クレームに併用が記載された特許出願の実施可能要件において、併用効果を示す実施例がなくても、併用効果以外の技術上の意義が考慮された事例

<判決紹介>
平成26(行ケ)10238号 審決取消請求事件

■コメント
特願2006-536494に対する拒絶審決の取消訴訟。
争点は、本願が実施可能要件を満たしているかどうか。 医薬用途クレームとそれに必要な薬理データを検討する際に参考になる事例。
本願請求項1は以下の通り。
「【請求項1
天然若しくは合成ゴム又は合成樹脂製で独立気泡構造の気泡シートを備えた活性発泡体であって,前記気泡シートは,ジルコニウム化合物及び/又はゲルマニウム化合物を含有し,薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いることを特徴とする活性発泡体。」
特許庁は、
「そして,<試験1>は,あくまで活性発泡体を単独で使用する場合についてのものであり,その試験結果をもって,薬剤を併用する場合の効果を示したものとはいえないし,invitro試験である<試験3>の結果が,「薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いる」場合の効果を予測させるに十分であるとする技術的根拠が見当たらない以上,<試験1>で示された効果を考慮しても,本願発明に係る併用効果が示されたとはいえない。」
「審決は,以上を前提に,酪酸ナトリウムの癌細胞増殖抑制効果というただ一例の結果のみの記載に基づいて,本願明細書に,活性発泡体が薬剤全般に対する増強作用を有することが示されているとはいえないとしたのであり,このような審決の判断に誤りはない。」
などの主張をしたが、裁判所は、
「本願明細書に,活性発泡体の薬剤との併用効果についての開示が十分にされていないとしても,活性発泡体を「薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いる」ことに,それ以外の技術上の意義があるということができるのであれば,少なくとも実施可能要件に関する限り,本願明細書の記載及び本願出願当時の技術常識に基づき,本願発明に係る活性発泡体を「使用できる」というべきである。
そして,検討次第では,少なくとも,本願発明に係る活性発泡体を,血行促進効果を発揮させることができるような形で「使用できる」と認める余地があり得ることは,前記(3)イにおいて説示したとおりである。よって,審決には,かかる点についての検討を十分に行うことなく,上記のような理由により本願明細書が特許法3641号所定の要件を満たしていないと結論付けた点で,誤りがあるといわざるを得ず,審決は,取消しを免れない。」
「しかしながら,薬剤の効果を高めるとか,病気の治癒を促進するなどの目的ないし用途が,本願発明の請求項において特定されていないのは前述のとおりであるし,本願発明が目的とする作用効果は,薬剤の効果の増強だけに限られるものではなく,血行の促進,体質改善等も含まれる。よって,本願明細書の記載から,活性発泡体を薬剤投与の際に用いることにより薬剤の効果がどのように増強されるのかが明らかではなく,また,活性発泡体があらゆる薬剤の効果を増強する効果を有するかどうかが明らかではないとしても,そのことから直ちに,本願明細書の記載が実施可能要件を満たしていないと結論付けることはできない。」
と判断した。 拒絶審決取消。 ☆☆
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■判決概要
・平成26(行ケ)10238号 審決取消請求事件
・平成2785日判決言渡、知的財産高等裁判所第3
・原告: X1X2
・被告: 特許庁長官
・出願: 特願2006-536494
・請求項1:
天然若しくは合成ゴム又は合成樹脂製で独立気泡構造の気泡シートを備えた活性発泡体であって,前記気泡シートは,ジルコニウム化合物及び/又はゲルマニウム化合物を含有し,薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用 いることを特徴とする活性発泡体。
主文
1
特許庁が不服2011-20954号事件について平成26922日にした審決を取り消す。
2
訴訟費用は被告の負担とする。
・・・。
5 当裁判所の判断
当裁判所は,審決には,本願発明に係る活性発泡体の薬剤との併用効果について,当業者が理解し認識できるような記載がないことを理由に,本願明細書が特許法3641号の要件を満たしていないと判断した点に誤りがあり,この誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取消しを免れないと判断する。
・・・。
2
本願明細書が実施可能要件を充足しているか否か
(1)
実施可能要件の内容特許法3641号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定める。特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容を一般に開示する内容を記載しなければならない。特許法3641号が上記のとおり規定する趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことにあると解される。
そして,物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(特許法231号),同法3641号の「その実施をすることができる」とは,その物を作ることができ,かつ,その物を使用できることであり,物の発明については,明細書にその物を生産する方法及び使用する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても,明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき,当業者がその物を作ることができ,かつ,その物を使用できるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。
さらに,ここにいう「使用できる」といえるためには,特許発明に係る物について,例えば発明が目的とする作用効果等を奏する態様で用いることができるなど,少なくとも何らかの技術上の意義のある態様で使用することができることを要するというべきである
これを本願発明についてみると,本願発明は,前記第22に記載のとおりの活性発泡体であるから,本願発明は物の発明であり,本願発明が実施可能であるというためには,本願明細書及び図面の記載並びに本願出願当時の技術常識に基づき,当業者が,本願発明に係る活性発泡体を作ることができ,かつ,当該活性発泡体を使用できる必要があるとともに,それで足りるというべきである。
・・・。
(3)
活性発泡体を使用できるかについて
・・・。
イ そして,本願明細書では,<試験1>として,被験者1名が活性発泡体を敷いた椅子の上に30分間静止状態で座った後の血流量,血液量,血流速度及び体圧を,活性発泡体を敷いていない椅子の上に30分間静止状態で座った後のそれらと比較した結果を踏まえ,「本活性発泡体を使用すれば,血行がよくなり,体圧が下がることが分かる。」と結論付けている([0035]ないし[0040])。
しかしながら,この試験は,活性発泡体を「人体に直接又は間接的に接触させて用いる」態様で行われた試験ではあるものの,この試験において用いられた活性発泡体がどのようなものであるのか(特に,ジルコニウム化合物及びゲルマニウム化合物のどちらを,あるいはその両方を,どの程度含有するのか)については,本願明細書に記載がなく定かではない。また,本願出願当時の当業者の技術常識に照らしても,被験者は50代の女性1名のみであるから,その試験結果を人体一般に妥当する客観的なものとして評価することが可能であるともいい難いし,試験条件の詳細も明らかではないから,この試験における血流量や体圧の計測結果から導かれるとされる「本活性発泡体を使用すれば,血行がよくなり,体圧が下がる」との効果が,活性発泡体を使用したことによるものであるのか,それ以外の要因に基づくものであるのかどうかについても,直ちに検証することはできない。
そうすると,<試験1>の結果のみから,活性発泡体を「人体に直接又は間接的に接触させて用いる」ことに,人体の血行を促進することが期待できるという技術上の意義があるというのには疑問がある。とはいえ,例えば,<試験1>に係る諸条件の説明や,他の試験結果の存否及びその内容次第では,本願発明に係る活性発泡体の使用に,かかる技術上の意義があることが裏付けられたということのできる余地もあるというべきである。
(4)
審決の判断について
以上を踏まえて,審決の判断の適否を検討する。審決は,活性発泡体の薬剤との併用効果について当業者が理解し認識できるような記載がないことを理由に,本願明細書が特許法3641号所定の要件を満たしていないと結論付けている。
しかしながら,本願発明の請求項における「薬剤投与の際に」とは,その 文言からして,活性発泡体を用いる時期を特定するものにすぎず,その請求項において,薬剤の効果を高めるとか,病気の治癒を促進するなどの目的ないし用途が特定されているものではない。よって,本願明細書に,活性発泡体の薬剤との併用効果についての開示が十分にされていないとしても,活性発泡体を「薬剤投与の際に人体に直接又は間接的に接触させて用いる」ことに,それ以外の技術上の意義があるということができるのであれば,少なくとも実施可能要件に関する限り,本願明細書の記載及び本願出願当時の技術常識に基づき,本願発明に係る活性発泡体を「使用できる」というべきである。そして,検討次第では,少なくとも,本願発明に係る活性発泡体を,血行促進効果を発揮させることができるような形で「使用できる」と認める余地があり得ることは,前記(3)イにおいて説示したとおりである。
よって,審決には,かかる点についての検討を十分に行うことなく,上記のような理由により本願明細書が特許法3641号所定の要件を満たしていないと結論付けた点で,誤りがあるといわざるを得ず,審決は,取消しを免れない。

3
被告の主張について
(1)
被告は,本願明細書に,当業者が本願発明に係る活性発泡体を「使用できる」ように記載されているというためには,医薬用途に関する発明に準じて,活性発泡体の薬剤との併用効果が当業者が具体的に理解し認識できるように記載されていること,すなわち,併用効果に関する薬理作用を裏付ける必要があると主張する(前記第41)。
しかしながら,本願発明の請求項における「薬剤投与の際に」とは,その文言からして,活性発泡体を用いる時期を特定するものにすぎず,その請求項において,薬剤の効果を高めるとか,病気の治癒を促進するなどの目的ないし用途が特定されているものではないのは前記2(4)のとおりである。よって,実施可能要件を満たすか否かを判断するに際し,医薬用途に関する発明に準じて,活性発泡体の薬剤との併用効果に関する薬理作用を裏付ける必要があるということはできない。
(2)
被告は,本願発明に係る活性発泡体が,どのような作用・機能に基づいて生体内で酪酸ナトリウムの有する前立腺癌細胞の増殖抑制効果を増強するのかが,本願明細書の記載からは明らかとはいえない旨の審決の判断に,誤りはないと主張する(前記第42)。また,被告は,薬剤には様々なものが存在するから,本願明細書に活性発泡体の血行促進作用,代謝促進作用及び癌細胞弱体化作用が記載されていたとしても,活性発泡体があらゆる薬剤の効果を増強するということはできないと主張する(前記第44)。
しかしながら,薬剤の効果を高めるとか,病気の治癒を促進するなどの目的ないし用途が,本願発明の請求項において特定されていないのは前述のとおりであるし,本願発明が目的とする作用効果は,薬剤の効果の増強だけに限られるものではなく,血行の促進,体質改善等も含まれる。よって,本願明細書の記載から,活性発泡体を薬剤投与の際に用いることにより薬剤の効果がどのように増強されるのかが明らかではなく,また,活性発泡体があらゆる薬剤の効果を増強する効果を有するかどうかが明らかではないとしても,そのことから直ちに,本願明細書の記載が実施可能要件を満たしていないと結論付けることはできない。
・・・。
4
結論
以上によれば,原告らの請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。


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