囲の記載及び上記(1)の記載によると、本件発明の概要は、次のとおりであると認められる。すなわち、パーキンソン病は、振戦、歩行、運動及び協調の困難を特徴とする脳の疾患であり、黒質中のドーパミン作動性細胞の変性がその症状をもたらすことが示唆されている。ドーパミン作動性細胞が崩壊すると、運動に対する制御が損なわれ、パーキンソン病が発症する。ほとんどのパーキンソン病の症状は、ドーパミンの不足から生じるところ、L-ドーパは、パーキンソン病の最良の治療である。しかし、パーキンソン病が進行し、L-ドーパ療法の開始から2~5年が経過すると、50~75%もの患者において、オン/オフ期間(L-ドーパに対する反応)に変動が起こり、ウェアリング・オフ現象(L-ドーパが有効である期間が減少すること)、オン・オフ変動(オン状態(パーキンソン病の症状が比較的ない期間)が突然容認できないほどに失われ、オフ状態(パーキンソン状態)が発現すること)、ジスキネジア等の重篤で好ましくない反応が現れる。このような状況を踏まえ、本件発明は、L-ドーパ療法においてウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象とし、L-ドーパと併用して選択的アデノシンA2A受容体アンタゴニストである本件化合物(KW-6002)を含有する薬剤を投与することにより、L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させることができることに着目し、本件化合物を含有する薬剤をそのような用途(ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動におけるオフ時間の減少)に用いる医薬の発明である。
2 原告東和主張の取消事由1(新規性についての判断の誤り)及び原告共和ら主張の取消事由1(新規性についての判断の誤り)について
(1) 甲A1の記載

甲A1(被告が提出した補充の訳文である乙3を含む。以下同じ。)には、次の記載がある。
・・・
ス 「考察
我々は以前に、MPTP処置したコモン・マーモセットにおいて、L-ドーパによる事前治療で確立させておいたジスキネジアを惹起させることなしに、選択的アデノシンA2A受容体アンタゴニストKW-6002が抗パーキンソン効果をもたらすことを示している…。…
アデノシンA2A受容体アンタゴニストが運動機能を変化させるメカニズムに大きな関心が寄せられている。…このような作用は、パーキンソン病の運動機能障害の原因と考えられている、線条体の直接出力経路と間接出力経路との間の不均衡を回復させ得る。

KW-6002は間接経路を介して線条体の出力を選択的に変化させるので、ドーパミンD2受容体アゴニストとのより大きな相互作用を期待し得るであろう。実際、KW-6002とドーパミンD2受容体アゴニストであるキンピロールの組合せ投与は、最初に、運動障害に対して、どちらか一方の薬剤単独による効果よりも大きな効果を生じた。これは相加効果のようにも思われるであろうが、KW-6002の24時間後にキンピロールを投与すると、同様の増強効果が見られた。これは、KW-6002単独では自発運動活性や運動障害を変化させていない時に起こるので、明らかに相乗的な応答である。どのようにしてこのような効果が生じたのかは明らかではない。…
閾値投与量のL-ドーパとの組合せでKW-6002を投与したとき、キンピロールとの組合せで観察されたのと同様の挙動応答がもたらされた。最初、L-ドーパとKW-6002を一緒に投与したとき、相加的と見られる応答をもたらしたが、 KW-6002の投与の24時間後においては、KW-6002それ自体は運動活性化をもたらしていなかったにも拘わらずL-ドーパの投与で挙動応答の増強がもたらされた。このことは、アデノシンA2A受容体の阻害を通じた線条体の間接出力経路の変調が、MPTP処置霊長類における運動障害を回復させる低投与量L-ドーパの能力を、有意に強化することを示している。」(325頁右欄1行目~326頁右欄15行目)
セ 「重要なことに、ジスキネジアを呈するよう準備されたMPTP処置コモン・マーモセットに、閾値投与量のL-ドーパと共にKW-6002を投与したとき、この薬剤の組合せによりもたらされる抗パーキンソン活性の増強にも拘わらず、観察される不随意運動の大きさは、L-ドーパのみでもたらされるものに比べて大きくなかった。このことは、パーキンソン病の治療において重要な意味を持つ、というのも抗パーキンソン活性の増強は、例えばCOMT阻害剤の使用で通常起こるように、ジスキネジアの増強を伴うからである…。」(326頁右欄20~30行目)
ソ 「結論として、アデノシンA2A受容体アンタゴニストは、単独療法としてのみならず、L-ドーパ及びドーパミンアゴニストとの組合せで、パーキンソン病の有用な治療剤となる可能性がある。特に、「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、ジスキネジアを長引かせることなしに「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」(326頁右欄40行目~最終行)
(2) 甲A1に記載された技術的事項の内容
ア そこで、前記(1)の甲A1の記載内容を前提に、当該記載内容の技術的な意味について順次検討する。
・・・
(3) 甲A1に記載された発明の認定
ア 前記(1)のとおりの甲A1の記載内容に加え、前記(2)において検討したところも併せ考慮すると、甲A1には、本件審決が認定したとおり、次の発明(甲A1発明)が記載されているものと認められる。
KW-6002を含有する薬剤であって、MPTP処置コモンマーモセットに対して、閾値投与量のL-ドーパ(2.5mg/kg)及びカルビドパ(12.5mg/kg)が投与される90分前又は24時間前に、KW-6002(10.0mg/kg)が組合せ経口投与される、自発運動活性と運動障害を改善する薬剤。
イ この点に関し、原告東和は、①甲A1が問題としているパーキンソン病の「応答変動」はウェアリング・オフ現象等を指すところ、②甲A1は、そのような「応答変動」に対する治療方法として、すなわち、ウェアリング・オフ現象等のオフ時間を短縮するために非ドーパミン作動性の薬剤を見いだすことを目的とし、③そのような目的を達成するため、甲A1においては、MPTP処置コモンマーモセットを用いてKW-6002の単独投与、L-ドーパとKW-6002との併用等による抗パーキンソン効果の測定を行い、そのいずれにおいても有意な改善が見られたとの結果を受け、本件記載がされたのであるから、甲A1には、「L-ドーパとの組合せで、「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、ジスキネジアを長引かせることなしに「オン時間」を増加させることができる可能性がある薬剤。」(甲A1発明’)が記載されていると主張する。
しかしながら、甲A1の記載(前記(1)ウ)によると、甲A1には、「応答変動」に関しては、「応答変動」を経験する患者の場合は一般的にジスキネジアの出現を伴うことから、パーキンソン病を治療するための代替手段として、基底核の神経経路上の非ドーパミン作動性の標的に注目が集まっていることが記載されているものと認めるのが相当であるし、また、MPTP処置コモンマーモセットを用いてKW-6002の単独投与の効果を調べた試験(図1試験)においても、MPTP処置コモンマーモセットを用いてKW-6002及びL-ドーパの併用の効果を調べた試験(図4試験)においても、MPTP処置コモンマーモセットは、長期間にわたってL-ドーパ療法を受けた動物ではなく、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った動物でもない。さらに、図4試験は、L-ドーパの作用の増強の有無及び程度について調べる試験であり、L-ドーパの作用の持続時間の長短を調べる試験ではない(なお、甲A12(「Neurology」52巻1673~1677頁(1999年)。原告東和が提出した全訳文である甲A8を含む。以下同じ。)の記載(「KW-6002は、L-ドーパ/ベンセラジドの自発運動活性に対する作用を有意に増強(+30%)させた…。L-ドーパ/ベンセラジドの作用の持続時間については、明確な増加は認められなかった。」)等によると、本件優先日当時、L-ドーパの作用の増強の有無及び程度とL-ドーパの作用の持続時間の長短とは区別されていたものと認められる。)。そうすると、甲A1は、パーキンソン病のウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるための治療方法を見いだすために執筆された学術論文であるということはできないし、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との部分は、これを裏付ける試験結果等に基づいてされた実証的な記載であるということはできない。
以上のとおりであるから、原告東和の上記主張を採用することはできない。
ウ 原告共和らも、本件記載のうちKW-6002がL-ドーパと併用されてウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させることが図4試験によって裏付けられていることを前提に、本件記載は本件発明の全構成を記載したものであると主張する。
しかしながら、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との部分が、これを裏付ける試験結果等に基づいてされた実証的な記載であるといえないことは、前記イのとおりである。
したがって、本件記載のうちKW-6002がL-ドーパと併用されてウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させることが図4試験によって裏付けられていることを前提とする原告共和らの上記主張を採用することはできない。

(4) 本件発明と甲A1発明との対比
ア 本件発明と甲A1発明とを対比すると、本件審決が認定したとおり、両発明は、次の一致点で一致し、次の相違点(以下「本件相違点」という。)で相違するものと認められる。
<一致点>
(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチンを含有する薬剤であって、
前記薬剤は、パーキンソン病動物を対象とし、
前記薬剤は、L-ドーパと併用して前記対象に投与される、薬剤。
<相違点>
本件発明は、「ヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者」を対象とし、「前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され」、「前記L-ドーパ療法」において投与される「薬剤」であるのに対し、甲A1発明は、「MPTP処置コモンマーモセット」を対象とする「自発運動活性と運動障害を改善する薬剤」である点
イ この点に関し、原告共和らは、本件相違点は実質的な相違点ではないと主張するので、以下検討する。
(ア) 本件相違点のうち甲A1発明がヒト患者を対象としていないとの点について
・・・
以上によると、本件相違点のうち甲A1発明がヒト患者を対象としていないとの点は、本件発明と甲A1発明との実質的な相違点であると認めるのが相当であり、これと異なる原告共和らの主張を採用することはできない。
(イ) 本件相違点のうち甲A1発明がL-ドーパ療法においてウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象としていないとの点について
a 次の各文献には、次の各記載がある。
(a) 甲B5(「BRAIN nursing」第9巻春季増刊(通巻第102号)(平成5年))
・・・
b 前記aの各記載のとおり、本件優先日当時、ウェアリング・オフ現象とは、薬効期間の短縮により、パーキンソン病の症状の日内変動が出現するとの現象であり、その発生機序としては、L-ドーパの長期投与によるL-ドーパの吸収及び代謝が変化したり、パーキンソン病そのものが進行したりすることによるドーパミンニューロンのドーパミン保持能の低下等が考えられており、また、オン・オフ変動とは、L-ドーパの服用時刻や血中濃度に関係のない、あたかも電気のスイッチを入れたり切ったりしたときのような急激な症状の変化を示す現象であり、その発生機序としては、L-ドーパの長期投与によるドーパミン受容体の感受性の変化が推測されていたが、他方で、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動については、L-ドーパの継続的な投与によって引き起こされる前シナプスや後シナプスにおける事象の関与が重要であることも指摘されていたのであるから、本件優先日当時の当業者は、前シナプスや後シナプスにおける事象といったドーパミンニューロンのドーパミン保持能の低下等やドーパミン受容体の感受性の低下のほかの事象も、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動の重要な発生原因たり得ると認識していたものと認められる。
c また、前記(2)ア(ウ)のとおり、図1試験により、KW-6002を単独投与した場合、当該投与の24時間後において運動障害の明らかな回復がみられなかったにもかかわらず、図4試験は、KW-6002の投与の24時間後にL-ドーパを投与した場合、その6時間後においてL-ドーパの作用が増強したとの結果を示すものであるから、甲A1の記載(図1試験及び図4試験)に接した当業者において、KW-6002がL-ドーパによる神経回路とは無関係に独自の作用をもたらすものと理解するとは考え難い。
d なお、原告共和らは、被告の過去の主張を根拠に、ウェアリング・オフ現象が生じていないモデル動物を用いてもオフ時間の減少作用があったと評価することができるとも主張するが、原告共和らが主張する被告の過去の主張とは、いずれも本件優先日後に示されたものであり、当該主張が本件優先日当時の技術常識を示すものとはいえない。
e 以上のとおりであるから、本件優先日当時の当業者において、甲A1が、L-ドーパを長期投与せず、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動が生じていない動物を用いて行った試験(図4試験)によってもオフ時間の減少効果を評価できることを開示し、又は示唆していると理解するとは認められない。したがって、本件相違点のうち甲A1発明がL-ドーパ療法においてウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象としていないとの点は、本件発明と甲A1発明との実質的な相違点であると認めるのが相当であり、これと異なる原告共和らの主張を採用することはできない。
(ウ) 本件相違点のうち甲A1発明がL-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために患者に投与されるものではないとの点について
原告共和らは、甲A1が、KW-6002がオフ時間を減少させる可能性を示すものであることを根拠として、本件相違点のうち甲A1発明がL-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために患者に投与されるものではないとの点は本件発明と甲A1発明との実質的な相違点ではないと主張する。
しかしながら、前記(3)イにおいて説示したとおり、甲A1は、パーキンソン病のウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるための治療方法を見いだすために執筆された学術論文であるということはできないし、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との部分も、これを裏付ける試験結果等に基づいてされた実証的な記載であるということはできない。
たがって、本件相違点のうち甲A1発明がL-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために患者に投与されるものではないとの点は、本件発明と甲A1発明との実質的な相違点であると認めるのが相当であり、これと異なる原告共和らの主張を採用することはできない。
(5) 小括
以上のとおり、本件発明と甲A1発明との間には本件相違点が存在し、これは、本件発明と甲A1発明との間の実質的な相違点であるから、本件発明が新規性を欠くとはいえないとした本件審決の判断の誤りをいう原告東和主張の取消事由1及び原告共和ら主張の取消事由1はいずれも理由がない。
3 原告東和主張の取消事由2(進歩性についての判断の誤り)及び原告共和ら主張の取消事由2(進歩性についての判断の誤り)について
(1) 甲A1に基づく進歩性欠如(本件相違点のうち、薬剤の用途(用法)に関し、本件発明は、「前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために」、「前記L-ドーパ療法」において投与されるのに対し、甲A1発明は、「自発運動活性と運動障害を改善する薬剤」である点(以下「本件相違点1」という。)に係る容易想到性)について

前記2(3)イにおいて説示したとおり、甲A1は、パーキンソン病のウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるための治療方法を見いだすために執筆された学術論文であるということはできないし、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との部分も、これを裏付ける試験結果等に基づいてされた実証的な記載であるということはできない。そうすると、甲A1に「KW-6002が「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、L-ドーパとの併用により「オン時間」を増加させること」が開示され、又は示唆されていると認めることはできない。
以上によると、本件優先日当時の当業者において、甲A1に基づき、MPTP処置コモンマーモセットにおいて自発運動活性及び運動障害を改善することが確認されたKW-6002を本件相違点1に係る本件発明の用途(用法)に用いることに容易に想到し得たものと認めることはできない。
したがって、本件相違点のその余の部分について検討するまでもなく、本件発明につき、本件優先日当時の当業者において、甲A1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものと認めることはできないから、本件発明が甲A1に基づいて進歩性を欠くとはいえないとした本件審決の判断に誤りはない。
(2) 甲A1ないし甲A5に基づく進歩性欠如(本件相違点1に係る容易想到性)について
ア 甲A2について
(ア) 甲A2には、次の記載がある。
・・・
イ 甲A3について
(ア) 甲A3には、次の記載がある。
・・・
ウ 甲A4について
(ア) 甲A4には、次の記載がある。
・・・
エ 甲A5について
(ア) 甲A5には、次の記載がある。
・・・
したがって、本件相違点のその余の部分について検討するまでもなく、本件発明につき、本件優先日当時の当業者において、甲A1ないし甲A5に記載された発明ないし技術的事項に基づいて容易に発明をすることができたものと認めることはできないから、本件発明が甲A1ないし甲A5に基づいて進歩性を欠くとはいえないとした本件審決の判断に誤りはない。
(3) 原告東和の主張について
原告東和は、①本件優先日当時、ウェアリング・オフ現象はL-ドーパの薬効時間が短くなる現象であり、その原因はドーパミン作動系の異常であると認識されていたこと、②KW-6002の作用機序はL-ドーパ等のドーパミン作動性ではなく、別の作用機序に基づくものであることが本件優先日当時に広く知られていたことを根拠に、甲A1に接した当業者であれば、本件相違点1に係る本件発明の構成に容易に想到し得たと主張する。
しかしながら、上記①の点については、前記2(4)イ(イ)bのとおり、本件優先日当時の当業者は、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動については、ドーパミンニューロンのドーパミン保持能の低下等やドーパミン受容体の感受性の低下のほか、L-ドーパの継続的な投与によって引き起こされる前シナプスや後シナプスにおける事象の関与も重要な発生原因たり得ると認識していたのであるから、原告東和が主張するように、本件優先日当時の当業者において、ウェアリング・オフ現象の原因が専らドーパミン作動系の異常であると認識していたということはできない。
また、上記②の点については、前記2(4)イ(イ)cのとおり、図1試験により、KW-6002を単独投与した場合、当該投与の24時間後において運動障害の明らかな回復がみられなかったにもかかわらず、図4試験は、KW-6002の投与の24時間後にL-ドーパを投与した場合、その6時間後においてL-ドーパの作用が増強したとの結果を示すものであるから、甲A1の記載(図1試験及び図4試験)に接した当業者において、KW-6002がL-ドーパによる神経回路とは無関係に独自の作用をもたらすものと理解するとは考え難い。したがって、甲A1におけるKW-6002の作用機序につき、L-ドーパ等のドーパミン作動性ではなく、別の作用機序に基づくものであると当業者が認識したということはできない。
以上のとおりであるから、上記①及び②の点を根拠に、甲A1に接した当業者であれば本件相違点1に係る本件発明の構成に容易に想到し得たとする原告東和の主張を採用することはできない。
(4) 原告共和らの主張について
ア 原告共和らは、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間の減少のため、抗パーキンソン病活性を有する長時間作用性の薬物をL-ドーパと併用することは本件優先日当時によく知られていたと主張する。
確かに、原告共和らが挙げる甲A4には、「カテコール-O-メチル転移酵素(COMT)は、カテコールアミンをメチル化する酵素で血中で L-Dopa を代謝して3-OMD 12 、中枢神経内では3MTに変換する。これらの阻害剤は L-Dopa の代謝を抑制することが期待される。臨床的には、wearing off の改善を目的としている。」(59頁右欄下から12~7行目)との記載があり、甲B8には、「これらのL-DOPAの不都合な作用を減じるための試みにおいて、プロモクリプチン、ペルゴリドおよびリスリドなどのドーパミンアゴニストが、伝統的に補助治療として用いられている。」(4頁16~18行目)との記載があり、甲B23には、「対策としては、…プロモクリプチン…などのドパミンアゴニストの併用を考える。」(81頁1~4行目)との記載があり、甲B26には、「我々は、ZNSによるドーパミン合成の長期持続活性がパーキンソン病症状、特にウェアリング・オフを回復させると推測している。」(397頁要約)との記載があるが、これらの文献においてL-ドーパとの併用が提唱されている薬剤は、いずれもドーパミン受容体に入る刺激を高める薬剤であるから、上記の各証拠を総合しても、本件優先日当時、ドーパミン受容体に入る刺激を高める作用を有する薬物に限らず、一般に、抗パーキンソン病活性を有する長時間作用性の薬物をL-ドーパと併用すればウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間が減少するとの技術常識が存在したものと認めることはできず、その他、そのような技術常識を認めるに足りる証拠はない。
以上のとおりであるから、原告共和らの上記主張を採用することはできない。
イ 原告共和らは、甲A3、甲B6及び甲B9の記載を根拠に、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間を減少させるため、アデノシンA2A受容体アンタゴニストとL-ドーパを併用することは本件優先日当時の技術常識であった旨の主張をする。
しかしながら、甲A3及び甲B9は、いずれも特定の試験の結果を示す学術論文にすぎないから、甲A3に「アデノシンA2A受容体アンタゴニストが、進行したパーキンソン病患者におけるドーパミン作動薬応答の持続時間の短縮を改善するのに有用である可能性がある。」(249頁要約)との記載があることや、甲B9(原告東和が提出した甲A7と同旨の文献である。)に「本臨床試験の最も顕著な知見は、テオフィリンが、APD患者で、「オン」相の持続を有意に延長した(そして、その結果、「オフ」相の持続を短縮した)ことである。」(1916頁右欄24~27行目)との記載があることを考慮しても、これらの文献をもって、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間を減少させるため、アデノシンA2A 受容体アンタゴニストとL-ドーパを併用することが本件優先日当時の技術常識であったと認めるには不十分である。
なお、甲B6には、「KW-6002(8,1,3-diethyl-3,7-dihydro-7-methyl-1H-purine-2,6-dione)は、アデノシンA2A受容体に特異的な拮抗作用を有するキサンチン誘導体である。…アデノシンA2AアンタゴニストはMPTP(パーキンソニズム発症神経毒)投与のサルにおいてジスキネジアを中心とした運動障害を有意に改善すると報告されている。欧米では第Ⅱ相臨床研究が終了している。」(43頁右欄3~13行目)との記載がみられるにすぎず、甲B6は、原告共和らが主張する上記技術常識を根拠付けるものではない。
以上のとおりであるから、原告共和らの上記主張を採用することはできない。
ウ 原告共和らは、甲A1(図4試験)はKW-6002がウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間を減少させる可能性を少なくとも予測させるものであると主張する。
しかしながら、前記2(3)イにおいて説示したとおり、甲A1は、パーキンソン病のウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるための治療方法を見いだすために執筆された学術論文であるとはいえないし、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との部分は、図4試験を含め、これを裏付ける試験の結果等に基づいてされた実証的な記載であるということはできないから、図4試験を含む甲A1について、KW-6002がウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間を減少させる可能性を予測させるものであるということはできない。
したがって、原告共和らの上記主張を採用することはできない。

エ 原告共和らは、本件記載は試験結果と無関係のものではなく、図4試験の結果の示唆を受けて記載されたものであると主張する。
しかしながら、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との部分がこれを裏付ける試験結果等に基づいてされた実証的な記載であるといえないことは、前記2(3)イにおいて説示したとおりである。
したがって、原告共和らの上記主張を採用することはできない。
(5) 小括
以上のとおり、本件発明につき、本件優先日当時の当業者において、甲A1に記載された発明又は甲A1ないし甲A5に記載された発明ないし技術的事項に基づいて容易に発明をすることができたものと認めることはできないから、本件発明が進歩性を欠くとはいえないとした本件審決の判断の誤りをいう原告東和主張の取消事由2及び原告共和ら主張の取消事由2はいずれも理由がない。
4 原告共和ら主張の取消事由3(審判指揮の違法)について
・・・
(3) 小括
以上のとおり、特許庁審判長の審判指揮に違法があった旨をいう原告共和ら主張の取消事由3は理由がない。
5 結論
以上の次第であるから、原告らの請求はいずれも理由がない。
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