<知財高裁/ワンパル1号輸液の特許侵害訴訟> 輸液製剤(容器)は非侵害で保存安定化方法は侵害と判断された事例

お久しぶりです。
年末頃から仕事を入れすぎたようで、すっかりブログの更新をサボってしまいました。
これから何回かに分けて、昨年11月以降のいくつかの判決の紹介記事を投稿していきます。

 判決紹介 
・令和3年(ネ)第10007号 特許権侵害差止請求控訴事件
・令和3年11月16日判決言渡
・知的財産高等裁判所第2部 本多知成 中島朋宏 勝又来未子
・控訴人(一審原告):株式会社大塚製薬工場
・被控訴人(一審被告):エイワイファーマ株式会社、株式会社陽進堂
・特許4171216
・発明の名称:含硫化合物と微量金属元素を含む輸液製剤
 コメント 
大塚製薬工場(控訴人)が、エイワイファーマと陽進堂(被控訴人)に対し、ワンパル1号輸液の製造、販売が特許4171216の特許権を侵害していると主張して、製造販売等の差止め及びその廃棄を求めた事案です。
原審で、東京地裁が大塚製薬工場の請求をいずれも棄却したことから、控訴が提起されていました。
本件特許の請求項1、10(分節後)は以下の通りです。
【請求項1】(訂正後)
1A 外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている複数の室を有する輸液容器において,
1B その一室に含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液が充填され,
1C 他の室に鉄,マンガンおよび銅からなる群より選ばれる少なくとも
1種の微量金属元素を含む液が収容された微量金属元素収容容器が収納されており,
1D 微量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フィルム製の袋である
1E ことを特徴とする輸液製剤であって,
1F 前記溶液は,アセチルシステインを含むアミノ酸輸液であり,
1G 前記輸液容器は,ガスバリヤー性外袋に収納されており,前記外袋内の酸素を取り除いた,輸液製剤
【請求項10】(訂正後)
10A 複室輸液製剤の輸液容器において,
10B 含硫アミノ酸および亜硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する溶液を収容している室と
10C 別室に鉄,マンガンおよび銅からなる群より選ばれる少なくとも1種の微量金属元素を含む液が収容された微量金属元素収容容器を収納し,
10D 微量金属元素収容容器は熱可塑性樹脂フィルム製の袋である
10E ことを特徴とする輸液製剤の保存安定化方法であって,
10F 前記溶液は,アセチルシステインを含むアミノ酸輸液であり,
10G 前記輸液容器は,ガスバリヤー性外袋に収納されており,前記外
袋内の酸素を取り除いた,保存安定化方法
今回、知財高裁は、請求項1、2の「輸液製剤(容器)」は非侵害で、請求項10、11の「保存安定化方法」は侵害と判断しました。
請求項1、2は「連通可能」の限定があり、請求項10、11はそれがありませんでした。
判決の抜粋を以下に記載します。
請求項を作成するときは、別の側面から発明を特定できないか、できるだけ限定事項を少なくできないか、を検討することは重要ですね。
判決
第3 当裁判所の判断
・・・
(2)争点(1)について
ア 「複数の室」について

(ア)「室」という語は,一般的には,「へや」すなわち「物を入れる所」などを意味する語であるところ(甲27),構成要件1A及び2Aの文言のほか,前記2(2)の本件各訂正発明の概要及び前記(1)の本件各訂正発明の課題を踏まえると,構成要件1A及び2Aの「複数の室を有する輸液容器」の要件は,複数の輸液を混合するのに用いられる従来技術であるそのような輸液容器を用いる輸液製剤であることを示すことによって,本件訂正発明1及び2の対象となる範囲を明らかにするものである。本件各訂正発明の課題は,そのような輸液容器を用いて,あらかじめ微量金属元素を用時に混入可能な形で保存してある輸液製剤で,含硫化合物を含む溶液を一室に充填した場合であっても微量金属元素が安定に存在している輸液製剤を提供することにあるから,本件各訂正発明における「室」の意義の解釈に当たっては,上記の一般的な意義のほか,輸液容器における「室」の意義も考慮するのが相当である。
そこで検討すると,本件特許の出願当時には,輸液容器全体の構成の中で基礎となる一連の部材によって構成される空間であって,輸液を他の輸液と分離して収容しておくための仕切られた空間を「室」と呼んだ上で(乙31),その「室」の中に収納される,薬剤を収容する構成部材を「容器」と呼んだり(甲25,乙17),その「室」の外側に付加して空間を構成する部材を「被覆部材」と呼んだり(乙16),その「室」に連通される「ポート部材」が薬剤を収容し得る機能を備えるものとしたり(乙12),その「室」を分割したものを「区画室」と呼んだり(乙5)するといった例があった。本件特許の出願後も,上記基礎となる一連の部材によって構成される「室」の中に収納される,薬液を収容する構成部材を「容器」や「袋」などと呼ぶ例が複数みられるが(甲14,15,乙19),そのように,輸液等を収容するという機能を有する部分を指す語として「室」以外の語が加えられている中においても,「室」という語は,基本的に,輸液容器全体の構成の中で基礎となる一連の部材によって構成される空間であって,輸液を他の輸液と分離して収容しておくために仕切られた相対的に大きな空間を指すものとして用いられ,「容器」や「袋」の付加の有無にかかわらず,そのような「室」が複数あるものが「複室輸液容器」などと呼ばれていたことがうかがわれる(なお,上記のうち,甲15は,大きな「隔室」の中に「内袋」があり,その「内袋」が更に複数の「薬剤収容室」で構成されているというものであり,「室」の中に「室」があるという点では,やや珍しいものともみられるが,各「隔室」と各「薬剤収容室」は,あくまでそれぞれ一連の部材によって構成されている。)。
そして,上記のような「室」の理解は,本件明細書の記載とも整合的である。
(イ)上記(ア)の点を踏まえると,構成要件1A及び2Aにいう「室」についても,輸液容器全体の構成の中で基礎となる一連の部材によって構成される空間であって,輸液を他の輸液と分離して収容しておくための仕切られた相対的に大きな空間をいうものと解するのが相当である。
イ 「外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている複数の室を有する輸液容器」について
もっとも,本件訂正発明1の構成要件1A及び本件訂正発明2の構成要件2Aにおいては,「複数の室を有する輸液容器」の前に,「外部からの押圧によって連通可能な隔壁手段で区画されている」との特定が付加されている。
そうすると,上記特定により,「室」が「連通可能な」ものであることが明確にされているというべきであるから,構成要件1A及び2Aにおける「室」については,「外部からの押圧によって連通可能な」ものであることを要するものである。
ウ 被控訴人製品について
(ア)「室」について

a 先に引用した原判決の「事実及び理由」中の第2の1(7)ア及び弁論の全趣旨によると,被控訴人製品に係る輸液容器について,その構成の中で基礎となる一連の部材によって構成される空間は,大室及び中室を直接構成するとともに小室T及び小室Vの外側を構成する一連の部材によって構成される空間であるといえる。
b もっとも,小室Tに関しては,外側の樹脂フィルムによって構成される空間が,上記のとおり輸液容器全体の構成の中で基礎となる一連の部材によって構成される空間である一方で,連通時にも,内側の樹脂フィルムによって構成される空間(本件袋)にのみ輸液が通じることとされており,小室Tの外側の樹脂フィルムによって構成される空間に輸液が直接触れることがない。そのため,小室Tの外側の樹脂フィルムによって構成される空間が,前記の「室」の理解のうち,輸液を他の輸液と分離して収容しておくための仕切られた相対的に大きな空間に当たるかどうかが問題となり得る。
しかし,輸液容器全体の構成を踏まえると,被控訴人製品における小室Tは,外側の樹脂フィルムによって構成される空間の中に,内側の樹脂フィルムによって構成される空間(本件袋)を内包するという二重の構造になっているにすぎず,輸液を他の輸液と分離して収容しておくための空間としての構成において,外側の樹脂フィルムと内側の樹脂フィルムとの間に機能の優劣等があるとはみられない。この点,小室Tと中室との間の接着部について,内側の樹脂フィルムの接着を剥離した場合のみならず,外側の樹脂フィルムの接着のみを剥離した場合であっても小室Tの外側のフィルムの内側の空間に中室に収容された輸液が流入してこれが本件袋の外面に直接触れることとなり,中室内の輸液と本件袋の中の液との分離の態様に少なからず差異が生じるのであり,輸液同士の混合という点では専ら小室Tの内側の樹脂フィルムの接着部分が意味を持つとしても,隣接する中室内の輸液からの分離という観点からは,外側の樹脂フィルムにも重要な意義があることは明らかである。
そして,内側の樹脂フィルムによって構成される空間(本件袋)は,被控訴人製品に係る輸液容器において基礎となる一連の部材とは別の部材により構成され,上記基礎となる一連の部材に構成を追加する部分である(このことは,小室Vの内側の樹脂フィルムによって構成される空間と対比しても,明らかである。)。
以上の諸点を踏まえると,小室Tについても,被控訴人製品に係る輸液容器の構成の中で基礎となる一連の部材である外側の樹脂フィルムによって構成される空間(本件小室T)をもって,「室」に当たるとみるのが相当である。
c ところで,被控訴人製品の小室Tの外側の樹脂フィルムによって区画される空間のように,輸液容器全体の構成の中で基礎となる一連の部材によって構成される空間が,輸液を他の輸液と分離して収容しておくための仕切られた相対的に大きな空間であるといえるか疑問があり得るような場合に,本件各訂正発明の「室」をどのように理解すべきかについて,本件訂正発明1及び2に係る請求項の文言上は,必ずしも明らかであるといえないから,そのような場合における「室」の理解について,本件明細書の内容を踏まえた検討も行うと,本件明細書の段落【0024】は,「微量金属元素収容容器を収納している室」には,溶液が充填されていてもよいし,充填されていなくてもよい旨を明記しており,同【0033】は,「本態様の輸液製剤では,図1に示す輸液容器の第1室4に,溶液が充填されていてもよいし,充填されていなくてもよい」と明記しているところであるから,本件各訂正発明においては,輸液が充填される空間であるか否かという点は,「室」であるか否かを決定する不可欠の要素ではないと解される。
それゆえ,前記bのような理解は,本件明細書における「室」の理解にも沿うものであるといえる。
d 以上に対し,被控訴人らは,被控訴人製品において,小室Tの外側の樹脂フィルムによって構成される空間(本件小室T)は存在しないと主張するが,2枚の樹脂フィルムの間に空間が構成されている(その空間中には,2枚の内側の樹脂フィルムの間の空間(本件袋)が包摂されている。)こと自体は,明らかであり,被控訴人らの主張は採用することができない。
(イ)「連通可能」について
a 前記(ア)のとおり,「室」については理解すべきものであるとしても,前記イのとおり,構成要件1A及び2Aにおいては,「室」が「連通可能」であることが要件とされているところ,前記(ア)bで既に指摘したとおり,小室Tに関しては,連通時にも,内側の樹脂フィルムによって構成される空間(本件袋)にのみ輸液が通じることとされており,「室」である外側の樹脂フィルムによって構成される空間(本件小室T)に輸液が通じることはない。
そうすると,結局,被控訴人製品は,「室」が「連通可能」という要件を充足しないから,構成要件1A及び2Aを充足しないというべきである。
b これに対し,控訴人は,本件小室Tに収納された本件袋に輸液が通じることは,本件小室Tに輸液が通じることといえる旨を主張する。この点,前記(ア)dのとおり,本件小室Tという空間が本件袋という空間を包摂していることは確かに認められるが,そのことと,本件袋との連通をもって本件小室Tとの連通と評価し得るかは,別の問題である。本件訂正発明1及び2に係る請求項1及び2が「室」と「容器」を明確に分けていることや,前記ア(ア)で指摘した「室」と「容器」についての技術的な関係のほか,本件明細書の段落【0020】の「微量金属元素収容容器は,それを収納している室と連通可能であることが望ましい。」という記載は,容器の連通が室の連通とは異なるものとみる見方に沿うものであることからすると,控訴人の上記主張を採用することはできない。
(3)争点(4)について
構成要件10A及び11Aの「複室輸液製剤」にいう「室」についても,前記(2)アと同様に解するのが相当である。
そして,構成要件1A及び2Aと異なり,構成要件10A及び11Aについては「室」が「連通可能」であることは要件とされていない。
したがって,先に引用した原判決の「事実及び理由」中の第2の1(7)イ及び弁論の全趣旨により,被控訴人方法は,構成要件10A及び11Aを充足するというべきである。
・・・
6 充足論についての小括
前記3~5を踏まえると,被控訴人方法は,本件訂正発明10及び11の構成要件を全て満たすものといえるところ,先に引用した原判決の「事実及び理由」中の第2の1(7)ア及びイ並びに弁論の全趣旨によると,被控訴人製品は,保存安定化方法の発明である本件訂正発明10及び11の構成要件を全て満たす状態で販売されている輸液製剤であって,その使用時まで,開封等されることなくその状態のまま保存されるものと認められる。
そうすると,被控訴人製品は,本件訂正発明10及び11の保存安定化方法の使用にのみ用いる物であるというべきであるから,被控訴人製品の生産,譲渡及び譲渡の申出は,特許法101条4号の定める間接侵害行為に当たるというべきである。
そして,当該間接侵害行為について,被控訴人製品は,侵害の行為を組成した物に当たる。
したがって,争点(10)(前記第2の6の控訴人の予備的主張)について判断するまでもなく,被控訴人らの主張する無効の抗弁が認められない限り,控訴人は,被控訴人らに対し,被控訴人製品の生産,譲渡等の差止め及び被控訴人製品の廃棄を求めることができるというべきである(なお,控訴人の本件訂正発明1及び2の直接侵害に基づく差止請求と,本件訂正発明10及び11の間接侵害に基づく差止請求は,選択的併合の関係にあるものと解される。)。
・・・
第4 結論
よって,控訴人の被控訴人らに対する本件各請求には,いずれも理由があるところ,これと異なり,控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は失当であって,控訴人の本件控訴は理由があるから,原判決を取り消した上で,被控訴人らに対し,被控訴人製品の製造販売等の差止め及びその廃棄を命じることとし,仮執行宣言については,被控訴人製品の廃棄にこれを付するのは相当でないから,被控訴人製品の製造販売等の差止めの限度でこれを付することとして,主文のとおり判決する。
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