・令和5年7月28日判決言渡
・東京地方裁判所民事第46部 柴田義明 杉田時基 仲田憲史
・原告:neo ALA株式会社
・被告:株式会社東亜産業
・特許4417865
・発明の名称:5-アミノレブリン酸リン酸塩、その製造方法及びその用途
今回も少し前の判決の紹介です。
neo ALA(原告)が、東亜産業(被告)による別紙1被告製品目録記載の各製品の製造、譲渡及び譲渡の申出は、原告の有する特許権を侵害すると主張して、被告に対し、特許法100条1項2項に基づき、上記各製品の製造、譲渡及び譲渡の申出の差止め及び廃棄を求めた事案です。
別紙1被告製品目録の内容は以下の通りです。
被告製品目録
1 パッケージに以下の記載のあるアミノ酸含有加工食品
「5-ALA SUPPLEMENT
ALA SHIELD」
2 パッケージに以下の記載のあるアミノ酸含有加工食品
「5-アミノレブリン酸配合
5-ALA」
本件特許の請求項1は以下の通りです。1 パッケージに以下の記載のあるアミノ酸含有加工食品
「5-ALA SUPPLEMENT
ALA SHIELD」
2 パッケージに以下の記載のあるアミノ酸含有加工食品
「5-アミノレブリン酸配合
5-ALA」
【請求項1】
下記一般式⑴
HOCOCH2CH2COCH2NH2・HOP(O)(OR1)n(OH)2-n-⑴
(式中、R1は、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し;nは0~2の整数を示す。)で表される5-アミノレブリン酸リン酸塩。
争点は、技術的範囲と新規性です。下記一般式⑴
HOCOCH2CH2COCH2NH2・HOP(O)(OR1)n(OH)2-n-⑴
(式中、R1は、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し;nは0~2の整数を示す。)で表される5-アミノレブリン酸リン酸塩。
上記被告製品には、本件発明のアミノレブリン酸リン酸塩が含まれていました。
東亜産業(被告)は、「製品が、アミノ酸含有食品であること、5-アミノレブリン酸リン酸塩が単離されておらず、その純度が低いこと」を理由に、被告製品が本件発明の技術的範囲に属さないと主張しました。
しかし、裁判所は以下の通り、効果を考慮した上で、東亜産業(被告)の主張を否定しました。
しかし、本件発明は新規な化学物質の発明であり、本件発明の目的は、新規な化学物質としての5-アミノレブリン酸リン酸塩を提供することであって、5-アミノレブリン酸リン酸塩の純度を向上させることにあるのではない。本件発明の5-アミノレブリン酸リン酸塩であれば、それが単離されていなくとも、また、それを含む製品においてそれが高い濃度でなくとも、発明の効果を奏するといえる。本件明細書には、実施例として、5-アミノレブリン酸リン酸塩の製造例が具体的に記載され、また、製造された物質の融点、1H-NMR、13C-NMR、元素分析値、イオンクロマトグラフィーによるPO43-の含有率が同定データとして記載されているが(【0034】、【0035】)、これらの記載は、新規な化学物質の発明が特許されるために必要とされる化学物質の同定データとして記載されたものであって、そこに記載の数値等が本件発明の技術的範囲を限定する根拠となるものとは解されない。
各被告製品に本件発明の5-アミノレブリン酸リン酸塩が含まれている本件において、被告の上記主張には理由がない。
各被告製品に本件発明の5-アミノレブリン酸リン酸塩が含まれている本件において、被告の上記主張には理由がない。
新規性の引用例(特表2003-526637号公報)には以下の記載がありました。
【0012】 本発明により、組成物は5-アミノレブリン酸および/またはその誘導体から選択される作用物質を含有する。誘導体は、特に塩、エステル、錯体および付加化合物であると理解される。作用物質は、特に有利には5-アミノレブリン酸またはその塩またはエステルである。塩およびエステルの有利な例は5-ALAヒドロクロリド、5-ALAスルフェート、5-ALAニトレート、5-ALAホスフェート、5-ALAボラート、5-ALAタンネート、5-ALAラクテート、5-ALAグリコラート、5-ALAスクシネート、5-ALAシトレート、5-ALAタルトレート、5-ALAエンボネート、5-ALAメチラート、5-ALAエチラート、5-ALAプロピオネート、5-ALAブチレート、5-ALAヘキサノエート、5-ALAオクタノエート、5-ALAデカノエート、5-ALAミリステート、5-ALAパルミテート、5-ALAオレエートである。
東亜産業(被告)は、引用例に「5-ALAホスフェート」が記載されていることから、本件特許の請求項1の発明は新規性がないことを主張しました。裁判所は、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見出すことができないため、引用発明として認定できないと判断しました。
判決抜粋を以下に記載します。
判決
第2 事案の概要
・・・
1 前提事実(・・・)
・・・
イ 各被告製品の構成は、以下のとおりである(甲5、弁論の全趣旨)。各被告製品中のアミノ酸粉末の5-ALAホスフェートの化学式は、上記⑶の一般式⑴のうちR1を水素原子とし、nを1としたものであり、また、5-ALAホスフェートは、5-アミノレブリン酸リン酸塩である。
第3 当裁判所の判断
1 本件発明
(1)本件明細書には、別紙5「本件明細書の記載」のとおりの記載がある。
(2)本件明細書によれば、本件発明の技術的意義は、次のとおりであると認められる。
ア 本件発明は、微生物・発酵、動物・医療、植物等の分野において有用な 5-アミノレブリン酸リン酸塩に関する発明である。(【0001】)
イ 5-アミノレブリン酸は、微生物・発酵分野、動物・医療分野及び植物分野における様々な用途に有用であることが知られ、また、塩酸塩としてのみその製造方法が知られていた。しかしながら、5-アミノレブリン酸塩酸塩は塩酸を含んでいるため、医薬分野においては、5-アミノレブリン酸塩酸塩よりも低刺激性の5-アミノレブリン酸の塩が求められていたものであり、また、植物分野においては、5-アミノレブリン酸塩酸塩を利用すると噴霧器のノズルが詰まったり、果実の着色が十分でなかったりするという問題が指摘されていた。(【0002】ないし【0005】)
ウ 本件発明は、低刺激性の5-アミノレブリン酸の新規な塩を提供することを目的とする発明であり、陽イオン交換樹脂に吸着した5-アミノレブリン酸を溶出させ、その溶出液をリン酸類と混合することにより、5-アミノレブリン酸リン酸塩を製造し、上記の課題を解決しようとする発明である。(【0006】及び【0007】)
エ 本件発明の5-アミノレブリン酸リン酸塩は、臭気が感じられない上、皮膚や舌に対して低刺激性であり、皮膚等への透過性も良好であることから、これを含有する組成物は光力学的治療又は診断用薬として有用であるほか、水溶液にした場合の塩化物イオン濃度が低いため、植物への投与において塩素被害が生じにくくなるという効果を奏する。(【0013】)
2 争点①(各被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか。)について
(1)本件発明は、特許請求の範囲の記載及び前記1(2)のとおりの本件明細書記載の技術的意義からしても、従前知られていた5-アミノレブリン酸に比べて有利な効果を有する新規な化学物質の発明である。
(2)各被告製品は、原材料として5-ALAホスフェート(5-アミノレブリン酸リン酸塩)が含まれるアミノ酸粉末を用いるアミノ酸含有食品であり(第2の1の(4))、各被告製品には、本件発明の一般式⑴のうちR1を水素原子とし、nを1とした5-アミノレブリン酸リン酸塩が含まれていると認められる(甲5)。すなわち、各被告製品には、新規な化学物質である本件発明のアミノレブリン酸リン酸塩そのものが含まれている。
以上によれば、各被告製品は、本件発明の技術的範囲に属する。
(3)被告は、各被告製品が、アミノ酸含有食品であること、5-アミノレブリン酸リン酸塩が単離されておらず、その純度が低いことを挙げて、各被告製品が本件発明の技術的範囲に属さない旨主張する。
しかし、本件発明は新規な化学物質の発明であり、本件発明の目的は、新規な化学物質としての5-アミノレブリン酸リン酸塩を提供することであって、5-アミノレブリン酸リン酸塩の純度を向上させることにあるのではない。本件発明の5-アミノレブリン酸リン酸塩であれば、それが単離されていなくとも、また、それを含む製品においてそれが高い濃度でなくとも、発明の効果を奏するといえる。本件明細書には、実施例として、5-アミノレブリン酸リン酸塩の製造例が具体的に記載され、また、製造された物質の融点、1H-NMR、13C-NMR、元素分析値、イオンクロマトグラフィーによるPO43-の含有率が同定データとして記載されているが(【0034】、【0035】)、これらの記載は、新規な化学物質の発明が特許されるために必要とされる化学物質の同定データとして記載されたものであって、そこに記載の数値等が本件発明の技術的範囲を限定する根拠となるものとは解されない。
各被告製品に本件発明の5-アミノレブリン酸リン酸塩が含まれている本件において、被告の上記主張には理由がない。
(4)被告は、本件審判請求や本件審決取消訴訟においてされた特許無効の主張に対し、原告が乙1文献や本件引用例には、5-ALAのリン酸塩を製造し単離する方法は記載されていないと主張するなどしたことなどをもって、原告が、本件発明の「5-アミノレブリン酸リン酸塩」が単離された高純度のものに限られないと主張することは信義則に反し、許されない旨主張する。
しかしながら、原告が提出した本件審判上申書や本件審判口頭審理陳述要旨書の記載は上記第2の1⑹(別紙4)のとおりであり、それらにおいて、原告は、本件引用例や乙1文献には、5-アミノレブリン酸リン酸塩の製造方法や入手方法が記載されていない旨を述べる趣旨で、それを単離することについて記載がないと述べているか、本件特許の請求項3の「水溶液」の解釈に関連する主張をしたにすぎない。そして、原告の上記主張は引用例の記載に対するものであり、本件明細書の記載や本件発明の構成要件に言及したものではないから、原告が、上記において、本件発明の構成要件を限定する趣旨の主張をしたとは認められず、信義則違反の主張はその前提を欠く。
(5)以上によれば、各被告製品は本件発明の技術的範囲に属し、被告による各被告製品の製造並びに譲渡及び譲渡の申出は、特許法2条3項1号の生産並びに譲渡及び譲渡の申出に当たる。
3 争点②(本件発明の新規性)について
⑴ 引用発明について
ア 本件引用例における5-ALAホスフェートの記載
第2の1⑸ア(別紙2の1)によれば、本件引用例には「非水性液体中に溶解または分散した5-アミノレブリン酸および/またはその誘導体から選択される作用物質を含有する組成物」及び「誘導体が5-ALAの塩およびエステルから選択される請求項1記載の組成物」の発明が記載されている。
また、第2の1 ア(別紙2の2)によれば、本件引用例の【0012】には、本件引用例の組成物が5-アミノレブリン酸の誘導体を作用物質として含有する旨、この作用物質として特に有利には「5-アミノレブリン酸またはその塩またはエステルである」旨が記載され、この「塩またはエステル」の有利な例として22種類の化合物が列挙され、その列挙された化合物の中には、5-ALAホスフェートが含まれている。
イ 5-ALAホスフェートを引用発明として認定できるか
(ア) 特許法29条1項は、同項3号の「特許出願前に」「頒布された刊行物」については特許を受けることができない旨規定する。当該規定の「刊行物」に物の発明が記載されているというためには、同刊行物に発明の構成が開示されているだけでなく、発明が技術的思想の創作であること(同法2条1項参照)にかんがみれば、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されていることを要するというべきである。 特に、当該物が新規の化学物質である場合には、新規の化学物質は製 造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないか ら、刊行物にその技術的思想が開示されているというためには、一般に、当該物質の構成が開示されていることにとどまらず、その製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。そして、刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見出すことができることが必要であるというべきである。
ここで、5-ALAホスフェートは、新規の化合物であり、上記アのとおり、本件引用例には、列挙された化合物の中に5-ALAホスフェートが含まれているものの、本件引用例にその製造方法に関する記載は見当たらない(乙2)。
したがって、5-ALAホスフェートを引用発明として認定するためには、本件引用例に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見出すことができたといえることが必要である。
(イ) 被告は、乙16文献から乙18文献の記載からすれば、本件優先日当時、5-アミノレブリン酸単体の製造方法は周知であった上、5-アミノレブリン酸をリン酸溶液に溶解すれば、弱塩基と強酸の組合せとなり、5-アミノレブリン酸リン酸塩を得ることができることは技術常識であり、このことからすれば、本件優先日当時の当業者は、5-ALAホスフェートの製造を容易になし得た旨主張する。
確かに、上記第2の1⑸イ及びエのとおり、乙16文献及び乙18文献には、甲13の1文献を引用しつつ、「ALA生産が確立されている」、「ALAの産生に成功した」、「発酵の下流では、イオン交換樹脂を使用するALA精製プロセスも確立されて」いるなどと記載されている。しかしながら、甲13の1文献には、同オのとおり、「発酵液からのALAの精製」の項において、ALAが塩基性水溶液中では非常に不安定であり、種々の検討の結果、5-アミノレブリン酸塩酸塩結晶を得るプロセスを確立することに成功した旨が記載されているにすぎない。
そうすると、乙16文献及び乙18文献においては、細菌を培養して発酵液中にALA(5-アミノレブリン酸)を産生させる技術は開示されているものの、5-アミノレブリン酸単体を得る技術は開示されていないといえる。 また、上記第2の1⑸ウのとおり、乙17文献には、発酵液中に培地成分と混合した状態で存在するALAの濃度が開示されているにすぎない。そうすると、乙17文献においても、5-アミノレブリン酸単体を得る技術は開示されていないといえる。
以上のとおり、乙16文献から乙18文献までにおいて、5-アミノレブリン酸単体を得る技術が開示されているとはいえない。これに加え、上記第2の1⑸アのとおり、本件引用例においても「5-ALAは・・・化学的にきわめて不安定な物質である」、「5-ALAHClの酸性水溶液のみが充分に安定であると示される」と記載されていて(【0007】)、これらの事項が本件優先日当時の技術常識であったと認められることも考慮すると、本件優先日当時において、5-アミノレブリン酸単体を得る技術が周知であったとは認められない。
この点に関し、原告は、5-アミノレブリン酸リン酸塩を製造する上で、5-ALAが物質として取り出されている必要はなく、発酵液中に培地成分等と混合した状態であってもよい旨主張する。
しかしながら、本件優先日当時、種々の成分を含む混合液に酸又は塩基を添加するという方法が、化合物である塩の製造方法として技術常識であったとは認められないことからすれば、本件引用例に接した本件優先日当時の当業者が、化合物である5-アミノレブリン酸リン酸塩を製造する方法として、培地成分等と混合した状態で5-アミノレブリン酸が存在する発酵液にリン酸を添加する方法(又はこの発酵液をリン酸溶液に添加する方法)を、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮することなく見出すことができたとはいえない。
また、上記第2の1⑸ウのとおり、乙17文献において、培地に酵母抽出物やトリプトン等が含まれることが記載されていることからも明らかなように、培地成分等と混合した状態にある発酵液には種々のイオンが夾雑物として含まれているのであるから、このような発酵液にリン酸を添加したとしても、等しい物質量の酸及び塩基の中和反応によって5-アミノレブリン酸リン酸塩という化合物が製造されたと評価することはできないというべきである。
したがって、原告の上記各主張はいずれも採用することができない。そして、このほか、本件優先日当時の当業者が、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見出すことができたというべき事情は存しない。
(ウ) 以上によれば、本件引用例に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見出すことができたとはいえない。
したがって、本件引用例から5-ALAホスフェートを引用発明として認定することはできない。
・・・
⑵ 本件発明の引用発明に対する新規性の有無
ア 本件発明と引用発明との対比
上記第2の1⑶で認定した本件発明と上記⑴で認定した引用発明とを対比する。
引用発明における「5-ALA」が5-アミノレブリン酸を意味することは技術常識であるところ、本件発明と引用発明は、「5-アミノレブリン酸に関する物」である点で一致するものと認められる。
他方、引用発明は、「1、2-プロピレングリコールおよびグリセリン中の5-ALAの10%(質量%/容積%)溶液」であり、本件発明のように化合物である5-アミノレブリン酸リン酸塩ではないから、本件発明及び引用発明は、以下の点において相違するものと認められる。
「本件発明は、『下記一般式(1)HOCOCH 2 CH 2 COCH 2 NH 2・HOP(O)(OR 1 )n(OH) 2-n (1)(式中、R 1 は、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し;nは0~2の整数を示す。)で表される5-アミノレブリン酸リン酸塩。』であるのに対して、引用発明は『1、2-プロピレングリコールおよびグリセリン中の5-ALAの10%(質量%/容積%)溶液』である点。」
イ 新規性の有無
上記アのとおり、本件発明と引用発明とを対比すると、両発明には相違する点があるところ、この相違点は、実質的な相違点であるというべきである。したがって、本件発明は、引用発明と一致するものとはいえないから、引用発明に対して新規性を欠くものとはいえず、本件発明に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものとはいえない。
第4 結論
以上によれば、原告の各請求はいずれも理由があるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用し、仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
・・・
1 前提事実(・・・)
・・・
イ 各被告製品の構成は、以下のとおりである(甲5、弁論の全趣旨)。各被告製品中のアミノ酸粉末の5-ALAホスフェートの化学式は、上記⑶の一般式⑴のうちR1を水素原子とし、nを1としたものであり、また、5-ALAホスフェートは、5-アミノレブリン酸リン酸塩である。
第3 当裁判所の判断
1 本件発明
(1)本件明細書には、別紙5「本件明細書の記載」のとおりの記載がある。
(2)本件明細書によれば、本件発明の技術的意義は、次のとおりであると認められる。
ア 本件発明は、微生物・発酵、動物・医療、植物等の分野において有用な 5-アミノレブリン酸リン酸塩に関する発明である。(【0001】)
イ 5-アミノレブリン酸は、微生物・発酵分野、動物・医療分野及び植物分野における様々な用途に有用であることが知られ、また、塩酸塩としてのみその製造方法が知られていた。しかしながら、5-アミノレブリン酸塩酸塩は塩酸を含んでいるため、医薬分野においては、5-アミノレブリン酸塩酸塩よりも低刺激性の5-アミノレブリン酸の塩が求められていたものであり、また、植物分野においては、5-アミノレブリン酸塩酸塩を利用すると噴霧器のノズルが詰まったり、果実の着色が十分でなかったりするという問題が指摘されていた。(【0002】ないし【0005】)
ウ 本件発明は、低刺激性の5-アミノレブリン酸の新規な塩を提供することを目的とする発明であり、陽イオン交換樹脂に吸着した5-アミノレブリン酸を溶出させ、その溶出液をリン酸類と混合することにより、5-アミノレブリン酸リン酸塩を製造し、上記の課題を解決しようとする発明である。(【0006】及び【0007】)
エ 本件発明の5-アミノレブリン酸リン酸塩は、臭気が感じられない上、皮膚や舌に対して低刺激性であり、皮膚等への透過性も良好であることから、これを含有する組成物は光力学的治療又は診断用薬として有用であるほか、水溶液にした場合の塩化物イオン濃度が低いため、植物への投与において塩素被害が生じにくくなるという効果を奏する。(【0013】)
2 争点①(各被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか。)について
(1)本件発明は、特許請求の範囲の記載及び前記1(2)のとおりの本件明細書記載の技術的意義からしても、従前知られていた5-アミノレブリン酸に比べて有利な効果を有する新規な化学物質の発明である。
(2)各被告製品は、原材料として5-ALAホスフェート(5-アミノレブリン酸リン酸塩)が含まれるアミノ酸粉末を用いるアミノ酸含有食品であり(第2の1の(4))、各被告製品には、本件発明の一般式⑴のうちR1を水素原子とし、nを1とした5-アミノレブリン酸リン酸塩が含まれていると認められる(甲5)。すなわち、各被告製品には、新規な化学物質である本件発明のアミノレブリン酸リン酸塩そのものが含まれている。
以上によれば、各被告製品は、本件発明の技術的範囲に属する。
(3)被告は、各被告製品が、アミノ酸含有食品であること、5-アミノレブリン酸リン酸塩が単離されておらず、その純度が低いことを挙げて、各被告製品が本件発明の技術的範囲に属さない旨主張する。
しかし、本件発明は新規な化学物質の発明であり、本件発明の目的は、新規な化学物質としての5-アミノレブリン酸リン酸塩を提供することであって、5-アミノレブリン酸リン酸塩の純度を向上させることにあるのではない。本件発明の5-アミノレブリン酸リン酸塩であれば、それが単離されていなくとも、また、それを含む製品においてそれが高い濃度でなくとも、発明の効果を奏するといえる。本件明細書には、実施例として、5-アミノレブリン酸リン酸塩の製造例が具体的に記載され、また、製造された物質の融点、1H-NMR、13C-NMR、元素分析値、イオンクロマトグラフィーによるPO43-の含有率が同定データとして記載されているが(【0034】、【0035】)、これらの記載は、新規な化学物質の発明が特許されるために必要とされる化学物質の同定データとして記載されたものであって、そこに記載の数値等が本件発明の技術的範囲を限定する根拠となるものとは解されない。
各被告製品に本件発明の5-アミノレブリン酸リン酸塩が含まれている本件において、被告の上記主張には理由がない。
(4)被告は、本件審判請求や本件審決取消訴訟においてされた特許無効の主張に対し、原告が乙1文献や本件引用例には、5-ALAのリン酸塩を製造し単離する方法は記載されていないと主張するなどしたことなどをもって、原告が、本件発明の「5-アミノレブリン酸リン酸塩」が単離された高純度のものに限られないと主張することは信義則に反し、許されない旨主張する。
しかしながら、原告が提出した本件審判上申書や本件審判口頭審理陳述要旨書の記載は上記第2の1⑹(別紙4)のとおりであり、それらにおいて、原告は、本件引用例や乙1文献には、5-アミノレブリン酸リン酸塩の製造方法や入手方法が記載されていない旨を述べる趣旨で、それを単離することについて記載がないと述べているか、本件特許の請求項3の「水溶液」の解釈に関連する主張をしたにすぎない。そして、原告の上記主張は引用例の記載に対するものであり、本件明細書の記載や本件発明の構成要件に言及したものではないから、原告が、上記において、本件発明の構成要件を限定する趣旨の主張をしたとは認められず、信義則違反の主張はその前提を欠く。
(5)以上によれば、各被告製品は本件発明の技術的範囲に属し、被告による各被告製品の製造並びに譲渡及び譲渡の申出は、特許法2条3項1号の生産並びに譲渡及び譲渡の申出に当たる。
3 争点②(本件発明の新規性)について
⑴ 引用発明について
ア 本件引用例における5-ALAホスフェートの記載
第2の1⑸ア(別紙2の1)によれば、本件引用例には「非水性液体中に溶解または分散した5-アミノレブリン酸および/またはその誘導体から選択される作用物質を含有する組成物」及び「誘導体が5-ALAの塩およびエステルから選択される請求項1記載の組成物」の発明が記載されている。
また、第2の1 ア(別紙2の2)によれば、本件引用例の【0012】には、本件引用例の組成物が5-アミノレブリン酸の誘導体を作用物質として含有する旨、この作用物質として特に有利には「5-アミノレブリン酸またはその塩またはエステルである」旨が記載され、この「塩またはエステル」の有利な例として22種類の化合物が列挙され、その列挙された化合物の中には、5-ALAホスフェートが含まれている。
イ 5-ALAホスフェートを引用発明として認定できるか
(ア) 特許法29条1項は、同項3号の「特許出願前に」「頒布された刊行物」については特許を受けることができない旨規定する。当該規定の「刊行物」に物の発明が記載されているというためには、同刊行物に発明の構成が開示されているだけでなく、発明が技術的思想の創作であること(同法2条1項参照)にかんがみれば、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されていることを要するというべきである。 特に、当該物が新規の化学物質である場合には、新規の化学物質は製 造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないか ら、刊行物にその技術的思想が開示されているというためには、一般に、当該物質の構成が開示されていることにとどまらず、その製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。そして、刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見出すことができることが必要であるというべきである。
ここで、5-ALAホスフェートは、新規の化合物であり、上記アのとおり、本件引用例には、列挙された化合物の中に5-ALAホスフェートが含まれているものの、本件引用例にその製造方法に関する記載は見当たらない(乙2)。
したがって、5-ALAホスフェートを引用発明として認定するためには、本件引用例に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見出すことができたといえることが必要である。
(イ) 被告は、乙16文献から乙18文献の記載からすれば、本件優先日当時、5-アミノレブリン酸単体の製造方法は周知であった上、5-アミノレブリン酸をリン酸溶液に溶解すれば、弱塩基と強酸の組合せとなり、5-アミノレブリン酸リン酸塩を得ることができることは技術常識であり、このことからすれば、本件優先日当時の当業者は、5-ALAホスフェートの製造を容易になし得た旨主張する。
確かに、上記第2の1⑸イ及びエのとおり、乙16文献及び乙18文献には、甲13の1文献を引用しつつ、「ALA生産が確立されている」、「ALAの産生に成功した」、「発酵の下流では、イオン交換樹脂を使用するALA精製プロセスも確立されて」いるなどと記載されている。しかしながら、甲13の1文献には、同オのとおり、「発酵液からのALAの精製」の項において、ALAが塩基性水溶液中では非常に不安定であり、種々の検討の結果、5-アミノレブリン酸塩酸塩結晶を得るプロセスを確立することに成功した旨が記載されているにすぎない。
そうすると、乙16文献及び乙18文献においては、細菌を培養して発酵液中にALA(5-アミノレブリン酸)を産生させる技術は開示されているものの、5-アミノレブリン酸単体を得る技術は開示されていないといえる。 また、上記第2の1⑸ウのとおり、乙17文献には、発酵液中に培地成分と混合した状態で存在するALAの濃度が開示されているにすぎない。そうすると、乙17文献においても、5-アミノレブリン酸単体を得る技術は開示されていないといえる。
以上のとおり、乙16文献から乙18文献までにおいて、5-アミノレブリン酸単体を得る技術が開示されているとはいえない。これに加え、上記第2の1⑸アのとおり、本件引用例においても「5-ALAは・・・化学的にきわめて不安定な物質である」、「5-ALAHClの酸性水溶液のみが充分に安定であると示される」と記載されていて(【0007】)、これらの事項が本件優先日当時の技術常識であったと認められることも考慮すると、本件優先日当時において、5-アミノレブリン酸単体を得る技術が周知であったとは認められない。
この点に関し、原告は、5-アミノレブリン酸リン酸塩を製造する上で、5-ALAが物質として取り出されている必要はなく、発酵液中に培地成分等と混合した状態であってもよい旨主張する。
しかしながら、本件優先日当時、種々の成分を含む混合液に酸又は塩基を添加するという方法が、化合物である塩の製造方法として技術常識であったとは認められないことからすれば、本件引用例に接した本件優先日当時の当業者が、化合物である5-アミノレブリン酸リン酸塩を製造する方法として、培地成分等と混合した状態で5-アミノレブリン酸が存在する発酵液にリン酸を添加する方法(又はこの発酵液をリン酸溶液に添加する方法)を、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮することなく見出すことができたとはいえない。
また、上記第2の1⑸ウのとおり、乙17文献において、培地に酵母抽出物やトリプトン等が含まれることが記載されていることからも明らかなように、培地成分等と混合した状態にある発酵液には種々のイオンが夾雑物として含まれているのであるから、このような発酵液にリン酸を添加したとしても、等しい物質量の酸及び塩基の中和反応によって5-アミノレブリン酸リン酸塩という化合物が製造されたと評価することはできないというべきである。
したがって、原告の上記各主張はいずれも採用することができない。そして、このほか、本件優先日当時の当業者が、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見出すことができたというべき事情は存しない。
(ウ) 以上によれば、本件引用例に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見出すことができたとはいえない。
したがって、本件引用例から5-ALAホスフェートを引用発明として認定することはできない。
・・・
⑵ 本件発明の引用発明に対する新規性の有無
ア 本件発明と引用発明との対比
上記第2の1⑶で認定した本件発明と上記⑴で認定した引用発明とを対比する。
引用発明における「5-ALA」が5-アミノレブリン酸を意味することは技術常識であるところ、本件発明と引用発明は、「5-アミノレブリン酸に関する物」である点で一致するものと認められる。
他方、引用発明は、「1、2-プロピレングリコールおよびグリセリン中の5-ALAの10%(質量%/容積%)溶液」であり、本件発明のように化合物である5-アミノレブリン酸リン酸塩ではないから、本件発明及び引用発明は、以下の点において相違するものと認められる。
「本件発明は、『下記一般式(1)HOCOCH 2 CH 2 COCH 2 NH 2・HOP(O)(OR 1 )n(OH) 2-n (1)(式中、R 1 は、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し;nは0~2の整数を示す。)で表される5-アミノレブリン酸リン酸塩。』であるのに対して、引用発明は『1、2-プロピレングリコールおよびグリセリン中の5-ALAの10%(質量%/容積%)溶液』である点。」
イ 新規性の有無
上記アのとおり、本件発明と引用発明とを対比すると、両発明には相違する点があるところ、この相違点は、実質的な相違点であるというべきである。したがって、本件発明は、引用発明と一致するものとはいえないから、引用発明に対して新規性を欠くものとはいえず、本件発明に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものとはいえない。
第4 結論
以上によれば、原告の各請求はいずれも理由があるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用し、仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
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