<判決紹介>
平成26年(行ケ)第10104号 審決取消請求事件■コメント
原告は、HFO-1234zeとポリオールエステルの組み合わせに、優れた混和性及び安定性という当業者にとって予想外の顕著な効果があることを主張したが、認められなかった。 審決維持。 ☆☆■抜粋
・平成26年(行ケ)第10104号 審決取消請求事件
・平成27年1月28日判決言渡、知的財産高等裁判所第3部
・原告: ハネウエル・インターナショナル・インコーポレーテッド
・被告: 特許庁長官
・特許: 特許4699758
・請求項1:
化学式(II)
【化1】
(式中,各々のRは独立にF,またはHであり,
R’は(CR2)nYであり,
YはCF3であり,
nは0であり,かつ,
不飽和な末端炭素上のRの少なくとも1つはHであり,残るRのうち少なくとも1つはFである)
の少なくとも1つの化合物と,ポリオールエステルの潤滑剤とを含む蒸気圧縮システム用の熱移動組成物であって,
前記化学式(II)の少なくとも1つの化合物が,1,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234ze)である,熱移動組成物。
・概要
第2 事案の概要
・・・。
3 審決の理由
・・・。
(2) 審決が上記結論を導くに当たり認定した,引用例1に記載された発明(以下「引用発明」という。)の内容,本件発明1と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
・・・。
イ 一致点
「化学式(II)の少なくとも1つの化合物と,潤滑剤とを含む蒸気圧縮システム用の熱移動組成物であって,前記化学式(II)の少なくとも1つの化合物が,1,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234ze)である,熱移動組成物」である点。
ウ 相違点
「潤滑剤」につき,本件発明1では,「ポリオールエステルの潤滑剤」であるのに対し,引用発明においては「ヒートポンプ用の熱媒体に用いられる潤滑油」である点。
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第5 当裁判所の判断
当裁判所は,原告の主張は理由がなく,審決に取り消されるべき違法はないと判断する。その理由は次のとおりである。
・・・。
2 取消事由2(本件発明1の予想外かつ顕著な効果の看過)について
原告は,審決が,相違点1に係る本件発明1の構成の容易想到性の判断に関して,本件発明1において,HFO-1234zeとPOEとを組み合わせることにより,優れた混和性及び安定性という当業者にとって予想外の顕著な効果を奏することを看過したと主張する(前記第3の2)。そこで,引用例1及び本件優先日以前に頒布された刊行物の記載内容並びに技術常識等を踏まえ,本件明細書に記載された上記の冷媒化合物と潤滑剤との組合せの奏する混和性及び安定性の程度が,当業者の予想を超える顕著なものであるといえるかどうかを検討する。
・・・。
(3) 検討
・・・。
これらの記載を踏まえると,当業者において,本件発明1に係る冷媒化合物と潤滑剤の組合せがある程度の化学的安定性を有することは,十分に予想することができることである。したがって,本件明細書にHFO-1234zeとPAGとを組み合わせた場合の化学的安定性についてのシールドチューブ試験の結果が記載され,HFO-1234zeとPOEとの組合せについても,かかる試験結果と同程度の化学的安定性があると考えられるとしても,そのことは当業者が予想することができたものであり,また,その化学的安定性の程度が予想を超える程に格別顕著なものであることを認めるに足りる証拠もない。
(4) 原告の主張について
ア 原告は,冷媒化合物と潤滑剤との混和性は,実験なしに予測することができず,冷媒全般に適した「当業界慣用の潤滑剤」は存在しないし,潤滑剤には様々な種類が存在しており,HFO-1234zeとPOEとの組合せは,「当然の考慮の対象」ではなかったと主張する(前記第3の2(2))。
しかしながら,本件優先日の当時の公知文献の記載や技術常識を踏まえると,様々な種類の潤滑剤のうち,POEがHFC系の冷媒に対して一般的に用いられていたということができること,冷媒全般に適した「当業界慣用の潤滑剤」の存否はともかく,HFO-1234zeとPOEとの相溶性を予測した上で,かかる組合せを選択することができると認められることは,いずれも前記(3)のとおりである。なお,原告が取消事由3において指摘するフルオロオレフィンの反応性や毒性への懸念は,上記のような相溶性についての予測それ自体を妨げるものではない。
イ 原告は,引用例1に本件発明1への示唆があるとはいえないと主張する(前記第3の2(3))。
しかしながら,引用例1に係る発明の特許出願時ではなく本件優先日の当時における公知文献の記載や技術常識を踏まえると,HFO-1234zeとPOEとの相溶性を予測した上で,かかる組合せを選択することができることは前記(3)のとおりである。
なお,原告は,引用例1の実施例1において示された冷媒の能力の値に誤りがあるとも指摘する。しかし,仮に,本件優先日当時,原告が提出するシミュレーション(甲24)と同様のシミュレーションを行い,実施例1の冷媒化合物の能力の値がその記載されたものよりも低いとの結果を得た当業者がいたとしても,これとは化合物の構造の異なるHFO-1234zeを冷媒として用いた実施例2について追加の確認等を行うことなく,直ちに引用例1の記載全体の信用性を疑うものと考えることはできない。
ウ 原告は,HFO-1234zeとPOEとの優れた混和性は,引用例2に開示されたHFO-1336とPOEとの混和性や,引用例3及び4に開示された幾つかのHFCとエステル油との混和性から予測することができないと主張する(前記第3の2(4)及び(5))。
しかしながら,HFO系冷媒であるという点でHFO-1234zeと共通するHFO-1336や,HFOと構造上の共通性が一部認められる幾つかのHFC系冷媒と,POEとの相溶性についての上記各文献の記載から,HFO-1234zeとPOEとの組合せについて,実際に混合することなしには具体的な相溶性の程度を確認することはできないものの,同程度の相溶性があると予測することができることは前記(3)のとおりである。
これに対し,原告は,本件発明におけるHFO-1234zeとPOEとの混和性が,引用例2ないし4の開示する混和性と同程度であるとはいえないし,本件発明の効果が同程度である可能性が「それなりに高い」との曖昧な見込みは,容易想到性の評価根拠事実として価値が乏しいとも主張する(前記第3の2(6))。
しかしながら,引用例4には,HFC系の冷媒化合物のうちHFC-125及びHFC-152aが,本件明細書に記載されたHFO-1234zeとPOEとの相溶性が認められた温度条件の範囲を含む,あるいはそれと概ね重なり合う温度条件の範囲内で,同文献において試験された潤滑剤濃度(20,50及び80重量%)の限りではその濃度を問わず,POEとの相溶性を示したことが開示されている。そして,引用例4が,HFCの冷媒としての実用化の可能性を検討するため,一般的に冷媒として用いられる温度条件や濃度条件下での相溶性の試験を行ったものと考えられることを踏まえると,上記の試験結果に照らし,HFC系の化合物と構造上の共通性があるHFO-1234zeが,本件明細書に記載された上記温度条件の範囲内で,かつ熱移動組成物として一般的に想定される潤滑剤濃度の範囲内にある限り,POEと相溶性を有する可能性がそれなりに高いと予測することは,当業者において十分に可能であるということができる。
なお,本件発明1ないし4が,いずれも原告の指摘するような低潤滑剤濃度におけるHFO-1234zeとPOEとの組合せに限定されていない以上,仮に,かかる低潤滑剤濃度における両者の相溶性を,引用例2ないし4から直接に予測することが困難であったとしても,そのこと自体は,本件発明が当業者の予測を超える顕著な効果を奏することを裏付けるものではない。
以上によれば,本件明細書に開示されたHFO-1234zeとPOEとの混和性(相溶性)の程度をもって,本件発明が当業者の予測を超える顕著な効果を奏するものであると評価することはできない。
エ したがって,原告の前記主張は,いずれも採用することができない。
(5) 小括
以上によれば,本件発明1は,混和性(相溶性)や化学的安定性に関して当業者の予測を超える顕著な効果を奏するとはいえないから,審決の認定判断にこの点を看過した誤りがあるということはできない。
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