<知財高裁> サポート要件は課題解決の合理的な期待が得られる程度の記載があればOKと判断された事例

 判決紹介 

・平成30年(行ケ)第10158号 審決取消請求事件(A事件)
・平成30年(行ケ)第10113号 審決取消請求事件(B事件)
・令和2年7月2日判決言渡
・知的財産高等裁判所第3部 鶴岡稔彦 上田卓哉 石神有吾
・A事件原告・B事件被告:アメリカ合衆国
・A事件被告・B事件原告:高田製薬株式会社
・特許4162491
・発明の名称:ボロン酸化合物製剤

 コメント 

特許4162491に対する無効審判(無効2016-800096)の審決取消訴訟のご紹介です。
特許権者はアメリカ合衆国です。
無効審判では、訂正後の請求項17等について、サポート要件を満たさず「無効」と判断されていました。アメリカ合衆国は、無効と判断された部分の取消しを求めて訴えを提起しました(A事件)。
本件特許の訂正後の請求項17は以下のとおりです。
【請求項17】
凍結乾燥粉末の形態のD-マンニトール N-(2-ピラジン)カルボニル-L-フェニルアラニン-L-ロイシン ボロネート。
争点は、訂正後の請求項17等(物)、請求項21等(製法)の進歩性、サポート要件です。
サポート要件に関して、裁判所は、課題が解決できるであろうとの「合理的な期待が得られる程度の記載」があれば、「厳密な科学的な証明に達する程度の記載」までは不要であると判断しました。
その上で請求項17等のサポート要件充足性を検討した結果、審決の判断には誤りがあるとして、審決を取り消しました。
裁判所の判断は以下のとおりです。(判決文中のBMEは、請求項17の「D-マンニトール… ボロネート」を意味します。)
判決(サポート要件)
第5 裁判所の判断
1 特許権者取消事由について
⑴ サポート要件充足性の判断手法について

特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
そして,サポート要件を充足するには,明細書に接した当業者が,特許請求された発明が明細書に記載されていると合理的に認識できれば足り,また,課題の解決についても,当業者において,技術常識も踏まえて課題が解決できるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があれば足りるのであって,厳密な科学的な証明に達する程度の記載までは不要であると解される。なぜなら,サポート要件は,発明の公開の代償として特許権を与えるという特許制度の本質に由来するものであるから,明細書に接した当業者が当該発明の追試や分析をすることによって更なる技術の発展に資することができれば,サポート要件を課したことの目的は一応達せられるからであり,また,明細書が,先願主義の下での時間的制約もある中で作成されるものであることも考慮すれば,その記載内容が,科学論文において要求されるほどの厳密さをもって論証されることまで要求するのは相当ではないからである。
⑵ 本件化合物発明の課題について
本件明細書の記載によれば,本件化合物発明が解決しようとする課題は,製剤化したときに安定な医薬となり得て,また,水性媒体への溶解でボロン酸化合物を容易に遊離する組成物となり得る本件化合物(凍結乾燥粉末の形態のBME)を提供することである。そして,この課題が解決されたといえるためには,凍結乾燥粉末の状態のBMEが相当量生成したこと,並びに当該BMEが保存安定性,溶解容易性及び加水分解容易性を有することが必要であると解されるから,これらの点が,上記⑴で説示したような意味において本件明細書に記載又は示唆されているといえるかについて検討することとする。なお,ここでいう「相当量」とは,医薬として上記課題の解決手段になり得る程度の量,という意味である。
⑶ 凍結乾燥粉末の状態のBMEが相当量生成したことについて
ア 本件明細書の【0084】には,実施例1として,ボルテゾミブとD-マンニトールとの凍結乾燥製剤の調製方法が開示されている。そして,本件出願日当時の技術常識に照らすと,当該調製方法のように,tert-ブタノールの比率が高く(相対的に水の比率が低く),過剰のマンニトールを含む混合溶液中で,周辺温度より高い温度で攪拌するという条件の下では,ボルテゾミブとマンニトールとのエステル化反応が進行し,相当量のBMEが生成すると理解し得る。
また,本件明細書の【0086】には,【0084】記載の方法によって調製された実施例1FD製剤は,FAB質量分析により,BMEの形成を示すm/z=531の強いシグナルを示したこと,このシグナルはボルテゾミブとグリセロール(分析時のマトリックス)付加物のシグナルであるm/z=441とは異なっており,しかも,m/z=531のシグナルの強度は,m/z=441のシグナルと区別されるほど大きいことが開示されている。これらの事項からすれば,実施例1FD製剤は,相当量のBMEを含むといえる。
したがって,本件明細書には,凍結乾燥粉末の状態のBMEが相当量生成したことが記載されていると認められる。
イ 請求人高田の主張について
請求人高田は,FAB質量分析においては,ピークの大小をもって試料に含まれる物質の存在量の大小を評価できないのであるから,実施例1の記載から凍結乾燥製剤に相当量のBMEが含まれていることを認識できない旨主張する。
しかしながら,上記⑴に説示したとおり,サポート要件を充足するために厳密な科学的な証明までは不要と解されるところ,上記アの凍結乾燥製剤の調製方法に関する知見(相当量のBMEが生成されていると考えられるとする甲95(丙教授の鑑定意見書)及び甲96(丁教授の意見書)の記載を含む。)や,FAB質量分析により,m/z=531の強いシグナルが確認されていることに照らせば,当業者は,本件化合物発明の対象物質(凍結乾燥粉末の状態のBME)が相当量生成したと合理的に認識し得るというべきである。
したがって,請求人高田の上記主張は,上記アの判断を左右しない。
⑷ 保存安定性について
ア 本件明細書の【0094】~【0096】には,固体や液体のボルテゾミブは,2~8℃の低温で保存しても,3~6ヶ月超,6ヶ月超は安定ではなかったのに対して,実施例1FD製剤(上記⑶のとおり相当量のBMEを含む。)は,5℃,周辺温度,37℃,50℃で,いずれの温度でも,約18ヶ月間にわたって,薬物の喪失は無く,分解産物も産生しなかったとの試験結果が開示されている。この記載によれば,本件明細書には,本件化合物が,ボルテゾミブに比較して優れた保存安定性を有していることを当業者が認識し得る程度に記載されているといえる。
イ 請求人高田の主張について
請求人高田は,本件明細書の【0094】~【0096】に記載された保存安定性の向上は,マンニトールを賦形剤として用いた凍結乾燥という周知技術の適用により奏されたものと認識することが自然である旨主張する。
この点,確かに,実施例1FD製剤において,調製に供したボルテゾミブの全量がBMEとなっているとは限らず,マンニトールを賦形剤として凍結乾燥されたボルテゾミブも含まれていると考えられるから,この凍結乾燥されたボルテゾミブの存在が,保存安定性の向上に寄与していることも考えられるところである。しかしながら,相当量のBMEを含む製剤が保存安定性を示している以上,BMEも保存安定性の向上に寄与していると考えるのが当業者の認識であるといえるし,これに反して,凍結乾燥されたボルテゾミブのみが保存安定性の向上に寄与していると認めるべき事情も見当たらない。
そうすると,サポート要件の充足のために必要とされる当業者の認識が上記⑴のようなもので足りる以上,請求人高田の上記主張は,上記アの判断を左右しない。
⑸ 溶解容易性及び加水分解容易性について
ア 本件明細書の【0088】【0089】には,実施例1FD製剤(上記⑶のとおり相当量のBMEを含む。)は,2mLの水に対し,振盪1~2分以内で溶解は完全であったこと,1mLの「プロピレングリコール:EtOH:H 2 O=40:10:50」に対し,振盪1分で溶解は完全であったこと,0.9%w/v生理食塩水に対し,濃度6mg/mLまで容易に溶解したこと,これとは対照的に,固体のボルテゾミブは,濃度1mg/mLで0.9%w/v生理食塩水に可溶ではなかったことが開示されている。この記載によれば,本件明細書には,本件化合物がボルテゾミブに比較して優れた溶解容易性を有していることが,当業者が認識し得る程度に記載されているといえる。
また,弁論の全趣旨によれば,ボロネートエステルと対応するボロン酸との間には次の式による平衡状態が成り立つとの技術常識があることが認められるから,本件化合物(凍結乾燥粉末の状態のBME)を水に溶解させたときエステル化の逆反応によりBMEからボルテゾミブが遊離すること,すなわち本件化合物が加水分解容易性を有することを,当業者は認識し得るといえる。
(図省略)
なお,本件明細書の【0090】には,本件化合物の加水分解容易性を確かめる目的で,実施例1FD製剤についてプロテアソーム阻害活性アッセイをした結果が記載されているが,アッセイの具体的な条件が明らかでないこと,観察されたKi値0.3nMがBMEのものかボルテゾミブのものかを評価するための確実な科学的知見がないことにかんがみると,同記載に基づいて当業者が本件化合物の加水分解容易性についての認識を得ることができるとはいえない。
イ 請求人高田の主張について
請求人高田は,本件明細書の【0088】【0089】に記載された実施例1FD製剤の溶解性を示す試験結果は,マンニトールを賦形剤として用いた凍結乾燥という周知技術の適用により奏されたものと理解することが自然である旨主張する。
しかしながら,上記⑷イに説示したのと同様の理由により,請求人高田の上記主張は,上記アの判断を左右しない。
ウ 請求人高田の予備的主張(上記第4の1⑵イ)について
請求人高田は,本件化合物発明の請求項の記載にはBMEの粒径などの特定がないから,課題を解決できると当業者が理解できる範囲を超えて特許を請求するものであって,この点においてもサポート要件に違反する旨主張する。この主張は,特許権者が,「(凍結乾燥の工程においてBMEが)微細な固体として析出されることになる。よって,得られた凍結乾燥製剤は微細な固体(粉末)になるため,溶解速度が向上し,結果として再構成性が向上することになる」と陳述したこと(特許権者第2準備書面22頁3~6行)を受けてのものである。
しかしながら,特許権者の上記陳述は,凍結乾燥工程を経たBMEが本件化合物発明の構成によって溶解性が向上する機序を科学的合理性をもって説明ができることを述べたもので,凍結乾燥された化合物である本件化合物発明に係る化合物にも,当然にこの説明が適用できるものと解されるから,本件化合物発明は,上記の機序が適用される物の範囲外にまで,その技術的範囲を拡張させるものであるとはいえない。
そうすると,請求人高田が主張するような新たなサポート要件違反の問題は生じないといえるので,同主張は採用することができない。
⑹ 技術的事項に関する各論的主張について
本件化合物発明のサポート要件充足性に関し,両当事者は別紙のとおり種々の主張をするところ,これらの主張に対する裁判所の検討結果は,別紙の右欄に記載したとおりであり,これによれば,特許権者の主張をすべてそのまま肯定することはできないものの,実施例1FD製剤に相当量の本件化合物が含まれることについては,1⑴a~c,⑵bにより,本件化合物の溶解性については,主として2bにより,加水分解性については3aにより,保存安定性については4a,bにより,当業者が合理的に期待できる程度には,これを肯定することができる。他方,請求人高田の主張は,以上の認定を覆すに足りるものではない。
⑺ まとめ
上記⑶~⑹に検討したところによれば,本件化合物発明の特許請求の範囲の記載は,サポート要件を満たすものというべきであり,これを否定した審決の判断は誤りである。

保存安定性に関する判断のところで、以下の記載があります。

「しかしながら,相当量のBMEを含む製剤が保存安定性を示している以上,BMEも保存安定性の向上に寄与していると考えるのが当業者の認識であるといえるし,これに反して,凍結乾燥されたボルテゾミブのみが保存安定性の向上に寄与していると認めるべき事情も見当たらない。」
「当業者の認識であるといえる」はもう少し理由付けの詳しい説明がほしいなと思いました。ここは議論の余地があるように思います(「相当量」が安定化寄与の根拠になるかという点含め)。
この判決ではサポート要件を満たしていると判断されましたが、(合理的な期待の程度が曖昧であることを考えると)実務的には、拒絶・無効のリスクを避けるために、比較実験は厳密にやっておいたほうがよいでしょうね。
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