(ロスバスタチンCa物質特許の知財高裁大合議判決)甲2の置換基が2000万通り以上の選択肢の1つで、且つ積極的あるいは優先的に選択すべき事情がないので引用発明と認定できないと判断された事例

<判決紹介>
・平成28年(行ケ)第10182号審決取消請求事件
 同第10184号審決取消請求事件
・平成30413日判決言渡
・知的財産高等裁判所特別部 清水節 髙部眞規子 森義之 鶴岡稔彦 森岡礼子
・第1事件原告:日本ケミファ株式会社
・第2事件原告:X
・第12事件被告:塩野義製薬株式会社
・第12事件被告補助参加人:アストラゼネカ ユーケイ リミテッド
・特許2648897
・発明の名称:ピリミジン誘導体

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少し前になりますが、知財高裁大合議判決の紹介です。
ロスバスタチンカルシウムの物質特許特許2648897)に対する無効審判の特許維持審決の取消訴訟です。
争点は、訴えの利益、進歩性、サポート要件。
本件特許の請求項1は下記の通りです。

「【請求項1
式(I):
【化1
 
(式中,
R1
は低級アルキル;
R2
はハロゲンにより置換されたフェニル;
R3
は低級アルキル;
R4
は水素またはヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオン;
X
はアルキルスルホニル基により置換されたイミノ基;
破線は2重結合の有無を,それぞれ表す。)
で示される化合物またはその閉環ラクトン体である化合物。」
進歩性に関する裁判所の判断は以下の通りです。
裁判所は、(1)甲2の置換基が2000万通り以上の選択肢の1つで、且つ積極的あるいは優先的に選択すべき事情がないので引用発明と認定できない、従って(2)甲1と甲2を組み合わせることで相違点の構成とすることはできない(容易に発明することがきたとは認められない)、という主旨の判断をしました。
●判決-----------------------------------------------------------------------------------
当裁判所の判断
・・・
取消事由1について
1)進歩性の判断について
特許法291項は,「産業上利用することができる発明をした者は,次に掲げる発明を除き,その発明について特許を受けることができる。」と定め,同項3号として,「特許出願前に日本国内又は外国において」「頒布された刊行物に記載された発明」を挙げている。同条2項は,特許出願前に当業者が同条1項各号に定める発明に基づいて容易に発明をすることができたときは,その発明については,特許を受けることができない旨を規定し,いわゆる進歩性を有していない発明は特許を受けることができないことを定めている。
上記進歩性に係る要件が認められるかどうかは,特許請求の範囲に基づいて特許出願に係る発明(以下「本願発明」という。)を認定した上で,同条1項各号所定の発明と対比し,一致する点及び相違する点を認定し,相違する点が存する場合には,当業者が,出願時(又は優先権主張日。以下「3取消事由1について」において同じ。)の技術水準に基づいて,当該相違点に対応する本願発明を容易に想到することができたかどうかを判断することとなる。
このような進歩性の判断に際し,本願発明と対比すべき同条1項各号所定の発明(以下「主引用発明」といい,後記「副引用発明」と併せて「引用発明」という。)は,通常,本願発明と技術分野が関連し,当該技術分野における当業者が検討対象とする範囲内のものから選択されるところ,同条13号の「刊行物に記載された発明」については,当業者が,出願時の技術水準に基づいて本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する基礎となるべきものであるから,当該刊行物の記載から抽出し得る具体的な技術的思想でなければならない。そして,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,当業者は,特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該刊行物の記載から当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできない。

したがって,引用発明として主張された発明が「刊行物に記載された発明」であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを引用発明と認定することはできないと認めるのが相当である。

この理は,本願発明と主引用発明との間の相違点に対応する他の同条13号所定の「刊行物に記載された発明」(以下「副引用発明」という。)があり,主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合において,刊行物から副引用発明を認定するときも,同様である。したがって,副引用発明が「刊行物に記載された発明」であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを副引用発明と認定することはできないと認めるのが相当である。そして,上記のとおり,主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合には,主引用発明又は副引用発明の内容中の示唆,技術分野の関連性,課題や作用・機能の共通性等を総合的に考慮して,主引用発明に副引用発明を適用して本願発明に至る動機付けがあるかどうかを判断するとともに,適用を阻害する要因の有無,予測できない顕著な効果の有無等を併せ考慮して判断することとなる。特許無効審判の審決に対する取消訴訟においては,上記については,特許の無効を主張する者(特許拒絶査定不服審判の審決に対する取消訴訟及び特許異議の申立てに係る取消決定に対する取消訴訟においては,特許庁長官)が,上記については,特許権者(特許拒絶査定不服審判の審決に対する取消訴訟においては,特許出願人)が,それぞれそれらがあることを基礎付ける事実を主張,立証する必要があるものということができる。
・・・
 1発明の認定
前記アによると,甲1発明は,審決の認定のとおり,「
 
M=Na)の化合物」
であると認められる。この点について,当事者間に争いはない。
・・・
また,本件発明1と前記(2)イ認定の甲1発明とを対比すると,審決の認定のとおり,次の【一致点】記載の点で一致し,この点において,当事者間に争いはなく,近似する構成を有するものであるから,甲1発明は,本件発明の構成と比較し得るものであるといえる。
【一致点】
「式(I
  
(式中,
R1
は低級アルキル;
R2
はハロゲンにより置換されたフェニル;
R3
は低級アルキル;
破線は2重結合の有無を,それぞれ表す。)
で示される化合物またはその閉環ラクトン体である化合物」である点
そうすると,甲1発明は,本件発明の進歩性を検討するに当たっての基礎となる,公知の技術的思想といえる。
以上によると,甲1発明は,本件発明についての特許法292項の進歩性の判断における主引用発明とすることが不相当であるとは解されない。これに反する被告らの主張を採用することはできない。
4)対比
そこで,本件発明1と前記(2)イ認定の甲1発明とを対比すると,前記(3)のとおり,審決認定の【一致点】の点で一致し,次の【相違点】の点で相違する。この点において,当事者間に争いはない。
【相違点】
1-
X
が,本件発明1では,アルキルスルホニル基により置換されたイミノ基であるのに対し,甲1発明では,メチル基により置換されたイミノ基である点
1-
R4
が,本件発明1では,水素又はヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオンであるのに対し,甲1発明では,ナトリウム塩を形成するナトリウムイオンである点
5)本件発明1と甲1発明の相違点の判断
 相違点(1-)の判断
(ア)原告らは,相違点(1-)につき,甲1発明に甲2発明を組み合わせること,具体的には,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基(-NCH32)の二つのメチル基(-CH3)のうちの一方を甲2発明であるアルキルスルホニル基(-SO2R’R’はアルキル基))に置き換えること,すなわち,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位の「ジメチルアミノ基」を「-NCH3)(SO2R’)」に置き換えることにより,本件発明1に係る構成を容易に想到することができる旨主張している。
そこで,甲2発明について検討する。
(イ)a2(特開平1-261377公報)には,次の記載がある。
a)特許請求の範囲
1. 一般式
  
・・・
前記aによると,甲2には,一般式()で示される化合物が記載されており,前記化合物は,ピリミジン環を有し,そのピリミジン環の246位に置換基を有するものであって,HMG-CoA還元酵素(3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル補酵素A還元酵素)において良好な阻害作用を示すものであることが認められる。
(ウ)a前記(イ)のとおり,甲2の一般式(I)で示される化合物は,甲1の一般式Iで示される化合物と同様,HMG-CoA還元酵素阻害剤を提供しようとするものであり,ピリミジン環を有し,そのピリミジン環の246位に置換基を有する化合物である点で共通し,甲1発明の化合物は,甲2の一般式(I)で示される化合物に包含される。
2には,甲2の一般式(I)で示される化合物のうちの「殊に好ましい化合物」のピリミジン環の2位の置換基R3の選択肢として「-NR4R5」が記載されるとともに,R4及びR5の選択肢として「メチル基」及び「アルキルスルホニル基」が記載されている。
しかし,2に記載された「殊に好ましい化合物」におけるR3の選択肢は,極めて多数であり,その数が,少なくとも2000万通り以上あることにつき,原告らは特に争っていないところ,R3として,「-NR4R5」であってR4及びR5を「メチル」及び「アルキルスルホニル」とすることは,2000万通り以上の選択肢のうちの一つになる。
また,甲2には,「殊に好ましい化合物」だけではなく,「殊に極めて好ましい化合物」が記載されているところ,そのR3の選択肢として「-NR4R5」は記載されていない。
さらに,甲2には,甲2の一般式(I)のXAが甲1発明と同じ構造を有する化合物の実施例として,実施例8R3はメチル),実施例15R3はフェニル)及び実施例23R3はフェニル)が記載されているところ,R3として「-NR4R5」を選択したものは記載されていない。
そうすると,甲2にアルキルスルホニル基が記載されているとしても,甲2の記載からは,当業者が,甲2の一般式(I)のR3として「-NR4R5」を積極的あるいは優先的に選択すべき事情を見いだすことはできず,「-NR4R5」を選択した上で,更にR4及びR5として「メチル」及び「アルキルスルホニル」を選択すべき事情を見いだすことは困難である。
したがって,2から,ピリミジン環の2位の基を「-NCH3)(SO2R’)」とするという技術的思想を抽出し得ると評価することはできないのであって,甲2には,相違点(1-)に係る構成が記載されているとはいえず,甲1発明に甲2発明を組み合わせることにより,本件発明の相違点(1-)に係る構成とすることはできない。
原告らは,甲2には,一般式()の化合物全体の製造方法及びHMG-CoA還元酵素阻害活性について記載されているから,「R3」として「NR4R5」を選択した一般式()の化合物について技術的裏付けがあると理解できるのであって,「甲2では,「R3」として「NR4R5」を選択した化合物については,その製造方法もHMG-CoA還元酵素阻害活性の薬理試験も記載されていない」旨の審決の認定は誤りである旨主張する。
前記aのとおり,甲2の一般式(I)で示される化合物は,HMG-CoA還元酵素阻害剤を提供しようとするものであり,前記(イ)ag)のとおり,甲2には,甲2の一般式(I)で示される化合物に包含される甲2の実施例123の化合物が,メビノリンと比較して高いHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する旨が記載されている。また,甲16には甲2の一般式()の範囲内の特定の化合物についてHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することが記載されており,証拠(甲167375)及び弁論の全趣旨によると,当業者は,2の実施例の一部分が変わっただけの特定の化合物についてHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する蓋然性が高いと理解することがあるものと認められる。
しかし,甲2の実施例123や上記認定の特定の化合物には,スルホンアミド構造を有する化合物は含まれていない。証拠(乙65)及び弁論の全趣旨によると,化学物質がわずかな構造変化で作用の変化を来す可能性があることは,技術常識であるから,甲2の一般式(I)で示される極めて多数の化合物全部について,実施例123や上記認定の特定の化合物と同程度又はそれを上回るHMG-CoA還元酵素阻害活性を有すると期待できるわけではなく,HMG-CoA還元酵素阻害活性が失われることも考えられる。
したがって,甲2から,甲2の一般式(I)で示される極めて多数の化合物全部について,技術的裏付けがあると理解できるとはいえないのであって,原告らの上記主張は,前記aの判断を左右するものではない。
・・・
e)したがって,仮に,甲2に相違点(1-)に係る構成が記載されていると評価できたとしても,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基を「-NCH3)(SO2R’)」に置き換えることの動機付けがあったとはいえないのであって,甲1発明において相違点(1-)に係る構成を採用することの動機付けがあったとはいえない。
(オ)なお,原告らは,審決は,サポート要件の判断では,「コレステロールの生成を抑制する」医薬品となり得る程度に「優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性」を有する化合物又はその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することという課題を設定して判断している一方で,進歩性の動機付けの判断は,課題の基準である「コレステロールの生成を抑制する」医薬品となり得る程度を超える「甲1発明化合物のHMG-CoA還元酵素阻害活性が現状維持されること」という基準を設定し,判断しているから,このようなダブルスタンダードでサポート要件と動機付けを判断することは妥当ではないと主張する。
上記主張のうち,審決のサポート要件についての上記判断が正しいことは,後記4のとおりである。これに対し,進歩性については,既に判示したとおり,甲2に相違点(1-)に係る構成が記載されておらず,また,仮に甲2に相違点(1-)に係る構成が記載されていると評価できたとしても,相違点(1-)の構成を採用する動機付けがあったとはいえないことから,容易に発明をすることができたとはいえないと判断されるのであって,原告らが主張するような基準を設定して判断しているものではないから,原告らが主張するような矛盾が生ずることはない。(カ)以上のとおり,甲1発明において,相違点(1-i)の構成を採用することができたとはいえない。
 小括
そうすると,相違点(1-)について検討するまでもなく,当業者が,甲1発明に甲2発明を組み合わせることにより,本件発明1を容易に発明をすることができたとは認められない。---------------------------------------------------------------------------------------
サポート要件に関する裁判所の判断は以下の通りです。
課題の認定が争点になりました。
原告は進歩性の考え方に基づいて主張しましたが、裁判所は、サポート要件を充足するかの判断の枠組みに、進歩性の判断を取り込むべきではない、と判断しました。また裁判所は、サポート要件の判断は、特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の記載につき、出願時の技術常識に基づき行われるべきものであり、その判断が、特許権者の審判段階の主張により左右されるとは解されない、とも判断しました。
●判決-------------------------------------------------------------------------------------

取消事由2について
1)判断基準
特許請求の範囲の記載が,サポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであると解される(知的財産高等裁判所平成17年(行ケ)第10042号同年1111日特別部判決参照)。

2)本件発明の課題
 前記21)ウ及びエのとおり,本件明細書の【0003】には,「コレステロールの生成を抑制することがアテローム性動脈硬化の予防および治療に重要であり,このことを考慮して有用な医薬品の開発が望まれている」こと,【0004】には,発明者らが,そのような事情を考慮して,「下記一般式(I):
  
(式中,・・・)で示される化合物が優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することを見出して」本件発明を完成したことが記載されている。この一般式(I)で示される化合物は,本件発明125及び911の化合物を包含するものであり,本件発明1の化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤が本件発明12であるから,本件発明125及び911の課題は,優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物を提供すること,本件発明12の課題は,そのような化合物を含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することといえる。
 前記21)イのとおり,本件明細書の【0002】には,HMG-CoA還元酵素阻害剤として,カビの代謝産物又はその部分修飾物であるメビノリン等の第1世代のHMG-CoA還元酵素阻害剤が存在したが,プラバスタチン等の合成HMG-CoA還元酵素阻害剤が開発され,第2世代として期待されていることが記載されている。
しかし,本件明細書の発明の詳細な説明には,これら既に開発されているHMG-CoA還元酵素阻害剤の問題点等が記載されているわけではなく,前記21)ウのとおり,【0003】に「コレステロールの生成を抑制することがアテローム性動脈硬化の予防および治療に重要であり,このことを考慮して有用な医薬品の開発が望まれている。」と記載されているにとどまる。
証拠(甲36)及び弁論の全趣旨によると,医薬品の分野においては,新たな有効成分の薬理活性が既に上市された有効成分と同程度のものであっても,その新たな有効成分は,代替的な解決手段を提供するという点で技術的な価値を有するものと認められる。
以上を考え合わせると,本件発明の課題が,上記の既に開発されているHMG-CoA還元酵素阻害剤を超えるHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することにあるとまではいうことはできない。

 したがって,本件発明の課題は,コレステロールの生成を抑制する医薬品となり得る程度に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物,及びその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することであるというべきである。

3)解決手段
・・・
上記測定結果が1回の測定結果であるからといって,上記判断が左右されることはないし,その他上記判断の信頼性を疑わせる事情を認めるに足りる証拠はない。
そして,本件発明1は,式(I)において,R1は低級アルキル,R2はハロゲンにより置換されたフェニル,R3は低級アルキルを,また,Xはアルキルスルホニル基により置換されたイミノ基を選択した場合の化合物も包含するものであるが,これらの置換基は,「(+-7-[4-4-フルオロフェニル)-6-イソプロピル-2-N-メチル-N-メチルスルホニルアミノピリミジン)-5-イル]-3R5SジヒドロキシE-6-ヘプテン酸」及びその「ヘミカルシウム塩」が有する基(R1がメチル,R2がフッ素により置換されたフェニル,R3がイソプロピル,Xがメチルスルホニル基により置換されたイミノ基)と化学構造が類似したものであるから,本件発明1に包含されるその余の化合物も,化合物(Ia-1)や,「(+-7-[4-4-フルオロフェニル)-6-イソプロピル-2-N-メチル-N-メチルスルホニルアミノピリミジン)-5-イル]-3R5SジヒドロキシE-6-ヘプテン酸」及びその「ヘミカルシウム塩」と同様にメビノリンナトリウムよりも高いHMG-CoA還元酵素阻害活性を有すると理解するといえ,これに反する証拠はない。
そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1の化合物が,コレステロールの生成を抑制する医薬品となり得る程度に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有すること,すなわち,本件発明の課題を解決できることを当業者が理解することができる程度に記載されているということができる。
イ また,本件発明25及び911の化合物は,本件発明1に包含されるものであり,本件発明12HMG-CoA還元酵素阻害剤は,本件発明1の化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤であるから,これらも同様に,本件明細書の発明の詳細な説明に,本件発明の課題を解決できることを当業者が理解することができる程度に記載されているということができる。
4)原告らの主張について
ア(ア)原告らは,本件出願の10年以上前からHMG-CoA還元酵素阻害剤であるコンパクチンが公知であり,本件出願当時,既に複数のHMG-CoA還元酵素阻害剤が医薬品として上市されており,メビノリンナトリウムより強いHMG-CoA還元酵素阻害活性を示す化合物も公知であったから,「コレステロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度」という程度では,技術常識に比較してレベルが低く不適切である旨主張する。
しかし,前記(2)のとおりであって,本件発明の課題が,既に開発されているHMG-CoA還元酵素阻害剤を超えるHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物又は薬剤を提供することであるということはできない。
したがって,原告らの上記主張は,前提において誤りがあり,採用することはできない。
(イ)原告らは,本件発明1は甲2の一般式(I)の範囲に包含されるから,進歩性が認められるためには,甲2の一般式(I)の他の化合物に比較し顕著な効果を有する必要があるところ,選択発明としての進歩性が担保できない「コレステロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度」という程度では,本件出願当時の技術常識に比較してレベルが著しく低く不適切である旨主張する。
しかし,サポート要件は,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになるので,これを防止するために,特許請求の範囲の記載の要件として規定されている(平成6年法律第116号による改正前の特許法3651号)のに対し,進歩性は,当業者が特許出願時に公知の技術から容易に発明をすることができた発明に対して独占的,排他的な権利を発生させないようにするために,そのような発明を特許付与の対象から排除するものであり,特許の要件として規定されている(特許法292項)。そうすると,サポート要件を充足するか否かという判断は,上記の観点から行われるべきであり,その枠組みに進歩性の判断を取り込むべきではない。
したがって,原告らの上記主張を採用することはできない。
(ウ)原告らは,本件特許出願人が本件出願時に本件発明1及び甲1発明の化合物が甲2の一般式()の範囲内に属することを認識していた以上,「コレステロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度」に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物又はその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することを本件発明の課題としたはずがない旨主張する。
しかし,サポート要件の判断は,特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の記載につき,出願時の技術常識に基づき行われるべきものであり,その判断が,出願人の出願当時の主観により左右されるとは解されない。
したがって,原告らの上記主張を採用することはできない。
イ(ア)原告らは,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明が顕著なHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することは示されていないので,当業者は「本件発明の課題」を解決できるとは認識できない旨主張する。
しかし,前記(2)のとおり,本件発明の課題は,コレステロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物,及びその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することであるところ,本件明細書の発明の詳細な説明は,この課題を解決できることを当業者が理解することができる程度に記載されているということができる。本件発明が「顕著な」HMG-CoA還元酵素阻害活性を有する必要があることを前提とする原告らの上記主張は,前提を欠くものであって,採用することはできない。
(イ)原告らは,本件発明の化合物は,甲2の一般式()の選択発明であるから,構造を特定しただけでは新たな技術を開示したことにはならず,顕著な活性が開示されなければ,新たな技術を開示したことにはならない旨主張する。
しかし,サポート要件を充足するか否かという判断の枠組みに進歩性の判断を取り込むべきであるとは解されないことは,前記ア(イ)のとおりである。
したがって,原告らの上記主張は,前提において誤りがあり,採用することはできない。
(ウ)原告らは,本件特許権者が,本件審判において,本件発明1が,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された化合物(Ia-1)のデータによりサポートされないことを自認していたから,当業者は,本件発明1がその課題を解決できるとは認識できない旨主張する。
しかし,サポート要件の判断は,特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の記載につき,出願時の技術常識に基づき行われるべきものであり,その判断が,特許権者の審判段階の主張により左右されるとは解されない。
したがって,原告らの上記主張を採用することはできない。
・・・
5)まとめ
以上のとおりであって,本件発明125及び912は,平成6年法律第116号附則62項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法3651号に適合するものでないとはいえない。
したがって,原告ら主張の取消事由2は理由がない。
結論
よって,原告ら主張の取消事由は,いずれも理由がない。
以上の次第で,原告らの請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
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