<判決紹介>
・平成29年(行ケ)第10003号 審決取消請求事件
・平成29年11月21日判決言渡
・知的財産高等裁判所第4部、髙部眞規子、山門優、片瀬亮
・原告:X
・被告:アルコンリサーチリミテッド、協和発酵キリン株式会社
・特許3068858
・発明の名称:アレルギー性眼疾患を処置するためのドキセピン誘導体を含有する局所的眼科用処方物■コメント
無効審判事件の進歩性ありの審決が取り消された事例です。
対応する先発品はパタノール点眼液0.1%(オロパタジン塩酸塩)です。同じ剤型の後発品はないようです。
経過は以下の通りです。●平成12年5月19日:特許3068858が登録
●平成23年2月3日:Xが無効審判請求
●平成23年5月23日:訂正
●平成23年12月16日:無効審決(特許庁)
●平成24年4月24日:アルコンと協和キリンが審決取消訴訟を提起
●平成24年7月11日:審決取消(裁判所)
●平成24年8月10日:訂正(請求項1を訂正、請求項2-4、6-12を削除)
●平成25年1月22日:有効審決(特許庁)
●平成25年3月1日:Xが審決取消訴訟を提起
●平成26年7月30日:審決取消=進歩性なしで無効(裁判所)
●平成28年1月12日:上告不受理
●平成28年2月1日:訂正
●平成28年12月1日:進歩性ありで有効審決
●平成29年11月21日:審決取消=進歩性なしで無効(裁判所)平成26年7月30日の判決については、以前のブログで取り上げていました。これです。
https://biopatent.jp/299/請求項1は下記の通りです。「【請求項1】
ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所投与可能な,点眼剤として調製された眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤であって,治療的有効量の11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸またはその薬学的に受容可能な塩を含有する,ヒト結膜肥満細胞安定化剤。」本件特許発明と、引用例1(あたらしい眼科Vol.11,No.4(1994)60)3~605頁(甲1))との相違点は下記の通りです。「(ア) 相違点1
アレルギー性眼疾患について,本件発明1では「ヒトにおける」と特定されているのに対し,引用発明1ではそのような特定がない点。
(イ) 相違点2
眼科用組成物(剤)について,本件発明1では「眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤」と特定されているのに対し,引用発明1ではそのような特定がない点。
(ウ) 相違点3
本件発明1では「点眼剤として調製された」ことが特定されているのに対し,引用発明1ではそのような特定がない点。」判決によれば審決の判断は下記の通りで、本件特許発明に予測し得ない格別顕著な効果があるため進歩性ありと判断しました。「⑶ 本件審決の判断
本件審決は,確定した前訴判決の拘束力(行政事件訴訟法33条1項)により,相違点1及び相違点2については,いずれも引用例1及び引用例2に接した当業者が容易に想到することができたものであるとされ,相違点3については,単なる設計事項にすぎないとしつつ,化合物Aは「ヒト結膜肥満細胞」に対して優れた安定化効果(高いヒスタミン放出阻害率)を有すること,また,AL-4943A(化合物Aのシス異性体)は最大値のヒスタミン放出阻害率を奏する濃度の範囲が非常に広いことは,いずれも引用例1,引用例3及び本件特許の優先日当時の技術常識から当業者が予測し得ない格別顕著な効果であり,進歩性を判断するにあたり,引用発明1と比較した有利な効果として参酌すべきものであるとして,本件各発明は当業者が容易に発明できたものとはいえないと判断したものである。」これに対して裁判所は下記の通り、予測し難い顕著なものであるということはできないと判断しました。「イ これらの記載によれば,本件明細書に接した当業者は,本件明細書に記載された実験(結膜肥満細胞を培養した細胞集団に薬剤を投じて同細胞からのヒスタミン遊離抑制率を測定する実験)において,化合物A(シス異性体)のヒト結膜組織肥満細胞からのヒスタミン放出の阻害率は,300μMで29.6%,600μMで47.5%,1000μMで66.7%,2000μMで92.6%を記録し,30μMから2000μMまでの濃度範囲内において濃度の増加とともに上昇し,1000μMでは66.7%という高いヒスタミン放出阻害効果を示し,その2倍の濃度である2000μMでも同92.6%という高率を維持していたこと,これに対し,抗アレルギー薬として知られるクロモグリク酸二ナトリウム及びネドクロミルナトリウムが,2000μMまでの濃度範囲でヒト結膜組織肥満細胞からのヒスタミン放出を有意に阻害することができなかったことを認識するものというべきである。
他方,本件明細書には,2000μMを超える濃度における化合物Aのヒスタミン放出阻害率を測定した実験結果等,2000μMを超える濃度においても化合物Aが広い範囲で高いヒスタミン放出阻害効果を有することについて説明した記載や,これを示唆する記載は存在せず,本件特許の優先日当時の技術水準に鑑みても,本件明細書の記載から,当業者において上記効果を推論できたことを認めるに足りる証拠はない。したがって,本件発明1の顕著な効果の有無を判断する際に,2000μMを超える濃度における化合物Aのヒスタミン放出阻害効果を本件発明1の効果として参酌することはできない。なお,本件特許の優先日後に頒布された甲39には,本件明細書に記載された上記実験と同様の実験方法により,AL-4943A(化合物Aのシス異性体)の濃度(用量)が2000μM程度に至っても用量依存的に上昇し,10000μMまで濃度が上昇しても90%程度の阻害率を示したことが記載されているが,当業者において,本件明細書から2000μMを超えて濃度依存的な阻害を引き起こすものと推論できない以上,本件発明1の顕著な効果の有無を判断する際に,その内容を参酌することはできない。
ウ 本件発明1の効果について確定した前訴判決によれば,引用例1及び引用例2に接した当業者は,引用例1記載のアレルギー性結膜炎を抑制するためのKW-4679(化合物Aのシス異性体の塩酸塩)を含有する点眼剤をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤として適用することを試みる際に,KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(ヒト結膜肥満細胞安定化作用)を有することを確認し,ヒト結膜肥満安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められ,この点は当事者間に争いがない。そうすると,化合物Aがヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用を有すること自体は,当業者にとって予測し難い顕著なものであるということはできない。
また,引用例1及び引用例2には,化合物Aがヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用を有するか否か及び同作用を有する場合にどの程度の効果を示すのかということについて,明示的な記載はされていないものの,甲20等には,本件特許の優先日前にスギ花粉症患者11例ないし30例に対して,化合物A以外の化合物について,抗原による眼誘発試験(スギ抗原液を点眼することによるアレルギー反応誘発試験)を行い,点眼液の点眼後5分後及び10分後の涙液中のヒスタミン遊離抑制率を測定した結果,①0.0003%塩酸プロカテロール点眼液では,誘発5分後で平均79.0%及び誘発10分後で平均82.5%,同0.001%点眼液では,誘発5分後で平均81.6%及び誘発10分後で89.5%,同0.003%点眼液では,誘発5分後で平均81.7%及び誘発10分後で90.7%を(甲20),②0.05%ケトチフェン点眼液では,誘発5分後で平均67.5%及び誘発10分後で平均67.2%を(甲32),③2%クロモグリク酸二ナトリウム点眼液では,誘発5分後で平均73.8%及び誘発10分後で平均67.5%を(甲34),④0.25%ペミロラストカリウム点眼液では,誘発5分後で平均71.8%及び誘発10分後で平均61.3%,同0.1%点眼液では,誘発5分後で平均69.6%及び誘発10分後で平均69.0%を(甲37),それぞれ記録した旨が開示されている。
そうすると,当業者の本件特許の優先日における技術水準として,化合物Aのほかに,所定濃度を点眼することにより約70%ないし90%程度の高いヒスタミン放出阻害率を示す化合物が複数存在すること,その中には2.5倍から10倍程度の濃度範囲にわたって高いヒスタミン放出阻害効果を維持する化合物も存在することが認められる。
以上のとおり,本件特許の優先日において,化合物A以外に,ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出に対する高い抑制効果を示す化合物が存在することが知られていたことなどの諸事情を考慮すると,本件明細書に記載された,本件発明1に係る化合物Aを含むヒト結膜肥満細胞安定化剤のヒスタミン遊離抑制効果が,当業者にとって当時の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものであるということはできない。なお,本件発明1の顕著な効果の有無を判断する際に,甲39の内容を参酌することができないことについては,前記イのとおりであるが,仮にその内容を参酌したとしても,上記のとおり,本件特許の優先日において,化合物A以外に,高いヒスタミン放出阻害率を示す化合物が複数存在し,その中には2.5倍から10倍程度の濃度範囲にわたって高いヒスタミン放出阻害効果を維持する化合物も存在したことを考慮すると,甲39に記載された,本件発明1に係る化合物Aを含むヒト結膜肥満細胞安定化剤のヒスタミン遊離抑制効果が,当業者にとって当時の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものであるということもできない。
したがって,本件発明1の効果は,当業者において,引用発明1及び引用発明2から容易に想到する本件発明1の構成を前提として,予測し難い顕著なものであるということはできず,本件審決における本件発明1の効果に係る判断には誤りがある。」そして、今回の判決がめずらしいのはここからで、裁判所は以下の通り付言しました。「4 結論
以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,本件審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。
なお,本件審判の審理について付言する。
特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは,審判官は特許法181条2項の規定に従い当該審判事件について更に審理,審決をするが,再度の審理,審決には,行政事件訴訟法33条1項の規定により,取消判決の拘束力が及ぶ。そして,この拘束力は,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから,審判官は取消判決の認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって,再度の審判手続において,審判官は,取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につきこれを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと,あるいは上記主張を裏付けるための新たな立証をすることを許すべきではない。また,特定の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとの理由により,容易に発明することができたとはいえないとする審決の認定判断を誤りであるとしてこれが取り消されて確定した場合には,再度の審判手続に当該判決の拘束力が及ぶ結果,審判官は同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないと認定判断することは許されない(最高裁昭和63年(行ツ)第10号平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁参照)。
前訴判決は,「取消事由3(甲1を主引例とする進歩性の判断の誤り)」と題する項目において,引用例1及び引用例2に接した当業者は,KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(ヒト結膜肥満細胞安定化作用)を有することを確認し,ヒト結膜肥満安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められるとして,引用例1を主引用例とする進歩性欠如の無効理由は理由がないとした第2次審決を取り消したものである。特に,第2次審決及び前訴判決が審理の対象とした第2次訂正後の発明1は,本件審決が審理の対象とした本件発明1と同一であり,引用例も同一であるにもかかわらず,本件審決は,本件発明1は引用例1及び引用例2に基づき当業者が容易に発明できたものとはいえないとして,本件各発明の進歩性を認めたものである。
発明の容易想到性については,主引用発明に副引用発明を適用する動機付けや阻害要因の有無のほか,当該発明における予測し難い顕著な効果の有無等も考慮して判断されるべきものであり,当事者は,第2次審判及びその審決取消訴訟において,特定の引用例に基づく容易想到性を肯定する事実の主張立証も,これを否定する事実の主張立証も,行うことができたものである。これを主張立証することなく前訴判決を確定させた後,再び開始された本件審判手続に至って,当事者に,前訴と同一の引用例である引用例1及び引用例2から,前訴と同一で訂正されていない本件発明1を,当業者が容易に発明することができなかったとの主張立証を許すことは,特許庁と裁判所の間で事件が際限なく往復することになりかねず,訴訟経済に反するもので,行政事件訴訟法33条1項の規定の趣旨に照らし,問題があったといわざるを得ない。」特許権者としては、直接争点になっていなくても効果の主張は早めにしておいた方がよいのかもしれませんね。
判決文はこちらから
コメント
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平成24年7月の審決取消は決定によるものであって、裁判所は有効と判断していないのでは?
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> 平成24年7月の審決取消は決定によるものであって、裁判所は有効と判断していないのでは?
コメントありがとうございます!
おっしゃるとおりです<(_ _)>
平成24年7月11日の「審決取消=有効」を「審決取消」に修正しました!