■平成24年9月24日判決言渡
■原告: 帝國製薬株式会社
■被告: 特許庁長官
■本願: 特願2001-317930
■請求項1: 少なくとも水溶性高分子化合物2~30重量部,水20~80重量部,架橋剤0.01~5重量部,およびpH調整剤0.5~10重量部を必須成分とする架橋型含水ゲルに,有効成分としてグルコサミンを配合するとともに,
前記架橋型含水ゲルのpHを5以下とし,
前記水溶性高分子化合物がポリアクリル酸および/またはその塩類とそれ以外に他の高分子化合物を併用するものであり,かつ,ポリアクリル酸および/またはその塩類と他の水溶性高分子化合物との配合比が,ポリアクリル酸および/またはその塩類を1としたときに0.1~3である,
ことを特徴とするグルコサミン含有パップ剤。
■コメント: 引用発明Aの「L-アスコルビン酸」を「グルコサミン」で置き換えることが容易かどうかが判断された例。 裁判所の判断はNO。 拒絶審決取消。 ☆
3 審決の理由の要点 … (2) 本願発明と引用発明Aとの間には,次のとおりの一致点,相違点がある。 … 【相違点1】 本願発明における有効成分は,「グルコサミン」であるのに対し,引用発明Aにおける有効成分は,美白作用として機能するL-アスコルビン酸である点。 【相違点2】 本願発明における架橋型含水ゲルのpHは,「5以下」であるのに対し,引用発明Aでは,pHが5.5である点。 (3) 相違点等に関する審決の判断 ア 相違点1について 特開平11-246339号公報(引用例B,甲2)には,美白用皮膚外用剤に関して,グルコサミンはL-アスコルビン酸と同様に美白作用剤として機能することと,グルコサミン及びL-アスコルビン酸はともに美白剤として従来から公知のものであることが記載されている。 し たがって,引用発明Aについて,美白作用成分として,L-アスコルビン酸のみならず,L-アスコルビン酸と同様に美白作用効果を発揮し,また,L-アスコ ルビン酸とともに美白剤として従来から公知でもあるグルコサミンを使用してみることは,当業者が容易になし得ることである。 |
原告: 「本件出願当時,グルコサミンをパップ剤等の貼付剤として製剤化するに当たっては,グルコサミンを基剤中に添加すると基剤の顕著な変色を引き起こしてしま うという問題や,含有されたグルコサミンの安定性が悪いという問題があり,グルコサミンを添加した,安定で,変色を起こさない貼付剤は,製品化できていな い状況であった。そこで,本願発明は,そのような課題を解決するため,各種の検討を行った結果,基剤として,水溶性高分子化合物,水,架橋剤及びpH調整 剤を必須成分とし,それらの配合量,水溶性高分子化合物の種類と配合比,ゲルのpHが,それぞれ特定の範囲にある架橋型含水ゲルを用いることとしたもので ある。 これに対し,引用例Aは,L-アスコルビン酸を有効成分とするものであって,グルコサミンを有効成分とする場合の問題点,すなわち,本願発明の課題や効果は記載も示唆もされていない。」 |
被告: 「2 取消事由2に対し特開昭57-185297号公報(乙8),特開平10-87683号公報(乙9),特開平11-92385号公報(甲19)の記載によれ ば,「グルコサミンの安定性が悪いこと」及び「グルコサミンは,それに起因する顕著な変色を引き起こしてしまうこと」は周知であるし,乙8公報及び乙9公 報の記載によれば,本件出願時において,安定し,変色を起こさないグルコサミンは製造されていた。そして,後記3で主張するように,有効成分に応じて,経 時的な変色を含む有効成分の安定性をも考慮しつつ,至適pHを設定することが技術常識であることを考慮すれば,パップ剤等の貼付剤として製剤化するに当 たって上記のグルコサミンを基剤中に添加した場合に,安定し,変色を起こさずに製剤化し得ることは明らかである。 また,特開平5-186324 号 公報(乙1),特開2001-278774号公報(乙2),特開平8-231343号公報(乙3)において,グルコサミンは,アスコルビン酸とともに代表 的な美白剤として言及され,周知であるから,グルコサミン単独で美白効果が認められることは当然である。」 |
裁判所: 「(2) 上記の認定によれば,引用発明Aは,有効成分としてビタミンC又はその誘導体を用いる場合に特有の問題点を解決するために,そのような目的に適する架橋剤を限定したものであって,特定の有効成分と架橋剤の組み合わせに特徴があるパップ剤である。そして,引 用例B(特開平11-246339号公報,甲2)に,グルコサミンとビタミンC(L-アスコルビン酸)はともに代表的な美白剤として従来から知られている ことが開示されているとしても,グルコサミンは,ビタミンCと化学構造等の理化学的性質が類似するわけではないから,パップ剤中での金属架橋剤との相互作 用が同様であるとは考えられない。 したがって,ともに美白剤として知られているというだけで,当業者にとって,引用発明Aの有効成分であるビタミンC又は誘導体をグルコサミンに変更することが容易に想到し得るとはいえず,取消事由2は理由がある。 |
■– 1 –
平成24年9月24日判決言渡
平成24年(行ケ)第10005号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成24年9月10日
判決
原告帝國製薬株式会社
訴訟代理人弁理士草間攻
被告特許庁長官
指定代理人平井裕彰
星野紹英
田部元史
田村正明
◆主文
特許庁が不服2009-5037号事件について平成23年11月22日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
◆第1 原告の求めた判決
主文同旨
◆第2 事案の概要
本件は,特許出願に対する拒絶審決の取消訴訟である。争点は,容易推考性の存
–2–
否である。
▼1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成13年10月16日,名称を「グルコサミン含有パップ剤」とする発明について特許出願(特願2001-317930号,請求項の数2)をしたが,平成21年2月3日付けで拒絶査定を受けた。そこで,原告は,平成21年3月6日,拒絶査定に対する不服審判請求(不服2009-5037号)をした上で,平成21年4月3日付けの補正(甲21)をしたが,特許庁は,平成23年11月22日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成23年12月7日,原告に送達された。
▼2 本願発明の要旨
平成21年4月3日付けの補正(甲21)による特許請求の範囲の請求項1に係る本願発明は,次のとおりである。
【請求項1】
少なくとも水溶性高分子化合物2~30重量部,水20~80重量部,架橋剤0.01~5重量部,およびpH調整剤0.5~10重量部を必須成分とする架橋型含水ゲルに,有効成分としてグルコサミンを配合するとともに,
前記架橋型含水ゲルのpHを5以下とし,
前記水溶性高分子化合物がポリアクリル酸および/またはその塩類とそれ以外に他の高分子化合物を併用するものであり,かつ,ポリアクリル酸および/またはその塩類と他の水溶性高分子化合物との配合比が,ポリアクリル酸および/またはその塩類を1としたときに0.1~3である,
ことを特徴とするグルコサミン含有パップ剤。
▼3 審決の理由の要点
(1) 特開2001-64175号公報(引用例A,甲1,出願人・原告)には次のとおりの引用発明Aが記載されていると認められる。
【引用発明A】
–3–
合計100重量部中に,
水溶性高分子化合物 13(4+4+1+4)重量部
水 36.95重量部
架橋剤 4(1+3)重量部 pH調整剤 0.5重量部
美白作用成分L-アスコルビン酸 3重量部
を含み,ポリアクリル酸及びその塩類(計8(4+4)重量部)と他の水溶性高分子化合物(計5(1+4)重量部)との配合比が,ポリアクリル酸及びその塩類を1としたときに,0.625(5÷8)であり,pHが5.5の架橋型含水ゲルを,基布に展延してなるパップ剤。
(2) 本願発明と引用発明Aとの間には,次のとおりの一致点,相違点がある。
【一致点】
少なくとも水溶性高分子化合物13重量部,水36.95重量部,架橋剤4重量部,及びpH調整剤0.5重量部を必須成分とする架橋型含水ゲルに,有効成分を配合するとともに,
前記水溶性高分子化合物がポリアクリル酸及び/又はその塩類とそれ以外に他の高分子化合物を併用するものであり,かつ,ポリアクリル酸及び/又はその塩類と他の水溶性高分子化合物との配合比が,ポリアクリル酸及び/又はその塩類を1としたときに0.625である,
ことを特徴とする有効成分含有パップ剤。
【相違点1】
本願発明における有効成分は,「グルコサミン」であるのに対し,引用発明Aにおける有効成分は,美白作用として機能するL-アスコルビン酸である点。
【相違点2】
本願発明における架橋型含水ゲルのpHは,「5以下」であるのに対し,引用発明Aでは,pHが5.5である点。
–4–
(3) 相違点等に関する審決の判断
ア 相違点1について
特開平11-246339号公報(引用例B,甲2)には,美白用皮膚外用剤に関して,グルコサミンはL-アスコルビン酸と同様に美白作用剤として機能することと,グルコサミン及びL-アスコルビン酸はともに美白剤として従来から公知のものであることが記載されている。
したがって,引用発明Aについて,美白作用成分として,L-アスコルビン酸のみならず,L-アスコルビン酸と同様に美白作用効果を発揮し,また,L-アスコルビン酸とともに美白剤として従来から公知でもあるグルコサミンを使用してみることは,当業者が容易になし得ることである。
イ 相違点2について
引用例Aには,パップ剤のpHの範囲について,パップ剤の保形性,粘着性及び長期保存下における安定性の観点から範囲を定めることが具体的に記載されているから,引用発明Aにおいて,有効成分をグルコサミンに変更するのに伴って,パップ剤の保形性,粘着性の観点及びグルコサミンの長期保存下における安定性の観点から,ゲルのpHの至適範囲を設定し直すこと,つまり,本願発明のpHの範囲に設定することは,当業者が容易になし得ることである。
そして,グルコサミンの保存安定性に優れ,基剤の変色がないという本願発明の効果についても,引用例Aには,pHの範囲を調整することによって有効成分の安定性やパップ剤の保形性等を得ることが記載されており,引用例Aから当業者が予測し得る程度のものである。
以上のとおり,本願発明は,引用例A及びBに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
◆第3 原告主張の審決取消事由
▼1 取消事由1(一致点認定の誤り)
–5–
(1) 審決は,本願発明と引用発明Aとの一致点として,「pH調整剤0.5重量部を必須成分とする」点を認定した。
しかしながら,本願発明は,含有する有効成分であるグルコサミンの特性により,架橋型含水ゲル膏体のpHを5以下にしなければならず,そのため,pH調整剤の配合を必須とするのに対し,引用発明Aでは,pH調整剤は必要に応じて適宜配合することができる(引用例Aの段落【0021】)のであって,その添加は必須要件ではない。
(2) 審決は,「架橋剤4重量部」を本願発明と引用発明Aとの一致点として認定した。
しかしながら,本願発明の架橋剤としては,本願明細書の段落【0017】に記載されるような種々のものを使用することができる。これに対し,引用例Aに開示されているのは,「メタケイ酸アルミン酸マグネシウム,乾燥水酸化アルミニウムゲル及び塩化アルミニウムのうち2種」という限定された架橋剤を使用する点に特徴がある発明であり,審決が,そのような「架橋剤の限定」という引用例Aに開示された発明の本質を無視して,引用例Aの実施例1のみを取り上げて引用発明Aとして認定し,「架橋剤4重量部」を一致点としたのは誤りである。
(3) 本願発明のパップ剤は,グルコサミンを含有する炎症性疾患に適用するためのパップ剤,すなわち,医療用のグルコサミン含有パップ剤であるのに対し,引用例Aに記載されているのは,グルコサミンの美容に対する効果を期待した美容(美白)を目的としたパップ剤であって,目的が異なる。また,「パップ剤」は,日本薬局方の「製剤総則」に規定される外用剤の一種であり,化粧料をも包含するものではない。よって,審決が,本願発明のパップ剤について,原告が意図しない美容のための使用も含むものと認定し,引用発明Aと「パップ剤」である点が一致するとしたのは誤りである。
▼2 取消事由2(相違点1に関する判断の誤り)
本件出願当時,グルコサミンをパップ剤等の貼付剤として製剤化するに当たって
–6–
は,グルコサミンを基剤中に添加すると基剤の顕著な変色を引き起こしてしまうという問題や,含有されたグルコサミンの安定性が悪いという問題があり,グルコサミンを添加した,安定で,変色を起こさない貼付剤は,製品化できていない状況であった。そこで,本願発明は,そのような課題を解決するため,各種の検討を行った結果,基剤として,水溶性高分子化合物,水,架橋剤及びpH調整剤を必須成分とし,それらの配合量,水溶性高分子化合物の種類と配合比,ゲルのpHが,それぞれ特定の範囲にある架橋型含水ゲルを用いることとしたものである。
これに対し,引用例Aは,L-アスコルビン酸を有効成分とするものであって,グルコサミンを有効成分とする場合の問題点,すなわち,本願発明の課題や効果は記載も示唆もされていない。
また,引用例Bには,L-アスコルビン酸及びグルコサミンは美白剤として従来から公知である旨の記載はあるものの,美白効果試験の結果である表1(実施例)
と表2(比較例)を対比すれば,グルコサミン単独での美白効果は認められず,西洋のこぎり草抽出物と併用して初めて美白効果が認められるものである。
したがって,引用発明Aの美白作用成分としてのL-アスコルビン酸をグルコサミンに置き換えること(使用してみること)が,当業者にとって容易になし得るとはいえない。
なお,被告は,特開昭57-185297号公報(乙8),特開平10-87683号公報(乙9)には,安定し,変色しないグルコサミンが製造されていたことが記載されている旨主張する。しかしながら,乙8公報に記載されているグルコサミンは,正確には,グルコサミンサルフェートと塩化ナトリウムとの混合塩を形成させ,安定化を図った「グルコサミンサルフェート・塩化ナトリウム混合塩」であり,物質的には,グルコサミンサルフェートとは異なっている。乙9公報に記載されたグルコサミンも同様である。したがって,そのような物質が存在するからといって,グルコサミンをパップ剤等の貼付剤の基剤中に添加した場合に,安定し,変色を起こさずに製剤化し得ることは明らかであるとはいえない。
–7–
3 取消事由3(相違点2に関する判断の誤り)
審決は,引用例Aに,パップ剤の保形性,安定性等の観点からpHの範囲を定めることが記載されているから,引用発明Aの有効成分をグルコサミンに変更するに伴い,そのような観点からゲルのpHの至適範囲を設定し直し,本願発明のpHの範囲とすることは,当業者が容易になし得ることであるとした。
しかしながら,本願発明におけるpHの調整は,有効成分であるグルコサミンに起因する基剤の変色防止のために重要なのである。有効成分がビタミンC(L-アスコルビン酸)又はその誘導体である引用例Aからは,このような架橋型含水ゲルの変色の問題を窺い知ることができないのであって,審決の判断は誤りである。
◆第4 被告の反論
▼1 取消事由1に対し
(1) 審決は,引用発明Aについて,引用例Aの特許請求の範囲のみに基づいて認定したものではなく,具体的な配合例である実施例1の記載を中心としつつ,引用例A全体の記載に基づいて認定したものである。そして,実施例1において実際に「リンゴ酸」が配合されていることなどから,pH調整剤が配合されている引用発明Aを認定したのであって,引用発明Aの認定に誤りはない。
また,引用例Aには,「…本発明のパップ剤は…。pH5.5~8.5において使用すると,パップ剤の保形性および粘着性はよく,長期保存下における安定性がよい。…」(段落【0022】)として,pHの重要性について記載されているし,すべての実施例において,pH調整剤が配合され,各pHに調整されているから(段落【0028】(表1)),pH調整剤について「必須成分」であるといえるまでの記載がされているといえる。
(2) 引用例Aに記載される,「メタケイ酸アルミン酸マグネシウム」,「乾燥水酸化アルミニウムゲル」及び「塩化アルミニウム」は,「架橋剤」に他ならない。
これに対し,本願発明の特許請求の範囲には「架橋剤0.01~5重量部」と記載
–8–
されており,架橋剤の種類は何ら特定されていないし,さらに,本願明細書には,「塩化アルミニウム」,「乾燥水酸化アルミニウムゲル」,「メタケイ酸アルミン酸マグネシウム」等を2種以上組み合わせて使用することができる旨記載されている(段落【0017】)。したがって,引用発明Aは本願発明に包含されるのであって,両者は架橋剤について相違しない。
(3) 本願発明について,請求項1の「パップ剤」という用語のみでは,必ずしも医薬用途に限定されるものとは解されない。また,本願明細書によっても,本願発明の「パップ剤」が「炎症性疾患」のみに限定して適用される旨の記載は見いだせないし,本願発明の「パップ剤」に関する定義もなく,従来技術としてグルコサミンの化粧用途に言及している(段落【0004】)ことも考慮すると,本願発明が医薬用途に限定されているとはいえない。
▼2 取消事由2に対し
特開昭57-185297号公報(乙8),特開平10-87683号公報(乙9),特開平11-92385号公報(甲19)の記載によれば,「グルコサミンの安定性が悪いこと」及び「グルコサミンは,それに起因する顕著な変色を引き起こしてしまうこと」は周知であるし,乙8公報及び乙9公報の記載によれば,本件出願時において,安定し,変色を起こさないグルコサミンは製造されていた。そして,後記3で主張するように,有効成分に応じて,経時的な変色を含む有効成分の安定性をも考慮しつつ,至適pHを設定することが技術常識であることを考慮すれば,パップ剤等の貼付剤として製剤化するに当たって上記のグルコサミンを基剤中に添加した場合に,安定し,変色を起こさずに製剤化し得ることは明らかである。
また,特開平5-186324号公報(乙1),特開2001-278774号公報(乙2),特開平8-231343号公報(乙3)において,グルコサミンは,アスコルビン酸とともに代表的な美白剤として言及され,周知であるから,グルコサミン単独で美白効果が認められることは当然である。
▼3 取消事由3に対し
–9–
パップ剤の有効成分の安定性と製品の変色とが相関することは,特開平11-180887号公報(乙6),特開平8-81370号公報(乙7)に記載されるように,当業者に認識されている事項である。また,グルコサミンについても,安定性と変色とが相関することは,乙8公報に記載されるように周知であるし,そのことは本願発明についても同様であったと解される。
したがって,パップ剤の有効成分の安定性の観点から至適pHを再検討することは,製品の変色の観点から再検討することになるといえるのであって,有効成分の安定性と変色とは独立した観点であるかのような原告の主張は失当である。
そして,パップ剤におけるpH値の設定においては,有効成分に応じて必ずしも同様なpH値が至適となるものではないことから,経時的な変色を含む有効成分の安定性をも考慮しつつ,有効成分に応じた至適pHを設定することは,乙4の文献(岩倉泰一郎ほか「成形パップ剤の抱水量の薬物放出能および粘着性に及ぼす影響」,Therapeutic Research, vol.3, no.6),特開平10-158165号公報(乙5),乙6公報,乙7公報に記載されるように,当技術分野における技術常識である。
また,グルコサミンは,アスコルビン酸(ビタミンC)とともに,代表的な美白剤として並び称されるものであって,周知である。
以上のとおりで,相違点2に関する審決の判断に誤りはない。
◆第5 当裁判所の判断
▼1 取消事由1(一致点認定の当否)について
(1) 原告は,本願発明ではpH調整剤の配合が「必須」であるのに対して,引用例A記載のパップ剤において必須ではないことから,審決が「pH調整剤…を必須成分とする」点を一致点として認定したのは誤りである旨主張する。
しかしながら,審決は,引用例Aの段落【0028】(表1)に具体的に配合が記載された実施例1を基礎として引用発明Aを認定し,そこに配合されたリンゴ酸
–10–
をもってpH調整剤であると認定したものである。引用例Aには,pHを調整することによる効果及びpH調整剤を添加し得ることが記載されているから(段落【0021】,【0022】),当業者は,実施例1のリンゴ酸がpH調整剤として配合されていることと,pH調整剤を配合することの技術的意義を理解するものといえる。したがって,引用例Aの特許請求の範囲に記載された発明についてはpH調整剤が適宜配合されるものであるとしても(段落【0021】),これにより現にpH調整剤であるリンゴ酸が配合されている実施例1に基づく審決の引用発明Aの認定に誤りがあるとはいえず,ひいては,pH調整剤を含む点を一致点として認定したことにも誤りはない。
(2) 原告は,本願発明では種々の架橋剤が使用できるのに対して,引用例Aに記載された発明は架橋剤が限定されていることから,審決が「架橋剤4重量部」を一致点と認定したのは誤りであると主張する。
しかしながら,引用発明Aの架橋剤の種類が限定されているとしても,本願発明では,架橋剤の種類を特に制限していないのであるから(特許請求の範囲【請求項1】,発明の詳細な説明段落【0017】),引用発明Aの架橋剤は本願発明の架橋剤に包含されるのであって,審決が「架橋剤4重量部」を一致点と認定したことに誤りはない。
(3) 原告は,本願発明のパップ剤は医療用であるのに対し,引用発明Aのパップ剤は美容を目的とするので,審決が「パップ剤」を一致点と認定したのは誤りである旨主張する。
しかしながら,本願発明は,請求項1の記載のとおり,目的や用途を特定した発明ではない。また,本願明細書を参酌しても,本願発明を炎症性疾患の治療という医療用に限定して解釈すべき特段の事情は見いだせないし,「パップ剤」という用語を日本薬局方の定義のように狭義に解釈すべき事情も見いだせないから,いずれの用途にも使用し得るパップ剤と解するのが相当である。したがって,審決の一致点認定に誤りはない。
–11–
(4) 以上のとおりで,取消事由1は理由がない。
▼2 取消事由2(相違点1に関する判断の当否)について
(1) 引用例A(原告が出願人である特開2001-64175号公報,甲1)
によれば,引用発明Aについて次のとおり認められる。
引用例Aに記載された発明は,ビタミンC又はその誘導体を含有する架橋高分子のゲルと支持体とを含むパップ剤に関するものであって(段落【0001】),従来技術では,ビタミンC又はその誘導体を,美白作用効果を得るための有効成分として化粧用パック等のパップ剤に配合しようとすると,ビタミンC又はその誘導体と金属架橋剤との相互作用により水溶性高分子間に架橋が形成されないため,安定したゲルを形成することができず,パップ剤としての成形が不可能であるという問題点があったことから(段落【0003】),架橋剤としてメタケイ酸アルミン酸マグネシウム,乾燥水酸化アルミニウムゲル,塩化アルミニウムのうち2種を,水溶性高分子等の練合物に配合することにより保形性の良いゲル状のパップ剤を得るようにしたものであって(段落【0004】),審決は,このような発明のうち,実施例1として記載された具体的な成分の配合(段落【0028】(表1))に基づき,L-アスコルビン酸(ビタミンC又はその誘導体に相当する。)が有効成分,メタケイ酸アルミン酸マグネシウム及び塩化アルミニウムが架橋剤,リンゴ酸がpH調整剤であることを踏まえて引用発明Aを認定したものである。
(2) 上記の認定によれば,引用発明Aは,有効成分としてビタミンC又はその誘導体を用いる場合に特有の問題点を解決するために,そのような目的に適する架橋剤を限定したものであって,特定の有効成分と架橋剤の組み合わせに特徴があるパップ剤である。そして,引用例B(特開平11-246339号公報,甲2)に,グルコサミンとビタミンC(L-アスコルビン酸)はともに代表的な美白剤として従来から知られていることが開示されているとしても,グルコサミンは,ビタミンCと化学構造等の理化学的性質が類似するわけではないから,パップ剤中での金属架橋剤との相互作用が同様であるとは考えられない。
–12–
したがって,ともに美白剤として知られているというだけで,当業者にとって,引用発明Aの有効成分であるビタミンC又は誘導体をグルコサミンに変更することが容易に想到し得るとはいえず,取消事由2は理由がある。
◆第6 結論
以上のとおりで,取消事由3について判断するまでもなく,引用例A及び引用例Bに記載された発明から本願発明の容易推考性を肯定した審決は誤りであって,取り消されるべきものである。よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部 裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 池下朗 裁判官 古谷健二郎
コメント
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