・令和4年1月19日判決言渡
・知的財産高等裁判所第4部 菅野雅之 本吉弘行 岡山忠広
・原告:メジオン ファーマ カンパニー リミテッド
・被告:特許庁長官
・特願2017-504434
・発明の名称:ウデナフィル組成物を用いてフォンタン患者にお ける心筋性能を改善する方法
メジオンファーマ(原告)は、特願2017-504434の出願人です。
メジオンファーマは、本件特許出願の審査で拒絶査定を受けたため、不服審判を請求しました。しかし、特許庁が請求不成立の審決をしたため、取消訴訟を提起しました。
本訴訟では、医薬用途発明の実施可能要件を満たすために十分な実験データ(薬理データ)が本願明細書に記載されているかが争点となりました。
本願の請求項1は以下の通りです。
【請求項1】
フォンタン手術を受けた患者における,最大努力時VO2により測定される運動耐容能の改善用の医薬組成物であって,ウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩を含み,該ウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩の投与量が1回当り87.5mgであり,前記組成物が1日2回投与される,医薬組成物。
本願明細書において、改善効果を示すための試験結果は、表14、図2、図3に記載されています。フォンタン手術を受けた患者における,最大努力時VO2により測定される運動耐容能の改善用の医薬組成物であって,ウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩を含み,該ウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩の投与量が1回当り87.5mgであり,前記組成物が1日2回投与される,医薬組成物。
図3は以下の通りで、請求項1に対応するのは「87.5mg 1日2回」(コホート4)のグラフです。5名中2名は、5日目の数値が正に変化(即ち、改善)しています。
知財高裁は、
「コホート4において,5名中2名の最大努力時VO2が正に変化したという試験結果のみをもって,ウデナフィルの本件処方により,最大努力時VO2が改善したものであるとまで理解することはできない。」
と判断し、実施可能要件を満たさないとした審決の判断に誤りはないと判断しました。
この図3の「87.5mg 1日2回」だけを単純に見ると、5名中2名に効果があることから、ウデナフィルの本件処方に効果がある(改善に使用できる)と解釈する余地もありそうですが、判決を読むと、その解釈は厳しいなと思える状況でした。
具体的には、知財高裁は以下を考慮して、上記の判断をしました。
・本件処方における変化スコアの平均値は小さい一方で,ばらつきを示す標準偏差が非常に大きな値であること
・本件処方を受けた者,そのほかの用量・用法の処方を受けた者,ウデナフィルを投与されなかった者のそれぞれについて,最大努力時VO2が正に変化した場合と負に変化した場合があるが,その理由は明らかでないこと
・本件処方においては,むしろ最大努力時VO2が悪化した者の方が多いこと
・最大努力時VO2が正あるいは負に変化した例数や程度と,ウデナフィルの投与量や投与回数との間の技術的関係についても明らかでないこと
・ウデナフィルが,フォンタン手術を受けた患者における最大努力時VO2により測定される運動耐容能を改善することの作用機序が明らかでなく,ウデナフィルが上記のような運動耐容能を改善するとの技術常識があるとも認められないこと
ウデナフィルを投与されなかった者にも正に変化した場合と負に変化した場合があるっていうのは、反論を難しくしますね。・本件処方を受けた者,そのほかの用量・用法の処方を受けた者,ウデナフィルを投与されなかった者のそれぞれについて,最大努力時VO2が正に変化した場合と負に変化した場合があるが,その理由は明らかでないこと
・本件処方においては,むしろ最大努力時VO2が悪化した者の方が多いこと
・最大努力時VO2が正あるいは負に変化した例数や程度と,ウデナフィルの投与量や投与回数との間の技術的関係についても明らかでないこと
・ウデナフィルが,フォンタン手術を受けた患者における最大努力時VO2により測定される運動耐容能を改善することの作用機序が明らかでなく,ウデナフィルが上記のような運動耐容能を改善するとの技術常識があるとも認められないこと
なお、出願時の請求項1は以下の通りで、「87.5mg 1日2回」の限定はありません。
【請求項1】(出願時)
フォンタン手術を受けた患者に関連する状態、症状、及び/又は副作用を治療、予防、及び/又は最小限にする方法であって、前記患者に治療有効量のウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩を投与することを含む方法。
明細書の記載も含め、このあたりをもう少し深掘りしたら何か気づきがありそうな気もしますが、今回は時間がないので見送ります。フォンタン手術を受けた患者に関連する状態、症状、及び/又は副作用を治療、予防、及び/又は最小限にする方法であって、前記患者に治療有効量のウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩を投与することを含む方法。
また、医薬用途特許では、実験データは実施可能要件・サポート要件のために重要ですが、進歩性のためにも重要です。
審査経過は見てないですが、進歩性はどのように判断されていたかも気になるところです。
最後に、判決抜粋を以下に記載しておきます。
判決
第4 当裁判所の判断
・・・
2 取消事由1(実施可能要件の判断の誤り)について
⑴ 特許法36条4項1号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでなければならないと定めるところ,この規定にいう「実施」とは,物の発明においては,その物を作り,使用をする行為をいうものであるから(同法2条3項1号),物の発明について実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が,その記載及び出願時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,当該発明に係る物を作り,使用をすることができる程度のものでなければならない。
そして,医薬の用途発明においては,一般に,物質名,化学構造等が示されることのみによっては,その有用性を予測することは困難であり,発明の詳細な説明に,有効量,投与方法,製剤化のための事項がある程度記載されていても,それだけでは,当業者は当該医薬が実際にその用途において利用できるかどうかを予測することは困難であり,当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されているというためには,明細書において,当該物質が当該医薬用途に利用できることを薬理データ又はこれと同視することができる程度の事項を記載して,その医薬を製造することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らして,当該用途の医薬として使用できることを当業者が理解できるように記載される必要がある。
本願発明は,前記1⑵のとおり,フォンタン手術を受けた患者における,最大努力時VO2により測定される運動耐容能の改善のため,シルデナフィルに比べ長い半減期を持つPDE5阻害剤の投与がフォンタン手術後に患者の有酸素運動能力の低下を防止又は改善することになるとの仮説の下に,PDE5阻害剤ウデナフィルが様々な病態に対して1日1回治療として有用であり得ることから,フォンタン患者に対してウデナフィルを特定量投与する医薬組成物としたものであり,医薬についての用途発明である。そうすると,本願発明が実施可能要件を満たすためには,本願明細書の発明の詳細な説明に,ウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩の,1回当たり87.5mg,1日2回の投与により,フォンタン手術を受けた患者において,最大努力時VO2により測定される運動耐容能の改善に使用できることが,当業者が理解できるように記載されている必要がある。
⑵ア 本願明細書には,前記1⑵のとおりの開示があり,これに接した当業者は,本願発明は,フォンタン循環において肺血流が受動的であることから,肺血管床を通る血液をより効率的に輸送可能にできる薬剤は心拍出量を改善できることに基づき,肺血管抵抗を低下させ,心室機能を改善する薬剤であるPDE5阻害剤であるウデナフィルを,フォンタン患者に投与することとしたものであり,ウデナフィルは,シルデナフィルと比較して相対的に早い作用発現及び長時間の作用という特性をもつことを理解するものといえる。また,本願明細書に接した当業者は,本件処方は,運動耐容能の改善をもたらし得ることを理解するものといえる(なお,本願明細書では最大努力時VO2測定値が「維持」される場合と「改善」される場合を区別しており(【0078】),最大努力時VO2測定値の単なる「維持」は「改善」には含まれないことを理解するものといえる。)。
イ 本件処方が,運動耐容能の改善をもたらし得ることに関して,本願明細書には,具体例として,最大努力時VO2を主要アウトカムとした「運動負荷試験」である実施例3が記載されている(【0180】ないし【0182】,図2,図3)。
当該試験では,フォンタン患者36名を,「投与量37.5mg,1日1回」(コホート1),「投与量37.5mg,1日2回」(コホート2),「投与量87.5mg,1日1回」(コホート3),「投与量87.5mg,1日2回」(コホート4,本件処方),「投与量125mg,1日1回」(コホート5),「対照(薬剤なし)」(コホート6)の6つのコホートに分け(【0157】),投与前の最大努力時VO2(ベースライン測定)及び5日間投与後の最大努力時VO2(追跡調査測定)が測定され,試験結果は,表14,図2及び図3に記載されている。
(ア)まず,表14をみると,6コホートの,「ベースライン測定」,「追跡調査測定」及び変化スコアが記載されており,これらの各数値は,各コホートに属する被験者の平均値である。
本件処方であるコホート4では,ベースラインの平均値が「28.0±5.2」,追跡調査の平均値が「28.2±6.0」,変化スコアの平均値が「0.2±5.0」であり,変化スコアの平均値はベースラインの平均値に対してわずかに0.71%の増加にとどまっている。そして,これは,本願明細書の【0081】に,本願発明が最大努力時VO2を改善するものとして具体的に挙げられている数値の中で最低のものである1%にも満たないものである。
また,変化スコアの平均値「0.2」に対して,ばらつきを示す標準偏差の値「±5.0」は非常に大きな値であるし,本願明細書には「分散分析は変化スコア間に差がないことを示唆する(p=0.85)。」と記載されている(【0180】)。
これに,前記アのとおり最大努力時VO2測定値の単なる「維持」は「改善」には含まれないことを併せ考えると,表14に示される結果からは,本件処方により運動耐容能が改善されたとか,本件処方が,他の投与量,投与回数よりも,運動耐容能の改善の点において優れていると理解することはできない。
(イ)次に,各被験者の個別変化スコアを示す図2並びに各被験者及び各コホートの治療前後の最大努力時VO2を示す図3によると,本件処方のコホート4では,5名のうち,2名の最大努力時VO2は正に変化し,3名の最大努力時VO2は負に変化しているところ,「正の変化が改善を示す」との記載(【0181】)によれば,5名のうち2名については,最大努力時VO2が改善し,3名については,最大努力時VO2が悪化したということになる。しかし,同じくフォンタン手術を受けた患者の中で,正の変化をした者2名と,負の変化をした者3名という正反対の結果がもたらされた理由については,本願明細書には何ら記載がない。
また,図2及び図3によれば,本件処方以外のいずれのコホートにおいても,「対照(薬剤なし)」群であるコホート6を含め,最大努力時VO2が正に変化した者と負に変化した者が存在することが看取されるが,正あるいは負に変化した例数や程度と,ウデナフィルの投与量や投与回数との間に,一定の傾向や,対応関係,技術的意味があることを看取することはできない。
ウ 本願明細書には,PDE5阻害剤の,フォンタン患者における薬効の作用機序として,前記アのとおり,肺血管抵抗を低下させ,心室機能を改善すること等が記載されており,実際,シルデナフィルに関しては,フォンタン患者の運動能力を改善する重要な薬剤であることが示唆されることも記載されている(【0009】)。
しかしながら,一方で,同じPDE5阻害剤であっても,タダラフィルのように,フォンタン手術を受けた患者における,最大努力時VO2により測定される運動耐容能が不変であった(【0012】)ものも知られているところ,本願明細書には,ウデナフィルが,PDE5阻害剤の中で,タダラフィルとは異なって,シルデナフィルと同様に,フォンタン手術を受けた患者における,最大努力時VO2により測定される運動耐容能を改善する作用機序は記載されていない。
また,ウデナフィルが,フォンタン手術を受けた患者における,最大努力時VO2により測定される運動耐容能を改善するとの技術常識があるとも認められない。
エ 以上のように,本件処方における変化スコアの平均値は小さい一方で,ばらつきを示す標準偏差が非常に大きな値であること,本件処方を受けた者,そのほかの用量・用法の処方を受けた者,ウデナフィルを投与されなかった者のそれぞれについて,最大努力時VO2が正に変化した場合と負に変化した場合があるが,その理由は明らかでないこと,本件処方においては,むしろ最大努力時VO2が悪化した者の方が多いこと,最大努力時VO2が正あるいは負に変化した例数や程度と,ウデナフィルの投与量や投与回数との間の技術的関係についても明らかでないこと,ウデナフィルが,フォンタン手術を受けた患者における最大努力時VO2により測定される運動耐容能を改善することの作用機序が明らかでなく,ウデナフィルが上記のような運動耐容能を改善するとの技術常識があるとも認められないことを踏まえると,コホート4において,5名中2名の最大努力時VO2が正に変化したという試験結果のみをもって,ウデナフィルの本件処方により,最大努力時VO2が改善したものであるとまで理解することはできない。
⑶ 原告は,前記第3の1⑴アのとおり,有意差がないから,医薬としての有効性が認められず,実施可能要件が認められないということにはならないし,ヒト臨床試験を必要とする発明について,特許出願前に有意差を伴う実験データを出すことは非現実的であると主張する。
しかし,本件においては,有意性の問題は措いたとしても,ウデナフィルの本件処方により,最大努力時VO2が改善したこと自体を認め難いことは,前記⑵のとおりである。原告は,実際に症状が大幅に改善した患者がいるとするが(甲11,12),本願明細書には,実施例3における試験結果全体が記載されているのであり,その記載内容を全体としてみれば,フォンタン手術を受けた患者に対し,本件処方が最大努力時VO2により測定される運動耐容能の改善に使用できることを当業者が理解できるとはいえないというべきである。したがって,原告の主張は採用できない。
また,原告がその他るる主張する点は,いずれも本件結論を左右し得ない。
⑷ そうすると,本願発明が実施可能要件を満たさないとした本件審決の判断に誤りはない。
3 結論
以上によれば,本願発明には実施可能要件違反があるとした本件審決の判断に誤りはなく,原告の請求は,その余の取消事由について判断するまでもなく(なお,前記2における認定説示に照らせば,サポート要件違反に関する原告の主張も採用できないことは明らかというべきである。)理由がない。よって,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
・・・
2 取消事由1(実施可能要件の判断の誤り)について
⑴ 特許法36条4項1号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでなければならないと定めるところ,この規定にいう「実施」とは,物の発明においては,その物を作り,使用をする行為をいうものであるから(同法2条3項1号),物の発明について実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が,その記載及び出願時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,当該発明に係る物を作り,使用をすることができる程度のものでなければならない。
そして,医薬の用途発明においては,一般に,物質名,化学構造等が示されることのみによっては,その有用性を予測することは困難であり,発明の詳細な説明に,有効量,投与方法,製剤化のための事項がある程度記載されていても,それだけでは,当業者は当該医薬が実際にその用途において利用できるかどうかを予測することは困難であり,当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されているというためには,明細書において,当該物質が当該医薬用途に利用できることを薬理データ又はこれと同視することができる程度の事項を記載して,その医薬を製造することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らして,当該用途の医薬として使用できることを当業者が理解できるように記載される必要がある。
本願発明は,前記1⑵のとおり,フォンタン手術を受けた患者における,最大努力時VO2により測定される運動耐容能の改善のため,シルデナフィルに比べ長い半減期を持つPDE5阻害剤の投与がフォンタン手術後に患者の有酸素運動能力の低下を防止又は改善することになるとの仮説の下に,PDE5阻害剤ウデナフィルが様々な病態に対して1日1回治療として有用であり得ることから,フォンタン患者に対してウデナフィルを特定量投与する医薬組成物としたものであり,医薬についての用途発明である。そうすると,本願発明が実施可能要件を満たすためには,本願明細書の発明の詳細な説明に,ウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩の,1回当たり87.5mg,1日2回の投与により,フォンタン手術を受けた患者において,最大努力時VO2により測定される運動耐容能の改善に使用できることが,当業者が理解できるように記載されている必要がある。
⑵ア 本願明細書には,前記1⑵のとおりの開示があり,これに接した当業者は,本願発明は,フォンタン循環において肺血流が受動的であることから,肺血管床を通る血液をより効率的に輸送可能にできる薬剤は心拍出量を改善できることに基づき,肺血管抵抗を低下させ,心室機能を改善する薬剤であるPDE5阻害剤であるウデナフィルを,フォンタン患者に投与することとしたものであり,ウデナフィルは,シルデナフィルと比較して相対的に早い作用発現及び長時間の作用という特性をもつことを理解するものといえる。また,本願明細書に接した当業者は,本件処方は,運動耐容能の改善をもたらし得ることを理解するものといえる(なお,本願明細書では最大努力時VO2測定値が「維持」される場合と「改善」される場合を区別しており(【0078】),最大努力時VO2測定値の単なる「維持」は「改善」には含まれないことを理解するものといえる。)。
イ 本件処方が,運動耐容能の改善をもたらし得ることに関して,本願明細書には,具体例として,最大努力時VO2を主要アウトカムとした「運動負荷試験」である実施例3が記載されている(【0180】ないし【0182】,図2,図3)。
当該試験では,フォンタン患者36名を,「投与量37.5mg,1日1回」(コホート1),「投与量37.5mg,1日2回」(コホート2),「投与量87.5mg,1日1回」(コホート3),「投与量87.5mg,1日2回」(コホート4,本件処方),「投与量125mg,1日1回」(コホート5),「対照(薬剤なし)」(コホート6)の6つのコホートに分け(【0157】),投与前の最大努力時VO2(ベースライン測定)及び5日間投与後の最大努力時VO2(追跡調査測定)が測定され,試験結果は,表14,図2及び図3に記載されている。
(ア)まず,表14をみると,6コホートの,「ベースライン測定」,「追跡調査測定」及び変化スコアが記載されており,これらの各数値は,各コホートに属する被験者の平均値である。
本件処方であるコホート4では,ベースラインの平均値が「28.0±5.2」,追跡調査の平均値が「28.2±6.0」,変化スコアの平均値が「0.2±5.0」であり,変化スコアの平均値はベースラインの平均値に対してわずかに0.71%の増加にとどまっている。そして,これは,本願明細書の【0081】に,本願発明が最大努力時VO2を改善するものとして具体的に挙げられている数値の中で最低のものである1%にも満たないものである。
また,変化スコアの平均値「0.2」に対して,ばらつきを示す標準偏差の値「±5.0」は非常に大きな値であるし,本願明細書には「分散分析は変化スコア間に差がないことを示唆する(p=0.85)。」と記載されている(【0180】)。
これに,前記アのとおり最大努力時VO2測定値の単なる「維持」は「改善」には含まれないことを併せ考えると,表14に示される結果からは,本件処方により運動耐容能が改善されたとか,本件処方が,他の投与量,投与回数よりも,運動耐容能の改善の点において優れていると理解することはできない。
(イ)次に,各被験者の個別変化スコアを示す図2並びに各被験者及び各コホートの治療前後の最大努力時VO2を示す図3によると,本件処方のコホート4では,5名のうち,2名の最大努力時VO2は正に変化し,3名の最大努力時VO2は負に変化しているところ,「正の変化が改善を示す」との記載(【0181】)によれば,5名のうち2名については,最大努力時VO2が改善し,3名については,最大努力時VO2が悪化したということになる。しかし,同じくフォンタン手術を受けた患者の中で,正の変化をした者2名と,負の変化をした者3名という正反対の結果がもたらされた理由については,本願明細書には何ら記載がない。
また,図2及び図3によれば,本件処方以外のいずれのコホートにおいても,「対照(薬剤なし)」群であるコホート6を含め,最大努力時VO2が正に変化した者と負に変化した者が存在することが看取されるが,正あるいは負に変化した例数や程度と,ウデナフィルの投与量や投与回数との間に,一定の傾向や,対応関係,技術的意味があることを看取することはできない。
ウ 本願明細書には,PDE5阻害剤の,フォンタン患者における薬効の作用機序として,前記アのとおり,肺血管抵抗を低下させ,心室機能を改善すること等が記載されており,実際,シルデナフィルに関しては,フォンタン患者の運動能力を改善する重要な薬剤であることが示唆されることも記載されている(【0009】)。
しかしながら,一方で,同じPDE5阻害剤であっても,タダラフィルのように,フォンタン手術を受けた患者における,最大努力時VO2により測定される運動耐容能が不変であった(【0012】)ものも知られているところ,本願明細書には,ウデナフィルが,PDE5阻害剤の中で,タダラフィルとは異なって,シルデナフィルと同様に,フォンタン手術を受けた患者における,最大努力時VO2により測定される運動耐容能を改善する作用機序は記載されていない。
また,ウデナフィルが,フォンタン手術を受けた患者における,最大努力時VO2により測定される運動耐容能を改善するとの技術常識があるとも認められない。
エ 以上のように,本件処方における変化スコアの平均値は小さい一方で,ばらつきを示す標準偏差が非常に大きな値であること,本件処方を受けた者,そのほかの用量・用法の処方を受けた者,ウデナフィルを投与されなかった者のそれぞれについて,最大努力時VO2が正に変化した場合と負に変化した場合があるが,その理由は明らかでないこと,本件処方においては,むしろ最大努力時VO2が悪化した者の方が多いこと,最大努力時VO2が正あるいは負に変化した例数や程度と,ウデナフィルの投与量や投与回数との間の技術的関係についても明らかでないこと,ウデナフィルが,フォンタン手術を受けた患者における最大努力時VO2により測定される運動耐容能を改善することの作用機序が明らかでなく,ウデナフィルが上記のような運動耐容能を改善するとの技術常識があるとも認められないことを踏まえると,コホート4において,5名中2名の最大努力時VO2が正に変化したという試験結果のみをもって,ウデナフィルの本件処方により,最大努力時VO2が改善したものであるとまで理解することはできない。
⑶ 原告は,前記第3の1⑴アのとおり,有意差がないから,医薬としての有効性が認められず,実施可能要件が認められないということにはならないし,ヒト臨床試験を必要とする発明について,特許出願前に有意差を伴う実験データを出すことは非現実的であると主張する。
しかし,本件においては,有意性の問題は措いたとしても,ウデナフィルの本件処方により,最大努力時VO2が改善したこと自体を認め難いことは,前記⑵のとおりである。原告は,実際に症状が大幅に改善した患者がいるとするが(甲11,12),本願明細書には,実施例3における試験結果全体が記載されているのであり,その記載内容を全体としてみれば,フォンタン手術を受けた患者に対し,本件処方が最大努力時VO2により測定される運動耐容能の改善に使用できることを当業者が理解できるとはいえないというべきである。したがって,原告の主張は採用できない。
また,原告がその他るる主張する点は,いずれも本件結論を左右し得ない。
⑷ そうすると,本願発明が実施可能要件を満たさないとした本件審決の判断に誤りはない。
3 結論
以上によれば,本願発明には実施可能要件違反があるとした本件審決の判断に誤りはなく,原告の請求は,その余の取消事由について判断するまでもなく(なお,前記2における認定説示に照らせば,サポート要件違反に関する原告の主張も採用できないことは明らかというべきである。)理由がない。よって,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
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