引例実施例が2回投与だとしても、引例には単回投与が開示されている/平成23年(行ケ)第10352号審決取消請求事件


平成24828日判決言渡
原告: ファイザー・プロダクツ・インク
被告: 特許庁長官
本願: 特願2003-509957
請求項1: マイコプラズマ・ハイオニューモニエ(Mycoplasma hyopneumoniae)の感染に起因する,ヒト以外の動物における疾患または障害を治療または予防する方法であって,310日齢の動物に不活化されたマイコプラズマ・ハイオニューモニエ ワクチンの有効量を単回投与することを含む,前記方法。
コメント: 原告は「引例は単回投与について開示するものではない」と主張したが、認められなかった例。 裁判所の判断は下記の通り。 拒絶審決維持。 進歩性無し。 ☆
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裁判所: 「(2) 判断
  上記(1)ア 認定の事実によれば,引用例には,「少なくとも請求の範囲第1項に記載のバクテリンの1回用量をブタに投与してマイコプラズマ・ハイオニューモニエ感染に対してブタを免疫することを含む免疫方法」,「この発明は,マイコプラズマ・ハイオニューモニエによる感染に対してブタを免疫する方法であって,マイコプラズマ・ハイオニューモニエ感染に対してブタを免疫するために,バクテリンの少なくとも1回用量をブタに投与することを含む免疫方法をも提供する」と記載されている。上記記載の通常の意味からすれば,引用例記載の発明は,マイコプラズマ・ハイオニューモニエによる感染に対してブタを免疫する方法を提供するものであって,その方法として,バクテリンを単回投与する免疫方法を含むものと理解される。
一方,引用例には,「このバクテリンは,好ましくは2回ブタに投与される。その1回はブタの誕生後約1週間,もう1回は約3週間である」との記載があり,単回投与の実施例の記載はなく,実施例である例4には,1週齢と3週齢との2回,不括化ワクチンをブタに投与する免疫方法のみが開示されているが,好ましい実施例として2回投与の免疫方法が記載されているからといって,それだけで,当該免疫方法のみが引用例に開示されているということはできない
したがって,引用例に,少なくとも,バクテリンの1回用量をブタに投与する免疫方法が記載されている旨を認定した審決に誤りはないというべきである。」
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なお、本願明細書をざっと見たところ、プラセボとの比較はあるが、「単回投与」に対する直接的な比較例はない。
また、甲17には「ヒトが免疫を得るためには複数回の摂取が必要である」との記載があり、原告は「複数回のワクチン投与が必要であることが、技術常識であったと言える」と主張したが、その点については下記のように判断された。
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裁判所: 「() 上記①の主張について
  上記(1)イ,ウ によれば,甲17には,ヒトが,免疫を得るためには複数回の接種を行う必要があること,甲18には,ヒト,ブタなどの脊椎動物の免疫系は,微生物等の非自己抗原を精密かつ特異的に識別し排除すべく進化したことが,それぞれ示されているといえる。一方,上記(1)エ,オ によれば,本願の優先日当時においても,ブタやヒトについて,単回投与で有効なワクチンもあるとの知見も示されているといえる。
そうすると,免疫を付与し維持するために追加接種が有効であるという一般論としての技術常識が存在するとしても,それが,引用例の記載の「1回用量をブタに投与」を除外して,実施例に記載された2回投与の発明しか把握できないほどの絶対的な知見とは認められない。特に,甲8・乙1は,引用例公開前に発行された論文であるから(上記(1)エ ),引用例において,1回用量を投与することを実質的に除外したとか,形式的に記載したのみであるということはできない。」
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自分に都合の良い文献を使って特許性を主張した場合、都合の悪い文献を使って反論されることがある。



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平成24年8月28日判決言渡
平成23年(行ケ)第10352号審決取消請求事件
平成24年7月19日口頭弁論終結
判決
原告ファイザー・プロダクツ・インク
訴訟代理人弁護士鈴木修
同末吉剛
訴訟代理人弁理士廣瀬しのぶ
同四本能尚
同佐藤眞紀
被告特許庁長官
指定代理人荒木英則
同横尾俊一
同唐木以知良
同芦葉松美
◆主文
  原告の請求を棄却する。 
  訴訟費用は原告の負担とする。 
  この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定め
る。 
 
◆第1  請求

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特許庁が不服2008-6757号事件について平成23年6月24日にした審決を取り消す。
◆第2  争いのない事実
▼1  特許庁における手続の経緯
原告は,平成14年6月7日,発明の名称を「マイコプラズマ・ハイオニューモニエ(Mycoplasmahyopneumoniae)を用いた単回ワクチン接種」とする発明について,特許出願(特願2003-509957。パリ条約による優先権主張平成13年7月2日,米国。以下「本願」という。)をしたが,平成19年12月17日付けで拒絶査定を受けたので,平成20年3月19日,これに対する不服の審判(不服2008-6757号事件)を請求し,同年4月18日付け手続補正書を提出した(以下「本件補正」という。)。特許庁は,平成23年6月24日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同年7月6日,原告に送達された。
▼2  特許請求の範囲
(1)
本件補正後の本願の特許請求の範囲における請求項1の記載は次のとおりである(甲10。以下,この発明を「本願補正発明」という。また,本件補正後の本願の特許請求の範囲,発明の詳細な説明(甲9,甲10)を合わせて「本願明細書」ということがある。)。
【請求項1】マイコプラズマ・ハイオニューモニエ(Mycoplasma  hyopneumoniae)の感染に起因する,ヒト以外の動物における疾患または障害を治療または予防する方法であって,3~10日齢の動物に不活化されたマイコプラズマ・ハイオニューモニエ  ワクチンの有効量を単回投与することを含む,前記方法。
(2) 本件補正前の本願の特許請求の範囲における請求項1の記載は次のとおりである(甲11。以下,この発明を「本願発明」という。)
【請求項1】マイコプラズマ・ハイオニューモニエ(Mycoplasma 
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yopneumoniae)の感染に起因する,ヒト以外の動物における疾患または障害を治療または予防する方法であって,3~10日齢の動物にマイコプラズマ
ハイオニューモニエ  ワクチンの有効量を単回投与することを含む,前記方法。
▼3  審決の理由
(1)
別紙審決書写しのとおりである。その概要は以下のとおりである。
本願補正発明は,本願出願日前に頒布された刊行物である国際公開第92/03157号(甲1。以下「引用例」という。平成4年3月5日国際公開。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができず,本件補正は,平成18年法律第55号改正附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第5項において準用する同法126条5項の規定に違反するので,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下されるべきものである。
本願発明は,本願補正発明から「マイコプラズマ・ハイオニューモニエ  ワクチン」を限定する「不活性化された」との事項を省いたものであり,本願補正発明が,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も同様の理由により,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって,本願の請求項1に係る発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。本願は拒絶すべきものである。
(2)
審決が認定した引用発明の内容並びに本願補正発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
 引用発明の内容
マイコプラズマ・ハイオニューモニエによる感染に対してブタを免疫する方法であって,少なくとも,マイコプラズマ・ハイオニューモニエによる感染に対してブタを免疫するに有効な量の,バイナリー・エチレンイミンで不活性化された病原性
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の高いマイコプラズマ・ハイオニューモニエ分離株,および生理学的に許容し得る担体を含有するバクテリンの1回用量をブタに投与して,マイコプラズマ・ハイオニューモニエ感染に対してブタを免疫することを含む免疫方法。
 一致点
「マイコプラズマ・ハイオニューモニエの感染に起因する,ブタにおける疾患または障害を治療又は予防する方法であって,ブタに不活化されたマイコプラズマ・ハイオニューモニエ  ワクチンの有効量を投与することを含む,前記方法。」である点。
 相違点
(
) 相違点1
本願補正発明では,投与されるブタについて,「3~10日齢」のものに限定されるのに対し,引用発明では「3~10日齢」に限定されていない点。
(
) 相違点2
本願補正発明では,ワクチンの投与回数が「単回投与」に限定されるのに対し,引用発明では「単回投与」に限定されていない点。
◆第3  当事者の主張
▼1  審決の取消事由に係る原告の主張
審決は,引用例記載の発明の認定の誤り(取消事由1),相違点に関する容易想到性判断の誤り(取消事由2)があり,これらの誤りは,審決の結論に影響を及ぼすから,審決は取り消されるべきである。
(1)
引用例記載の発明の認定の誤り(取消事由1)
審決は,引用例記載の発明の内容を,上記第2の3の(2) のとおり,マイコプラズマ・ハイオニューモニエによる感染に対してブタを免疫する方法であって,投与時期について制限がない,また,バクテリンの投与回数が少なくとも1回,すなわち,投与回数にも制限がない,ブタを免疫する方法と認定した。
しかし,審決の認定は誤りである。

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  本願の優先日である平成13年7月2日の技術常識では,不活化ワクチンの接種により免疫を得るためには複数回のワクチン投与が必要であり,2回目のワクチン投与によって得られる抗体は,1回目のワクチン投与で得られる抗体に比べて,格段に優れた特徴を有することが認識されていた。すなわち,
(
) 不活化ワクチンで免疫を得るためには,複数回のワクチン投与が必要であることについて
甲17(予防接種の手びき)には「免疫を得るためには,何回かの接種を行う必要があり,免疫を持続させるため,数年間隔で追加booster 注射を要する。」との記載があり,ヒトに対する予防接種において,不活化ワクチンの接種により免疫を得るためには,複数回のワクチン投与が必要であることが示され,甲18(免疫学イラストレイテッド)には「脊椎動物の免疫系は,微生物等の非自己抗原を,精密かつ特異的に識別し排除すべく進化した,多くの器官と何種類もの細胞群とから成っている。」と記載され,脊椎動物は共通の免疫系を有することが示されている。
したがって,本願の優先日において,不活化ワクチンの接種により免疫を得るためには,複数回のワクチン投与が必要であることが,技術常識であったといえる。
() 2回目のワクチン投与によって得られる抗体は,1回目のワクチン投与で得られる抗体に比べて,格段に優れた特徴を有することについて
甲18には,1回目と2回目のワクチン投与によって得られる抗体の違いについて,「一次抗原刺激後の免疫応答と二次抗原刺激後の免疫応答を比較すると,主に以下の四つの点で異なる。すなわち,1.抗体産生の時間的経過:二次応答は,遅延期が短く,また,プラトー期と減衰期が長い。2.抗体価:二次応答におけるプラトー期の抗体価は,通常一次応答における抗体価の10倍かそれ以上の値に到達する。3.産生される抗体のクラス:一次応答においてはIgMクラスの抗体が大勢を占めるが,二次応答においてはIgGクラスの抗体が優位に産生される。4.産生抗体の親和性:二次応答における抗体の抗原との親和力は,一次応答における抗体のそれとくらべると,通常はるかに高い。この現象は,アフィニティ・マチュ
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レーションと呼ばれている。」との記載がある。
したがって,本願の優先日において,2回目のワクチン投与によって得られる抗体は,1回目のワクチン投与による抗体と比較して,格段に優れた特徴を有することが技術常識であったといえる。
 また,引用例の実施例には,1週齢と3週齢とに2回,不活化ワクチンをブタに投与する免疫方法のみが開示されており,不活化ワクチンを単回投与する免疫方法は記載されていない。
そうすると,引用例の特許請求の範囲に「20.マイコプラズマ・ハイオニューモニエによる感染に対してブタを免疫する方法であって,少なくとも請求の範囲第1項に記載のバクテリンの1回用量をブタに投与してマイコプラズマ・ハイオニューモニエ感染に対してブタを免疫することを含む免疫方法。」,発明の詳細な説明に「マイコプラズマ・ハイオニューモニエ感染に対してブタを免疫するために,バクテリンの少なくとも1回用量をブタに投与することを含む免疫方法をも提供する。」と記載されているとしても,これらは,少なくとも1回用量と述べるにとどまり,他の方法,特に,単回投与によりマイコプラズマ・ハイオニューモニエの感染に対する免疫をブタが得ることができるかについて開示するものではないというべきである。
 以上のことから,引用例記載の発明は,正しくは,「マイコプラズマ・ハイオニューモニエによる感染に対してブタを免疫する方法であって,マイコプラズマ
ハイオニューモニエによる感染に対してブタを免疫するに有効な量の,バイナリー・エチレンイミンで不活性化された病原性の高いマイコプラズマ・ハイオニューモニエ分離株,および生理学的に許容し得る担体を含有するバクテリンを,1週齢および3週齢に2回ブタに投与して,マイコプラズマ・ハイオニューモニエ感染に対してブタを免疫することを含む免疫方法」と認定されるべきである。
その結果,本願補正発明と引用例記載の発明との相違点は,「本願補正発明では,不活化ワクチンを3~10日齢に単回投与するのに対し,引用例に記載されている
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発明では,不活化ワクチンを1週齢と3週齢に2回投与する点」となるが,本願の優先日当時の上記技術常識,及び,引用例の上記記載からすると,当業者が,1週齢と3週齢とに2回不活化ワクチンを投与する方法から出発して,3~10日齢に不活化ワクチンを単回投与する方法に到達することには阻害要因があるというべきである。
 したがって,審決は,引用例記載の発明の認定を誤り,その結果,本願補正発明との相違点の認定及び容易想到性の判断を誤ったものである。
(2)
相違点に関する容易想到性判断の誤り(取消事由2)
審決は,本願補正発明と引用発明との相違点に係る本願補正発明の構成の容易想到性を判断するに当たり,「参考資料の記載を参酌すれば,生後間もない仔ブタにおける免疫系が未熟であるとの技術常識があったことが認められるものの,1週齢時点でバクテリン投与を行った場合に抗体を産生し得ないほどに免疫系が未熟であることが示されたわけではない。」,「産まれたときに摂取した母乳から獲得し,仔ブタの血液中に存在する抗体によって,ワクチン投与が不活性化されることに関して,挙げられた参考資料は,いずれもマイコプラズマとは生物学的に大きく異なる,ウイルスに対するワクチン投与について記載されたものであって,バクテリン投与時において不活性化されることが技術常識であったとすることはできない。」と認定し,本願補正発明は,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた旨判断した。
しかし,審決の認定した引用発明を前提としても,審決の判断は誤りである。
本願の優先日当時において,生後間もない動物においては,①免疫系が十分に発達していないため,ワクチンを投与しても免疫を得ることができない,②母親由来の抗体によりワクチンに働きが阻害されるとの2つの技術常識があり,これらは,当業者が引用発明から本願補正発明を想到することを阻害するから,相違点に係る本願補正発明の構成が容易想到であるとはいえない。すなわち,
 生後間もない動物においては,免疫系が十分に発達していないため,ワクチ
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ンを投与しても免疫を得ることができないことについて
審判手続において提出された平成23年4月25日付け回答書(以下「回答書」という。)添付の参考資料1ないし3(甲3ないし甲5)の記載によれば,本願の優先日において,3~10日齢の動物においては,抗体等の減少及び抗体機能の効率がよくないことにより,体液性免疫不全が生じるほどに免疫機能は低下し,感染症等の病気にかかりやすくなっているとの技術常識が,当業者に認識されていたといえる。すなわち,
(
) 参考資料1(甲3)
参考資料1は,新生動物は,通常,生後2,3週間で,免疫能力を発達させるものの,生後すぐは有効な免疫応答を開始する能力が欠如し,病気にかかりやすくなっていることが知られていたのに対して,有効な予防方法を策定し,それを適切な時期に実施することを目的として,最も罹患し易い時期の特定や機能欠如の性質の調査を行ったものである。
抗体に関連する細胞であるBリンパ球(B細胞と同じ細胞のことであり,抗原刺激を受けることにより,抗体産生細胞へと分化する。)の量を確認するために,Bリンパ球のリポ多糖体(Bリンパ球に働き分裂を促す物質)に対する応答を調べたものの,生後2週までの間,実質的に確認できなかったことが示されており,これよれば,生後2週までの間は,ワクチンに応答するB細胞の数が確認できないほど少なく,B細胞の分化細胞である抗体産生細胞も同様あるいはそれより少なくなるから,3~10日齢の動物にワクチンを投与しても,産生される抗体量が通常よりも極めて少なくなるといえる。
したがって,参考資料1には,生後すぐは,免疫応答を開始する能力が欠如し,病気にかかりやすくなっているが,その原因の一つとして,抗体産生細胞に分化する前の細胞であるB細胞の数が,検出することができないほどに少なくなっていることが開示されているといえる。
(
) 参考資料2(甲4)
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参考資料2は,新生及び仔ブタにみられる免疫不全が,いかなる原因により生じているのかについて研究したものであり,この研究の時点で,新生および生後間もない仔ブタに,体液性免疫不全が生じるということは,公知の事実であった。この研究においても,生後4週間,免疫不全が血清における抗体の濃度において観察されるという結果が示されている。
したがって,参考資料2は,生後2週までの間は,体液性免疫不全となるほどに,免疫機能が低下することを記載している。これは,免疫不全となった場合には,感染症に罹患しやすくなることから,細菌に対する免疫は機能しなくなっていることを意味する。
(
) 参考資料3(甲5)
参考資料3は,胎児及び生後間もないブタの免疫について,子宮において自然及び獲得免疫の全ての要素は発達し,生誕時に機能はするが,一般的に,大人のブタより,効率がよくない旨が記載される。獲得免疫とは,微生物感染等により,後天的に獲得する特異的免疫のことで,感染や予防接種などで成立する免疫がこれに相当し,体液性免疫,すなわち抗体等により媒介される免疫もこれに含まれる。
したがって,参考資料3には,胎児および生後間もないブタの抗体の機能について,大人のブタより効率がよくないことが,記載されているといえる。
 生後間もない動物においては,母親由来の抗体により,ワクチンの働きが阻害されることについて
甲20には,「母親由来の抗体によるワクチン反応の阻害は,麻疹ワクチンに限定されるわけではない。他の,生ワクチン(小児まひ3,4)あるは非生ワクチン(破傷風,ジフテリア,百日咳,HIB5-12)についても記載がある。」との記載があり,細菌においても,母親由来の抗体によりワクチンの反応が阻害されることは,本願の優先日における技術常識といえる。
この点,審決は,マイコプラズマはウイルスと生物学的に大きく異なるということのみを理由として,ウイルスに関する知見をマイコプラズマには適用できない旨
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判断した。
しかし,審決の判断は誤りである。審決は,いかなる点でマイコプラズマとウイルスが生物学的に異なるかについて説明せず,どのようなメカニズムによって,母親由来の抗体によってマイコプラズマワクチンは不活性化されないかという論理的な説明や証拠の提示もしていない。マイコプラズマやウイルスを不活化したワクチンは,不活化したことにより,感染能力,増殖能力等,本来の生物学的機能は失われ,動物の免疫系にとっては,どちらも生体外の異物である物質になる。抗体によるワクチンの不活性化,すなわち,抗体がワクチンを認識して結合するという反応において,抗体は,ワクチンの表面を構成するタンパク質や多糖類といった物質を認識しているにすぎないから,抗体にとっては,表面がタンパク質や多糖類等の物質という点で,マイコプラズマもウイルスも同じ物である。
 したがって,審決は,相違点に係る本願補正発明の構成の容易想到性判断に誤りがある。
▼2  被告の反論
原告の主張する取消事由は,以下のとおり,いずれも理由がなく,審決に取り消されるべき違法はない。
(1)
取消事由1(引用例記載の発明の認定の誤り)に対し
原告は,①本願の優先日において,不活化ワクチンの接種により免疫を得るためには複数回のワクチン投与が必要であり,2回目のワクチン投与によって得られる抗体は,1回目のワクチン投与で得られる抗体に比べて,格段に優れた特徴を有することは技術常識である,②引用例の実施例には,バクテリンを1週齢と3週齢とに2回,不活化ワクチンをブタに投与する免疫方法のみが開示されており,不活化ワクチンを単回投与する免疫方法は記載されていないとして,「審決は,引用例記載の発明の認定を誤り,その結果,本願補正発明との相違点の認定及び容易想到性の判断を誤ったものである」旨主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。

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  上記①の主張に対し
甲8,乙1(回答書添付の参考資料6)には,不活化ワクチンの単回投与で免疫が得られる場合のあることが示されているといえるから,「不活化ワクチンで免疫を得るためには,複数回のワクチン投与が必要である」ことが,本願の優先日における技術常識であったとはいえない。
また,甲18には,ワクチンに限らない,抗原による刺激に対する免疫応答の一般論が記載され,ワクチンを含めた抗原で刺激した場合,一次抗原刺激であれ二次抗原刺激であれ,病原性により免疫機構が回復し得ないほどの障害を受けない限り,甲18記載のような免疫応答がなされるものといえる。そして,ワクチンを投与する場合,単回投与で有効なものもあるから(甲8,乙2),複数回のワクチン投与が必須とはいえない。そうすると,「2回目のワクチン投与によって得られる抗体は,1回目のワクチン投与で得られる抗体に比べて,格段に優れた特徴を有する」とか,技術常識として2回のワクチン投与が必要であるとはいえず,引用例にワクチンを単回投与することが記載されていないともいえない。
したがって,上記①の原告の主張は失当である。
 上記②の主張に対し
引用例の実施例である例4は,「最小防御投与量」に関する研究において,バクテリンの「投与量」を増減させて試験した結果に基づいて「最小防御投与量」を求めたものであり,バクテリンの投与回数に着目して指針を導き出したものではない。
そして,表6記載の測定値及び例4における考察から結論づけることができるのは,ワクチンの2回投与時において,投与される抗原量によって免疫を得ることができること,すなわち,抗原量が不足すれば当然の結果として免疫を得ることができないという点にとどまり,単回投与では免疫を得ることができないことについては何ら記載も示唆もされていない。また,表5に示されている数値では,バクテリン投与に関する定性的傾向は理解できるが,「実際の時間経過や抗体価は,抗原の種類や抗体産生を行なう動物の種によって異なる」ものであり(甲18),表5におけ
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る4週齢又は7週齢の抗体価が,甲18の図8.2における二次応答のピーク,すなわちプラトー期のものに対応することは明らかにされていないから,4週齢又は7週齢の抗体価に基づいて一次応答における抗体価を推定することはできない。表5における3週齢の抗体価が1週齢のものと比べて低いとしても,試験対象として用いたブタの「抗体産生の時間的経過」が不明であり,1週齢における単回投与と1週齢及び3週齢の2回投与とで比較した結果が引用例に記載されていないから,引用例の実施例が,直ちに単回投与を否定するものとはいえない。
したがって,引用例の実施例には,引用例に不活化ワクチンを単回投与する方法が記載されていないとはいえない。また,本願の優先日当時,単回投与で効果を奏しないとの技術常識があったとすべき事情もない。そうすると,「少なくとも1回用量をブタに投与する」,「好ましくは2回ブタに投与される」との記載からしても,引用例にはバクテリンを1回又は2回以上投与することが開示されていると理解するのが自然である。
上記②の原告の主張も失当である。
 よって,審決の引用発明の認定に誤りはない。
(2)
取消事由2(相違点に関する容易想到性判断の誤り)に対し
原告は,本願の優先日において,①3~10日齢の動物においては,抗体等の減少及び抗体機能の効率がよくないことにより,体液性免疫不全が生じるほどに免疫機能は低下し,感染症等の病気にかかりやすくなっているとの技術常識,及び,②生後間もない動物においては,母親由来の抗体により,ワクチンの働きが阻害されるとの技術常識があり,上記の2つの技術常識は,当業者において,引用発明から本願補正発明を想到することを阻害するから,相違点に係る本願補正発明の構成が容易想到であるとはいえない旨主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
 上記①の技術常識の主張に対し
原告の上記①の技術常識に関する主張は,回答書添付の参考資料1ないし参考資
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料3(甲3ないし甲5)に基づくものであるが,以下のとおり,理由がない。
(
) 参考資料1(甲3)について
甲3の図3の右端の図に示されているのは,生後最初の2週間におけるB細胞の「増殖」が少ないことであり,B細胞で「産生される抗体量」が少ないことではない。また,IL6はBリンパ球により産生されるが,生後1週齢のブタは既にIL6を産生していたのであるから,生後1週齢のブタにはB細胞が十分な数存在しているといえる(甲3の114頁,乙3)。
(
) 参考資料2(甲4)について
甲4には,新生及び生後間もない仔ブタに体液性免疫不全が生じることが,過去の知見として記載されるが,その直後に,その後の知見として,逆に,新生ブタのB細胞がイン・ビボでの暴露による高い濃度の抗原投与に対し,加齢ブタの場合に匹敵する体液性応答にて反応する能力があることが示されている(甲4の868頁左欄,乙4)。ここでいう「体液性応答」とは抗原の投与に対する体液性の応答を意味し,「体液性免疫」(甲19)に相当するものといえる。そうすると,甲4は,新生ブタに対して高い濃度の抗原を投与すれば十分な体液性免疫が得られること,新生ブタに対してマイコプラズマの不活化ワクチンを投与した場合に抗体が産生されることを記載ないし示唆したものといえる。
(
) 参考資料3(甲5)について
甲5には,生後間もない子ブタに対する感染物質への暴露後,一次抗体又は細胞媒介性免疫反応が発達するのに7~10日を要すること,及び,この期間,感染への抵抗は,生来の防御機構,及び,大人の雌ブタから子ブタへ受動的に移行される抗体に依存することが記載されている(甲1の808頁,乙5)。この記載は,例えば生後3日齢のブタにワクチンを投与すれば7日後の10日齢までは大人の雌ブタの免疫機構により,それ以後は発達した一次抗体又は細胞媒介性免疫反応により感染に対する抵抗を示す場合があるものと解することができる。そうすると,甲5は,抗原の暴露時期を適切に選択することで,生後間もない子ブタであっても,ワ
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クチン投与の直後は大人の雌ブタの免疫機構により,その後は一次抗体又は細胞媒介性免疫反応により,それぞれ感染防御が行われることを記載したものといえる。
(
) したがって,本願の優先日において,上記①の技術常識があるとはいえない。
 上記②の技術常識の主張に対し
ウイルス表面等,抗原としての機能,すなわち免疫原性を示す部分である抗原基の構造が生物種により異なることは明らかであり(乙6の82ないし84頁,86頁),不活化の処理が行われた場合,感染性や毒性が消失するだけでなく,免疫原性が低下することもあることは当業者に知られている(乙7の22頁)。
また,マイコプラズマとウイルスとは免疫原性を示す部分の構造が異なることが明らかであり,免疫原性を示す部分が不活化処理によってどのような影響を受けているのかが明らかではないから,ウイルスのワクチン投与に対して母親由来の抗体がワクチンの働きを阻害することが示されたからといって,マイコプラズマのワクチンにおいても母親由来の抗体がワクチンの働きを阻害することが明らかにされたとはいえない。
この点,原告は甲20の記載から,「母親由来の抗体の作用が,ウイルスのみならず,細菌においてもみられる技術常識として認識されていた」旨主張するが,その記載の直後には,その内容と矛盾する多くの報告があったこと,及び,結果として,新しいワクチン候補が母親由来の免疫により負の影響を受けそうか否かを予測することは今のところ難しいことが記載されている(甲20の1409頁右欄,乙8)から,甲20によって,マイコプラズマのワクチンにおいても母親由来の抗体がワクチンの働きを阻害することが技術常識として認識されていたとはいえない。
したがって,上記②の技術常識があるとは認められない。
 よって,審決の相違点に関する容易想到性判断に誤りはない。
◆第4  当裁判所の判断
当裁判所は,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消すべき違法はないものと判断する。その理由は以下のとおりである。

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  取消事由1(引用例記載の発明の認定の誤り)について
原告は,「審決は,引用例記載の発明の認定を誤り,その結果,本願補正発明との相違点の認定及び容易想到性の判断を誤ったものである」旨主張するので,以下,検討する。
(1)
認定事実
 引用例(甲1・抄訳)には次の記載がある。
(請求の範囲) 1.  マイコプラズマ・ハイオニューモニエによる感染に対してブタを免疫するに有効な量の,バイナリー・エチレンイミンで不活性化された病原性の高いマイコプラズマ・ハイオニューモニエ分離株,および生理学的に許容し得る担体を含有するバクテリン。・・・ 20.  マイコプラズマ・ハイオニューモニエによる感染に対してブタを免疫する方法であって,少なくとも請求の範囲第1項に記載のバクテリンの1回用量をブタに投与してマイコプラズマ・ハイオニューモニエ感染に対してブタを免疫することを含む免疫方法。・・・
(1頁)
・・マイコプラズマ性肺炎からブタを保護するためのワクチンを提供する多くの試みがなされている。しかしながら,そのようなワクチンは成功したことがなく,この疾患は広く残存している。
(11頁,12頁)
・・・この発明は,マイコプラズマ・ハイオニューモニエによる感染に対してブタを免疫する方法であって,マイコプラズマ・ハイオニューモニエ感染に対してブタを免疫するために,バクテリンの少なくとも1回用量をブタに投与することを含む免疫方法をも提供する。・・・このバクテリンは,好ましくは2回ブタに投与される。その1回はブタの誕生後約1週間,もう1回は約3週間である。・・・
(38頁,39頁)
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例4
この例においては,1ml当り7.08.09.09.25 および10.0 log10M.ハイオニューモニエDNA細胞等量(MHDCE)を含有するマイコプラズマ・ハイオニューモニエ・バクテリンを,最小防御投与量(MPD)研究において評価した。
これらのバクテリンを,1および3週齢のブタに2ml筋肉内注射により投与した。
抗原投与に対する有意(p<0.05)の防御を,1ml当り≧9.0log10MHDCEを含有するバクテリンにより引き出した。
・・・1週齢のブタ128匹を,各々16匹のブタからなる8つの処置群に配置した。・・・3つの群には接種をしなかった。他の5つの群のそれぞれには,5種のバクテリンのうちの1種を与えた。右耳の後ろの首の筋肉への2ml筋肉内(IM)注射として,ワクチンを投与した。2週間後,首の左側で注射を繰り返した。
・・・4週齢の時点で,ワクチン接種およびワクチン非接種群(NV/CH)の動物に病原性の高いM.ハイオニューモニエを抗原投与した。別に収容された第3のワクチン非接種群(NV/NC)は,抗原投与しないまま残した。
1,3,4および7週齢時の試験の際に各ブタから血清資料を得た。M.ハイオニューモニエに対する抗体を,・・・ELISAにより定量した。・・・ ELISAによる結果を表5(判決注  別紙表5である。)に示す。・・・
(40頁)
これらの結果は,1ml当り≧9.0log10MHDCEを含有するバクテリンが,M.ハイオニューモニエ循環抗体力価を効果的に引き出すことを示唆している。・・・ワクチン接種により引き出された%防御が投与量の増加に伴って増加したことは明らかである。T検定分析は,1ml当り≧9.0log10MHDCEを含有するバクテリンを用いて有意(p<0.05 )の防御が達成されたことを明らかにした。
 甲17(「予防接種の手びき」昭和61年第五版発行)には次の記載がある。
・・免疫を得るためには,何回かの接種を行う必要があり,免疫を持続させるため,数年間隔で追加booster 注射を要する。・・・
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  甲18(「免疫学イラストレイテッド」平成2年発行)には次の記載がある。
▼2  免疫系の細胞
脊椎動物の免疫系は,微生物等の非自己抗原を,精密かつ特異的に識別し排除すべく進化した,多くの器官と何種類もの細胞群とから成っている。・・・
▼8  抗体産生における細胞間相互作用
・・一次抗原刺激後の免疫応答と二次抗原刺激後の免疫応答を比較すると,主に以下の四つの点で異なる。すなわち, 1.抗体産生の時間的経過:二次応答は,遅延期が短く,また,プラトー期と減衰期が長い。
2.抗体価:二次応答におけるプラトー期の抗体価は,通常一次応答における抗体価の10倍かそれ以上の値に到達する。
3.産生される抗体のクラス:一次応答においてはIgMクラスの抗体が大勢を占めるが,二次応答においてはIgGクラスの抗体が優位に産生される。
4.産生抗体の親和性:二次応答における抗体の抗原との親和力は,一次応答における抗体のそれとくらべると,通常はるかに高い。この現象は,アフィニティ・マチュレーションと呼ばれている。
 甲8・抄訳,乙1(回答書添付の参考資料6  昭和48年発行)には次の記載がある。
(タイトル)
ブタマイコプラズマ肺炎:種々の投与ルートと異なったアジュバントによるマイコプラズマ-スイニューモニエ抗原の予防接種の試み
(458頁  結果  実験1)
この予備的実験の目的は,投与ルートがこの分野で実用的ではないという事実にも関わらず,何らかの防御が2匹のブタ(7から8週齢)誘導されるか否かを見ることであった。
(458頁  実験2)
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実験1は,防御が可能であろうことを示唆する。
(460頁,460頁)
実験4
実験3では,単回皮下注射のほうが2回皮下注射より予防的なようであった。この予想外の結果は,予防の程度の高さは予防接種から抗原投与までの間隔に関係している可能性があることを示唆している。したがって,この4番目の実験では,単回予防接種及び2回予防接種の両方で,接種2週間後又は4週間後のいずれかの時点での抗原投与の影響を比較した。実験3と同様,2回注射を実施する場合は,7日間の間隔を空けた。
抗原は,実験1及び2と同様にホルマリン処理し,アジュバントは実験3と同様にベイオール及びアラセルを用いたが,この実験では,すべての注射はアジュバントありで実施した。実験1で使用したものと同等のブタ20頭を体重により釣り合いのとれた5つの群に分け,そのうちの1群を対照群とした。・・・
肺炎病変の発生率と程度,及びマイコプラズマスコアを組み合わせて各群を比較した場合,最終回注射の2週間後に抗原投与されたブタは予防されなかった一方で,4週間後に抗原投与されたブタでは,肺炎/マイコプラズマスコアは低かったようである。すなわち,結果は,一部に予防効果がみとめられた後者の群と一致した。
ただし,これらの知見は有意ではなかった(P>0.1 )。しかし,この実験により,実験3で得られた単回予防接種は2回の予防接種より予防効果が高いという示唆が裏付けられたことは興味深い。また,この2つの実験の結果を組み合わせた場合,この知見は,統計的に有意であった(P<0.05)。・・・
  乙2(「免疫学イラストレイテッド」(原書第5版)平成12年発行)には次の記載がある。
集団接種に使用されるワクチン
疾病                ワクチン            備考
・・
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麻疹                                    12~18か月で混合投与
耳下腺炎              弱毒化            (MMR)
風疹
・・
図19.12    ・・・
(2)
判断
 上記(1) 認定の事実によれば,引用例には,「少なくとも請求の範囲第1項に記載のバクテリンの1回用量をブタに投与してマイコプラズマ・ハイオニューモニエ感染に対してブタを免疫することを含む免疫方法」,「この発明は,マイコプラズマ・ハイオニューモニエによる感染に対してブタを免疫する方法であって,マイコプラズマ・ハイオニューモニエ感染に対してブタを免疫するために,バクテリンの少なくとも1回用量をブタに投与することを含む免疫方法をも提供する」と記載されている。上記記載の通常の意味からすれば,引用例記載の発明は,マイコプラズマ・ハイオニューモニエによる感染に対してブタを免疫する方法を提供するものであって,その方法として,バクテリンを単回投与する免疫方法を含むものと理解される。
一方,引用例には,「このバクテリンは,好ましくは2回ブタに投与される。その1回はブタの誕生後約1週間,もう1回は約3週間である」との記載があり,単回投与の実施例の記載はなく,実施例である例4には,1週齢と3週齢との2回,不括化ワクチンをブタに投与する免疫方法のみが開示されているが,好ましい実施例として2回投与の免疫方法が記載されているからといって,それだけで,当該免疫方法のみが引用例に開示されているということはできない。
したがって,引用例に,少なくとも,バクテリンの1回用量をブタに投与する免疫方法が記載されている旨を認定した審決に誤りはないというべきである。
 これに対し,原告は,①本願の優先日において,不活化ワクチンの接種により免疫を得るためには複数回のワクチン投与が必要であり,2回目のワクチン投与
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によって得られる抗体は,1回目のワクチン投与で得られる抗体に比べて,格段に優れた特徴を有することは技術常識である,②引用例の実施例には,バクテリンを1週齢と3週齢とに2回,不活化ワクチンをブタに投与する免疫方法のみが開示されており,不活化ワクチンを単回投与する免疫方法は記載されていないとして,審決の引用例記載の発明の認定の誤りを主張する。
(
) 上記①の主張について   上記(1)イ,ウ によれば,甲17には,ヒトが,免疫を得るためには複数回の接種を行う必要があること,甲18には,ヒト,ブタなどの脊椎動物の免疫系は,微生物等の非自己抗原を精密かつ特異的に識別し排除すべく進化したことが,それぞれ示されているといえる。一方,上記(1)エ,オ によれば,本願の優先日当時においても,ブタやヒトについて,単回投与で有効なワクチンもあるとの知見も示されているといえる。
そうすると,免疫を付与し維持するために追加接種が有効であるという一般論としての技術常識が存在するとしても,それが,引用例の記載の「1回用量をブタに投与」を除外して,実施例に記載された2回投与の発明しか把握できないほどの絶対的な知見とは認められない。特に,甲8・乙1は,引用例公開前に発行された論文であるから(上記(1) ),引用例において,1回用量を投与することを実質的に除外したとか,形式的に記載したのみであるということはできない。
  また,上記(1) によれば,一次抗原刺激後の免疫応答と二次抗原刺激後の免疫応答を比較すると,抗体産生の時間的経過,抗体価,産生される抗体のクラス及び産生抗体の親和性の点で,二次抗原刺激後の免疫応答の方が優れており,2回目のワクチン投与によって得られる抗体が,1回目のワクチン投与によって得られる抗体より,優れた特徴を有することが記載されているといえる。
しかし,「2回目のワクチン投与によって得られる抗体は,1回目のワクチン投与で得られる抗体に比べて,格段に優れた特徴を有する」との技術常識が存在するとしても,上記aに照らすならば,当業者は,2回以上のワクチン投与が必須であ
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るとは考えず,生体防御に足りる免疫が付与できる最低限の接種回数を採用することがあるものと解される。
  したがって,原告主張の上記①の技術常識があるとしても,審決の引用発明の認定に誤りとする根拠になるとはいえない。
(
) 上記②の主張について
上記アのとおり,好ましい実施例として2回投与の免疫方法が記載されているというだけで,当該免疫方法のみが引用例に開示されているということはできない。
また,上記(1) によれば,引用例記載の実施例である例4は,投与回数に着目した実験ではなく,生体防御のためのワクチン投与の最小量を検討したものである。
この実験では,種々の投与条件を変化させて単回投与した場合の結果と2回投与した場合の結果を比較したものではないから,単回投与によっては,いかなる条件でも2回投与した場合以上の免疫効果が得られないことが示されたとはいえない。そうすると,この実験において1回目のワクチン投与により得られた抗体価が小さかったことは,1回目のワクチン投与量を評価するための材料とはなり得ても,単回投与を否定する根拠にはなり得ない。
したがって,引用例の実施例の記載をみても,審決における引用発明の認定が誤りであるとは認められない。
 以上のとおり,原告の主張は理由がなく,審決の引用発明の認定に誤りがあるとはいえない。
▼2  取消事由2(相違点に関する容易想到性判断の誤り)について
原告は,本願の優先日において,①生後間もない動物においては,抗体等の減少及び抗体機能の効率がよくないことにより,体液性免疫不全が生じるほどに免疫機能は低下し,感染症等の病気にかかりやすくなっているとの技術常識,及び,②生後間もない動物においては,母親由来の抗体により,ワクチンの働きが阻害されるとの技術常識があり,上記の2つの技術常識は,当業者において,引用発明から本願補正発明を想到することを阻害するから,相違点に係る本願補正発明の構成が容
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易想到であるとはいえない旨主張する。
(1)
上記①の主張について
 原告は,甲3には,ブタは,生後2週までの間は,ワクチンに応答するB細胞の数が確認できないほど少ないことが開示されている旨主張する。
しかし,甲3の図3の右端の図は,B細胞分裂促進因子であるLPSの刺激によるB細胞の増殖を,放射性標識チミジンの取り込み量(cpm)として示したものであって,細胞数を示したものではない。また,甲3には,同図について,「注目すべきは,LPSにより刺激された,1週齢のブタからの細胞では,この時とても弱いBリンパ球の増殖しか観察されなかったにもかかわらず,既にIL6を産生していたことである(図3参照)。このことは,細胞増殖の誘導とインターロイキン産生の閾値とは異なることを示す。」と記載されている(乙3)。すなわち,甲3には,増殖能がまだ低いB細胞であってもIL6を産生していたことが開示されているのであるから,1週齢においてもB細胞は相当量存在し,活性を発揮していることがわかる。少なくとも,ワクチンへ応答しないほど免疫系が未熟であることを示すとはいえない。
 原告は,甲4には,新生および生後間もないブタに体液性免疫不全が生じることが開示されている旨主張する。
しかし,甲4の868頁左欄には「誕生から4週目にわたる期間の免疫不全が,T細胞依存性抗原である卵白リゾチームの低抗原量に曝された若い豚から得られた血清における抗体濃度および血中単核細胞のインビトロ増殖反応において観察された。」との記載があるものの,同頁左欄ないし右欄には,「かつては,新生および生後間もない仔ブタの,特異的なインビボ抗原チャレンジに対する暴露や,インビトロのヤマゴボウマイトジェン(PWM)によるポリクローナルB細胞刺激に対する体液性応答における不全が報告されてきた。しかしながら,新生ブタのB細胞はリポポリサッカライドによるイン・ビトロでの直接の刺激に十分に反応する能力がある。そのようなB細胞はイン・ビボでの暴露による高い濃度の抗原投与に,加齢
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ブタの場合に匹敵する体液性応答にて反応する能力がある。これらの相違は新生ブタのB細胞は抗原に反応する能力があること,及び,新生ブタの免疫機構におけるT細胞成分は検出された不全の源となりうることを示唆する。」との記載があり,新生ブタのB細胞が高い濃度の抗原投与に対して,加齢ブタに匹敵する体液性応答をすることが記載されているといえる(乙4)。すなわち,甲4は,新生及び生後間もないブタは,少なくとも高い濃度の抗原投与に対しては十分に体液性の免疫応答をする能力があることを示すものといえる。
 さらに,原告は,甲5の808頁左欄には,胎児及び生後間もないブタの免疫は成体ブタより効率がよくないことが開示されている旨主張する。
しかし,甲5の808頁左欄には,「自然および獲得免疫系の全ての要素は子宮内で発達し,そして誕生時に機能する。しかしながら,それらの要素は一般的に,大人よりも効率がよくない・・・。正常な新生児の仔ブタはまだ抗原に曝されていないので,いずれの感染性物質に対しても,液性あるいは細胞性免疫反応をまだ発達させていない。」と記載される一方,「感染物質への暴露後,一次抗体又は細胞媒介性免疫反応が発達するのに7~10日を要する。この期間,感染への抵抗は,生来の防御機構,及び,大人の雌ブタから子ブタへの受動的に移行される抗体に依存する。」と記載される(乙5)。すなわち,生後間もないブタに感染性物質を投与した後,一次抗体や細胞媒介性免疫反応が発達するのに7ないし10日を要することが記載されているから,たとえ効率がよくないとしても,抗原投与後7ないし10日では免疫応答することが示されているといえる。
 以上によれば,甲3ないし甲5は,原告主張の技術常識を裏付けるとはいえない。むしろ,生後間もないブタは,発達途上のため成体ブタには多少劣るとしても,免疫系が機能することを示すものと認められるから,原告の主張は理由がない。
したがって,甲3ないし甲5によっても,3~10日齢の動物に単回投与するという本願補正発明の構成を選択することを阻害するとまでは認められない。
(2)
上記②の主張について
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甲20(タイトル「母親由来の抗体の存在下におけるワクチンに対する乳児の反応の決定要因」)の1409頁には,「様々な程度の臨床的意義があるものの,免疫時における母親由来の抗体の存在が,多くの場合,有効な幼児の免疫付与を阻害することが知られている。」と記載される一方,「母親由来の抗体によるワクチン反応の阻害は,麻疹ワクチンに限定されるわけではない。他の,生ワクチン(小児麻痺3,4)あるいは非生ワクチン(破傷風,ジフテリア,百日咳,HIB5-12)についても記載されている。しかしながら,多くの矛盾する報告がこの現象の関連する生物学的及び臨床的重要性に関し,わかりにくい状況をもたらした。実際に,抗原の特性や投与量,ワクチン投与の回数,免疫付与の時期,抗体検出の方法,及び乳児への免疫付与時の母親由来の抗体の度合いを含む,報告される研究の間で変わる多くの要因が母親由来の抗体が存在下での免疫付与の効果に影響を与えているようだ。動物モデルでいくつかの研究がワクチン反応における受動免疫の阻害効果の生物学的観測を確認したが,いまだにこの阻害のための免疫機構の包括的な理解をもたらすことができなかった。結果として,新しいワクチン候補が母親由来の免疫により負の影響を受けそうか否かを予測することは今のところ難しい。」との記載もある(乙8)。すなわち,原告主張の技術常識と矛盾する多くの報告もあり,その結果,新しいワクチン候補が母親由来の免疫により負の影響を受けそうか否かを予測することが難しいことが示されているといえる。
そうすると,本願の優先日当時において,生後間もない動物において,母親由来の抗体によりワクチンの働きが阻害されることが一般論としてあるとしても,他方で,母親由来抗体の影響を予測することが困難であるとの技術常識もあったということができる。したがって,原告主張の技術常識が,3~10日齢の動物に単回投与するという本願補正発明の構成を選択することを阻害するとまではいえない。
(3)
以上のとおり,原告主張の技術常識が,当業者において引用発明から本願補正発明を想到することを阻害するとはいえず,相違点に係る本願補正発明の構成が容易想到であるとはいえないとの原告の主張は理由がない。

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    小括 
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消すべき違法はないものと判断される。原告は,他にも縷々主張するが,いずれも採用の限りでない。
◆第5  結論
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所 第3部 裁判長裁判官芝田俊文 裁判官岡本岳 裁判官武宮英子
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別紙111

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