「甘味を呈さない量」が不明確と判断された事例(渋味のマスキング方法)


<判決紹介>
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「甘味を呈さない量」が不明確と判断された事例。 この事例はちょっと特殊条件下ではあるものの、こういう数値を使わずに量を限定する場合って医薬分野でもたまにあるように思います。 特に外内で。 有効審決取消。 ☆☆☆☆
平成25(行ケ)10172号 審決取消請求事件
平成26326日判決言渡、知的財産高等裁判所
原告: 株式会社JKスクラロースジャパン
被告: 三栄源エフ・エフ・アイ株式会社
特許: 特許第3938968
請求項1
 茶,紅茶及びコーヒーから選択される渋味を呈する飲料に,スクラロースを,該飲料の0.00120.003重量%用いることを特徴とする渋味のマスキング方法。
請求項1(訂正):
 茶,紅茶及びコーヒーから選択される渋味を呈する飲料に,スクラロースを,該飲料の0.00120.003重量%の範囲であって,甘味を呈さない量用いることを特徴とする渋味のマスキング方法。
裁判所の判断:
「第当裁判所の判断
・・・。
  2 
取消事由2(明確性要件についての判断の誤り)について
    (1)
審決は,「本件訂正特許明細書には甘味閾値の定義はされていないが,甘味閾値は,乙第15号証の記載(閾値の測定),乙第16号証の記載(アスパルテームの甘味閾値の測定),甲第10号証の記載(スクラロースの甘味の閾値測定)並びに乙第14号証の測定データ(スクラロースの甘味閾値が極限法で測定されている),被請求人の主張(口頭審理調書,平成25321日付け上申書第512行参照)によれば,極限法により求められるものであり,濃度の薄い方から濃い方に試験し(上昇系列),次に濃度の濃い方から薄い方に試験し(下降系列),平均値を用いて測定するのが一般的であると認められることから,本件訂正特許明細書に具体的測定方法が定義されていなくとも,本件出願当時の技術常識を勘案すると不明確であるとまで断言することはできない。」と判断した。これに対し,原告は,甘味閾値の測定方法として,極限法以外にも恒常刺激法,調整法などの方法があるから,極限法が一般的であるとはいえず,また,極限法という同じ測定方法を用いても甘味閾値は変動するものであるから,訂正発明は,不明確であり,審決の判断は誤りである旨主張する。
・・・。
 
そうすると,当業者は,同一の測定方法を用いた極限法によるスクラロース水溶液の甘味閾値であっても,2つの文献で約1.6倍異なる数値が記載されている上,訂正発明における各種飲料における甘味閾値の測定は,スクラロース水溶液に比べてより困難であるから,測定方法が異なれば,甘味閾値はより大きく変動する蓋然性が高いとの認識のもとに訂正明細書の記載を読むと解するのが相当である。
 
したがって,甘味閾値の測定方法が訂正明細書に記載されていなくとも,極限法で測定したと当業者が認識するほど,極限法が甘味の閾値の測定方法として一般的であるとまではいえず,また,極限法は人の感覚による官能検査であるから,測定方法等により閾値が異なる蓋然性が高いことを考慮するならば,特許請求の範囲に記載されたスクラロース量の範囲である0.00120.003重量%は,上下限値が2.5倍であって,甘味閾値の変動範囲(ばらつき)は無視できないほど大きく,「甘味の閾値以下の量」すなわち「甘味を呈さない量」とは,0.00120.003重量%との関係でどの範囲の量を意味するのか不明確であると認められるから,結局,「甘味を呈さない量」とは,特許法3662号の明確性の要件を満たさないものといえる。
    (2)
被告は,「甘味閾値は,一般的で確立した試験方法である極限法によって測定できるものであり,他にもよく知られた試験方法が存在するからといって甘味閾値が不明確になるものではない。極限法でも恒常刺激法でも,試験の原理上,同等の結果が得られることは明白である。測定には,常に誤差が伴い,各条件に応じて適した測定方法が異なるという常識があるが,だからといってこれによって測定される物理量の値が不明確などということもない。したがって,訂正発明は,不明確ではない。」旨主張する。
 
そこで検討するに,被告による試験結果である甲25には,訂正明細書の実施例4を追試した際のコーヒーにおけるスクラロースの甘味閾値は0.00169%と記載されており,この値は,訂正発明の「0.00120.003重量%」の範囲内の数値であるが,渋味のマスキング効果を確認したスクラロースの添加量は0.0016%であり,甘味の閾値と非常に接近している。
 
そうすると,上記のように「0.00120.003重量%」の範囲に甘味閾値が存在する場合には,特に正確に甘味閾値を測定する必要があり,誰が測定しても「甘味を呈さない量」であるか否かが正確に判別できるものでなければならない。
 
しかし,甘味閾値の測定は人の感覚による官能検査である以上,被告が主張するように,測定方法等が異なっても同等の結果が得られることは明白であるとする客観的根拠は存在せず,測定方法の違い等の種々の要因により,甘味閾値は異なる蓋然性が高く,被験者の人数や習熟度等に注意を払ったとしても,当業者が測定した場合に,「甘味を呈さない量」であるか否かの判断が常に同じとなるとはいえない。  
 
したがって,被告の主張は採用できない。
    (3) 
小括
 
以上によれば,「『甘味を呈さない量』が訂正明細書に定義されていないことによっては,訂正発明は不明確であるとまで言うことができない。」との審決の判断には誤りがある。」




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